『会議は踊る……降りた幕の裏側で』
「やぁやぁ!2人とも!久しぶり!」
「あ、セント」
「お、セント」
「……?どうしたの?ウリエラ、オーラ。僕の顔に何かついてる?」
「「いや、その片眼鏡」」
「ルナさんに買ってもらったんだ!どう?似合ってる?」
「え……ダサい……」
「今時、片眼鏡は……流石にねぇな」
「…………」
セントは俯いて、片眼鏡を外し、ポケットに入れて椅子に座る。
彼はとても悲しげな顔をして、いじけたように無言で足をぶらぶらと揺らし、見かねたルナがその頭を撫でる。
「……何さ」
「気にしなくて良いわよ。だって、あの2人よ?」
「……それもそうか」
「ん?」
「あぁん?」
「忙しいので、早めに本題に入っていただけますか?あ、僕は紅茶で」
「じゃあ私もお兄様と同じく」
「俺も」
「じゃあ私も。セントさんは?」
「……僕、コーヒー」
波瀾万丈の会議が、今、始まる。
喫茶ソフィアーーーコスモス生でも知る人ぞ知る隠れた名店。食堂の隅にひっそりと佇みむ知者の居場所として、様々な著名人から愛されてきた喫茶店。
一癖も二癖もある監督生達でさえ、あるいは十癖もある教授でさえ、この喫茶店の中で暴動を起こしたりなどしない。
あのリーフレイでさえ、
この店の中ではコーヒーを飲み、論文を読むだけに留めると聞けば、その異様さがわかるだろう。
ありとあらゆる『暴力』を嫌うこの『場所』で唯一許される暴力は、分別をわきまえぬ客へ向けた店主の拳だけである。
歴史上、この場所に『店主以外の暴力』がもたらされたのは、1000年前にたった一度のみ。
コスモスという魔都において、それがどれほど『有り難き』ことなのか、理解してもらえるだろうか?
店内に流れる調和の取れた音楽は、耳障りでない程度に大きな音量で、それによって別の席の会話は殆ど聞こえず、また、自分の声も周りには聞こえないのだろう。それこそ、マナーを守らない『怒鳴り声』なんかを出さない限りは。
……言い換えるならこの場所は、互いに争うもの同士が、『拳を交わさない』ことを前提として作戦会議をするには、もってこいの場所であった。
故に今日この時、そんな中立地帯に集まった生徒が5人。
すべてを思いの儘にせんと欲する天真爛漫な暴君……ウリエラ。
人類の最高傑作たる智慧を持つ賢者……マギカ。
蜘蛛の巣のような謀略を巡らす狡猾な策士……ルナ。
武力を愛し、武力に愛された稲妻の戦士……オーラ。
溢れんばかりの好奇心と悪戯心を持つ勇者……セント。
一年生ならば、その名前を知らぬ者はいない、有名な生徒達だ。
そんな5人が円卓を囲んでいる光景は、本来ならそれだけで思わず周囲の人々の視線を引いてしまうほどに存在感あふれるものなのだが、ここは『喫茶ソフィア』。他者を過剰に気にする者なんて、最初からこの店には存在しない。
「さてと!ご大層なメンツが揃ったところで、学園祭についての情報を共有しようか!各学年ごとに『実戦』と『模擬店』の2つで競い合い、それぞれ上位の生徒には賞品が与えられるって話だよね?ここまであってる?」
とセント。
『チャポン』
「ええ。賞品も重要だけれど、それよりも『優勝したという名誉』ね」
とルナ。
『チャポン』
「知ってると思うけど、生徒会長を務めているリグドシアお兄様は6年間を通してずっと『実戦』で優勝し続けているわ。ラストレシアお兄様に至っては『実戦』と『模擬店』の売り上げ、両方とも5年を通して優勝し続けてきた……生徒会長を目指すのなら、避けては通れない道よ」
とウリエラ。
『チャポン』
ラストレシアの名を聞いたオーラがわかりやすく眉を顰める。
その確執を知るウリエラとルナはオーラの怒りを見て小さく頷き、
何も知らないセントとマギカは、他3人の表情を観察することによって『何か確執でもあるのかな?』と正解に行き着く。
