01 初対面の幼馴染という矛盾
2025年4月5日
前日に行われた入学式を経て僕、渡世 燈は晴れて新入生として立ヶ丘高校に入学した。
その名の通り丘の上、と言っても周囲より少し高くなっている地形に建設された県立高校で周辺地域の中では有名な進学校だ。
僕が在籍することになった一年二組に以前からの知り合いが一切居ないから、早く話せるクラスメイトを作ろうと思ってはいるものの行動に移せていないため未だ友達ゼロ人状態だ。
新しい環境ではスタートダッシュが重要だ。
受け身になって周囲の人物から声を掛けられるのを待っているだけじゃ当然進展しないし、変に息巻いて悪目立ちしてもその後の学生生活で肩身の狭い思いをするかもしれない。
人生を歩んでいれば幾度も訪れる事象だからこそ誰しもが思い悩む。
僕も例にもれず絶賛お悩み中だ。
そんなことを考えていると後方の扉から一際視線を集める女生徒が入室してきた。
絹織物のように美しい肌、端正で凛とした顔立ち、肩の辺りまで伸びた翠の黒髪が彼女の存在感を引き立たせている。
彼女を見た誰もが絶世の美女であるとそう評価するだろう。
このクラスには居なかったはずだから別のクラスなのだろう。
それはそうと昨日は思考が追い付かない程の出来事が複数重なって疲れも蓄積したし寝不足気味でもあった。
両腕をクロスさせ机の上に置きそれを枕代わりに頭を乗せる。
学生が頻繁にするであろう机での安心安定の寝方だ。
起き上がった時に腰と肩を痛める代償を支払ことにはなるが。
「へー寝たふりするのね?目が合ったと思うのだけど?」
人の気配というのは目をつぶっていてもある程度感じ取れるもので今まさに声とともに僕の前方、正面から怒気の混ざった気配をひしひしと感じた。
本気の寝たふりをしようか真剣に悩んだが目をつぶっている無防備な状態の恐怖心が強く実行には至らなかった。
「あの~僕にどの様なご用件でしょうか?」
視線を上げたその先には先程教室に入室した黒髪美人の姿があった。
「どの様なご用件?面白いことを言うのね」
面白いこと、と言っておきながら笑うどころか一切表情を変えない。
次に発する言葉を間違えるわけにはいかない。
落ち着いて考えるんだ。
「え~と僕たち初対面ですよね?」
さっきまで賑やかだった右側のグループが嘘みたいに静まり返る。
無難なことを言ったつもりだったがどうやら彼女の地雷をものの見事に踏みぬいてしまったようだ。
組んでいた腕を解くと机に両手を叩きつけ、顔を近寄せる。
眼前に迫る整った顔、美人が怒った顔は怖いと言う意味をはっきりと理解できた。
明らかに先ほどよりも増す怒気に身を震わせることしかできない。
「幼稚園からの幼馴染に初対面?燈、あなた記憶喪失にでもなったの?」
「い、いやーあはは。冗談だよ冗談」
どうやら目前の彼女は僕の幼馴染のようだ。
きっと彼女の言ってることが真実で”今の僕”が知らないだけなんだろう。
例えそれが初対面の幼馴染という極めて矛盾した事柄であっても。
それに彼女の言う記憶喪失というのもあながち間違えじゃない。
実際僕の現状を説明しようものなら記憶喪失を疑われ、即病院に連れていかれてしまうだろう。
「そうなのね。じゃあ昨日の入学式、一人だと不安だから一緒に行こうと誘っておいて、集合時間を過ぎても来ないし電話にも出なかったのね?そして私を放って置いて一人登校と」
「・・・」
「学校終わりにあなたのクラスに行ったらもう帰ってると言われたわ」
う・・・うん。
幼馴染の話を聞く限り、知らなかったこととは言え僕が100パーセント悪い。
言い訳をしようと思えば噓偽りのない言い訳ができるが、”今”の渡世 燈が”以前”の渡世 燈とは別人だなんて頭のおかしい言い訳が通用するはずがない。
ここは素直に謝る以外に答えはない。
「本当にごめんなさい。昨日は朝からいろいろテンパっててすっかり忘れてました。本当にごめん」
椅子から立ち上がり、深々と頭を下げて今の自分にできる精いっぱいの謝罪をする。
「はぁ。まぁ許す。元々そこまで怒っていたわけでもないし。どちらかというと燈に初対面って言われたことに腹が立った」
「ごめん。寝不足で頭働いてなくて、僕にこんなに美人な幼馴染居たかな~と思って」
これも嘘偽りない事実であり本音だ。
「そ、そう。まぁ、それなら仕方ないわね。教室に戻る」
そう言うと黒板の方へ体を半回転させ背中を向け、右手の人差し指で髪の毛先をクルクルさせるとそのまま前方の扉に進み教室から姿を消した。
何とかうまくやり過ごしたという安堵感を全身で感じながら今後の課題の多さに頭を抱える。
名前から調べないとな・・・。
僕と彼女が幼馴染であることは事実だろうし初対面で名前すら僕は知らないということも紛れもない事実だ。
なぜそんな世にも奇妙な現象が起こっているのかと言えば問題は明かに僕の方にあって、
僕が”パラレルワールド”に迷い込んでしまった
という非現実的で、荒唐無稽で、お伽話のような出来事に巻き込まれたからだ。
現実は小説よりも奇なりとはよく言うけれど余りにも奇妙がすぎる。
なぜこんな不可思議な状況に陥ったのかなんて僕にだって分からない。
原因を探るためには少しだけ記憶を遡る必要があるだろう。
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