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 帰還した。引き返したとはいえ、隣に死が横たわる恐ろしい場所から帰ってきたのである。ほう、と息を吐いた途端、膝から力が萎えた。

「おっと」

 慌てて手を伸ばして体を支えてくれたのは、シェラだった。

 シェラの装いは露出が多い。腕を取って支えると肌を接する。思わぬ温もりに、少し狼狽した。

「これは、失礼を・・・・・・」

「賢しいことを言うな。疲れるのは当たり前だ」


 ラウルが気を取り直しても離さない。腕を肩に回させて脇を支え、引きずるようにして歩き出した。

「あの、どこへ・・・・・・?」

 間抜けな質問だと自分でも思う。が、この後どうするのかを聞いていないのも確かだ。

「宿さ。もう今日は終わりだ。余力があれば酒でも飲んで、ゆっくり休む。俺はまあ、飯の調達かな。メイはどうする?」

「さあ。適当に市をぶらつくよ。小腹空いた」

 ラウル以外は平然としている。当たり前かもしれない。まだ一層目を踏破する以前の撤退、いやそれでなくても陽はまだ暮れていない。十時間も居たわけではないのだ。


「食べて寝て、頭の整理がつけばきっと君も慣れる。他人と比べないことだ」

 ラウルの顔色を察して、シェラが言った。リアンのように理屈を並べるわけではない、直接的な優しさと温かみに、心が解れていくのが判った。

 帰路である。途中、迷宮挑戦の事務一切を取り仕切る受付所を通る。そこで、他の冒険者のグループとすれ違った。


「おいおい、本当にかよ」

 五人のグループは、戻ってきたリアン一行を見て口笛を吹いた。

「大層な腰抜けだってのは聞いたが、まさか一日も潜らずに帰ってくる奴が居るとはな」

 笑みの上にこれ見よがしに驚きを張り付けた、嘲笑特有の表情でざっとリアンたちを見渡した。

 肩を貸してもらったラウルで視線が止まった。


「あいつが評判の魔法使いか。初日でいきなり怪我して帰るようじゃ、痴れてるな」

 グループの他の四人も似たような表情で笑っている。

 ラウルは困惑した。

 秀才どもの巣窟にあって、他人を見下す者は居ない。どんな価値観を持ち、どういう着眼点でなにを始めようと、それらは巡り巡って自分か近しい者の利益に繋がる。仮に損をしても、損は教訓を産む。自分の人生だけでは補い切れない経験や知識をもたらしてくれるのが他人である。当然他人に対しても自分を学ばせてくれる貴重な人材という目線が強く、軽侮という感情は魔法使いたちにとって一番遠いものかもしれない。


 だが、世の人にとってはそれは異質な価値観だろう。

 ざっと見た目方だけで人を軽侮したり嘲ったりする気持ちの根底は、自信のなさがある。或いは他人からの評価に対する不満。そういう者が、判りやすく劣った者を見て安心し、蔑むことで満たされる。常に確たる自分を持ち続けるのが困難な状況、つまり普通に生きている人間なら誰しもが持つ優越感と劣等感が原因なのだ。


 ラウルは他の仲間の表情を盗み見る。

 メイは素知らぬ顔である。興味もない、という様子でそっぽを向き、なにかを目で追っている。倣って目線を追うと鳥だった。トンビがピィーと高い音を出して絵の具で染めたような空を泳いでいる。

 隣のシェラは露骨に眉をひそめていた。不快げである。心なしかラウルの肩を掴む手に力が籠もっていて、少し痛く感じた。

 リアンは背中しか見えないので判らない。が、懐からなにか取り出している様子だった。


「使うかい? 迷宮の一層目の途中までだが、罠のおおよその配置を書いてある。いきなり金は取らないよ。これで試してみて、使えるってなったら次回から払ってくれ」

 迷宮で書き込んでいた冊子だった。

 冒険者グループは一瞬きょとんとしたが、すぐにげらげらと笑い出した。

「一層目の途中だとよ! そいつが引き返した言い訳ってわけか?」

「おかしいかい? 俺は人の笑顔を見るのは好きでね、面白かったんなら俺も嬉しいが、こいつを使ってもらえるかどうか、相談してくれるかい?」

 ふん、と男が鼻を鳴らした。リアンの反応は面白くなかったのだろう。

 ばっと冊子を差し出した手を払いのけた。

「腰抜けが物を教えようってのか」


 ばらばらと冊子の留め紐が弾みで千切れて紙束が散らばった。

「おっと」

 と、数枚を地面に落ちる前にリアンが掴む。いつの間にかメイも歩み寄っていて、ぱっぱっと素早い手つきで同じように引っ掴んだ。

 が、さすがに枚数が多い。まだ白紙の何枚かが地面に落ちた。

「仲良くしようぜ、いい商売相手になりそうなのに」

「失せろ。お遊びで潜ってる連中に用はねえ」


 一転して不機嫌になって、五人は脇を通り過ぎた。これから迷宮へ潜るのだろう。

 背中が見えなくなって、

「なんでしょう、あの連中は」

 不思議のあまり声に出した。


「ああ、前に言った、勘と経験を頼りに罠を掻い潜ろうとする愉快だがナンセンスな類の連中だろうさ。意固地になってるんじゃなく、本当に不要で払い除けたんならかなりやる。思い直してくれればいい商売になる。意固地になってるんならただのバカだ。何人が生きて帰れるか判らんが、帰ってこれたらもうこの迷宮には挑まんだろう」

 屈んで落ちた紙を拾いながら消えた背中を目で追った。その時、リアンの表情を見ることが出来たが、追いかけた背中を気の毒がるような、そんな表情だった。

「自業自得だ。他人の厚意を無碍にするどころか、踏みつける輩は痛い目を見て当然だ」


 憤慨した様子で、シェラがため息とともに言った。

「いちいち怒ってたら身がもたないよ。あんなの掃いて捨てるほど居るんだから」

 こちらは面倒そうなため息で、リアンに紙束を渡しながらのメイ。

「ま、そういうことだ。自分と違う考え方の連中相手に、いちいち怒ったり悲しんでたりじゃ疲れちまう。ただ、命を無駄遣いするのだけは止めて欲しいね。

 歴史の礎になるように使ってもらわないと、これから生まれる連中の苦労が増える」


 ぱっぱ、と紙についた埃を払う。

 ラウルにとっては彼らの存在も行動も、信じがたく理解しがたいものだが、少なくともリアンとメイはまったく気にしていないようだった。

「まああの口振りじゃ、しばらく戻ってきそうにないしあとの一チームと順番だから、結構間が空くな。それまでなんとか依頼でも見つけて日銭を稼がにゃ、うまい飯を食いそびれる」

 迷宮探索は順番待ちだから、そんなこともあるだろう。ラウルは自分の預かった金から後の三人分くらいは捻出出来ると言ったが、シェラが止めた。


 ただ、ラウルの宿を移すことになり、折よくシェラの隣室が空いていたので迷宮探索が終わるまでそこに逗留することになった。

「不自由があったら言ってくれ。器用な方ではないが相談に乗るくらいは出来る」

 優しく微笑んだ姿はまるで姉のようで、ふと、ここに来る時の別れ際を思い出した。

(ルーシェは元気だろうか)

 と、おそらくもう二度とこの人生で関わることのない先輩を懐かしんだ。


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