「……何はともあれ、俺はどうして呼ばれたんだ?このメンツで共闘でもするつもりか?」
とオーラ。
『チャポン』
「まさか。それじゃあ、差がつかないでしょう?」
とルナ。
『チャポン』
「「「「………」」」」
ここで、この会合の席に座っているはずなのに、先ほどから一切口を開かずに、注文した紅茶に砂糖を入れ続けていたマギカに、他の4人からの咎めるような視線が集中する。
マギカ以外の4人を代表して口を開いたのはルナだった。
「……ちょっと、マギカ王子?いくら好みの問題にしても、角砂糖、入れすぎじゃないかしら?」
「ん?そうかな?じゃあ、あともうひとつだけ……」
『チャポン』
「……作戦会議の途中に甘味を嗜むなんて、随分と余裕があるようね?マギカ王子」
どこか言葉に棘を感じる言い方だ。
マギカは、砂糖の入った紅茶をスプーンでかき回し、飄々とした態度で、
「ハハハ。ルナさん、別に僕は生徒会長を目指しているわけじゃありません。あなた達のように、そこまで優勝にこだわってはいないので」
ルナは、マギカの言葉を聞くや否や、『そう言うと思っていた』というふうに、コロッと態度を変えて、
「あらそう?なら私に協力してくれないかしら?」
と、あっけらかんに頼み込む。
「あっ!ルナ!ズルい!私が頼もうと思ってたのに!!」
「ルナ!ズルいぞ!俺だってマギカ王子に協力してもらいたかったのに!」
ルナに先を越されたウリエラとオーラが、不平不満のブーイングを始め、マギカは苦笑いをする。
「ハハハ、人気者は辛いですね」
「いや〜ホントに羨ましいですね〜」
「………そう言うセンティアさんは?」
(この剣呑なムードの中で、僕に話を振らないで欲しいなぁ………)
「僕は学園祭を楽しむつもりなので、優勝には特にこだわっていないと言うか…(何コレ、苦ッ!!!!!!)」
セントはコーヒーを飲み笑顔を取り繕う。
「ハハハ。センティアさん、コーヒーが苦手なら、無理をしてまで飲む必要ないのでは?大人っぽく見えるわけでもありませんし」
「うーー、紅茶に角砂糖目一杯入れているマギカ王子に言われるとは……」
「子供っぽいセントは置いておいて、本題に入るわよ?私たちが学園祭で優勝出来るとすれば……?」
「「「実戦」」」
と、ルナ、ウリエラ、オーラ。
「「模擬店」」
と、セントとマギカ。
「「「「「………」」」」」
「綺麗に別れましたね。ウリエラとオーラ君はともかく、ルナさんが脳筋側だとは思いませんでした」
「お兄様、私のこと馬鹿にしてる?」「マギカ王子、俺らのこと馬鹿にしてます?」
「ええ。私は『実戦』での優勝を目指すわ」
「へぇ?意外!ルナさんって知性側だと思ってたのに!?理由は?」
「まず、『模擬店』の売り上げではマギカ王子に勝ち目がないこと」
「…………」
マギカ王子は紅茶を飲み始める。
「え?なんで?お兄様って商売上手なの?」「マギカ王子って商売上手なんですか?」
ルナは、マギカ王子の方を見て
「ふふふ。この話はやめておきましょうか」
ルナは妖艶に笑って言う。マギカは紅茶を飲むのをやめる。
「ハハハ。ルナさん、貴女は聡明な方ですね。ですが、ご存知の通り、『実戦』において僕は役に立ちません。玩具の銃を向けられましても………」
マギカ王子の声は先ほどと全く変わらない。話している内容には少し棘が感じられるのに、全く声色が変化しない。それが、なんとなく、印象的だった。
そんなマギカ王子の『仮面』を剥がそうと、ルナは目を細め、マギカ王子をしっかりと見つめながら、
「ごめんなさいね、貴方の気分を害するつもりは無かったの。
………ただ、私は貴方と勝負をしてみたい。
いつも私たち3人と距離を置いてきた貴方と。
舞台に上がらず、観客席に座り続けてきた貴方と。
……今こそ、貴方と私の距離を測ってみたい。
……舞台に上がってくださるかしら?マギカ王子」
