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『かくて勇者は戦い始めた』

ようやく……ようやく物語の根幹が……語れる……。

すごく……うれしい。

幾何学の授業が終わり、生徒達は各々が次の授業が行われる教室へ向かって歩き始める。

クリスタリアでは、3限以降は生徒各自が選択した科目を受けることになっており、生徒の進行方向は授業の数だけ多岐にわたるのだった。

校舎に四方を囲まれた中庭の、黒板で出来た床の上に残っているのはセント、ジェイド、リンドの3名だけだ。


「セントは選択科目、何にしたんだっけ?」


ジェイドは、もしも選択科目が同じならリンドと一緒に3人で指定された教室に行こう、と考えながら、チョークを箱に戻し、セントに尋ねる。


「ん?選択科目?なにそれ?」


帰って来たのは、耳を疑う答えだった。あとから転入して来たとはいえ、進級さえ危ういと、セントのことを案じるのはジェイドだけではなかった。


「おいおい、セント。3限以降は自分が選んだ授業を受けるって話、聞いてなかったのか?」


リンドが目を見開き、呆れ切った表情でセントを見つめる。


「ホント!?そんな話聞いてないよ!?どうしよう!?」


当の本人はようやく自分の状況の危うさに気付いたようであった。


「僕とリンドは倫理の授業を受ける予定なんだけど……履修申告なしに授業は受けられないだろうし……」


「倫理?リンドはともかく、ジェイドはもう十分じゃない?」


「オイ『俺はともかく』とはなんだ?」


「ははは!リンドは倫理を学んだ方がいいかなぁ」


「ジェイド、お前もか……」


「裏切られた将軍みたいなこと言わないの!ところで、どうして倫理?何かの役に立つの?」


「「……」」


「どうしたの?2人とも黙っちゃって……」


「いや……うん」

「セント、この中だと多分お前が1番倫理を学ぶべきだと思うぞ?」


「えぇ!?こんな模範的な人間いないでしょ!?」


(注 セントとリンドの一悶着は、来年から道徳の教科書に載ります)


「そう……かな?」

「騙されるなジェイド」


「いやいや!客観的に見てみてよ!

僕ってまさに『生きる道徳の参考書』って感じじゃん!」


「ははは……道徳の『参考書(●●●)』って言うあたり、セントだねぇ」

「ああ、セントだなぁ」



「倫理や道徳なんて、暗記科目なのさ!」



「その通り!!」



「「「!?」」」



最早広場に残っているのは3人だけ。

そんな3人の微笑ましい輪の中に入り込もうとする少女?がひとり。


突如後方から飛んできた声は、なんとも親しみ深く、可愛らしく、咲き乱れる花のような可憐な声だった。

やや長身で細身の身体に真っ白なスーツを纏い、帝王紫色の短いローブで首下から腹の上部までを覆った麗人がそこに立っていた。

眼と髪は見ているだけで不思議な気持ちになるような藤色で、僅かに弧を描く口元は思わず魅了されてしまうような蠱惑的な魅力を発している。


100人が見れば100人が恋をするような美少女……しかし、リンドとジェイドから見れば、それは可愛らしい女性ではなく、この学園の絶対者なのだ。そして、セントから見れば、つい先ほどかなり離れた場所で別れたばかりの人物だった。


「やあ!セント君!さっきぶり!」


「ッ!?テトラさん!?なんでこんなところに!?」


「「ッ!!!???」」


リンドとジェイドの目が見開かれ『お前正気か!?』と恐れ知らずのセントを震えながら見つめる。


「アハハ。セント君、久しぶり!

