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ヤッコノたちの企みは着々と進んでいる。
盗賊には盗賊のやり方がある。彼らは準備と情報収集を怠らない。押し込み強盗をやる類は決まって短慮な無頼漢のやることで、こういう連中は自滅が早い。入念に準備して、そのための金を惜しまず、時には諦めることも視野に入れる者が一人前の盗賊だ。
無理となれば、彼らの手の引き方は潔い。その土地に起居していた痕跡さえも消して、行く当ては決して人には喋らない。まさしく雲のように消える。
ヤッコノは盗賊稼業で年を取った男だ。若い頃は盗賊の親分について技術と心得を習い、中年の頃ふとしたしくじりで入牢した。盗賊をわざわざ生業に選びながら、生来血を見るのを嫌ったヤッコノは七年で許されて世間へ戻った。懲りずに、盗賊をした。
牢の中で親分の病死を知ったヤッコノは独り立ちをしようと思い立って、子分を一人従えた。それがイガリだった。二人は獄中で知り合った。盗賊として齢を経たヤッコノも親分は初めてだった。
子分と親分では役割が違う。言われた通りに準備を進めればいい子分と違って、親分は計画を立案し必要な準備を見定め、子分の気を時には鎮め時には盛り上げねばならない。親分としては見様見真似、しかも七年ものブランクは大きかったが、なんとかやってきた。
今回は、牢から出て三件目である。しかし前の二件は条件が合わず諦めた。三件目はなんとか決行までいきたいという逸りが、ヤッコノにある。二人は一人ずつ雇って四人になり、準備を整え、念のためにラウルまで引き入れて、決行の時を迎えた。
まさか、この昼にラウルがリアンと出会い、共に迷宮に挑む約束を交わしたとは思っていない。なにしろ見張りはもう立たせていないのだ。見張るにはラウルの動きはあまりにも無邪気で、しかも想像より余程活動的だったから、疲れてしまった。
見張っていることが露顕して藪の蛇をつつくことになるよりはと、あっさりと放置してしまっている。そのことを僅かに気がかりとしながらも、ヤッコノはテーブルの真ん中に燭台を立てただけの宿部屋で、集結を待った。
周りに、イガリ、ゴーユが立っていた。ハバキがまだ来ていない。
夜であった。時刻は十一時を回った頃だろう。ドアが開いた。金で雇った捨て鉢の乞食が、最後の準備を終えて合流してきた。
「穴は?」
菰に包んだ垢くさい体を引き摺って入室したハバキに、イガリが訊いた。
「大丈夫、隠した時と同じだ、変わりない。荷駄はもう手配してある。こっちは準備が整った」
遺物は用意された一室を埋め尽くすほどにあるのだ。それら全てを盗み出すことは出来ないし、仮に出来たとしても運搬することは出来ない。
そのため、盗み出した遺物を一旦山中に埋め、可能な分だけ運び出して、ほとぼりが冷めてから掘り出すという算段であった。その運搬先も、ラウルの参入によって決まった。
カウラー魔法協会である。
遺物を盗み出した自分たちの身柄を確保させ、更にその遺物を正当な評価の下で売りつける。もしも魔法協会が難儀を恐れて無視すれば、ラウルを人質にすればいい。安く買いたたかれそうなら、そこは品物の鑑定が出来ないから法外でさえなければ諦めるつもりだった。
「よし、では、出るか」
年頭で発案主のヤッコノが言った。ラウルに見せた卑小な表情ではなく、盗賊として半生を生きた皺深い男の、男惚れするほどに凄味のある笑みであった。
ところで、ヤッコノはラウルの監視を続けることを藪の蛇だと思った。知能の化け物のような男に必要以上に近づいて怪しまれれば元も子もないと考えた。それはおそらく正しい。盗賊の勘は、齢を経ても衰えてはいない。
しかし、蛇はもう出ていた。
彼らの計画を外から見つめ、冷ややかにその成就の前に立ちはだかる蛇が、部屋の扉をノックした。
「っ!」
一同に緊張が走った。イガリなどは窓に駆け寄り、万一捕り方であれば逃げるために片足を挙げた。
