癶ノ噺 灰ノ瞳
『仮物』とは、若者の周辺で起こる不可思議な現象全般のことを指す、ボクが作った造語です。
他の場所で、どのような呼ばれ方をしているかは存じませんが、ボクの周辺の人達はその呼び名を使ってくれています。
ボク達は、常に不安感を持って生きてる不安定な生き物だから、それが『仮』の形を得て『物』質として、出現するから、ボクは『仮物』と名付けました。
甘噛が後世のために作っているメモの一部より抜粋
彼女が、『甘噛』が、甘噛祈理が僕の学校に転校してきた。
そんな現実が過ぎ去り、昼休みが訪れていた。
紺色のブレザー(前に通っていた高校の女子の制服)に身を包んだ甘噛は、自己紹介で自分が『男』であることを告白。
女子からも、一部の男子からも人気であった。
そこは流石だと、僕は思った。
彼女は北王子昴以上に、人に好かれる要素がある。
小さな思いやりも忘れないし、他人より優れていても鼻にかけないし、ジョークも通じる。
だから彼女は、すぐクラスの皆に、仲良く、までではないものの、好意的に受け入れられていた。
伊丹や昴と共に屋上で僕と違い、今頃、クラスの皆とランチタイムをとっているだろう。
「いやぁ~みんなに気づかれないように屋上まで来るのって、大変だね傷ちゃん?」
「ええ?まあ…‥はい、私はそんなこと、ないんですけど」
そう、甘噛のヤツは、みんなと一緒にいるのだ。
今、僕の目の前でブルーシートに座り、伊丹と話しているのは、多分幻だ、そうに違いない。
今現在、僕ははかなり疲労している。
昨日は昨日で監禁されていたし、今日は今日で甘噛に振り回されっぱなしだし。
幻覚や幻聴に惑わされても、仕方ないのだ。
それか、眼前の少女は甘噛のそっくりさんだ。
「しかし甘噛、本当に君の料理は美味しそうだな…‥」
北王子昴は、甘噛のそっくりさんがつついている弁当を見つめて呟く。
昨日あれだけ戦っても、仮物『赤ノ髪』の副次的な効果で、まったく疲労していない様子である。
普通に人間である僕は朝、ドタバタしてしまい、寝癖つけたままで登校してしまったというのに、彼女は普段通りの紺色のブレザーに身を包み、ナチュラルなメイクをして、短く切りそろえられた前髪にはバッテンマークの髪留めがついている。
「そんなぁ、昴ちゃんも、すぐこれくらい作れるようになるって」
ああ、やっぱりこいつは甘噛祈理であった。
褒められても調子に乗らず、他人をしっかり褒める。
普通の人間の技術レベルの弁当を作っているごくごく普通の人間なら、そういった対応も可能であろう。
だが、彼女が今日作ってきた弁当は、そんじょそこらの女子が料理本かじって、冷凍食品もミックスして作り上げた弁当とは、わけが違うのだ。
そんな弁当が作れる甘噛レベルで家事が万能な人間などそうはいないだろうし、いたとしても、まず今の甘噛のような台詞は出てこないであろう。
絶対に自身満々に、自画自賛してしまうだろう。
だから彼女は、正真正銘の、見紛うことなき、甘噛祈理である。
しっかし、よく、クラスメイトの目を盗んで、この屋上に来れたものだ。
「ああ…‥めんどくせえ」
僕は新調したハンモックに寝そべり、だるそうに今週の週刊少年ヴァンプで顔を覆った。
因みに、僕が使用しているピンク色のハンモックは手すりと手すりに括り付けてあり、かなり安定性があるのだ。
まあ、なきゃ困るのだが。
「あっ、なんかやる気のない男子発見」
なんか、突っ掛かってきたし!
