仂ノ噺 守り、守られるもの
北王子昴と出会ったのは、雨の日の火葬場であった。
今から四年前、僕が中学一年だった頃のことだ。
その日、僕は兄と最後の別れをしなければならなかった。
彼女、北王子昴を語る上で、どうしても出さねばならない人物、それが僕とは三つ歳が離れた実の兄、早乙女姫花である。
兄は僕と違い、頭脳が神がかり的に良く、容姿も端麗、背も高く、運動神経も抜群、という完璧な人間であった。
常に腰まで届くほどの長髪をしており、背格好はまるで漫画家のクランプが描くような人物のようにすらっとしていた。
何よりも凄いのは、その人間離れしたスペックを自覚し、尚且つ自慢せずに努力を怠らず、しかも常に周囲を気遣い戦いを嫌う温和な性格である。
将来の目標は科学者で、科学の力で紛争や貧困を無くすことどあった。
まるで夢物語のような目標であるが、それも可能であろう、と思わせるようなカリスマと能力が、兄にはあった。
神様の生まれ変わりか、この荒んだ世界の救世主か何かじゃないか、と周囲から言われ、僕の住んでいた街では今世紀最後にして最大の麒麟児と呼ばれていた。
口癖は「早くやらなきゃ」、いつもそう言っては何にでも没頭し、次々と様々な不可能を可能たらしめていた。
しかし、そんな兄は、一人の少女を守るために死んだ。
その日も、雨の日だった。
信号無視で突っ込んできた車に轢かれそうになった少女を突き飛ばし、兄は死んだ。
その少女こそ、北王子昴だったのだ。
北王子昴はあまりの精神的ショックで葬式には参加出来ず、告別式の火葬場で初めて、兄の葬儀に参加したのだ。
僕は最初、親戚ではない北王子昴を見て、見知らぬ少女がなぜこんな火葬場にいるのか不思議に思った。
そして兄が助けた少女が彼女、北王子昴である事実を知り、最初に嫌悪感と怒りをぶつけた。
なぜ、兄が死ななければならなかったのか。
その怒りを、幼かった僕は全て彼女にぶつけてしまった。
彼女に罪など、全くないというのに。
火葬場で、突然つかみ掛かかり押し倒した僕に向かって、彼女は何度も泣いて謝罪した。
僕は父に思い切りぶん殴られ、三日三晩泣いて、ようやく、彼女に理不尽なことをした、と少し反省した。
そして、事件が起こった。
その事件こそ、今の北王子昴との人間関係が築かれるきっかけとなる、僕が初めて遭遇した仮物の事件であった――
――――
不覚にも変態侍に捕獲されてしまった僕であったが、捨てる神あれば拾う神もいたようである。
見覚えもない、外界から閉ざされた体育館のような広さの廃工場。
そんな場所に監禁された僕を助けに、北王子昴が颯爽と登場したのだ。
赤く長い髪をなびかせ、紺色のセーラー服に身を包んだ彼女は、僕と、このレインボーサムライの立つ位置から数メートル離れた場所で、しっかりと宣言する。
「私の大好きな――早乙女姫也だ」
口元だけであるが、昴は笑っていた。
「つっ!?」僕は、相変わらず全身を拘束されたまま。言葉を失う。
僕は多分、赤面しているであろう。北王子昴は基本、素直クールだ。
愛情表現がストレートで、突拍子もなくこういうことを言っては、僕を驚かせる。
普通に、なんの予告もなく言うんだものなぁ(あっても困るが)。
本当に彼女の愛情表現はどストレートだ。
「あ…ありがとよ」
しかし、僕はその愛情表現に対して、これくらいの言葉しか、返すことが出来なかった。
それは僕が昴を嫌っているからではない。
僕は昴の事は好きなのだ、友人としても、そして異性としても。
ただ、僕は昴「も」好きだから、彼女の想いに応えることが、出来ないのだ。
「ふふっ、すまないな姫也…‥しかし、どうしたというんだ?そんな縄の十本や二十本、抜けられないような体ではないだろう?」
僕がボケッと突っ立っていると、昴は呆れたように尋ねてきた。
ああ、やはり昴は気づいていたのか。
僕が、本調子ではないことに。
今現在、僕は体中をバカでアホなサムライによって縛られている。
だが、普段なら後ろに拘束された手でガラス片などを探したりして、どうにか脱出、あわよくばサムライと戦うことも、出来なくはないのだ。
そう、こういう事件の際、僕が昴に助けてもらうことなど、ほとんどなかったのだ。
だが今日は、自力で脱出出来ないしっかりとした理由があった。
「休み時間にお前に握られて、肩をちょっと痛めてるんだよ」
嫌みを少しばかり込めて、僕は昴を見つめる。
あなたに握られた肩ですよ、と、僕は瞳で伝えてやった。
「そうか…‥すまない、と言いたいところだが、伊丹の胸ばかり見ていた姫也が悪いな、それは」
僕に肩にダメージを負わせた張本人は、きっぱりと非を認めなかった。
昴は、頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向く。
ああ、確かに僕は友達の、伊丹傷のおっぱい見てましたとも!
