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 滞りなく進んだ。念のためラウルの罠でリアンのメモ書きを検証しながら進み、僅か十二分で先日諦めた場所まで進んだ。

「進むだけなら順番に渡ればいいんだが、帰る時にはつい忘れることがある。そのための用心さ」

 と、リアンは言いながら持ってきていた長い板を渡した。

 そこから二、三の罠をこれまでの要領で無効化して、扉を開いた。


「これは・・・・・・」

 部屋だった。

 石造りの重たい部屋に壁掛けの松明がそれぞれ三つずつ設けられている。揺れる炎は室内に自然と出来てしまう影をも揺らして、少し不気味だった。

「あれかな」

 メイが扉を見つけた。手を掛けるが、開かない。


 この場合、開かないのなら開く条件を満たさないとなにをしても開かないのだ、この異空間では。全員が部屋の中を見回した。

 天井が高い。四メートルはある。ただ、人の身長程度の高さまでしか松明が設けられてないから薄ぼんやりと天井らしき石が見えるだけである。


 縦に長い直方体の内側を観察してみるがラウルにはなにも見つからない。シェラがあっと、指を差した。

「壁画だ」

 見上げたシェラの視線を追うと、松明より少し上に、確かにあった。

 三つある。

 一つ目は、大きな獣と戦っている勇者の絵。

 二つ目は、巨人と崖で相対している勇者の絵。

 そして三つ目は、ドラゴンと戦っている勇者の絵であった。


「でも、欠けてるね」

 メイの言う通り、壁画にはひし形に欠けた部分がある。全て勇者の頭上にあった。数は三つもあった。

「こいつを嵌めるみたいだな」

 リアンが屈んで、壁画のある壁の、床すれすれの部分に指を掛けている。

「手伝います」

 取り外せたのは、六つの石である。全てひし形にカットされ、表面に武器の形が刻まれたもので、リアンの言う通りはめ込むのだろう。


「正しいものを選ばないと、扉が開かない?」

「まあ、そうだろうな。問題は時間に制限があるか、間違いは何度まで許容されるか、しくじった時になにか起こるのか、だ。いちいちそれを確かめるのは無理だから、まあ慎重に考えて嵌めよう」

 全員頷いた。


「しかし、届きませんね」

「シェラ、悪いがメイを肩車してやってくれ。お前の上背にメイが手ぇ伸ばしゃさすがに届くだろ」

「ああ。どれを嵌めるかは任せる。私にはさっぱりだ。なにを表しているのかの見当もつかん」

「それ、判らないんじゃなくて判ろうとしてないだけでしょ」

 

ぼそり、とメイが言った。

「そうだなあ。壁画の勇者の頭にはそれぞれ武器が描かれてて、欠けた石も武器が描いてある。こうなりゃもう、この辺に伝わる勇者のものだろう。武芸百般って話だったしな」

「武具に愛される祝福、だったか。なるほど、ならその英雄譚に伝わる武器を嵌めていけばいいということか。まずどれを嵌める?」


 気の早いシェラはメイに歩み寄って肩車をしようとするが、止められた。

「確か、名前くらいしか伝わっていないのではありませんでしたか?」

「そういうこと。なにを倒したかまで判ってないし、況してやなにを使ったかなんて判るわけもない。試す前に、まあ考えてみるか」


 まず一つ目である。

 森を表すような木々の隙間から、横顔を出している怪物に、対峙している一人の男。一人と一体の間には焚火があって、煙が少し森に向かって吹かれている。頭上には剣の形が刻まれて、そのすぐ右が欠けている。

 怪物は猪に似ている。鼻が突き出し、その傍から四本も牙のような鋭いものが前に突き出て、男に向いている。


「剣と、このうちのどれかを使って戦ったということでしょうか」

 床に並べた六つの石は、それぞれ剣、槍、斧、弓、弩、石が描かれている。

「んじゃ、一個ずつ考えていこう。剣二本目ってのは、あると思うか?」

 一同を見回す。ラウルは首を振った。

「武具に関しての知識はありません。俺には難しい。専門外の者が口を出しても混乱するだけです。ここはお三方に」

「まあそう言うなよ。専門家の知識なんて、偏ってて融通が利かない。素人の意見を大事にしない奴は玄人とは呼ばねえ」


 だからシェラも、考えることを放棄することはやめろ、と言った。

「二本目を使ったとしたら、両手に持ったか一つ目が壊れて代わりに使ったか、ってとこじゃないの」

「んじゃ後者はないな」

「それじゃ前者もないよ。剣はなしね」

 話に加わることを強要したくせに、リアンとメイでさっさと決めてしまった。

 何故かと問いたくなったが、専門外に嘴を入れるのは円滑な話し合いに邪魔になる。自重しようと思ったが、シェラが先に口を開いた。


「はっきりと言い切る。なにかあるのか?」

「剣ってのはさ、そんなに効率的な武器じゃないんだ。腰にぶら下げといてなんだけどな。どっちかっていうと最後の武器、メインで使ってた武器が破損したか手から離れたかとかで、最後に手にする武器ってのが考え方として正しい。

