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仇ノ噺 天敵

僕達はまだ、学校の屋上にいた。

昼休みの後半に差し掛かかり、太陽が雲に隠れ、屋上に影を作っていた。

「くっ…‥逃げ足だけはマジで速い…‥」

僕は、甘噛から券を取り返すことを断念した。

甘噛は素早すぎて追いつくことが出来ないし、彼女が二十枚も券を集めることなど不可能だからだ。

そう、『二十枚集めると、姫也クンと一日デートが出来る券』故に、二十枚集めなければ、意味がないのだ。

勝った、僕の大勝利だ。

人としてなんか負けた気がするけど。


「甘噛、なんでもいいけど、それは一枚じゃ…‥ただの紙切れ、なんだぜ?」


ぜえぜえ、と息も絶え絶えな僕はブルーシートに座りながら、甘噛を見上げる。

甘噛ははぁはぁと息を切らしながら距離をとり、ついに僕が奪還出来なかった券を見つめていた。

まるで、宝物でも見るかのような瞳で…‥

「ん?いいんだ…‥ボクはこれをいつも寝るとき、枕の下に入れておくんだ」

券を財布の中に入れ、ニコニコと笑う甘噛。

僕の横の伊丹と昴も、甘噛の話に聴き入っていた。

甘噛の心情は、女の子ならば誰でも気になるのであろう。

甘噛は、それほどまでに、乙女なのだ。

だがやめてくれ甘噛、それ以上語られると僕の良心が痛む――

「そうするとね、ボクが姫也クンとデートしてる夢を見るんだ…‥とても、幸せな夢を」

なんとも彼女らしい、券の使い方だった。

そして、甘噛の表情が切ないものへと変わっていく。

そんな彼女を心配してか、僕の隣にいた昴はブルーシートから立ち上がり、甘噛に駆け寄る。

「甘噛、大丈夫だ。姫也もまさか金欠だけを理由にその券を発行してるわけではあるまい。きっと、そういう待つ楽しみも、姫也のサプライズなのだろう。近い内に、その夢は現実のものとなるさ」

甘噛は昴に肩をさすられると落ち着いた様子で、表情が少しずつ明るくなってくる。

「そ、そうだよね…‥ボク、頑張るよ、昴ちゃん」

まるで、自分に好意を寄せる女の子に対し、凄まじく考えを巡らせてデート券を発行している少年を見つめるような瞳で、僕を見つめている――

すみません甘噛さん、昴さん、最初僕は金欠だけを理由にその券を発行してました…‥

「あ、ああ…‥当たり前じゃないか、ハッハッハ」

僕は強張った笑顔を見せて頷きながら、胸を押さえる。

良心が痛い!

もし、タイムマシンを使用して最初に券を発行した自分に会えたらぶん殴ってやる!!

確か、一年くらい前だったはず‥

まあ、タイムマシンなんて便利なもの、この世界にはないのだけれど…‥

「ところで姫也クン、ちょっと気になったことが」

「なっ…‥何だ?」

甘噛がいきなり真面目な表情になり、思い切り現実逃避している僕に近づく。

嫌な予感がした。

彼女が真面目に僕に尋ねるとき、それは決まって面倒なことが起こる前触れであった。

僕は立ち上がると、そんな不穏な空気を感じたのか、昴や伊丹までブルーシートから立ち上がり、甘噛を囲んだ。

「クラスに一人いないみたいだっったけど、誰なの?風邪?」

なんか分かりにくい日本語であったが、僕は即座に理解した。

僕のクラスには、一ヶ月前から全く登校してこない生徒が一人いる。


その少年の名は『不出永蔵(ふで・えいぞう)』。


暗くて周囲の人からは煙たがられていて、特に隣のクラスからは邪険にされていた。

時代劇に出てくるような名前をからかわれていることが日常茶飯事であったため、昴が何度も声をかけたのだが、一向に心を開かず、結果不登校になってしまった。

どうやら、彼は高校一年の頃に柔道部を辞めており、その後も部員達からよく、からまれていたようであった。

そして、二年になって同じクラスには柔道部部員がほぼいなくなった。

しかし、そのしわ寄せで隣のクラスに柔道部員が集中し、隣クラスから、いじめをうけていたのであろう。

多分そのクラス分けは、教師達が一応彼の状況に対して考慮したものなのであろう。

だが、それは付け焼刃であり、根本的な解決にはなっていなかったのだ。

まあ、我が高校の先生共が本気でやる気のある連中なら、クラスの中にいる顔面が包帯でぐるぐる巻きの少女をスルーするわけがないし、何より生徒(まあ、僕のことなんだが)が根城にしているこの屋上をまず閉鎖するだろう。

いかにも子供らしい考え方だとは思うが、大人なんてそんなもんだ。

そうでなければ、彼らは生きていけないのであろう。

そんなものにならなければいけないのは、少し憂鬱ではあるが。

「ねぇ、その子、どんな子だった?」

甘噛は首を傾げながら僕に尋ねる。

どんな奴と言われても、奴の第一印象と言えば…‥

「ん……‥なんか、いつもアニメージュやミリタリー雑誌読んでたな、全くアニオタって奴は」

「姫也が言うのか、それ」

昴が静かに呟く。

不出は柔道部員だったが、体ががっしりしていたわけではなく、ひょろ長の体型であった。

そして、全体的に地味な印象しか、僕は感じることができなかった。

だから、思い出そうにも、どんな顔だったか、まったく思い出せないのだが。

「周りの人と距離を置いて、彼は自分の世界に引きこもっていた感じがします…‥」

伊丹が言うのか、それ。

と言おうとして、僕はやめておいた。

確実に地雷であろう、お口にチャックだ。


「まあ、とりあえず、これ見てよ」


甘噛はブルーシートの上に置いてあった自分のスポーツバッグの中から、何か小さなものを取り出した――

「これは…‥」

僕達は『それ』を凝視するが、『それ』が何であるか理解するのに、数十秒かかってしまった。

甘噛が取り出したもの、それは携帯電話サイズの機械であった。

しかもただの機械ではなく、バッタのような形状をした、四つの脚をもつ緑色のロボットであった。


「無線で操作された、小型カメラ内蔵型の機械…‥というか、ロボットだね、これは。ちょうどその人の空いた席の裏にへばりついて周囲を録画しているみたいだったから、捕まえた」


