妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました
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「お願いたすけっ、助けてリディア……リディアお姉様! このままじゃあたしはころされっ」
男らによって乱暴に床に組み敷かれながらも、縋るような目つきでかつて私の妹だった豚がそう懇願してくる。
調子にのって人の物をさんざん奪った挙げ句に大事な婚約者にまで手を出そうとした卑しい豚に対し、もちろん私の取る選択は――。
◆
「パンおかわり!」
「……また? ねえアリス、ご飯の食べすぎは体によくないわ。今日はもうそのぐらいにしてこれ以上は控えなさい」
「うるさいわね、そんなのあたしの勝手でしょ。ちょっと痩せてるからって調子にのらないで! あんたの小言でせっかくの食事がマズくなるわ」
「そうだぞリディア、本人がもっとたくさん食べたいと言うんだから好きにさせなさい」
「でもよーく噛んで食べるのよ、アリスちゃん。お姉ちゃんに遠慮なんてしなくていいからね」
「お父様お母様、お二人は妹に甘すぎます……」
一家揃っての食事の際にはこのようなやり取りが毎回行われる。
その度に悪者にされるのはいつだって自分だ。
はぁ。
心の中でため息をつく。
幼い頃からヴァンディール公爵家の嫡女として厳しく育てられて私とは対象的に、二つ年下の妹は両親からたいそう甘やかされて育った。
かつて十にも満たなかった私が血豆を作り膝を擦りむきながら習った乗馬の代わりに、同じ年齢を迎えた妹が必死に握ったのは手綱ではなくナイフとフォーク。
両親の行き過ぎた愛情表現の賜物か、はたまた本人の生まれ持った素養なのか、とりわけ食事をすることに並々ならぬ意欲と執着心を見せていた妹は暇さえあれば口に食物を運び、食べては寝、起きては食べての日々。
その上ひどく運動を厭ったこともあり、小さい頃は細く可愛らしかった容姿も月日の経過とともにどこかへ消え失せ、今ではぶくぶくと肥え太り豚の化物と見紛うほどにまでなってしまった。
――このままではいけない。
一人の女としても、由緒正しきヴァンディール家の人間としても、今のうちに矯正しなければ。
かつての天使のような見た目までとは言わないが、せめてもう少し痩せて社交界でドレスを着て意中の殿方とダンスを踊れるようにはさせたい。
だからこそ甘やかすばかりで妹の健啖家ぶりを咎めない両親に代わって、姉の私が口をすっぱくして窘めるものの結果は先の通り。
昔はリディアお姉様と慕ってくれた妹も、年月が経つにつれてすっかりそんな気配はなくなっていった。
自分はわがままし放題だということを学習してしまったのだろう、今の彼女は明らかに私を下に見ている節があった。
どうせなにをしても両親には味方してもらえると、そう考えていたのかもしれない。
それゆえか最近ではあえて私の物を奪っていく傾向があり、気がつけば自室からお気に入りの品がなくなっていることが多々あった。
本人に問いただすとやはりしらを切るものの、ふとした瞬間に私愛用の香水の香りが妹の粘土のような体臭に混じって漂ってきた時点で真っ赤な嘘だと悟った。
「ねえ、パンのおかわりまだー?」
空いた皿をナイフとフォークで行儀悪くカチンカチンと叩いて給仕係のメイドに催促をする。
しかし給仕場の奥から慌てた様子のメイド長は現れるなり頭を下げて、
「大変申し訳ございませんアリスお嬢様、私どもの不手際でただいま替えを切らしておりまして、ご用意するのに少々お時間がかかります」
「あらそう、ならしょうがないわね。けど今度はこんなことないようにしておきなさいよ。クビは嫌でしょ?」
うん? いやに聞き分けがいいわね。
いつもならおかわりができないと知るやいなや癇癪を起こし、立場の弱いメイドに当たり散らすところでしょうに。
妹の物分りの良さにもしかして少しは我慢することを覚えたのかと感心していると、その理由をすぐに知ることとなる。
「かのアマリー・ワネット王妃は言いました。『パンがなければ姉の物を奪えばいいじゃない』と。――いただきっ!」
なんと、私の皿からまだ手つかずだったパンを真横から抜き取り、そのまま悪びれる様子もなく頬張ったのだ!
「うまーい。やっぱり姉の物は最高ね、いいこと言うわあアマリーも。まあ、調子にのって最後はギロチンで処刑されたんだっけ。ぷくく、残酷」
あ、呆れた……。
いくらなんでも食い意地が過ぎるわよ。
これはもう、言わずにはいられない。
「はしたないわよ、アリス。そんな盗人のような真似、仮にも公爵家の者がすることではないわ。恥を知りなさい」
あまりにも貴族らしからぬ下品なふるまいに、ついこちらの口調も強くなる。
すると案の定妹は――、
「うぎゃあぁぁっ、お父様、お母様、リディアがあたしを虐めるぅうぅぅぅっ! 盗人だって! 恥を知れって! 馬鹿にするのよぉおぉっ!」
一体どこからそんな声が出るのかというほどの大声を張り上げ、見るに耐えないほどすさまじい形相を浮かべて私を睨んだ。
血走った両眼には狂気が宿り、今にもその手元にあるナイフとフォークで襲いかかってきそうなほどだ。
「こらリディア、妹になんて暴言を吐くんだ! アリスに強いストレスを感じさせるんじゃない、肉質に影響が出たらどうする!」
「そうよリディアちゃん、謝りなさい。あなたはお姉ちゃんでしょう、そのぐらいのことでアリスちゃんを怒るなんてどうかしているわ!」
ああ、やはり二人は妹の味方なのね。
もし妹が逆のことをしたとしても、その場合は私に姉なんだからと我慢を強いていたはず。
「……ごめんなさいアリス、私も少し言い過ぎたわ。ついカッとなってあなたに対する思いやりが欠けていたことを反省するわ。こんな姉を許してちょうだい」
だから私の方から折れることにした。
なにも妹が憎いわけでもなければ喧嘩をしたいわけでもない。
たんに彼女の将来を心配して、それであれこれ物申しているだけ。
若干引っかかるところはあるものの、お互いに引っ込みがつかなくなるくらいなら、姉である私が泥をかぶるのがスマートな対応ともいえる。
「ほらアリスちゃん、お姉ちゃんもこう言ってることだしさっきのことは許してあげてね」
「……分かった、お母様に免じて許してあげる」
良かった。
フゴー、フゴーと鼻息を荒くしながらも一応の落ち着きは取り戻したみたい。
剣呑とした空気も弛緩し、一悶着も水に流した――と思っていたのは、どうやら私だけだった。
「でもこの屈辱に対する報いは絶対に受けさせてやる……あんたのすべてを奪ってね」
ポツリとアリスがもらした言葉。
そこに秘められた真意を私が理解する頃には、既に取り返しのつかないところにまで事態が進行していた。
◆
爵位問わず貴族の子息子女のみが在籍する学園に今年から妹も通うことになる。
そして今日が初登校の日。
学び舎へと繋がる石造りのアーチを潜り抜け、通学途中の学友と朝の挨拶を交わしながら、私は一抹の不安にかられていた。
もちろんその原因は妹にある。
学園に通う前ならいざ知らず、今や彼女も我がヴァンディール家の顔だ。
だからこそ公爵家らしい立ち振るまいで一族の名を汚さないよう心がけてほしいところなのに、あの子ときたらあいも変わらずわがままし放題、甘えたい放題の日々。
今からこんな調子では、きっと妹の学園生活はろくなことにならないだろう。
諌めるべき立場の両親でさえ、なぜか私は妹のことは本人の好きにさせろ、間違ってもお節介を働くんじゃないと厳命されており、これでは一体誰が彼女を立派な公爵家の人間に育て上げるのか甚だ疑問である。
あんな性格では果たして気心の知れた友人さえできるかどうか……。
「ごきげんよう、リディアさま」
そんな風に考えごとをしながら歩いていると、背後から声をかけられる。
すぐに振り返ると、私の親友であるシャルノー侯爵家の長女フィーリアがこちらに向かって手を振っていた。
シニヨンにまとめた髪型が可愛らしい彼女に私もまた、ごきげんようと挨拶を返す。
「お隣、失礼いたしますわ」
フィーリアはそのまま私の横に並ぶと、雑談の姿勢に入った。
すると、彼女からふわりといい匂いが広がる。
ジャスミン系の香水をつけているようで、妹が普段使用している物の匂いと似ているはずなのにどうしてこうも違うのか、不思議である。
「本日は晴天でまこと良き入学式日和ですわね。まるでお空まで前途ある新入生たちの祝福をしているかのよう。そうそう、新入生といえば、今年からリディア様の妹君であらせられるアリス様もこちらの学園に通われるのでしょう?」
「ええ、まあそうね……」
「お会いするのが楽しみですわ。生徒会長であるリディア様のご家族でしたら、きっと素晴らしいお方に違いありませんもの」
フィーリアの口から妹の名前が出た瞬間、私は複雑な気分になる。
やっぱりそんな風に思われてるのね……。
おおかた日頃の私の姿を見ての発言なのだろうが、実際の妹を見たらはたしてどのよ反応をするのだろうか。
