表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二幕 三日癖の風花

 浅間風花は、教室にいるだけで少し賑やか。


 ショートカットの明るい茶色の髪は、じっとしていても跳ねている。

 目はいつもきょろきょろ。面白そうなものを探すレーダーが常時起動中だ。


 小柄な体にきちんと着た制服。

 でも姿勢は前のめり。今にも立ち上がりそう。


「え、なにそれ楽しそう!」

「やるやる!」


 考えるより先に声が出る。


 浅間風花は、だいたい何でも楽しめる。

 ただし、三日目までは。


 体験入部期間。


 浅間風花は、誰よりも忙しかった。



 バスケ部。


「ナイスシュート!」


「でしょ! 私センスあるかも!」


 三日後。


「もう少し腰落として」

「フォーム毎回確認ね」


(え、毎回?)


 放課後にノートに書き出す。


 ――バスケ部 ×。



 次は軽音部。


「ギターかっこよ! 弾いていい!?」


「まずはコードからね」


「おっけー!」


 二日後。


「Fコード押さえられない…」


「毎日指慣らししよっか」


(毎日?)


 ノートには軽音部にも×。



ダンス部。


「振り覚えるの楽しい!」


「じゃあ基礎ステップ繰り返すよー」


「え、ずっとこれ?」


「基礎が大事だからね!」


(基礎って永遠?)


 ノートにダンス部も×。



 動画撮影部。


「編集ソフト触れるの!?」


「テロップ入れてみよっか」


「おおー!」


 三日目には。


「位置ずれてる」

「書き出しやり直し」


(え、また最初から?)


 またもノートには動画撮影部 ×。



 楽しくなかったわけじゃない。

 最初は、全部わくわくした。

 でも。


(あ、これずっとやるやつだ)