それが何か?!
CかDか、どうなんだろ?形もよさ気だなあ、とか考えちゃってましたよ!
それが何か?
今時の男子高校生が、女子のおっぱい見て、何が悪い!
揉んだわけでもないのに、いやらしい視線だけで逮捕出来るなら、中年の頭バーコードのオッサンなんてみんな逮捕じゃわい!
と、居直りたくはなったが、言ったらレインボーサムライより先に僕が倒されそうなので、止めておいた。
しかし、本当に伊丹傷との出会いは僕にとっては大切であり、人生最大の教訓を教えてくれた。
口は災いの元、という、素晴らしい教えを――
「ふHAHAHAHAHA!!甲斐甲斐しいねえ、お嬢チャン!好きな男のために戦うなんて、カッコいいじゃねえか!!」
そんな僕と昴のやり取りの中、完全に取り残された今回の悪玉レインボーサムライ、勝手に略してサムライは、鞘のついたままの刀を、数メートル先の昴に向かって突きつける。
挑発のつもりなのだろうか。
「無論だ、誰かを守って戦える人はカッコいいし強い、私はかわいい方が、本当はいいんだがな…‥」
多分皮肉をこめて言われたほめ言葉を、昴はそのまま受け取る。
「サムライさんよ、あんたは守るものはないのかよ!!」
僕も負けじとカッコよくサムライに問いかけるが、いかんせん無数の縄でダンゴムシ状態にされているため、間抜けな構図になっている。
「ケッ、私の過去話よりも睡眠をとった奴には教えられないが、とりあえず私は私のために戦う、この力は、私による、私だけの、私を守るための力だ!!」
「そうか…‥なら安心した。昴、んなワケだから、すまないけど頼むわ。」
こいつは、昴には…いや、僕にすら勝てない。
サムライの言葉を聞き、僕はそう確信した。
こいつの力は、自分を守るためだけの力だ。
そんなものが、僕達を倒せるわけがないのだ。
僕達が、そんなものに敗れるわけがないのだ。
なぜなら…‥
「ふふっ、ああ!!北王子昴、まいりゅ!!」
昴は頷く、と、同時にサムライに向かって廃工場の中を一気に走り出す。
散乱する新聞紙やネジなどの小物を跳ね飛ばしながら、まるでジャガーのようにその体は加速し、一気にサムライとの距離を詰めた。
対するレインボーサムライはさすがに侍らしく、居合い斬りの構えで迎撃体勢をとる。
完全に余談であるが、居合いの構えを見ると、世代的に僕は『るろ剣』を思い出す。
「噛んでんじゃねえぞ!!やれるもんなら、やって見ろ!!」
サムライは居合いと同時に、刀を手から離す。
刀は鈍い光を放ちながら、サムライに肉迫しようとした昴へと飛ぶ。
「刀を飛ばした!?」
昴は叫ぶ、と同時に完全に脳天を捉えて飛来していた刀を避ける。
「ハハハッ!見たか!?聞いたか!?驚いたか!?レインボーサムライの最終奥義抜刀の型、驚異高速抜刀投げ!!」
刀を避けたことにより少し姿勢を崩した昴の顔面めがけて、鉄拳を叩き込むサムライ。
バカな奴だ。
そんなフェイントをしたからといって、徒手空拳で昴に勝てるわけがない。
なぜなら彼女の最も得意とする戦闘スタイルが徒手空拳だからだ。
「この程度!!」
サムライの拳を額で受け止め、拳を握り締める昴。
この拳がヒットすれば、サムライはバイキンマンよろしく空の彼方まで吹き飛ばされる。
終わった、完全に――
「ハハッ!と見せ掛けて、これが本当の最終必殺ッ!!」
と思った瞬間、信じられないことが起こった。
レインボーサムライの体が宙に浮き、首が前方にへし折れたのである。
そして彼の全身は骨が軋むかのような耳障りな音をたてて、腕と足が全て同じ方向へと折れ曲がるという、奇怪な変形を始めた。
「なっ!?…‥なんと?!」
流石の昴もこれには驚いていた。
「マジかよ…‥」
僕も、思わず驚きの声を漏らす。
サムライは、人体の構造を完璧に無視して変形を果たした。
首が親指に。
左手は人差し指に。
左足は中指に。
右足は薬指に。
右手は小指に。
そして、背中は手の甲に、胸から腰までが手の平へと、完璧に形を変えた。