「え?ルナ達、何の話をしているの?」と、ウリエラ。
「全くついていけてないのって俺だけ?」と、オーラ。
「………」
マギカ王子は、ティーカップを持ち、もう一度紅茶を口につける。
「……うーん、脳筋側だねぇ」
セントは、やれやれ、と首を振る。
ウリエラとオーラがセントを同時に睨みつける。
そんな2人を見て、驚いた
「………センティア君、食べたいものはありますか?」
「じゃあパフェでお願いしま〜す」
「「???」」
「では、注文はそちらでお願いします。お会計は僕が持ちましょう。さて、ルナさん。具体的には?」
「話が早くて助かるわ。ウリエラがオーラ、そのどちらか、あるいは両方とチームを組んで『実戦』に望んでもらいたいの。いかがかしら?」
「ん!?なら私とよね!?お兄様!」
「マギカ王子、ウリエラを甘やかしているとシスコンって呼ばれますよ!?」
マギカ王子は右手を頭に当て、心の底からため息をつく。
「……頭が痛いなぁ」
「心中お察しするわ」
「主に貴女のせいですよ?」
「自業自得じゃないかしら?」
「はぁ、では、ウリエラ、オーラ君、両方とチームを組みましょう。これが一番平和的だ」
「ん!?なら僕はパフェじゃなくてそのチームに入れてもらえる権利を要求します!!」
「はい?センティアさん、何を言ってーーー」
「パフェはまだ注文していないので!」
「それはーーー」
「いや!マギカ王子、セントは意外と頭がキレるやつなんです!是非ともチームに入れたい!」
「そうよ!お兄様ほどではないにしろ、オーラを負かすくらいには優秀よ!」
「なんだと!?ウリエラ今、何つった!?」
「オーラを負かす程度には、って言ったのよ!」
「あぁん!?」
喫茶ソフィアの中なので、能力を行使した喧嘩にはならないものの、口喧嘩を始めた2人をよそに、セントは自分をマギカ王子に売り込む。
「マギカ王子ほどではないにしろ、僕も同級生の中ではかなり役に立てると思います!『実戦』のメンバーが4人組である以上、4人目は僕を選ぶべきですよ!」
「はぁ………僕のチームを志望する理由は?」
「そりゃあ、もちろん、現時点で最も勝率が高そうなチームだからです!」
「ふむ、勝ち馬に乗ろう……と。貴方を僕のチームに入れるメリットは?」
セントは黙ってウリエラとオーラを指差す。
「……頭が痛いなぁ」
「でしょう?」
「では、実技試験です」
「受けて立ちましょう!ねぇねぇ、ふたりとも!」
「何よ!?」「何だよセント!?」
「ルナが笑ってるよ?」
「「!?」」
ルナは、セントの意図を汲み取り、妖艶な笑みと、嘲りを込めた声を紡ぐ。
「ふふふ。ふたりとも本当に可愛らしいわね。子猫みたいに言い争ったりなんかして、ふふふ……これなら、私の優勝は堅いわね」
「「………」」
ウリエラとオーラは黙り込み、互いに見つめ合い、固い握手をする。
「どうですか?」
「………ひとりよりふたり、ですか……はぁ。合格です」
「やったぁ!」
「ちなみに、マギカ王子のチームメンバーを私が一方的に知っているのは公平性に欠けるわ。だから、先に教えておくわね。私のチームのメンバーはーーー」
「んー、アレスとセレスとアイシアでしょ?」
別に興味もないよ、と言わんばかりにそっけなく言われたその言葉を聞いて、勝利を確信していたルナの笑顔がほんの少しだけ強張る。
「……どうしてそう思うのかしら?」
「いや、セレスから聞いたから……『思う』っていうか、実際そうなんでしょ?」
「……その通りよ」
ルナは、少しムスッとしながら、紅茶を一口飲む。
「あ!もしかして、そういうこと〜?」
セントは、ニッコリと……いや、ニンマリと笑顔を浮かべ、意地悪そうな目でルナを見る。
「………」
ルナは、眉をほんの少しだけピクピクとさせながら、ニッコリと微笑み返す。
「セント?なんの話をしているの?」
「俺にもさっぱりわからねぇんだけど?」
