『能力について知ろう!な第三、四限 自由時間』
澄んだ川の流れの中を優雅に泳ぐ薄い青色のミナモフナ。
それを掴もうと、素早く手を水に突っ込んだ男の手がミナモフナを掴むか掴まないか、と言うタイミングで、ミナモフナの泳ぐスピードが跳ね上がり、あともう少しの所で逃げられてしまう。
空腹のセントは河原で横になりながら、
やや苛立った様子で
「お〜い!アレス〜!
まだ捕まらないのか〜!?」と、川で悪戦苦闘している親友を呼ぶ。
「急いでんならよぉ、おめぇも手伝えよぉ〜!
確かにこの状況は俺にも非があるとは思うぜ?
けどよぉ、お前も待ち時間の間、寝場所を見つけるくらいしといてくれよ〜!」
「わかった〜!寝場所の条件とかってあるかい〜!」
「んー、できりゃあ雨がしのげる洞窟とかが良いな〜!」
きっとクロノスがどこかに洞窟を作っておいた筈だ〜!。
川下の方を見て来てくれ〜!」
「了解〜!
戻ってくるまでに何匹釣れると思う〜!?」
「アイシア達の分も取るとなると、最低4匹は欲しいなぁ〜!」
「アレスの腕前じゃ日が暮れるんじゃないか〜!?」
「うっせぇ!!そう言うならおめぇがやれよ。」
「やーだね〜!!
じゃ、探してくるよ〜!」
「おう、よろしく〜!」
そんな小言を言い合ったのちに、セントは川下へ向かった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「しっかし、洞窟なんてそうそうあるものなのかな。
クロノス教授が授業用に手を加えているからってねぇ。」
そう言いながらブラブラと歩いていると、奇妙な池が視界に入った。
意図的に掘られたであろう、丸石で出来た器のような、丸い池の様なものの隣に、30センチ程の塔があり、水が絶え間なく池に流れている。
セントは似た建築物を見たことがあった。
「温泉?」
そう、温泉だった。
石塔から流れる水が危険なものでないかを確認しようと、匂いを嗅ぐが異常は無い。
流れる水を数滴、ハンカチに乗せるが、変化はない。
どうやらただの温水の様だ。
安全確認ができたので、一安心する。
もしも、この温泉がクロノス教授によって作られたものなら、周りに住居がある筈だ。
この大自然の中、温泉と住居を裸で行き来しなければならない様な理不尽は、流石にないだろう。
そんな事を考えて周りを見渡すと、温泉のすぐ横、5メートル程の離れた崖に、洞窟があった。
近づいて中を確認すると、中は思ったよりも広く、明らかに人の手が加わっていた。
まず、床の石は平らになっていて、部屋の中には、石で出来た机と椅子と、、、。
「おいおい、まさか、これがベッド!?」
これをベッドにしなさい、と言わんばかりに、縦2メートル、横4メートル、高さ50センチメートル程の、形の整えられた直方体型の石が置かれていた。
「僕とアレスはともかく、アイシアとセレスはこんなベッドで寝れないだろう。
というかそもそも男女で一緒には寝られないだろうから、必然的に僕とアレスの分は別に作らないと、、、」
先が思いやられ、頭を抱えるが、何はともあれ、これで雨の心配はしなくて良い。
アレスに報告する為に、川に沿って、元の場所へ戻る。
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元の場所に戻ってみると、アレスはまだ川でミナモフナを掴み取っていた。
「おーい!アレス!」
手を振ってそう呼ぶと、アレスは手を振りかえして、河原に戻ってきた。
「ミナモフナ狩りの成果はどうだい?」
「ぼちぼちだなぁ。
結果を言うと、6匹釣れた。
まぁ、ノルマの4匹は達成だな。
今晩は飢えなくてすみそうだ。」
「ついさっきまで全然釣れなかったのに、急に6匹も!?
