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『W here ?』

セントがケトラシアと買い物を楽しんでいたのと同時刻、アレス達はセントを探し続けて3次元的にに広がる石壁で囲まれた大迷宮を駆け巡っていた。

常人には移動するだけでも労力を要するこの世界、されどレスター教授とアレスに掛かれば縦横無尽に移動できる楽しいアスレチックに過ぎない。

最も、今の彼らに楽しむ余裕などない。自身の体力よりも先に行方不明者の命運が尽きるであろうことは明白だった。それでも彼らは進み続ける。消えかけているであろう小さな炎が完全に消えてしまう前に、ほんの小さな希望を掴み取る為に。


   『ダンッダダンッッ!!!』


   『ーーーーー』


前者は天井も壁も床もお構い無しに、蹴って蹴って進み続け、

後者は音を出す事もなく、紅い軌跡を残しながら直線的に進む。


「クソッ!せっかく手掛かりが掴めたのに、それっきり次の印が全然見つからねぇ!

......まさか化け物に襲われちまったんじゃ」


「......彼の幸運を信じて探すしか無いっスよ!......ん?」


   『ドンッ!!!』


レスター教授が突然立ち止まる。今まで前方に進むために使っていた『撃力加速(バースト)』を、今度はブレーキに使ったようだ。砂埃が舞うのを見て『アレスは急いで止まる』


「ちょっとレスター教授!急に止まるのは良いですけど砂埃舞わせないで下さいよ!」


「それはスイマセンっス。そんなことより!アレス君!『無線通信機(トーカー)』に連絡が来たっス!この石ってことはクロノス教授からっス!」


「マジか!貸してください!......もしもし!クロノス『教授』!?」


『おお!アレスか!?レスターに話があったのじゃが、その感じだと2人とも同じ場所にいるのじゃな?

ならば一気に伝えられるのぉ。わざわざ『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に渡って信号を出した甲斐があったわい!

アレス、お主に『水の都の菓子職人(パティシエール)』から朗報じゃ!

ヤツは『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に大陸中から10,000人ばかり、『調達屋』を送り込んだそうじゃ!』


桁がおかしい......だがそんな事は『彼女』の常である。

いや、むしろ『事態が事態』なのだから、10,000人でも少ないのかもしれない。


「そいつはありがてぇ!アイツもたまには役に立つじゃねぇか!」


アレスは想像以上の援軍に思わずガッツポーズをする。

いくらこの世界が広いとはいえ、それほどの人数で探索すればセントを救出できる可能性も跳ね上がるというものだ。

アレスはそんな希望を思い浮かべていた為に、次に発せられた言葉の意味がわからなかった。


『で、『調達屋』の連中がいざ『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に侵入した5分後に、

始まりの世界(ガイア)』の『ゲート広場』で発見されたのじゃ!』



「......は?」


理解が追いつかない。


『どうやらケトラシア君とたまたま会って、そのまま一緒に帰ってきたそうでのぉ!』


どうやら聞き間違いではないらしい。

何ということだろうか?この無限の迷宮で友好的な人物と会い、帰還することができるとは。親友の無事と神がかり的な奇跡を耳にしたアレスは思わず地面に座り込む。


「......そりゃあ......良かった......本当に……良かった……!!」


だが感動し続けている場合では無い。ミイラ取りがミイラになる可能性もあるのだ。何らかの不具合で『ゲート』が閉じるなんてことは起こり得ないだろうが、自分達が帰り道を忘れてしまう可能性がある。『ゲート』のある場所への向かい方の記憶が忘却の波に流されてしまう前に急いで帰らなくては。


「……それじゃあとりあえず俺らは『コスモス』に帰るから、話は後でしよう!それで良いか!いや、『良いですか』?」


『ちゃんと敬語が使えるようになってきたようじゃな。何よりじゃ。


……あ!そうそう!もし『コスモス』に戻るんじゃったら、ちぃーとばっかし生徒寮に寄ってくれんかの?』


「ん?そりゃまたどうして?」


『どうやら、セレス君とアイシア君が授業を休んでおるようでのぉ。


あの2人は貴族の令嬢じゃし、『実戦』の恐怖で部屋に閉じ篭もるような事も無いと思うんじゃ。無断欠席するようなズボラなタイプにも思えんしのぉ。


ワシにもパラドクスから頼まれている仕事があって、今はあまり時間が無い、じゃから代わりに2人の様子を見てきてくれんかのぉ?』


「そう言う事なら、承った。……確かにあの2人……セレスは寝過ごしたとか普通にあり得そうだけど……少なくともアイシアがセレスを起こすはずだし、アイシアまで欠席してるなんて、そりゃ異常だ」


『頼んだぞよ。……あーーレス坊もそこにおるんじゃろ?』


「まぁ、そりゃオレの『無線通信機(トーカー)』っスからね」


『レス坊には頼みたい雑ーーー仕事があってのぉ』


「……今『雑用』って言いかけてたっスよね!?

まぁ、今日は生徒達に自習の通告出してるんで良いっスけど、何の仕事っスか?」


『ふむ。お主が蹴り殺した旧アラントのスパイの事について連邦国が尋ねたいと言っておってのぉ』


「あーグラディエ連邦っスか。分かりました。ゲート渡り次第すぐ向かうっス。

平和的な感じっスか?」


『事務員の話振りじゃと平和的な雰囲気は微塵も感じなかったのぉ』


「なるほど、そんじゃあ靴変えてから行くことにするっス」


『いざという時は逃げることじゃな』


それはまるでのどかに天気の話でもするかのようだった。


「了解っス。……そんじゃ、アレス君、帰りましょ!」


「……うっす!」


『まともな側』とはいえ、『コスモス』の教員なんだなぁ。と思うアレスなのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


セントの滞在する『始まりの世界(ガイア)』とアレス達の滞在する『幻想世界(アカデミィア)』ーーーこの2つの異世界では殆ど同時に朝と夜が来る。

故に黄金色の夕焼けを眺めながらセント達が散歩をしている時、アレスは同じく黄金色の光が照らす学生寮の廊下を歩き、セレスとアイシアの部屋の前にやって来ていた。

他の生徒達は既にその日の授業を受け終え、友と街を歩くもの、1人河川敷で読書を楽しむもの、図書館で明日の授業の予習をするもの、、、黄金色の放課後の過ごし方は生徒の数だけ存在するのだった。


入学してから2日目の授業も終わり、新たな環境に胸を躍らせる一年生達にとって、寮に残るというのは余程の物好きのためだけにある選択肢であった。


既に『コスモス』という環境に慣れきったアレスは、そんな同級生達のことをぼんやりと考えながら、静まり返った学生寮の廊下をゆっくりと進む。


(あの2人が授業をバックレるとは思えねぇし、何かのトラブルに巻き込まれてねぇといいけど……)


やがて自分と自分の親友の部屋の前に着き、そのままその入り口を横目に見ながら通り過ぎ、その隣の部屋、すなわちアイシア達の部屋の入り口へ向かう。


(壁の厚さはそこそこちゃんとしてる筈だけど、そもそも、そこそこの歳の男女を同じ寮に入れるってのは、どうなんだろうな?『コスモス』在学中に子供が出来るだなんて珍しくもねぇみてぇだし、バンバン子供産んで貰った方がテトラにとっても都合が良いんだろうけどよ……)


  『コンコンコンッ!』


金属製の扉をノックする。いくらアレスがマナーに疎かったとしても、正式な場での『3回ノック』のマナーを忘れはしない。これは相手に対して敵意を持っていないことを表す初歩中の初歩のマナーであった。


(アイシアってそういうの気にしそうだしなぁ。確かテトラの城では4回だったっけ?まぁいっか。…………返事がねぇな)


胸の奥底で燻っていた小さな不安の火種が、突如山火事のように燃え盛り始める。


「……アイシア?セレス?居るんだったら返事をしてくれ!」


返事は返ってこない。ドアノブに手をかける。ひんやりと金属製のドアノブが手を冷やす。何とも嫌な予感がした。


ドアノブを回す。鍵は掛かっていなかった。


「最終通告だッ!居るなら返事をしてくれッ!部屋に入るぞッ!?」


誰もいない学生寮の廊下に、アレスの声が反響する。

……返事は、返ってこなかった。




    『ガチャ』


ドアを勢いよく開ける。部屋の中は、整理整頓されていた。『貴族』らしい品性の伴った机とふたつの椅子。入学式の日にでも業者に持ち込ませたのだろうか?