 そう思った瞬間、少しだけ心が離れる。



 ページの横線が増えていく。


 一本。

 また一本。


「……はい、今回も終了ー」


 浅間風花はペンを置いた。


 まだ、三日目だった。


昼休み。


 教室は、すでに“所属済み”の空気で満ちていた。


「バスケ部さー」

「軽音もう本入部した?」


 あちこちで部活トーク。


 浅間風花は、机に突っ伏したまま、隣の席をちらりと見る。


 黒いパーカー。

 静かに本を読んでいる幼馴染。


「……ねぇ綾音ちゃん」


 反応はゆっくり。


「なに」


「演劇部、どうなの」


 ページを閉じる音。


「どう、って」


「楽しいの?」


 一瞬、考える顔。


「……うん。楽しい」


「え、即答?」


「即答」


 淡々。


 風花は顔を上げる。


「えー、だってさ。人前立つんだよ? セリフ言うんだよ? 無理じゃない?」


「無理だと思ってた」


「え」


「今も、ちょっと思ってる」


 さらっと言う。


「でも」


 綾音は机の上に指を置く。


「昨日よりは、怖くない」


「なにそれ成長?」


「多分」


「もう役とかやってんの?」


「基礎ばっか」


「ほら地味!」


「地味」


「じゃあなんで続いてんの」


 少しだけ、間。


「……やめなかったから」


 静かに言う。


 風花は眉をひそめる。


「それ答えになってる?」


「うん」


「いや意味わかんない」


 綾音は小さく笑う。


「風花は?」


「うっ」


 痛いところ。


「バスケは三日で引退」

「軽音は指が反抗期」

「ダンスは基礎が永遠」

「動画は未来が遠い」


「全部体験したの?」


「うん。忙しい」


「楽しそう」


「最初だけね」


 綾音は少しだけ首をかしげる。


「演劇部、見に来る?」


「え?」


「見学、自由だよ」


「……私が?」


「うん」


「キラキラしてる?」


「地味」


「即答やめて」


「でも」


 綾音は、ほんの少しだけ前を見る。


「ちゃんと、自分と向き合う感じ」


 風花は黙る。


「……重」


「重い?」


「いや、なんか」


 椅子をぐらぐらさせながら呟く。


「綾音がそういうこと言うの、ちょっと悔しい」


「なんで」


「なんでも」


 昼休み終了のチャイム。


 綾音は立ち上がる。


「放課後、来るなら連絡して」


「別に行くとは言ってないし!」


「うん」


「でも」


 風花は小さく言う。


「ちょっとだけ、気になる」


 綾音は振り向かないまま言った。


「三日目までは、楽しいよ」


「それ、私の呪いみたいに言うな!」


 綾音の肩が、少しだけ揺れた。


 放課後・多目的室


「体験入りまーす!」


 風花、勢いで扉を開ける。


「いらっしゃい」


 三年生、落ち着きすぎ。


「今日から三日間限定でお世話になります!」


「期限付きなの?」


「更新制!」



ストレッチ


「はい、ゆっくり首回してー」


 全員ゆっくり。


 風花だけ高速。


「早送り?」


「時短!」


「演劇は倍速再生ないからね」


「えー」



発声


「あ・え・い・う・え・お!」


 揃う。


 風花だけワンテンポ早い。


「あえいうえお!」


「未来に生きてる?」


「私だけ次の台本読んでる感じ!?」



早口言葉


「今日は軽めでいきまーす」


 七海が読む。


「隣の客はよく柿食う客だ」


「はい順番ね」


 順調に回る。


 風花の番。


「となりのきゃきゅはよくかきくうきゃく……」


「客が増えた」


「柿も増えた」


「きゃきゅって何」


「新キャラ」


笑いが起きる。


「もう一回」


「隣の客はよく柿食う客だ!」


 言えた。


「お、いけるじゃん」


「ほらセンスあるって言ったじゃん!」


次。


「生麦生米生卵」


「なまむぎなまごめなまたまご」


「なまむぎなまごめなま……なまたまごなまたまごなまたまご」


「卵だけ主張強い」


「卵フェス?」


「なんで増えるの」



テンポ練習


「じゃあ、みんなで同時に」


「東京特許許可局」


 揃う。


 風花だけ半拍遅れる。


「とうきょとっきょきょかきょく!」


「許可局が逃げた」


「局長不在」


「え、なんで私だけズレるの?」


「0.3秒遅延」


「通信環境!?」


笑い。


でも。


風花は一瞬、横を見る。


綾音、ちゃんと揃ってる。


(あれ)



体幹練習


「壁に背中つけて、まっすぐ立って」


 全員ピタ。


 風花だけ、


 かかと浮く → 直す → 前のめり。


「落ち着きどこ行った」


「走ってる」


「じっとしてるのが一番難しいって初めて知ったんだけど」



休憩。


「どう? まだ三日目まで楽しい?」


 ひのり。


「楽しいよ!」


 即答。


 でも目が少しだけ泳ぐ。


「揃わないのは気にしてる?」


「いや全然! 全然気にしてないし!」


 一拍。


「……ちょっとだけ」


 三年生、誰も茶化さない。


「基礎ってさ」


 みこが静かに言う。


「派手じゃないから、誤魔化せない」


「……」


「ズレてるの、ちゃんと分かるでしょ」


 風花、黙る。


「それ、悪いことじゃないよ」


 七海。


「分かるってことは、聞こえてるってことだから」


 風花は床を見る。


(分かるの、ちょっと悔しい)