「私による、私だけの、私を守るための力、名づけて『完全勝利の握手』!!つかまえたぜ…‥北王子昴さんYo!!」
トランスフォーマーよろしく巨大な掌(しかも左手)へと形を変えたレインボーサムライは、驚く昴を瞬時に捕縛した。
「仮物の力か?!」
一瞬の油断を突かれ、全身を巨大な拳に握りしめられた昴が叫ぶ。
そして拳は明らかに変形前のレインボーサムライの二倍近く大きくなっており、昴の全身はすっぽりと隠されてしまう――
「砕け散れっ!!北王子昴ッ!!」
巨大な掌が高速回転しながら天井に急上昇し、その勢いのまま天井に衝突する。
ぐらぐらと地響きが起こり、廃工場内の埃や木材が宙を舞う。
「ああ、駄目だ」
「何ヒロインが死ぬ寸前なのに諦めてんだてめぇ!?って私の台詞ではないがな!!」
天井に突き刺さったまま、僕に指摘するサムライ。
人間が変形した拳に説教された人類は、多分この僕が初めてであろう(アニメ作品であっても)。
どうやらサムライは、今の言葉がとてつもなく冷たい人間が吐いた捨て台詞に聞こえたのだろう。
つうか本当に耳いいな、このサムライ、戦闘中だろうが。
「いや、お前が駄目なわけで」
そう、僕は昴を冷たく突き放すつもりで言ったわけではない。
彼女は、必ず勝利する。
なぜなら彼女は、北王子昴だから。
もし、仮に…‥
仮定の話だが最強である彼女よりも強い存在が現れたら、僕は彼女と共に戦って、思い切り足掻いてから死んでやる。
まあ、そんな事態などまずない、と思うが。
「なにッ?!どこがだよぉ―――ッ!!」
巨大な拳は回転しながら、重力に任せて一気に落下する。
凄まじい速さではあった。
これを喰らったら、確かに巨大な掌による圧力に落下の衝撃が加わり、人体はバラバラに吹き飛んでしまうであろう。
普通の、人体であれば。
「スパイラルサムライバスター!!」
ただ、必殺技の名前とか、叫んでも仕方ないのだサムライ。
なぜなら、お前が今、技をかけた相手は、人体の範疇を大きく逸脱した力をもった少女、北王子昴だから。
巨大な掌は昴を握りしめたまま、廃工場の地面に落下する。
その衝撃は凄まじく、地響きが工場内を激しく揺らした。
「うわっと!!」
僕はその振動で足を滑らせ、よろけた。
と同時に、衝撃波により天井で割れた照明のガラス片が落下と同時に背後の縄を切り裂く。
それにより、縄が解け始め、僕はなんとか拘束から解放された。
なんかマンガみたいで間抜けな感じがするが、まあ、いいや。
「HAHAHA!!私の――勝ちだな!!」
変形を解除し、普通の人間の姿へと戻ったレインボーサムライは右腕を振り上げ、勝利ポーズみたいなものを決めている。
いや、普通の人間の姿じゃなかった、サムライは変人の変態であり、虹色の着物を着て仮面をかぶったコスプレ男であった。
そして、そんなサムライの背後には―
「すまんな、諦めてくれ」
無傷の北王子が、立っていた。
呼吸ひとつ乱さず、かすり傷ひとつ負わず、まっすぐな瞳に闘志を映し、サムライを見つめていた。
「なにっ!?」
「レゾナンスファントム!!」
昴はまるでジャンプの漫画のように自分で考えた必殺技名を叫んで跳躍する。
そしてサムライの首に両足をかけて後ろから肩に乗り移った。
「か…‥関節技だと?!ぐぎ絞まる絞まるGaa!!」
肩車のような体勢のまま、サムライの両腕を自らの両腕で握りしめて拘束し、両足に力を入れ、太股で首を絞める。
圧倒的な、そして化け物すら凌駕するほどの太股の筋肉により、サムライの首が圧迫されていく。
必不殺技、レゾナンスファントム。
必殺技は必ず殺すために存在するが、彼女はどんな凶悪な輩であろうと必ず不殺を貫き通す、昴の技はそのためにあるため、必不殺技と呼んでいる。
レゾナンスファントムという中二病丸出しの恥ずかしいネーミングセンス全壊の必不殺技は、相手の腕間接の破壊、首を絞めることにより敵の戦闘力を奪う、彼女が得意とする間接技である。
と、言ってもキン肉マンを読んでいた彼女が閃いた我流の技ではあるが。
