最後ノ噺 リアけもの
まあ当たり前のことなのだが、主人公は死なない。
まず死なない。
死ぬか死なないかの瀬戸際には立つのだが、まあ死なない。
紙一重で、死なない。
故に死神が横一線に薙ぎ払った鎌は、僕の体に触れるか触れないかの場所で、止まった。
そりゃそうだ、僕が死んだら洒落にならん。
ただ、一つだけ言える。
確実に言える。
生きててよかった――
「な…‥なんなんだよ」
夕暮れ時を終えて暗闇となった、ただただ駄々っ子い公園の真ん中で、僕は立ち尽くした。
安心すると共に、なんなんだよこの死神は、という気持ちが胸に残った。
ホント、なんなんだよ。
「…‥フッ!!」
死に神が、マントを放つと、僕はその正体に愕然とした。
一瞬、本当に何が起こっているのか、全く分からない状態であった。死神のマントの中には、三人の少女が入っていたのだ――
「姫也、やはり君は姫也だ…‥私の大好きな、早乙女姫也だ…‥ちゅ~♪」
マントの中から現れた北王子昴は何故かウェディングドレスを着ており、頬を赤らめて僕の唇を奪った。
一瞬であった、一瞬だけ、凄まじい柔らかい感触が、唇にしたのだ。
そして―
「ふふっ、ボクも大好きだよ。姫也クン♪ちゅぅ~♪」
しし舞のようなマントの後ろ部分の膨らみにあたる部分には甘噛祈理は入っていたらしく、『ドッキリ大成功!』という小さな看板を持ちながら、クスクスと笑って僕の唇を奪う。
因みに彼女も、ウェディングドレス着用であった、美しい…‥
「うわっぷ?!」
思い切り舌が入ってるんですけど…‥
ドッキリするわ、そりゃ。
「お兄さま、私も大好きです…‥ずっと一緒にいて下さいね?ちゅ♪」
その隣にいた、やっぱりウェディングドレス着用の早乙女百華が瞳を潤ませて、僕の顔を見上げ、完全に意味不明な展開と突然のチッスで何も言えない僕の唇を奪う。
「にゃううっ?!」
なんか僕は、萌えキャラみたいに呻いてしまった。
彼女らしく、かわいらしい、小鳥がエサをついばむかのようなキスであった。
「なっ、おみゃーら、なんばしよっとね!?」
本当に、何をしているんだこの三人は?
とりあえず、意味不明だ…‥
「もォー察しが悪いなぁ姫也クンてば、見てわかんないかな?」
ごめん甘噛、見てわかんねえ。
頬を膨らませ、甘噛は相変わらず持ってたプレートで、そんな僕の頭を軽く叩く。
「結婚式ですよ!!お兄さま♪」
楽しそうに、百華が小さく跳ねる。
あ、なるほど。
結婚式なのか、これは。
「で…‥でも、僕は誰も選べな…‥」
僕がしどろもどろに喋ろうとするが、北王子昴は首を傾げる。
「日本は重婚出来るだろう、何を言ってるんだ姫也は?」
そう言い、一枚の紙を、彼女は僕に突き出した。
僕はそれを受け取りながら、ポカンとしてしまった。
その紙をよく読んだら、それは婚姻届であった。
しかもそれは通常のものではなく、女性の名前欄が三つある特殊なものであった。
勿論そこには、僕の眼前にいらっしゃる三人の美少女の名前が綺麗に書かれていた。
「そ…‥そうか、その手があったか!!」
ムンクの叫びのようなポーズで僕は驚く、驚かずにいられなかった。
「お兄さま、迂闊です」
そう言ってくれるな姫華よ、確か重婚が出来るようになったのはつい数年前ではないか。
「でも、いいのかよ…‥」
そうだ、僕がよくても、三人が三人、本当は自分だけを選んで欲しかったんじゃないだろうか。
僕が言えたことじゃないが、それが『普通』なんじゃなかろうか。
「くどいぞ姫也、私達にはもう、迷いはない…‥全力でお前と添い遂げる!!」
そう言い、昴は全力で僕の胸に飛び込む。
「そうだよ!!ちゃんと三人一緒に愛してくれないと、ボク拗ねちゃうからね!!」
「ふふっ、さあ帰りましょうお兄さま、私達の家に!!」
そして、僕は三人の美少女と共に、薄暗い街を歩き出した。
「リアけものだったのは、僕、だったんだな」
この物語は、ここでおしまい。
でも、一つだけ言いたい。
僕は兄が死んだときも、昴が化け物になりそうだった時も、あまりに苦しくて死にたくなった。
だけど、今になって思うんだ。
死ななくて、よかった。
『リアけもの』おわり
なんか最終回あたり、もうちょっと足して生きたいかなとは思いますが、とりあえず本作は完結です。