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02 誰一人知らない世界

 昨夜、就寝するその時まで降り続いていた雨が嘘だったかのような春の陽気が遮光カーテンの隙間からベッドに寝転がる僕を照らしている。

 登校時間ギリギリを狙ってセットした目覚まし時計がその役目を果たす前に僕の手によって止められる。

 今年で三年目となった毎朝の身支度は登校初日の頃とは比べ物にならない手際の良さだ。

 特にネクタイを巻くスピードは圧巻なものだ。

 初めは苦戦を強いられたが、日々の積み重ねの成果で今となっては見なくても巻くことが出来るだろう。

 歯を磨き、寝相の悪さゆえのボサボサの髪を整えて玄関へと足を運ぶ。

 朝食は取らない、その時間があるのなら寝ていたいから。

 作るのが面倒というのもあるが。


「行ってきます」


 行ってらっしゃいの返事はないみたいだけれどこれも三年目ともなれば慣れたものだ。


 ♢ ♢ ♢


 2027年4月1日


 僕、渡世(わたらせ) (ともる)は高校最後の年である三学年へと進級する。

 僕の高校生活はそれはそれは平穏な日々だった。

 刺激ある色濃い青春を謳歌したいと考えないわけではないがきっとこのまま何事もなく高校を卒業していくのだと思う。

 今の僕にできることは一人でも多くの顔見知りと同じクラスであることを願いながら自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ進めることだ。

 雨の日も風の日も、温暖化が進み照り付ける太陽が凄まじい日でも漕ぎ続けていた自転車のチェーンや露出した金属の部分に錆が見え、ひと漕ぎするたびにキーキーと悲鳴を上げている。

