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08

 ヤクワは、手足の短い小男だった。

 齢の割りに老けているが商人らしく表情が柔らかく、なにかの拍子に笑うと笑い皺で目が埋まりそうになった。

 呼びつけたラウルもわざわざ玄関まで出迎えて、手を取って奥へ導いた。

「いやさ、わざわざ足労願って申し訳ない」

 座につくなり、から、と爽やかな笑いで言った。


「酒は苦手だと聞いておりますので、山のものを用意しました」

 テーブルに皿が四つも並び、調理された山菜が湯気を登らせている。健啖家のラウルは思わず視線を取られたが、用件も聞いていないので油断なく、変わらない笑い皺に目を留めた。

(なるほど、これは)

 と、ラウルは別の人種に出会ったような心地がした。

 無理もなかった。これまで周りに居た者は書物を愛し、そこから得られる知識と知恵を至上とした学者ばかりで、巧みに商機を捉えて財を成す手腕の持ち主は皆無だった。


 ヤクワという小男は、枯れたように細く短い手足を持つくせに、すっと細めた目の光が強く、今この瞬間もラウルを観察する鋭さがある。それを爽やかな笑いで隠そうとしている点、如何にも一筋縄でどうこうという人物ではない。

 まさか危害を加えられはしないだろうが、人物を安く値踏みされるのは立場を不利にしてしまうかもしれない。非常の事を発するまでは、ラウルは魔法協会の名を負っている。

 かといって、如何にも知識人という具合に相手を訝しんだり、警戒したりという様は小動物の狼狽えを表すようでこれも見えがよくない。


(よし、ここは一番・・・・・・!)

 と、平素にない意気込みで視線を絡めたまま皿のものを口に運んだ。

「ご用件はなんでしょう?」

 緊張で少し声が上擦った。舌に運ばれた筈の料理の味も判らないほど、緊張した。

 ヤクワはそういう若者らしい気負った所作が気に入ったのか、部屋中に響くほど大笑した後、人を呼んだ。


「これは村で雇っているシグという者でしてな、この屋敷の遺物の警備を任せております」

 呼ばれて入ってきた男は、ヤクワとは対照的だった。

 背が高く、骨柄が逞しい。昼間何人も目にした冒険者よりも、精悍だった。

 顔は岩に彫ったように目鼻がつき、唇は真一文字に結ばれて、その割りに肌はつるりとしていた。それがちょっと小腰を屈めて会釈したので、ラウルも同じように会釈を返した。


「その若さで魔法協会から派遣されるなどは、優秀な証でしょう。そんな方に遺物の鑑定をお願い出来るとは、幸運なことです」

 話を聞くと、ヤクワはどうやらラウルを遺物の鑑定のために派遣された協会員だと思っているらしい。

 ラウルは手を止めて、

「見ての通り若輩の身です。魔法協会にあっては非常の秋で遣わされた身に過ぎません。遺物の鑑定に多少の造詣があっても、専門ではありません。お眼鏡違いです」

「ご謙遜を」


 すっと、ヤクワの目が細まった。傍に立つシグはじっとラウルを見つめている。

(これは・・・・・・)

 何事かを暗示している、とラウルは思った。

 確かに、ヤクワから見ればラウルの存在は不審だった。

 迷宮も二つ踏破されようという段階で、遺物も屋敷の一室を埋め尽くすまでになった頃、突然若い魔法使いがたった一人で現れて、その遺物の鑑定を申し出るわけでもなく迷宮への挑戦を試みている。


 血迷った若い魔法使いだと見えないこともないが、なにかを目論んでいると考えるのが商人らしい気配りであった。

 元々、自分たちの判らぬ理屈で奇妙な現象を起こす魔法使いという生き物は、本能的に猜疑心を呼び起こし、忌避感が強くなる。

 ヤクワにしてみれば、野放しにしていてある日いきなり屋敷の遺物が忽然と消え去っていた、ということも考えられるわけである。


 勿論、ラウルの負った役割など及びもつかないが、一度会ってその人物を見ておきたいと思うのが普通の感性であろう。

 だから、これは暗示というよりは鑑定に近い。ラウルの人物を見極めるために、揺さぶりを掛けているのだ。


 ラウルにはそこまでを見通すことは出来ない。ただひどく緊張し、ヤクワとシグが自分になにを暗に言おうとしているのか探るのに必死で、喉が乾いた。

(これはどうも、違うようだ)

