拾参ノ噺 とある日曜の朝日
僕には、妹がいる。
早乙女百華、15歳。
彼女は、僕の父が再婚した義母の娘である。
スタイル抜群、顔はアイドル顔負けの造形。
声は、まるでカナリアのように澄んでいる。
料理もプロ並みに上手いし、文才もある。
絵を描かせても、裁縫や編み物など物を作らせても、何をさせても人並み以上にできてしまう。
性格はおしとやかで、三つ指をついて旦那の帰りを待つような、そんな一昔前に絶滅してしまった『大和撫子』という言葉が本当に似合う完璧な少女であった。
僕がバカ兄であり、贔屓目で見ていることを差っ引いても、彼女のスペックは普通の女子よりも数段上である。
その何でも出来る様、完璧に近い性格は若くして亡くなった僕の兄、早乙女姫花に似ている。
だから彼女は、唯一の自慢であると共に僕を度々不安にさせる。
僕と彼女は血は繋がってはいないが、自慢の妹だ。
ただ一点、ただ一点だけ、病弱なのだ。
いや、病強、と言うべきだろうか。
彼女は、面会に行く度に必ず一回は咳き込むのだが、それでも泣き言一つ言わず、微笑んでいる。
そして、周囲のことを考え、思いやり、いつもあたふたと動いている。
僕は、彼女の泣いている姿を、見たことがない。
だから、義理の兄である僕は、彼女に常に言い聞かせているのだ。
いつだって泣いていいんだよ、と。
無理ならすんなよ、と。
今日は日曜日だ。
僕は上下スウェットを着て、自宅の一階のリビングでテレビを見ていた。
ソファーにもたれかかっている僕は、煎餅をかじりながらふと時計に目をやると、時計は午前7時27分を指し示している。
窓の外は晴れやかな天気であった。
ところで僕は、先日散髪した。
ボブカットがまるでビートルズのメンバーのようだ、ととある知人に言われたため、イメチェンを図り、少し短めに散髪したのである。
なんとなく、ギャルゲーの主人公にありがちな髪型になってしまい、没個性だとは思うが、まあ、これはこれで、いい。
「姫也、似合っているな、その髪型」
僕が座るソファーの前のテーブルで頬杖をしながら、北王子昴は言う。
「ああ、当たり前だ。僕に似合わない髪形なんてないのさ」
テレビを凝視しながら、僕は素っ気無く言葉を返す。
「ふふっ、それもそうだな。姫也なら、何でも似合いそうだな」
また素直クールなこいつは、ふふっと笑いながらベタ褒めをしてくる。
僕は、そんな素直なこいつの言葉に喜べるほど、素直ではない。
「な、なんだよ…‥褒めても、何もやらないからな」
そんな言葉しか、彼女に返せないのだ。
「べ、別にそんなんじゃないんだから!」
「つ、ツンデレ?」
昴のキャラが崩壊した!?
「と、まあツンデレはここまでにして、さて、そろそろだな」
あ、そうか。
そろそろだな。
「お、そうだな」
時計が、7:30丁度を指し示す。
と、同時にテレビ画面に五色の全身タイツが登場し、画面狭しと活躍している。
よく言うと特撮番組、悪く言えば、子供番組が始まったのだ。
僕は、それを毎週、欠かさず見ているのだ。
「さてさて…‥」
僕はテレビにかじりついた。
勿論、物理的に噛み付いているわけではない。
集中して見ているしている、ということなのだ。
「今年の戦隊はどうなんだ?姫也的には」
昴は、サンドイッチをほお張りながら問いかける。
つうか、喋りながら食うな。
「僕はジュウレンジャーが一番好きだが、今年のはまだどう転ぶかわからないな」
次点でバトルフィーバーが好きだ。
とりあえず第四話までだけで、良作か否かを判断するのは危険である。
当たると断言した作品が後半になり失速したり、ハズレと思った作品がどんどん面白くなるケースを、僕は嫌と言うほど体験してきたのだ。
だから、とりあえず今はお茶を濁しておこう。
「そうか、因みに私はウルトラマンレオが好きだ」
渋い!
つうか、それ戦隊シリーズじゃない!
「こうやって日曜朝にお前と一緒にテレビ見始めたのって、いつ頃だっけか」
「二年前だな、私が平日と間違って起こしに来たら、姫也がゴーオンジャー見てたから、驚いたぞ」
まあ日曜なのに、平日と間違うのもどうかと思うが。
確かに、そうだったっけか。
昴と僕が日曜の朝に一緒にテレビを見始めたのは、中学三年の秋頃からだった。
今思えば、受験生だったのによく、呑気にヒーロー番組を見てたな、と思う。
「あ、終わった」
「次はライダーか、で、次がプリキュア…‥」
「そういえば姫也、今年は特にプリキュアをよく見ているな、毎回ブルーレイに標準録画しているし…‥」
「あ、ま…‥まあな、一応」
事実である。
さすがに、グッズを買いあさったりはしないが、確かに毎回標準画質で録画している。
標準録画をしないと、画像がぶれるのである。
「姫也は…‥ああいう女の子が好きなのか、参考になるな」
「ブロッサム派です」
「近藤奈々さんの方か」
「本名で言うな」
「大人しめのキャラじゃないか、姫也はおとなしめが好きなんだな。つまり私か」
何でそうなる。
「マリンみたいなキャラはなんとなく甘噛みたいな感じで苦手なんだよ…‥」
「でも、そんなキャラも嫌いじゃないんだろう?」
「うっ…‥」
その通り過ぎて、返す言葉がなかった。
「姫也は、プリキュアと私、どっちが好きなんだ?」
「ぐぬうっ!?」
な、こ、こいつは…‥返しにくい問いかけを!
つうか、アニメのキャラに嫉妬っ!?
昴さん、あんたすごく冷静な表情で問いかけていますが、ちょっと返し難いんですけど。
どうするか。
いや、普通に昴じゃないか。
でも、プリキュアも捨てがたい。
ううむ、何で僕は昴とプリキュアを天秤にかけているんだ!?
「…‥あ、昴がプリキュアになればいいんじゃないか」
「上手く流したな、姫也」
いや、流れたのか?
ふふふ、と苦笑しながら、昴は僕を見つめていた。
無論、それも仮面ライダーが始まる前の数秒間の事。
番組が始まれば、僕たちの視線は再びテレビに戻る。
そんなこんなで、僕たちの日曜の午前は、よく言えば平和に、悪く言えばだらだらと過ぎていく。
午後になる頃には、妹のいるサナトリウムにお見舞いに行こうと思う。
だから、それまでの時間は、こうしてテレビを見ていようと思う。
キュア昴とともに…‥