 まあ、最近じゃ剣自体の有用性を見直して、剣だけで通じる戦い方も出来てきてるが、勇者の時代にはまだそれもなかったろう。この勇者が剣を抜いたっていうんなら、きっと最後の手段で、だ」


 武器とは攻撃力を相手より先に届かせるために存在している。

 当然、その殺傷距離は長い方がいい。槍は剣よりも長い。もしも敵が近づかない条件なら弓の方がいいが、これは近づかれた時の対処が出来なくなる。

 物を断つという行為に重点を置くなら、より重い斧の方がいい。剣はその汎用性こそ高いが、特化していないために中途半端で、役割としては携行した緊急用が最もふさわしい。


「あくまで推測だけどな、勇者は最後の手段で剣を抜いて、それでこの猪を倒した。だったらその最後の手段の剣を二本も持ち歩くことはないし、その前になにか武器を使った筈だ。それがなにかってことを考えるべきだな」

「そうすると、争点はこの猪を退治するために勇者が現れたのか、勇者の前に突然猪が現れたか、ですか」

 ラウルが言った。さすがに頭脳労働の巧者だけあって、要点を掴むのが上手い。


「そうなんだよなあ。けどそれが判らない。それ次第で随分変わるんだけどなあ」

 勇者が常時携行していた武器で戦ったのか、それとも対策を講じて戦ったのかでは大違いなのだ。

「まあ、仮に選べたとして、このでっかい猪相手にみんななに使う?」

 屈んで、武器の絵が刻まれた石を並べた。無論、この中のものに限る。

「俺はやはり弓でしょうか。こんな大きな生き物に近づくのは危ない」

 無難である。智者らしい選択だが、メイが首を振った。


「そりゃ複数居れば弓が一番いいだろうけど、こんな大きな猪が弓矢一人分くらいで怯むわけないし、射かけても突っ込んでこられたら却って危ないよ」

 弓は機敏でない。引き絞るためにはちゃんと両足で地面を噛んでいないといけないし、そうすると動くことは出来ない。


「そうすると、石も同じ理屈か。拾って投げる間に突っ込まれたらひとたまりもない。だったら私は槍かな。長さにもよるが」

 斧では体を接するまでに肉薄しなければ十分な攻撃力にはならないだろう。投げ斧なら別ではあるが。

「もしかしてだけど、この煙って燻して誘き出したんじゃないの?」

 石を見下ろして皆が考え込んでいると、メイが壁画に歩み寄った。


「ほら、この焚火。煙が森に向かって流れてる。もし不意の遭遇だったらさ、なにが居るかも判らない森に向かうような位置で焚火なんてしないでしょ。仮にも勇者なんだから」

 森に入り込んでしまったのならともかく、と加えた。

 確かにそうだろう。ならば、やはり勇者は猪を退治するために向かったのだ。


「投げ斧か槍かの二択だな。そのどっちかが傷を負わせたが使えなくなったってことで、剣を使ったってのが濃厚だろう。投げ斧にしちゃ柄が長いし、槍で決まりかな」

 メイがシェラに乗ってかち、と押し込んだ。石は窪みにぴったりと嵌まったが、メイと交代にリアンが指先を引っ掛けると意外に簡単に取れた。


「なにをしています?」

「いや、間違ったやつを嵌めた時に取り返しはきくのかと試したのさ」

 油断をしない男である。ラウルは内心で舌を巻いた。

「さて、次だな」

 巨人の絵である。描かれている武器は斧だった。


「実に勇ましい。自分の背丈は巨人の顔くらいがせいぜいという者に向かうのに、斧とは」

「でもこっちの斧は柄が長いよ。しかも右側に描いてある。仕留めたのはこれから答える武器で、だね」

 崖の先端に立って、巨人と目線を合わせている勇者の絵だ。

 一つ目の絵は右側に窪みがあったから、推測を前提にするとメイの言う通り左側の武器で倒したということになる。


「これは、簡単でしょうか。それとも引っ掛け?」

 ラウルが思わず首を捻ったのは、崖に立つ勇者の足元に岩やら石やらが転がっていることだった。残り五つの石には石の絵が描かれている。ややこしいので礫と呼称する。

「普通なら弓と矢を使うな。この巨人はどうやら一つ目だし、もし眼を射抜けたら手っ取り早い。ただ、この条件で果たして有効かどうか」


「どういう意味です?」

「体が大きいんだから、崖に立っている勇者を叩くくらいのことはするだろう。いちいちそれを避けながら弓を射かけるなんて、ちょっと現実的ではないのではないかと、ちょっと思っただけだ。見当外れだったら聞き流してくれ」