上達早すぎないか!?」
「・・・コツを掴めば結構簡単だぜ。
そっちはどうだった?」
「上々だよ。
かなり住みやすそうな洞窟を見つけた。
近くに温泉もある。」
「まじか!?
クロノスの野郎、太っ腹じゃねぇか。」
「ただ、ベッドが石だった。」
「えぇぇぇ!?ベッドが石!?
そんなのベッドとは言えねぇじゃねぇか...
俺は枕が変わると寝られねぇんだよぉ〜・・・」
「贅沢言うな。
どちらにしろ同じ枕は無いだろ。間違いなく。
それに男女で分かれていなかったから、
あのベッドをアイシア達用にするとして、
僕らの分はまた作るなり、見つけるなりしないといけないだろうね。」
「あーー、アイシア達、一緒に寝てくれねぇかな?」
「無理に決まっているだろう?
聞いてみるかい?本人達に。
『アイシア、セレス。僕達と一緒に寝ないか?』ってね。
吹っ飛ばされるに1票。」
「同じく吹っ飛ばされるにもう1票。」
「民主主義に基づいて、多数決により否決。
ってな訳で、どうする?」
「まぁ最悪、床で寝るなり、河原で寝るなりって感じだろうな。
クロノスの野郎が言っていた通りにアイシア達がこの世界に来るなら、タイムラグを考えても・・・あと1時間後位だろうから、それまではミナモフナをとって待ってようぜ。
ああ、それと。これから少し山に行って枝を拾って干しておこう。
後々役に立つからな。
ミナモフナ狩りゲームはその後にしよう。」
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そして約1時間後
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アレスが素早く水に手を突っ込み、ミナモフナを掴もうとするが、失敗する。
もはや何回見たかも忘れた景色を見て、
セントがため息をつく。
「おいおいアレス、さっきまでの勢いはどこに行ったんだ?
僕はもう3匹目だぞ?
あれ以降1匹も取れていないじゃないか。」
「うるせぇ。なんか調子が悪いんだよ。
ところで、そろそろ1時間くらい経つかな。
アイシア達もそろそろこの世界に来ただろうし、焚き火でも起こして目印を作るか。」
「煙で場所を知らせるって事だな。
だからさっき枝を集めたのか。」
「全部は使うなよ?後で魚を焼くのに使うからな。」
「手慣れているんだな。どこでこんな知識、身につけたんだ?」
「・・・・・・昔こうやって過ごした事があったんだよ。」
少し考えてから、アレスはそう答えた。
深掘りするのも面白そうだったが、目印を立てるのが先だと思い、乾いた木を集めて、ふと気がつく。
「あれ?アレス、これどうやって火をつけるんだ?お前火打ち石持っていたっけ?」
「ん?いや、持っていないが?
・・・ああ!そっか!説明してなかったなぁ!」
大切な事を思い出した様にアレスは言った。
「『自己領域』の解説がまだだったな。」
「『自己領域』?」
「ああ、木の実を食べたんなら、体感的に感じないか?
能力者は、自分を中心とした一定の範囲である程度物理現象を操ることができるんだ。
例えば、気体分子の熱運動を遅くしたり、速くしたりする事で、気温を上げたり下げたりできる。
これはまだ理由が証明されていないが、一流の能力者は、重力、時間、光さえ操れるんだぜ。
あとは、原子の結合を変化させることも出来る。
とは言っても、自分の得意な分野以外は、『弱すぎて』使い物にならないがな。」
「確か、青系は『減速』、赤系は『加速』が得意で、緑系は『炭素』を操るんだよな?
ってことはセレスは訓練すれば『二酸化炭素』を『炭素』と『酸素』分解できるってことかい?」
「そのレベルはかなり高いが、一定以上の緑系能力者は当然のようにこなすな。」
「成る程、確かに緑系は当たりだな。
ん? 赤系統は『加速』が得意なんだよな?」
「おっ!気づいたか。
そう、何を隠そう、俺の色彩は『深紅の宝玉』。
気体分子を加速させて一点の気温を高めて、木材を発火させるのは得意な訳よ!!