まじかよ。

というか、甘噛はどうやってこんなメカを捕まえたというのだ。

こんな機械、今の技術でも作ることは出来ないであろう。

今の世界の技術で一番動物に近いロボットといえば、四本足で歩く、デスクトップパソコン大の機械くらいである。

甘噛のもつそれは、明らかにSF作品に登場するくらいのレベルの機械であった。

「小さいですね…‥大分、誰が作ったんでしょう」

伊丹が呟く。

僕は、甘噛の言わんとしていることを察した。

なぜ、彼女は空席が気になったのか、なぜこの流れでSF紛いの盗撮昆虫メカが出てきたのか。


「まさか、あいつはこんなもんが作れるほど頭も良くないし、何より、兵器じゃねえか、これ」


そう、甘噛は不登校の少年、不出がこのメカを作ったのだと言いたいのだ。

だが、ありえない話だ。

不出が機械に強いなんて話、僕は聞いたことがなかったし、もし仮に彼が天才の部類の人間だとしても、現代の科学力でこんなものを作り出すことなど不可能だ。


「そう、ありえないでしょ。でも、僕達はそのありえない現象に、いつも遭遇している」


そうだった…‥

僕は、僕達はいつも、そんな仮物(ありえないもの)の事件に巻き込まれている。

特に、僕なんかは本当に普通の、ごくありふれた、ただの高校生なのに、いつも、こんな事件ばかりだ。

今年度に入ってからは三度目ではあるが、正直、初めから正確に数えたら何度目なんだ、仮物絡みの事件は。

「こ、これも…‥仮物なんですか?」

伊丹は恐る恐る、甘噛の手のひらの上の機械を見つめながら呟く。

そういえば、伊丹は自分の包帯以外の仮物を見るのは初めてだったな。


「ああ、ボクの『瞳』なら分かるんだよ、例え離れていても、この機械だけ見れば、相手が仮物なんだってことくらい…‥」


甘噛の両の目が、灰色に光り輝き、静かに機械を見つめる。

まるで、すべてを見通すかのような、そんな力強さを秘めた、異端の瞳。

それこそが、彼女の、甘噛祈理の『仮物』であった。

「あ、甘噛さん?!そ…‥その目は?」

伊丹が驚いた様子で、甘噛の瞳を凝視している。

僕にとっては、顔面全体が黒い包帯で覆われていた人間の方がびっくりなわけだが。

「伊丹は見るのは初めてだったな…‥これが甘噛祈理の仮物『灰ノ眼』だ」

「灰の…‥眼?」

そう、これこそ彼女の仮物。

その能力は、全ての『仮物』を見通すこと。

だから、仮物が絡んでいれば、こんな小さな機械でも、彼女の瞳はその創造主を見つけ出すことが出来る。

そして、その仮物が何であるか、どのような属性のものか、弱点はどこか、解決法はあるか、など、全てのことが、甘噛には分かるのだ。

だからこそ、伊丹のケースなども、速やかに解決法を見出すことが出来たし、彼女の仮物事件解決のほぼ8割が、この『灰の瞳』頼み、といっても過言ではないであろう。


「この機械の持ち主は、閉鎖された空間にいる。ねえ、姫也クン?」


伊丹は淡々と喋り、僕を見つめた。

いつにもなく、本当に真面目な表情で。

もう、そんな瞳で見つめられると、僕も腹をくくるしかなかった。

つまり、また事件が起きているのだ…‥


「放課後、ちょっといいかな?」


ちょっとじゃなくて、どうせ、うんと、だろうが…‥

どうやら拒否権は、僕にはないようだった。


続く


次回 拾ノ噺 ナナさん お楽しみに。


『第二回ウラけもの』


「みなさん、こんばんおはにちわん♪いやぁ、ついに始まってしまいましたね、ウラけもの。今回はボク、甘噛祈理と」


「最近作者が(きず)って呼ぼうとします…‥こんばんわ、伊丹傷(いたみ・ぺいん)、がお送りします…‥」


「いやぁー今回で話、終わらなかったね傷ちゃん、ボクの瞳が光って終わりっていう」


「次回はみんなで海に行く水着回ですって、作者が言ってましたが」


「え…‥傷ちゃん、それ嘘だよ、次回もボクが活躍するんだよ!」


「そうなんですか…‥なんか、甘噛さんだけ、優遇されて……‥ないですか?」


「うっ、顔に似合わずズバッと言ってくれるね傷ちゃん…‥こんどから本音をバシッと言い放つキャラになったにかしらん」


「私は背景キャラだからいいんですけど…‥メインヒロインであるハズの昴さんですら三話で話が完結しているので、誰だってそう思いますよ…‥」


「うっ、そんな自虐はよして傷ちゃん…‥それに次回の主役は私じゃなくて『ナナさん』だよ」


「誰?」


「それを言ったら、ネタバレじゃない」


「ネタバレ…‥ですね」


「まあ、次回はとんでもない展開になるから、楽しみにしといてよ傷ちゃん」


「私の出番はありますか?」


「うっ?!」


「ないんですね…‥」


「あ、あはは…‥」


「いいです、PSPして待ってます」


続く

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