コチコチ観覧車
コチコチ……コチコチ……
ワタシったらすっかり緊張してしまって。ああ、いけませんわ。憧れの清一郎さんがすぐそばにいるせいですね。それにもうじき二人っきりになれるのですもの。
コチコチ……コチコチ……
乗車券を渡すと、チケット・ガールが半分をパチリと切って、ワタシと清一郎さんを観覧車のゴンドラに案内してくださいました。ドアが閉まります。ゴンドラはゆっくり上がっていきます。
コチコチ……コチコチ……
ああ、もう、緊張してしまって。一言も喋ることはできません、膝の上に重ねた自分の両手をじっと見つめ、ときどき清一郎さんのお顔をチラリと見るだけ。清一郎さんも照れて、頬を赤くして黙っていて、ときおり窓の外を指差して、ガラス越しに見える海岸や町の建物について「やあ、高いですね」「ここから見るとおもちゃみたいですね」とおっしゃるだけ。
コチコチ……コチコチ……
でも、それだけでも幸せなのです。ワタシと清一郎さんが二人っきり。この時間が永遠に続けばいいのに。ところが観覧車はもうじき最高の高さに達しようとしているではありませんか。もし、そこを越えたら、ゴンドラはそのまま下がっていきます。そして一番下の、地面の高さに達してしまったら、それで二人っきりの時間はおしまいです。ああ、神さま。このゴンドラが新たな観覧車につながって、また上昇してゆけばいいのに!
コチコチ……コチコチ……
するとどうでしょう! ゴンドラはそのままかすかに横に滑ったかと思うと、滑らかに弧を描きながらまた上昇していくではありませんか。ワタシたちの乗ったゴンドラは宙に浮かぶ見えない観覧車につながって、また上昇を始めたのです。ああ、神さまはほんとうにいるのでしょう。初心なワタシの子どもっぽい願いをかなえてくださいました。きっと日ごろの信心のおかげですね。
コチコチ……コチコチ……
あらあら、ゴンドラはもうてっぺんに辿り着こうとしています。ゴンドラはてっぺんから下降線を描いて、遊園地へ降りていってしまうでしょう。夢みたいな二人っきりの時間はもう終わってしまうのかしら。神さま、お願いです。ゴンドラをもっと高いところへ飛ばしてください。
コチコチ……コチコチ……
神さまはワタシのお願いをまた叶えてくださいました。ゴンドラが新たな透明観覧車の最下点にくっつきました。またゆっくり弧を描いて、上昇していきます。でも、ワタシも清一郎さんも黙ったまま。そうこうするうちにゴンドラはてっぺんに……
コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……コチコチ……
……同じようなことがもう何十ぺん、何百ぺんと繰り返されました。ワタシも清一郎さんも恥ずかしがってなにも言えず、うつむいているばかり。ゴンドラは蛇行するように上昇し続け、町は空の青さのなかに溶けてしまって見えなくなってしまいました。でも、ゴンドラはずっと上昇し続けてくれるものかしら。いつかは下降してしまうのではないかしら。それで、遊園地に着地してしまって、二人っきりの時間は終わってしまうのかしら。そんなの、いやですわ、いやですわ。
コチコチ……コチコチ……
すると、ある考えがワタシの心をツイッとよぎります。このコチコチというのは緊張したワタシのうちから発せられる心象表現の一種だと思っていたのですけど、ひょっとすると、実際はワタシがいま、お尻をのせている座席の下に仕掛けられた時限爆弾が時を刻む音なのかもしれません。それがいまに「コチコチ……コチコチ……コチン。リーンッ」と鳴って、大爆発してしまうかもしれない。
コチコチ……コチコチ……
――ああ、なんて素敵なのでしょう! それで二人の時間が永遠になるのですもの。そうすれば、ゴンドラがいつ地面へ降り始めるのだろうと気をもむこともなくなります。素敵、素敵。子どもっぽい空想だとお思いになるかしら? でも、神さまはすでにワタシの子どもっぽい願いを聞き入れてくださいました。このお願いもきっと聞いてくれますわ。ああ、神さま、これを最後のお願いにいたします。どうか、時限爆弾を爆……