23
翌朝出発。無論、ラウルの睡眠時間は多く見積もっても三時間程度。体が重かった。
「なにかあった?」
道中、顔色の冴えないラウルをメイが心配した。
珍しいこともある。この娘とは加入以来、対立こそしなかったがリアンやシェラに比べれば非常によそよそしく、気軽に口を利いていない。
「いえ、実は昨日・・・・・・」
と、口に出しそうになって慌てて飲み込んだ。いくらなんでも男女の秘事を本人の居ないところで話すなどは、品がない。が、メイはもう察した。
「あれ、ね。シェラはちょっと声大きいからね」
同情するような視線を寄越した。
メイはなんともないのかと聞くと、メイの部屋はラウルの向かいだから聞こえなかったという。
「あの二人の隣に部屋を取るとそうなるから、離して泊まることにしてる」
三日に一度はそういうことをするのだ、と呆れながら言った。
「ああ、なるほど」
二人は余程親密なのだ、と思うと不思議なほど納得した。
「それでは子ができてもおかしくないのに、よくこんな世過ぎをしていますね」
「随分な飛躍だね」
メイは少し驚いた様子で振り返った。
ラウルに言わせれば、人と人が惹かれ合うのは生殖欲求と自分にどう都合がいいか、という二点に絞られるという。
都合がいい、という言葉は少し乱暴だが、自分にないものを埋め、或いは自分のなにかを呼び覚まし、もしくは自分を安らげる、というようなことを指す。要は自分の人生の足りないものを埋める役割である。そこに、次代に命を繋げる生物の根幹的欲求が混ざる。
人間の異性への好意などそんな程度のものに過ぎない、という。だから、そういう行為をするならばリアンはシェラに、シェラはリアンに足りないものを見つけ、子を為すために性交に及ぶのだ。子ができて身重になれば冒険者は難しいだろう。
「まあ、あたしには判らないけど」
と、今までなら理解不能で相手にもしなかっただろうに、メイはわざわざそう言った。
「みんながみんな、同じ考え方じゃないだろうに」
言われて、ラウルは目が覚めた思いがした。
「なるほど、それはそうでした。聞くところによると男女の密か事には大変な快楽がつきまとうという。それを求めて憎からない身内と行為に及ぶのもあり得ますね」
「もうそういうことについて喋るな。次は蹴るよ」
物言いが明け透けで聞いているこっちが恥ずかしくなる、と微妙な表情だった。
それからも、意外なことにメイから話を振ることも多く、三日の道中が行きとは違ってひどく賑やかで、楽しいものになった。
更に行きとは違ったこともあった。
リーマから東へ延びる街道の途中を外れて魔法協会へ至るのだが、その街道の途上で、三人の強盗と出遭った。
彼らもこの街道を通ってどこかへ行く途中らしいが、優男と子供の二人と侮ったのか、急に立ち塞がって刃物を抜いた。
ラウルは立ち止まった。行きでよくこの手の連中に遭わなかったものだと思いながら、メイをちらりと見た。ラウルには三人もの凶漢を打ち払う術はない。
が、メイはあっけらかんとしたもので、歩みを止めもしない。少し歩調を緩めただけで近づいて、そのことに強盗がなにかを言う前に、事は終わっていた。
てるてる坊主のように傘状に覆う外套の隙間から両手がひゅっと風を切って動き、メイが男二人の隙間を通り抜けた時には、手首の筋を切られて二人ともうずくまっていた。
残った一人の足を踏んで、
「邪魔」
と、一言。まるで魔性のような業に恐れて、脇へ飛び退いた。
「行こ」
ラウルを促して歩き出す。
異能のような鮮やかさだが、それよりも気にかかる。
「捨て置いてよいものでしょうか。待ち伏せなどされるかもしれませんよ」
「二人殺しておいた。あと一人はビビッてそれどころじゃないよ」
事も無げに言った。慌てて振り返ったが、手首を切られた二人は傷口を押さえながらも立ち上がって、不思議そうにこちらを見ていた。