とは言え、『発火』はある程度鍛錬した能力者はたとえ『加速』が苦手な青系統の能力者でも使えるんだぜ?
所詮は気温調節の延長線上だからなぁ。
シャルル先生の本持っているか?」
「ああ、持っているよ。」
「多分、
『万物融ける火山世界』
の紹介ページに、
《『自己領域』内における『気温調節』技能において、『気温600℃』を『人体許容温度帯』である20-40℃に維持できる程度の習熟度が必須。》
とか書かれていないか?」
「ちょっと待ってくれ・・・・・・
本当だ。
って事は、『生身の体じゃ耐えきれない環境を、『自己領域』内だけでも調節できることが、
『危険世界』を探索するための必要条件ってわけか。」
「そういうこと。
『光届かぬ深海世界』とかだと、
『水圧』に耐える能力と、
『水』から『酸素』を作り出す能力が必須なわけだな。
後者は呼吸するのに必要な程度を生み出すくらいならなんとかなるけど、
前者はマジできつい。
練習するのも一苦労だからな。」
「成る程ね。詳しいね?」
「俺はかなりの異世界愛好家だからなぁ。
ってな訳で火をつけるから、離れておけ。」
そういうと、アレスはポケットに手を突っ込んだまま、木の方を眺める。
すると突然木の一部が、カッ!、と明るく光ったかと思うと、木がパチパチと燃え出した。
「おお!!すごい!!魔法みたいだ!」
「昔は能力が、魔法って呼ばれた時代もあったんだぜ。
まぁ、何はともあれこれで目印にはなるだろ。
セント、お前の能力も確認しておいた方がいいな。
何か『自分にはこれができる』って言うイメージが湧いてこないか?」
「うーん、思いつかないな。
普通は自然と思いつくのか?」
「いや、普通はそうなんだがな。
でもなぁ、セントの色彩って『無色透明』だろ?
俺の知ってる『無色透明』の能力者は他者の能力のコピーが出来たけど、お前もそうなのか?
だとしたらかなりのチートだけどよぉ。」
「他者の能力のコピーだって!?
そんなのができるなら、僕は真っ先にパラドクス校長の能力をコピーするね!
敵無しだろ!?」
「やめとけやめとけ。
制御ミスったら普通に死ぬし、第一、制限掛かるに決まってんだろ。
いいか、お前の能力者としての器を超える部分はコピー出来ないと思え。
例えば今のお前の能力者としての器の大きさを5だとする。
パラドクスの能力のデカさを仮に1兆だと仮定すると、お前はアイツの『1兆分の5』の能力を使えるわけだな。」
「それでも強そうな気がするけどね。
そもそも僕の能力がコピーなのかわからないし、取らぬ狸の皮算用だろうね。」
「それもそうだな。まぁおいおいわかるだろうよ。
《俺らが生まれた時はどうやって歩くのかわからなかったろ?
だが気付けば二足で歩いている。》
能力が使えるようになるってのはそんな感じだ。」
「パラドクス校長が一限で話していたな。」
そうしていると、川の下流の方からアイシアの呼ぶ声が聞こえてきた。
「セント〜!!聞こえますの〜!!こっちですわ、こっち〜!!」
「おっ、アイシア達が来たみたいだな。」
「だな。んじゃこのまま夕食の調理とするかね。
焚き火もあるし。」
「・・・ちなみに味は?」
「健康第一、無塩料理だ。」
「・・・それ焼くだけじゃないか?」
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4人での食事は波瀾万丈だった。
アイシアやセレスは貴族の生まれだから、焼き魚なんて嫌がるかも知れないなどと思っていたが、杞憂だった。
むしろ2人は未知の体験を楽しんでいるようで、何よりだった。
思っていたよりもサバイバル生活は悪いものじゃないのかも知れない。
祖先達はこういった生活を送っていたんだ、と考えると何とも奇妙な感情が芽生えるのだった。
食事が終わり、本格的に能力を鍛えようという話になった。
どうやら、4人の中で1番能力に詳しいのはアレスだったようで、
アレスを教師とした模擬授業が行われることになった。
「はーいちゅーもーく!
