『何があっても千切れぬ繋がり』
校長から、出発予定時刻の変更がアナウンスされてから、大急ぎで準備を終えたクリスタリア生達は、
始まりの世界の聖神都市の港に集められていた。
「皆さん、忘れ物には注意してください。
しばらくこちらに戻ってくることは出来ませんし……出発が早まったこともあって、忘れてしまったものがあるかも知れません。
今一度確認することをお勧めします」
カルスト先生のダメ押しが、雲ひとつない空の下に響く。
夕焼け半ばといったような太陽が、
揺れる湖面に映り込み、魚の鱗のような模様を描いている。
世界の中心である聖神都市……巨大なウェディングケーキのような白亜の都市を囲む巨大な湖。
それはまるで海のように雄大であり、ケーキを乗せる青い皿のように平であり、アトラス大陸全土へ生命の源たる水を行き渡らせる川達の水源でもある。
ケーキの麓……白亜の都市と湖を繋ぐ港には、これまた巨大な船が6隻、列を成して停泊している。
全長は150mほどだろうか?まるで水の上に浮かぶ城……あるいは木で出来たバケモノ……田舎者のセントの眼にはそのように映る。
セントは恐る恐る隣に立っているマギカ王子とケトラシアの方を見る。
2人は目を見開き、軽く口を開けて絶句している。
ああ、良かった。
これは王子達の眼にも『異常』なのだ。
周囲の生徒達を見渡すが、この巨大な船の存在に驚いているのはセント達だけだった。
「ねぇ、ジェイド……あんまり驚いていないみたいだけど、あの大きな船を見て驚かないの……?」
ジェイドは少し考えて、何かに気付いたように手をポンと叩き、
「あぁ、そっか!セント達はあの船を見るの、初めてなのか!それなら驚くのも普通だよね!」
まるで、ジェイド達は初めてではないような口振りだ。
「君達の国ではあんな船が普通に存在するの?君達って巨人?」
「ははは、違う違う!僕達は、クリスタリアの入学試験を受ける時にこの船に乗ったことがあるんだよ!」
ようやく、彼らが全く驚いていない理由がわかった。
今や、世界の中心に存在するこの都市で過ごす仲間達とはいえ、元はと言えば世界各地の都市で過ごしていたのだ。
この学園に集うことがなかったならば、きっと一生会うことなど無かったに違いない。
そんな彼らが、大陸の東西南北各地から世界の中心に来るにあたって、用いる手段のひとつとして船が選ばれるのは自明の理だ。
アトラス大陸の川のほとんどは、この湖を水源としているのだから。
言い換えれば、川を遡っていけば、この都市に辿り着くのだから。
「あー、そっか!じゃあ僕やマギカ王子達が驚いているのは、試験を受けていないからか!なるほどね!」
「……裏口入学どもめっ!」
やや黒みがかかった黄色の髪と目をもつ少年が、小さな声で、しかし怒りの籠った声を吐き出す。
彼は、キレイト=プロメシア……定期テストが終わって以降、やけにマギカとセントを敵視している生徒だ。
無理もない話だ。セントやマギカの受けていない入学試験で1位をとったというのに、入学後にその2人とその他の6人の生徒に負け、第9位の座に甘んじることとなってしまったのだから。
(どこかの国の王族か何か知らないけど、自身の派閥よりも新参者の僕の派閥が幅を利かせているのか我慢ならないらしいね。ハハハ、こういう奴って虫みたいに湧いてくるよね〜)
定期テストが終わって以降、セントの派閥に加わる者もいれば、彼のような敵対者も『湧き』つつあった。
マギカ王子とセントはキレイトの方に軽く目をやり、次にお互いに目を見合わせ、その後に清々しいほどの笑みを浮かべて、また声の主の方を見る。
「ハハハッ!僕に定期テストで負けたヤツがなんか言ってる〜!ハハハッ!」
「笑わないであげましょう、センティアさん。彼は入学試験で1位だったのですから。
僕らが受けていないとはいえ、1位を取ることは素晴らしいことです。
敬意を持ってあげましょうよ、ハハハ」
「まぁ、確かにマギカ王子はともかく、僕は彼と順番ひとつしか変わりませんし、あまり大きな顔は出来ませんね〜。
うんうん!君は凄いよ!クリスタリアで第9席なんだから!」
そこに敬意など微塵もない。
侮りと嘲りのミックスジュースがキレイトにぶっかけられる。
「……クソがッ……」
「ハハハ、ここが平地で良かったですね」
「全くです!ハハハ!」
「「「???」」」
ジェイド達の頭に?が浮かぶ。
「アレ?みんな静かになっちゃって。僕達なんか変なこと言った?」
「……もしかして僕達、スベってしまいましたか?」
「ごめん、マギカ王子もセントも、どういう意味なのかわからないよ……」
「いや、だから、平地だから負け犬の遠吠えが反響しなくて良かったね?ってことだよ?」
「申し訳ない、難しかったですよね……」
「……お兄様もセントも、たまに会話の難易度が跳ね上がるよね〜」
ケトラシアがため息混じりに呟くのと同時に、セント達一年生が乗り込む番が来たようで、今まで目の前に停泊していた船が進み始め、次の船がセント達の目の前にて停泊する。
とまった船の甲板ーーー港の地面から30mほど上方より、
何枚もの木の板がフワフワと飛んできて、空中にて静止し、何十段もの階段を作り出す。
「……これってどういう原理で浮いているんだろう?」
「ふむ、パッと見た所だと木の板の側面に打ち付けられた鉱石が互いの座標を記録、再現しているとかその辺ですかね」
「あ!確かに側面になんか鉱石が埋め込まれてますね!流石マギカ王子!目の付け所が鋭い!」
「ハハハ、お世辞は結構ですよ。この人数が船に乗ることを考えると、あまりモタモタするべきではないでしょうし、さっさと上がってしまいましょう」
セントは、互いに平行に浮きながら階段の踏み場を作り出している木の板の上に、恐る恐る足を乗せ、体重をかけていく。
木の板は僅かに揺れるものの、フワフワと浮きながら一定の位置に留まり続けている。
列の先頭にいたセントは、木の板に足を置こうとして、その板の裏側に一本の切れ込みが入っていることに気がつく。
(アレ?………んーー、コレは……)
「……うわぁ!凄い!水の上に浮いている木の板みたい!」
セントは、確かめる意図を持って、木の板の上で何度もジャンプを繰り返し、まるでトランポリンのように遊ぶ。
数秒経っても跳ね続けるセントを見かねたようで、早く船内に行きたいマギカ王子がすこし苛立ちの籠った声を出す。
「…………センティアさん?はしゃぐのは勝手ですが、早く行ってくれませんか?後ろがつっかえてーーー」
『バキッ!!』
その時だった。かなりの荷物を持ったセントが負荷をかけすぎたためか、
木の板は『真ん中で綺麗に真っ二つに』割れ、
必然的にセントは重力に引かれーーー
『バシャーンッ!』
湖の中に落ち、盛大な水飛沫を上げた。
「………セント……君ってやつは……」
ジェイドは頭を抱え、カルスト先生も頭を抱え、ケトラシアも頭を抱え、マギカ王子は顎に手を当て、キレイトは嬉しそうにニヤける。
「全く……センティアさん、貴方は栄えあるクリスタリア生としてもう少し思慮深く行動するべきです。しばらく溺れていなさい」
「ゴボッ!むじびッ!ちょっ!」
「はいはい、今紐おろすよ〜」
ケトラシアは、荷物を縛っていたロープのひとつを解き、港の陸地から1メートルほど下の水面でバチャバチャと溺れているセントに向かってロープをおろす。
「ゲホッゴホッ!