社交的な性格ではなかった妹は貴族の集まりに出たがらず、基本的には他家との交流がない。
よって彼女の存在自体は知られているものの、肝心の本人そのものはフィーリアのようにろくに見かけた者がいないのが現状だ。
だからこそ小耳に挟んだ話では、どうやら妹は病弱で儚い、まさに深窓の令嬢だと思われているようだが、正直、見当違いも甚だしいとしか言いようがない。
深窓の令嬢なんて、妹とはもっとも程遠い言葉だというのに。
むしろ本当は――。
「ちょっとアンタ、そこどきなさいよ! たかが準男爵令嬢ごときが公爵令嬢であるあたしの通学の邪魔をしてるんじゃないわよ!」
嫌というほど聞き覚えのある金切り声にビシリと凍りつく。
声のした方向に顔を向けると、案の定そこにはよく見知った巨体――件の妹がいた。
「道の真ん中を歩いて邪魔だったらありゃしないわ。それともなに、もしかしてアンタわざとこのあたしに嫌がらせしてるの?」
同世代の女子と比較しても一回りも体が大きい妹は、なにやら小柄な女子生徒に絡んでいるようだった。
「い、嫌がらせなどそのようなつもりはまったくございませんわ。わたくしはただ普通に通学路を歩いていただけですのよ。それを邪魔だと申されましても……」
一方的に因縁をつけられている女子生徒はここからでも分かるほど萎縮し、すっかり怯えきっている様子で、かろうじてそう返している。
「はあ? 口答えするの? アンタ、爵位の違い分かってる? 準男爵が公爵の人間にそんな風に言い返していいと思ってるの、ねえ? お父様に言いつけてアンタの父親に直接話をつけさせてもいいのよ?」
「ひっ! も、申し訳ございません、それだけはどうかご容赦くださいまし」
「ふんっ、最初からそうやって素直に謝ってればよかったのよ。じゃあさっさとどいてくれる? アンタみたいな平民上がりのなんちゃって貴族は道の端っこをつつましく歩いているのがお似合いなんだから!」
妹のあまりのみっともない真似に頭を抱えたくなる。
確かに妹の言う通り、あの女子生徒は準男爵の爵位を示す鈍色の腕章をつけている。
しかし武勲を上げ、その功績が認められて現在の地位を手に入れた彼女の先祖のことを思うと、決して馬鹿にしていいものではない。
少なくとも私にとって尊敬に値する所業であることは間違いなく、ただ高貴な家に生まれただけでその地位にあぐらをかいて努力を怠る妹よりはよっぽど好感が持てる。
「嫌ですわ、なんて横暴な物言いなのでしょう。とても公爵家のご息女のものとは思えないような言動ですが、もしかしてリディア様にはあの方がどなたなのかご存知ではないのですか?」
隣で同じ光景を見ていたフィーリアも隠すことなく嫌悪を露わにしていたが、これが普通の反応だ。
爵位の優劣を語るのなら、その立場に見合った立ち振る舞いをしなければならないのだから。
なのに妹にはそれがない、だから嫌われるのも当たり前だ。
「アリス……」
「え、あのお方がアリス様なのですか!?」
ポツリと口をついて出た妹の名前にすぐ反応を示したフィーリアは、まるで信じられないとでも言いたげな顔でこちらを見た。
しかし私はそれに構う余裕もなく、いまだ爵位を縦にネチネチと嫌味を続けている妹に近づいていく。
公爵家の人間として、そして彼女の姉としてもさすがにこれを見過ごすわけにはいかない。
なにより、周囲でこちらのやりとりを遠巻きに立ち聞きしている生徒たちに対し、これ以上我が家の醜聞を晒すわけなんてもってのほかだ。
「やめなさいアリス、皆が見ているでしょう」
「うわ出たわねリディア!」
ようやくこちらの存在に気がついた妹はばつが悪そうな表情を浮かべ、キッと睨んでくる。
しかし私はそれに構わず絡まれていた女子生徒に声をかけた。
「うちの妹が迷惑をかけたようでごめんなさい。突然のことで怖かったでしょう? 話を聞く限りだと貴方はなにも悪くないから安心して。妹にはあとで私がよく言って聞かせるからどうか許して頂戴ね」
「は、はい、ではお先に失礼いたしますわ」
ウインクを一つしてこの場を自分に任せて先に行くように促すと、女子生徒は申し訳なさそうな顔をしながらも素直に言う通りにしてくれた。
「あ、ちょっ! 話はまだ終わってないわよ!」
「だから、もうやめなさい。入学初日から問題を起こさないで」
女子生徒を追いかけようと鼻息を荒くする妹の前に立ちはだかる。
「うるさいわね、アンタ何様のつもり。あたしのやることにいちいち口出すな、ウザいのよ!」
姉に向かってなんて口の聞き方かしら。
顔を真っ赤にしながら叫ぶ妹に、本当に自分と同じ公爵家の血が流れているのかと思う。
「つーかアンタも邪魔なのよ、どけっ!」
「きゃっ……!」
ドンッとアリスに肩を押され、尻もちをつく。
「っ……、いきなり何をするの」
「ふん、乗馬を嗜んでいるクセに鈍くさいわね。でもいい気味、少しはスッキリした。じゃあね、あたしはもういくからついてこないでよ!」
一方的にそうまくしたてると、妹はドスドスと下品な足音を立てて去っていった。
「大丈夫なのですかリディア様、どこもお怪我はございませんこと」
「ええ大事ないわ、心配してくれてありがとう」
慌てた様子で駆け寄ってきてくれたフィーリアに対し、こんな形で妹のことを知られてしまった残念な想いと情けないところを見られてしまった気恥ずかしさで、ただ苦笑するより他なかった。
◆
「生徒会長として新入生に挨拶を滞りなく終えることができて一安心ですけれど、今日から悩みの種が一つ生まれてしまいましたわ……」
「ひょっとして、アリスのことかい?」
「ええ、本当に頭が痛いですわ。フィーリアにも妹のあんな恥態を見られてしまいましたし噂にもなっているようで、もう姉として恥ずかしい限りでしてよ」
学園内のサロンでこの国の王子アルフレッドを捕まえて愚痴をこぼす私。
内容はもちろん今朝の一件だ。
私たち姉妹共通の幼馴染にして婚約者でもある彼にしかこんなことは話せない、のだが。
「いいじゃないか別に。なにもアリスだって悪気があったわけじゃないだろうし」
「アルフレッド様までそのようなことを……。妹にもきちんと自らの立場を自覚してもらわないと我が家全体の品位が下がりますのよ」
「その分姉であるキミがしっかりしていればいいだけのことだよ。多少のわがままくらい見逃してやるのも姉の務めだと僕は思うよ」
これだ。
以前はもらす愚痴に共感してくれたというのに最近は妙に妹の肩を持つようになったと感じる。
その上我が家に訪れた際には、なぜかアリスにまで声をかけてテラスでのひと時に同席させようとする。
あげく、私が彼と二人きりがいいと言えば仲間はずれはよくないと窘められる始末。
なんだか怪しいわね……。
いたいけな子供の頃の話とはいえ、政略結婚に関係なく私に好きだとプロポーズまでしてくれたアルフレッドに限ってそのようなことはないとは思うが、内心どこか引っかかるのもまた事実。
「ふー暑い暑い、暑くて体がとろけそうだわー」
学園の生徒たちに伝わる暗黙の了解として、私とアルフレッドが歓談に興じている際にはそれを邪魔してはいけないというものがあるらしいが、そんな不文律を破ったのは例によって妹だ。
「そこのアンタ、フルーツジュースをすぐ持ってきなさい。あとホットケーキね。砂糖たっぷりのすんごくあまーいやつ!」
こちらの返事も待たずさも当たり前とばかりにアルフレッドの隣に座る妹は、初夏もまだ先だというのに全身汗だくで給仕係に注文をする。
その間に履いているフレアスカートをバタバタとみっともなく仰いで風を送ろうとしているが、殿方の前ではしたないとは思わないのだろうか。
「やあアリス、入学おめでとう。ちょうど今君のことをリディアと話していたところなんだ」
「ふーん、あたしのことをねぇー。どんなことを話してたのアル、教えなさいよ!」
「こらアリス、アルフレッド様になんて口の聞き方なの。それにアルだなんて、そんな呼び方では失礼でしょう」
「いいんだよリディア、そんなこといちいち気にしないさ。むしろ愛称で呼んでくれることの方が嬉しいくらいだよ」
「残念だったわねリディア。アルはあたしの味方みたいだけど?」
「ただアルフレッド様はお優しいだけよ。それを味方とは言わないわ。だから貴方もいちいち彼に甘えないの」
「っ、なによーっ?」
嫉妬にかられ、つい言い返してしまう。
このままではまた口論になってしまうかと危惧していた時にアルフレッドが口を挟んできた。
「それよりアリス、せっかく君も学園に通うことになったのだから今度入学祝いを送るよ。なにがいいかな?」
「え、本当、やったー! じゃあアクセサリーがいいな」
そこで妹はチラリと私の方を見て、
「リディアの持ってるやつと同じのがいいわ!」
などと言い出したのだ。
「分かった、ならネックレスにしよう。ちょうどリディアが学園に入学した時にもプレゼントしたけれど、姉妹揃って同じ物をつけるのもいいかもしれないね」