机は大理石でできた比較的小さなもので、その白い机の上に明らかに異質なものが置かれていた。

白を基調とする部屋の中にあって、その『真っ黒な手紙』は明らかに元からその部屋にあったものでは無かった。


危機感が具体的な形を持ってアレスを襲う。

アレスはすぐさまその手紙を机から拾い上げ、そこに真っ白なインクで記された文章を読む。


ーーーーーーーーー


これを読んでいるのがセンティア君かアレス君であることを切に願う。

諸君らと今私のそばにいる彼女らの仲の良さは理解している。

彼女らの無事を願うのであれば、君たち2人以外の人物に伝えることなく指定された場所に来るように。無論、2人きりでだ。

私の要求はただ一つ。センティア君。君の身柄の確保だ。

重ねて告げるが、以上の事柄を守らなかった場合、彼女らに明日は無いものと思え。

賢明なる判断を期待する。


ーーーーーーーーー


手紙はどうやら印刷されたものらしく、字は無機質さを感じさせるほど特徴のない字だった。筆跡から犯人を特定することはできないだろう。

手紙の裏側には地図が載っていた・・・が、




挿絵(By みてみん)



「……やっべぇ。この地図描いたやつ絶対絵描くの下手だろ……」




明らかに、地図として必要な情報が欠如している。

元々黒い紙に地図を書く以上、白以外のインクは見えにくくなるとはいえ、白いインクだけで地図を描くのは流石の誘拐犯にも難しかったようだ。



ヘタクソな地図のヘタクソな四角に一丁前にhereここなどと書かれている。


アレスは机に置かれていたアイシア達の物らしき赤い万年筆で、

『W』と『?』付け足してWhere?(どこ?)と書き足して怒りと困惑をぶち撒ける。


「えぇぇ。だってこれ……えぇ!?本気で言ってんのか?これ3歳のガキのお絵描きのほうがマシってレベルだぞ!?」


とはいえ、これが悪質な悪戯なんかでは無い可能性を、すなわち本当にアイシアとセレスが危険な状況下にある可能性を考えると、サジを投げるわけにはいかない。


「……これは、、、えーと、これが川なのか?この浮島みたいなやつは池なのか?それともこの部分が陸地?あーもうどっちだよ!……仕方ねぇ。やるしかねぇかッ!」


アレスはすぐさまベランダへの出入り口を兼ねている窓付きの引き戸を開けて、ベランダに飛び出し、、、そこから『大きく外に向かって飛び出した』


空中でアレスは、『技能』と『能力』を発動する。



  《 『幻想化(ファントマライザー)』ーー『超光速粒子(タキオン)』 》

   



空中に浮かぶアレスの身体が赤い粒子の集まりになり、それが直線の軌跡を残して『空に向かって飛んでいく』



かなりの高さまで上昇したアレスは、自身の身体を実体化し、それと同時に自由落下を開始する。

目的は地上を空から眺めること。具体的には、川なのか池なのか陸地なのかわからない『白く塗りつぶされたもの』と似た形のものがないかを探すこと。


下から吹き上げる風に瞼と頬を振るわせながら、何とかそれらしき場所を見つける。

地図の指している場所はアレス達の学生寮からさほど離れていない川の川原に建てられていた倉庫のような建物だ。いや、倉庫というのは正しくないかもしれない。万が一川が増水したときに真っ先に被害を受ける場所に物を保管する人々はいないだろう。

その建物が何であるかには興味もないアレスは、そのまま斜め下に位置する倉庫目掛けて身体を赤い光の粒子に変換しーーーーー直接向かうのではなく、まず学生寮の前に降り立ち、身体を実体化させる。


「ハァッ!ハァッ!ハァッ!」


体力の限界だ。一瞬にして地上から天高くに移動したことによる気圧差による消耗、そして莫大なエネルギーと体力を消費する『光としての移動』


このふたつの物理的身体的要因に加え、自分の仲間達が危険に晒されているという非常事態に対する心理的負担も合わさり、流石のアレスも地面に横たわる。


河原建物に直接向かわなかったのは、これらの疲労が重なったことに加え、人々の注意を向けさせないためでもある。


突如天に向かって伸びた赤い光の柱を見て驚く生徒達はいるだろうが、もしもアレスが直接川原の建物に向かったら好奇心からそこへ向かう生徒がいるかもしれない。もしアレスが何も知らなかったら隕石でも落ちたのだろうか、と落下地点に向かうだろうし、恐らくそれはセントも他のコスモス生もそうだろう。

そうしたらそんな生徒のみならず誘拐されているアイシアとセレスの身も危険に晒すことになってしまう。


その判断を自由落下中に下した優しい男は、限界を迎えている自身の身体に対して微かな怒りを覚えながら、体力の回復に尽力する。


時間制限が設けられていないこと、アレスと、本来ならばセントがどのタイミングであの手紙に気付くか未知数であることから、相手は辛抱強く待っているはずだ。ならば、ここは敢えてゆっくりと休ませてもらおう。


「……ハァ….汚ねぇ….ハァ….地図を….描いたんだからッ!ハァッ!….それくらい….ッハァ!織り込み済みッ!ハァッ!……だよなッ!」


学生寮の壁に寄りかかり、精一杯休む。それしか、今のアレスに選択肢はなかった。


ーーーーーーーーーーーーー


5分ほど休んだ後に、アレスはゆっくりと立ち上がり、覚悟を決めて夕陽の照らす川原へと向かう。そこそこ川幅の広い川の表面が波打つ度に、黄金色の夕焼けが黄金色の巨大な魚の鱗のように光り輝く。もしも、このような危機的状況ではなく、無心でその絶景を楽しむことができたらどれほど幸せか。


アレスはまるで戦争の開戦時の兵士のように気を引き締めて、目の前の倉庫らしき建物を見る。

壁は比較的新しい素材であるコンクリートを固められて作られていて、屋根はギザギザの金属の板で出来ていて、そこから溶け出たサビがコンクリートに茶色い模様を描いている。

広さは教室4つ分程であり、二階建ての建物くらいの高さである。


「......この倉庫だよな」


改めてお世辞にも絵が上手いとは決して評価できないほど酷い有様の絵を見て、この周りに他に立て篭もることが出来そうな建物が存在しないことを確認して、アレスは金属製のスライドドアをノックする。ドアは両開きであり、尚且つかなりの大きさだった。救急患者を台車付きのベッドに乗せたまま搬入できるようにかなり大きめに作られている『保健室』の扉よりもさらに大きい。

近くに川原が、ひいては川が流れていることを考えると、ここは『造船施設』だったのかもしれない。


  『カンカンカンッ!』


ノックは3回。敵意はないことを示す。最も、友人達を誘拐した相手に敵意がないわけなどないのだが、建前というものも重要である。


ーーー返事は無い。


「失礼するぞ」


   『ガラガラガラガラガチャン』


扉を開く。『いざという時』の為に、人が2人くらいは通れそうな位に出口を空けておく。


建物の中はやはり『造船施設』のようで、2階と呼べる物は外周部に幅2メートルほどの足場だけであり、建物の中には柱がなかった。きっと、この施設の中央にて船を作っていたのだろう。その時の名残りなのか、手頃な鉄パイプが落ちている。いざという時には武器に使おう、アレスはそう決心し、武器を使うことを想定している自分の惨めさにため息をつく。