あ、ありがと、ケトラシア…..」
セントは水を吐きながらケトラシアに引き上げられる。
ケトラシアは小柄ながら、流石の怪力で、セントの体重がかけられたロープをスルスルと引っ張っていく。
ロープに掴まり、ケトラシアに引き揚げられながら、セントは呟く。
「……一本釣りされるのってこんな気分なのかな?」
ーーーよもや学園祭後に、網にかかって引き揚げられることがあるなど、予想だにしないセントであった。
ーーーーーーーーー
セントのせいで一段欠けてしまった空中階段を他の生徒達は登り終え、最後に残ったのはケトラシア、マギカ、そしてセントだけだ。
マギカ王子は、まるでそこに階段があるかのように足を踏み出しーーー、
「ん!??」
ーーー『虚空を踏む』
まるで初めて『魔法』を見たかのような……目の前の原理を全く理解できないセントの反応を見て、マギカは振り向く。
「おや?センティアさんは虚空歩きをご存知ないのですか?」
「その口ぶりだと『技能』か何かですか?」
「ええ。自分の座標を世界に固定する技能です」
「何それすごい……」
「語彙力が僕以下になってるよ!セント!」
嬉しそうに笑いながら、ケトラシアは階段の右側の虚空に向かって飛び、『虚空を踏み込み』、今度は左上に向かって飛び、マギカを追い越して階段に立つ。
「と、まぁ、僕が教えたのですが、今となってはケトラシアの方が上手ですね」
「えぇ………じゃあ『要らなかった』んですかぁ……?」
当たり前のように呟くセントの言葉に、マギカはピクリと反応し、ケトラシアは首を傾げる。
「要らなかったって何の話〜?」
「ということは、センティアさん、先程のアレは『わざと』ということですか?」
(僕のやった事に気付いて、その上で『わざと』かどうかを聞いてくる……クロノス教授とそっくりだね!
とはいえ、クロノス教授は『わざとじゃろ?』って断定的な感じだったけど、マギカ王子は『わざとということですか?』って疑問形かぁ……生きてきた時間の差かな?)
「ハハハ、マギカ王子……やっぱりクロノス教授の孫ですね!その通りです!」
「クロノスさんがどうかしたのですか?」
(クロノス『さん』か……
……なんかクロノス教授との間に距離を感じるなぁ。別に他人の家庭の事情に口を出すのは、文字通りお門違いだろうけども)
「クロノス教授も、僕に似たようなことを言ったんですよ!」
「…………船旅は長いことですし、クロノスさんとの思い出話、色々と聞かせてもらえますか?」
「えぇ!もちろん!」
「……2人とも、僕の存在忘れちゃってる?」
「ケトラシア、まだわかりませんか?
すぐに答えを求めていては思考力が発達しませんよ?」
「へっくしょんっ!!!ご、ごめん、2人とも、船にあがりながら話さない?僕、このままだと風邪ひいちゃう……」
マギカはセントの嘆きを聞き、やれやれ、と首を振り、階段を上りながらケトラシアへの授業をし始める。
「荷物を持っていたとはいえ、センティアさんはそれほど重いわけではない……荷物を持った12歳の子供が跳ねた程度で割れる板が、カルスト先生のような大人も乗る階段に使われるだなんて、あり得ないと思いませんか?
もしその程度で割れてしまうなら、体重の重い人なんて普通に乗っただけですぐに割れてしまうじゃありませんか。
とはいえ、センティアさんが何度か跳ねるまであの板は階段として機能していた……細工が上手ですね。きっと、普通の荷物を持って普通の人が登るだけなら、絶対に割れないように細工したのでしょう。
……そして、僕のたくさんの荷物を持つケトラシアが通った際に割れるように、細工を施したのでしょうね」
「えぇ!?僕狙い!?僕恨まれるようなことなんて……ちょっとしかしてないよ!」
「……その『ちょっと』については、あとでじっくりと聞かせてもらうとしましょう。恐らく狙いはケトラシアではなく、ケトラシアの持っていた私の荷物です」
「えぇ?それはそれでなんか悲しい……」
「まぁ、そもそも僕らには効果が無いのですがね。僕らが虚空を『踏める』という事実を知らないことを『踏まえる』と、犯人はザクロ王国の関係者以外と見ていいでしょう」
(ザクロ王国のどこかの公爵家の御曹司さんは自由落下で倒せたんだけどなぁ。同じ王国出身のお偉い様でも、こんなに差がつくものなのかぁ……。
まぁ、オーラは木の実を食べてからそんなに時間が経っていない一方、マギカ王子はウリエラと同じく赤ん坊の頃に能力を得ていたんだっけ?鍛錬できる時間に差があれば、そりゃあしょうがないか。
………ん?ってことは、ウリエラもこんな感じってこと?
え?そんなの、まず間違いなく学年最強じゃないの?
校長達とクロノス教授の私有世界に飛ばされる前にウリエラに殴られたけど、そんなに痛くなかった気がするんだけどな……手加減してくれたのかな?
………あのウリエラが?)
『ーー不敬罪ですわ』
(うわっ!ちょっと声似せるのやめてよ!心臓止まるかと思ったじゃん!)
「センティアさん?どうしたんですか?突然立ち止まったりして。心臓が止まりかけたみたいな顔ですよ?」
「うっ!今ちょっとバランス崩れかけて……ここから湖に落ちたら死んじゃいますかね?」
セントは咄嗟に嘘をつく。
科学者については、話さない方が良いだろう。
ただでさえ、少し前の定期試験にて、カンニングに用いたばかりなのだから。
(オーラと一緒に自由落下したのもこれくらいの高さだっけ?うわぁ、この高さから落ちたらそりゃあ無事じゃいられないよね。
霜嵐の世界使わなくても大丈夫だったかも。
というか、昔の僕、よくこの高さから飛び降りられたね……流石『勇者』!!)