突然の申し出にモヤモヤがつのる。
確かに私も入学祝いと称して彼からネックレスをもらった。
だから別に妹にもプレゼントを贈ること自体に異を唱えるつもりはない。
しかしあくまでもあれは、彼が私に似合うものをと悩みに悩んで用意してくれたもので、だからこそ思い入れも強く大事にしている。
今だって妹に奪われないよう厳重に保管して、大事な時以外は不用意に持ち出さないようにしているほどだ。
一度だけ妹にせがまれて見せたことはあるが、決して触らせたりはしなかった。
だからもしかすると、あの時から虎視眈々と私のネックレスを狙っていたのかもしれない。
そして私から直接奪えないのであれば間接的に奪おうと考えて、だからこそ同じ物をねだったのだろう。
本音を言えばプレゼントは別の物にしてほしいと二人に言いたかった。
しかし腹の底ではどうであれ、アクセサリーをプレゼントしてもらえると聞いて喜んでいる妹の顔を見て、とてもではないが不満を口にすることは憚られた。
――だが今にして思えば、この時に強く言っておくべきだったのだ。
唯一妹に諫言できる私まで甘い顔をしたせいでますます妹が助長し、その結果として彼女の企みを事前に食い止めることが叶わなかったから。
◆
妹が学園に通い始めてから早いもので一ヶ月が経った。
たったそれだけの間ですっかり学園一の有名人と成り果てた妹は、聞くところによると公爵家の名前を使って横暴の限りを尽くしているらしく、既に手のつけられない女帝と化していた。
なんでも爵位が低い家柄の男子生徒を無理やり侍らせ身の回りの雑務を押し付けたり、擬似的な恋愛ごっこに勤しむといったことを妹の指導の下行っているみたいだった。
また、座学や実技の授業でも妹のみ特別扱いをしてもらっているようで、気に入らない教師にはお父様の存在をちらつかせて便宜を図らせているという。
これだけの好き勝手をしていれば当然他人から反感を買って然るべきだが、この国の王子であるアルフレッドと妹も懇意にしていることもあり、表立って誰も妹に対して強く出れないことは想像に難くない。
そのためしわ寄せはすべて私にきており、そのことも含めて妹に真偽のほどを確かめて言及したがやはり効果はなく、かえって反発させる結果となってしまった。
両親からもアリスの邪魔はするなと咎められ、正しいことを言っているつもりなのにそう捉えてもらえないことに不満を抱いた。
なので最近では私も苦言を呈することもやめており、妹とは軽い絶縁状態のようになっていた。
家でも簡単な会話しか交わさず、あとは互いに不干渉を貫く――そんな関係が続いている。
けれども時折妹の私を見る目つきが恐ろしく、裏でなにやら画策でもしている気配があった。
そして私のその懸念を後押しするかのように、よからぬ噂が囁かれている。
曰く、ヴァンディール家の長女は外面が良いが家では毎日妹を虐めている。
彼女はただの被害者であり、溜まりに溜まったストレスを学園で発散しているに過ぎない。
一見すると権力を笠にきた越権行為のようにも思えるが、そもそもが姉の真似ごとをしているに過ぎず、もしそのことを批難するのであればまず先に姉の方を弾劾するべきだ。
ゆえに本当の悪者は、リディア=ヴァンディールただ一人である。
――と。
もちろんそんな事実はないが、一度流れ始めた噂には尾ひれがつき、以前と比べると私に対する生徒からの信頼が揺らいで一部からは不信の声が聞こえてくるようになっていた。
元よりすべての生徒から指示をを得られているとうぬぼれてはいなかったが、まさにそういった一部の不支持者を焚きつけることになり、肩身の狭い想いをしている。
また、時を同じくして私の交友関係にも異変が生じており、最初はあれほど嫌悪感を露わにしていたフィーリアが妹と仲睦まじく会話をしている光景をよく見かけるようになった。
学年が違うというのに暇を見つけては足しげく彼女の元を訪れ、放課後にサロンに誘っては話に花を咲かせているらしい。
その際に私の悪口をあることないこと吹聴しているようで、そんなデマを信じたフィーリアからここのところ距離を置かれているのが困り草だ。
やがて妹が生徒会に入りたいとも言い出した。
書記であるフィーリアからの推薦という形で、書記補佐という(明らかに必要ではない)新たな役職を妹のためだけに設立する運びとなった。
それだけならばまだいい。
少々強引であれど、自ら責任ある仕事を買って出たのは本人なりに熱意あってのことだと思っていたから。
しかし実際はというとどうやら私に対する当てつけらしく、生徒会の業務内容に興味もなければやる気もないのが実情だった。
その上、私が生徒会長なのが妹にとっては気に入らないらしく、即時除名処分を求めたのだ。
さすがにそれは受理されなかったものの、上記の噂の件も考慮されて私は副会長に降格となり、代わりにアルフレッドが臨時の生徒会長を務めることになったのがつい三日前の話。
次第に変化していく環境に、恐怖にも似た感情にとらわれていった。
自分自身がなにかしたという覚えはない。
けれども、少しずつズレが生じているのだ。
それは時に私のあずかり知らぬところで軋轢を産み、やがて牙を剥く。
裏でそうなるように手を引いている者がいる。
明確な悪意をもって私に害を為そうとしている者が。
……分かっている、妹だ。
なぜか妹は私を、私だけを目の敵にし、あの子のやることなすことそのすべてがよからぬ結果をもたらせる。
その度に妹は顔をほころばせ、私の不幸がさも愉快とばかりに笑うのだ。
お父様とお母様に学園でこんなことがあったと逐一私の動向を語る妹の姿に、たまらないほどの悪寒を覚えた。
ここまであからさまに妹から敵意を向けられ、私の心と体は疲弊していた。
これまで順風満帆だった日々の生活が少しずつ崩れていく。
他ならぬ実の妹の手によって。
そして――とうとうその日が訪れた。
◆
空模様がよくない、ある日のこと。
少し前から、再びよくない噂を耳にしていた。
私というものがありながらどうもアルフレッドと妹がひそかに男女の仲になっているという。
初めはただのつまらない噂だと思った。
確かに二人がどうも怪しいと思う節が自分でもあった。
だがいくらなんでも妹ならいざ知らず、まさかあのアルフレッドが私を裏切ることはないとそう信じたかった。
でも、この目ではっきりと目撃してしまった。
アルフレッドと妹がこそこそと校舎の裏で逢い引きしているところを。
肩を抱き、お互いに密着して何ごとかを囁いている光景はまるで恋人のそれ。
だけど恋人は、婚約者はここにいる。
ここから遠巻きにして密会現場を眺めている。
「なんで……っ!」
すかさず現場に乗り込んだ。
きっとその先に知りたくない真実があるというのに。
それでも、確かめたかった。
だって悪い冗談だと思っていたから。
「……アルフレッド様、これは一体どういうことでしょう? なぜ婚約者である私を差し置き妹のアリスとひと目をはばかるようにして逢い引きをされていたのか、ご説明くださいませ」
鋭い口調で問いただすと、こちらに振り返ったアルフレッドはさして慌てた風もなく言う。
「すまないねリディア、僕は真実の愛に目覚めてしまったんだ。ああげに愛しきは麗しのアリス、君の妹ただ一人だけなのさ」
返答は期待に反して最悪なものだった。
浮気ならばまだよかった。
貴族社会では残念ながら側室を囲うことはよくある話だ。
本命が自分であるのなら、軽い火遊び程度なら正妻の余裕で流すこともできる。
なのに真実の愛って、なに。
それは私とのものじゃなかったの?
まるでそれじゃあ、こっちが浮気相手みたい。
アルフレッド、貴方はあの時語ってくれたじゃない。
僕が生涯愛する女性はリディアだけだって。
「どういうことなの、アリス……?」
たまらず、妹の方を見る。
心臓の音が早金を打つように激しくなり、喉が嫌に渇いた。
自分でも気づいているはずなのに。
だってこれはまた、例のアレだから。
人の物を、……姉の物を奪っていくあの悪い癖。
「あ……っ」
アルフレッドの横で酷薄な笑みを浮かべている妹は無言のままこちらを見据え、私に見せつけるかのように彼の腕を取った。
なにも語らずともその所作だけで理解した。
でもこの屈辱に対する報いは絶対に受けさせてやる……あんたのすべてを奪ってね――。
あの日の発言はそういう意味だったのだと。
「あーあ、空気の読めないリディアのせいで気が削がれたわ。行きましょアル」
「そうだね、今度こそ二人きりになれるところに行こうか。このまま雨も降りそうだし、僕の自室がいいかな」
待って。
行かないで。
私を捨てないで。
……妹なんか貴方の部屋に入れないで。
アルフレッドに向かって片手を伸ばすも、彼はこちらに物悲しそうな表情で一瞥をくれただけで結局は立ち去ることなく去っていった。
「なん……で……」
目の前が真っ暗になる。
妹にすべて奪われていく。
両親の愛情も、気のおけない親友も、学園での立場も、そして愛しい婚約者でさえも。
全部、全部全部全部全部!
