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09

 昼の間、ラウルは決して暇ではない。

 元々、怠けるということが出来ない性格なのか、時間が空いたのを見ては予定を入れる。協会に居る頃は、植生学や鉱石学のフィールドワーク、図書館に引きこもって書見と一生を費やすに足る仕事が無数にあった。

 が、ここではなかなかそういうわけにもいかない。


 物心ついてから丸一日以上も書見をしない日などなかったから、落ち着かぬままに近隣を歩いて、村の周囲の自然物を観察した。

 これが、意外にも楽しい。

 植物を観察すれば一年の気候が大凡判るし、石の落ちている種類と場所が判れば地盤の硬さがある程度判る。道具がないので出来ないが、地面を掘って地層が判ればその土地の歴史が判る。

 あとは、発掘される遺物であろう。

 確かにこの地の神話の遺物は迷宮の奥深くであろうが、その神話と元となる人々の生活などは土を掘って見つける遺物に見つけられる。


 考古学は専門ではなかったが、とにかく学ぶことが好きなラウルはあれこれと想像を巡らすだけでも面白かった。

 そういう、知的好奇心を満たすための活動で日中のほとんどの時間を使い、日暮れに泥だらけになって帰ってくる。

「まあまあ」

 と、宿の者は呆れたような心地で迎える。


「裏を借ります」

 井戸の傍で作業着を脱ぎ、井戸水を組んで揉み洗いして物干しを借りる。足を洗って上がると、迎えが来た。

 昨夕、約束をしていた皺顔の男である。

「さ、参りましょう」

 育ちの卑しさを示すような腰の屈め方で先に立って、飯屋へ案内された。


「まだ、お名前を伺っておりませんでしたな」

「へぇ、ヤッコノというんで、覚えといてくださいよ」

「ラウルです。よろしくお引き回し願います」

 簡単な自己紹介が終わると、飯屋に着いた。

 真新しい木の匂いのする二階建ての建物で、一階は完全に土間になっており、八つのテーブルに客が何組も貼り付いて、盛況だった。


「二階になりますんで」

 と、入り口で靴の泥を落として傍の階段を登る。

 二階は建物の中心に廊下が走り、その両脇に小部屋を構えた造りになっている。部屋はそれぞれ屋外に面し、平たい床に柱を立てて屋根をおっ被せたような形のテラスになっている。

 通りに面した左奥に、仲間が居た。三人。ヤッコノとラウルを入れれば五人になるのだ。迷宮に挑むのに最適な人数だろう。


「はじめまして」

 と、一様に会釈をしてくれたが、その如何にもぎこちない仕草がどういう素性の者かを物語っていた。

(まあ、やはり)

 と、一座を見回してみると予想通りに人相が悪い。ばかりか風体も悪い。世間というものは所詮、人相風体で印象の八割が決まる。その後細やかに観測してみると挙措も野卑で、いよいよ世間のあぶれ者と知れた。


 しかし、ラウルは見損なわなかった。こういう手合いには、規則と理知を重んじて生きる者が意識しなければ持ちえない動物的な精気があり、卓上の杯を持ち上げる仕草だけでも逞しさを感じさせる。

 これはこれで、使いようのある人間なのだ。

 先にヤッコノと名乗った男が椅子を持ってきてラウルを座らせ、新しく料理を頼んでくれた。

「酒は飲めません。そちらの分だけを」

 それだけ断ると、やや興醒めした様子だったがいう通りに注文をしてくれた。ヤッコノが座ると、ラウルはいきなり核心を突いた。


「お話を伺いましょう」

「まあそう慌てずに。まずは名乗りましょうか」

 と、頬に縦に傷の走った男が言った。

 ゴーユと名乗り、順にハバキ、イガリと言った。

 ヤッコノは皺深い顔から察して五十に近いが、他の連中は三十代といったところだろう。

 ラウルは少し首を竦めるようにして頭を下げ、

「ラウルです。カウラー魔法協会より派遣されました」

 と言った。

 その齢で、と感心するような光が全員の目に宿った。


「こうして直接に会えば判ってもらえたと思うが、我々は世間に好まれない類の人間でね」

 と、一人が言った。

 だから、正規の手段で迷宮に挑むのは難しく、資格の所得も山を下りて街に出て手続きを経ねばならないが、それも前身から考えて不可能だという。

 ついでに、それぞれ前身というのも簡単に教えてくれた。

 ヤッコノとイガリは盗賊、ハバキは乞食、ゴーユは故あって殺人という罪を犯したという。ハバキ以外は世間に顔向け出来ない生き方をしている。


 それでもなんとか合法な生き方をしたいと思い立ったのが冒険者だという。そこに至るまでの後ろめたさや苦労を、ハバキがつらつらと話したが、無論本題ではない。

 が、本題に入る前に聞いておきたいことがあった。

「私が若輩ということはお判り頂いた筈ですが、何故私を?」

「失礼ながら」

 と、ヤッコノが後を引き継いで話すには、世間に大手を振って羽ばたくためには、ちゃんとした地位を持っている人間の助けが不可欠だという。魔法協会なら、現状で考えられる可能性の中で最も有力だから、ここは是が非でもという思いだったという。