『ーー自惚れているね』
「確かにこの高さから落ちたら、いくら下が水だからとはいえ無事では済まないでしょうね」
「ふふふ!僕!落ちなーい!」
「いいなぁ〜」
「そこの3人!早く登ってきなさーい!」
「急ぎましょうか」
「急げ急げー!」
「走ったら落ちそうだなぁ……」
3人が急ぎ足で階段を登り終えると、甲板の上では目立つ帽子を被った船乗りが生徒達に船の設備を説明している所だった。
「それじゃあ設備を説明するぞ!まずはーーー」
「ヘクションッ!!……すみません、先に風呂があるか教えてください……」
全身ずぶ濡れのセントが身体を震わせながら懇願する。
「風呂って……まぁ、この規模の船ならあるのかもしれませんが……」
「僕お風呂大好き〜」
マギカとケトラシアの独り言に続き、船乗りが哀れみの目をセントに向けながら、
「……シャワーはあるが、風呂はないぞ」
「そんなッ!?こんな立派な船なのに!?」
「無いものは無いッ!安心しろ!シャワーは淡水だ!」
「淡水かどうかではなく、温水かどうかが肝心です!」
「ここは船だぞ!?シャワーは冷水だッ!」
『バタンッ!』
セントは哀れにも地に臥す。木製の甲板に打ち上げられた魚のようなセントを見下ろしながら、マギカはため息をつき、
「ケトルでお湯を沸かして掛けてあげれば生き返りますかね」
「確かに!試してみる!?」
「……ケトラシア……今のは冗談です」
マギカ王子はしっかりと訂正をする。
ケトラシアならやりかねない。
その事実を理解しているからこそ、彼はしっかりと訂正する。
『ーーセント、カップラーメンになりたくなかったら今すぐ起き上がったほうがいい』
(うぅ、科学者、カップラーメンってなんだよぉ〜?)
『ーー良いから立ちなよ。みっともない』
(うぅぅぅ!!)
「地図はここの他に各階の廊下の壁や階段の踊り場なんかに掛けられているから各自参照するように!
また、万が一船が沈没しそうな際には我々の指示に従って最も近くにある救命ボートに乗ること!
今回我々が通るのはアトラス大陸の南西の端……ザクロ王国へ繋がるアハト川だ。
アトラス大陸の河川の中でも最大級の川幅を誇る四大河川のひとつだ!
我々はアハト川のうち南東側の『川岸線』に沿って移動する!座礁しないためにもある程度の距離をとって運航する必要があるから、船が沈没するタイミングによっては陸が見当たらない可能性もある!
故に万が一転覆した際はボートや浮き輪に付けられた方位磁針を用いて、必ず『南東』に向かうこと!
間違って北西に向かってしまった場合、陸までかなりの距離を移動する必要があるから、そのつもりで!」
「……アレ?もしも救命ボートの方位磁石の近くにコッソリと磁石をくっつけておいて、狂わせておけば……完全犯罪になるのでは?」
「センティアさん、誰でも思いつくでしょうけど口に出してはいけませんよ」
「……お兄様もセントも……普通思いつかないと思うな。そんなに遭難させたい人がいるの?」
ザクロ王国出身の3人は、勝手知ったるアハト川関係の説明を聞き飛ばし、雑談をする。
「次にシャワーの利用時間について!18:00-20:00は男子専用、20:00-22:00は女子専用、22:00以降は俺たち船乗り含めて性別に関係なく自由利用とする!」
「……アレ?これって20:00過ぎて、片付けや着替えがもたついたことにすれば……」
「センティアさん。同じことを2度も言わせないでください」
「コレは僕も思いついた!」
「ケトラシア、誇ることじゃないですよ」
「なお!船上においてルールを破ったものは到着までマストに亀甲縛りで吊し上げるからそのつもりで!」
「うわっ!痛そう!やっぱり捕まるのは良く無いよね!」
「まぁ、僕とケトラシアは虚空歩きを習得済みですから、そこら辺は無問題ですかね」
「……お兄様もセントも、そもそもルール守ろうよ……」
「ザクロ王国出身の3人のうち1番常識的なのが歳下のケトラシア君っていうのはどうなの……?」
「まったくだ……。
『捕まらなければどうと言うことはない』と言わんばかりのセント。
『捕まっても逃げれば良かろう』と言わんばかりのマギカ王子。
………コスモスという所はこのような生徒たちがギュウギュウに敷き詰められた魔境なのだろう?考えただけでも恐ろしい……」
ジェイドとリンドはまだ見ぬ敵に恐れを抱き、その2人の嘆きを耳にしたケトラシアが疑問を思い出す。
「あ!そういえば、セントってクリスタリア生として参加するの?それともコスモス生として参加するの?」
ケトラシアの明るい声が甲板上に響き渡り、それと同時に船が動き、床が揺れ始める。
「「「ん???」」」
クリスタリア生のうち、セントの作った派閥に属する生徒達が同時に声を漏らす。
「リーダーはクリスタリア生として参加するんだろ?そうだよな?」
「でも、確か学籍はコスモスに残したままなんじゃ無いっけ?」
「え?待って?僕達セントと戦うの?セントって敵になったら凄い面倒なやつじゃない?」
「味方だと弱いのに、敵になった瞬間強くなるタイプだぞ、セントは」
ちょっとした騒ぎの渦中にありながら、セントはのほほんとしている。
(ハハハ、台風において荒れるのは周囲なのさ。台風の目はいつだって静かに佇んでいるものだよ)
「じゃあ、敵になる前に腕の一本でも折っとく?」
「!??ちょっと!!?今、おっそろしいこと言ったの誰!?この中にコスモスのスパイがいるよ!?」
『ーーー静かに佇むんじゃなかったのかい?』
(腕折られちゃたまらないよ!)
台風の目から突き飛ばされ、荒れ狂う風に吹き飛ばされているセントは、少し考え、
「うーん、クロノス教授の授業時間を含めるなら…..過ごした時間は同じようなものなんだよね〜」
「やっぱ折る?」
「折らないで!?」
「「「ははは!」」」
冗談半分本気半分で笑う生徒達を余所に、マギカ王子はセントの話に興味を惹かれたようでセントの方を向く。
「ふむ、センティアさんはクロノスさんの私有世界に行った事があるんですか?」
「ええ。友人たちと五日間くらい過ごしました」
「あの人は気難しい人ですからね」
「そんなに気難しい人ですか?僕は結構気に入って貰えたみたいで、将来的に王族派の議員にならないか?とまで誘ってもらいましたけど……」
「……なんと!…….そうですか。世界は狭いですね」
「ですよね〜。僕は『石壁の迷宮世界』でケトラシアに助けてもらった時に世界の狭さを痛感しました」
「ちょっと!セント!僕の話よりも!結局どっちで出るの!」
ケトラシアは少しプンプンしながら、話を逸らすセントに再度尋ねる。
「うーーーーーん。コスモスにはとても強い一年生が居てね〜。まぁ、僕の親友なんだけどさ。彼に勝てると思えないんだよね〜」
マギカ王子は、セントのセリフに首を傾げ、
「……『彼』?『彼女』ではなく?
一年生最強はウリエラではないのですか?