「許さない……」
涙の代わりに、ふと口を突いて出たのはそんな言葉。
胸の中にドス黒い負の感情が逆巻いているのをはっきりと自覚した。
「絶対に許さない……あの豚!」
ポツポツと降り始めた雨の音にかき消されないように一人叫ぶ。
この時私は生まれて初めて妹に、殺意にも似た憎悪を抱いたのだった。
◆
妹にアルフレッドを奪われてから完全に私たち姉妹の関係は破綻した。
だからもう、我慢することはやめた。
両親もどこまで事情を把握しているかはさだかではないが、なにも言ってこないのでなにか話を振られない限りは妹を無視している。
もっとも話を振られたところで、一言も返さず顔を背けて終わりだが。
今ではお互い同じ家に住むだけの他人、いや、公爵家に巣食う卑しい豚にしか思ってはいない。
身なりに気を遣わずぶくぶくと太って、本当に醜い豚。
相変わらず周囲の人間はあれを過剰なまでに甘やかすけれど、端から見れば飼われる愛玩動物そのものだ。あるいは家畜。
本当はあんなのともう一緒に暮らしたくないがしかし両親の庇護下にある以上、それもできないのが現状だ。
ゆえに私に残された最後の砦はヴァンディール家嫡女としての権利。
これだけは絶対に死守しなければならない。
そして私が家督を継いだら、あの豚は即刻追い出してやる。
我ながらささやかな復讐だとは思うが、された仕打ちを考えればこのぐらいして当然だろう。
むしろ殺さないだけ温情があるとさえ言える。
「そういえば今度王家主催の晩餐会があるらしいわねぇ。王城から招待状が届いていたわよ」
と、自宅一階のテラスでくつろいでいたお母様が今思い出したかのように話題を切り出した。
私は二階のバルコニーから静かに耳を傾ける。
「それ、あたしがアルに頼んでおいたやつだ! ふふ、彼ったらあたしのことが好きでたまらないみたいね。ちょっとお願いしたらすぐに行動してくれるなんてホントあたしって愛されてるぅ~」
眼下でその巨体に似合わずにくねくねとしなをつくる妹に吐き気すら覚える。
なにがあたしって愛されてる、だ。
気持ち悪い、豚のくせに。
お前が媚びたところでなにも可愛くないのに。
なぜ両親は、フィーリアは、……アルフレッドは、私よりもあんな豚がいいのだろう。
聡明であるように。
模範であるように。
美麗であるように。
そんな理想の自分になれるようずっと努力してきたのに。
なのにどうして……。
「晩餐会では殿方とダンスもあるのでしょう? だったらアリスちゃんには初お披露目も兼ねて、とっておきのドレスを用意してあげなくちゃね」
「せっかくだけど、いらないわよお母様。あたしには――リディアのがあるから」
まだ階下では話が続いている。
ふと視線を感じ再びテラスに目をやると、豚がニタニタと実に気色の悪い笑みを浮かべてこちらを見ていた。
太陽光が反射してテカテカと光るその脂ぎった顔を向けないで、とても不愉快だわ。
「赤いドレスがあったでしょ? あれ、リディアなんかにはもったいないわ。だからこのあたしが着てあげる!」
「でも、そうなるとリディアちゃんはどうすればいいのかしら」
「適当に安っぽいドレスでもリディアには与えておけばいいじゃない! どうせ目立つのはあたしなんだし!」
どうやらあの下劣な品性の豚はどこまでも私の物を奪わなければ気がすまないらしい。
あの赤いドレスはお父様とお母様が私の誕生日にプレゼントしてくれた物だということを、当然豚も知っている。
だからこそ、私に対する嫌がらせの意味合いも多分に含んでいるわけ。
……いいわ、着られるものなら着るといいわ。
私の体に合わせてあつらえられた豪奢なドレスなのだから、豚のあんな体型で果たしてまともに着られるとは到底思わないけれど。
◆
とうとう晩餐会の日にちがやってきた。
一家総出の招待だったけれども、本音を言えば欠席したかった。
おおかたアルフレッドに捨てられた私が出席をしても、踊る相手がいないダンスの時間にみじめな思いをするだけ。
そうでなくても他の出席者に白い目で見られ、あるいは婚約者を奪われた哀れな令嬢として同情を寄せられるのが容易に想像できたからだ。
しかし私は豚とは違う。
将来はヴァンディール公爵家を継ぐ者として、奇異のまなざしや誹りに怯えて逃げ出すなどと、それこそ貴族としての責任とプライドが問われるというもの。
だからこうして私は、地味な黒いドレスを着て王城に出向いていた。
その前にお母様が別にドレスを用意してくれると言ってくれたが、きっぱりと固辞した。
急ごしらえで用意立ててもらう手間を考慮してというよりかは、半ば意地に近かったのもある。
あくまでこのドレスは私が好きで着ているものであって、見苦しい豚に少しは華をもたせるためにお下がりを貸し与えたのだと、そう自分を納得させるために。
幸い、私と同じような格好をしている貴婦人が多かったために浮くことはなかったのだが。
すでに大広間は賑わっており、いつもなら自ら率先して挨拶まわりをしているところだが、今回ばかりはそんな気分になれない。
きっと他の貴族たちは私の話題で盛り上がっていることだろうから。
なにせ先ほどからチラチラと、こちらの様子をうかがう視線が気になるほどだ。
それでも誰も声をかけてこないのは、果たして気遣ってくれているのかそうでないのか。
とにかく居心地が悪いことだけは確かで、胸の辺りに不快感が満ちていくのが分かる。
だからせめて豚のドレス姿を思い出し、溜飲を下げることにした。
「……ぷっ」
あれは傑作だった。
私の丈周りの倍ほどもあるものだから、無理を通してやっと着たドレスの生地が伸びに伸びて、それはもう面白い有り様になっていたっけ。
おかげで胸元から脂肪の塊がこぼれおちそうになっていて、まるで露出狂のようだと思ったわ。
だというのにお母様ったら「まあアリスちゃんよく似合っているわ、綺麗よ」なんて煽てるものだから、本人も馬鹿でその気になってご満悦げに頷いていたことに笑いを禁じ得なかったわ。
しかし私が豚の恥ずかしい格好に心を弾ませていられたのはそこまでだった。
「見ろ、どうやら参られたようだぞ」
誰かが発した言葉で、出席者の視線が大広間の中央の扉に寄せられる。
大きく開け放たれた扉の奥から姿を現したのはいまだに私の想い人であるアルフレッドだ。
純白のタキシードに身を包んだ彼は、貴婦人の熱のこもった視線を一身に浴びながらゆっくりと歩を刻んでいく。
あの時から彼とはろくに顔を合わせることすらできていなかったが、しばらくぶりに眺めたそのお姿はより一層素敵になっていて、この場にいるどの殿方よりも輝いていた。
「今宵の主役も一緒ですわよ!」
もう一度どこかの令嬢が黄色い声わ上げる。
その瞬間、私の心が怒りでドス黒く染まった。
アルフレッドの背中を追う形で登場してきた豚のせいで。
「ぶひぃー、ハイヒールって歩きにくくてホント嫌いっ! マジ足痛いわー、これって確実に明日筋肉痛コース~」
……なによあれ。
まさかあんな娼婦スレスレの格好のくせして、殿方の三歩後ろをついていく、奥ゆかしい淑女の心得を実践しているつもりだろうか。
あれではただの犬の散歩、いや豚の放し飼いに過ぎない。
だってほら、ブヒブヒと鼻息を粗くして重そうな体でのそのそ歩いていたら、人からそんな風に思われても仕方ないでしょう?
ましてブツブツと粗野な言葉遣いで聞くに耐えない愚痴ばかりこぼして、品性の欠片もないわ。
まったく、我が家のいい恥晒しよ。
ああいやだ、あんなのをエスコートしなければならないアルフレッドの胸中を想うと、胸が張り裂けてしまいそう。
そもそも本来なら私があそこにいたはず。
そうすれば豚以外は誰も恥をかくこともなくて済んだのに。
――なんて。
以前は夢に見たはずのアレの社交界デビュー、身内として祝福する場面のはずなのに素直にそうできないのは、なにも私の心が狭いからではないはずだ。
「この場にお集まりの皆さま方、本日は我が王家主催の晩餐会にお越し下さり、我が父に変わって感謝を申し上げます。どうぞごゆるりと最後までお楽しみください」
所定の位置につくと、主催者代表としてアルフレッドがうやうやしく挨拶をのべた。
すぐさまパチパチと拍手が巻き起こり、晩餐会はようやく開始された。
その傍らでうっとりとした表情で彼を見る豚の存在さえなければまだ私も楽しめたことだろう。
「――さて開始早々で気が早いですが、さっそく今宵の大目玉である例の催しをまずは皆さま方にお披露目したいと存じます!」
「おお、やっとですかなアルフレッド殿下」
「これを楽しみにわたしくたちは今日まで我慢を続けてきましたのよ」
「ああどうしましょう、緊張してまいりましたわ。実はあの催しを見るのは初めてですの、私」
「あれのお膳立てするのにたいそう手間と時間がかかったとお聞きしましたが、その甲斐あってか今回はとても良い出来になったとか。いやはや、学園に通う我が娘も協力した意味があったというものです」
アルフレッドの一言でにわかに沸き立つ各々。
明らかに彼らにはこれからなにが行われるのか分かっている様子。
しかし例の催しという単語が妙に引っかかる。
「まさか……」
ここで一つの懸念が生まれた。
思い返して見れば、豚に奪われたとはいえ直接アルフレッドから婚約の撤回を申し出されたわけではない。
うやむやのまま今日まで迎えたことになるが、この晩餐会はあの豚の方から提案されたという。
つまり、事前になんらかのサプライズを仕込むことは容易だということ。
そして豚はこの私に敗北感を与えることに躍起になっており、衆目の前でもっとも効率的な屈辱を味合わせるには今回の舞台はうってつけというわけだ。
他人の不幸は蜜の味というが、それは貴族社会でも例外ではない。
衆人環視の中で行われる公爵令嬢の婚約破棄、などというのはきっと最高の娯楽に違いない。
だからこそアルフレッドに近づいたのだろう。
おそらく、理想の婚約破棄の状況を実現させるために。
どこまでも腐った性根である。
あれは私を、リディア=ヴァンディールを辱め、貶めるためならば、そういった道理に反した悪行ですらいとも簡単に行う畜生なのだから。
消えればいいのに。
他人に甘え、他人に媚び、他人に力を借りないと物事をなすことのできない正真正銘の人豚が。
「…………(ニタァ)」
気がつけば、あいつが勝ち誇った顔で私のことを見ていた。
憎らしいことこの上ない。
まるでなにもかも奪ってやったぞ、どうだ見たか! とでも言外に告げているかのようだ。
自分は幸せで、私は不幸だとほくそ笑んでいるのかもしれないが、ふざけるな。
お前のそれは幸せの前借りだ。
いつかきっと必ずその代償を支払う時がくる。
私はその時お前の哀れな姿を見て狂喜し、胸がすく想いに至るだろう。
慈愛も愛惜も憐憫もお前には今後一切抱くことはない。
唯一お前に抱く感情はたった一つ、あえて言葉にするなら『ざまあみろ!』、だ。
だからこちらも睨み返す。
少しでもこの敵愾心が豚に伝わるように。
「アルフレッド殿下、ご準備が整ったようです」
「そうか、ではここに運んでくれ」
「はっ!」
これまでアルフレッドの傍らに控えていた衛兵たちが一旦大広間の奥に消え、それから少ししてから再びキュルキュルと車輪の音を響かせながら戻ってきた。
どうやらなにかを運んでいるらしい。
ざわざわと物々しい雰囲気の中、衛兵たちの手によって持ち込まれたのは、
「……金の豚?」
と表現しかできないものだった。
「ご紹介いたしましょう、これこそが王家自慢の一品、その名も『ファラリウスの雌豚』です」
アルフレッドが得意げにその金の豚――の姿をかたどった像を紹介する。
中に人一人は優に入れそうな造りで、あの豚にどことなく似ているようにも見えるのは、たんに私怨混じりの主観によるものだろう。
ただ、どことなく不気味な印象を受け、直視を続けていると体の芯が底冷えをしてくるほどだ。
「おお、あれが噂の……!」
「なんと神々しい輝きでしょう」
「あれではさぞ均一に熱が伝わることだろう」
「早く使っているところを見てみたいわ!」
しかしながら、なぜあのような謎の物でこうも他の貴族たちは盛り上がっているのだろうか。
確かに珍しくはあるが正直、意味不明だ。
「えっと、アル、なによこれ? あたしこんなの聞いてないんだけど?」
視界の先で豚も困惑した表情でアルフレッドの横顔を覗いている。
てっきり豚が用意でもさせたのだと思っていたけれど、どうやら違うみたい。
ということは、あれはアルフレッドが個人的に必要だと思っているわけね。
けれどもあれは一体なんなのだろう。
まさか豚のためのモニュメントというわけではないはず。
もしそうであったなら、金貨豚とでも呼ばせていただくけれど。
「この『ファラリウスの雌豚』を初めて目にする方のために改めてご説明させていただきますと、これはかつてこの国を収められたファラリウス王の命によって制作された拷問器具であると同時に、巨大な調理器具でもあるのです」
拷問器具で、調理器具……?