ウリエラとオーラが不満そうな声を漏らす。
セントは解説を求む声に応えて、ニコニコしながら説明し始める。
「うーんとね?僕はあらかじめセレスから聞いていたんだけど、僕が参加しないなら、セレスとアレスとアイシアはルナさんとチームを組むって約束をしていたんだって。
で、僕がマギカ王子のチームに参加することを表明したから、3人とチームを組むことが確定したからこそ、そのことを言おうとしていたんでしょ?」
「…………」
「いやぁ、やけにポンポンと物事が進むなぁ、って思っていたけど、そうかそうか。ルナさんが画を描いていたんだねぇ〜」
「センティアさん……それくらいで……」
「ハハハ、わかりました、マギカ王子。あ、でも、最後に聞いておきたいかも……」
「………何かしら?」
ルナは、ニッコリと微笑みながら、質問を促す。
「僕は想定内?」
ルナは、セントの目を見て、ニッコリと……しかし、今度は取り繕った笑みではなく、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のような純粋な……恍惚とした笑顔で、
「………ふふふ。想定外。楽しめそうで何よりよ」
「ちなみに、僕の想像と違う点って、あった?」
「……もちろん。ひとつやふたつは。たとえば、セレスさんはアイシアさんと同等、あるいはそれ以上の能力を持っているわ」
「………へぇ?もしかして僕のいない間にセレスが覚醒した感じ?」
「ええ。私はセレスさんも積極的に勧誘した。仲間の戦力を見誤っていては大将の役は務まらない。そうでしょう?」
「………ハハハッ!!ルナさん、貴女は面白い人だなぁ!」
余裕を見せるルナを、腹の底から小馬鹿にするように、セントは笑う。
そんな『想定外』なセントの反応を不可思議そうに……そして不満そうにしながら、ルナは尋ねる。
「……何か面白い点……あったかしら?」
「ハハハ!仲間の戦力を見誤っていては、大将は務まらない……ホントにその通りだと思うよ!でも、肝心の貴女が仲間の戦力を見誤っているんだから、滑稽というほかないよ!ハハハ!」
「……というと?」
もはや嘲笑を隠そうともしないセントに、若干の敵意がこもった声を投げかけるルナ。
そんなルナをニコニコと見つめながら、セントは真面目な返事をする。
「知らないのかい?セレスはお昼寝をするんだよ?」
「………?」
まるでこの世の真理を語るかの様な真剣な口調で語られた内容は、あまりにも予想外なもので、しばらく思考が停止したのちに、ルナは思わず苦笑する。
「冗談を言うのが上手いのね。私、貴方に興味が湧いちゃったわ。ふふふ」
「冗談じゃないんだけどなぁ。僕は貴女を『心配してあげている』んだけど」
「ふふふ。敵はマギカ王子だけだと思っていたけど……楽しみでたまらないわ!」
「ハハハ。貴女となら楽しい勝負ができそうだ!」
「ふふふ(思い上がらないことね)」
「ハハハ(からかい甲斐があって面白いなぁ)」
「ふふふふふ(ウリエラとオーラに足を引っ張られなさい?)」
「ハハハハハ(君はセレスの昼寝に教師の如く怒るといいさ)」
2人の策士が、爪を隠して微笑むのと、
「ウリエラ、話についていけてねぇの、俺だけ?」
「……私はついていけているわ」
「…………嘘つけ、わかるなら解説しろよ」
「……認めるわ。わからない……」
「……だよな」
2人の戦士が、首を傾げるのと、
「ふふふふふふふっ!(最後に勝つのは私よ!)」
「ハハハハハハハッ!(最後に勝つのは僕さ!)」
「………ほんっっっとに……頭が痛いなぁ……」
1人の賢者が頭を抱えるのは、同時だった。
解説
ちょっと今回、言語化されていない読み合いが多いので、3人の視点から互いに考えていたことを一部説明させて頂きます。本来なら上手いこと本文に散りばめて、聞き手の皆様に察して頂けるようにするのが一流の語り部というものなのでしょうが、私は一流ではありませんし………まぁ、ちょっと都合が悪いことがあるのです。そのうちわかります。
