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伍之噺 赤ノ髪

あまりに唐突な展開であるため、自分自身でも理解するのに少しばかり時間が必要だった。

伊丹と昴と昼休みを一緒に過ごした所までは覚えている、それ以降の記憶がないのだ。

まだ、夢の続きでも見ているのではないか、そんな錯覚すら、したのだが――


「ふーがふががか…‥(つーか、マジかよ…‥)」


眠りから覚めた時には既に、僕は全身を尋常ではない量の荒縄で拘束されていた。

口にもタオルが噛まされており、全く喋ることが出来ず、鼻呼吸である。

場所はどこか、これまたわからない。

廃工場みたいな場所である、ベルトコンベアやプレス機みたいなものが大量にあり、僕の高校の体育館くらいの大きさであった。

「フフーフ、上首尾だった。我ながら素晴らしい手際だZE!!」聞き覚えのない声であった。

「ふがががががっ(誰だ貴様は!)」

先の通り、僕はタオルで全く喋ることが出来ない。

「オイオイ?何を言っているか全然聞き取れネーゾ!!」

眼前にいる男は、首を傾げ、無数に積み重ねられた赤いレンガに座りながら僕を見下ろしている。

「ふががぶがぎがぶ!!(このタオルのせいだろがコラ!!)」僕の眼前にいる男。

そいつは、侍だった。

腰まで届くほどに伸びた、緑色の長い髪。

(からす)によく似た白い仮面を被り、顔面は口元しか露出していない。

まるでライダーマンである。

しかもなぜか、不適な笑みを漏らしており、気持ち悪い。アゴの形は、ライダーマンと似ているが。

着ているものは、これまた珍味な着物であった。


虹色の和服の肩にはヒラヒラとした飾りがついたドクロの肩あてがついており、首には鎖を三つかけていた。

手には指出しの黒いグローブをはめており、先端が花の花弁のようにしなった袴を履いている。

酷い、格好であった。

アニメのコスプレ…‥ではないことは一目瞭然である、余りに統一感がない。

一生懸命なんか付け過ぎである。

「お、そうか…‥そういうことKA」

僕が珍味な服装に注意を払っている時間を全てかけて、こいつは僕の言わんとしていることを理解出来たようである。

全く空気の読めない奴だ。

どんな残虐な誘拐犯でも、この縄を一旦は外して、僕に何か言わせるはずだ。

こいつは、そのセオリーにやっと気づいたようである。

「ぶぎが!!がるどごなじ!!べるぎ!!くうが!!(そうだ!!早くとりやがれ!!ばかやろう!!)」

侍は無数に重ねられたブロックの一つを手にとり、僕の背後に向かって投げつけた。

僕の背後に壁があるのだろう、投げつけられたブロックがそこにぶち当たると、廃工場内に明かりがついた。

「こう暗くては、緊張して言葉も出んよな。悪かった、HAHAHA!」

厭味ではなく、本気で言っているようであった。

仮面から覗かせる瞳がマジなのだ。

「!!」

僕は確信した。

こいつはアホだ。

しかも普通ではない、聖なる泉が枯れ果てるほどに、究極のアホだ。

「むぐががが!!ぎぐばぎが!!!!(残虐過ぎる単語のため自粛)!!」


「ううむ…‥?」


「もしかして…‥君はグロンギ一族なのか?まだリントの言葉を話せないのか?さっきからグギグギグギグギ…‥」


全く理解出来ないシチュエーションではあったが、二つ、確かなことがあった。


一つは、こいつは僕によく似ている。


風貌やアホな所が、ではない。

特撮ネタが好きな所だ。