「ラウルです」
声に、一斉にヤッコノを振り返った。ヤッコノは世間知らずの若造が不用意にここを訪れたことに不快げに舌打ちしたが、しかしすぐに声色を取り繕った。
「どうされました?」
「一身上のことで相談に来ました。日取りのことなのですが」
こう言われれば、開けないわけにはいかない。盗みという事が起こってからならラウルももう徒党の一員なのだから罪は免れないが、まだ未然ならここで変に断って怪しまれれば万一ということがある。
いっそのことラウルに計画を明かして説得するか。仮に断れば盗みが終わるまで部屋に閉じ込めておけばいい。指の二本も折っておけば妙な真似は起こすまい。
そう決めて、ヤッコノは扉を開けさせた。
夜露を避けるための外套を脱ぎながら、ラウルは入ってきた。余程急ぎなのだろう。普通は宿の軒下に入った段階で脱ぐ筈である。
「日取りが、どうかされましたか?」
にこり、と笑ってラウルに着席を促した。テーブルを挟んで向かう合う形で、二人は座った。残りは立っている。
「窓を開けてくれますか?」
窓の傍に立つイガリに向けてラウルが言った。夏の夜だから、蝋燭を立てていれば蒸すのである。襟元を寛げながら言ったラウルに、ヤッコノは少し安心した。
なにか二心があれば、窓は閉めてくれというだろう。窓はヤッコノの背後にしかない。盗賊だけにすぐ捕り方が浮かんだが、彼らが宿を囲んでいればその音が部屋に入る。そんな馬鹿な真似はするまい。
「これを見てください」
と、ラウルが提げていた鞄から瓶を取り出した。
白い粉が、水筒ほどの大きさの瓶に入っている。瓶の四分の一ほどの粉が、テーブルに置かれた拍子に瓶の中で少し浮きあがった。
「これは?」
「石灰です。水酸化カルシウムです。アルカリ性の特性を持ちます」
「我々は学がないもんでして。専門の方にまくしたてられると返す言葉がありません。そのせっかいとやらは、なにに使うものなんです?」
「これはまだ先です。話の本題は、日取りです」
悠長な口ぶりに、盗みの決行直前で気が立っていた一同は、苛々した様子で爪先を鳴らした。さすがに一同の頭であるヤッコノは、柔和な笑みを崩さなかったが、他の一同は渋面を作っている。
「日取りが、どうなされたんで?」
「明日か明後日、俺は迷宮に挑みます。良い縁が出来ましたので。あなた方とは、今夜で別れます」
落ち着いている。一同がなにか行動を起こすより先に、機先を制してラウルは続けた。
「そもそも、あなた方は重大な過失に気がついていますか? 俺を引き入れたことではありません。その、もっと前です。俺が居ようが居まいが、あなた方は詰んでいるんです。
割符というものの存在意義を考えたことはありますか? あれは同じ役目を持つ者が、互いの身分を保証するために所持するものです。なら、証明する必要性が生まれる条件とはなにか。役割や所属が同じでも顔や特徴を一致させるのが困難な条件です。遠隔の地に住まう者たちが、ある地点を合流に選んで初めて顔合わせをするなどが一般的でしょう。
しかし、同じ村内に起居している者たちで、そんなものを用いることがあり得ますか? 小さな村内です。ほとんど毎日顔を合わせています。非番の日でも、市にでも出かければ顔を見るでしょう。警備する側が割符を使うことはまずあり得ません。
ならば他に割符を必要とする者は誰か。それは遺物を管理する者でしょう。しかし管理されている場所は、長者の屋敷の一室。なら管理するのは長者である、ヤクワが自然です。シグ、ヤクワ共に割符を必要としていないんですよ。
なのに何故、警備をする者の悉くがこれ見よがしに割符の片割れをぶら下げているか、判りますか?」
自分でも、よく回る舌だ、と感心した。
ヤッコノたちは思わぬ指摘に顔を見合わせた。首領のヤッコノですら、そんなことは考えたことがなかった。