 自分より賢い者がこの場に複数居るのだ。わざわざ場を混乱させたり話を遅延させたりというのは本意ではない。シェラは遠慮するように言った。


「いや、当たってるぜ、多分な。ラウルの言う通り素直に考えていいんじゃないか? 巨人がこういう場所であちこち勇者を追いかけて叩きまわったら、そこいらに石も岩も散らばる。それを礫にして投げる。眼に当たって怯んだところ、岩を落とす、なんてこともあるだろう」


「用意した投げ斧をどう使ったかは、ちょっと絵だけじゃ判らないしね」

 メイが肩を竦め、続けた。

「勇者ってのは伊達じゃないみたいだね。対策して持ってきた武器だけじゃなくて、その場にあるものまで巧く使うなんて、簡単に出来ることじゃない」


「へえ、そういうもんかい?」

「現地調達、創意工夫、言う側はいつだって簡単に批評するけどね、扱える技術も扱う発想も、そうそう簡単に身に着くものじゃないよ。その場で思いついたものだけに有用性をどれだけ信じられるか、心の強さも必要になる。

 斧に拘らずにさっさと切り替えるなんて、相当思い切りがいいね」

 常人は意外と固執するものだ、とメイは言う。確かにそうかもしれない。


 初めてならともかく、この勇者は一つ目の猪を退治しているのだ。なまじその経験があるだけに拘泥せずにはいられない。それを振り切ったのは、驚くべき方向転換かもしれない。

「ま、全部推測だけどね。この答えが合ってるかどうかもまだ判らないし」

 なににしても、親しいもの以外には常に無関心なメイにそう言わせるのだからたいしたものだ、とラウルは思った。

 とにかくも石を嵌め、三つ目の問題に向き直った。


「今度はドラゴンですか。それにしても、猪以外はとても現実に生息していたとは思われない生き物ですね」

「まあ、勇者ってのはみんな神の時代の人間だからな。こういうやつらを相手にしてもらって、俺らは安穏と生きていられるんだから感謝感激だな」

「呑気に言う。その神の時代の生き物が生きていられる最後の場所が、迷宮だろう」

 場合によってはその勇者も顔負けの働きをしなければならなくなる。シェラの表情は険しかった。


「なるほど。他人事ではないわけですね。俺はまだ、この期に及んでも足りていないようだ」

「反省は後にしてくれる? 問題はこれでしょ」

 山の頂に立った勇者に相対するのは、腹の膨れた翼のある蜥蜴だった。伝承に語られるドラゴンの姿である。

「ドラゴン殺しの勇者は、確か・・・・・・」


「一番目、六番目、七番目だね」

 リアンが記憶を辿ろうとした時、メイが諳んじた。

「それは多い、のですか?」

「まあ多いんだろうな。他の勇者が退治したバケモノはでかいイカとかムカデ、犬とかもあったな。いろいろさ。なのにドラゴンだけは十人の英雄譚の中で三回も出てくる。詳しい逸話が残ってる六番目と七番目の叙事詩なんかじゃ、それは恐ろしいもんさ」


 曰く、吼えれば山が震えて火を噴き、爪は岩をも裂いて、翼は自在に天を翔けるという。

「本当にそんな生き物が居るなら、正に天災級ですね」

「それを、神の祝福があったとはいえ生身で倒したんだ。勇者ってのは天災をも超える人の究極形、とでも言えばいいのかね。こんなもんにどんな武器を使ったって通じそうにないがね」

 剣が、左側に描かれている。ならば、この勇者は剣を以て、その天災を超えたのか。

「よう、なにを使う?」

 周囲を顧みるが、到底なにも思いつかない。


 当然だろう。ドラゴンの凄まじさを伝承で聞き知ってはいても、それを現実に打倒することなど考えたこともない。況してや、どの武器が有効かなど想像もしたことはない。

 そもそも、これまでに考えてきた武器の有用性など果たして意味があるのか。

「石は使えるか?」


「巨人の時とは違うからなあ。でかいって言っても人体だ。神経の集中した柔らかい部分は変わらないからそこを狙えばいいが、こっちは全身鱗で覆われた怪物だ。投石器でもなけりゃいまいち効きそうにないがね」