向こう(コスモス)からウチ(クリスタリア)に転学したんだって?」


「ハハハ、まぁ、向こうに戻るまでの暫定的な留学ですが……って、テトラさんの悪い癖ですよ!僕の質問に答えてませんよ!?」


「…………ありゃ?『ヒト』のこと言えた立場じゃなかったなぁ、アハハ」


テトラは、クロノスの私有世界での出来事を思い出していた。それと同時にセントも当時のことを思い出す。テトラは部下のウォルフに向かって、全く同じことを注意していたのだった。まさしく、人の振り見て我が振り直せ、という話である。


「そうですよ!他人(ひと)に注意できる立場じゃないですよ!」


「…………へぇ……」


テトラは意味深に微笑むと、すっかり気の抜けたセントとは正反対に、これでもかというほど背筋を伸ばし、僅かに震えている2人の生徒を眺め、


「あれ?君たち居たの?って、アハハ!そんなに緊張しなくてもいいのに!」


「「ハ、ハイ、校長」」


むしろ、緊張は高まったようだった。


「校長!?」


セントは、2人が発した言葉を聞き流すことはできなかった。震えているリンドとジェイド、そして微笑んでいるテトラの三者を見渡した上でもう一言。


「………え?校長?」


「うん!校長!」


「……テトラさんが?」


「うん。私が」


「…………え?」


セントの頭の中に、かつての思い出が浮かび上がる。確かアレスが言っていたはずだ。

『交流戦で、クリスタリアの校長を見たら、きっと驚くはずだ』と。


「…………え?ドッキリ?」


「失礼な!私ほど校長らしい校長って存在する?」


「「…………いいえ、存在しません」」


まるで規律に厳しい騎士のような振る舞いをする2人の反応は、セントの知る2人の素の反応には思えない。


「というか、リンドとジェイドはどうしてそんなに改まってるの?」


「アハハ。別に気まぐれに退学にしたりなんてしないから、安心してよ!」


「「………はい」」


いくばくか緊張がほぐれたようだった。

(恐怖半分、優等生であるところを見せたいっていう虚栄心が半分ってところかな?まぁ、確かに、普通自分の通っている学園のトップが目の前に居たら、良い姿を見せたくなるのも納得がいくってものかな。僕にはよく分からないけど)


『ーー君はいつも良い姿を見せようとしているじゃあないか』


(『科学者(サイエンティスト)』……人を詐欺師みたいに言うのはやめてくれ)


科学者(サイエンティスト)』との楽しい楽しい対談は、テトラの声によって遮られる。


「あー、そうそう!選択科目ね!君たち2人は倫理だね。わかってるとは思うけど、教室はあっちね!」


「「…………」」


2人はテトラのセリフの裏に隠れた命令をしっかりと理解する。


『2人で話したいから去りなさい』


「じゃあ、セント、僕らは先に行ってるよ」

「あ、ああ。積もる話もありそうだし、俺らは失礼する」


「ん?そう?じゃあ先行ってて!僕もあとから倫理の方に行くよ」


ジェイドとリンドはぎこちない歩き方で倫理の授業が行われる教室へと向かい、セントはその方向を覚える。


(まぁ、いざとなればテトラさんに聞けばなんとかなるだろうし、『科学者(サイエンティスト)』の心象世界で過去を見ればなんとかなるから覚える必要なんてないんだろうけどさ)


「えーと、とりあえず、テトラさん、お久しぶり……いや、体感時間は結構久しぶりなんですけど、実際はそんなに時間経ってませんよね?」


「うん!こんなに早く再開することになるだなんて思いもしなかったよ!アハハ!

さっきはごめんね?質問に答えるの忘れちゃうんだよねぇ〜。この前も部下に諫言されたばっかりなんだ〜」


「人のふり見て我がふりなおせ、って言いますもんね」


「うんうん!じゃあ、さっきの質問に答えるね?

私が今ここにいるのは、ここが私の学校だから。

生徒達がのびのびと学べているか、しっかりと現場から見ないとなぁ、って思ってね?」


「へぇ!……アレスは『クリスタリアは校長があんな(●●●)なのに』ってバカにしてましたけど、テトラさんのことだったんですね!」


(アレスってば、あの場でテトラさんがクリスタリアの校長だって言ってくれればよかったのに、あえて言わなかったところに若干の悪戯心が感じられるなぁ!まったく!