 風花がうつむいた、そのとき。


 コンコン。


 多目的室の扉がノックされる。


「失礼します……あ、やってる最中でした?」


 ひょこっと顔を出したのは、晴山夏美先生だった。


「あ、晴山先生」


 ひのりが振り向く。


「お疲れさまです。今ちょうど基礎練してました」


「き、基礎……!」


 晴山先生、ちょっと構える。


「すごいね、みんなちゃんとしてる……」


「先生も入ります?」


 りんかが言う。


「えっ!? い、いや私は見学で……!」


「副顧問なのに?」


「だって未経験だし!」


 風花、思わず吹き出す。


「先生も未経験なんですか?」


「そうなの!」


 即答。


「演劇ゼロ。文化祭で一回ナレーションやったくらい!」


「ほぼ初心者じゃん」


「そうよ!」


 なぜか誇らしげ。


 晴山先生は部屋を見渡す。


「でもさ」


「さっき廊下まで声聞こえてたよ」


 一拍。


「揃ってるっていうより、“揃えようとしてる音”だった」


 風花が少し顔を上げる。


「揃えようとしてる音?」


「うん。私みたいな未経験からするとね」


 少しだけ笑う。


「みんな余裕でできてるようには見えないの」


 七海が小さく目を細める。


「ちゃんと必死にやってるのが見える」


 晴山先生の視線が、風花に止まる。


「あなたも」


「え、私?」


「うん。ズレてるの、分かってる顔してた」


「顔に出てました?」


「めちゃくちゃ」


 即答。


 笑いが起きる。


 でも、空気はやわらかい。


「私ね」


 晴山先生は少し声を落とす。


「今日、職員室で思ったの」


「演劇って、才能いるんだろうなーって」


「でも今見てて思った」


 一拍。


「“続ける勇気”の方が、いるかも」


 風花の指が止まる。


「未経験の私から言わせてもらうとね」


「三日でやめるのって、めちゃくちゃ簡単そう」


「……」


「でも、三日目の“悔しい”を超えるのは、ちょっとだけ勇気いる」


 風花は目を逸らす。


 図星だった。


 ひのりが穏やかに言う。


「晴山先生、いいこと言いますね」


「でしょ?」


 ちょっと照れる。


「副顧問として、成長しました」


「まだ一日目ですよ」


「え」


 また笑い。


 晴山先生は最後に言う。


「私は未経験代表として応援します」


「ズレてるの、ちゃんと分かるところまで来てるなら」


 一拍。


「もうちょっと、もったいない」


 風花は、ほんの少しだけ笑う。


「……更新、考えときます」


「更新制なの?」


「三日単位で」


「サブスクやめなさい」


 部屋に、軽い笑いが広がる。


 でも風花の中の“悔しい”は、消えていなかった。


 それは、まだ少しだけ温かかった。


 体験が終わり、風花と綾音が帰ったあと。


 多目的室に、少しだけ静けさが戻る。


「……元気な子だったね」


 紗里が笑う。


「三日で辞める宣言してたけど」


「してた」


 みこが頷く。


「でも、悔しそうだった」


 唯香が窓の外を見る。


「悔しいってことは、向き合ってるってことよ」


 七海が軽く息を吐く。


「綾音、ちょっと先輩っぽかったね」


「ね」


 ひのりは壁にもたれる。


「去年の私より落ち着いてるかも」


「それはどうかな」


 紗里が即ツッコミ。


 笑いがこぼれる。


 一瞬の軽さ。


 でも、すぐに空気が戻る。


「……残るかな」


 ひのりがぽつりと言う。


「風花ちゃん」


 みこは迷わない。


「分からない」


 一拍。


「でも、今日ここに立った」


 七海が続ける。


「ズレたまま、立った」


 唯香が静かに言う。


「それだけで、十分“始まり”よ」


 そこへ。


「りんかは残ると思います!」


 元気な声。


 全員が振り向く。


「え、なんで?」


 ひのり。


「だって悔しそうでしたもん!」


「悔しい顔って、伸びる顔ですよ!」


 音羽が静かに補足する。


「逃げたい顔じゃなかった」


「揺れてる顔でした」


 まひるが小さく言う。


「怖いのと、やめたいのって、違いますよね」


 ひのりが少しだけ目を細める。


「……見てるね、二年生」


「見てますよ?」


 りんかが胸を張る。


 アリスがゆっくり口を開く。


「今日の彼女は」


 一拍。


「“自分ができない側”に立つことを、まだ嫌がっていませんでした」


 静かな言葉。


「それは、とても強いです」


 晴山先生が、少し照れくさそうに言う。


「未経験代表として言わせてもらうとね」


「ズレてるって分かってる子は、もう半分こっち側よ」


「こっち側って?」


 紗里。


「沼側?」


「違います!」


 笑いが起きる。


 でも空気はやわらかい。


 ひのりは円の中心を見る。


 少し前まで、そこに風花が立っていた。


「私たちさ」


 一拍。


「今年、何をやるかじゃなくて」


 顔を上げる。


「誰が残るか、なのかもね」


 七海が小さく笑う。


「“舞台”は消えるけど」


 みこが続ける。


「“時間”は消えない」


 唯香が目を細める。


「演劇部は、作品を作る場所じゃないのかもね」


 紗里が肩をすくめる。


「人を作ってる感じ?」


「作るっていうか」


 ひのりは少し考える。


「変わる瞬間に立ち会ってる」


 夕日が床に円を描く。三年目の演劇部は、もう始まっている。


 残すのは、舞台かもしれない。

 でも本当に残るのは――

 今日、少しだけ悔しかった誰かの時間だ。


夜。


 浅間風花の部屋。


 ベッドに転がりながら、天井を見つめる。


「三日目まで楽しい、ね」


 小さく笑う。


 机の引き出しをなんとなく開ける。


 出てくるのは、昔の名札やバッジ。


 ピアノ教室。

 スイミング。

 書道。

 英会話。

 ダンス。


「全部、三日じゃなかったけど」


 長くもなかった。


 最初は楽しかった。


 でも“毎週”になった瞬間、少しずつ重くなった。


(これ、ずっとやるやつだ)


 その瞬間、気持ちが離れた。


 だから、やめた。


 向いてなかったんだと思っていた。


「何が向いてるんだろ」


 ぽつり。


 今日の多目的室が浮かぶ。


 揃わない声。

 笑い。

 “ズレてるね”って言われたときの、あの感じ。


 悔しかった。


 でも。


 逃げたくなかった。


 そこが、いつもと違う。


「……なんでだろ」


 ベッドに寝転んだまま、手を天井に伸ばす。


 基礎練は地味だった。

 派手じゃない。

 キラキラもしてない。


 でも。


(あそこ、笑ってくれたな)


 噛んでも。

 ズレても。


 馬鹿にされなかった。


(ちゃんと見てくれてた)


 それが、じわっと残っている。


「演劇ってさ」


 独り言。


「上手い人だけの場所じゃなかった」


 むしろ。


「できないって分かる場所、だった」


 目を閉じる。


 今日、自分は“ズレてる側”に立った。


 でも、追い出されなかった。


「……向いてるって」


 小さく息を吐く。


「上手いことじゃなくて」


 一拍。


「逃げないこと、だったりする?」


 沈黙。


 口が、無意識に動く。


「東京特許許可局」


 今度は、ゆっくり。


 ちゃんと揃えようとする。


 少しだけ、気持ちが前に出る。


「三日目、超えたら負けって言ったけど」


 天井を見る。


「超えてみたいかも」


 小さく笑う。


 それは、初めてだった。


 “楽しいから”じゃなくて。


 “続けてみたい”と思ったのは。


 続く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