03 高校二度目の入学式
職員室での信じ難い一幕を容易に受け入れることなど不可能だった。
適当な言い訳をしてその場を逃げるように去るのが精一杯で自分でもなんて言い訳をしたのか覚えてないくらい動揺していた。
そんな僕が逃げ込むように入ったのは、教室ではなくトイレの個室だった。
扉の鍵を閉め、蓋を閉じたままの便器に腰を下ろし一度深呼吸をして息を整えることにする。
心を落ち着けるためにやったわけだけどトイレで深呼吸なんかするべきじゃなかったと後悔する。
清潔に維持されたトイレだということが救いだ。
なんとも頭の悪い自爆をしたがそのおかげか冷静さを取り戻すことが出来た。
まず何よりも最初に確認すべきは今が何年の何月何日かだ。
名簿プリントの印刷ミスという可能性がまだ残っているからだ。
鞄の中の電源を落としてしまっていたスマートホンを取り出し確認する。
スマートホンのロック画面に映る四月四日という三日間のずれを確認し確実な情報を得るため、ニュース番組やネットニュースの記事を開いた。
どのチャンネル、記事に変えてもそこには2025年4月4日という文字が当たり前のことのように表示されていた。
三日どころか二年もの時間が巻き戻されていた。
信じがたいこの状況を否定したいし何とか抗いたいけれど調べれば調べるほどその揺るぎない ”事実” の二文字に抵抗することが出来ない。
頭を悩ませ処理できないでいるとショートホームルームの時間二分前になっているのに気がつき慌てて個室から出る。
名簿に書かれていた通りの一年二組の教室のスライドドアを恐る恐る開けると教室は静まり数名の生徒が音のなった方向に目を向ける。
その先に立っていた僕が知り合いではないと確認するやいなやすぐに前に向き直す。
新入生ならではのこの入室時の緊張感をまた体験することになるとは少し前の僕じゃ考えもしなかっただろう。
教室では元からの知り合いと思われる数名が会話をしているだけで他の生徒は何をするわけでもなく、ただじっとショートホームルームの時間になるのを待っていた。
前方の黒板に張り出されている座席表を見ると窓際の後ろから二番目の座席だった。
苗字が ”わ” から始まるため名前の順で並べられる一番最初の座席では大体このあたりになる。
欲を言えばもう一つ後ろの席が良かったけれどそんなことを言ったら前線を張ってくれている生徒達に呪われてしまう。
窓際の最後尾にあたる俗に言う主人公席と呼ばれる場所にはそれはそれは顔の整った男子生徒が座っていた。
さわやかに窓の外を眺めるその横顔ときたらまさに主人公そのもの。
苗字が決まったその時から主人公になれるかどうか決まってしまっているのかもしれない。
座席についてすぐクラスの担任と思われる人物が教室前方の扉から入室した。
「一年間このクラスの担任になる古橋 康之です。よろしく」
教卓の前に立ち、緩い簡潔な自己紹介ととも教師は先ほど職員室で対応してくれた人物で言っていた話の通り僕のクラスの担任であった。
「早速、全員の自己紹介と行きたいところだが少ししたら入学式と始業式が始まるからとりあえず後ろに名前の順で並んでおいてくれ」
僕は人生二度目、高校の入学式を迎えることになった。
◇ ◇ ◇
入学式と始業式を何事もなく終えると今日の学校はここまでのようでそそくさと立ヶ丘高校を後にし帰路についた。
新入生代表の話、生徒会長の話や校長先生の話など二時間弱、様々なことがあったけれどそれらには一切集中できなかった。
それもそのはず、すべての時間を状況整理の時間に費やしたからだ。
長時間の思考の末たどり着いた答えは、パラレルワールドだった。
異世界転生とか異世界転移みたいに全く知らにい別世界に行くとかではなく、元居た世界と非常に類似した別世界・・・別次元に迷い込んでしまったということだ。
世界が変化したというよりは僕以外の人間全員が入れ替わったとも考えられる。
その証拠に僕のスマートホンに登録されていた連絡先がすべて消えている。
最初からそんな人間は居なかったかのように。
スマートフォンは問題なく機能してくるが映し出された著名人であろう人物たちは誰一人として知らない。
ここが日本であることはもちろん、学校や今まさに進んでいる帰路だって前と変わらないまったくもって同じ場所といえる。
パラレルワールドとは言ったものの見たことも聞いたこともない状況だから意味が適切かわからない。
いっそ地域、学校ぐるみで僕に対する超大掛かりなドッキリを仕掛けていると考えたほうが現実的だろうし、そうであってほしい。
とにかく、僕の考えたパラレルワールドの仮説が正しければ場所や建物は変わっていないわけだから自宅も存在しているということになる。
実際手元にマンションの鍵が残っている。
というかもしなかったら家無し生活が始まることになる。
パラレルワールドに来て住む家がないなんてハード設定もいいところだ。
自宅が存在していてくれと言う不思議な願いを唱えながら帰巣本能に従ってペダルを漕ぎ進める。