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地中深くを掘削して建築された魔法協会の成立に、どれほどの労力や金が動いたのかは、最早想像するのも難しい。
魔法ではなかった。間違いなく人力で掘削も建築も行われ、気の遠くなる時間の果てに設立を見た。
当然、魔法協会だけの出資ではない。彼らは産業を持たない。通貨を以て取引するに足るものを持たない彼らは、協会員を派遣して研究や技術を提供、伝播することで収入を得ている。が、それでも足りないため、出資者を必要とした。
私設機関であることは極々稀で、国家を始めとする公的機関が主だった。その援助が、最近は芳しくない。
「なるほど、魔法使いになど払う金はないということですか」
発表を終え、控室で資料をまとめていたラウラが嘆息する。
「時代だよ。今は開拓の時代だ」
すっかり禿げ上がった頭に似つかわしくないほどに蓄えた髭が、弟子と同じく嘆息した際に揺れている。
「どこも、今は迷宮を開拓することに躍起になっている。協会員は術理と現実に成熟した儂のような老人しか派遣せんだろう? 老人の体力では、迷宮の踏破は望めんし、仮に踏破しても迷宮の奥の遺物を総取りするのは目に見えている。だからだよ」
「規定というものがあるでしょう」
「印象だよ、要はね。衆人は魔法使いと便利に持てはやすものだが、自分たちには出来ぬことをやる怪しい連中でもある。当てにもするが恐れもしている。怖いのさ」
ラウルには判らない。
富家に生まれ、頭の巡りが良かったためにカウラー魔法協会員となったラウルには、まだ世の目など実感として判る筈もなかった。
師は、そのラウルの若さをからかった。
「時代は変わっていくものだ。研究と開発を無邪気に喜んでいた時代は、もうじき去ろうとしている。今は机の上で理論を組み立てる者より、盲でも唖でも、働く者が重宝されるということだ」
「それでは、我々は必要なくなるということですか」
秀才であってもまだ若い。老人のからかいに無邪気に乗ってきた。
「変わると言ったろう。開拓も一息つけばまた戻る。要するに、魔法は人を豊かにする技術だ。それらの研究は、風雲も風潮も一段落が着いた時に躍進するものだ。落ち着くのを待てば、また以前のようにもなる」
「その前に、金がなくなるのでしょう?」
そこだ、と師は老人らしく憂鬱そうなため息を吐いた。
「揉めている。叡智だ発明だと燥いでも、金がないのではそれも難しい。存続こそ心配は要るまいが、若い協会員を養うにはちと足りなくなるかもしれん」
苦悩を示すように額に指を当て、困った、と首を振った。
「石や木を売ればどうです」
魔法協会の敷地には、それぞれの魔法使いが研究を実践するために山も湖もある。研究用の資材の確保のために採掘場まで持っているのだ。
それを加工して売れば、少しは足しになるのではないか。
「魔法使い以外に、石灰と生石灰の区別がつくやつはおらんよ。親切に加工して届けてやっても、賢ぶった馬鹿が使い方を間違えて難儀があれば、しわ寄せはこっちに来る。金を目当てに下手なことは出来んよ」
なるほど、この辺りは智者らしい躊躇いであった。いろいろな可能性を考慮する頭があるために却って囚われ、行動に移すことが出来ない。
ラウルは呆れたように嘆息した。
「結局妙案はないわけですか。世のため人のためと、日夜頭を酷使している割りに、自分たちを救うための本当の知恵というものは身に着いていないのだから、呆れますね」
「まったくだ。こんなだから口の悪い連中に学士と侮られる」
はは、と老人は笑った。
この師は智者に珍しく楽観主義者で、困ったことはあっても落ち込んだところは見たことがない。
九つの頃からラウルはこの師に従事してきたから、祖父のように親しんできており、この老人の、魔法協会にあっては異色とも呼べる明るさに何度も救われている。
「魔法の使い方は無理でも、道具の使い方くらいは説いて回れるでしょう。何人か遊説にでもやって、それを収益にしますか」
「名案だな。あとは、自分の研究を止めてまでそんな旅行に出てくれる奇特な魔法使いを募集するだけだ」
老人が笑う。そんな酔狂は居まい。
なんとなくこの話はそんな座談になって終わった。が、事態は意外な方向に転がり、それがラウルを見舞う羽目になるとは、勿論この二人は予想していなかった。