01話 第358回大勇帝国王立聖教騎士団入隊式
プロローグだから三人称視点で書いたけど、次からは各々の視点で書く予定です。
地上最大の島「グレートブレインアイランド」。その南部に築かれたのが地上最大の国家「大勇帝国」である。
かつて、この島は無秩序だった。戦乱に次ぐ戦乱、血に濡れた覇権争い。弱者は淘汰され、強者のみが生き残る、それがこの地の暗黙の了解であった。だが、一人の男がその戦禍を断ち切った。
その男の名は、「ガンディナル・スカーレット」。この島の外から来た彼は、騎士団を率い、南部を統一し、大勇帝国が築かれた。
この帝国は、実に600年余りの歴史を持つ。人口はおよそ3800万人。領土は約15万平方キロメートルに及び、首都「バンドン」を含む計12もの都市が整備されている。
帝国の南東部には広大な砂漠が広がり、南西部では諸外国との交易が栄え、北部には魔法使いたちの知識の宝物庫となっている。
そして帝国の軍事力の中核を担うのが、大勇帝国王立聖教騎士団(略:聖騎士界)である。剣を持つ者、槍を振るう者、銃を携える者——騎士団は兵科によって区分されることはなく、多種多様な武器の使い手が存在する。騎士たちは、各々の信念のもとに集い、それぞれの武器を手に国民を守る。
騎士団の階級は厳格に定められ、元帥を頂点とし、以下大将・中将・少将・准将…と続く。将校たちは部隊の編成と運用の権限を持ち、それ以外の騎士たちはその命令のもと動く。戦術や連携を重んじるものの、その根底にあるのは個々の強さである。
そして今、新たな若者が騎士の道を歩もうとしている。歴史に名を刻む英雄となるか、それとも歴史の影に沈むか。大きな障壁が、彼らの前に立ちふさがる―――。
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今日は、聖騎士界の入隊式。多くの若者たちが式場で並んでいた。
その中でも、一際目立つ14歳の青年がいた。はねた黒い髪の毛。紺青の瞳。その瞳には強い決意を帯びている。
彼の名は、「シグマ・ベルトルト」。地方都市「イーリング」出身、武器屋を営んでいる両親の間に産まれた。
彼は、生まれながらに剣を握る理由などなかった。
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彼は平民の家に生まれた。だが、貧しさに苛まれることもなく、寒さに震えることもない。家には暖かさがあり、食卓には十分な食事が並び、両親の愛情が満ちていた。
父は鍛冶師であり、帝国の武具を作る腕利きだった。母は商人で、街の交易を支え、安定した暮らしを築いていた。息子が剣を握る必要など、どこにもなかった。いずれは父の工房を継ぎ、母の商いを支えながら、穏やかな日々を送ることができた。
しかし、彼には強い憧れがあった。歴史の本で見た、孤高の英雄。300年以上前の時代を生きた、帝国内で最強の二刀流の剣士「グレン・ドレッド」。本に載っている風貌と経歴、幼い頃から読み続け、憧れを募らせた彼は12の頃になると、騎士になることを決めた。
当然、親から反対された。特に鍛冶師の父親からは「俺は今までたくさんの剣士を見てきたが、そんな半端な覚悟じゃあ最強どころか将校にもなれねぇよ。」と言われた。本物と半端者の両方を長年見てきたからこそ言える言葉だ。
だがシグマは諦めなかった。14歳に入隊することを両親に許可されてから、剣の修行を怠ることはなかった。父親から銅の剣を買って、町のはずれで、日の出から日没まで、ずっと剣を振っていた。
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整列する新兵たちの前に、重厚なマントを翻し、一人の男が歩み出る。
聖騎士界元帥──老いた獅子。齢は七十を越えたと囁かれるが、その背筋は寸分の緩みもなく、全身から放たれる威圧は、そこにいる全ての騎士の背を自然と正させた。
その巨躯が止まると、沈黙が広場を包む。
そして、鋼のごとき声音が響いた。
「聞け、若き騎士たちよ!」
その一声で、霧が裂けたように空気が変わった。
「蘇戦華帝国の情勢は未だ混乱の渦中にある。皇帝が度々代わり、民は武器を持ち、明日を信じられぬ夜を過ごしている。だが――我らが大勇帝国は違う!」
拳を高く掲げ、彼は続ける。
「我らが大勇帝国は鉄の秩序に守られている。そして、その秩序を、未来支える柱こそが貴様らだ。騎士とはただ命令を待つ者ではない。貴族に傅くだけの従者ではない。人類の灯を守る者だ!」
広場に熱が広がる。若き騎士たちの眼が、言葉の炎に照らされて燃え始める。
「忘れるな。騎士にになることは責任を持つこと。力を持つとは、民の盾となることだ。我々騎士の弱さは、民の絶望に繋がる。我らの迷いは、帝国の瓦解を招く!」
ひと際強く、足を踏み鳴らすと、大地すら震えた気がした。
「決して忘れるな。我らはただの騎士ではない。我らは、帝国の象徴だ。騎士であることは、命を賭す覚悟を持つということ。恐れるな、退くな、恥じるな。お前たちの背に、民の未来が乗っているのだ!」
「だからこそ、お前たちは鍛えねばならん! 心を! 魂を! 闘志を燃やせ! 闘気を纏え! 大勇帝国の名の下に!」
「All glory to the Great Brain Empire! (我らが大勇帝国に栄光あれ!)」
「「「「「All glory to the Great Brain Empire! (我らが大勇帝国に栄光あれ!)」」」」」
騎士が一斉に叫ぶ。その咆哮は雷鳴のようだった。
それは単なる声ではない。全ての騎士の誇りの総意、忠誠の証だった。
ー騎士の決意の声明は、彼らの闘気は大勇帝国の曇り空を、天を割ったー
響き終えた後の静寂が、逆に耳に痛いほど深い。
その中、シグマは、拳を強く胸に押し当てた。
彼の中に、確かな熱が宿っていた。
帝国最強の剣士になってやる ―――
彼の決意は灼熱のように燃えていた。そして、強い闘気を発していた。
式典は、意外にも静かに幕を閉じた。
騎士団の新兵たちはそれぞれの配属先を告げられ、これからの運命を知る時が訪れる。
シグマもまた、ひとり掲示板の前に歩み寄った。
大理石の壁に取り付けられた銅製の掲示板には、無数の名前とそれぞれの所属が刻まれている。
彼の視線は一つ一つの文字を追い、そして──
『シグマ・ベルトルト』
その名の隣に、はっきりと記されていた。
The Hellash Squad
彼の目は大きく見開いた。
「地獄の……灰……?」
『地獄の灰』————配属される隊員がたった3名の特別な小隊。
そして、こんな噂がある。
「地獄の灰に入った者は、早死にする」と―――