一聞する限りでは、まるで両立し得ない用途に思えるが。
とはいえなぜアルフレッドがそのように物騒な代物をこの場にわざわざ用意させたのか、どうも彼の意図を計りかねる。
けれども調理はともかく拷問というからには、その対象が動物ではなく人であることだけは理解できた。
今よりもっと昔は娯楽の一つとして公開処刑が貴族たちの間で人気を博したと習った覚えがあるが、もしかするとその時代の物なのだろうか。
「そして肝心の使用方法ですが至ってシンプルです。『ファラリウスの雌豚』の中に素材を投入し腹を火で炙るのみ。毛抜きや内容物など面倒な下処理はすべてこの像にかけられた魔法が行ってくれるのであとは素材の中まで火が通るのを待つだけですが、実はこの豚鼻を模した機構から素材の声が聞こえますので、内部からの鳴き声が途絶えた時が焼き上がりの目安となります」
まるでこれから実際にあれが使用されるとでも言いたげな様子でアルフレッドは続ける。
「これこそが『ファラリウスの雌豚』による拷問であり、また調理でもあるのです。――これまで皆さま方には上質な素材を得るために大変ご尽力していただきました。ですから今宵は皆さま方の功を労い……を存分にふるまいたいと思います」
そこまで言うと、アルフレッドがこの日初めて私の方を見た。
相変わらずの端正な顔立ちだが、彼の瞳の奥にはゾッとするほど冷たい光が灯っており、思わず背中が粟立つ。
もしかして彼は、私をあの像の中に入れて拷問でもするつもりなのだろうか――?
いくらなんでもあり得るはずのない妄想だが、そう想起させるだけの迫力がアルフレッドの眼光に宿っていた。
「ちょ、ちょっとアル、さすがにそこまでしなくてもいいわよ。今日はあくまでリディアとの婚約破棄の宣言と改めてあたしと婚約するまでが目的だったはずでしょ? だからあんな物騒なもの、必要ないわよね。せっかくのあたしたちの門出の日にふさわしくないから!」
腹の立つことにどうもあの豚も私と同じ妄想を抱いたらしく、慌てた様子で隣のアルフレッドを制止していた。
それにしても、やはり今日この場で私を皆の前で笑いものにする算段が立てられていたようだ。
だが肝心のアルフレッドはというとニコリともしておらず、豚の発言にさも不愉快とばかりに眉を寄せてぴしゃりとこう言い放った。
「勘違いしないでくれるかな。大切なリディアに『ファラリウスの雌豚』を使用するつもりは当然ないよ。あれの中に入るのは君だ、アリス」
「は?」
フゴフゴと鼻を鳴らし、素っ頓狂な声を上げる豚。
ただし突然の名指しに本人はおろか、私でさえ驚きを隠せない。
なにせアルフレッドは豚に対し、あの金の豚――『ファラリウスの雌豚』に入れると言った。
そしてその前には大切なリディアには使用するつもりが当然ないとも。
このことから導き出される答えはただ一つ、豚にはあの器具を使用する予定なのだろう。
「な、なに変なこと言ってるのエル? あたしをそれの中に入れるって? あはは、いやだわ~、笑えない冗談はやめてよね。……あっ! まさかこれ、あたしまで巻き込んだアルのドッキリ? そうよ、そうなんでしょ! やぁねアルったら、あたしを驚かせるためにそこまでするー?」
茶化したように豚がアルフレッドに問いかけるものの、あえて彼は首を左右に振るだけでそれを否定した。
無言の圧力によって、次第に今しがたの発言に対する現実味が増していき豚は分かりやすく狼狽する。
「えっ、いやだってその金ピカ、ご、拷問器具、なんでしょ? そんなのには入りたくないわよ。だって、まるであたしがこれから拷問でもされるみたいじゃない」
「みたいじゃなくてされるんだよ」
「待ってよ、なんでこのあたしが拷問されなきゃいけないのよっ!」
気がつけば、流れが変わっていた。
本来ならば私が話題の中心にいたはずなのに、どうしたことか豚を拷問するしないについて問答の中身がすり替わっている。
しかし話の内容はそれだけに留まらず、更なる広がりを見せていった。
「拷問器具であると同時に、調理器具でもあると言っただろう。……本来なら知る必要もないことだけど、この際だからはっきりと伝えておくよ。君は今日この日のために用意された上質な素材で人の形をした豚――人豚に過ぎないとね」
「あたしが、人豚ぁ!? ちょ、ちょっと、聞き捨てならないわ、どういうことか説明しなさいよ!