「......まず、アンタに伝えたいことがある!セント、いやセンティアは今この『コスモス』には居ないッ!今アイツがいる場所を教えてもいいが人質の解放が先だッ!」


自分の声が倉庫の中で反響し続ける。きっと誘拐犯がこの広い倉庫の何処に隠れていたとしても声は届いたはずだ。


「......そんなバカな。入学して2日目にはバックレるってどんな不良生徒だ?」


倉庫の奥に積まれた木箱の山の後ろから、全身を鎧に包んだ男が『カチャリカチャリ』と鎧から金属音を出しながら歩いて出てきた。


数多の強者を見てきたアレスにはわかる。その歩き方は絶対的な武力によって許された『慢心』をありありと見せつける歩き方だ。


「これは紛れもない事実だッ!2人は何処だッ!」


「自分の立場を理解していないのか?2人も要らないし、1人に『しよう』か?」


「ッ!!」


人質の片方を殺す(2人を1人にする)ことに対する躊躇というものが見て取れない。頭全体を兜で覆っているために表情は読めないが、きっと兜の内側にある表情は笑顔でも顰めっ面でもなく、『無表情』だろう。


「聞かれたことに対する返事だけ許可する。いいね?」


「...ああ」


「良し。返事が早くて助かるな。君はセンティアが何処にいるのかを知っているのか?」


強烈なプレッシャーを感じる。きっと相手はアレスの一挙一動から心臓の鼓動の速さまで『技能』を用いて観察し続けている。間違いなく嘘は通じない。無論、嘘をつくつもりなど毛頭無い。


「知っている。だが、これはクロノス=レジア=ザクロ教授から伝えられた事実だから、クロノス教授が嘘をついていた可能性もあることを伝えておく」


「......ふむ。嘘はついていないようだ。それじゃあそれは何処だ?」


「......じゃあ、センティアの今の居場所を伝えてやる。もっとも、それが意味を持つのかはわからねぇが」


「意味を持つのか分からない?それはどういう意味だ?」


「そのまんまの意味だ。


セント、いやセンティアは永世中立都市こと『聖神都市(セイント・ウルヴス)』に滞在している」


「……チッ!よりにもよってッ!............その情報の信憑性はどう担保する?」


(随分前からテトラから預かっている『無線通信機(トーカー)』、レスター教授をはじめ、クロノスやセント達にも見せるなとテトラから言われているけど、この場合はしょうがないよな?)


「信じねぇ者は救われねぇ、当然の摂理だろ?だが、確認したいというなら今ここでクロノス教授に『無線通信機(トーカー)』で質問をする」


「……策を弄されても面倒だしなぁ。よし、こう聞け。『セントが今いるのって何処だったっけ?』ってね」


(俺らがセンティアと呼ぶとクロノスが違和感を感じるかもしれない。しかも、『クロノス、セントが今いるのってジオード教会だよな?』ってな具合に阿吽の呼吸で口裏を合わせて嘘の情報を与える隙も生み出さねーってか。


さらに俺がクロノスに敬語を使わねぇであろうことを想定してタメ口、『センティア』ではなく『セント』とちゃんと俺が言いそうなセリフを考えていやがる。鎧の中にいるのがどんな奴か分からねぇけど、まず間違いなく頭の回転が速いタイプだ。......厄介だな)


「承知した......だが、クロノスが『幻想世界(この世界)』に居ない場合は証明できねぇが、それで良いよな?」


「......クロノス『様』と呼べ。あのお方はザクロ王国の王族だぞ」


突如先程までの軽い雰囲気が忽然と消え失せ、厳格な注意が返ってきた。


(へぇ?アイツのことをそんな風に捉えてる奴がいるなんてなぁ?しかも言い方が気になるな。『教授』と呼べではなく『様』を付けろってか。しかも、さっきと比べて反論までの間が短い。咄嗟の反応って感じか。まさかとは思うがザクロ王国の関係者なのか?しかも、かなり愛国心のあるタイプっぽいな)


「分かった。クロノス『様』に電話を掛けるよ」


「分かっていると思うが、電話ではクロノス『様』と呼ぶなよ?お前は普段から呼び捨てにしていそうだからな。疑われたら面倒だ。あと、クロノス様以外に通信を掛けるような真似はするなよ?


例えば、『今は不在』のパラドクス=コスモスに掛けて、当然の結果として返事が無いことを、さもクロノス様に信号を送って返事が無かった、かのように振る舞うような真似は許さない。


もしもクロノス様が応答されなかった場合、貴様の『無線通信機(トーカー)』はこちらで回収させてもらう。後日確認して貴様の選択した『石』がクロノス様の『石』に繋がる物でなかった場合、必ず『3人とも』拷問の後に殺す。良いね?」


(パラドクスの不在を知っている?『コスモス』に内通者でもいるのか?)


「……そんな面倒な真似はしねぇよ。見てろ。この石だ」


アレスは、かなり大きくした懐中時計のような形の金属に嵌め込まれた複数の『石』のうち、『七角形の石』を指差す。


無線通信機(トーカー)』には『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』由来の『鉱石』が使われている。

その『鉱石』の名は『繋げる石(バートン)


1つの結晶を叩いて複数の破片にした上で、そのうちひとつの破片に『魔素(マナ)』を込めて語りかけるとその音声が『同じ世界にある』石から発せられる、という代物だ。基本的には『ひとつの結晶』を『2人で』分けて用いることが多い。


「……行くぞ?」


アレスが『魔素(マナ)』を込め始めると『七角形の石』が赤く輝き始め、しばらくすると石からクロノスの声が発せられる。


『なんじゃ?アレス?アイシア君たちはどうじゃったかの?』


アレスは誘拐犯の方を向く。誘拐犯はクイッと顎をあげ、さっさと答えるように促してきた。


「ああ、元気そうだったよ。ただのサボりだとさ」



《ンンッ〜〜ッ!!》


何やら突然倉庫の奥の方が騒がしくなったが、気のせいだろう。     多分。



『喜ぶべきなのかのぉ?まぁ良い。話はそれだけかの?』


「あー、いや!ちょっと忘れちまったんだけど、セントが今いるのって何処だったっけ?」


『お主、ワシより先にボケちまったのかの?長生きするものじゃないのぉ。

聖神都市(セイント・ウルヴス)』にケトラシアとマギカと共に滞在中じゃ。

なんじゃ?お主まさか今から会いに行くつもりではあるまいな?』


「流石に遠い。大人しく親友の帰還を待つことにするよ」


『そうするが良い。今度こそ話は終わりかの?今ちょっとリーフレイの檻から逃げたバケモノと戦っている途中なのじゃ』


「おーおー、怪我しないようになぁ。痛めつけるのもほどほどにな」


『じゃあの〜』「おうっ!」


「………本当にクロノス様の声だった。」


「だろ?嘘はついてねぇ。それともクロノス『様』を疑うか?」


「……いいや。信じるとも」


「じゃあ2人を解放してもらおうか」


「…………はぁ」


誘拐犯はため息をつき、籠手に覆われた左手を頭の方へ持っていき、

 『ガチンッ!』

と金属同士をぶつけさせ、苛立った様子で手を下ろす。


(アイツの反応。髪をかき上げようとして兜に阻まれたって感じだな。......普段は兜をしない(●●●●●●●●)人間ってことか?)



