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簡単にだが、話が終わった。
ラウルはじっとシェラを見つめていたが、やがて頷いた。
「なるほど、人とはそうやって一緒になるものですか」
「特殊だと思うが。あれは自分でも言うように軽率だし、人に対して好悪があるかないか判らん。気に入れば簡単に誘うくせに、別れるとなったらあっさりしている。付き合いは浅いが、今まで二人が加わって別れた。君は三人目だ。人と人の出会いも繋がりも、また、別れも、いろいろあるものさ」
一例に過ぎない、と加えた。
そうだろう。ラウルにも判るような気がするが、地下の閉鎖空間で字と経験だけを追っていると知らないことだ。
「さあ、話し込んでしまった。そろそろ休もう。明日は私たちで働くことになる。疲れを残すときついぞ」
ラウルは隣室である。促される通りに引き取って休んだ。
寝台に横になってはみたが、寝付けない。シュラという女の存在が、自分の中で判らなくなってきた。
(好い人だ)
ラウルは、恋というものをしたことがない。いや、愛という感情すら判りかねている。ちょっと信じられないほどだが、ラウルは女を求めたことがない。生殖の欲求すら研究の対象に選びかけたことがある。
結局ルーシェの助言があってそのことは諦めたが、自分の性的な欲求に関して冷ややかに見る第三者視点がラウルの中にあって、それを、
「俺に、果たして種を植えるだけの価値があるかどうか」
などと査定したりする。
ラウルに言わせれば、性的欲求は命が次代に繋がっていく行動の一つに過ぎない。当然だが、母体は数が限られているし生める子の数にも限界がある。自分が他人の種を押しのけてまで植え付けるだけの遺伝子(この場合は先天的素養という面が大きい)を持っているかという疑問が先に立つ。
(ない)
いつも断言するのである。もしあると自分に期待する気持ちがあれば、ラウルはこんな役目を負って魔法協会を出ていない。
(だから俺が女を求めるのはまったく、無意味なのだ)
恐るべき若者であった。もしもこの心の内をシェラやメイが打ち明けられたなら、その非人間性に怖気を震ったであろう。
女性に対して、淡い気持ちが起ころうとしても、ラウルのその冷ややかな視点がいつもそれに待ったを掛ける。自然、ラウルは自分が女性に対して惹かれるという感覚が判らない。
(シェラ・・・・・・)
だから、ラウルは今、自分がシェラに対して惹かれているということが自覚出来ない。ただシェラという人間への意識が大きくなり、このあと夢にまで見た。
翌日、ラウルはシェラと共に村人の雑事を片付けるために働いたが、この怜悧な頭脳を持つ若者に珍しく、失敗が続いた。
「気にするな、誰でも調子の悪い時はある」
況してや未経験なら、とシェラは笑ってくれた。一緒に頭も下げてくれた。
(この人は、なんだろう)
自分の気持ちが判らないラウルは、シェラに対して不思議がった。放っておかれないというシェラの親切の理由は既に聞いているが、それにしても、とも思う。
普通なら好意を自覚し、さらにその気持ちを肯定させられる普通の人間なら、シェラに対して淡い期待を抱いてもよいのだが、ラウルは首を傾げるばかりで進まない。
そのうちにリアンとメイが帰ってきて、仕事は四人でやることになり、なんとなく有耶無耶になった。
後ほど大真面目に相談されたリアンも、
「重症だ。俺らにはどうにも出来んよ」
笑うわけにもいかず困りきって頬を掻いた。
話は少し飛ぶ。
リアン一行と迷宮へ入れ替わりで挑戦した五人組がある。リアンの紙束を払いのけた連中だ。
彼らはこのリーマに出現した迷宮群の、二つまでも踏破した一行で、最も有力な冒険者たちだった。勿論村の長者のヤクワも彼らに期待を寄せているし、それだけに重圧もあった。