まず、ルナの脳内には『マギカ王子が極めて高い知能を持っている』という前提があります。
これがマギカではなくオーラだと成り立ちません。ええ、馬鹿にしています。
ルナが「まず、『模擬店』の売り上げではマギカ王子に勝ち目がないこと」という言い方をした際、マギカ王子が紅茶を飲み始めます。
紅茶といってもGrandeサイズでもTallサイズでもなく、一般的なティーカップに入った普通の量の紅茶です。飲み干すまでそれほど時間がかかる代物ではありません。ただ、実際には、脳筋2人組の発言や、ルナの「ふふふ。この話はやめておきましょうか」という発言が終わるまで紅茶に口を付け続けています。明らかに飲むのが遅すぎます。
その後も、ルナに「……舞台に上がってくださるかしら?マギカ王子」と言われた際、もう一度紅茶に口を付けています。
言い換えれば、『紅茶はその時点でまだ残っています』
実は、マギカ王子……ほとんど紅茶を飲んでいないのです。
それに気づいたのはルナ、そしてセントの2人だけでした。
人の心理に詳しい2人は、それがマギカ王子からの『それについては話したくない』という合図であるとすぐに理解します。
マギカ王子も、ルナにならばうまく意図が伝わると信じて、あえてティーカップの紅茶の水面が殆ど下がっていないことを見える様にしていました。
さて、つまり、ルナが話そうとしていた内容は、マギカ王子がウリエラやオーラ……加えるならばセントの前で、話してほしくはない情報だったということになります。
その上で、ルナは、自身の優位性を見せつけながら、
「ふふふ。この話はやめておきましょうか」
などと言って笑うわけです。意地悪な子ですね。そこが魅力。
少し話題がそれますが、この時点で、マギカ王子とルナとの間に、認識のズレが生じています。
ルナの「あらそう?なら私に協力してくれないかしら?」という発言を受けて、マギカ王子は
『実戦でウリエラとオーラに勝ちたいから、私のチームに入って』
という意味に捉えています。
というか、あの場面でそう言われたら普通、そういう意味にとります。
ですが、ルナの意図はその逆です。
『敵として真正面から戦ってほしい、その上で私に実力で負けて、私の優秀さを証明する協力をしてほしい』
負けることを想定していないとは、実にルナらしいですね。
彼女が恐れていることは『マギカ王子のチームに負けること』ではありません。
そんな可能性、最初から考えてさえいません。
彼女にとってマギカ王子に勝つのは前提、その上で避けたいのは『力を抜かれること』です。
彼女が勝ったとしても、周囲の生徒達が、
『マギカ王子がルナを勝たせてあげた』
『マギカ王子は本気を出していなかった』
などと考えてしまうようでは困るわけです。彼女が心配しているのはそこなのです。
故に彼女は、『敵として全力で戦うこと』をマギカ王子に求めています。
簡単にまとめましょう。
ルナ、ウリエラ、オーラは各々、マギカ王子に協力を求めていますが、
ルナ「敵として全力で戦って」
ウリエラ・オーラ「味方として全力で戦って」
と、いう意味で発言しているわけです。
しかし、ルナの意図はマギカ王子に伝わっておらず、マギカ王子はルナのチームに加わってほしいと……
『こちらはそちらの弱みを握っているのだから、ウリエラとオーラの申し出を断って、私のチームに入りなさい』
と、脅されていると感じたわけです。
故にマギカ王子は答えます。
「ハハハ。ルナさん、貴女は聡明な方ですね。ですが、ご存知の通り、『実戦』において僕は役に立ちません。玩具の銃を向けられましても………」
と。
この発言をウリエラ達にも分かりやすく翻訳すると、