もう一つ、平成仮面ライダー派、ということだけ、理解出来た。

つまり、それだけしか分からなかった。

廃工場の冷たい風が体に染みる。

ああ、早く帰りたい…‥


―――


「全く、言葉が違うというだけで、ここまで意思疎通が難しくなるとは、困ったものだ!!」


数分後の事である。

謎の変態侍コスプレ(仮)は、今だに僕の言わんとすることを察せずにいた。

ここまでバカだと、同情すらしたくなる。

この珍妙な格好も、バカのなせる技なの

だろう。

そんなアホな侍を見物するためであろう、僕の眼前にハエが飛んできた。

これといって特徴のない普通の、どこにでもいるようなハエである。

「あっ!ハエだ!キルッ!」

それを無慈悲にも、一刀両断にする変態侍。

てめえよりも生きてる価値のあるハエをたたっ切るなよ。

「ふごぎっ!!」

僕は呻く。

変態侍が振り下ろした刀の先端が、僕の顔面スレスレに接近し、口を拘束していたタオルを真っ二つに切り裂いた。


「ってめえ!この変態野郎!誰だ貴様!よくも、こんなにしてくれやがったな!!目的は何なんだ!?」


ようやく喋れるようになった僕は言いたいことを出来る限り一気に吐き出す。

「ほう、日本語を話せたのか、よかったZO。確かに連れ去る前は話してたしな、普通に」

「くっ…‥」

もはやツッコむ気力すら萎えていた。

「というか、よくこんなシチュエーションで、そんな質問が出来たものだ」

珍妙なる誘拐犯は、頭を抱えながら、僕を可哀相な子を見るような目で見下ろす。

「この状況で他に何を聞けばいいんだよ!!」

「明日の天気とか」

「とりあえず明日分かればいいよ!」

頭を抱えながら、再び可哀相なものを見るような目で変態侍が僕を見下ろす。


「口の減らない奴だ…‥私の名前はレインボーサムライ、最強の人間だ」


座ったまま居合切りの構えをして、僕を見下ろすサムライ。

どうやら、最強らしい(本人曰く)。

「さ、最強?つうか…‥サムライて」

この男、頭、本当に大丈夫か?

レインボーなのは、貴様の頭ではないか?

この話は勿論、侍が出て来るような昔の日本を舞台にしていないし、かといって、こいつの珍妙な格好や言動が超常現象である仮物かりものの影響とも考えられない。

伊丹傷の仮包帯などの「理由ある異端」とは全くベクトルが違っていた。

つまりこいつは、本物なのだ。

本物の、正真正銘のバカで、アホだ。

「くっ、なぜだ…‥こんなアホな奴に、僕はどうやって負けたと言うんだ?!」

仮物の力を普通に使うことが出来る昴ほどではないにしろ、僕は戦いには慣れていたハズ。

こんな珍味不可思議な奴に、ストレートに負けるハズがないのだが。

何より、そのあたりの記憶が僕にはない。

気づいたら、ここにいたのだ。

「ああ、君が午後の授業中にトイレで小用を足してる時、背後から後頭部を殴りつけた」

「最強なんだろ?!なんてえげつない不意打ちを!!」

不覚だった。

くそ、今度からはもう、小をやる時ですら便座に座ってやろう。

「まあ許せないなら、それでもいい。私は君をエサに、最強を自負している彼女を誘い出し、倒す。それが目的だZE」


「彼女…‥ああ、昴か」

最強という単語で、僕はすぐにこいつの目的が分かった。

昴だ。

北王子昴。

昴は『最強の仮物』と同化した、異端の中の異端だ。

彼女より強い生物を、僕は見たことない。

「やめとけ、死ぬぞ。比喩でも何でもなく」

まあ死ななくても、今度はお前がトイレで小をしてる時に僕が殴りつけてやる!