手続きの関係上、彼らは挑戦順を最後に回された。前の二つの迷宮を踏破した疲労や武器の破損、軽傷の治療などで時間を取られたからだ。
その隙に横入りしてきたリアンたちは、彼らからすれば美味しいところだけを搔っ攫う盗人である。しかも、その盗人は正々堂々と迷宮を踏破する速度を争うどころか、腑抜けのように一日目で逃げ帰り、しかも一層目すら越えていないという。更に、腑抜けのくせに小知恵が利いて、順番の利を押し付けて情報を売りつけようとしている。
彼らはリアンたちを嘲笑したが、叩き合いの喧嘩にならなかっただけ寧ろ穏やかな部類だろう。
自信があった。あんな盗人ごときと喧嘩をしては自分たちの名に傷がつく、と。そういう自信を裏付けるだけの経験と能力があり、五人それぞれが役割を決めてそのことに没頭し、結果としてチームワークを生むというプロフェッショナルでもあった。
五人とも無学である。が、愚者ではなかった。その証拠に一層目を早々と踏破し、二層目の半分ほどまで攻略した。迷宮に潜ってまだ一日目である。
リアンはその知識の深さ、それによって生じる意識の偏重のため、こういう集団の経験と勘を軽く見る傾向にあるが、この五人がそれらによってリアンたちとは比べ物にならない速度と能率で迷宮を攻略しているのも事実である。
「ケガは?」
と、リーダーが振り返った。
この五人の間に、仲間意識というものはあまりない。それぞれの個が最高の働きをするために余念がなく、そのため意思疎通も最低限。しかし、現状を報告するための努力は欠かさない。
私的な会話はほぼないが、声掛けは頻繁だった。
「全員問題ない」
二層目は、一層目とは打って変わって魔物が跋扈する細い回廊と部屋の連続だった。それも回廊は一直線ではなく細かく分岐があり、行き止まりも多い。正に迷宮であった。
迷宮という名がつけられはしたものの、迷路と罠と魔物だらけというのは実は少ない。この五人は幾つもの迷宮を踏破してきたが、その経験の中には潜った瞬間に荒野が拓けていたことさえある。
閉鎖された環境で、しかも敵が多く、更に分岐が激しく行き止まりまである、という環境は精神的な疲弊が大きい。肉体と精神の疲労に差があればあるだけ、集中力が削られることは判っている。
そんな中、僅か一日と少しで一層目を越え、二層目の半分までも攻略しているペースの速さは、迷宮踏破の最有力株と言うに相応しい。
が、彼らの冒険は二層目の半分を攻略した、この二日後に終わる。
三層目に立ち入った瞬間、彼らはこの迷宮の踏破を諦めた。諦めるとなるとさすがに歴戦は判断が早く、清々しいほどに脱出した。
他のもう一組はこの二層目で負傷者を出し、それが思ったよりも重かったため断念した。幸いなことに、死者は一人も出なかったが、噓のように二組が脱落した。
「相性が悪い。俺たちの頭と腕ではどうしようもなかったことだ」
意外にあっさりした口調で、この五人組は再挑戦の権利を放棄した。この報は瞬く間に近隣の街にまで伝わり、この先の挑戦者を諦めさせた。
「これは・・・・・・」
閉口したのはヤクワであった。
この間、ヤクワにもいろいろあった。
先に、ラウルの協力で捕まえた盗賊のうち、首謀者とその熱心な協力者の二人は前科が重いため処刑され、乞食に犯罪者であることを示す刺青を施して放ち、もう一人はシグの嘆願があって部下に加えた。
それらがこれまでの二つの迷宮で発掘された遺物を近くの街へ輸送のため旅立った。期待してそれらの鑑定結果を待っていたが、裏切られた。二束三文というくらいで、冒険者に支払う手当の方が大きいくらいで、赤字であった。
無論、金はある。その出費が家を傾かせることなどありえないが、迷宮の出現で大きくなった期待が失望に変わるのは避けたい。
このことはリアンたちには関わりのないことだが、人の縁とは判らない。意外な形でラウルを救うことになる。




