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01

お越しくださりありがとうございます。03以降は毎週金曜日の更新です。ぜひご拝読ください

 カウラー魔法協会というのは有名だった。

 開いた本を象った、銅貨ほどの大きさの印章を連想する者は多いだろう。同時に、それを身に着けた老人が思い浮かぶに違いない。

 カルセイゴ地方東部に本拠を置くこの協会が、その協会員を派遣する場合は決まって老人だったからだ。


 招致された者が協会本部を目にした時、おおよそはその予想を裏切られることになる。まずその立地には牧場や炭鉱が多く、それらを管理する施設が多い。無論、その中に書庫などはない。農夫や炭鉱夫も多く住み着いているので、ほとんどただの田舎である。


 協会員はそこには住まない。日の出と共に這い出して作業をし、日暮れと共に家へ戻るのはその作業員だけだ。協会員はその奥に住む。洞窟であった。

 が、その入り口は岩ではなくコンクリート。即ち、洞窟を掘り進めた地下に、本部施設を持っているのだ。


 立派なものだった。


 協会員の出入りが最も激しく、尚且つ協会員全員の命と比べてもまだ秤が傾くという具合に大切にしている図書館など、三エーカーに及び、深さは四十フィートにもなる。

 それが最も大きな施設。おまけのように協会員が生活する学舎が併設され、そこから図書館より少し小さい実験棟がある。自分を含めた人間という生命体は、知を蓄え、その知が新たな知を呼ぶ、そのためだけに生きるべきという思想が反映された構成である。


 そこに、二十三歳の若さで己の魔法の研究成果を披露しているラウルという男が居る。秀才であった。


「存知よりのことながら、敢えて提言させて頂きますと、空気は極々特殊な条件を除いて常に我々の傍らにあります」


 講堂に先達の大家たちが集まり、その中心で資料を貼って声を張り上げている。

 この協会で、秀才などとなんの自慢にもならない。

 当たり前なのだ。秀才でなければこの場に籍を置くに相応しくないし、秀才だからといって役に立つと限ったものではない。


「空気を構成するものは未だに明らかになっておりませんが、少なくとも我々が呼吸するに必要な酸素は濃密に含まれています。更に、この酸素がなければ、火は燃えません」


 この協会は徹底した実務主義を取った。多少奇異ではある。多く、智者はその知と智以外に興味を示さない。論理的な整合性が第一で、それが現実に沿っているかなどは二の次になりがちである。


 だが魔法協会の姿勢は、どんなに論理的であろうともその論理を展開する目的を明確にしていないと無価値と断ずる。また、その言葉に修辞的な表現を散りばめることを極端に嫌った。

 例えば、ラウルが研究する魔法は空気を使うものだが、この際に、


「空気を操って」


 という曖昧な表現は許されない。もしも発表の場でこんな表現を使おうものならすぐさまつまみ出されてしまう。


「標準環境下(湿度六十五パーセント、温度二十度、気圧一)で気流を発生させ、西方向へ移動させ」


 などと報告しなければならない。これは現象の説明時。理論を構成する場合の基準値はまた少し変化して湿度と気温をゼロにして求める。


 更に、研究が成果となった際に、なににどのように利用し、それでどういう成果を得られるのかということを重視する。

 理論で完璧に組み上がっていても現実に適用した時に成果が乏しいのなら、その研究に価値はないという徹底した現実主義の姿勢を取っている。

 そのため、別に秀才である必要はない。理論の組み立てが覚束ない落ちこぼれであろうと、それは他の頭の回る者が補えば良い。着眼点と発想と目的さえ破綻していなければ成果に結びつくのだから、秀才と落ちこぼれに明確な差異はない。


 といって、別に成果主義というわけでもなかった。現在判明している事実だけでは成果や目的に辿り着けないという研究も、他の分野での研究によって進展する可能性があるため、貴重なものとして保管、凍結される。


「私の周囲を円形に半径五メートルの範囲に知覚を伝播させます。その際は触覚を主に使用し、ちょうど盲人が手触りで物を判断するように対象物の形状等を把握します」


 カウラー魔法協会員、属する者は魔法使いと呼称される。

 この稿は研究を発表し終えたラウルの旅立ちから始まっていく。


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