……だから、僕も君に悪戯を仕掛けるとしよう!よもや、非道とは言うまいな、我が親友よ!ハハハ!)


『ーーなかなか最低だね』


As usual (いつものことさ)!)


「へぇ、アレスったらそんなことを……せっかく特権あげたのになぁ……」


「え?特権?」


「あぁ、こっちのはなーーー、って、これも質問を誤魔化したことになっちゃうのか。難儀だなぁ!

話を戻すと、この前『コスモス』に行った時に、アレスには『聖神教会(セイント)』の役職を持つ証明書をあげたんだ!

色々な『捜査』の為に使ってもらうつもりだったんだけど、噂によると会員制のお菓子屋に入る為に使ったんだって?」


「……噂が届くの早くないですか?それ、まだ2、3日くらいしか経ってない話ですよ?」


「こーらー!質問に答えてよ!」


「うっ!質問に質問で返しちゃいましたね、これじゃあテストで0点だ……」


「アハハ、退学する?」


「ひぇ!脅さないでくださいよ!洒落にならないですよ!答えます!答えますから!

えーとー、はい、そうですね。お菓子屋に入るのに使ってた、のかな?」


「うん?分からないの?」


「いやー、なんか一悶着あったんですけど、そういう裏事情があった、って言われるとしっくりくるような、って感じです」


「ふーん、そっか!次は私が答える番だね!噂が届くのが早い理由は、あのあとクロノスから聞いたからだよ!」


「え?クロノス教授から?」


「うんうん!そう言えば、こういうふうに『質問に答えてないよ』って部下に注意したのもクロノスの私有世界の中だったね!」


「あー、そんなこともありましたね!ハハハ!」

「うんうん!なんで知ってるのかな(●●●●●●●●●●)?」




最後の一言だけ、声色が違った。

可憐な花のような声から……無機質なガラスのような声に。

幼なげな少女の声から……善悪を調停する裁判官の声に。

その声は冷たく、人間味がなく、まるで……

……現界した『神』のような声だった。

ほんの少し、しかし明らかに変化した声色とは対照的に、テトラの表情は満面の笑みのままだ。

それはまるで彫刻のように美しく……

……彫刻のように微動だにしない。



時が止まった。風が止まった。雑音が消え、静寂が残る。

その静寂は心地よい安寧などでは決してなく、嵐の前の静けさ……そんな緊張をもたらす世界の停滞だった。


「…………え?」


世界の急変により、セントの反応が遅れた。

頭が上手く回転しない。あまりに急だ。先程まで雑談をしていて、今も雑談をしているのでは……しているはずじゃないのか?

全身の血の気が引いてくる。


(アレ?な、なんか僕、変なこと言った?

『なんで知ってるのかな』?『何』を?


……ハッ!テトラさんがウォルフとやらに注意していたという『事実』を何故知っているのか、ってこと!?


だって僕は……見たんだ。能力で。

マズイッ!このままだとーーー)


思考する時間を与えるような優しさは、テトラの中に存在しない。


「考えないで答えてよ!そんなに難しい質問?」


(だって考えないと、僕は『心象世界を観察できる』という僕だけしか知らないアドバンテージを失うことにーーー)


『ーー僕も知ってるよ』


科学者()は黙ってて!)


「うーん、またこの前みたいに『ぼーっとしてました』なんて濁さないでよ?ほらほら!どこで知ったの?」


テトラは熟考を許さない。『科学者(サイエンティスト)』と呟こうとも、テトラの眼はセントの口に向けられており、能力を使用したことが筒抜けとなってしまうかもしれない。



   『ガッ!!!』


だからこそーーーセントは両手と両膝を地に着け、頭を地面に軽くぶつけ、地面と擦り合わせたままにする。


ーーーそれは、まさしく東の島国でもアトラス大陸各国でも、変わらず最上級の謝罪の儀式である『土下座』だった。


「…………すみませんでしたッ!実は、テトラさんがシャワー浴びるの、覗き見してました!変態ですみません!」



謝罪の意図が半分、合理的な理由が半分の土下座だった。


(少なくとも、こうして地面に顔を向ければ、テトラさんが僕の顔を見ることはできない!表情から嘘をついているとバレる心配もしなくて済む!