甘噛はヴァンプを取り上げると、僕の顔を覗き込む。
幼馴染がセミロングの栗色に近い黒い髪を掻き分けつつ、アンニュイな表情で微笑んでいる。
その構図はもはやギャルゲーの世界なのだが、重ね重ね言うが彼女は男だ。
「若くて健康的な男子がヤル気になったら、女の子三人に囲まれた時点でどうにかなっちゃうって」
僕は必死で反論する。
というか、僕のヴァンプを返せ。今日買った最新号だぞ。
「うわっ…‥セクハラ親父発言だ、伊丹さん聞いた?」
甘噛は眉をひそめて二、三歩後ずさりし、ブルーシートに座ってPSPをしている伊丹に向かって問いかける。
「は、はい…‥」
伊丹は、僕達の話をあまり聞いていなかったらしく、空返事だ。
「誤解ではないから、別に弁解する気も起きん」
僕はふてくされたようにそっぽを向く。
もう好きにしてくれ、甘噛にからまれたらもう、負けを認めてやり過ごすしかない。
それがベターな方法なのだ。
「あの、姫也さん…‥それは、それとして、質問があるんですけど」
「な、なんスか?」
僕はハンモックにもたれかかったまま、ブリックパックの豆乳青汁ココアをちびちびと飲みつつ(そうしないと、すぐ終わるサイズなんだよなぁ)振り返る。
伊丹はPSPを傍らに置き、ブルーシートの上で体育座りをしていた。
そして、ハンモックに寝そべる僕を見つめる。
心なしか、昨日より顔の包帯の厚みがなくなり、比較的スリムになってきているような気がするな。
「姫也さんは、甘噛さんのアプローチも、北王子さんのアピールも、全部スルーするのは…‥妹さんが一番好きだからって、聞いたんですが…‥」
伊丹は首を傾げながら、真面目な声で問いかける。
包帯の隙間から覗くことが出来るその瞳は、心なしか懐疑的に見えた。
「ブっ?!ち、違…‥誰から聞いた?!」
伊丹相手に少し語気が強くなってしまっている。
「え、あの…‥」
そんな僕に勢いに少し驚いた様子の伊丹は、恐る恐る、甘噛を指さした。
「お、お前なあ…‥」
甘噛は、少し申し訳なさそうな顔で笑った。
「えへへ、だって姫也クン、あまりに釣れないんだもん」
「僕はシスコンじゃない!ついでに言うとショタコンでもない!」
僕は甘噛を指指して、感情のままに叫ぶ。
そうだそうだ!と北王子が伊丹の横でうれしそうに頷く。
なんでお前がうれしそうなんだ。
「お前が僕にべったりだとショタコン呼ばわりされちまうんだ、ただでさえ一部からシスコンで変態扱いされてるのに…‥ホント、何なんだ…‥僕は男には興味ないッ!!」
言ってやった。
「うっ…‥ひどいよ、姫也クン…‥あんまりだよぉ」
いつもの元気な甘噛の表情が一変、まるで太陽が雲に隠れてしまったかのように、曇りだす。
そして彼女は両手で顔を隠すと、俯いて肩を震わせた。
「え…‥」
僕はそんな甘噛の表情に驚き、ハンモックから身を乗り出す。
え?泣かせてしまった?
甘噛祈理を…‥?
「姫也さん…‥謝って下さい」
唖然としてしまった僕に声をかけたのは、伊丹だった。
「え?」
「謝るべきだな、言いすぎだ」
「ボク、迷惑なのかなぁ…‥ひぐっ、ひぐっ…‥姫也クンにとって邪魔なのかなぁ」
「悪かった…‥お前がいなけりゃ、僕や昴、伊丹は、どうにもならなかった…‥」
昴も伊丹も、これには深く頷いた。
確かに、甘噛がいなければ、僕達はどうにもならなかった。
甘噛がいなかったら、『赤ノ髪事件』も、きっと大惨事に終わり、僕と昴の今の関係は無くなっている。
そして、『黒包帯事件』も、どうすればいいかわからないまま、途方にくれていたであろう。
そう、僕は、いや、僕達は甘噛が必要だし、これ以上なく感謝しているのだ。
だが、まだ甘噛は泣き止まない。
「ひぐっ…‥だってそれは仮物事件解決のセミプロとしての『甘噛』でしょぅ…‥姫也クンは仮物のアドバイザーなら、巨大な脳みそでも、中年のオッチャンでも、なんでもいいんだ!!うわぁーん!!」
ぐっ!!
痛い所を突かれた。
確かに僕が泣かせたのは、彼女の乙女心を踏みにじったからである。
そのことと、仮物は、今は別問題だ。
「あーもう!わぁーったよ!!僕は甘噛の好意が嬉しいです!!かわいい祈理が朝食、昼食作ってくれて、男として無上の喜びを感じています!!ただ、恥ずかしいから言えなかったけど、祈理は女子としては最高レベルのスペック持ちだと思います!!そんな祈理が幼馴染で、僕は本当に幸せです!!」
僕は、普段なら絶対、口が裂けても言わないことを、叫ぶ。
少し投げやり気味であるが、嘘ではない、いつも僕が思っていて、言えないことである。
致し方ない、いつも明るくニコニコしている彼女が泣いていれば、僕だって口を裂いて、これくらい本音をぶちまけないといけないのだ。
僕はそれが出来ないほどの男ではない、はずである。
だが、まだ甘噛は泣いていた。
「って、これやるから勘弁してくれ、祈理!!」
名前で呼んで、泣き止まない困った少女にスペシャルアイテムを差し出す。
この一枚は、僕が滅多に使用しない、最大最後のレアアイテムである。
「まさか、これはッ…‥これはッ!?」
甘噛は僕の手の中にあるそれを受け取ると、にぱっと笑い、その塲に立ち上がった。
「なっ、泣き止んだ!?」
太陽に翳し、その紙に書かれた汚い日本語を、甘噛は確認している。
そんなにまじまじとになくても、分かるだろうに、その紙は…‥
「わーい、これは伝説の、『二十枚集めると、姫也クンと一日デートが出来る券』だー!!」
ぴょんぴょんと跳ね回り、甘噛はその券をひらひらと振り回す。
そんなに、その紙はお前にとって大事なのか。
僕は少し、複雑な気持ちになった。
僕はその券を出す時はいつも苦し紛れにお前にあげているのに、そんなに喜ばれるとは…‥
「つうか嘘泣きだったろ、このヤロ、返せー!!」
「きゃっほーい!!」
僕は元気に跳ね回る甘噛を見て、ようやく、先ほどまでの弱弱しい彼女が演技であることに気づいた。
僕はさっきまでの自分の台詞を思い返し、顔から火が出そうになった。
「諮ったな、甘噛!!」
僕はガルマ・ザビ風に叫ぶ。
「測ったさ!!自分の女子としての演技力と、姫也クンの度量をね!!」
甘噛は甘噛でグレンラガン風に答える。
こいつ!
