22
夜。ラウルは寝床の中で何度も寝返りを打ったが、寝付けない。
(珍しい)
あまり経験のないことだった。魔法協会に居た頃は、眠れなければ眠れないままに思考を繰り返し、疲れれば勝手に眠った。もっとも、そんなことすら稀だったが。
(ルーシェ、か。懐かしい名前だ)
もう自分の人生に関わりのない名前を、昼に思い出した所為かもしれない、などとらしくないことを考えた。
不意に、隣室で音がした。
(まだ起きているのか)
隣はシェラである。別れてそれぞれ寝床に引き取ってから随分経つ筈だが、まだ眠っていないのだろうか。
思えば、急なことだった。
「明日からは順番を待つことがなくなります」
わざわざ宿に報せてくれた受付嬢はぺこりと頭を下げて帰っていった。まさか、他の二組が断念するとは、意外だった。
「よくあることですか?」
「なくはない。が、完全に断念するというのは珍しいな。欠員が出来たり不都合があったり、そういう時は順番を回してもらって、機が出来ればいつでも挑戦出来るように保留するのが普通だ。それも回数に制限はあるが。余程、回復や解決が困難になったんだろう」
シェラが教えてくれた。
全員が、これからの挑戦に不安を覚えずにはいられなかった。和やかな雰囲気も吹き飛んで重苦しい沈黙があったが、すぐにリアンがラウルの腕を掴んだ。
「チャンスだぜ」
引き摺られるようにして、辿り着いたのはヤクワの屋敷だった。
リアンが言うには、自分たちだけが挑戦者になった以上、交渉で報酬は上乗せの余地がある。それらを全て放棄する代わりに、研究占有権を魔法協会に委託することを交渉すれば、一気に事態は好転するという。
(まったく次から次へと)
ラウルは自分でも嫌になるほど、リアンに感心した。
が、リアンにすれば別に奇策でも妙案でもなかった。冒険者の間では挑戦者が減った場合の報酬上乗せの交渉など常識で、それを放棄することも既に決まっている。あとは穏便か強引しかないが、誰でも前者を選びたい。その機が来たというだけだ。
ヤクワは来訪を歓迎してくれた。が、その笑顔も徐々に強張っていった。
「つきましては、我々の報酬をお返しする代わりに、魔法協会へ研究占有権を渡して欲しいのです」
迷宮から発掘されるものの所有権は、土地の所有者にある。そのことは既に触れた。しかし当たり前のことだが、遺物は遺物のままでは骨董品に過ぎない。そのため遺物の価値を鑑定し、それが研究に値するものなら所有権を売る機関が必要になる。
多くは神への信仰と研究を担当する神学会か、魔法という技術を扱う魔法協会になる。近年、魔法協会は出資金の不足によって金の払いが悪い。引き換え神学会は祈りを捧げ、教会を保護する信者たちの寄付金で潤沢な金を持ち、払いもいい。
神学会は遺物を研究するというよりも保護するという観点が強いため、遺物を分解するなどという研究よりも、碑文の解読や解釈、それらの保存が特徴である。
魔法協会はそれとは逆に、遺物を時には原型を留めぬまでに分解し、研究し尽くす。遺物を遺産と見るならばこれ以上の大罪はない。そういうことで、神学会と魔法協会は仲が悪く、遺物の研究権を争うという観点以上に対立の姿勢が強い。
が、土地の所有者にそんなことは関係ない。より高い値で買ってもらう方を優先するまでだ。
(その点、やはり神学会だ)
と、思っている。そう思えばこそこれまでに出土した遺物の鑑定を神学会に願ったのだ。それらの価値は悉く期待とは相違したが、しかし今度発掘される遺物に価値があれば、高値で買い取らせる約束を既に交わしている。
魔法協会云々は完全に横車で、しかも金払いが悪いとなれば一顧だに値しない。
「お帰りください」
ヤクワは話を聞き終わるなりそう言って座を立ちかけた。が、ここまでくればラウルも必死である。袖を掴む勢いで引き留めた。
「それでは我々も困ります」
困る、というのは挑戦する必要性のことだ。
迷宮探索は命を懸ける。当然、それに見合う報酬を用意しなければ人は集まらない。如何に長者といえど、こんな田舎では払える報酬にも限度がある。更に、都会なら迷宮を踏破したという名誉で大きな家などに召し抱えられることも考えられるが、田舎ではそれも薄い。
そのため、名誉分を金殻で上乗せする必要がある。それでも、この迷宮に挑むのは三組しか集まらなかったのだ。
その報酬は勿論ヤクワの懐から出ていく。その分をなしにするというのは破格の条件の筈である。