そもそも、人間の習性として、

『他人の欠点が意外なものであればあるほど、それを信じてしまう』習性がある!


清廉潔白が服を着たような素晴らしい人が『実は少し悪いことをしている』だなんて噂を広められて、そんな根も葉もない噂を他人が信じてしまうことの如何に多いことか!

清廉潔白が度を過ぎると『噂を信じない』人々さえ出てくるけど、そんなの歴史の偉人レベルの話だし、僕には関係ない!今回は自己申告だし、僕は清廉潔白じゃない!)


『ーー覗きをするくらいだからね』


(『僕が知り得ないはずのことを知っている理由』を知りたいんでしょう、テトラさん?

ならば、こちらから提示してあげましょう!


出来れば、オーラとの戦いの時みたいに『テトラさんの自発意思によって、僕の秘密を暴くことに成功した』感じを装うことができれば最善だったけど、仕方なーーー)






   『グイッ!!』






少女らしく弱々しい力で、それでもセントの頭を地面から持ち上げるには十分な力で、テトラがセントの髪を引っ張り、


   『ピトッ』


額同士をくっつける。それは、まるで子供が風邪をひいていないか確かめる母親と、その子供のようだった。


「ッ!!??!??」


テトラの額はひんやりと冷たく、サラサラしており、セント自身の額にのみ浮かぶ汗の存在感を際立たせる。

ゼロ距離から見つめられ、動揺のあまり、セントの身体がビクッと震える。

淡い紫色の瞳が視界の大部分を占め、テトラの吐いた息が顔に触れる。クラクラするような蠱惑的な甘い香りだ。脳味噌がドロドロに溶けるような快楽が脳に持続的に送られ続ける。

少し間違えばキスしてしまうような距離でテトラは琴のような美しい声を出す。



「はぁ。ホントに覗いたの?」

「……はい」

「あの場に覗き穴は無かったはずだし、そもそも『自己領域(パーソナル・スペース)』での探知は欠かしてないから、君はあの時あの場を動いていないはずよ?」


「……これを喋ると『禁忌』に触れるかも」


『禁忌』……それは自身の身の丈に合わぬ能力を持つ『能力者』に課せられた制約であり、それを破ると、最悪、死に至る場合もある。


「だから?」


だが、『そのようなこと』をテトラが気にするわけがない。


「……」

(ダメだ、思考が、まとまらない)


「さ!話して!」


「……僕の『能力』は、ある程度までなら、自分のいた場所の周囲の状況を見返すことができるって感じなんです」


「……へぇ?でも、それって、他者の『能力』のコピーが使えるっていうメインの能力と関係なくない?それじゃあひとりなのに2つの能力を持っていることになるよ?」


「そんなこと言われても、なにひとつ、ぼくは……うそ……ついてない……」


「あーあ。ちょっと危ないね。

智慧は私が教え授ける(デヴァイン・ライト)

……やっほー?大丈夫そう?」




「……え?クロノス教授から?」


「うん!クロノスから。ところで、そこそこ長くて、とても重要な話があるんだけど、今話しちゃって良いかな?」


「ええもちろんですよ。なんですか?」


かつてジオード領の家族達に、『魔臓』を用いる活動が一切行えなくなる、という災害が起こった時よりもはるかに真剣そうなテトラの声を聞き、思わず身体がこわばる。




「……セント君……『魔王』を討伐して!」



「…………………………………へ?」


だから、そんなお伽話の中の王様のセリフのような言葉を投げかけられた時、セントは困惑を隠せなかった。


「そもそも『魔王』の話、先輩から聞いた?」


「先輩って……僕まだ入学したばかりなので……」


「あー!違う違う!『先輩』っていうのは、パラドクス先輩のこと!」


「えぇ?そう言えば校長ってテトラさんに『パラドクス先輩』って呼ばれてましたね……えーーと、まだ聞いていないと思います」


「じゃあそこから解説をしよう!