「…よりにもよってどうしてあの都市に……」


誘拐犯に同情するわけではないが、あの都市を良く知るアレスにはその感情がとてもよくわかる。

誘拐しようとしている人物が『聖神都市(セイント・ウルヴス)』に滞在している、それは、殆ど誘拐不可能と宣告されるに等しい。


もとより大陸各国から王族や上級貴族の子女が集まる『クリスタリア』の『始まりの世界(ガイア)』側の拠点ーーー『コスモス』にとっての『ザクロ王国』がそれにあたるーーーとしての役割を持ち、尚且つ『世界で最も狡猾な天使(テトラ=リリウム)』が自身の暮らす都市として『世界で最後に滅ぶ場所』と平らな胸を張るほどの防衛力を誇り、階段状に連なる階層を登る為にはいちいち関所を通らなくてはならない。


関所を通らずに上の階層へ登る、例えば『ゲート』を使うなどといったことは不可能である。『とある事情』により都市内で『ゲート』を開くことはできないからである。


『してはならない』のではなく『出来ない』のだ。


必然的に『聖神都市(セイント・ウルヴス)』の周りを囲む湖の外の街にある『ゲート』から『ゴンドラ』を活用して訪れる必要があり、関所の役割を果たす『水門』を通り上の階層に向かう他ない。


誘拐犯の地位がどれほどのものかはわからないが、関所を通る際に必要となる証書は偽造出来ない。故に上の階層に滞在しているターゲットを襲う為には、それと同程度の身分を持つ者の協力が必要となる。


今回のケースでは『国の第三王子』が滞在するような階層に行く必要があるのだから、協力者は限られる。ましてや、身分の高い者ほど協力したがらないのだろうから、誘拐は絶望的難易度を帯びることになる。


「……仕方ない。彼女らを人質として確保したまま、センティアにこちらの指定する場所に来てもらうことにするか」


ターゲットが鉄壁不動の要塞都市に立て籠っているせいで確保出来ないのであれば、ターゲットが自主的に要塞都市から出てくるように仕向ければ良いのだ。


「おい、話が違うぞ?」


「......仕方ないだろ?俺の目的はセンティアを『抹殺』すること。その目的が果たせないんじゃ人質は解放出来ないね」


「......なんだと?」


「君と人質の片方にも消えてもらおう。確か、緑色の方がセンティアの想い人なんだっけ?そっちを残して水色の方は殺すとしーーー」




    『黙れぇッ!』



アレスの咆哮が大気を揺らし、まるでドラゴンに睨まれたカエルのように、誘拐犯の思考が一時的に麻痺する。その間にアレスの身体が『紅い光の粒子』になるのではなく、実体を保ったまま身体に紅い光を帯びて倉庫の壁側に落ちている鉄パイプを拾いに走り始める。


麻痺から立ち直った誘拐犯は、右手の手のひらをアレスと鉄パイプの中間地点に向ける。

それと同時に右手の手のひらに水が生成され、それが凍りつき、浮かんだままの『尖った氷』が生成され、丁度もうすぐその地点を通過しようとするアレスに向かって


     『パァンッ!』


という、とても小さな破裂音を伴って撃ち出された。


アレスはその破裂音と氷の銃弾が風を切る音に気付き、咄嗟の判断で地面の上をスライディングするように体勢を下げ、アレスの頭があった部分を氷の銃弾が『ゆっくり』と進んでいき、コンクリートの壁に当たり、粉々に割れる。


(コンクリートに当たって砕ける……氷そのものに特殊な効果はないものの、尖っているから人間の肉体を切り裂くのには十分なシロモノだな。

『氷の魔弾』……要人に向かって撃って殺したとしてもしばらくしたらターゲットの体温で氷が融けて完全犯罪になる馬鹿げた『技能』

一時期各国のスパイの間で流行ったものの、要人達が『記憶水晶』を持ち歩くようになった後には廃れた『技能』だ。

なんでそんな技能を持っていやがる?……まさかアイツは何処かの国のスパイか何かなのか?)


    『パァンッ!』


アレスがスライディングの姿勢のまま鉄パイプを拾い上げ、壁に両足をついて横方向に全力でジャンプし、空中を舞うアレスは自分の蹴った壁に氷の銃弾がゆっくりと当たり、ゆっくりと粉々になるのを見届ける。


(そりゃあ、1発外したら次は鉄パイプのある場所狙うよなァ…)



   《 『幻想化(ファントマライザー)』ーー『超光速粒子(タキオン)』 》


アレスとアレスの着ている制服のみが紅い光の粒子に変わり始めーーー、



    『パァンッ!』



ーーー紅い軌跡を残しながら、『放物運動を続けている鉄パイプ』の落下地点に向かって直進する。


氷の銃弾が鉄パイプを掠め、出入り口側の壁に直進していく。


(あの感じだと跳弾は気にしなくてよさそうだな……っていう油断をさせる為に1発目にわざと『割れやすい構造の弾』を撃った可能性もあるが……氷くらいなら『障壁』でガードできるッ!……)


氷の銃弾によるモーメントを受け、クルクル回転している鉄パイプを実体化したアレスが難なくキャッチする。


鉄パイプは一時的な足場の四隅の柱にでも使われていたのだろうか、手で丁度握れるほどの太さだった。長さも申し分ない。『お気に入りの杖』と比べればかなり短いが、これはこれで剣として使うには丁度良い。


(『改変度数』が馴染むまで、十数秒ってところか)



    『パァンッ!』



氷の銃弾が視界の中でドンドンと大きくなっていくーーーが、



(遅えぇよ。欠伸が出るぜ…)



   『ヒュ、キンッ!ヒュ、キンッ!』


アレスは鉄パイプを右に振り、すぐさま切り返して左に振り、『2つの氷の銃弾』を弾いて真横に逸らす。


(俺が『銃弾』を目で捉えられていると気付いたな?こすい真似するぜ、全く。

氷の弾を2発用意。1発目は『大きい弾』2発目は『小さい弾』

大きい1発目を弾いて安心したところを2発目で殺す。本当にこすい真似するぜ……。

しかも、丁度このパイプの長さじゃ『ひと振りで2発とも弾く』ことができない位の間隔をあけやがってッ……)


自身の放った弾が2発とも弾かれたと理解した誘拐犯は、アレスに対する警戒を跳ね上げる。アレスは鉄パイプを両手で持って構え、誘拐犯も腰に帯びた腱を引き抜く。


一目でわかる。かなり上級な代物だ。引き抜かれた剣には過度な装飾などはなく、無数の小さな傷とそれを何回も研いだであろう跡が残っている。

持ち手の最下部には剣と同じ素材で作られていると思しき鎖が、鎧の籠手とくっつけられている。剣を奪われないようにするためのものだろう。いざという時はヌンチャクのように用いることもできそうだ。

持ち手を守るナックルガードは剣が通らない程の大きさの穴が多数開けられた網目状になっており、軽量化と強度を兼ね備えた実用的な代物だ。

そして何より特記すべき事は『青みがかった金属』でできている事である。

『摩耗に弱く衝撃に強い金属』である『耐爆鉄』製の剣なのだろう。

『耐爆鉄』はその効果から『武器・防具の素材として最強』……と考えてしまうのは初心者である。戦場に身を置いたことのある兵士は皆同じ結論に至る。

……『耐爆鉄』なんてものは武器や防具に使うべきじゃない……と。


まず『値段が高い』、『すぐ熱くなる』そして『あまりに比重が大きすぎる』こと。

ひとつめのデメリットは命を守る防具の素材なのだからそれくらいは出し惜しみすべきではないのかもしれない。しかし2つ目と3つ目、特に3つ目のデメリットは看過し難い。

2つ目は今誘拐犯が使っているような『冷却技能』を用いれば解決できるが、比重が重いというデメリットを克服する事は難しい。超高等技能である『重力操作』を用いてもさほど改良されず、『筋力増強技能』を用いる場合でも『技能』を発動し続けることによる精神的•肉体的疲弊に苦しみながら戦うことになり、結果的には『割に合わない』選択となる。

故に『耐爆鉄』を『剣』に使うなんていうのは、余程の物好きか、損得勘定が出来ない愚か者と捉えられても文句は言えない。


だが、あの誘拐犯が一時の気の迷いで『あの剣』を用いている可能性は極めて低い。


というのも『能力者』は剣に『効果付与(エンチャント)』を付与して戦う為に、剣に『改変度数』を馴染ませなければならないが、その為には『魔臓』の側に、もっと広義には『自身の身体』の近くに剣を置き続ける必要がある。

