《心象世界?》 『ガラスのような水色の夢』
視界が歪んでいる。あぁ、きっと僕は泣いているのだ。
胸の中は悲しさと怒りでいっぱいになり、身体がかすかに震えている。
「どうしてわかってくれないんだッ!!」
自分が叫んでいるのが聞こえる。
叫んだ声が何度も何度もこだまする。
反響の具合からして、想像もできないほど広い空間の中にいるようだ。
自分の叫び声が何度も何度も反響して鼓膜を震わせるたびに、この広い空間で自分が唯一の異端であると痛感させられる。
「わかっていないのは貴方の方でしょう?■■■」
紳士的で、優しく注意するような声が響く。
思わず安心するような声だというのに、最後の方だけは酷い雑音で掻き消されて聞こえなかった。
まるで、その名前を教えることはできない、と告げるように。
視線が声のした方にーーー上の方にゆっくりと向かう。
どうやら僕は今まで下を向いていたらしい。
ようやく正面を見据えると、水中で目を開けた時のように歪み切った視界の中心に、黒いモヤが映る。
「そもそも、理解しようってのが無理な話なんじゃねぇの?こんな平和な世界でぬくぬくと生きてきたわけだしなぁ」
視線の先が横に移動し、赤いモヤが映る。
視界の歪みが少し和らぐ。
「だが、今の貴方なら理解してくれるはずだ。今の貴方ならわかるだろう?大切なものを奪われた悲しみというものが」
視線が移動し、灰色のモヤが映る。
「あなたの大切と、私の大切は、違う。でも、わかるでしょ?」
視線が移動し、緑色のモヤが映る。
「アンタはデモニアを知らないからそんなことが言えるんだ。ヤツらと融和だなんて……ましてや、ヤツらが悲しむぅ?アンタはいったい誰の味方だい?」
視線が移動し、黄金色のモヤが映る。
視界の歪みがさらに治っていく。
さながら、失った視力を取り戻すかのように。
「ガハハ……■■■殿、流石に冗談がキツイですな。我らの子らとヤツらの子ら、どちらが大事かだなんて、考えるまでもなかろうて」
視線が移動し、緋色のモヤが映る。
「……………自分が……何を言っているのか……よく考えて話せッ……甚だ不快だッ……」
視線が移動し、水色のモヤが映る。
「どうして……もしも今我々が戦争を始めたら……僕らの子供たちもそれに巻き込まれるッ!終わりのない災禍の渦に……」
心臓が止まる思いがした。
空気の重さが変わった。
まるで鉛のような空気が肺を満たし、息が詰まる感覚に陥る。
『……貴方の発言には間違いが2つもあります。
まず第一に、我々が戦争を始めるのではありません。戦争は既に始まっています。貴方は戦火に触れるどころか目にしたこともないのでしょうが、既に我々は攻撃を受けています。
そして第二に、終わりはあります。敵を絶滅に追いやれば、永きにわたる戦争は幕を閉じます』
紳士的な声には……この世の全てを焼き焦がす憤怒の炎が、それを抑えようとする理性の蓋を押し除けて、轟々と滲み出ていた。生物としての圧倒的な格の違いを示す支配者の声色が、僕の心を揺さぶる。だが、僕は反論をやめたりなどしない。
「ッ!そのために一体どれだけの命をーーー」
『だから、それが間違いだっつーの。良い加減理解しろよ、 頭お花畑野郎がッ…』
「バカはどっちだッ!」
『バカは君だ。そもそも、敵が攻撃を続けている今、僕達が反撃をしなかったら 炭素人は絶滅する』
「だとしてもッ!暴力に対して暴力で返すなんてッ!あってはならないッ!」
『んー。流石に、不愉快』
『要するに、アンタの言い分は、ヤツらを絶滅させてワタシらの子が幸せになるよか、ワタシらが絶滅を受け入れてヤツらの子らが幸せになる方が正しいってか?
…………バカ言ってんじゃないよ』
『いくら■■■殿といえども、我慢の限界ですな。
■■■殿の『優しく弱い』正義では、オレらの子供を守れやせん。オレらやこれから数千年の子らが戦火から逃れられぬ以上、オレらが業を背負って終わらせにゃあかんでしょうがッ……後世の子らからどれだけ謗られようともッ』
「違うッ!ただ僕はッ!暴力を振るうのではなくッ!種族が異なったとしても手を取り合ってーーー」
『『『『『『『黙れ』』』』』』』
7人の声が重なる。
僕の声を遮ったその声は、救いようがない愚か者に、殺意のキバを向ける獣のそれだった。
『……手を取り合って……だと?……人生で……暴力を振るわずにいられた貴様がッ……どれほど恵まれた身であるか考えたことはあるかッ……?
貴様は何もわかっておらぬッ……荒唐無稽な夢物語をッ……何も知らぬ愚者の分際でッ……我らに語るでないッ……!!!』
……どうして、わかってくれないんだ……
「んー、みんな感情的になりすぎ。私以外の悪い癖だよ!」
世界の終わりが訪れてもおかしくない緊張の中に、美しく可憐で、感情の波が一切ないガラスのような声が響き渡る。
……視線が移動し、白色と薄紫色のモヤが映る。
視界が、明確になり始める。
目の前に立つ、8人の姿が明瞭になり始める。
ーーーあともう少しで目の前に立つ人物の顔が見えるというところで、視界は黒く染まり、僕の意識は暗転したのだった。
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「ん?……あー。夢かぁ。変な夢だったなぁ」
太陽の光が差し込む部屋。ふかふかのベットが僕を離そうとしない。
重い体を引きずって、ベッドのそばの小机に置いている懐中時計を取り、パカッと開く。教会を出る際にシスターから貰ったお下がりの品で、埋め込まれた円盤状の輝石に今の時刻を示す光の針が浮かび上がっている。
光の針が示す時刻は、まだ4:27だ。クリスタリアの一限開始まで、まだまだ時間がある。
「ふぁああ。夢の続きをみようか。気になるし。って、アレ?どんな夢だったっけ?まぁいっか」
こうして、セントは二度寝を始めるのだった。