であれば、オーラ君とかそこら辺でしょうか?」
(妹に対する自信が凄いね……まぁ、確かに、王家の血を継いでいて、尚且つ幼少期から能力を身につけているウリエラが最強だと思うのも無理のない話か……アレスって色々な意味でイレギュラーだし……校長に育てられたら、そりゃあね?)
「あぁ、いえいえ!オーラには勝てたんですよ。紆余曲折あって。その最強の生徒はアレスって言うんですけど……」
さりげなくオーラに勝ったという自慢話を混ぜる。
「アレス?聞いた事がありませんね?国外からの留学生でしょうか?」
(ありゃ?オーラに勝ったことについてはノータッチ?
なんか、オーラ、少し不憫だなぁ……
アレスについては……あんまり勝手に話すのも良くないよね。どこまで話すのかは本人に委ねたほうがいいか)
「まぁ、詳しいことは彼自身に聞いてみてください。
何はともあれ、僕は彼に勝てる未来が思い浮かばないんですよね〜。
ウリエラが戦っているところを見たことはないんですけど、流石にアレスには勝てないんじゃないかなぁ〜、とか言ったら『不敬罪よっ!』って言われちゃいそうですけどね」
「ウリエラで勝てないなら僕も勝てませんね。ケトラシアならどうかな?」
「ははは!僕最強!」
ケトラシアはわんぱく小僧のように、年相応の笑顔を見せる。
「あーー、でもケトラシアって出場するの?」
「うーん、多分出場しないかな!厳密には生徒じゃないし!」
「そっか。ケトラシアが敵になるかもしれないならクリスタリア生として戦うけど、ケトラシアが出ないならアレスと戦いたくないしコスモス側かな〜」
「え〜、そんなこと言っちゃうと僕出るよ?」
「え〜〜。ドラゴンもどきみたいに引き裂かれたくないし、それならクリスタリア生として出ようかな〜」
「ハハハ、寓話のコウモリみたいですね」
「よく言われます!ハハハ!」
船の上で、マギカ王子とセントがこんなにも明るく笑っていられたのはーーー、
ーーーこれが最後だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
《3時間後》
甲板の上では、精魂共に尽き果てた2人が倒れていた。
「うっ!け、ケトラシア、桶を持ってきてください……」
「あ、ケトラシア、僕の分もお願い……」
「……そういえば、2人とも船酔い凄いんだったね……この船、あそこのゴンドラよりは揺れてないと思うけど……あ、船乗りさん、これって何日間の移動だったっけ?」
「途中、補給のために停泊もするから、4日くらいだな」
「そうなんだ、教えてくれてありがと。
……うーん、この感じだと、2人が死ぬほうが先っぽいね。はい2人とも。桶だよ〜」
「ウッ!!」
「オエッ!!」
「……2人とも、ゲロ吐くのこれで何回目?
よく身体の中身が枯渇しないよね」
「な、何?そのパワーワード……」
「ケトラシア……後で水もお願いします……」
「あ、僕の分もお願い……」
ケトラシアは吐瀉物を桶ごと川に投げ捨て、飲み水をとりに食堂へと向かう。
甲板の隅に残されるセントとマギカ。
船に揺られ、吐き気を堪える。
「……うっ!しばらく安静にした方がいいですね……」
「ど、同意です。ケトラシアが水を持ってくるまで、眠らせて貰いますね……」
ーーーーーーーーーーー
かくして、四日間の船旅を終えた際、セントとマギカは、体重がゴッソリと落ち、なんなら少し風邪をひき、死にかけの身体から声を振り絞り、
「2度と船になんか乗ってたまるか……」
「2度と船になんて乗ってたまるものですか……」
と呻くのだった。
後に、セントは語る。
……何故この時の教訓を忘れてしまったのか、と。
……どんなに素晴らしく見えても、船になんて乗るべきではない……彼がそのことを思い出すのは、もう少し先の話。
ーーーーーーーーーーー
ザクロ王国の北西、アハト川に面する港湾都市。
そこで一泊することになっていたセント達は、一年生の泊まる宿の大食堂にて夕食をとっていた。
「いただきまーす!うわっ!このカニ美味しそう!」
セントは顔をキラキラと輝かせながら、カニの入ったグラタンをスプーンで掬い、口の中に入れる。
「うっ!あひゅいっ!」
「……センティアさん、口にものを入れた状態で喋るのはマナー違反ですよ」
セントは水を飲み、口の中を冷やしながら、
「いやぁ、すみません。あまりに熱くて飲み込めなくて……マギカ王子は何も食べないんですか?」
生徒達は、カウンターに設置された料理を、好きなだけ各々の皿に入れて良いことになっていた。田舎者のセントは初めて見るシステムだが、世間一般ではこれを『バイキング形式』というらしい。
マギカの席には紅茶と砂糖壺のみが置かれており、どうやら彼は何もよそって来なかったようだ。
「センティアさんこそ、あれだけ……船で大変な目に遭ったのに、よくもまぁすぐに食事が取れるものですね……」
マギカは、呆れたような顔でため息をつく。
食事中の面々がいることを考慮して、『吐いた』などと言った汚い言葉を言わないあたり、さすが王族といったところか。
「お腹はいつだって空きますから!……それにしても、ザクロ王国の中にこんな港湾都市があったんですね〜。
都市中に水路が張り巡らされていて、船がメインの移動手段だなんて。
まるで聖神都市みたい……」
マギカ王子は、湯気の立っている紅茶を飲み、一息ついてから少し自慢げに語り始める。
「国家間での貿易を行う際には、陸路よりも水路の方が好まれます。いかんせん、馬車と船では運搬速度が桁違いですから。
したがって、港湾都市の整備は国家の急務…
……実はこの都市、私が4歳の時に都市計画を指導した都市なんですよ」
(4歳で都市計画を指導って何事???)