今回の授業を担当するアレス教授だ!!
皆のもの、敬意を込めて『アレス教授』と呼ぶように。」
「ん、アレス教授。よろしく。」
「よろしくお願いしますわ。アレス教授。」
2人は意外にノリが良いようだ。
そんなことを考えていると、アレスはニヤニヤと笑みを浮かべながら、僕の方を見てきた。
魂胆は見え見えだ。
ハイハイ、言えばいいんだろ?言えば。
「アレス教授。よろしくお願いします!」
さながら、軍兵のように敬礼して呼んだ。
アレスは意外に思ったのか、驚いた様子だったが、気を取り直したのか、授業を始めた。
「んじゃ、まずセント以外の2人について。
能力に対するイメージとかある?
あれば手っ取り早いんだがなぁ。」
するとアイシアが真っ先に返事をした。
「私は、吹雪のイメージがありますわ。
物を凍らせる事ができるのかも知れませんわ。」
「おっ!じゃあ早速練習してみようか?
2人は『自己領域』の事は知っているか?」
「ん、常識。」「常識ですわ。」
即答だった。 悲しい。
「りょーかい。 まずはアイシアからやるか。
んじゃ、『自己領域』内で、分子の熱運動を止めるイメージや、あるいは単純に物を凍らせるイメージを持って見てくれ。
おっと!ここでじゃないぜ!?
アイシアの能力は『世界』系だろ?
だったら巻き込まれないように、俺たちからある程度離れてもらわねぇとなぁ。
んーじゃあそこの川辺でやってみてくれ。」
「わかりましたわ。
・・・これくらい離れればよろしいかしら?」
「オッケーオッケー。
10メートルも離れりゃあ十分だろ。
あーそうそう! 慣れるまでは、能力発動時に能力名を叫ぶのがオススメだぜ!
よりイメージが鮮明になるからなぁ!」
「恥ずかしいですけど、仕方ありませんね。
では、行きますわ。
『霜嵐の世界』!!」
アイシアがそう叫んだ瞬間、彼女の周りで嵐が巻き起こった。
空気中の水分が固まって霜となり、乱れた空気の流れによって花弁のように散ってゆく。
彼女の近くで流れていた川の流れは瞬く間に凍り、
川から飛んだ水飛沫でさえ、空中で氷となり、カランッ、コロンッと凍った川の表面に落ちる。
圧巻の景色だった。 能力の射程距離は5メートルに及び、
彼女を中心とする半径5メートルは吹雪吹き荒れる雪山のようであった。
あまりに美しかった。
吹き荒れる嵐によって、アイシアのスカートが捲れて、白い布地が見えた気がするが、気のせいということにしておこう。
じゃないと凍らされる。
「ん、アイシア。スカート。」
セレスがいらんことを言う。
止めようとしたが、遅かった。
アイシアからの氷漬け攻撃に備えて、目を瞑り、両手で顔を覆った僕に対し、
しかし、追撃はついぞ訪れなかった。
ビクビクしながら目を開けると、アイシアはアレスに抱かれて、ぐったりとしていた。
どうやら気を失っているようだ。
「あれ!? アイシア? 大丈夫か!?」
と尋ねるが、返事は返ってこない。
「あーあ。気絶しちまってるぜ。
確かに『世界』系は出力デカいことでいい意味でも悪い意味でも有名だがよぉ。
初っ端でこりゃあ、逸材だなぁ。」
アレスが感傷に浸るように言う。
彼の顔に浮かんだ表情はまるで、歴戦の兵士がかつての恋人を見るような、思い出に浸るような、
慈愛と憧憬を感じさせる表情をしていた。
「ってアレ? アレス。 お前いつからそこにいたんだ?