「でも剣は通ってる」

「そりゃ例えば腹なんかが柔らかいから刃物が通ったとしてもだ。そんなところさあ狙いなさいってな具合に見せてくれるとは限らねえよ。見た通り、こいつは地面に這いつくばってるしさ、なんとかしてひっくり返さにゃいかんわけだ。空も飛べる蜥蜴相手に」


 判りようがない。叙事詩に語られるべき勇者の逸話は、長い年月で失われてしまってほとんど名前しか伝わっていないのだ。壁画だけで推測出来ることなどたかが知れている。

 が、選択肢は限られている。

 既に槍と石は使っている。残るは剣、斧、弓、弩である。争点は二本目の剣を使ったか否かである。


「どう思う? 一体目と同じに考えるべきか?」

「ここまで来ると俺はお手上げです。現実の中でどのような発見と技術で人々を豊かにするか、そればかりを考えてきた人間には、とても想像の及ぶ範囲ではない」

「あたしも同じ。こんな怪物相手なんて、考えるのもバカらしい」


「しかしメイ。この迷宮に同じような怪物が居ないという保証もないのです。降参した俺が言うことではないですが、異能を身に着けたあなたには無関係ではないのでは?」

「異能なんて身に着けた覚えはないけど、そんな怪物が居るんなら逃げればいい。少なくともあたしらの手に負えるものじゃないんだから、事情はともかく撤退しかないよ」

 命があれば次の機会がある、とメイは言った。

 そういえば、リアンも言っていた。このパーティーは踏破を目的とするのではなく生存こそ最上の判断に置くのだと。


「なるほど、道理です」

「賢いにしては物分かりがいいよね、あんた。そういうところが初めは不気味だった」

「今は?」

「世間知らずの真面目な、賢いのになんか馬鹿で、まあ嫌いじゃないよ」

「それはよかった。馬鹿という部分を治すことが俺の今後の命題になりそうですね。あなただけでなくルーシェにまで言われたということは、どうやら気がついていないだけの重大な欠陥らしい」


「・・・・・・そういうところなんだけどね。一生気づかないかもね」

 話が完全に逸れてしまっている。

 が、リアンはそれを止めない。どころか楽しそうに見守っている。目的の判らなかった男がその事情を打ち明けたことで、メイはその警戒心を随分和らげて、ラウルの世間知らずの生真面目さが愛嬌になって、打ち解けたようだ。それが、子を見る親の気持ちで嬉しくなった。


ラウルとメイは壁画についてこれ以上の思案は止めたらしい。無責任ではあるが、リアンにもその気持ちは判った。ため息を吐いて壁画を見上げると、シェラが言った。

「私にも判らないが、やはり剣を二本はないと思う。確かに槍は目標物の危険性が自分に届くよりも先に攻撃力が伝わらないと意味がないから、この中では猪くらいにしか効果はないし、石は言う通りに投石器でもないと無意味だろう。かといって硬い鱗を持つドラゴンを相手に二本剣を用意してもなにか意味があるとは思えない」


「となると、後は斧か弓か弩か。まあ確かにドラゴンにだって眼はあるし口なんか開けたら巨人が口を開けるよりも的は大きそうだし、矢は有効そうだなあ。でも装填速度を考えたら弩はなさそうだな。斧なら、まあ背中にしがみついて翼を断ち切るくらいには使えそうだよなあ」

 対象物を固定して、重量と力で断ち切るには斧が最も適している。リアンが言うように、機会を捕らえさえすれば巨人の太さではないのだから鱗があっても有効そうではある。


「こりゃ無理だな。一つに絞るのは。シェラ、肩貸してくれ」

「どうする?」

「二つともやってみる。多分どっちかが当たりだろう。もう一方でダメなら片方を嵌める」

 危険性は高い。そもそも間違えた石をはめ込んだ場合、なにが起きるのか判らない。一つ目は外せたが、あれは残りの二つが空いていたからということもあり得る。三つをはめ込んだ状態ではもう外せない可能性もある。

 かといって時間制限も判らない。このまま出口のない思考を繰り返していてむざむざ機会を棒に振るのが最もまずい。


 念のため入口にメイを配置して、そこから少し離してラウルを置く。こうすればもしなにか罠が作動しても入口さえ開けば順に引っ張れる。最悪の場合、この判断を下したリアンは見捨てても三人の生存は可能だろう。