「当時は聖神都市なんて知りませんでしたから、クリスタリアに入学する時、初めて聖神都市を見て驚いたものです。
当時の私に描ききれなかった完璧な水運都市が、世界の中心の湖上に築かれていたのですから」
マギカは恍惚とした表情を浮かべる。
「うーん」
その話を聞いて唸ったのは、ケトラシアだ。
マギカ王子とは対照的に、彼の前には料理が山のように積み上がっており、どこからどう見ても明らかに5人前は超えている。
彼はたった今、レンガのようなステーキを『飲み干した』ところで、一息つくかのようにグラスに手を伸ばし、その中のオレンジジュースをゴクゴクゴクと……これまた飲み干して、ため息をつく。
「……コレって、お兄様的には敗北宣言なんだろうけど、自慢話にしか聞こえないよね」
「まぁ正直そうかな」
「う、うん。凄いとは思うけど」
「ん?自慢話じゃないのか?」
「心外ですね……ハハハ……」
(天才には天才なりの苦悩があるのかな〜。
いや、でも僕は天才だけど苦労したことないし、マギカ王子だけか)
『ーー自分が天才である前提で話すの、どうかと思うよ?』
(へいへーい)
セント達の反応にマギカ王子は苦笑いをし、食堂に明るい笑い声が響くのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
港町から馬車に揺られ、セント達はザクロ王国王都に辿り着いた。
緑色の気味の悪い馬が引く馬車、何十もの馬車から生徒が次々と降りていく。
「……入学式に参加する時、ジオード領にもあの馬が引く馬車が来ていましたけど、あの不気味な馬って何なんですかね?」
「アレはリーフレイ教授が遺伝子を組み替えて作った馬ですね。通常の馬よりも多少足が遅く、消費するカロリーも多いですが、その分大きな力で馬車を引くことができるようになっているのですよ」
「へぇ!足自体は普通の馬よりも遅いんですね……どこかが良くなればどこかが悪くなる…
うまくいかないものですね……」
「ハハハ。天は二物を与えず、というじゃありませんか」
「えぇ?それを天に色々と与えられているマギカ王子が言います?」
「かくいうセンティアさんも天に色々と与えられているじゃありませんか」
「えぇ?そうですかね〜」
「……そうですよ」
「ところで、アレスーーーコスモスの友人から、大人数の輸送には私有世界を持つ門番を活用するって話を聞いていたんですけど、僕らみんな馬車で来ましたよね。コレってなんでなんでしょう?」
「さぁ?私は校長ではないのでわかりませんが、強いて言えば『クリスタリア』という教育機関の威厳を示すためでは?」
「『ウチはこんな沢山の馬車を動員できるんだぞー!!!』ってことですか?
……予算の無駄遣いというか、意地っ張りというか……」
「まぁ、そもそも、出発の予定時刻を突然早めたりするような校長ですから……。
もしかしたら、何か他の意図があるのかもしれませんが……校長のみぞ知る、と言ったところでしょうかね」
マギカの声に被さるように、カルスト先生の声が広場に響き渡る。
「生徒の皆さん!これより白亜の大門をくぐり抜けます!先導する教員の後ろに一列に並んで歩んでください!」
(懐かしいなぁ。入学した時は、入り口に戻されちゃったんだよね……馬車の運転手さんに怒られちゃったなぁ……ホントに懐かしいや)
僕達はカルスト先生の後に続き、入り口に戻されないように、眼には見えない迷路を進んでいく。
白亜の大門を中心とする円形の広場を行ったり来たりして、ようやく僕達はコスモスへの入り口、白亜の大門の足元に辿り着く。
マギカ王子は、白亜の大門に彫られた文字を読み、感嘆の息を漏らす。
「ふむ。コレがかの有名なパラドクスさんの格言ですか。『無関心を捨てよ』……いい言葉です」
「そういえば、マギカ王子は王都に住んでいらっしゃったんですよね?コスモスに行ったこと、無いんですか?」
「いえ。リーフレイ教授と共同研究をしていた際に何度か。
ただ、当時は幻想世界の門番を王城に招き、王城から直接コスモスへ通っていたので、この白亜の大門に来るのは初めてなのです」
「り、リーフレイ教授と共同研究……ホントに流石ですね……」
「お世辞は結構です。さぁ、行きましょうか」
「はい!」
ーーーーーーーーーーーー
僕達は白亜の大門をくぐり、石造りの大通りを三列で歩いていく。
順番としては先頭にカルスト先生、その後ろに一年生が並び、二年生、三年生……といったような並びである。
セント、マギカ、ケトラシアの3人は、カルスト先生の真後ろで横並び一列になりながらコスモスについて語り合う。
「こちらからコスモスに来るのは初めてですが、この景色は壮観ですね」
「入学式の日には、僕の目の色みたいな色の桜っていう花が舞っていて、ホントに綺麗でしたよ!もう散ってしまったみたいですけど、今度春に来てみてください!きっと感動しますよ!」
「ハハハ、それは楽しみですね……おや?ケトラシア、先ほどからキョロキョロとしてどうしたのですか?」
ケトラシアは、少し目を細め、周囲をキョロキョロと見渡しながら、口だけで返事をする。
「……ん?いや、なんかね、どこかから見られてる気がするんだよね〜」
「ふむ。敵意は?」
「……こっちを見ている人がいる前提?……随分とケトラシアを信頼しているんですね?」
「ケトラシアの勘はバカにできませんから」
「いっつも僕のことバカにするのにね〜」
「ハハハ。大体、誰からの視線か予想つきますがね」
「ちなみにマギカ王子の予想は誰なんです?」
「十中八九ラストレシアお兄様、あるいはその部下でしょう」
「その心は?」
マギカ王子は視線の先ーーー上から見るとコスモスの校章の形をしている噴水やその周りの広場を指差し、
「パッと見たところ、生徒が1人も歩いていない。『1人も』です。
コスモスの皆さんは比較的自由な方が多いと聞いています」
最後の一文は、セントの方に視線を向けてから、若干の苦笑いを込めて放たれた。
「なんで僕の方を見るんですか……」
「いいえ?特に意味はありませんよ
……… 。
話を戻しましょうか。数多くの生徒がいる中で、この場に1人も居ないというのは異常だと思いませんか?2、3人くらいはルールを破る生徒がいてもおかしくない。
……必然的に、彼らの好奇心を抑えて奥の方に待機させるに足る相応の命令があったと考えられます。
ともすれば、生徒会や教授、あるいはその更に上のパラドクスさんからの命令があった可能性が考えられます。
ですが、その場合、『他の生徒が奥で待機させられている中、数人の生徒だけが我々を観察できる位置に来ている』ことになります」
「うーん、リグドシア王子や校長、教授からの命令なら、多分みんな従うかもなぁ……でも、それなら、こちらを見ているのがそもそも生徒ではなくて教師という可能性もあるんじゃないですか?」
「ならば隠れる意味もありませんし、そもそもコスモスの教師を務めていらっしゃる方で、表に出ずにわざわざ隠れてこちらを見る人が思い付きますか?」
「……そう言われると……流石に決めつけが過ぎる気がしますが、クロノス教授なんかは真っ先に飛び出てきそうですね。あとリーフレイ教授も」
「正々堂々と出てくれば良いのにそれをしない……強者が嫌う論理です。