さっきまで、僕らのそばにいただろ?。
こっからそこまで20メートルはあるぜ?
まさか走ったのか?」
「そうだと思うか?」
「待ってくれよ、概算してみる。
空気抵抗を無視するとして、
君の加速度をa[m/s^2]とおく。
初速をゼロだと仮定すると、君の単位時間t [s]当たりの変位は、
1/2at^2 [m]だろ?
これが20メートルで、かかった時間が1秒くらいだとすると、、、
40[m/s^2]!!!!!?????
馬車の比じゃないぞ!!!??? 人にそんな加速度が出せるのか!!??」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
{参考までに、そちらの世界の尺度で話させていただきます。
興味のない方は飛ばしていただいても構いません。
一般にあなた方の住んでいらっしゃる『地球』の重力加速度は約9.8[m/s^2]で、
自動車でも一般にこれくらいの加速度に設定されている事が多いです。
尚、この世界ではまだ自動車は存在していません。
そのうち好奇心旺盛な誰かが作り出す事でしょう。
初速ゼロから、9.8[m/s^2]で3秒間加速すれば29.4[m/s]、
時速に直すと 時速105.84Kmです。
アレスはこの約4倍の加速度で移動しました。
一応、戦闘機では 40[m/s^2]を超える物も多々ありますが、人間と比べられるような物ではありませんよね。
なお、ボクサーが本気で高速ジャブ等を打つ場合、加速度に限定してみればかなりの加速度を出すことができるかも知れませんね。
因みに、そちら側の世界とこちら側の世界では、慣性力に僅かな違いがありますが、
魔素による『結合強化』や『風避け』を行なっていない通常の原子は、
そちら側と概ね同じ挙動をします。
そちら側の世界では、約9.8[m/s^2]を1Gとして、物体にかかる慣性力を測るための指標として用いる事があります。
例えば、100Kgの物体が、加速度4Gで加速している電車に乗っているとすると、
その物体には、加速方向と逆向きに、おおよそ400[Kg・m/s^2](=[N])の慣性力がかかります。
つまり、アレス君が加速している間、彼の体内にある物質がものすごい勢いで彼の体にぶつかり、普通は死にます。
また、これらの加速で蓄えた運動エネルギーをブレーキの際に摩擦熱に変換する必要があるため、立ち止まった瞬間、足が燃えます。
アイシアの『霜嵐の世界』で冷凍しようとしても無理です。
氷力不足です。}
《語り部 砂糖より》
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「ん、セント、みてなかったの?」
「セレスは見たのか!?」
「んーーー。いや、俺から説明するわ。
ちょっと俺の方見ろ、セント。」
そう言われるのでアレスを見る。
彼は今20メートル先にいて、、、
ふと瞬きをして目を開けると、アレスは目線の先には居なかった。
カクカクと、所々折り曲がった赤い光の直線が空中に浮いていてーーー、
「おーい、こっちだぜ。」
いきなり後ろから聞こえてきた声にギョッとする。
「んな!?!? いったいいつの間に!???」
「カカカッ!まぁみんな最初は驚くわな。」
アレスは、朗らかに笑う。
「それが君の能力なのか!?」
「お察しの通り、これが俺の能力『超光速粒子』だ。
体を赤色の『超光速粒子』に変化させ、移動させる事ができる。
まだ発展途上だからこの程度の速度しか出せねぇがな。」
「十分すぎるだろ。
というか、いつの間に練習したんだ?」
「・・・・・・いや〜。ね?ミナモフナを手掴みしているうちにな。
もっと速ければ捕まえられるのに!って思ってたら出来るようになってた。」
「もっと早く言ってくれてもよかったじゃないか!