「あいつは強い弱いの区分じゃない、最強なんだ、常に。やめとけ、時間と命の無駄だ」

でも、こんなアホな奴であるが一応は人間だ、とりあえず僕は忠告はしておく。

「悪いが、その忠告は聞けないな、俺には戦う理由がある」

いきなり糞真面目な口調になり、侍は鞘に収まったままの刀を僕の前に突き出した。

「お前ただただバカな誘拐犯じゃないのか?」


「あれは俺がまだ、小さかった頃――」


「あ、やっぱいいや。眠いから寝る…‥」

さっきまで寝ていたというのに、我ながら眠気に弱い。

眠気により、ただでさえ無かった、こいつの過去話への興味が削がれた。

どうでもいいや。

「てめえ何でそんな呑気なんだよ!!てか聞けよ人の話!!」


「あ、電話だけさせてくれね?」

僕は急用を思い出し、レインボーサムライに一応頭を下げて頼んでみる。

「なんなんだ貴様は?!」

それは激しくこっちの台詞だ。

レインボーサムライは渋々、僕の青いバックを廃工場の片隅から取ってきた。

そして、腕の部分を拘束している縄の一部を切り裂いた。

勿論、逃げられない範囲ではあるが。

「お、サンキュ」

その中から取り出された携帯を受けとった僕は、とある人物に連絡をとった。

とある人物とは、今話題となっている北王子昴では、ない。


『あ、姫也クンだ、やっほー。君の甘噛だよ』


僕が電話をかけた相手、それは甘噛(あまがみ)であった。

甘噛、僕の幼なじみ。

そして、仮物に対しての対策をすぐ考えてくれるアマチュア。

アマチュアというとまた胡散臭い響きはあるが、彼女が関わった事件は、ほぼ九割、解決はしないものの良い妥協点で決着を見ている。

ただ、今回電話したのはそんな件ではない。

「おい、甘噛、お前この前のCD返せよ。借りパクしない奴って分かってはいるけどさ」

伊丹傷のケースで世話になって報酬(豆乳のブリックパック)を渡したときに言おうと思っていたが、言いそびれてしまった用件である。


「ああ、特撮大全集パート2ね、ごめんすぐ返すよ。オシオキはらめぇ、だよ?」

『いや、しないし。まあとりあえず返せ、明日までに』

「てめぇら何、高校生のたわいもない日常会話やってんだ?!北王子昴を出せ!最強の生命体と俺を戦わせろ!」

いや、僕ら高校生だし。

そして普通の高校生、特撮大全集CD貸し借りしないから。

つうか、耳のいい奴だなこの変態サムライ。

『あ、なら丁度いいや』

「え?」

携帯の向こうの甘噛が、何か気がついたようである。

凄く、嫌な予感がした。

こいつが自分から何かを思い付いたとき、いつも、いつも僕は振り回される。

仮物の事件を解決するときだけである、こいつが真面目に取り組むのは。

あとはただひたすらに翻弄し、奔走し、暴走する、その様から、彼女は周囲の人間から『美少女台風(びしょうじょたいふう)』と呼ばれている(酷いネーミングセンスだ…‥)。

「な…‥何がだよ甘噛?何かあったのか?」

恐る恐る、質問する。

美少女台風が封印された鋼鉄の扉を、思い切り開けたような気分である。

『ボク、明日から姫也クンの学校に転校することになったから』


「は?」

僕は、頭が真っ白になった。

比喩ではなく、本当に真っ白であった。

『だから、姫也クンと同じ学校に通えるんだよ。この前の伊丹さんとも友達になれるかな?それとも恋敵(こいがたき)?』

「パードン?」

とりあえず母国語でリアクションすることも忘れ、僕は目を丸くして戦慄する。

『よかったね姫也クン、幼なじみの彼女と一緒に登校できるよ、じゃあね!』

元気よく別れの挨拶をする甘噛。こいつの頭の中はピンク色だろうなぁ、と僕は呆然と聞いていた。

そして僕は、携帯をポロリと地面に落としてしまった。

「いや彼女じゃねえしっ!!ふざけんなッ!!つうかマジか!うわー!!」

凄まじい勢いでジタバタとしながら、。

「なっ!てめえまず刀にビビれよ!とりあえず会話全部まる聞こえだったが、とりあえずちょっとは緊張しろよ!」

うるさい。

仮物事件に巻き込まれてしまうことばかりの僕にとっては、この程度の事は日常茶飯事なのだ。

得に問題はない、何とか自力脱出してやる。

だが、自力脱出の先に待っているのは、甘噛が僕の学園に転校してくる、という回避不可能な、超現実である。

僕にとっては、黒船来航とか、ゼントラーディー襲来とか、アクシズ落とし並の事件である。


「終わったー!僕の学園生活が終了したー!」


僕は叫ぶ、そして意味もなくジタバタと動く。

サムライ?

知らねえ。

最強の存在と決闘?

もっと知らねえ。

僕にはサムライよりも、最強の存在北王子昴よりも、甘噛が恐ろしいのだ。


「マジ泣きしそうだ?!オイ貴様!!」


うるせー!

お前に何が分かる?

とにかく僕は終了したのだ。

サムライよ、お願いだから縄を解いてここに泊めてくれ、外に逃げないから。

もう、駄目だ。


「大丈夫か!!姫也!!」


そんな僕の切実な願いを打ち砕くかのように、北王子昴が現れた。

廃工場の壁を、思い切り蹴り破って。

学園からいきなり消えた僕を助けに。

「来たな最強の生命体!!俺が今、ぶっ倒してやるYO!!」

なんでそこで自ら負けフラグ台詞を吐くのだサムライ!

お前セオリーを分かっとけよ!

今のはライバルどころか、雑魚その一の台詞だぞ!

かっこよく居合切りの構えで刀を持っても、瞬殺臭がプンプンだぞ!

「昴!どうして…‥ここが分かった?」

もうシチュエーション的には感謝感激しなければいけないのだろう。

だが、これは昴には本当に失礼千万なのだろうが、僕は逃げ場を失ったように感じた。これで確実に僕は助かる、自力脱出も出来なくはないのだが。

そして、明日は学校に行かねばならぬ。

「ふふっ…‥匂い、だな」

「そこでガンダムネタかよ!」

でも多分、本当に昴は僕の匂いで分かったのだと思う。

多分、仮物の力で、嗅覚も常人の数十倍に跳ね上がっているのだ。

「全く、姫也は…‥今のはボケではないぞ?まあいい、それでこそ姫也だ」

昴はやれやれ、といった感じで首を傾げる。

そして紺色のセーラー服に身を包んだ彼女は、僕とこの変態侍の元へ、かっこよく歩いてくる。普段黒くて短い髪が、今は腰まで届くほどに伸びていた。


「私の大好きな――早乙女姫也だ」


そして髪は、赤く、赤く輝き、立ち止まった彼女の背中でゆらゆらと揺れる。


『赤ノ(あかのかみ)


それが彼女と同化した、最強の仮物だった―――


続く

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