「僕が話してほしくない情報を知った上で、それを公衆の面前でちらつかせ、僕の反応を見て交渉を始めるとは、実に人を脅すのが得意なようですね。ですが、ご存知の通り、僕は戦闘が得意というわけではありません。なので、僕をチームに入れるメリットはありません。そして、そもそもそれは『弱み』ではありません。そんなちゃちな道具で人を脅すことができると思わないことです。そんな玩具の銃のようなものを向けて、脅そうとしても、滑稽以外の何物でもありませんよ?」
となります。この発言に含まれた『何がしたいんでしょう?』というマギカ王子の疑問と嘲笑の感情をルナは察し、ルナとマギカ王子の間に認識のズレがあることに気が付きます。
「ごめんなさいね、貴方の気分を害するつもりは無かったの。
………ただ、私は貴方と勝負をしてみたい。
いつも私たち3人と距離を置いてきた貴方と。
舞台に上がらず、観客席に座り続けてきた貴方と。
……今こそ、貴方と私の距離を測ってみたい。
……舞台に上がってくださるかしら?マギカ王子」
ルナは、自身の要望を改めて直接伝えることで、誤解を解こうとします。
婉曲的な言い回しなので、ウリエラやオーラには伝わりませんが、マギカ王子には十分に伝わります。
ちなみに、ルナ自身は自覚していないのですが、ここにルナがマギカ王子に対して感じている印象が含まれています。
……『見下されている』と。
舞台で踊っている自分達と、それを見て楽しむ観客。
これについては色々な見方があると思いますが、ルナの中で観客の方が偉く、舞台で『踊らされている』人々は偉くない、という認識があります。実に傲慢な貴族らしい。
(いや、まぁ、私達も、あの世界の住人から見たら似たようなものなんでしょうけど)
いつも周囲の人々を操ろうと試み、実際に思い通りに動かしてきたルナにとって、
まるでこの世界という舞台には『操る賢者』と『踊らされる愚者』がおり、
賢者というものは決して舞台で踊らず、舞台で踊るのは愚者のみ、という認識が心の奥底にあります。
しかし、彼女は自身が自覚している以上に自己顕示欲が強く、表に出てこない黒幕に憧れながら、舞台に立って賞賛を得たいという矛盾を抱えています。未熟ゆえの矛盾です。
ちなみに、セントは表に出ない黒幕役も、表で賞賛を得る英雄役も大好きなタイプの人間です………だから『勇者』という役割は、彼に適した役割であると言えます。
さて、シャルルと呼ばれる前に話を戻しましょう。
ルナから『敵として全力で戦ってほしい』と頼まれたマギカ王子は、もう一度紅茶を口につけます。
ええ。飲むのではありません。口を付けるのです。
『少し考えさせてください』という意味です。
しかし、いくら鈍感なウリエラとオーラとはいえ、
『流石に紅茶一杯飲むのに時間かかりすぎじゃない?』
とそろそろ疑い出してもおかしくない時間です。
以上のやり取りを、『全て』理解した上で、なんやかんやでお世話になっているマギカ王子のために、セントは助け舟を出します。
「うーん、脳筋側だねぇ」と。
セントは、やれやれ、と首を振り、
ウリエラとオーラが、同時にセントを睨みつけるのです。
ウリエラとオーラの視線、注目、認識をセントに釘付けにするのです。
必然的に、マギカ王子は注目を逃れ、のんびりと考えることができるようになります。
マギカ王子は、セントの助け舟を理解しつつ、複雑な心持ちのまま、それを有効活用しようと考えます。
セントの助け舟へのお礼と、さらなる時間稼ぎのために、
「センティア君、食べたいものはありますか?」と言い、
セントは大喜びで
「じゃあパフェでお願いしま〜す」と言います。
マギカ王子が、「では、注文は自分でして下さい。お会計は僕が持ちましょう。」と言った時点で、彼の中ではある程度思考がまとまっていました。
そんなわけで、彼は続けます。「さて、ルナさん。具体的には?」と。