「それは余の方から説明しよう」
アルフレッドに詰め寄ろうとする豚の間に声で割って入ったのは、今の今まで姿を見せなかった国王陛下だった。
公爵家という立場上、なにか催し事がある度に豚を除いて両親ともども挨拶に出向いては懇意にさせていただいており、特に私はアルフレッドの婚約者で未来の王妃候補ということもあって以前から我が子のように可愛がってもらっていた。
そんな国王陛下は私と目が合うと、まるで安心させるかのように一瞬だけ目元を緩め、それからすぐに表情を引き締めて次のことを言った。
「この国では古来より王位継承権を持つ第一王子が成人を迎える際、次代の王の無病息災と恒久的な繁栄を願って皆で人豚の肉を喰らう風習があるのだ」
初めて明かされる真実に動揺を禁じ得ない――のは、どうやら私と豚のだけのようだった。
他の人間にとってはどうやら周知の事実だったらしく、そのことからもあえて私たちにのみ話を伏せられていたことが伺える。
もっとも件の話が本当なら、豚に関しては真実を隠すのは当たり前なのだが。
「しかしながら今回は他ならぬアルフレッドの方からその儀を早めたいという申し出があってな、こうして王家主催の晩餐会という形で皆に馳走をふるまう運びとなったのだよ」
「ご無理を聞いていただき感謝いたします父上。ですが僕は、一刻も早く愛するリディアのためにこのくだらない嘘を終わらせたかった。なによりその肥え太った女とこれ以上一緒にいたら、このムラムラと湧き上がる食欲にどうにも抗えそうにありませんでしたから」
冷めた目で豚を見るアルフレッド。
これまで豚に対して見せていた柔らかい雰囲気がどこにもなく、さながら罪人に刃を向ける処刑執行人のよう。
そこには私の知らない彼の一面があった。
「ひ、人豚の肉を喰らうって意味が分かんない。いやそれよりもくだらない嘘ってなによアル!」
気丈にふるまおうと声を荒らげて精一杯虚勢を張っているが、頭の中でパニックを起こしているのが丸わかりだ。
なにせ今この場で尋ねるべき内容とその順序がまるで分かっていないのだから。
「言葉通りの意味だよ。君は疑問に思わなかったのかい? 僕を初めとした多くの人間が君の子供じみたわがままを許し、時として擁護し、そして甘やかしてきたことを」
「別に誰かから甘やかされた覚えなんてないわ、変な言いがかりつけないでくれる!? そんなに言うならあたしが甘やかされてた証拠でもあるのっ!?」
……呆れたわ。
まさか本人にその自覚がないだなんて。
誰かあの豚に現実を教えてあげてほしい。
そんな私の気持ちを代弁するかのようにアルフレッドが淡々と告げる。
「たとえばそこにおられるデーラ卿のご子息は、学園で君が姫扱いを強要し、逆ハーレムごっこと称して侍らせていた中の一人だ。彼はよく愚痴を溢していたよ。なんで自分がこんな馬鹿なことをしなければならないのかと。親世代はともかく、子世代は人豚のことをまだ知らされていないからね。親からの指示とはいえ、君のふざけた命令に嫌々応じることはどれほどの屈辱だったことか。そしてそれは愚かな君がリディアを陥れるために近づいたフィーリア嬢も同様だ」
フィーリアの名前が出た瞬間に得心が入った。
初対面での言動で豚に良い印象を持ち合わせていなかった彼女の心変わりもなんてことはない、たんに仲のいい振りをするように申しつけられていたからに過ぎなかったのだ。
アルフレッドにしたってそう。
一度は捨てたはずなのに、いまだに私のことを大切だと、愛していると言ってくれている。
つまり彼が豚と男女の関係にあったというのはただの演技で、最初から豚をその気にさせるための、まさにくだらない嘘だったのだ。
だからこそ彼はあの校舎裏での別れ際に、私に向けて物悲しそうな表情をしていたのだろう。
愛しの婚約者を裏切ることへの罪悪感と心にもない好意を豚に抱かなければならない苦痛とで、彼もまた内心深く傷ついていたのだから。
「やっと嘘から解放される今この時だから、僕の本心を言うよ。アリス、これまでずっと僕は君のことが大嫌いだった。だけど、それと同じくらい君の肉質が気になっているんだ。食べたらどんな味がするのだろうとそのことばかり考えている。だからなんの躊躇いもなく君を『ファラリウスの雌豚』でこのあと調理することができるのさ」
「な、なによそれ……、なによそれぇ!」
「君はこれまで甘やかされ、散々美味しい思いをしてきただろう? リディアに嫌なことをすべて押し付けてね。その丸々と太った体がなによりの証拠だ。だからね、今度は僕たちが君を美味しく食べる番なんだ。……さあ、種明かしもこの辺りで終わりにしよう。この場にいる誰しもが本日のメインディッシュを心待ちにしているのだから。衛兵たち、それを捕まえろ」
「はっ!」
「ひ、ひぃ、来ないでっ!」
アルフレッドの合図を皮切りにドヤドヤと押しかける複数の衛兵たちの手によって豚が無様にも捕らえられる。
それを咎める者は誰もいない。
ここにいるのはすべて共犯の関係にあり、また人豚のあり様に理解を示している人間のみなのだから。
「い、いや、やめて! 離して……離せ!」
「こら、大人しくしろ! 往生際が悪いぞ!」
豚は必死にもがき衛兵の拘束から逃れようとするが、いくらその巨体でも日々鍛え上げられた彼らの本物の肉体の前では無力だった。
麻紐で体を縛られる様は滑稽で、ぜい肉も外に出たいのか、紐の隙間から今にもはちきれそうに盛り上がっている。
私から奪ったドレスはとっくにみすぼらしい姿になっており、とうとう豚の胸元から二つの脂肪の塊が飛び出して外気と好奇の目に晒された。
「公爵家の次女であるあたしにこんなことをしてタダで済むと思っているのか!? お父様とお母様が黙っていないぞ! 今あたしに無礼を働いているやつらの一族郎党皆殺しにするように頼んでやるからな! くそが、離せぇぇえぇっ!」
淑女であるならば、たとえあのような状況でも決して恥じらいを忘れることはできないだろう。
少なくとも私は、あのように皆が見ている前で鑑賞に堪えない表情を浮かべながら怨嗟の声を上げることはしない。
それをするくらいなら、いっそ舌を噛む。
「まあお下品ですこと。さすが人豚ですわね」
「酷い言葉遣いですわ。私、衝撃のあまりに卒倒してしまいそう」
「人の見た目をしていてもやはり豚は豚、品性の欠片もない。貴族らしからぬ立ち振舞いと言動はやはり生まれ持ってのものか」
「あれではこれまでのヴァンディール家の苦労が偲ばれる。特に、理由を知らされぬままこれまで理不尽にされてきたリディア嬢が不憫でならぬ」
半狂乱の様相で暴れ叫ぶ豚に、残念ながら他の貴族たちから同情の声は寄せられることがなく。
それどころか、むしろ私に対する憐れみの声が聞こえてきたほどだ。
「ふっ……」
アルフレッドですら豚のことを鼻で笑っている始末。
「ご家族が黙ってないときたか。まさか公爵家の人間まで巻き込んでいるんだ、彼らも今回の一件に一枚噛んでいないわけがないだろうに。だけどそうだね、そこまで言うのなら君のご両親に一つお願いしてみるといいさ」
「お呼びですかな、アルフレッド殿下」
アルフレッドからの呼びかけに応え、これまでどこかでこの事態を静観していたお父様とお母様が人の波を割るようにして前に出た。
二人には取り乱す気配がなく、もしもあの豚が大事な身内であるならば気が気でないはずなのにまったくそのような様子は見受けられなかった。
「ヴァンディール卿、この際ですからあなた方が手塩にかけて育てられたそちらの人豚に、どうぞ遠慮なくお伝えください。嘘偽りのない本音を」
「お父様、助けて! こいつら、よってたかってこのあたしを焼き殺そうとしてるの! あたしを人豚だって、だから食べるって、ホントなんなのこいつら、頭おかしいわ! 狂ってる! お父様たちは違うでしょ、あたしのことそんな風に見てないわよねっ? だってあたしは人間なんだから!」
この機を逃すまいと、すぐさまお父様に助けを乞ってみせる。
生き恥を晒すにふさわしい豚の所業だ。
だが興奮する豚を諭すように、お父様はあれの目線に合わせて滔々とこう語って聞かせた。
「落ち着いてよく聞きなさいアリス。お前は我がヴァンディール公爵家の威信にかけて伸び伸びと育て上げた、どこに出荷しても恥ずかしくはない私たち自慢の――人豚だ」
「へあ?」
「自画自賛ではあるがお前という人豚の出来栄えは私たちが保証しよう。恵まれた環境と、適度な飴と鞭。そして最後に死の恐怖を与えることで、生存本能から肉に旨味が凝縮されて最上級の品質となる。おかげで私も鼻が高いよ。こうして大切に育て上げた人豚が皆にふるまわれるところをこの目で見ることができるのだから」
「…………」
あれだけ特別扱いしてくれていたお父様からのまさかの返答に、さしもの豚も一瞬言葉を失う。
だが一拍遅れてから理解が追いついたようで、信じられないものを見るかのような目でお父様を睥睨する。
「ーっ、お、お父様も狂ってた! お母様は! お母様は違うわよね!? あれだけ優しくしてくれて愛情たっぷりに育ててくれたんだもん、あたしを見捨てないわよね!?」
頼みの綱はもはやお母様にしかないと悟ったのだろう、泣きそうな表情で必死に今度はお母様に話を振る。
しかし――。
「……アリスちゃん、まだ貴方には名前の由来を教えてなかったわね。いい? リディアちゃんと違ってそのお名前はね、私たち夫婦が考えたものじゃないの。代々人豚に選ばれた子につける名前で、高貴な身分という、いわばブランド名なの。そして人豚の生産者である私たちが王家のために貴方を献上できるだなんて、こんな名誉なことはないわよね? だから貴方を優しく愛情たっぷりに飼育するのは当然でしょ?」
「ぶ、ブランド名……? 生産者ぁ……っ!? お、お母様までなに馬鹿なことを言って……」
「いい加減分かって頂戴。食べられるためだけに育てた人豚をいつまでも未練がましく飼っておくわけにもいかないでしょ? 時間が経つにつれてどんどん雑味が増していくんだから。でも心配はいらないわよ、脂が乗る十代の今が一番美味しい時期なんだから。きっとアルフレッド殿下にもお気に召していただけるわ」
お母様もまた、決して味方にはなりえない。
いつものように朗らかな笑みをたたえながら、豚の淡い期待を打ち壊すのがさも楽しいとばかりに非情な現実を告げていく。
「そんな……」
再三に渡る衝撃の事実に、とうとう豚も二の句を継ぐ気力が削がれたようだった。