 と、安心したのはヤクワだった。


 魔法使いという得体の知れない輩が紛れ込んだというから、いったいどんな人物だろうと探ってみれば、呼び出して物を訊いただけで狼狽えるような、可愛げのある若者ではないか。

 しかもそれを隠そうと、味も判らない食べ物をしきりと口に運び、口中が乾いているためにそれを飲み込むにも難渋している。

 まだあどけない目元を見ていると、こういう駆け引きをすることに馬鹿馬鹿しさを覚えてしまった。


「いやいや、そう緊張してもらうと困るんですわ。お若い魔法使いなど珍しいのでちょっと話を伺いたかっただけですのでね」

 朗らかに笑ってやる。すると、救われたようにあっさりとラウルは微笑した。

(他愛ない。こんな若者に底意があるものか)

 商人だから、人物の鑑定にはうるさい。その鑑定が、ラウルを無害と判断した。


 これは外れているが当たってもいる。

 ラウルは遺物の鑑定という言葉を始めに耳にした。普通、遺物を鑑定するのは神学者と魔法使いのどちらかを選ぶもので、思想の性質上両者は対立することが多いから、少なくともヤクワは魔法使いを嫌っているわけではないと判断した。


 無論、世辞であることも考えてみたが、その後の口ぶりや態度から、隔意のあるものでないことは判った。

 そうとなれば、遺物の鑑定から生じる利益さえ提供出来るなら、意外とラウルの獲得した遺物の研究を認めてもらえる可能性が出てきた。

 楽観的ではあったが、ここに来てから逆風続きのラウルには嬉しかった。それが誤解された。


「魔法使いというのは不思議な術をお使いになるとか。一つ見せてはいただけませんか」

 ヤクワが気安くこんなことまで言い出したのだから、ラウルを余程低く値踏みした証拠だろう。しかし、口ぶりに柔らかさがあることを考えると、可愛げという好材料を人格に見つけてくれたからでもあったに違いない。

 ラウルは気軽に承けてやった。


「そこの戸を開けていただけますか」

 傍らに立っていたシグがすっと移動して、言われた通り戸を開けてやる。

「なにがあるのか、当てて差し上げます」

「おお、これは凄い。見てもいないものが判ると」

 ヤクワが身を乗り出した。


 素人に魔法を見せろと言われた時、小難しい理屈よりも判りやすい不思議さを誇張する方が効果的だということは、先輩からの教えでラウルも知っている。

 ラウルの専門とする魔法は、空気に知覚を伝播させ、有効範囲内の物の形を把握するというものだ。空気だから、隙間さえあればその物質の内側に滑り込むことが出来て、余程密閉されていない限り内部になにが隠されているのかも判る。


 これを応用して、空気の流れを操作して方向性を変えたり、滞留させたりすることも出来るが、空気は目に見えないからこの場合は効果的ではない。

 ラウルは開いた戸に向けて方向性を定めて空気を移動させ、知覚を伝えてみる。

「召使の方が料理を運んでこちらに来ておられますね。これは・・・・・・魚? 寡聞なので種類は判りませんが焼いてあるようですね」

 少しして足音が聞こえてくると、言った通りのものが運ばれてきた。


「ほほう、これはこれは」

 と、ヤクワが驚いた。シグもテーブルに置かれた料理を見に来て、

「どういう仕掛けです」

 と、無遠慮に聞いた。ラウルは苦笑しながら、


「空気に感覚を飛ばすのです。視覚、つまり見えるという感覚ですね。これは光を受容体が感知して頭の中で再構成するものなので出来ません。ですが空気の振動は感じ取れますから聞くことは出来ます。

 嗅覚、味覚はほんの微かに、主な感覚は触覚です。空気さえあれば、手で触れたように判るということです」

 実に気さくだった。紙と鉛筆があればそのまま図にして説明しかねないほど、あっさりと自分の技術と研究を晒してくれた。

 これが、二人に好意を持たせた。


 そうだろう。魔法使いは特殊な技術と勉学のため、学んだ者は時と場所さえ間違わなければ重用されるものだ。当然、特殊を特殊とならしめる学問に関して秘密主義である者も多く、こうして披露することも不快がる者が多い。