アレスが常日頃自身の『魔臓』の周りにあり続ける『自身の肉体』と今日一日着続けている『制服』を『光子化』させることができた一方で、拾ったばかりの鉄パイプを『光子化』できなかった理由は、まだ鉄パイプを『光子化』出来るほど鉄パイプに『改変度数』が馴染んでいないからである。


『改変度数』が馴染めば馴染むほど、すなわち目的の物を自身の側に置き続ければ置き続けるほど、剣に対する『効果付与(エンチャント)』がより短時間で、さらにより良い効率で行うことができ、その差は命を取り合う戦場において致命的なほどの差を生み出すことになる。

これが何を意味するのかといえば、『基本的に戦士は自身の持っている剣を使い続ける』ということ、つまり目の前の誘拐犯は常日頃から『耐爆鉄』によって作られているであろう『あの剣』を使い続けている可能性が極めて高いということだ。





(『耐爆鉄』の剣を使いたがるだなんていうのは、初心者のやりがちなミスだ。だが、あの剣から感じられる年季と夥しい数の摩耗の跡……..やべぇな、損得勘定できねぇ愚か者じゃなくて『デメリット』を甘んじて受け入れながら『あの剣』を使い続けている猛者の可能性が高いわけか……)



「おい、アンタのその剣、『耐爆鉄』製か?」


誘拐犯はピクリ、と僅かに反応し、何事も無かったかのように取り繕って


「さぁ?斬り合ってからのお楽しみだ……よッ!!」


その声と共に誘拐犯が地面を蹴り、アレスの方へ走っていく。


(クソッ!時間稼ぎは失敗か。だが、まぁいい。そこそこ『改変度数』も馴染んできたッ!)



   《 『効果付与(エンチャント)』ーー『部分光子化』・『物質硬化』 》


アレスの身体と鉄パイプの一部が、先ほどのアレスの身体と同様、実体を保ったまま紅く輝き、紅い光の状態に比べれば遥かに遅いものの、実体を伴っているにしてはかなりの速さで対応する。



   『ガキンッ!』


金属同士がぶつかり合い、鉄パイプから火花が散る。

『物質硬化』を付与しているとはいえ、流石に『耐爆鉄』の剣には劣るようで、剣と当たった部分がかなり凹む。


振られる剣は、思考が加速しているアレスでなくても目で追えるほど、ゆっくりとしたものだったが、その『威力』は並の剣のそれとは比べようもない。


圧倒的な質量、本来はデメリットになるべき事柄が、振ることさえできれば相手を叩き潰すメリットに変わりうる。


(……『ブラフ(メッキ)』の可能性を考えて一度ぶち当ててみたがら、手応えからして『メッキ』じゃないらしい。『耐爆鉄』のメッキをしておいて、鈍重な攻撃が繰り出されると思い込んでいるところを予想外の速さで仕留めるってのが昔流行ったなぁ。だが、そんな詐欺じゃねぇみてぇだ。詐欺の方がよっぽどありがたかったがなッ!

…こうなっちまったらしょうがねぇ。『耐爆鉄』の剣とまともに切り結ぶのは悪手だ。

あの攻撃は『重い』が『遅い』……出来る限り避けまくって、相手の体力が減った頃合いを見計らってアイシア達を解放して参戦してもらおう。さっきクロノスと通話した時に、倉庫の裏からアイシアらしき反応があった。

このままのらりくらりと交わし続けて『あちら側』俺が立ち、出入り口側に誘拐犯が立つようになったタイミングでアイシア達を解放しに行こう。3対1の状況に持ち込めれば、まだ勝ち目もある)



    『ヴォンッ!』



遅い。あまりに遅い。だが、誘拐犯が息を荒げる様子もない。きっとこの重さの剣を振ることに慣れているのだろう。

アレスは一時的に後ろ向きにジャンプし、敵との間合いを広げたタイミングで、指を鳴らして、



  《 『業火(ごうか)』 》



  『ガチャンッ!キャリキャリキャリッ!』


『着火』の2段階上の『技能』を発動し、凹んだ鉄パイプの先側を高温で熱し、緋色に輝き粘性を帯び出した先を地面に押し当てながら回転させ、槍のように尖らせる。





(作戦変更だ。鈍重な武器を振ってくる相手には、槍みたいにチクチク刺す戦法が効果的だ。蝶のように舞い、蜂のように刺す。『第四剣流(コンパス)』みたいにな。

最も『第四剣流(コンパス)』は相手の攻撃さえもこちらの攻撃に転換するような化け物じみた剣術だが、流石にそれは再現できねぇ。相手の隙をついて刺し、相手の反撃が来る前に撤退する。これの繰り返しだな……『速さ』に全振りの俺にピッタリの戦法だ)


「......?今のは......『聖火(せいか)』?いや、さらに上の『業火(ごうか)』?」


「ハンッ!今のは『業火(メ■ゾーマ)』ではない。『着火(メ■)』だ」


「なんだそりゃ?......いずれにせよ、一年生が使えていいような『技能』じゃないな....。


『あの』センティアの周りにいる生徒なんだから『普通』な訳がないとは思っていたが...見込みが甘かったみたいだね......名を名乗れ」



誘拐犯は、自身の剣先を天に向け、剣を胸の前に掲げた。

それは伝統的な決闘の儀式だった。


「ハンッ!誘拐犯の癖に一丁前に騎士様ごっこか?調子に乗ってんじゃねぇ。

だが、名前くらいは教えてやる。アレス=ライトニアだ」


誘拐犯はピクリと反応する。


「......その名前は偽名だろ?」


誘拐犯が反応を示したのは『アレス』という名前ではなく『ライトニア』の方だった。


「依頼された時点でセンティアの周りの生徒の情報はある程度伝えられている。だが、貴様だけはどうしても情報が出てこなかった。


挙げ句の果てに『熾天に近き花(ライトニア)』だと?バカにするのも大概にしろッ!


その名は『聖神教会(セイント)』によって使用を禁じられている家名のひとつだ!

答えろッ!貴様は一体何者だッ!?」


「カカカッ!そうかそうか!つまりお前は『ザクロ王国の関係者』ってとこか?笑えるぜ。

ザクロ王国は優秀な家系のみを『戸籍』に記録しているんだろ?俺の情報がその『戸籍』とやらに載ってなかったか?当たり前だろバーカ!


その詰まった耳の穴かっぽじってよ〜く聞きやがれッ!おっと!兜被ってるから無理な話だったなッ!カカカッ!


俺の名は、アレス=ライトニア。


『聖神教会直属異端審問会』の『審問官』であり、




『序列第3位天使』こと、オクト=ライトニアの息子だッ!!」



「なっ!?……そんなバカな話があるかッ!」


「アンタがザクロ王国の関係者だっていうなら、一般人でも知らされてねぇ事実を知ってるよなァ?


