07 幼馴染の相談
「そんな流れで生徒会の一員、主に歌坂先輩の手伝いをすることになったんだ」
歌坂先輩の助手になった翌日、昼休みの日花が合流するタイミングに軽く報告をすることにした。
「どの部活に入るのか気になってたけどまさか生徒会とは、想像してなかったぜ」
「ええ、驚いた。文化部の体験入部かなり回ってるみたいだったからてっきり美術部辺りかと思っていたのだけど。凄いじゃない」
想像の斜め上であろう生徒会という選択肢に驚く二人。
日花が予想していた美術部は第一候補だった訳だから流石の幼馴染だ。
「まぁ、自分でも生徒会に入るなんて思ってなかったよ。そもそも勧誘してもらっただけで自分から行動した訳じゃないけどね」
生徒会は選挙によって決められるが実際に選ぶのは生徒会長一人らしい。
他の枠は会長が自由に任命できるようだ。
とは言え指名されるのは大体が成績優秀者で僕のような成績中央値で他に秀でた才のないパッとしない人間が入れるのは稀だ。
歌坂先輩が勧誘してくれたのも坂道で派手に散っていた僕がある意味印象的に残っていたからなのだと思う。
そう考えると転んだ甲斐があったのかもしれない。
「生徒が代わりにスクールカウンセラーをするなんて珍しいわね。それに話を聞く限り上手くいってるみたいだし」
「普通は上手くいかないと思うけど歌坂先輩が凄いんじゃないかな?僕もまだ実際に見たわけじゃないけど」
「なんにせよ、燈の入部先が見つからないっていう悩みも解決したみたいだし良かったじゃないか。これで日に日に顔がやつれていく燈を見なくて済むしな」
「え、そんなに表情に出てたの?」
確かに疲れてはいたが自分では表に出していると思わなかった。
「そうね。若干心配になるくらいには元気なくなってたわね」
どうやら二人には心配をさせてしまっていたようだ。
「生徒会は忙しいと思うけど頑張れよ」
「ほどほどにね」
歌坂先輩の誘いを受けて良かったと心から思う。
◇ ◇ ◇
月日の流れはあっという間で気が付いたら五月に入っていた。
人間の適応能力は凄まじく、この別世界に迷い込んだ当初の緊張感、不安感、不思議な感覚は綺麗さっぱり無くなった。
これが良いことなのかなんとも言えないが少なくとも不安を抱えた日々を過ごすよりはマシだろう。
生徒会役員としての日々にも慣れてきた僕だけど普通とは少し違う経験を重ねてた。
それは、歌坂先輩を訪ねて相談しに来る生徒が存在することだ。
毎日、という訳ではないがそこそこ頻繁に生徒がやってくる。
相談室の看板を掲げているのだから当たり前だが予想していたよりも遥かに訪問者が多くいた。
相談内容は様々で学校内外の出来事、恋愛相談、トラブルの仲裁など多岐に渡る。
歌坂先輩も話していたようにスクールカウンセラーの代理が見つかるまでの
部屋の管理だったが、ある相談を見事解決したことが高く評価され学校中で話題になったとか。
生徒と生徒、目線が同じだからこそ相談しやすいこともあるかもしれないが、普通に考えれば心理学の知識を身に着けていたり、専門の資格を取得している人物が適任だろう。
だが実際には優秀なスクールカウンセラーとして認知され、学校側も代理募集をやめたらしい。
僕たち一年生が入学する前の出来事だから一年生は知らないはずだがそれでも二人ほど噂を聞きつけ相談しに来ていた。
どちらの相談とも部活動に関することで歌坂先輩は華麗に解決して見せた。
この一ヵ月、傍で見ていた歌坂 心音は陽気だけど冷静沈着で、好奇心旺盛だけどミステリアスで、捉えどころがない性格、人物像だ。
少し目を離したら僕の前から消えてしまいそうな存在の儚さや不思議さを感じる。
きっと彼女にしか見えていない世界があって凡人の僕には到底創造できないような世界が広がっているんだろうなと思う。
だから多くの人を引き付け、彼女に相談しに来るのだろう。
僕もその中の一人だった。
歌坂先輩と二人の部屋、ソファーで横になり天井を眺めていると————コンコンと部室の扉をノックする音が響いた。
歌坂先輩が返事をすると扉が開かれた。
体を起こし姿勢を整えるとそこに立っていたのは幼馴染の夏野 日花だ。
「随分と寝心地が良さそうね燈。もうワンテンポ早く起き上がることをお勧めするわ」
どうやら起き上がるのが遅かったらしく寝転んでいる姿を日花に見られてしまったようだ。
来客を迎えるのに適した姿勢ではないから以後気を付けよう。
「ここに来るってことは歌坂先輩に相談だよね?」
首を縦に振り肯定する。
「二人は知り合いなのかな?」
「はい。以前話した幼馴染の夏野 日花です」
生徒会の仕事も相談者も居ない暇なときに日花のことを話したことがあった。
といっても深いことを話せるほど日花のことを知らないけど。
「よろしくお願いします。弓道部の先輩に歌坂先輩のお話を聞いて、それに幼馴染もお世話になっていると聞いていたのでついでに様子を見ようと思いまして」
まるで僕の母親かのように日花が挨拶すると先ほどまで僕が寝ていたソファーに腰を掛けた。
僕は給湯器で三人分のお茶を用意し机に並べる。
「さっそくだけどどんな相談かな?」
いつも通り先輩から話を聞き始める。
僕は助手なので基本的には歌坂先輩の横で話を聞くが相談内容によっては僕が居ると話しにくいような場合もあるからその時は生徒会室で暇つぶししている。
今回は幼馴染の日花なのでそのような心配は必要無いだろう。
「入学以来、クラスで浮いてしまって一ヵ月経った未だにクラスで友人どころかまともに会話できる人も居なくてどうにかしたいんです」
入学して間もない時にクラスで話せる人が居ないと言っていたが今でも継続中らしい。
思い返してみれば確かに僕と湊以外と会話してるところを見たことがない。
「なるほど。クラスで友達ね。夏野ちゃんから話しかけたりはしてみたの?」
「はい。何度か話しかけようと声は掛けたんですけど、私と話したくないのかすぐ別のところに行ってしまって。ちゃんと会話ができないです」
うーん。
日花の話をそのまま解釈するなら無視されているとか避けられているとかになるのだろうけどそうではない気がする。
「ちなみに部活ではどうなのかな?」
「多くはないですけど部内には友人が居ます」
「その子とはクラスが違うわけだ」
「はい。その通りです」
部活の友人がクラスにいるならそこから交友関係を広げることが出来ただろう。
「本当は自分で何とかしようと思ってたのですがきっかけもなく、どうにもならなくて」
日花は他人に助けをそう簡単に求めるような性格ではないと思う。
曖昧ではあるが彼女と関わり続けていて抱いた印象だ。
事実として一ヵ月間悩んだ末、歌坂先輩に相談しに来たのだ。
「任せて!私と渡世くんで何とかして見せるから」
今回の事案は僕も役に立てそうだ。
幼馴染のためだし何とかしてあげたいし。
「とりあえず教室での様子を僕と歌坂先輩で見に行くのはどうかな?状況が分からないと解決策も探しにくいし」
日花が一人では解決できなかった現状を知る必要がある。
「そうだね。それがいいかも明日辺り夏野ちゃんのクラスでの様子見に行くからいつも通りにしててね」
「わかりました。お願いします」
夏野 日花の友達づくり作戦が開始される。