(そういうものか)

 と、ラウルは納得した。素直なのだ。自分とまったく違う境遇に生きるなら、自分には判らない考えや狙いがあって当然だと思った。

「では、本題ですな」

 ヤッコノが懐から木の板を取り出した。

「通行証・・・・・・ではないですね。左半分がない」

 長方形の木の板の左端に、墨でなにか模様が描かれているが、線のあちこちが端で途切れていてなにが描かれているのか判らない。

「割符と言いましてな、残りの半分を持つ者と示し合わせるためのものです」

 これが、と手に取ろうとしたが隣の席のゴーユに止められた。


「傷がついたり欠けたりしては一大事だ」

「失礼」

 手を引っ込めて、話の続きを促した。

「裏口というのは試験のことでしてな、この割符は遺物を保管しているヤクワの屋敷を警備する者に配られたもので、完成させれば合格ということです」

「ではもう半分を?」

「ええ。盗むか、写し取るか。あぶれ者には相応しい試験というわけです」

 ふむ、とラウルは考えた。

 いずれの手段を取るにしても、自分の技術は役に立ちそうにない。


「私はなにをすればよろしいんですか?」

「いえ、なにもなさらなくてようござんす」

「?」


「これに使われたものと同じ墨がもうじき届きます。あとは写し取ったこれを丁度いい木片に書き込むだけですので」

「では、私はなんのために?」

「迷宮を攻略するためでもありますが、もし失敗した時にも、貴方様の身分で我々を保障して頂きたいのです」


 念の入ったことだ、とラウルは半分感心した。

 要するに、不正入手した資格を用いて迷宮に挑み、成功した場合はその功績を以て不正を帳消しに、失敗した場合はラウルの魔法協会という身分で救って欲しいということだという。

(勝手なことを言う)

 ラウルは自分ではなく、自分の身分を当てにされていることに多少不快でもあったが、これくらいならラウルも利用するにしても心は痛まない、とも思った。

「仔細は判りました。では、私は完成を待てばよいのですね?」

「ええ、ええ。左様でございますとも」

 その話が終わると同時に、料理が運ばれてきた。


「さあ、前祝いです。たんと食べてくだされ」

 ラウルとしては、こういう手合いに馴れ馴れしくされるのも、食事を奢られるのも愉快でなかったが、興醒めさせることを恐れて食べ始めた。

 若く、しかも健啖家のラウルは結局追加注文までして腹を満たし、後日の連絡を約して別れた。

「それでは試験の顔合わせまではそちらのよいように。なにかあれば連絡をください。私に出来ることなら、なんでも協力します」

「いやこれは、心強いことですな」

 見送ろうとするヤッコノを断って、ラウルは店を出た。

 そのまま宿へ真っ直ぐに帰ったが、残りの四人は尚も店に居た。


「行った」

 と、ハバキが身を乗り出して通りの闇に消えたラウルの背を見て言った。この連中は万一にもラウルが引き返して密談を聞いてしまわぬよう、通りに面した席を選んでいたのだ。

「随分人の好い騙され方だが、あれで本当に?」

「さあ。何分にも頭脳の化け物の子だ。用心は肝心だが、別に疑った風でもなかった」

 イガリが酒器を取り、食事の席で一切減ることのなかった酒を杯に移した。

「なかなか、世間知らずのお坊ちゃんという感じだな」

「あの手合いはどうにも好かん。高い所から見下ろすような目をしやがる」

 ぺっと、ハバキが唾を吐いた。


 この四人は、ヤッコノとイガリが盗賊として活動し、目端の利いた自由な身分のハバキを誘い、足りない武力を補うためにゴーユの牢を破って合流したのが三ヶ月前。

 年頭のヤッコノを首領として、盗賊らしい働きを思いついて村に来たのが三週間前である。乞食という身分なら、どの辻に居てもどう歩いていても人は忌避するばかりで気に留めない。

 役人の腰からぶら下がる割符の片方を、路地に座りながらじっと観察しても奇妙には思わないものだ。


 既にヤクワの屋敷の召使は金を与えて引き入れてある。発掘された遺物を盗むという働きは、九割近く為ったようなものだ。勿論、彼らに迷宮を攻略する意思などありはしない。

 ラウルに話した資格の裏口など嘘八百である。

「しかし、うまく従うかね」

「まあやってみることだ。なあに、うまくいかなければ首が胴と離れるだけで、別になんてことはない」


 二人の盗賊は、長くこの稼業で暮らしただけに肝が据わり、ハバキも乞食として生きるなら賭けに出るという糞度胸で加わり、ただ一人ゴーユだけが気乗りしないながらも脱獄を促してくれた二人の労に報いるために活動している。

 失くすもののない立場の捨て身ほど恐ろしいものはない。四人は入念に下準備を開始した。


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