例えば……『序列第6位天使』、ファラディア=エレクトロニカの訪問はどうだった?死刑に処されそうになった子孫を守りに来たアイツに頭を下げたんだってなぁ!お前んところの国王ッ!カカカッ!」


「……ライオス様を愚弄するなッ!!!!」


怒りに満ち溢れた誘拐犯が、未だかつてないほどの速度で突撃してくる。


(おいおい、煽り耐性無さすぎだろ?セント相手だったらもっと茹で上がってただろうなぁ。

……ありがとうな。待ってたんだ。お前が『突撃』してきてくれるのを)


アレスは右足を一歩下げ、槍を前にーーー怒りに我を忘れて突撃してきている男の『左胸』に向かって掲げる。


誘拐犯がアレスの狙いに気付く、されどもう遅い。

ブレーキを掛けようにも、デタラメに重い剣は慣性の法則により、前に進み続けようとする。重い剣を手放さないように補助として付けられていたであろう『鎖』が今や裏目に出ようとしていた。

剣を手放したら鎖で籠手ごと右手を引きちぎられ、失うことになるだろう。

剣を手放さなさければ、剣と自分の体重が高速で動くことによる運動エネルギーを全て槍の貫通に用いられることになり、心臓を貫かれてしまうだろう。


後者は論外、そう判断した誘拐犯は即座に剣を手放し、自分だけでも止まろうとする。


重い剣がアレスに向かって飛んでくる。アレスは一応軌道から外れた場所に身体を僅かに傾ける。


剣と籠手を繋ぐ鎖がピンと張り、『ガチャン』という音を立てるとともに、


剣ー鎖ー籠手ー誘拐犯の腕の四つの中で最も脆弱な誘拐犯の腕の部分が引きちぎれ、誘拐犯の手首から先が籠手ごと飛んで行く。

その際にかなり剣の勢いが落ち、それを難なくかわしたアレスの後方でガチャンッ!と音を立てて床に落ちる。


「……チッ!冷静さを欠いたかッ!」


男は指を鳴らし『自身の傷口』に『着火』し、傷口を焼いた上で鎧に押し当て、火を消す。


「おーおー、痛そうだなァ?どうだ?痛いかァ?」


煽る煽る。相手の冷静さなんてものは乱すに限る。


(人間の腕ってのは想像以上に重い。例え手の先っぽくらいであっても、欠ければバランスが崩れるってもんだろ?

そして何より、ヤツは『利き手』を失った。鎖で繋ぐくらいなんだから右手以外で剣を使うつもりなんかなかった筈だ)


アレスと誘拐犯は倉庫の中心で巨大な円を描くかのように、ジリジリと睨み合いながら回り続ける。回転角が180度になった時点で、アレスはアイシア達のいるであろう場所に向かって、誘拐犯は自身の剣が落ちている場所に向かって、互いに背を向けて走り出す。


アレスは積み上げられた木箱の山の裏側で、地面に敷かれた毛布の上で寝ている2人の生徒を見つける。無論、アイシアとセレスだ。アイシアはもちろんのこと、セレスも起きているようだ。きっと、アイシアが先程起こしたばかりなのだろう、まだ眠たげな表情をしていた。

2人は口にさるぐつわを押し込まれていた。

アレスは2人の口からさるぐつわを抜き取り、2人の両手と両足を拘束しているロープを手に持つ急造の槍で切り裂く。


「おいッ!無事かッ!」


「……遅い…ですわ……」


その声には虚勢と安堵が混じっていた。

「文句は後で聞くッ!立てるかッ!?」


「ん、眠い」「後で寝てくれ」



    『パァンッ!』『ドンッ!』


突然、かなり重々しい音が『木箱の向こう側から』聞こえてきた。

木箱の山に対する誘拐犯の攻撃の意図にいち早く気付くアレス。


「ッ!マズイッ!あの野郎木箱の山を崩す気かッ!」


(迂闊だったッ!ヤツからしてみれば、俺らをまとめて下敷きにできるチャンス......どうして気付かなかったッ!)


考えていても仕方がない。バランスを崩し始め、落下してくる木箱を避けなければならない。



 「ん、邪魔」



《 『生命科学(バイオロジー)』 》



それは極めて短い言葉で、寝ぼけているような声で発せられ、しかし僅かなそれでも色濃い不快感を滲ませたセリフだった。


突如、木箱が『ほどけ始めた』

木の板が幾つもの縄のように解け始め、緑色の『イバラ』に変化し、それが10本ほど組み合わさってクマの腕ほどの太さになって、積み重ねられた木箱を『横に薙いだ』



    『ドォォンッ!!!』


まるで巨大なムチであるかのような『イバラ』によって吹き飛ばされた木箱が誘拐犯に向かって飛んでいく。


「んなッ!?」

視界を占める空飛ぶ木箱達の波状攻撃の向こう側から、誘拐犯の驚く声が聞こえた。


氷の銃弾......いや、先程の鈍い音から判断して『氷の砲弾』といったサイズだろう、とにかく、それくらいの重さを伴った攻撃により誘拐犯が崩そうとしていた木箱の山は、一部はセレスの隣に蛇のようにトグロを巻く『イバラの束』に、そして残りの部分は『砕け散った木の破片』という誇張表現無しの『凶弾』として誘拐犯を襲っているのだ。

彼からしてみれば、向こう側に倒れかけていたものが突如としてこちら側に飛んできたのだから、驚くのも無理はない。


「おいおい、セレスお前......それって」

「セレス.........その薔薇のイバラのような物は一体......?」


アレスはセレスの横で蛇のようにトグロを巻き、先程木箱を吹き飛ばした『イバラのバケモノ』を指差す。


「ん、『編んだ』、待ってる間、暇だったから」


「......おいおい、マジかよ」


『編んだ』......彼女は端的にそう述べた。

それがどれ程の偉業なのか知りさえしないで、彼女は目の前の命を『編んだ』と言った。


アレスの頭に、とある緑系能力者が浮かぶ。

今の彼女と同様に、まるでマフラーでも編むかのように『生命のシステム』を編み込み、新たなる生命を生み出す『序列第5位天使(アダマシィア)』......『智慧の実(リンゴ)』を口にした次の瞬間には『天使』に成った才能の塊のような少女......セレスの振る舞いは彼女の再来とでもいうべき『奇跡』だった。


「......ん、ふたりとも、相手、まだ、生きてる」


その言葉でアイシアとアレスは、ハッ!と我に帰る。

この3人の中で、最も現在の危機的状況に対して真摯に対応していたのは意外にもセレスだった。

アレスとアイシアはセレスの目線の先、すなわち木箱の破片の撒き散らされた床を眺める。


「......なんだそりゃ......?」


木箱の破片がまばらに散る床の上で、右手の先側以外を全身を金属の鎧に包んだ誘拐犯がアレスとアイシアの意見を代弁する。


「.........緑色......そうか、ヴィロメント家の.........クソッ!伯爵家の娘2人に天使の息子だと?.........やはり、センティアの周りに居るだけあって曲者揃いってことかッ!」


明らかに怒りの雰囲気を纏っている誘拐犯から目を離さないようにしながら、アレスは2人に現状と作戦を小声で端的に伝える。


「2人とも、アイツの目的はセントの身柄の確保だ。

セントは今、色々と事情があって『聖神都市(セイント・ウルヴス)

......要するにアトラス大陸の中心にある都市に滞在している。

この倉庫から逃げ出して『優しい教員』に会えたら俺らの勝利だ。

ヤツの勝利条件は俺ら3人の抹殺。


アイシアはヤツを凍らせられそうなタイミングで全力で『能力』を撃ってくれ。

セレスはその『イバラ』で敵を縛り上げてくれ。さっきの木箱の時みたいにデタラメな力を出せるならそれでヤツの身体を『絞り潰す』か、あるいはこの倉庫から叩き出してくれ。

あくまで最後の手段だが、壁を全力で攻撃して、開けた穴から逃げる可能性も考慮しておいてくれ」


「ん、合図は『壁』.........あ...『アイシア』は、壁の、隠語じゃ、ないから」


「......セレス?それはどういうーーー「了解。俺が次に『壁』って叫んだらやってくれ」


「......釈然としませんが......了解ですわ」



(......ヤツの正体はザクロ王国関係者である可能性が高い。


というか、さっきからずっと気になっていた事だが......ありとあらゆる攻撃が『弱い』


......ぶっちゃけ『コスモス』の2,3年生レベルだ。

大の大人で、しかも『こういう荒事』を生業としてるにしちゃあ、いくらなんでも弱すぎる。


......まず間違いなく、ヤツの使ってきた攻撃は『能力』ではなく『技能』


なら、どうして『能力』を使わない?