 それを気さくに見せてくれたばかりか解説までしてくれた大らかさは、若者として非常に愛らしい。

「いやはや、凄い術ですな」

「まったく」


 二人が感心して頷くと、ラウルは慌てたように、

「いいえ、この程度は凡才の為す業に過ぎません。私の如き材など協会には正に掃いて捨てるほどおります。私など、使い捨てられるくらいしか用途のない男ですから」

 そう言ったから、二人は少し興醒める思いがした。

 が、最後の言葉は気になった。

「使い捨てとは?」

「あ・・・・・・」

 と、ラウルは自分でも口が滑ったことを自覚した。この座は、どうもラウルの気を緩めるなにかがあるらしい。


 それが商人として成功を収めるこの長者の持つ独特の雰囲気であるのか、それとも気を張ったままでいたラウルの疲労のためなのかは判らない。

「いいえ、迷宮で死んだところで被害がないという程度の意味で、深読みして頂いては困ります」

 少し俯きになって、料理を口に運んだ。


 結局、後は軽い座談程度になって、そのままお開きになった。二人の傍で立っていたシグも椅子を引っ張り出して間に座って、ラウルに積極的に話しかけてきた。

(妙に、凄味がある)

 と、ラウルはシグに対して思った。


「私は世間のことなどまるで知りませんが、それにしても人物が重く見受けられます。武芸で生きるにはそれほどに苦労の多いものなのでしょうか」

 そういう訊き方をしてみると、シグは困ったように笑って、

「芸で生きるなんて大層な言い方をされると困りますな。世にあぶれたままに樵か獣か、はたまた猟師か盗賊か、そんな生き方をした程度ですから」

 要するにあぶれ者の類だったという。


 偶然ヤクワと縁が出来て、その稼業から脱けて身辺警護と保管されている遺物の警備を任されているという。

「仲間の半分ほどは似たような前身でしてな、ヤクワ殿が拾い上げてくださったからこうして飯にもありつけます」

 からりと笑った。その笑い様には前身の卑しさや引け目など一切感じられず、それだけで人物の大きさが判るような気がした。


(なるほど、世間にはいろんな人が居る)

 魔法協会でかつて教えられたことだが、世の人々が全て能に相応しい役についているとは限らない。寧ろ顕職の外で野に埋もれていたり、卑職の身分で立身のために身悶えしていたりする者に、光るものを感じることが多いという。


 魔法使いという、権力の外側に位置する者にはそういう在野の才人と出会う機会が多く、顕職の中にある者はその事績から人物を推し量るしか判断材料がないため、そういう比較が出来てしまうのだろう。

 ともあれ、ラウルには新鮮な二人だった。

 どちらも商人、用心棒という言葉で片付く程度であったが、自分とこれまで一切関わりのなかった人種だから、話は面白かった。


 話の中で、また遺物の鑑定の話が出たが、ラウルは辞退した。

「どうしてもということなら仰せの通りにしますが、私の未熟な眼を先入主にして価値をお決めになられては困ります。よくよく心に置かれますよう」

 とまで硬い口調で言われては、座談の弾みに過ぎないからヤクワも引っ込めた。


「送りましょう」

 と、お開きになった時、シグが言った。

「いえ、酒も飲んではおりませんので、大丈夫です」

 席を立ち、玄関で灯りを借りた。門まで行ったところで、シグが身を寄せてきて、


「今日は楽しかった。ヤクワ殿もまた来られよと仰せられたし、あなたとは知り合いになっておきたい」

 ラウルとしても嬉しかったが、その後更に顔を寄せて、

「ただ、良からぬ輩とお付き合いされるのは止した方がよろしかろう。世に暗いあなたはお知恵で騙せたつもりでも、実は化かされていたということもあり得る」

 と、なにやら警告めいたことを言った。

 ラウルは神妙な顔で頷いた。心中、思うことがあった。

 そのまま宿に引き取り、寝台に横になる。暗い天井に、明日顔合わせをするであろう者たちの姿を、思いつくままに描いてみた。

 どれも、人相の悪いものだった。


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