ってことはなんだ!?僕が温泉を見つけている間に沢山獲れたってのは?」
「そう。能力使った。」
「ならなんで僕が戻ってきてから使わなかった!?」
「・・・いや〜。ね?驚かせようと思ってなぁ。」
わかったぞ、多分アレスは嘘をつく時「いや〜。ね?」と言うに違いない。
「まぁいいんだけどさ。
ところでなんでアイシアは気絶したんだ?」
「まぁ十中八九、魔臓の疲労によるものだろうなぁ。
あれ?魔臓の話はしたっけ?」
「いや?まだだ。」
「んじゃあ今しちまうわ。
俺らの心臓の横にある魔臓は、魔素からエネルギーを取り出して『自己領域』内の様々なモノに働きかける。
一般に貴族の生まれの奴の方が生まれつき強い能力を使えるってのは知ってるか?」
「ああ、それが貴族たる所以だろ?
昔から能力が強い奴らは『騎士』や『領主』として農民を守る代わりに、農作業をしなくてよかったわけだからな。
で、どういうわけか能力が強い奴ら同士で結婚すると生まれる子供も能力が強い事が多かったんだろ?
で、いつの間にか格差とも言えるくらいの能力差が生まれてたって話だろ?」
「まぁ、そんなとこだな。
その話を聞いて疑問に思わなかったか?」
「確かに、従来の科学では、
《魔素は人々に宿るオーラのようなモノであり、その貯蔵量が異なるために、出力差が生まれる》
って説が有力視された時代があったが、今では間違いだってわかるからな。
パラドクス校長の学説が正しいなら、全員が同じ出力を持って然るべきだ。」
「そうそう。
魔素が空間に漂うモノなら、誰だって同じような力を得られるはずだろ?
だがそうはならない。
魔素の変換効率と、変換許容量がカギを握っているんだぜ。」
「なるほど、薪はそこらじゅうに転がっているが、
肝心の暖炉が一個しかなかったら意味もないし、
小さい暖炉じゃろくに暖まらないってことか。」
「そゆこと。
どんだけ空気中に魔素が溢れていても、その変換装置である魔臓がショボかったら
出力も高くないって事だな。
青い木の実を食っただろ?あれを食べた後、魔臓が生まれた時に、どれだけ親和性が高いか、って言うのは、本人の血筋に関係がある、と言う説が有力だな。
んで、アイシアはジオード家の娘だろ?
だったら特に出力が高いはずだ。
ましてや『世界』系なんだからな。」
「さっきから思っていたんだが、『世界』系ってなんなんだ?」
「『世界』系って言うのは、『門番』とかと同じようなもんでな。
能力の大まかな種類の1つだ。
シャルル先生の本にも載っていると思うぜ。」
「見てみるよ・・・お!あったあった。
ー『世界』系統ー
《『自己領域』の領域が生まれながらに広く、能力の出力が特に大きい場合に発現しやすい。》
・最大出力 5
・持久力 1
・能力多様性 1
・射程距離 5
・精神呼応性 4
ー数字は特記すべき点がない場合、5が最大、1が最低ー
こりゃあ随分と尖った能力だね。
あれ?そういえばアレスもなんか特別な奴だったよね?」
「ん?ああ、俺のやつは『透過色』だな。
つーかなんならお前も『透過色』なんじゃねぇの?
『無色透明』なんだし。
こっちも載ってるかもなぁ。」
「見てみるよ・・・あった!次のページにあったよ!
ー『透過色』系統ー
《『色彩』の影響が極端に大きく、良くも悪くも一分野特化になりがちな能力》
・最大出力 場合によっては6
・持久力 場合によっては6
・能力多様性 0
・射程距離 場合によっては6
・精神呼応性 一貫性なし
ー数字は特記すべき点がない場合、5が最大、1が最低ー
なんか凄いね。」
「だよな。
俺の場合は『加速』に全振りした感じだろうな。間違いなく。」
・・・なぁセント、お前の能力名はなんだったっけ?」
「確か、『科学者』。」
「なら多分、『自身が能力の概要を理解できた能力を使用できる』とかなんじゃねぇのか?