さきほどまでの優越感に包まれた顔から一転、今や絶望感に苛まれたなんとも醜悪な相貌を曝け出している。
――ああ、いい気味。
これまでの行いに対する天罰がくだったのよ。
とはいっても、まさかこんなに早く豚に報いが訪れることになるとは思わなかったけれど。
鮮やかで華麗な逆転劇。
私があらかじめ予感していた展開とはまったく異なっていたものの、なんとスッキリと気持ちの晴れるサプライズなのか。
これを秘密裏にアルフレッドが画策して実現を可能にしたのだとするならば、彼は王子であるとともに優れた戯曲家にもなれることだろう。
また一つ彼の魅力的な一面を知ることができて嬉しくなる。
「これで分かったことだろう。アリス、君の味方なんてどこにもいやしないことを。むしろその死を望む者しかいないのだからね。一応は公爵家で育った身、ならばせめて最後は高潔を貫いて潔く散るのが華だとは思わないかい?」
「……い、いやよ、なんであたしがこんな酷い目にあわなきゃいけないの。なにもあたし悪いことなんてしてないじゃない。みんな勝手であんまりでしょ……。納得できない。探せば、探せばいるはずなの、あたしを味方してくれる人が……あ」
すがる相手もおらず、どうにも四方八方に視線を泳がせていた豚はふと私の方を見た。
なにを思っているのか、考えなくても分かる。
顔をくしゃっと歪めて逡巡し、けれども背に腹は変えられないとばかりに、やはり思った通りの行動を取った。
「お、お願い、リディア――リディアお姉様! 今までのこと全部謝るから、だから助けてよ! お姉様だったらきっと、ううん絶対に国王陛下にお父様やお母様、それにアルも言うことを聞いてくれるわ! もうこの状況をなんとかできるのはあたしの憧れで自慢で成り代わりたいと願った、リディアお姉様しかいないの!」
お姉さましかいない、ね。
確かに私が説得すれば、名前の挙がった全員が考えを改めてくれるかもしれない。
でも駄目。
謝られても絶対に許さない。
以前までの豚がそうであったように、私もまたこれにされた仕打ちは忘れない。
少なくとも豚によって流されたいわれなき誹謗中傷を許容するほど、私は人間ができていない。
豚と違って決して安くはない自分のプライドを傷つけられて、黙ってなどいられない。
つらつらと並べ立てた薄っぺらいお世辞なんてもってのほか。
なにより、この期に及んでまだ私の想い人をアルと呼ぶそのなれなれしい態度が許せなかった。
だからこそ、強い口調で豚の命乞いを拒絶することにした。
「……ずっと私を敵視して攻撃してきたくせに、いざ自分の立場が危うくなるとすぐそれ? 最後まで他人に甘えようとするなんて本当にいい性根をしているわね、さすがだわ。第一、私にそんな自分本位な相手を助ける義理があると思って?」
「――っ、アンタ、あたしの姉でしょ!? 大事な妹が今まさに殺されかかっているのに見捨てるって言うの? この人でなし!」
あら、おかしなことを言うわね。
でないのはそっちなのに。
「私に妹は――存在しないわ。だからここにいて私の妹を騙るのは、ただの嘘つきでよく喋る醜い人豚。そうでしょう? お父様、お母様」
ええそうよ、これが私の出した結論。
姉の物を奪う妹なんて最初からいなかった。
この世にいない者をどうやって助けるというのだろう。
ゆえに見捨てるもなにもない。
私からすべてを奪っていった豚は、終いには妹の存在すら奪って消えていく。
自分の気持ちに折り合いをつけるとするなら、まあこんなところだろう。
「おお、そうだともリディア。あとにも先にも、私たちのたった一人の愛娘はお前だけだ。必要な措置だったとはいえ、人豚へ飴を与えるためにお前には辛く当たってしまったことを深く詫びよう」
「これまでたくさん我慢をさせてごめんなさいねリディアちゃん。でもそれも今日で終わり。これからは貴方だけうんと愛することを約束するわ。飼育していた家畜のことなんて忘れて、家族三人仲良く暮らしましょ!」
「ありがとうお父様、お母様。そう言ってくれて私も嬉しいわ。新しくやり直しましょう、なにもかもすべて」
今になって分かる。
子供の頃より厳しく育てられてきたことこそが両親からの本当の愛情なのだと。
ノブレス・オブリージュの精神を忘れ、他人に甘えてばかりでそれを恥いることも疑問に思うこともなく、まして自己研鑽を怠る姿はそれこそ人の形をしただけの家畜で、この貴族社会で生きている価値などありはしないのだから。
そして今日まで真実をなにも知らなかった私だからこそ唯一手を差し伸べていたのに、豚はそれを拒んだ。
致命的に間違えたのはそこ。
楽に生きようと怠惰に身をやつしたことで、豚自身の手で自らが人ではなく豚であることを決定づけてしまった。
「おい、さっさと入れ人豚が!」
両親と顔を見合わせて和解していたその最中、後方で豚がようやっと『ファラリウスの雌豚』に押し込められているところだった。
「んぎゃあああ、やめろぉおぉぉっ! どいつもこいつも人殺しの頭がおかしいキ◯◯イどもめ、あたしに触るなここから出せぇーっ!」
うるさいさえずりを遮るかのように、外側からガチャンと鍵がかけられる。
人豚が金の豚に閉じ込められる様は、さながら肉にかけるスパイスのように皮肉が効いていた。
「少々手間を取りましたが、それでは改めて人豚の調理に移りたいと思います。……火をここに」
「はっ、ただいまお持ちいたします!」
アルフレッドがすぐさま鋭い指示を出す。
ゆくゆくは次代を担う王子としての責任感からくるのか、妙な意気込みがうかがえた。
衛兵が火を用意している間に、アルフレッドが不意にこちらに向かって歩いてくる。
そのまま私の目の前に立つと、彼からいきなり頭を下げられた。
「リディア。事情があったとはいえ、愛する君に嘘をついていたことは本当に申しわけなく思っている。いずれこの償いは必ずしよう。――だからこんな僕を許してくれるかい?」
「もちろんお許しいたしますわアルフレッド様。お慕いしている貴方がこうして最後に私のところに戻ってきてくださっただけでなにも言うことはありませんもの」
その意志を示すように、私もまたカーテシーでアルフレッドに応える。
彼とは積もる話もいっぱいあるが、それはまた今度ゆっくりすればいい。
だって私たちにはこれからもたくさんの時間があるのだから。
「……ありがとうリディア。今後は絶対に君を、君だけを幸せにすることを今ここに誓おう!」
アルフレッドが全員に向けてそう宣言すると、そこかしこから祝福の拍手が響き渡る。
お父様は涙を堪えるようにして目頭を押さえ、お母様は柔らかな笑顔で私を祝ってくれた。
「それでは大変ながらくお待たせいたしました、いよいよ『ファラリウスの雌豚』に点火したいと思います。それじゃあリディア、よければ一緒に初めての共同作業を行ってほしい。これは僕と、その婚約者である君でなければならないから」
「ええ、承知いたしましたわアルフレッド様」
愛しの彼と二人で一本のトーチを握る。
煌々と燃える炎を灯す前に、私は最後に憐れな豚のことを想った。
人豚を喰らう成人の儀。
もちろん王家公認のしきたりだ、それを止める手立ては元より私にはない。
けれども、あの豚の一生は最初から決められており、そういった意味では可哀想な存在なのかもしれない。
きっとこうなることを見越して、私たち以外の人間がこれまで裏で手を引いていたのだから。
甘やかされて育てられ、時がきたら屠殺する。
これはとても残酷な話だと罵られるのも、実は無理らしからぬことなのかもしれない。
しかし、だ。
ことここに至って私もある告白をしよう。
昔の話だ。
私がまだ豚を人として認識していた頃、貴族の嗜みをサボり、わがままで贅沢三昧の毎日を送ることで日に日に肥え太っていくアレの姿を見て、図らずもこう思ってしまったのだ。
――脂が乗っていてなんて美味しそうなの。
と。
「さようなら、アリス」
ぽつりと、最後に豚の名前を呼ぶ。
それから私たちはゆっくりと『ファラリウスの雌豚』に向かってトーチの炎を点火した。
すぐに熱が全体へと伝わり、その近くに立っているだけでも熱気がすごい。
『うぎいぃぃいいぃいあついあついあついあついあついあついあついあついあついぃいいいッ! 出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せぇえぇぇえええぇぇぇええあぁぁぁあああっ!』
当然あの像の中にいる豚はもっと熱いようで、ガンガンガンと内側から激しく腹底を叩く音と、獣のようなくぐもった叫び声が聞こえてきた。
「ははははは、これは愉快ですなぁ。豚の鳴き声を聞きながら同時に調理ができるなどまさに一石二鳥ではありませんかな。かのファラリウス王は大変聡明であったと見られる」
「ええ、最高の見世物だわ! これは今宵の席にご招待してくださったアルフレッド王子と人豚をご献上なされたヴァンディール公爵家の方々には感謝いたしませんと」
「ほらもっと鳴かぬか! 人豚が熱さに苦しんで苦しんで苦しみ抜いて鳴き叫ぶ声が聞きたくて、儂は王家に協力してきたのだからな!」
「ああなんて野蛮な……。私にはあまりに刺激的過ぎて、なにかに目覚めてしまいそう。ですからもっとよく眺めさせてくださいませ……!」
焼き上がりまで会話を弾ませながら見守る貴族たちの反応はいずれも好意的で、なるほど時代を重ねても彼らの根底には、公開処刑を娯楽として享受できる感性があるようだった。
『ぶごぉおおおぉおぉおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおぉぉおおぉぉおおおおぉおおおぉおぉぉぉおおおぉぉおおぉぉぉおおおおおおっ!』
豚の鼻を模したらしい機構から香ばしく食欲を刺激するような匂いが漂ってきて、はしたなくも口内に唾液が満ちていく。
やがて金の豚内部からの反応も薄くなり、並行して火の勢いと熱も弱まった頃、衛兵らによって再び『ファラリウスの雌豚』が開かれた。
専用の巨大な火かき棒を使って中から引っ張り出されたのは、綺麗に焼き上がったまさに一匹の豚そのもの。
「こちらが本日のメインディッシュとなります。その名も、アリス豚の丸焼きでございます!」
アルフレッドがそう紹介すると待ってましたとばかりに歓声が上がり、晩餐会が再開された。