ここからの会話、
ーーーーーーーー
「話が早くて助かるわ。ウリエラがオーラ、そのどちらか、あるいは両方とチームを組んで『実戦』に望んでもらいたいの。いかがかしら?」
「ん!?なら私とよね!?お兄様!」
「マギカ王子、ウリエラを甘やかしているとシスコンて言われますよ!?」
マギカ王子は右手を頭に当て、心の底からため息をつく。
「……頭が痛いなぁ」
「心中お察しするわ」
「主に貴女のせいですよ?」
「自業自得じゃないかしら?」
「はぁ、では、ウリエラ、オーラ君、両方とチームを組みましょう。これが一番平和的だ」
ーーーーーーーー
を意訳すると、
ーーーーーーーー
「チームメイトが弱かったなんて言い訳は許さないわ。
ウリエラとオーラ、片方だけチームに入れるだなんて、もう片方が許さないに決まっているわ。なんだかんだでゴネて、面倒臭いのは目に見えている。貴方が盲目じゃなければ、そんな未来は簡単に見えるわよね?だから、ウリエラとオーラを『両方とも』チームに入れて、最強の布陣で臨んでね。ちゃんと倒してあげるわ」
「ん!?なら私とよね!?お兄様!」
「マギカ王子、ウリエラと組まないでください!要するに、俺と組んでください!」
マギカ王子ら右手を頭に当て、心の底からため息をつく。
「……えー。この2人と?そりゃあ、能力は強いんでしょうけど、その分、司令官の腕の見せ所になるじゃないですか。チェスで喩えるならクイーンを2体持って勝負ができると言うこと……それで負けたら恥晒しもいいところじゃないですか」
「チェスで喩えるならクイーンを2体持って勝負ができるというようなものよね?負けても言い訳は許さないわ。可哀想に。恥晒しになるしかないだなんて。ふふふ」
「笑うのやめてくれません?貴女のせいでこうなっているんですよ?攻撃しておいて可哀想とか考えているのだとしたら、サディストにも程がありますよ?」
「私を責めるような真似はやめて?脅されるようなことをしているのが悪いでしょう?私はそれをうまく使っただけよ。ふふふ」
「どうせ負けても別に減るものじゃないし、勝たせて満足させてあげればいいか。もう負けると決めた以上は、出来る限り面倒臭くならないように最善の選択をすることにしよう」
ーーーーーーーー
となります。こうしてみると、本当に意地悪ですねぇ。ルナもですけど、マギカ王子も。
そしてここから『ヤツ』が動き始めます。
天真爛漫に場を引っ掻き回す道化が。
彼は言います。
「ん!?なら僕はパフェじゃなくてそのチームに入れてもらえる権利を要求します!!」
と。
訳すと、
「助け舟を出した褒美なら、パフェを奢ってもらうよりも、マギカ王子のチームに入れる権利の方がいい!」
です。結構そのままですね。
セントとしては、
(なんかで優勝したい。というか、景品が欲しい。僕が勝てるとしたら『模擬店』の売り上げの方だろうけど、そこそこ頭良さそうで負けず嫌いっぽいルナさんが勝負を捨てるってことはマギカ王子に勝つのは相当難しいんだと思う。ああいう負けず嫌いなタイプが勝負を捨てるのは、負けると分かっている戦いに参加した結果、予想通りに負けてプライドが傷つくのが嫌な場合が多いからね。プライドなんてそんな大切なものじゃないんだし、負けてもプライドが傷付くだけなら勝負するだけしといた方がお得だと思うんだけど、感情で動いちゃうのもしょうがないよね。子供だもん)
と考えています。中々に見下していますね。感情をさほど重視せず、実利のある選択を合理的にするという点では、テトラやリーフレイに通ずるところがありますね。
マギカ王子はセントとチームを組みたくないので、凄く嫌がります。本当に嫌がります。
(理由?どこかが痛くなるからですよ〜)
マギカ王子としては、落とすつもりで面接をするのですが、セントは暴君2人が喧嘩をしているのを逆手に取り、彼らを仲裁することで、『僕をチームに入れれば彼らの衝突を減らせますよ』と、中々に大きなメリットを提示しようとしたわけです。