マジで逃げ足だけは速い!!
いいや逃がしてなるものか!!
後ろからその洗濯板みたいな胸を揉みしだいてくれる!!
スカートめくってくれる!!
って!!僕は変態か!!
「私も…欲しい」
「私は…‥別にいいです」
昴は、甘噛が天高く掲げているその券をじっと見つめて呟く。
伊丹は、あんまり興味がなさそうである。
いや、この券は君達には発行してない。
『二十枚集めると、姫也クンと一日デートが出来る券』
これは、僕が本当に金欠でブリックパックすら買えない時と、仮物の事件が重なった場合にのみ発行する、甘噛専用の券なのだ。
この券でも、甘噛は事件解決のために力を貸してくれる。
最近ではめっきり使用しなくなったが、まあ、甘噛もこの券を20枚も集めることはないだろうから、大丈夫だ。
甘噛と一日デートしたら、どんな方法で攻めてくるかわかりゃしない。
想像しただけで…‥いや、想像出来なかった。
「私はあの券、必要ないですけど、でも、一つだけ分かったことが…‥」
伊丹は追いかけっこ(僕はマジで追いかけているが)をしている僕達をよそに、昴に話しかけた。
「ん?」
昴は追いかけっこをしている僕達を微笑ましそうな瞳で見つめていた。
「姫也君って素直じゃないけど、かなり、優しいんですね」
素直じゃないは、余計だ伊丹。
というか、今分かったのか。
「ああ、だから、好きなんだよ」
昴は昴で、頬を赤くしながら、冷静に呟いていた。
でも、しっかり、僕にも伝わるくらいの声量で。
ああもう!!こいつらは一体、何なんだ?!
素直クールと素直ヒートと静かめだけど言葉は選ばない女子軍団だ!!
つづく!!
第一回ウラけもの
「どーも、本作の主人公、早乙女姫也です」
「はいはい!どうも!みんなのアイドル、甘噛です!」
「しっかし甘噛さん、このコーナーはなんなんスか?僕は帰ってスペクトルマンのDVD見たいんですけど」
「このコーナーは本編の解説とか、最近のボク達のマイブーム、とか色々やっちゃうってコーナーですっ♪」
「そういうのは、本編でしっかり描写をだな…‥」
「まあまあ!それはまあ作者の限界、と言うことで」
「…‥なんか納得出来ないけど、納得しないと話が進まないので納得したことにしといた」
「うーん…‥じゃあ姫也君から、今回の『癶ノ噺』」
「じゃまず一つ、『癶』って何だよ?!読めねーよ!」
「癶って読むみたいだね、ボクも読めなかったよ、んーこれは…‥多分、」
「多分、なんなんだ、これ?」
「エヴァの影響だね…‥これは」
「ああ…‥エヴァか、なるほど、最近また流行ってるし、僕はEOEが一番好きだけどな」
「ボクと姫也クンが一番最初に二人で見に行った映画だね♪」
「なっ?!まあ、『癶』の話と作者の中二病の話はここまでにしといて…‥」
「あ、話そらした」
「サブタイの『灰ノ瞳』がまだ出てきてねえのに、なんでサブタイにもってきた!?」
「『リアけもの』は一人のキャラの話が三部構成になってて1部のサブタイが『キャラ名』2部が『仮物の名前』3が『そのキャラの作中の立ち位置』ってことになってる、んだって作者から聞いたけど」
「お前、作者と面識があるのか?!」
「ちょっとね、って、そこ食いつくとこ違うよ姫也クン!」
「あ、そういえば、1部が始まる前の前書きって必ず僕の見ている夢から始まるよな」
「あれは、一話がよく分からない『悪夢』で、四話が『ウルトラセブンの最終回』で七話が『マクロスF』だよね?」
「うーん、そういうネタ元って、作品が説明しちゃダメなのでは?」
「うん、多分、説明してから気づいた」
「というか、まだ喋らなあかんのか、僕は…‥めんどっ」
「もう、今回は文字量の限界で、そろそろ終わりだけど、次回からはボク一人に任せて大丈夫だよ?」
「え?!マジで!?サンキュー甘噛!!ちゃんとブリックパックやるからな?」
「あ!わーい!ありがとね姫也くん?あ、次回からボク一人でやるとなると、姫也クンとボクのラブラブ妄想ストーリーになっちゃうけど、いいよね♪」
「今すぐブリックパック返せ!!」
つづく