丁寧に切り分けられた肉の山をこぞって求める貴族たちは皆一様に美食家で、だからこそ料理の味が楽しみで仕方がないのだろう。
もちろん私もその一人だ。
「おお、これは美味い! まさに極上の味だ!」
「本当、このように舌の上で溶けるようなお肉は初めて食べましたわ! これは赤ワインが欲しくなりましてよ」
「ちと口惜しいが儂は遠慮しておこう。最近歯が悪くて」
「クッソうめぇですわ! ……はっ! 私ったらなんて下品な。いけませんわ、人豚のお肉を口にしたせいで口調まで移ってしまいましたの」
いくつにも隔てられたテーブル席で料理に舌鼓を売っていた貴族から絶賛の声が上がる。
どうやら我が家の人豚の品質は大好評らしく、生産者であるお父様とお母様を口々に褒めそやす列ができるほどだった。
「リディア、ほら君も肉をお食べ。僕はもう先に一口いただいてしまったよ」
「まあアルフレッド様ったらお早いこと。それでお口元が汚れてらっしゃるのですね。じっといらしてくださいませ、今お拭きいたしますわ」
「いや、面目ない。待ち遠しかったからついね」
「いやですわ、アルフレッド様ったら。そこまで豚をご所望だったとは、妬けてしまいますわ私」
「待ってくれ、君まで『ファラリウスの雌豚』で美味しく焼かれてしまったら困る! 僕に滂沱の涙を流しながら君を食べろと言うのかい」
「もう、そのような意味ではございませんわよ。本当に食いしん坊ですわね、アルフレッド様は」
私たちは顔を見合わせて、どちらからともなくクスクスと笑いあう。
それにしても心の底から笑うのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。
思えば豚に朝食のパンを奪われた時からすべてが始まったのかもしれない。
「さあリディアも」
「ええ」
料理が冷めない内に召し上がれと勧めてくれるアルフレッドの言葉に甘え、彼が手ずから持ってきてくれたそれに視線を落とす。
脂肪分の多い肉は艶々とその表面が光り輝き、流れ出た肉汁とかけられたソースとが渾然一体に絡み合ってまさしく珠玉の一皿となっていた。
お父様とお母様が丹精こめて育て上げた人豚は一体どんな味がするのだろう。
「――では、いただきます」
取り戻した幸せと肉を噛みしめるべくナイフとフォークを手に取り、私はそっと分厚い肉の塊に押し当てた。
◆
~人豚の飼育公式マニュアル~
・人豚の交配を行う際には貴族の正妻ではなく忌憚の必要ない婢妾の子であることが望ましい(長年の研究の結果、純血種ではなく雑種の方が却って味が良いことが判明した)。
・人豚の品質にはいくつかの基準審査があり、肉質や可食部位の多寡に応じてA1、2、3、4、5の等級に分けられる。
・人豚の肉は感情によって味が左右されるため基本的には甘やかして伸び伸びと育てる。ただし適度なストレスも必要で、おおよそ7対3の割合でバランスを取ることが重要とされる。
もし仮に人豚に意図しないタイミングで過剰なストレスを与えてしまった場合には、すみやかに原因となった者を叱責し、人豚を擁護すること。
・正妻との間に嫡子がいる場合には、将来その嫡子と人豚の間に軋轢が産まれるように誘導し、『ファラリウスの雌豚』での調理に疑問と抵抗を覚えないほどに人豚への憎しみを抱かせること(同性の場合婚約者を奪わせることが効果的)。
・良心の呵責に耐えられない場合でも、人豚を普通の人間として扱うことは原則認められない。
ただし真実を知らない人豚が自らの意志で人間であることを王族の前で証明できたのであれば、一考の余地あり。
「――とまあ他にも色々と厳格な規があるが、とりあえず重要なのはこの辺りか。我が侯爵家が名誉ある人豚の生産者に任命されたのはよいが、人豚とはいえ我が子に情を持つなと言われるのはいささか堪えるな」
「あら、あなたはそうかもしれませんけれど血の繋がりがないわたくしには妾の子がどうなろうと関係ありませんわよ。産みの親より育ての親とはよく言いますが、自らのお腹を痛めて産んだ子でもなし、ましてや名前すらアリスと決まっているものに愛着を持つなど。それよりも、血を分けた我が子に強く接しなければならない方がよっぽど辛いでしょう? 同じ女として、これまで我が子より他人の人豚を優先して育てられてきた歴代の母方の複雑なお気持ちがよく分かりますわ」
「それを言われると返す言葉もない。そういえばお前は前回担当のヴァンディール公爵家のご令嬢で現在の王妃とは、学生の頃から仲が良かったのだったな」
「ええ、ですから当然前の人豚とも会ったことがありますわ。……あれのことは今でも昨日のことのように覚えていますが、それはもう醜くて乱暴でわがままで。お父様からのお申しつけとはいえ友誼を謀るのは心底苦痛でしたわ。だからなおのこと人豚に同情することはありませんの。むしろわたくしがもっとも気がかりなのは人豚の等級のこと
「どういうことだ?」
「先日久方ぶりにリディア様とお会いした時に、お茶の席でかつての晩餐会でのことをわたくしに語ってくださいましたわ。――当時の人豚の等級はA5、つまり最上級の品質であったことはあなたも知っているでしょう?」
「ああ、もちろんだとも。後々その会に出席した貴族から話をうかがうことができたが脂の乗りと舌触りがよく、まさに極上の味だったそうだ」
「そのことに関してはリディア様も言及なさっておられましたわ。人豚の肉の味はすこぶる美味であったと。……ただそれから問題が一つ起こったそうなのです」
「どのような問題だったのだ?」
「その翌日、これまでに感じたことのない胃痛に苛まれたそうです。恐らく脂が多すぎて消化不良を起こしたのだとリディア様は仰っていました」
「それは大変であっただろうな。今のお前の話で思い出したが、確か話を聞いた貴族も人豚の肉は美味いが同時にくどかったとも評していたな」
「やはりそうでらしたのね。ですからわたくしも考えてみたのですわ。あえて人豚の等級を落とすことも一つの手ではないのかと」
「なるほど。その発想はなかった。……言われてみれば必ずしもA5の等級にこだわる必要もないのかもしれん。王妃が若い時分でそうなのだから、更にお年を召した時には、アルフレッド国王陛下ともども我ら夫婦がご献上した人豚の肉に難色を示されるかもしれん
「でしょう? かといって等級を大きく下げたら今度は味が落ちてしまい、人豚の儀の主役である王子のお口に合わずに顰蹙を買うことにも繋がりかねませんわ」
「ううむそうなっては我が侯爵家の家格まで地に落ちることになるな。だがそうなると味と品質のバランスを取って、ここはA4の等級を目指すのが最善ではあるか?」
「それがよろしいですわね。わたくしが熟慮するポイントは、一度食べたら満足ではなくもう一度食べたいと思わせることですから」
「よし、そうと決まればさっそく準備を始めるとしよう。実はこれからヴァンディール公爵家からのご相伴にあずかる予定があってな、そこで人豚談義に花を咲かせようではないか」
「でしたらわたくしもすぐ用意をしてきますわ。お互い人豚に対する愚痴や積もる話も、たくさんあるでしょうから」
――かつてファラリウス王が立案したとされる人豚の儀は彼の崩御後、以後数百年に渡って繰り返されたと歴史書には綴られている。
しかしながら人豚の儀が廃止になった経緯には諸説あり、菜食主義の王子が人豚は非人道的だとして取り止めを訴えた説や、人豚の男児が自らを律して史上の騎士となり、多大なる戦果を上げて人間として認められたからといった説もある。
いずれにしろ人豚の存在は完全な暗部であり、後世の人々は祖国の残酷で忌むべき真実を知って震え上がったとも、義憤に駆られてかつて先祖が人豚の儀に携わったであろう貴人らに対し剣を執ったとも言われている。
また歴代王家に連なる者たちは家畜にも劣る畜生として徹底的に存在を貶められ、その中にはアルフレッドとリディアという名前もあったそうだが、今では二人の鬼畜じみた所業を言うことの聞かない子どもを脅しつけるおとぎ話として語られている。
後に歴史学者はこの暗黒の時代を振り返って最後にこう締めた。
『本当に残酷なのは人であることは否めないが、もし私がその時代の貴族の立場であったのならば果たして人豚の――人の肉を喰らうという最大の禁忌を犯す欲求に抗えたのだろうか』
まずはここまで本作にお付き合いくださりありがとうございます。
いざ終わってみると読者の皆様にも色々と作品に対して気になるところはあるかと思いますが、そこはどうにかご容赦を願えればなと思います。
以下、ここからは言い訳も兼ねた作者の一人語りとなります。
まず本作はセンシティブな内容であり、扱っている題材への倫理的な観点から賛否両論は免れない作品であることは重々理解しております。
その上であくまでフィクションのエンタメ作品として楽しんでもらえるように書き上げたのですが、本作を読んだことで気分を害された方がいましたら申し訳ございません。
また本編のコンセプトとして立場の逆転というものがありました。
これは最初は加害者であったアリスが物語の真相が明らかになるとともに、やがて被害者であったはずのリディアとお互いの立ち位置が変化する部分を指しております。
アリスに対するざまぁは正当なものであったのかどうかはともかく、読者様が初登場時の彼女に抱いた感情が後半で同情的なものに変わったのであればそれは作者の意図通りではあります。
しかし当初はアリスに対するお仕置きは改心程度に留めてマイルドにしようとも考えたのですが、たとえ周囲の人間からそう仕向けられたとはいえ作中でのリディアの妹に向けた憎悪もまた否定するわけにもいかずにあのような結末になりました。
そのため物語の結末に納得がいかずアリスに救済、もしくはリディア達にも相応な報いを、という読者様がおられましたら後ほど公開する予定のアリスが主人公の短編をお読みいただければなと思います。
長々となってしまいましたが、少しでも本作を気に入っていただけたら、作者のモチベーションに繋がるのでお気に入りユーザ登録にブックマークや感想、すぐ↓から作品の評価をしていただけますと幸いです。
追記
本作を読まれた読者様から過激な本編内容についていくつかR15にふさわしくないのでは?とご指摘いただいておりますが、同じくそう思われた読者様が何人もおられましたら当該部分のみ削除して公開、R18の方で完全版を掲載あるいは内容をマイルド版にするなど、何らかの対策を講じたいと思います。