「殺した、とは?」
「死ぬかどうかは知らないけどね。まあ追っかけるどころじゃないよ」
メイが言うには、抜いた刃に毒が塗ってあって、それを血の管に乗せれば後はそれが命を奪ってくれる。今回使用したのは致死性の毒ではなく、全身を麻痺させたり倦怠させたりする性質のものだが、近くの村まで二日は掛かる。
手当のしようもなく、自然治癒するには四日は必要で、その間どうやって命を繋ぐのか。
敵としては恐ろしいが護衛としてはこれ以上なく頼もしい。
結果からみると、メイの力が必要になったのはその強盗の一件だけで、無事に魔法協会へ辿り着いた。
「では行きましょう」
「あたしは待ってる」
メイは街道から外れたあぜ道で立ち止まった。
警戒心の強いメイからすれば、自分たちの活動拠点さえも秘匿にしたがる連中と会うのは危険でしかない。最悪、口封じに軟禁されることもあり得る。
しかし、ラウルは言った。
「不特定多数に知られることを嫌がるだけです。客人に無礼はしませんよ」
こんなところに置いていけない、と言うとメイは渋々ながらついてきた。
そこからは、メイの予想は完全に裏切られた。
ラウルが戻ると、完全に部外者のメイの目から見ても滑稽なほどの慌てぶりで、しかしそれらは全て喜びの感情から来ていることが窺えた。
気の早い同輩などは手を握って、
「よくぞ・・・・・・!」
と、涙ぐんでいた。メイはラウルに抱き着いてくる女性を期待したが、ルーシェらしい者は結局現れなかった。
「話をつけてきます。きっと上手くいきます」
メイは客人として遇され、浅い階層の個室を与えられたが、決して一人にはならなかった。というのも、ひっきりなしに協会員が訪ねては連れ出すからだ。
「外はどう?」
と、こもりきりの生活で、外界の様子を肌で知る者に飢えているから根掘り葉掘りと聞きたがる者。
「これ食べる?」
猫におやつをあげる感覚で連れ回す者もあった。
「慎め。客人だぞ」
見かねた師匠連中から叱られるほどの騒ぎになった。
滞在は一日。ラウルの交渉は円滑に進み、換金可能な品を数点と現金を携えて魔法協会を出た。
「なんか、意外だった」
好奇心が強く、しかも無邪気に自分に群がる姿は、イメージしていた魔法使い像とは随分違っていた、と言った。
だが、それよりもルーシェが最後まで現れなかったことの方が気になった。
「ああ、彼女は忙しいですから。どうやら不在だったようです」
(こいつは・・・・・・)
と、メイは失望と共にラウルに落胆した。
自分とルーシェのニアミスが、どれだけの不幸なのかが判っていないのか。今回の金の交渉などよりも余程大切なことを気にもかけていないのが腹立たしかった。
帰り道は何事もない。元々人通りの盛んな街道ではないのだ。リーマに戻ると、シェラが待ちかねていた。
「どうだった?」
「いま、向かいます」
金を得ただけでは意味がない。これをヤクワに渡して初めて交渉成立になる。
「これはこれは」
と、ヤクワは目を丸くした。約束の手付金よりも多かったのである。
それを無造作に渡そうとしたから却ってヤクワの方が慌てた。が、構わずにラウルは押しやった。
「横道を通した詫びです」
これは魔法協会の老人たちの言い分である。が、無論本音ではない。要するに心証を買いたいのである。こちらが窮していると判ると商人は図に乗るものだ。大度を示しておくと威に打たれたように大人しくなる。
思惑は当たって、ヤクワは遺物の占有権を譲渡する約束を交わし、約束の証文として書類を作った。その書類を魔法協会に届けなければいけないが、少し悩んだ。
(別に日に追われているわけではないが、こう遅延しては迷惑だろう)
リアンたちのことである。今回、徹頭徹尾ラウルの都合で日程を延ばしてもらっている。遅延すればそれだけ滞在費が増える。もう夜更けに近かったが、ヤクワの屋敷を辞して宿に引き取ってそのことを話した。