「ぐううっ?!私は諦めねぇ!次は――必ずッ勝つZOooo!!」
首を絞められているというのに、サムライは叫び声をあげる。
そして次の瞬間には気を失い、膝からがっくりと崩れ落ちた――
「全く、まだ諦めてくれないとは…‥困ったもんだな、姫也」
サムライの体から離れた昴は、セーラー服についた埃を払いながら、やれやれと肩をすくめる。
そして、赤く長い髪は短く黒いものへと変化し始め、昴は元の姿へと戻っていく―
「バカは死ななきゃ治らない、ってか」
僕は、倒れたままのサムライを見下ろしながら、呟いた。
昴の技の衝撃でクレーターが出来た地面に大の字で仰向けになりピクピク動いているレインボーサムライの姿は、どこか哀愁さえ感じさせている――
「なあサムライ、だけど人間…‥一回しか、死ねないんだぜ」
無意識の内に、考えを口に出していた。
そうだよ、サムライ。
命は、大切にしろよ。
どんなに怒っても。どんなに泣いても。
どんなに後悔しても。
どんなに、生きている奴が願っても、死んだら、生き返れないんだからよ。
そしてお前は自分だけのために戦ううちは、何度戦っても、昴や僕には勝てないんだ。
自分を守るためだけに戦う奴の力など、たかが知れている。
お前のびっくりドッキリ変形の仮物は、自分を守るものの限界なんだと、僕は思う。
だが昴の「赤ノ髪」は、そんなちっぽけな力とは、ベクトルが違うのだ――
廃工場の外は、見慣れない街だった。
とりあえず隣町ですらない、川沿いに本当に見たことのないビルや工場が並ぶ、どこか淋しげな雰囲気の場所だった。
昴はよく自分達の街より外の、こんなわけのわからん所に監禁された僕を見つけてくれたな、しかも匂いで。
警察犬もびっくりだぞ、本当に。
「ふー、いい空気だぜ」
見知らぬ風景を見ないよう夜空を見上げて、僕はここから歩いて家まで帰らねばならない事実から目を逸らしたかった。
あー、でも星が綺麗だ。
春だというのに、少し寒いのがいただけないが。
「しっかしあの変態サムライ、昴があえて超必殺技をノーガードで喰らって無傷な所を見せて諦めがつくようにしたのに、懲りねぇよな」
歩きだした僕達は、まだレインボーサムライの話をしていた。
それほどまでに、僕達にとって、彼はインパクトが強い相手だったのだ、物理的に強いかどうかは別として。
「本当だな、しかし、あの変形にはびっくりしたな。まるでマジンガーZ(真マジンガー版)だ」
ふふっ、と、いつもの特徴的な笑い方で笑い、ロケットパンチの構えをしてみせる昴。
「いや、トランスフォーマーだろあれは」
「そういえば、あんな変形する奴もいたな…‥確かギガトロンかガルバトロンとか言ったか?というか、また、姫也が狙われないか心配だな…‥」
昴が心配そうな表情で僕を見つめるが、僕は首を横に振る。
「大丈夫だって、もう僕に隙はない」
そう、もう二度とこんなアホサムライに不意打ちなどされるつもりはない。
絶対に個室トイレでするから、もう大丈夫だ。
絶対にもう、立って小はしないぞ。
今回のお話は、僕のそんな決意表明で終わり。
キャラクター紹介
【レインボーサムライ】
腰まで届くほどに伸びた緑色の長い髪、
烏によく似た白い仮面を被り、顔面は口元しか露出していない。
いつも不適な笑みを漏らしている自信家。
頭の先からつま先まで変な格好で、虹色の和服の肩にはヒラヒラとした飾りがついたドクロの肩あてがついており、首には鎖を三つかけている。
手には指出しの黒いグローブをはめており、先端が花の花弁のようにしなった袴を履いており、酷くダサい印象を周囲に与える。
仮物の名は『完全勝利の握手』、名付け親が『甘噛』ではないため、『黒包帯』や『赤ノ髪』のように色の名前が入っていない。
刀を飛ばすフェイントにより敵に肉迫し、巨大な拳に変形出来る仮物の能力を使い捕縛。飛翔してそのまま高速回転しながら自由落下し、その衝撃で敵を粉砕する『スパイラルサムライバスター』が必殺奥義。
なぜか、主人公達より紹介文が長い。