問題!

『この世界』を支配している生物は何でしょう?」


その質問が、どう繋がるというのか全く分からないが、きっと何かの意図があっての質問なのだろうと信頼し、セントは思索に耽る。


「『この世界』っていうのが『幻想世界(アカデミィア)』のことを指すなら、人間じゃないんですか?」


「うん!正解!じゃあ、次の質問。

実世(リアリティ)』を支配している生物種は何でしょう?」


「えーー!やっぱり人間?」


「残念!不正解!」


「じゃあ正解は何なんですか?」


今のところ(●●●●●)『エネルギー生命体』だね」


『エネルギー生命体』なるものにも興味があったが、それ以上に意味深だったのは、『今のところ』という言い回しである。


「『今のところ』って、そりゃあ、そうでしょう?いつかは別の種がーーー」


「そう!そこなんだよね!」


「え?」


「セント君は『盛者必衰』を『当たり前のこと』として認識しているよね?それはどうして?」


「だって……普通に考えて、盛者が栄え続けるのは極めて難しいじゃないですか」


「そうかな?人口500人くらいの小国達が人口100万人の大国に蹂躙され続けて、大国が栄え続けるとは思えないの?」


「そりゃあ……人数が増えれば、それだけ内乱が起こる可能性も高まるじゃないですか」


「うん!ようやく正解に辿り着いてくれたね!」


「?」


「どれだけ特定の種族が栄えようとも、その種族が多種族を徹底的に支配して管理下における段階まで来ていないの。この『実世(リアリティ)』という場所は。


宇宙がどれくらい前から存在しているのか……そんなのわかりっこないけど、少なくとも2000年や3000年前に生まれたわけじゃないはず。その可能性はとても低い。

そのことはいろいろな『世界』の遺跡が証明してくれているよ。


なら、不思議に思わない?


どうしてこれだけの時間が経っているのに、

実世(リアリティ)』が、ひとつの種族の支配下に置かれていないのか。


種族間のパワーバランスなんてものは、不安定極まりないものなのに。


一位が総取りするはずの競争なのに。


どうしていまだに『均衡』が成り立っているのか?」


セントの喉がゴクリ、と鳴る。明らかに普通の知識ではない。これは、さながら世界の秘密、あるいは世界の禁忌だ。軽はずみに触れて良いものじゃない。



「その答えが『種族内での内乱』


100:40の2種族が衝突するなら、

100の方では70と30に分かれた内乱が起きて、最終的に40になって、40:40で均衡が保たれる。


そうは言っても、誤差はあるし、その積み重ねが今の状況を作っているんだけどね。


これはさながら『世界の意思』みたいなもの。『実世(リアリティ)』は単調を嫌う。


何らかの種族が発展し始めると、段階ごとにブレーキがかかる。


『それ以上殖えるな』、『それ以上強くなるな』ってね。


そんな『内乱』イベントの中でも、最低最悪なのが、単独の叛逆者……私たちが『魔王』と呼ぶ個体の誕生なの」


「……………」


「『魔王』は、種族の中から一定期間にひとりだけ生まれるんだ。

特徴として、その種族の他の個体と仲良くすることができないーーー少なくとも、仲良くする演技しか出来ない。

そして……これが1番厄介な理由なんだけど、とっても強いの。


ここから先は『人類(ヒト)』についての話を話すことにするよ。


『魔王』と呼ばれる個体は、人間の中から選ばれる。運が最悪だと、天使の中から選ばれるかもしれないけど、多分その線は大丈夫。

『人間』という種族を最も憎んでいる人間が『魔王』に選ばれて、強大な力を得るの。

今のところ人間を恨んでいる天使は居ない……ハズだし、そういうわけで天使が『魔王』になる可能性は低いかな。


『魔王』がどれくらい強いかといえば、自分以外の全人類を相手にしても勝てる可能性があるくらいには強力。


例えば、1000年前の『魔王』の能力は、先輩ーーー

パラドクス=コスモスの『能力』の上位互換(●●●●)だったの」


「校長の上位互換ッ!!!!????」


そんな馬鹿げた話があって良いのだろうか?もし本当にそうなのだとしたら、今頃世界は跡形もなく消えているのではなかろうか。だが、目の前のテトラは嘘を言っているようには見えない。むしろ、淡々と事実を述べているという印象しか得られない。


「ホントよ?話を続けるね?