「シグの前身は、あぶれ者だったそうです。盗み働きもしたことがあるのかもしれません。だからでしょうね。盗賊が盗みに入る時、なにに注目してどんな仕掛けで踏み入るのか、ある程度把握していたのでしょう。
割符なんて罠なんですよ。遺物を盗もうとする者を釣るためのね。だから、割符を使って紛れ込もうとする者の身分を証明するための疑似餌なんです。そんなことにも気がつかず、暢気に盗みの準備に小女に金を渡したり山中に穴を掘ったりするあなた方とは、大事を共には出来ません」
割符のことに疑問を抱いたラウルは、普段通りのフィールドワークで監視を逃れた後、同じくフィールドワークを装って山中に分け入って彼らが穴を掘っているのを知り、一日中警備を見張って割符を使用している様子のないことを確認し、彼らに見切りをつけた。
そして、密告した。既に宿の周囲は役人が取り囲んでいる。ラウルの話に気圧されていたイガリが、ようやく窓の外の物音に気がついた。
「捕り方だ!」
叫んだ時には、もう遅かった。ラウルは懐からゴーグルを取り出した。魔法協会の敷地内の採掘場で働く人夫たちが、目を保護するためのものだ。それを素早く装着するなり、ラウルは瓶を天井に放り投げた。梁にぶつかった瓶は割れ、中の石灰が舞った。
ラウルは魔法で方向性を定め、テーブルを中心に右回りの気流を作った。
「わっ!」
一気に、室内に石灰が満ちた。
目潰しである。しかも単なる粉によるものではない。アルカリ性を持つそれは多量に皮膚に付着すればかぶれるし、目に入れば視力が低下するなどの害がある。更に細かい粉が飛散した中で不用意に呼吸すれば、気管に侵入して咳き込む。咳き込めば、その間知覚が停止する。
稼ぐ時間は僅かで良いのだ。取り巻く役人が扉を蹴破って侵入し、窓が開いているから再びラウルの魔法で空気を逃がせば舞っている石灰も外へ出る。役人たちの目や気管を傷めることはない。後は座ったまま一同が捕縛されるのを待てばいい。
座ったまま目を閉じ、呼吸も止めて意識を魔法に集中させる。床に降り落ちた石灰が余計に舞わないよう、窓に空気を滞留させて流れをせき止め、目を開けた。
もう事は終わっていた。目と気管を傷めた盗賊たちは呆気なく捕縛されて連行され、テーブルには倒れた燭台と粉々に散った瓶の欠片があった。
「いやはや一人の怪我人もなしとは」
ラウルが立ち上がると、指揮を執っていたらしい役人が入ってきて言った。
「あとは頼みます」
ラウルは、密告した。彼ら一行が盗賊働きをするに違いないと、この村の自治を取り締まる自警団に人数、人相、宿を報せて捕縛のために進んで囮を買った。事情を聞けば、ラウルは盗賊働きのことも知らないことが判るから、褒められはしても咎められはすまい。
ラウルにとって、裏切りではなかった。良心は少しも痛まなかった。それは騙されて加入したなどということでも、元々自分も彼らと同じ目的でここを来たということでもなかった。あの程度の知恵で事を為そうとした軽率な連中を激しく軽侮していたからだ。
この点、世間慣れないとはいえやはり才子である。能に足らない連中への同情心など持ち合わせがなかった。
椅子を引いて立ち上がり、悠々とした足取りで外へ出た。
が、そこまでが虚勢の限界だった。外へ出て地面を踏んだ途端、膝が震え出した。緊張が緩んで、今更ながら怯えが体を満たした。
(なるほど、たかが盗賊の気を引くだけでこんなにも疲れるのか)
と、足取りが怪しくなったラウルは民家の壁に寄りかかりながら思った。
これまで学徒に過ぎなかった身空に、急に命懸けの場を与えられたのだ。ラウルは自分を臆病とは思わなかった。その恐れを、第三者の目線で分析することが出来た。
迷宮へ挑むというのだから、緊張も恐れも疲労も、これの比ではあるまい。
(妙な人だ。それでもあの人なら、と思わせてくれる)
昼間に語らっただけの、あの軽薄な顔が浮かんで、それに頼もしさを抱いている自分をおかしく思った。