『何故隠れなければならないのか?』
彼らはそう考えるに違いない。
強者の道理に従うなら、堂々と我々に啖呵を切りにくるか……あるいは」
マギカの言葉を予想し、セントが先周りをする。
「奥に座して、動かない……我々『ごとき』の来訪に、右往左往しないと?」
「……それが分かるとは、セントさんも強者側ですか?」
「ハハハ、マギカ王子も強者側でしょう?」
「……傲慢ですね。リグドシアお兄様のようです。きっと、奥で待機するように命じたのはリグドシアお兄様だと思います。
リグドシアお兄様が待機を命じ、
ラストレシアお兄様がその命令を破ってこちらを見ている……
その他の生徒はリグドシアお兄様の命令に従い、
教師陣達は自ら赴くこともせず、奥の方で悠々自適に過ごしている……
そう考えるとしっくりくるのです。そして、このように感じる時、だいたい真実というのは私の考えた通りなのです」
「お兄様、それは流石に傲慢すぎるし、決めつけが過ぎると思うよ〜
自分の勘に絶対的な自信があって、それを裏付ける論理的な根拠を列挙できるのはお兄様の凄いところだし、
その勘が『一度も外れたことがない』のももっと凄いところだけど。
そんなにふんぞり帰ってるとそのうち喉元を噛みちぎられるよ〜」
「おや、ケトラシアにしては随分とまともなことを……」
「僕に『しては』ってなにさ?まぁ、僕もラストレシアお兄様だと思うけどさ。
ただ、気掛かりなことがあって……」
「ケトラシアと同じ意見……というのは少し不服ですが、私もです」
マギカはため息をつく。
「僕は、不服ということが不服だなぁ」
ケトラシアもため息をつく。
「2人して、何が気がかりなんですか?」
セントの問いかけに、ケトラシアとマギカの答えが阿吽の呼吸で返される。
「怒ってるよね」
「ええ。激怒していますね」
「えぇぇ?やっぱり、王子ともなると気配を察知する力とかあったりするんですかね〜」
「お世辞は結構です。とりあえず、進みましょう」
マギカは一息ついてから、声のトーンを1段階下げてポツリと呟く。
「見てくる『だけ』なら、無害ですから」
(いや、怖いですって。向こうが襲撃してくる可能性を当たり前みたいな顔で考えないでくださいよ……王子だと、襲撃される経験とか、あるのかなぁ……恐ろしい……)
ーーーーーーーーーーーーーーー
それから、しばらく進んだところで、校章を模った噴水のある広場に辿り着き、そこでようやく人らしき人に出くわした。
シルクのような藍色の髪を三つ編みにし、藍色の頭にとんがり帽子を乗せている。とんがり帽子には、白いリボン付きのコスモス校章バッジが付けられている。
そして何より、彼女は椅子に座ったまま、水中を漂うクラゲのようにフワフワと揺蕩っていた。
「……フィネラル教授……」
カルスト先生が、か細い声を漏らす。なにやら、2人の間には複雑な関係があるようだ。
フィネラル教授と呼ばれた老婆は、コホンッ、と一息をつき、
「お久しぶりですね。カルスト。お元気ですか?」
「……ッ!………はい」
「それは何よりです」
フィネラルは優しく微笑むと、続いて、セント達の後方に並ぶ一年生達に聞こえるほどの大きな声で、道案内を始める。
「さて、みなさん、一年生はこの道を、二年生は灰色のレンガの道を直進してください」
どうやら、流石に三年生のいる位置は声の射程範囲外だったようで、とりあえず一年生と二年生の誘導を先に行うようで、カルスト先生もここに残るらしい。
必然的に、セントが先頭となって歩くことになるわけだ。
フィネラルの指さす道を見て、セントは目を見開く。
「ん?この道は……」
「センティアさん、どうかされましたか?」
「いえ、こっちは一年生の寮があるんですけど……たまたまかな?」
「へぇ〜!コスモスって、寮があるんだぁ!クリスタリアも見習ってほしいね!」
「ケトラシア、あの家は気に入りませんでしたか?」
「いいや?というより、学校までの道のりを覚えるのが嫌だって話〜」
「ハハハ、それくらい覚えよう……よ……」
「ん?セント?」
セントは立ち止まる。
視線をケトラシア達から前方に戻した時、
見覚えのある面々が仁王立ちしていたからだ。
「………ハ、ハハハ。僕、やっと帰ってこれたんだなぁ」
セントは、懐かしそうに、そして照れくさそうに、小走りし始める。
向こうに立つ3人も、駆け寄ってくる。
「……っ!おかえりなさい!」
と、どこか安心したような顔のアイシア。
「ん、無事で、良かった」
と、どこか眠そうな……それでも嬉しさを隠せない様子のセレス。
「いやぁ、無事で何よりだ!おかえり!」
と、嬉しさ半分安堵半分のアレス。
「……ただいまっ!みんな!」
かくして、異世界に取り残された少年は、ようやく本来の居場所に帰ってきたのであった。
「………えーと、センティアさん?こちらの方々は……?」
「あ!すみません!感動のあまり……えーと、左から順番に、アイシア、アレス、セレスです!」
「アイシア=ド=ジオードです。以後、お見知り置きを」
「アレス=ライトニアだ。よろしくな!」
「私は、昔、会ったこと、ある」
「え?そうなの、セレス?」
「……あの時の……ということは貴女がヴィロメント卿の令嬢だったのですか!」
「ん、セレス=ド=ヴィロメント。あらためて、よろしく」
「………なんと……世の中は狭いですね」
マギカはこめかみに手を当てて、頭を抱える。
「ん?どうかされましたか、マギカ王子?」
そんなマギカの様子を心配するセントのセリフを聞いた途端、アイシアとアレスが目を見開いて、
「「マギカ王子ッ!??」」
2人揃って、驚きの声を漏らす。
そんな王国民の反応に慣れているのか、マギカは苦笑いをする。
「ハハハ……マギカ=レジア=ザクロです。
こちらこそ、よろしくお願いしますね」
そこに、何やら楽しげな雰囲気を感じたらしいケトラシアが笑顔で割り込み、胸を張って自己紹介を始める。
「ちなみに僕はケトラシア!
ケトラシア=レジア=ザクロ!よろしくね!」
「お、おう!よろしく……」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
アレスとアイシアは、マギカとケトラシアの髪を見つめ、
アレスは、そのあとすぐに視線をマギカの眼に移し、
アイシアは、そのまま固まる。
マギカは、照れくさそうに苦笑いしながら、
「……ハハハ……アレスさん?僕の髪色に驚かれるのはいつものことですから、別に目を逸らさなくても構いませんよ?」
「おっと、こりゃあ……そんなつもりはなかったんだが……いや、なかったん『ですが』……」
「それに、別に敬語じゃなくても構いませんよ。むしろ、自然体で話してもらえた方が、こちらとしても気が楽ですので」
「あぁ、そう?」
「そもそも、アレスってウリエラに敬語使ってたっけ?」
「なっ!セント!」
「ハハハ!」
「この人がリーダーの言っていた最強の一年生?」
「そうだよ〜ジェイド」
「ん?リーダーってのは?」
「あぁ、なんか、なし崩し的に、試験対策のチームリーダーになったんだ!」
「はぁ〜、お前、勉強得意そうだもんな」
「学年8位です!」
「おぉ!微妙!」
「うるさいっ!8を横に傾けてみなよ!