「ほい、と」

 屈んだシェラの肩に乗ったリアンが背筋を伸ばして、状況にはあまりに似つかわしくない軽い調子で石をはめ込んだ。

 変化はすぐに来た。


「うおっ!」

 部屋が揺れた。

 しかし地震の類ではない。完全な縦揺れだったからだ。

 外した、と直感したリアンが指を伸ばして石を抜き取る。三つ目をはめ込んだからといって固定されるという最悪の事態はなかったようだ。

「リアン、天井が!」

 ラウルが叫んだ。天井の埃が降ってくる。地響きは酷くなる。石と石の擦れる不快な音も大きくなる。天井が下がってきていた。

 壁画は人の身長よりも高い。当然天井が下がってきた場合、取り返しがつかなくなるのは人が潰れるよりも早い。


 リアンはもう片方の手にもう一つの選択肢である斧の石を握り込んでいる。それをはめようと腕を上げようとした時、バランスを崩した。

「くっ!」

 無理もなかった。揺れがひどいのだから立つだけで至難。更に人の上に乗っていてバランスなど保てるわけがない。

 落ちた。背中からだったから転落死は免れた。が、握り込んでいた石と外した石が床に散った。

「あっ!」

 なにか考えてのことではない。咄嗟にラウルが石を拾った。


「投げろ!」

 シェラが叫んだ。同時に、

「ラウル、そのまま!」

 メイも叫んでいた。瞬間、屈んだラウルの背中を蹴った者があった。

 この時のことを、後になって思い返した時、ラウルは不思議だった。何故自分は、そういう行動を取ったのか。少なくとも論理的思考に裏付けされた行為ではなかったように思う。

 魔法使いとしては、適正に欠ける判断だったのかもしれない。もしもこの時、渾身が魔法使いの適正に溢れた、という者なら当初の予定通り撤退を選択した筈で、そのための予備動作に向かう筈だった。


 が、ラウルは拾った石を斜めに投げた。

 声のしたシェラの方。しかしその頭上へ。

 かち、とはめ込んだ音がしたような気がした。無論気のせいだろう。未だ揺れの続く石室で、そんな小さな音が届く筈がない。

 リアンが転落したのを見るなり走り出したメイが、屈んだラウルの背中を蹴って跳びあがり、投げられた石を指で押してそのままはめ込んだ。

 奇跡のような連携だった。あと一万回試したとしても、きっと同じようにはいくまい。


「開いた! 走れ!」

 状況把握はシェラが最も早かった。

 出口の扉が独りでに開いた。しかし、天井はまだ下がっている。転落した激痛で動けないリアンの脚を引っ掴んで、その膂力で引き摺りながら走った。


「メイ!」 

 ラウルは壁に向かって走って、落ちてくるメイを受け止めようと両手を広げた。いくらメイでも、こんな揺れの激しい石室でちゃんと着地は出来ないだろうという判断だった。

 だが、


「ちょっ、邪魔!」

 メイは最初から真っ当に両足で降りるつもりなどなかった。受け身を取って転がり、落下の衝撃を殺せば、体勢を整えればすぐにも走れる。なまじ両足で着地するよりも次の行動が早い。

 しかし、ラウルが真下に現れた。慌てて体勢を変えたようとしたが、この程度の高さの落下には人の思考も判断も遅すぎる。

 ほとんど激突するようにラウルがメイを受け止めた。


「ぐふっ」

 息が詰まった。が、着地したメイがラウルの腕を掴むのが早い。転びそうになるラウルを引っ張って、なんとか出口へ辿り着いた。

「よしっ!」

 出口の先で、シェラが手を伸ばした。メイは身を屈めてシェラの腕の下を過ぎる。同時にラウルの手を離した。急に牽引力を失ったラウルが転びそうになるその腕を、シェラが掴んで引き寄せる。

 軽々と引き寄せられて、全員が出口を潜った。

 その数秒後、石室の天井が床に接した。

「失敗は、多分一回までなんだろうなあ」

 リアンが、腰を打ったのかさすりながら言った。


「天井の降りる速度から考えてですか?」

「そうそう。まあメモっとこう。多分あそこも一階の途中と一緒で一旦出るとまたやり直しになるんだろうし」

 紙束を出して書き込み始めたリアンから視線を外すと、メイがもう進んでいた。

 先は、階段である。出口と同じ広さで階段が続き、鉄の格子扉が隙間から光を漏らしていた。

「開ける?」

 メイが振り返る。リアンが紙束を仕舞って立ち上がって、全員の顔を見回す。

 一階の踏破完了である。そしていよいよ、脱落者の出た二層目に挑む。


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