その過程で、『ルナがウリエラ達を笑っている』と言いましたが、
それを聞いたルナはすぐさまセントの意図を察知し、
あえて嘲笑うことで自分を2人の共通の敵に見せて、ウリエラとオーラを仲直りさせ、
セントをマギカ王子のチームに送り込もうとしました。
ルナもセントをマギカのチームに入れたいのです。
ルナがセントをマギカのチームにねじ込みたい理由は、
①完全勝利を宣言するためにもマギカに最強のチームを作らせたかったから。(言い訳防止)
と、もうひとつ……セント自身が示唆していましたが、
②セントにアレス達以外(この場合はマギカ達)とチームを組ませることで、アレス達との約束によってアレス達と確実にチームを組むことができるようになるから。
の2つです。
アレス達は『セントがアレス達とチームを組まないと言ったなら、ルナとチームを組む』と言っているわけなので、セントがマギカのチームに加わってくれるというのは、願ってもないことなのです。
この時点では、ルナはセントが『アレス達とルナの約束』を知らないと思っています。まぁ、実際にはセレスからネタバレされていたんですけど。
結果的に全てうまくいき、
マギカ、ウリエラ、オーラ、セントのチームと、
ルナ、アレス、アイシア、セレスのチームが、
ルナの描いていた理想通りに結成されました。
ちなみに、ルナの思惑は『マギカ王子に正真正銘勝利したい』という目的の他に、
『マギカ王子がリーダーを務めるチームを作ることで、そこに加わるウリエラとオーラはリーダーシップを発揮しにくく、生徒達から、リーダーとしてではなく、リーダーを支える人材として見られるようにする』という目的もあります。
マギカ王子とルナが戦い、勝利すれば、その『部下』であったウリエラとオーラは言わずもがな、ルナの格下ということになりますからね。
……と、ここまではルナの思惑通りに進んでいましたが、ルナには大きく分けて2つ、誤算がありました。
ひとつ目は、我らが勇者……セント君の存在です。
彼はルナの思惑を全て理解したうえで、優勝候補のチームに加わるために利用するという、かなり上手い立ち回りを演じました。
それだけではなく、
『マギカが全力を出せるチームを作り、そのチームにセントをねじ込み、そのあとアレス達との約束をバラす。マギカ達からの印象を考えると今更抜けることは難しく、そのうえでアレス達には
『セントさんは、自分の意思でマギカ王子のチームに加わったわ』
などといけしゃあしゃあと言って(確かに、嘘ではない)、すべてがうまくいく』
というルナの思惑を見透かし、
《意訳》
「ねぇねぇ〜?もしかして、僕がアレス達とルナさんの約束を知らないと思ってた〜?その上で、『すべて私が望んだ通りの結果になった』って、勝利宣言しようとしてた〜?
僕は、その約束を知った上で、マギカ王子のチームに加わることを選んだわけだから、そこらへん理解しておいてね〜?決して、無知ゆえに貴女の思い通りに動いたわけじゃないんだよ〜?
って、僕がこんな感じのこと言うなんて、想定してたぁ〜?ハハハッ!」
と、皮肉を交えた啖呵を切りました。
上記の通り、セレスから約束のことを聞いていた……というのはもちろんのこと、セントがそんな風に自分の計画を言い当ててくるのも、『想定外』でした。
ルナにとってセントとは、アレス達についていた『おまけ』に過ぎなかったのですが、今回の一件を通して、セントに対する彼女の認識に変化が起きています。
『操るべき駒』から、『話の分かる人間』、最終的には『自分に近い視点を持つ策士』と認めるまでに至りました。
ふたつ目は?
彼女は知らない。
セレスは、たとえどんな状況であっても、寝ると決めたら寝る、と。