∞だよ!∞!!」
「考えうる限り最『低』の順位じゃねぇか……」
「……確かに!」
「カカカッ!」「ハハハッ!」
「セント……漫才をするなら後にしてくださいまし」
片手で頭を抑え、ため息をつくアイシア。
「後?何の後?」
「私とアレスは、クリスタリア生の皆さんを宿泊用の部屋に案内する役割を任されていまして」
「えぇ!危険世界から帰還した僕を歓迎してくれるためじゃないの〜?」
「それは半分ですわ」
「半分でも嬉しいよ!」
「……もうっ……コホンッ!」
アイシアは、照れ臭そうにして、それを誤魔化すように小さく咳払いをする。
「……ん?アレスとアイシアはわかったけど、セレスは仕事無いの?」
セントが首を傾げて尋ねると、
セレスはどこか誇らしげに胸を張り、可愛らしさと妖艶さが混じったにへら笑いを浮かべながら、
「ん……私は……全部」
先ほどのアイシアの『半分』に対し、セレスは『全部』と言った。
それはつまり、生還したセントを歓迎するためだけにこの場にいるということでーーー
「ッ!!!!?」
予想外の返答に、セントの顔色はほんのりと赤く染まる。
「カカカッ!セレス、お前が帰ってくるって今日の朝に聞いてから、全部の授業で寝てたんだぜ?お前が帰ってきた時に起きてたいからってな!ひゅーひゅー!アツいねぇ!!」
「っ!!からかうなよっ!アレスっ!」
「ん……私が、寝るのは……いつもの……こと……別に……セントが…来るからじゃ…」
アレスから努力?を暴露されたセレスも、いつも以上に言葉に詰まりながら、頬を少し赤く染めながら照れ臭そうに俯く。
「「「…………」」」
学生寮の広場前に、生暖かい沈黙が流れる。
(え?あの人、リーダーの彼女?)
(付き合ってるのかな?)
(セントもあの子も、どっちも可愛い……)
(告れ!リーダー!)
(セレスちゃん!ここは攻めどきよ!)
(あーもう!セントさん、じれったい!)
「………コホン」
沈黙を破ったのは、意外にもアイシアの2回目の咳払いだった。
(……セレスとセントが付き合うとしても、その馴れ初めがこういった衝動的な出来事というのは……。
もっと深く関わり合った後に、誰からも背を押されることなく結ばれる……そのほうが2人のためになるでしょう……。
勢いで付き合うというのは……)
諸君。覚えておきたまえ。
このアイシアの心の中のセリフを。
「セレス……セントと積もる話もあるでしょう?先に部屋に戻って『2人きり』で近況を話し合うのはいかがかしら?」
アイシアが火を着けた。青系なのに。
それを見過ごす赤系ではない。
「おっ!いいじゃねぇの!俺とアイシアは案内の仕事があるから、その間俺らの部屋は使い放題だぜ?」
アレスは、そこまで言ってからセントのすぐ隣に移動し、セントの耳元で囁く。
(備え付けのベッド、意外と丈夫だぜ?)
(っ!!!うるさいっ!ばかっ!!)
(カカカッ!まぁ、それは冗談として、邪魔しちゃあ悪いし、俺が入って良い状況ならドアをほんの少し開けといてくれ。開いてなかったらテキトーに外で時間潰してきてやっからよ)
(……あぁ、わが親友よっ……!)
(あたりめぇだろ?カカカッ!)
アイシアは、どうせくだらない会話をしているであろうセントとアレスに反応せず、待ちくたびれている様子のクリスタリア生達に向かって、
「コスモスの校舎の一部が客人用の部屋に作り替えられていますわ。
学年ごとに泊まる校舎が決まっていまして……一年生の皆さんは、4分の1が私達の学生寮のあまり部屋、4分の3があちらの校舎で泊まることになっているのですが……」
アイシアはセントの後ろに列を成すクリスタリア生達を見て、どうしたものか、と考える。
そんなアイシアの困惑を見て、セントは追加の質問をする。
「部屋の内容は同じなの?」
「ええ。家具や間取りは同じだと……」
「そっか……じゃあグループ分けが必要だね!」
リーダーとは、こういう時に役立つものなのだ。
「みんな、同じ建物に泊まりたい人同士で集まって〜!あ!僕以外とね!」
セントの声が響き渡り、生徒達は各々の仲良しグループで集まり始める。
「んー、これを3対1に……そこのグループは通りのこっち側に、そっちのグループはあっち側に行って!」
セントに名指しされた9人組と3人組のグループが、それぞれ通りの左右の端に移動する。
「えーーと、マギカ王子、1年生の人数って、何人でしたっけ?」
「326名です」
「あーー!下2桁が26……4の倍数じゃない!」
「私とセントさんを除けば324名、81名と243名に分ければ良いですね」
「了解です!まずは大雑把に分けて行って……」
「その後に余りもーーー誰からも誘われなかった生徒で埋め合わせれば良い……」
「キレイト君とかね!ハハハ!」
「笑っては失礼ですよ、センティアさん。彼だって、埋め合わせには有用です」
「余ってないぞッ!!!」
向こうから抗議の声が飛んでくるが、セントとマギカは鼻で笑って無視をする。
「セントはもちろん、お兄様も大概失礼だと思うよ……」
「じゃあ!そこの5人、右ね!3人、左!4人、左!8人左!」
セントは、グループを組んだ人々を、1対3になるように、大雑把に分けていく。
ほどなくして、最後にキレイトを含む4人組が余り、
「あぁ!何ということでしょう!マギカ王子!」
「仲良し4人組を3人と1人に分けなければならないとは!」
わざとらしく憐れむフリをするセントとマギカを見て、キレイトはワナワナと震え、
「お前ら絶対ワザとだろっ!!」
「えぇ〜?しょうがないなぁ〜。4人グループで彼らの代わりに3対1に分かれてくれる優しい人たち居る〜?」
セントは声を響かせるが、誰も手を挙げない。別に、今生の別れというわけでもなく、すぐ近くの別の建物に泊まるだけなのだが、誰も手を挙げない。
(ハハハッ!
『僕達私達、仲良し4人組だよね!』
と言ってグループを組んだはずなのに、そこから1人の仲間はずれを作りたがるのは賢明な判断じゃないよね!友情に軋轢を生むことは間違いないし、万が一自分が『除け者』に割り振られたら……って考えたら、わざわざ手を挙げてキレイトに助け舟を出そうとは思わないだろう?
ホラ、キレイト君!
別れろよ!1対3に!ハハハッ!)
『ーー何というか、流石に彼らが可哀想じゃないかい?』
(ハハハッ、敵に『可哀想』とかあるの?)
『ーー…………』
(さぁ!この場にいるクリスタリア一年生!キレイト達を除く君たち全員が共犯者さ!
君たちは『自分の意思で』キレイトに助け舟を出さないんだ!
まぁ、もちろん、その判断に誘導したのは僕なんだけどさ!
せっかく僕がテキパキとグループ分けをしてきたというのに、キレイト達が駄々を捏ねて長引いているから、迷惑だよね〜!
仮想敵を作り、そこに不満の矛先が向かうようにするために仮想敵以外を優遇!