 特に学校への最短ルートのため通らざる負えない傾斜約15度の坂は僕にとっても自転車にとっても辛い道のりだ。

 ちなみにここを通る生徒はほとんどいない。

 学校に着くまでに体力を削り、汗をかいてまで近道をしたがる人間なんてそうそういないのだ。


 だが僕は知っている。

 登り切った先に待ち構えている下り坂という名のオアシスを。


 昨日の雨で散ってしまった桜が穏やかな風と共に美しく舞い上がる。

 雨上がりの快晴と相まって視界に移る景色すべてが儚げに感じる。

 新学年への不安感のせいでセンチメンタルな気分になっているのかもしれない。

 全力の立ち漕ぎで登りきると祝福するかのような一際強い追い風が吹き、下り坂へと案内する。


 ブレーキなんてそんな野暮なことはしない。

 春風をこの身で切りながらノンストップで駆けていく。


 不意に坂のゴール付近を通る一人の少女に視線を奪われる。

 もちろん距離もあるから少女の容姿もよく見えない。

 でもなぜだか引き付けられてしまう。


 ガタン————


 そんな音とともに乗っていた自転車が突然宙に浮かぶ。

 遠くをぼんやり眺めていたせいで拳程度の大きさの石に気が付かず乗り上げていた。

 遅すぎたブレーキも長年の鍛え抜かれたハンドル操作をもってしても空中では何の意味もなさない。

 なるがまま、自分の身を数秒後の結果に委ねるしかない。


 妙に冷静な自分自身に驚きつつ、聞いていた話の通りで人は命の危機を感じた時に時間がゆっくりと進むみたいだ。

 走馬灯は見えてこなかった。

 どうやら走馬灯すら見ることのできない希薄な人生を歩んできてしまっているようだ。

 そんな再認識こんな状況でしたくはなかった。

 せめてもの足掻きとして両腕で頭を守ることにしよう。


 ドン————


 体が地面にたたきつけられる鈍い音とともに視界が一瞬暗転する。


「っいっった・・・・・・」


 全身への衝撃が体を伝い痛みも走ったが不幸中の幸いと言うべきか前かごに入れていた鞄に奇跡的に不時着したおかげでダメージを緩和することに成功した。

 速度も相まって骨折くらいは覚悟していたが結果は擦り傷少々と言ったところにおさまった。


「あの、大丈夫ですか?」


 無様に地面に倒れ空を見上げていると、美しい顔が視界を覆い隠した。


「一瞬三途の川が見えましたけどなんとか引き返せました・・・」


 冗談交じりに無事であることを報告する。

 背中を地面から離し起き上がり声を掛けてくれた人物を見て言葉を失った。


 空の景色が反射してしまう綺麗な水面のようなペールブルーの瞳。

 透き通るほど繊細な銀糸を束ねたような銀髪は、触れたとたんに消えてしまいそうなほど儚く、滑らかな白い肌は一切の曇りがない。

 到底、同じ世界の住人とは思えない整いすぎた容姿の彼女に開いた口が塞がらない。


「赤ネクタイ・・・君その制服着てるってことは立ヶ丘高校だよね?」


 僕がボケっとしていると銀髪の彼女から話題が降られた。


「はい、登校途中で派手にクラッシュしてしまいました・・・」

「下り坂ではブレーキした方がいいと思うよ」

「で、ですよね」


 当然の指摘をされなんとも言えない空気が流れる。


「はいこれ絆創膏。偶然にも家で切らしてたからコンビニで買ってたの」

「ありがとうございます。助かります」


 コンビニで絆創膏を買うのは珍しいなと思いつつも貰った数枚の絆創膏を傷口を覆うように張る。


「今はそれでいいけどしっかり消毒しなきゃだよ。菌が繁殖しちゃうから」

「学校に着き次第、保健室によろうと思います」

「それがいいね。それより時間大丈夫?」


 鞄に入れていたスマートフォンを取り出し時間を確認すると登校時刻が刻一刻と迫っていた。


「・・・まずい、初日から遅刻は出来ない!絆創膏ありがとうございました。このお礼はいつか必ずします」

「うん、きっとそのうち会えると思うよ。もう転ばないように安全にね」


 この町はさほど広くもないし人口もそこまで多くないからまたどこかで会うことも叶うかもしれない。

 銀髪の彼女に背を向け再び自転車のペダルを漕ぎ始める。


 ◇ ◇ ◇


 いつもより少し早く家を出た甲斐あって遅刻することなく立ヶ丘学校に到着した。

 それにしても。

 いつからこの学校は染髪自由になったのだろうか。

 あたりを見回すと多彩な髪色をしている生徒が堂々と教師に挨拶して校舎へと歩いている。


 少し前の生徒指導の教師がこの現状を見ようものなら卒倒してしまいそうだ。

 これだけ多くの生徒が染めているのだから校則の変更があったのだとは思うが、少なくとも僕のもとにその連絡は来ていない。

 まぁ、たとえ来ていたとしても僕が染髪することは万に一つもないのだろうけど。

 それは置いておくとしても校則が大幅にゆるくなったのであれば歓迎すべきであろう。

 染髪自由以外にも何か副産物がついてきているかもしれない。


 校則以外にも問題はもう一つ。

 今のところ僕の知ってる顔の生徒が一人もいないのだ。

 全員入学してきた一年生と考えるのが妥当なのかもしれないが、入学式は三日ごの四月四日であるからここに新入生が居るのは少し疑問だった。

 校則変更の連絡が届かない辺りを考えると入学式の日程変更があって、単に僕が知らないだけの可能性も大いにある。


 そんなことを考えながら歩いていると下駄箱にたどり着く。

 前までの癖で二年の時に使用していた下駄箱に向かいそうになった。

 靴を入れる前に自分のクラスを確認しなくては。


 掲示板に張られた組み分けを探すが新入生のクラス分けの張り紙が張られているだけで三学年のものがない。

 どころか、やはり同級生の姿さえ見当たらない。


 ここで考えられる答えは一つ。

 今日は二、三学年の登校日ではないということだ。

 答えにはたどり着いたものの見直しとして一応教師に確認するべきだろう。

 三年目なのだから当然一切の迷いなく職員室にたどり着き扉をノックする。


「失礼します」


 職員室に入るとそこに僕の知る教師は一人もいなかった。

 恐らく新任または転任してきたのだろう。

 誰に質問するべきか考えていると一人の男性教師が席を立ち,こちらに向かって歩いてきた。


「要件はなにかな?」

「今日って二、三年生の登校ってない日だったりしますか?」

「あるけど、新入生が初登校だから混乱を避けるために二時間遅れて登校のはずだ」


 どうりで同級生の姿が見えないわけだ。

 時差登校だったとは頭から完全に抜けていた。

 そもそも連絡来てないから知らないけれど・・・。


「君も新入生だよね。十分後にはショートホームルーム始めるから教室に行って席で待機しててな」

「実は僕、今年で三学年なんですけど間違えて登校しちゃいまして」


 新任もしくは転任してきたであろう先生にしてみれば僕は新入生に見えたのだろう。

 僕にもまだ初々しさが多少なりとも残っているのかもしれない。


「ははっ。何の冗談だい?渡世 燈くんでしょ。新入生の名簿、というか私の担当クラスの名簿に名前あったし」

「先生こそ何の冗談ですか?僕は二年間この学校で過ごしてきましたし三年目ですよ今年で。見間違えじゃないですか?」

「いやぁ、見間違えないよ。今年転任してきたんだけど受け持つクラスの生徒の名前と顔は覚えているよ」


 証拠があると言われて見せられた新入生と書かれた名簿には確かに僕の名前が書き記されていた。

 考えずらいが学校側のミスという線もある。

 存在感の薄い僕を忘れてしまっていて間違えて新入生の仲間入りをさせてしまったにすぎない可能性もあるのだから。

 注目すべき点はそこではない。

 名簿の表紙、右上にはこう書き記されていた。


 ”2025年  4月 4日”


読んでいただきありがとうございます!!

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