「まあ、確かにな」
リアンは言った。迷惑には違いないが、だからといって今更どうにもならない。すると、メイが言った。
「二日で戻る。明日出るよ。道はもう覚えた」
ラウルは驚いた。往復で六日掛かった道中ではないか。
「無茶です。他に道らしいものもないのに」
「通った道を通ったように行くだけよ。別に外れはしない」
判らない。何故それで、四日もの道中を短縮できるのか。
「走るだけさ。まあ任せておけばいい」
リアンが言った。
が、恐ろしいことに結局その通りになった。言い出したその日、いつもより早く自室に引き取って休んだメイは、翌朝陽が昇らぬうちに出発し、翌々日の日暮れ前に戻ってきた。
「いったい、どういう魔法です」
「魔法使いにそう聞かれたら、体力自慢ですとしか言いようがないね」
にや、とメイは笑った。
外套の旅塵から察するに、どうやら本当らしい。本当にあの道のりを駆け抜けたとしたらその脚の速さも体力も、ラウルなど想像もつかない。
「さ、問題は解決したようだし、今度はこっちを解決しよう」
と、戻ったばかりのメイを卓につけるなり、リアンは紙束をテーブルいっぱいに広げた。
「なんです?」
「お前らが出かけてから、俺たちも遊んでいたわけじゃない。シェラと二人で迷宮を諦めた二組に話を聞きに行ってたんだ。肝心なところは、あんまり教えちゃくれなかったがね」
そうだろう。彼らに教える実際上の必要性はない。感情としても、自分たちの諦めたものを自分たちの情報を基に踏破されるのは面白くない。金を払って聞き出せたものの、肝心要といった部分は巧みにぼかされた。
「だが、負傷者を出した組は二階の魔物の多いところで、三階で諦めた組はまた別の理由で諦めたことが判った」
リアンは三階の方を重視しているらしい。しかし聞き出せたことは簡潔だった。
「あれは手に余る。斬っても死なないから諦めた」
しかもそれが多い、という。それがどういうものでどれほどあって、などの細かな情報はくれなかった。しかし、この情報のあるとないは大きかろう。
「単純に斬った叩いた、じゃ暖簾に腕押し、糠に釘、という感じだったらしい。いろいろ推測はつくが、ここではやめておこう。先入観を持つのはあんまりよくないからな。二層目はとにかく武器を持った魔物が多かったそうだ。なあ、シェラ?」
「ああ。多くは半獣人だったそうだ。気になるものもあったが」
「まあ厄介なタイプだ。ただ対処法がないわけじゃない。こればっかりは対策らしいものはないから、各々で頑張るしかない」
具体的な対処法の確立こそされていないが、傾向を知っているとそうでないとでは心構えが違ってくる。結局三層目はまず偵察を重視する方針が固まった。
「じゃ、明日だ。久しぶりな気もする。全員、気持ちを作っておけよ」
とにかく一層目を突破しなければならない。
八割はもう終わっている。話を聞くにあの時見えた扉の先でなにかしらを終えると一層目は終わるとリアンとシェラが情報を得てくれている。
「メイ、疲れてはいないのですか?」
「これでも余裕を持って走ったからね。それより、問題はあんたでしょう。ちゃんとやれる?」
懸念はこの二つだけだろう。ラウルは頷いた。
「緊張はしていますが気負ってはいません。きっと大丈夫です」
疑うかと思ったが、思いの外メイは素直に頷いて、じゃ、と肩を叩いた。
「仲良くなったのだな。よかった」
シェラが言った。そんな実感はないが、メイの態度に刺々しさがなくなっているのは確かだ。ラウルには判らない気持ちの変化があったのだろう。不思議ではあったが喜ばしい。
不安材料が消えていくことに頼もしさを覚えて、その日、ラウルは自分でも驚くほどぐっすりと眠った。
そして翌朝、再挑戦である。