《『科学者』たるもの、未知を理解し、この世の真理を追い求め、自然の法を支配する者であれ。》
って言うだろ?
試しにアイシアの『霜嵐の世界』でもコピーしようとしてみろよ。
アイシアの能力の根本原理は『熱運動の停止』だ。
ある程度イメージしやすいだろ?」
「わかった。やってみるよ。
『偽・霜嵐の世界』!!」
すると僅かに周囲の気温が下がった気がした。
それと同時にドッと疲れが押し寄せてーーー、
ーーーセントの視界は真っ暗になった。
ーーーーーーーーーーーーー
ーーー目を覚ますと、セントは見慣れぬ屋敷の中に居た。
落ち着いた雰囲気の家具は絢爛豪華では無いものの、確かな気品を感じさせるものばかりで、屋敷の主人の品の良さを表しているようだった。
「あなた、、、生まれましたわ!!」
「ああ、、、わかっている。
なんと美しい、、、君に似たようだな!」
アイシアに似た髪と眼をした2人の男女が話し合っている。
周りには医師らしき人々が数人居た。
2人のうちの男性の方には、見覚えがあった。
ジオード伯爵だ。
「あなたにも似ていますわ!!
それにしても本当に可愛らしい、、、。
女の子ですわ! 名前は何にしましょう!?」
「そうだな、、、
氷の様に美しい髪と眼を持った子供だから、、、
『氷の花』という意味の、、、
『アイシア』でどうだ?。」
「アイシア、、、ああ、アイシア。
可愛いこの子にぴったりの名前ですわ!」
????どういうことだ!?
あの赤ん坊がアイシア!?
どうやら、非科学的な事に、過去の景色を見ている様だ。
これは夢か?
頬をつねろうとするが頬に触る事ができない。
自分の体を見ると、体の色が無色透明だった。
薄らと光が歪んでいるため、自分の手足がそこにある、という事がわかるが、どうにもおかしい。
床には立っていられるが、物を動かすことはできない様だ。
さながら『傍観者』といったような立ち位置であろうか。
すると急に景色がガラガラと崩れ去り、新たな景色が目の前に現れる。
どうやら今度も部屋の中のようだ。
窓の外では一面が真っ白になっていて、どうやら雪が吹き荒れているようだった。
暖炉のすぐそばでは水色の髪に眼をした七歳くらいの少女が犬と遊んでいた。
毛並みの良い犬で、かなり大型だった。
アイシアが小柄というのもあって、アイシアと同じくらいの大きさだった。
2人はまるで仲の良いきょうだいの様にじゃれあっていた。
傍目から見ていても、明らかに危険だった。
少女は暖炉前のレンガの床でリボンを振り回して走り回って、犬はそれを追いかけている。
すると、少女はリボンの先を、自ら踏んでしまい、バランスを崩し、暖炉の中へ落ちそうにーーー、
時間の流れは止まった様だった。
セントの目には、ゆっくりと、非常にゆっくりと暖炉の方へ倒れていく少女、アイシアと、
主人の危険を察知した犬が回り込んで少女にぶつかって、、、、、、、
少女の悲鳴が響き渡った。
あの時燃え上がる炎を凍らせられれば。
窓の外で吹き荒れる霜嵐を操る事ができたならば。
大切な家族を
助けられたのに。
そんな声が聞こえた気がした。
無色透明のセントが少女の側に駆け寄り、その涙を拭おうとし、何にも触れられず、自身の無力感を感じるのと、
世界がまるで『痛みに耐えかねた』ようにひび割れて、壊れ始めたのは、
同時だった。