『魔王』には天敵となる『勇者』が居て、『魔王』は大抵の場合、その時の『勇者』の手によって葬られてきた。もちろんこれにも例外はあるけど。


……そして、今回、触れている個体の種族の『勇者』の名前が映し出される鏡……

……そういう『世界の悪戯(パンドラ)』に私が触れたところ、君の名前が浮かんだんだ」


「………ということは、僕がその……

……パラドクス校長よりも強いかもしれない『魔王』を倒さないといけない、と?」



テトラはニッコリと笑って、お使いを頼む母親のように、軽く朗らかに『お願い』をする。


「うん!そういうこと!よろしく!」


「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!???絶対無理でしょ!?」


「大丈夫大丈夫!実際、やってみたら何とかなるって!」


「ならないでしょう!?」


「過去の事例を振り返って考えてみても、『勇者』はしっかり『魔王』に勝てるように選ばれているから、自信を持って良いよ!



かくいう私も、昔は『勇者』だったし!」


「えっ!?テトラさんが!?」


「そんな驚かなくても良いでしょ!?

まぁ、私の場合は少し毛色が違う気がするけど、誤差だね」


「……まぁ、『魔王』と相まみえるのは明日明後日の話じゃないんですよね?」


「いやぁ?10年後かもしれないし10分後かもしれない」


「だったら、人類はおしまいですね!!とにかく、僕は僕で頑張りますけど、滅ぶ覚悟しといてください!!!!」


「アハハ。やっぱり、セント君って変わってるね!」


「いきなり人類の命運の鍵を握らされるこちらの身にもなって下さい!!!」


「まぁ、冗談抜きで、本当によろしくね。

命を賭けて誓うけど、今まで言った話は何ひとつ嘘じゃないよ?」


「…………頑張ります」


「それでこそ『勇者』よ!」


「じゃあ、僕は倫理の授業があるのでッ!」


セントはカツカツカツッと足早に歩く。



「おーい!『勇者』さま!道!間違ってるよ〜!倫理の教室はあっち!」


「……………」


勇者が回れ右をするのと、昼休み終了のチャイムが鳴るのと、テトラの昼休みが始まるのは同時だった。

テトラが『勇者』って、イメージつかないですよね。


2人の選択科目が倫理だっていうのも、生徒のことをよく理解しようとしている校長を装いながら、『自己領域パーソナル・スペース』で直前の会話を盗み聞きしただけですし……本当に人に化けるのが上手いんです、彼女は。


それに引き換え、リーフレイは……同じ緑系の筈なのに、経過観察されることが多い人ですよ、全く。


経過観察といえば、パラドクス校長がリーフレイとセレスの家族関係に積極的に関わる理由のひとつに、

『歴史を繰り返したくないから』というものがあります。


色々と拗れている(本当に、ほんとーーに、拗れている)ザクロ王家に対してはそこまで干渉しないというのに、ヴィロメント家についてはセレスとリーフレイの隔離を提案するなど、色々と出しゃばっています。


聞き手の皆様にも、

『パラドクス校長、流石に部下の家族関係に首突っ込みすぎじゃないか?』

と思われた方々も、ちらほらいらっしゃることでしょう。


そもそもパラドクス校長は、リーフレイが今まで『始まりの世界(ガイア)』の屋敷に住まわせていた娘を『コスモス』に連れてきている、と聞いた時点で2人のことを『自己領域(パーソナル・スペース)』で捕捉し続け、観察し続けていました。