......あえて強力な『能力』を使わないヤツは2パターンに分かれる。


能力がそのまま個人のアイデンティティになっていて、自身の素性をバラしたくねぇヤツ。

そして、自身の能力の使い勝手が悪すぎてこの場じゃあ役に立たねぇってヤツ。

アイツはどっちだ?……カマかけるか)


「......おいおい、さっきから『技能』ばっかり使いやがって。俺らに対して同情かぁ?どっからそんな余裕が出てくるのか俺にはサッパリわかんねぇな!」


「流石に気付くか......大人には色々と『事情』というものがあるんだよ。


......やはり、後々のことを考えると、生かしておくと危険だな」


どうやら誘拐犯の方も結論が出たようだった。

誘拐犯が左手で剣を構え、アレスが両手で鉄パイプを変形させて作った槍を構える。


 《 『効果付与(エンチャント)』ーー『部分光子化』・『物質硬化』 》


アレスの身体と槍が紅く輝き始めると同時に、アレスが誘拐犯の方へ駆け出す。


加速された思考が、減速してゆく世界を捉える。


アレスの槍が、兜と胴体を覆う鎧の隙間、すなわち誘拐犯の首筋に向かって放たれる。

頸動脈を狙った慈悲なき攻撃だ。無論、誘拐犯もそこを狙われると分かっていたようで、真っ直ぐと伸びてくる槍を空いている右腕の前腕で斜め上に逸らす。

槍の刺突の軌道が誘拐犯から逸れ、誘拐犯の右肩の上に槍の先端が来るのと同時に、誘拐犯は中途半端に伸びたアレスの両腕に向かって左手に握っている剣を振り上げようとする。

その初動を察知したアレスが槍を持つ手の内、前方側の右手を右側に、後方側の左手を左に移動し、テコの原理により誘拐犯の右肩の上にあった槍の先端が、誘拐犯の右手前腕を押し込みながら凄まじい速度で誘拐犯の耳に向かい、


   『ガキンッ!』


誘拐犯の兜を真横に向かって叩く。

剣を振り上げようとしていた誘拐犯は突然顔の右側から自身を襲った衝撃により、脳が揺さぶられ、ただでさえ重い剣を持ち上げようとしていた左手の動きが止まる。


後方から『何かが這いずるような音』を聞いていたアレスは、誘拐犯が怯むのを確認すると左後ろに全力で飛び、一瞬前までアレスのいたところに『イバラ』の波が押し寄せ、誘拐犯の片足を包み込み、『締め付け始める』


    『メキメキッ!ミシミシッ!ゴチュッ!』


金属が軋み、骨が砕かれ、血が皮から吹き出す音が聞こえる。

イバラはさらに誘拐犯の身体をよじ登り、今度は胴体を締め付け始める。

金属の鎧に包まれているとは言え、流石に無傷とはいかなーーー



















   『ドガゴォォォォンッッ!!』



















アレスの楽観的思考を、突如発生した轟音と閃光が強引に掻き消した。


莫大なエネルギーで押し出された金槌のような空気が、イバラをバラバラに引きちぎる。



(ッ!?)



  《 『障壁生成』 》



衝撃の波は、生み出されたイバラの破片を散弾銃の銃弾かのように撒き散らしながら、アレスの身体を叩き潰し、吹き飛ばす。


   『大爆発』…….その表現がこれほど似合う場面は他にないだろう。


破壊の風が音と共に全てを砕き、薙ぎ倒していく。

男の脚があった場所から莫大な砂煙が舞い、アイシア達が捕えられていた倉庫の窓ガラス全てが割れ、その破片が倉庫の外にまるで散弾銃のように飛び出してゆく。

今や倉庫の壁や天井にも甚大な衝撃が伝わり、倉庫は自己崩壊を始めていた。


咄嗟の判断で『障壁』を繰り出したものの、赤く輝く透明な『障壁』は爆発を受けガラスのように砕け散り、霧のように消えていく。

幾らかは軽減できたものの、やはりそれは人が耐えられるような代物ではなく、アレスの左足は最早使い物にならない。

既に砂煙と無差別な破壊を残してその場を後にした誘拐犯のことを一時的に頭の隅にやり、アレスは倉庫の奥側に待機しているアイシアとセレスの方を向きーーー



    『ガラガラガラッ!』



それと同時に、アレス達の真上に『先ほどまで屋根だった』巨大な1枚の金属板が落ちてくる。


アレス達のいる地面まで、あと5メートル。



崩れ去る倉庫の中から、潰れゆく出入り口に向かって、全力で『2人を投げつける』


あと3メートル。


縛られた2人が倉庫の出入り口を通過すると同時に、自分の身体を深紅の光の粒に変換し始める。


あと2メートル。


紅い軌跡を残しながら倉庫の出入り口から3メートルほど離れた地点に到達。


あと1メートル98センチ。


実体化したアレスが、目の前に向かって飛んでくる2人をキャッチし、両脇に抱えたまま倉庫から離れようと走り始めるのと、倉庫だった場所が瓦礫の山になるのは同時だった。




……新たに生まれた瓦礫の山を、カカシのようにゆっくり登る人影がひとつ。



イバラに締め付けられていた片足は見るも無惨に弾け飛び、爆発の衝撃を受けて満身創痍そのものだ。しかし止血はしているようで出血はほんの僅か。骨が砕け散っていても不思議ではない筈なのに、その男が死ぬ未来が全く想像できない。

そんなカカシは、残った片足でジャンプしながら、瓦礫の山の頂点に立ち、2人に怪我がないかを確認した後にこちらを睨みつけ始めるアレスを見下す。




......滑稽なカカシが口を開く。


「なかなかやるじゃないか。この俺に『能力』を出させるなんて」


その声が、河原に吹く湿気を含んだ風に乗り、アレスの耳を震わせる。


……思えば、彼が使ってきた『技能』は何だったか。


……『冷却技能』だった。



「あーあ。せっかく使わないようにしていたのに」



飄々とした声は、その陽気な雰囲気とは裏腹に、悪意とは少し異なる明確な殺意を含んでいた。それは『憎む敵』に向けられるものではなく、『部屋に入ってきた害虫』に向けられるようなものだった。



……では、何故『冷却技能』に長けていたのか?


炎を扱う赤系能力者だから?


……きっと違う。


それならばわざわざ隠す必要も無いし、先ほどの『あれ』は『赤系のもの』では無かった。『赤系の能力者』として断言できる。それにそもそも赤系の能力者は熱に強い耐性を持つ。故に、自分の炎に焼かれることなどなく、冷却技能など必要ない。

そもそも、『赤系』の能力者は自身の色彩の対極に位置する色彩である『青系』の技能を使えないことが多い。


故に、赤系であるという仮説は誤りだと考えられる。



……そうならば、何のために?



......別の疑問が浮かぶ。『冷却技能』によって生じた氷の銃弾を放つ時の『パァンッ!』という音の由来は?


...…火薬?あるいは......『爆薬』?



『倉庫を一撃で破壊する程の大爆発』


『自身の『能力』が自身の素性を明らかにしてしまう可能性があること』


……『爆発による『耐爆鉄』への衝撃は、全て『熱』に変換される』


『熱』された『武器』や『防具』を冷却させるための……『冷却技能』



点と点が線で繋がる。

だがそれは、謎を解き明かした名探偵が感じるような爽快感をもたらしたりなどしない。


むしろ……謎は全て解けているものの、その部屋にいる自分以外の人間全てが犯人であり、真実を明るみに出せないような……そんな後味の悪ささえ感じる。


自身の出した結論を信じられない、信じたくない。



「…アンタだったのか」


アレスは知っている……….ザクロ王国には全身を『耐爆鉄』製の鎧に身を包む騎士がいるということを。

そして、その騎士は『自身の能力』によって生み出した『神の爆薬(ニトログリセリン)』を爆発させて戦うのだと。



「あーあ。やっぱりバレちゃうよなぁ。こんな『能力』に特化してるのなんて俺くらいだもんなぁ。うーーん、まぁもしかしたらカマをかけているなんていう希望もあるし。

……自己紹介、俺の代わりにやってもらっていいか?」



自己紹介を自分以外に任せる人物を見るのはいつぶりだっただろうか?