「困る以上、引き上げることも考えなくてはなりません」
迷宮は突然現れる。中には突然消えるものもある。その法則性は定かでないが、長期間誰も侵入しなくなると消えるパターンが多いようだ。
残ったリアンたちの一組が挑戦を断念すれば、次はいつ冒険者が挑戦するか判らない。その間に迷宮が消えれば、残ったのは出費だけになる。更に、絶えてしまった挑戦者を呼び込むにはまた金を吐き出さねばならないだろう。
ヤクワは商才を以て家を維持している。その辺りの利と損には敏い。
腰をもう一度下ろしたが、なお煮え切らない。
「払えますか?」
問題は金なのである。この若い魔法使いがいくら道理を説こうと、金が生まれないのであれば全て無意味。実行力のない言葉は鬱陶しいだけだ。
ラウルにも、勿論そんなことを保証することは出来ない。しかし、ここで正直なことを言えば遂に機会は永遠に失われるだろう。
呼吸を止めて、言った。
「私の、命に代えても」
さすがに目が血走った。が、ヤクワにはラウルの命などどうでもいい。
「貴方の命を貰っても・・・・・・」
素直にこぼしてしまった。命を約しても、などと気概の満ちた男に対してなんとも礼を欠いているとヤクワ自身も思ったが、商人としてはやはり実利を約束されないと動きたくはない。
「魔法使いの命は、失礼ながら他の方の命とは違います」
ラウルは言った。
魔法使いの命を失わしめるということは、その先に得られるかもしれない可能性と結果のすべてを擲つということだと。それは未来への否定だと。
「説きます。なんとしても。そして払わせます。なにに代えても」
それほどに重い魔法使いの、何人かの命と引き換えにしてでも、と。そのためには真っ先に自分が死なねばならない。
むう、とヤクワは考えた。
自分で自分の命の重さを説く輩など信用には値しない。が、このラウルという男の性格はなんとなく判っている。信じさせる人柄であることも否定しない。
が、この場にない金の話をされても、やはり動くほどではない。
「こうしたらどうだ?」
と、煮詰まってしまった交渉の、空気を入れ替えるようにリアンが言った。
「前金を用意させて、挑戦の成功失敗に関わらず、それを納めさせたら、最悪の場合でも損にはならない。まあ担保金だな。それが届いてからまた考えてもらえばいいんじゃないか?」
なるほど、とヤクワは頷いた。
「当然、所有権を譲渡する際の金は、また別に頂けるんでしょうな?」
「念には及ばない、だろ、ラウル?」
「え? ・・・・・・ええ、勿論です」
ならば、とヤクワは承知した。
二人は屋敷を辞去して、宿で待っているシェラとメイにその旨を告げた。
「そうなると、魔法協会に戻って交渉する必要があるわけか」
「そうなる。部外者の俺らが行ってもしょうがないが、まあ道中の安全もある。メイ、ラウルの護衛を頼む。俺とシェラは残る」
その間に出来ることがある、と言った。
そういうわけで、今日は早めに休んで、明日魔法協会に向けて出発する。なににつけても早い方がいい。ゆっくり寝ておかねばならないのだが、やはりラウルは寝付けない。
自然と隣室の物音に意識が向いて、声らしきものまで聞こえてきた。
(・・・・・・? リアン?)
なにを話しているのかまでは聞こえないが、リアンがシェラを訪ねているようだった。
程なく、物音が聞こえてきた。
(あ、これは・・・・・・)
と、ラウルは一人寝床で赤くなった。
待つこともなく聞こえてきたシェラの息遣い、粗末な木製ベッドの軋む音。その方面に疎いラウルにさえ、まざまざと情景を想像させる音の数々が隣室から聞こえてくる。
(シェラが・・・・・・)
なにやら、喪失感のようなものがある。
ラウルはシェラに惹かれ始めていたことをこの時になってようやく知ったが、しかしそれらが打ち砕かれるのも同時だった。
(まさか他人のものに手を出すわけにもいかない)
それに、シェラとはリアンの方が付き合いも長いのだ。強引にリアンが押し倒した(シェラの性格と体格を考えればあり得ないだろうが)のでなければ、二人は何度かこういうことをしてきたのかもしれない。
(寝られるだろうか・・・・・・)
耳を澄ませていなければ、隣室の生々しい音は気にするほどでもない。が、一度意識してしまうと否が応でも聞こえてくる。
結局、二人の行為が終わるまで、ラウルは寝付けなかった。