しかし、運悪く外出しなければならなかったタイミングで(もっと言うとシャルル先生の言っていた『開界式』の監視)、モル君が使われてしまい、セレスにトラウマが刻まれてしまいました。


『それは貴方が悪いのでは?』と述べた時、パラドクス君、実はかなり焦っていました。


『家族との絆を大切にすべき』と言っている時は、『頼みますから娘さんが羽化してこの場にいる人々を皆殺しにするようなことがないようにしてください』

って考えていたものの、コレはチャンス、と見るないなや、家族の縁を切り、2人を遠ざけることを画策し始めるとは……精神病患者の扱い、手慣れてますねぇ。


アダマシィアって、矢に刺されて『羽化』したでしょう?その心的外傷(トラウマ)があるので、彼女はダイヤモンドの鎧を生成できるような能力を持つことになったのですが……ねぇ?

パラドクス校長はリーフレイを……厳密にはリーフレイの持つ注射器の針(突き刺すモノ)見て思ったわけです。

『これは、アダマシィアの災害の再来では?』と。



緑系の少女が都市を滅亡に追いやる……そんな悲劇、2度と起こらないと良いですねぇ、ハハハ。



こういった裏事情を知ってから見直してみると彼の行動の意味が変わって見えるというもの。

これまた一興なのかもしれません。

この作品、最終回を迎えた後は、多分こんなのばっかです。

全てがわかった後に見直すと……きっと数倍面白く読めるはず。どうかお楽しみに。


なんだか、意味がわかると怖い話、みたいですね。





『勇者』と『魔王』というキーワードが語られた今ならば、あの世界のルールを語っても問題ないでしょう。そんなわけで、ちょっと語らせてもらいます。



《以下、少し難解かもしれません》



あの世界には『歴史は繰り返す』という『ルール』がある、ということは再三説明してきましたが、この場を借りてしっかりと説明させて下さい。


世界の記憶(アカシック・レコード)』という単語があります。

これは

『世界には情報が刻まれ続けているとする学説』

です。

名付け親は『あちら側』の人で、『あちら側』の世界の在り方をうまく表現していると思います。


あの世界はまさしく『レコード』なのです。

その時々の知的生命体を『蓄音機』とし、

ノイズと共に、曲を奏でる…そんな『レコード』なのです。


あるとき、世界の最初の方に、大きな歪みが生まれました。


大きな、大きな歪みです。


その歪みはレコードの半径にわたる一本の亀裂を生み、レコードが一回転する毎に異音を鳴らすのです。


お分かりですか?


『レコード』が一回転するごとに、異音が発生するのです。


『歴史』がひとまわりするたびに、『イベント』が発生するのです。


実に上手い喩えだと思いませんか?


あの世界では『イベント』……特に『悲劇』が一度起こってしまうと、それが定期的に、しかも『形を僅かに変えて』起こるようになってしまうのです。


この法則に気付いた人々は、過去に起きた『悲劇』をなんとか回避しようと足掻き続けるのです。


それはさながら、レコードが一回転するごとに、蓄音機から発せられる異音に、顔を顰める聞き手のように。


……しかし、世の中には物好きがいるものです。

一回転ごとに、前回とは少し違う異音が鳴る。

その『異音』を楽しみにしている物好きも、いるにはいるのです……私とか、ね。


まぁ、世間一般の人々は『悲劇』だなんて繰り返してほしくないわけで、負の連鎖を断ち切ろうとーーー、


ーーー『悲劇』が解決されたという『イベント』を起こし、後世を『悲劇』から守ろうと努力をする人々がいます。


『勇者』とその種族が『魔王』に滅ぼされるという『悲劇』の連鎖は、

とある『魔王』にとある『勇者』が打ち勝った時点から、『勇者』が『魔王』を倒す『喜劇』の連鎖に変わり果てたのです。


このような努力により救われたのがレスターなのですが、これは1000年前の物語を語った後におわかりいただけることでしょう。


ーーー蒼に始まり赤に濡れ、黒と共に黒へ挑み、白に屈する、あの悲しき物語の後に。

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