仮想敵は、自分に不利な決断か、それをしないために周囲の優遇を削り不満を受ける決断を強いられる!
どちらに転んでも僕にはメリットしかないのさ!)
『ーー君がキレイトに嫌がらせをするためだけに、こんな長丁場に巻き込まれているっていう風には思わないの?』
(ハハハッ!一理あるかもだけど、多分彼ら彼女らはそこまで思慮深くはないよ!
みんなが何を考えているか教えてあげようか?
『何でも良いから早く休ませろ!』だよ!
コスモスに辿り着くまでの長時間移動でみんなはもうクタクタ。
やっと座れるかと思ったらグループ分けのために時間が掛かりそう!そんな状況で名乗りをあげてテキパキとグループ分けをした救世主の僕に不満を抱く?
ハハハッ!そんなにこの状況を客観視出来ている人、いるかな?
よく言うだろう?
『演説をするなら、大衆が疲弊する夕暮れにせよ!疲弊した大衆に、甘い言葉を大きな声で何度も語れ!さすれば大衆はひたすらに頷くことだろう!』ってね!ハハハッ!
……とはいえ、科学者。
君の指摘はもっともだ。
だから『こう』するのさ!)
「みんなも早く休みたいだろうし、そうだなぁ〜〜〜『4人組以外は』さっさと各々の部屋に行っちゃって!!
さっき4人組だったグループは、キレイトを説得するなり何なりしてね!
僕はもうクタクタだよぉ〜。先に休ませてもらうね!
アイシア!アレス!みんなが泊まる部屋まで、みんなの案内をよろしくね!」
「ええ。わかりました。グループ分けの協力、感謝しますわ」
「任せろ!グループ分けサンキュー!」
(仮想敵……というか、『虐げられる部分』を、『キレイト達の4人組』から、
『さっき4人でグループを作っていた生徒全員』に変更する!
『さっさと休みたい』と考えている大衆に同調し、共感を得る!
アイシアとアレスに部屋案内を始めて貰えば……
……フカフカのベッドに向かって歩き始めた大衆は!その足を止めることはないッ!)
『ーーだが、これだと『さっき4人のグループを作っていた生徒』から嫌われるんじゃないかい?5、6組はあったと思うけど?』
(ハハハッ!
甘い!甘いなぁ!)
『ーー…………』
(科学者!
君に目があるなら、見てごらん?)
4分の3の生徒は、アイシアの案内によって宿泊先の校舎へ。
4分の1の生徒は、アレスの案内によってすぐそばの学生寮へ。
列をなして、歩いていく。
学生寮前の広場に残っているのは、キレイト達4人と……セント、セレス、マギカ、ケトラシアだけ。
『ーーっ!?』
(ハハハッ!ようやく気付いたかい?
いったいどこの誰が、バカ正直に残ると?
君は人間を過信しすぎさ!
人間はそんなに清廉潔白じゃない!!
別に、誰も『お前ら4人組だっただろ』だなんて言わないさ!キレイト達以外!
そんなエネルギー、残ってないし、やる意義も見出せない!
やってることは、昼休みの話題を出してアレスを擁護した時と同じさ!
誰だって早く休みたい!
誰だって軋轢を生まずにやり過ごしたい!
そんな無意識が、キレイトと彼らを分断するのさ!ハハハハハッ!!)
「お、おいっ!!?4人組は、俺ら以外にもいただろうがっ!!」
キレイトの声が、列を成して歩く生徒達に投げつけられる。
しかし、誰も取り合わない。
ただ、虚しく響くだけだ。
(さぁ!キレイト!君はどうする?さっきまで4人組を作っていた奴らを追いかけるかい?
さっさと休みたいと思って、君を無視した連中らの腕を掴み、その不正を追及するかい?
ハハハッ!出来るわけないよね!
そんなことをした瞬間、『無関心な傍観者』は『君を嫌う敵対者』になる!!)
「……くそっ……」
(ほらほら!『卑怯者ッ!』とか言ってごらんよ!)
セントは、ワナワナと震えるキレイトの目の前を、これみよがしに笑顔を浮かべながら横切る。
キレイトは、セントの暗い笑顔を見て、真っ赤な染まった顔で、大きな声で叫んだ。
「ッ!!!この卑怯者ッ!!!」
(ハハハッ!ホントに言いやがったよ、このバカ!ハハハッ!)
部屋へと向かう生徒達の何人かが、ピクリと反応し、それでも立ち止まらずに歩いていく。
(この状況で……良心の呵責をほんの少しだけ感じながら歩いている4人組がたくさんいるこの状況で!!
そんなセリフを吐き捨てたら……そりゃあもうっ!
『僕への罵倒』が『嘘つき達への罵倒』に聞こえちゃうじゃあないか!!
キレイト!君は今もなお、僕に向かって言ったつもりなんだろう!?
だが、違う!
君の叫び声を聞いたみんなは違う!
君を見ずに、背中を向けて歩いている彼らは違うっ!!
君が僕に向けて言っただなんてこと、知らないだろうさ!
みんなの気持ちになってみなよ!
『卑怯者』だなんて言われたら、嫌いになっちゃうじゃあないか!ハハハッ!!)
『ーー君は……本当に……』
「セレス!行こ!」
「……うん」
セレスとセントは、互いに互いの目を見つめることはできず……何とも言えない距離を保ちながら、2人で学生寮の中に入っていく。
2人が階段を登って行ってからしばらくして、キレイト達4人は悔しそうに、じゃんけんをする。
負けた。キレイトが。
「……よし。お前らは、あっちに着いていけ」
「……でも、キレイトさん……」
「いいんだ……やるんだろう…?大富豪を…」
「っ!やっぱり、キレイトさんも来てください!」
「そうですよ!3人部屋なら、頑張れば4人寝れますよ!」
「せっかく持ってきたトランプも、3人じゃ味気ないですから!」
「お、お前ら………」
「「「「うわぁぁぁっ!!」」」」
キレイト達4人が涙を流しながら抱き合うのと、
「まずね!僕とアレスはコッソリ石壁の迷宮世界って言う異世界に行ってね!?」
「ん……そこは、アレスから、聞いた」
セレスとセントが、自室がある階に着くのと、
「お兄様〜、僕らは?」
「……………………忘れてた」
マギカが、深呼吸しながら空を仰ぐのは、
同時だった。
キレイト君、黄色系なんですけど、オーラ君そっくりですね。
マヌケだし、直情的だけど、側近達からは好かれる。
まぁ、オーラ君が同じ状況に直面したとしたら、ティムとモルトを引き裂かないためにも、自ら仲間外れになることを提案するでしょうし、ジャンケンをしている以上、リーダーとしては若干オーラに劣りますね。
………いやぁ、アツい友情ですねぇ、ふふふ。
(学園祭編は、既にそこそこ流れが決まっているので、今のところ精神的に余裕があります。だからといって、投稿頻度が上がったりはしないので、そこら辺はご勘弁を……)
 