アレスは瓦礫の山の頂点に立つ男を睨みつけ、ある種の『怒り』を抱いて声を轟かす。


莫大な推進力を得られる代わりに自身の身体さえも破壊してしまう『爆発』を、『耐爆鉄』と『冷却技能』でコントロール下に置くその人物の名はーーー、



「……ザクロ王国近衛騎士団『団長』……アルフレッド=ニトロレイ……」



「マジか〜大正解だよ〜……はぁ、本当にどうしたものかね〜」


男は心底悲しそうに告げる。


それは、『アレスが彼の正体に気付いたから』ではなく、『気付いた上で、それを明るみに出すような人間』だと知ってしまったからである。


「……どうせ俺の素性がバレてるってとこには確信を持てたわけよ。


でも、せめて、空気を読んで誰か別の名前を言ってくれたらなぁ。見逃すってことも出来たのになぁ〜。


なぁ、お前。どうするんだ?




………俺……お前を殺さなきゃいけなくなっちゃったじゃないか………」



その男は、とてもとても悲しそうな顔で、アレスを責めていた。

その言葉からは『出来れば人は殺したく無い』という人間的な道徳心と

『それはそうと業務上差し支えるので殺す』という冷酷な軍人としての心構えが、ありありと見てとれた。



「おいおい、まさかとは思うが、俺を殺すつもりか?」


「逆に聞くけど、それ以外に方法あるか?歩み寄らなかったのはそっちだろ?」


空気を読んで口を閉じず、しっかりと男の素性を当てたことを『歩み寄らなかった』と表現するその男は、ゆっくりと瓦礫の山を降り始める。


足場が不安定だというのに、片足で跳ね続ける男の『歩み』にブレは無い。

きっと片足が欠損するのは、10回目や20回目では無いのだろう。


「……俺を殺せば、俺の親が黙っちゃいねぇぞ?」


なんと滑稽な言葉だろうか?だが、左足から今なお血が流れ続けているアレスは、虎の威を借る狐の如き卑怯な手段であっても、選ばざるを得なかった。


『そういう強者(相手)』なのだ。今現在敵対しているのは。


「あはは。面白いなぁ。親の七光り(ななひかり)ってか?君らは赤一色だし…..

親の一光(ひとひかり)って言った方が正しいのかな?」


どうやら脅しが全く通用していないらしい。

アレスは目の前の男に勝てない自分の弱さに憤怒を覚え、歯を噛み締める。

だが、そんなことをしていても事態は好転しない。


「おいおい、もう忘れたのか?アンタは知ってるだろ?

アンタらの王がオーラ=ジ=サンドレアを処刑しようとした際、『序列第6位天使』が助けに来たことを、忘れたとは言わせねぇぞ?


言っとくが、誇張表現でも何でもねぇが、俺の親はアンタらの出会った『序列第6位天使』よりも強いぞ?・・・まぁ、俺の()名に驚いた時点で、俺の親の強さは知ってるんだろうけどな」


『序列第6位天使』が当時自身の子孫を悲劇の運命から救い上げる為にザクロ王国の王城を訪れた時、彼女に限って『友好的な』交渉をするだなんて想像できない。

彼女のことだ。きっと武力で叩きのめしたに違いない。


ならば、その時にズタボロに負けるか何も出来ずに、今のアレスと同じように歯を噛み締めたであろう目の前の男にはこの脅しが効くはずだ。



「…でも、君を殺さなきゃ、俺は君の親の『序列第3位天使』よりも強い『天使』と戦わなきゃいけなくなる」


「……」


「世界最高戦力と呼ばれる9人の『天使』


その中に、絶対不動格の最強が2羽。


世界でただ2羽、『コスモス』という家名を持つことを許されている能力者の2頂点。


誰もが知る『コスモス』の校長 パラドクス=コスモス。

そして誰も名前以外知らない正体不明の天使 ディケニア=コスモス。


パラドクス氏と戦うくらいなら、オクト氏と戦った方がまだ勝ち目がほんの僅かにある。

大人は勝率を見誤ることが許されないんだ。辛いけど」


「アンタにはまだ選択肢が残っている。俺らを生かして返し、俺らの沈黙を信じるって選択肢がな」


「……君はセンティアとは仲が良いんだろ?なら彼に警戒するように伝えるかもしれないじゃないか」


「そもそも『ザクロ王国近衛騎士団』が関わるのは、

『ザクロ王国の存亡に関わる可能性のある国内における内紛・破壊工作の排除』

……言っちまえば『国難』の排除だ。

俺の所属する『聖神教会(セイント)』の『異端審問会』と似た役割の部署だ。


……だからこそ問いたい。セントが……センティアが何をしたっていうんだ?

……アイツはまだ12歳になったばかりの子供だぞ?」


「いーや?俺は知らないね。我々は『切り離せ』と国王陛下に命じられた物を切り捨てるだけだ。例えそれが心臓でも、癌でも、ムダ毛でも。というか気付けよ?

お前今『質問できる立場か?』


……あれこれ詮索してくるような奴が、センティアに警戒を促さない訳がないだろ?」


「……ああ、余分な質問だったな。撤回するぜ。『お互い何も無かった』……これが互いにとって最善のシナリオだろ?


……倉庫から出ちまえばこっちのもんだ。


もしも俺が今ここで空に向かって飛び立ち、空に助けを求めるサインを『描いた』ら、アンタの負けは確定する。


……引き分けにしてやっても良いって言ってんだ。


言っとくけど、サインを描くのに1秒の100分の1も必要ねぇぞ?


その満身創痍の身体で今の俺らを100分の1秒で殺せるとでも?」


「……チッ。まぁ良い。センティアを抹殺出来ればこっちの勝ちだ。ここは引き分けてやるとしよう」


アルフレッド=ニトロレイはそう宣言すると同時に、自身の周りに黄色の『障壁』を生み出し、


   『ドォォォォンッ!』


空へ飛び上がると、


   『ドドドッ!』


始まりの世界(ガイア)』へのゲートのある方向に飛んでいった。




夕陽が沈み始めた。まるでこれから先にセントやアレス達に待ち受ける悲劇の始まりを告げるかのように。


アレスが自身の不甲斐なさと弱さを憎み、河原の石を全力で蹴飛ばす。

蹴飛ばされた石が凝縮した闇のように蠢く川面に落ち、波紋を生み出す。


暗き世界に生み出された波紋が広がっていく。

まるでここから世界全体を巻き込む悲劇が波及していくかのように。


………()は投げられた。




アルフレッド=ニトロレイが青紫色の夕闇に消えていくのと、


青白い月が空に登り始めるのは、



ーーー同時だった。






繋げる石(バートン)


1つの結晶を叩いて複数の破片にした上で、そのうちひとつの破片に『魔素(マナ)』を込めて語りかけるとその音声が『同じ世界にある』石から発せられる、という代物です。基本的には『ひとつの結晶』を『2人で』分けて用いることが多いですね。

名前の由来は『繋ぐもの(バトン)』から。



ひとつの『世界』の中くらいなら距離に関係なく使える『希少種』と、短距離でしか使えない『一般種』に分かれ、前者は『白色の記憶水晶』と同様に『聖神教会(セイント)』による『所持規制』が掛けられています。


……え?何故規制をかけるのか、ですって?


過去にある国で政府に対するクーデターが発生した際に、『始まりの世界(ガイア)』中でリアルタイムに情報共有が行われた結果、鎮圧が困難を極め、その後その国の生産性が落ちた、という事例があるからです。


国でクーデターが起きたとしても、テトラの手にかかれば文字通り数秒で鎮圧可能なものの、クーデターが起きるたびにテトラが動かなければならないのは面倒臭いということで、クーデターの鎮圧を妨げる主要な要因である『希少種』の所持を禁じたのです。


元々『希少種』の名に名前負けしないほど希少な石なので、『白色の記憶水晶』と比較して違法所持の事件数はかなり少ないです。


そんなわけで、規制と『希少種』の希少性から、基本的に『別の都市間』といったような長距離では『電話』を用いる他ないのです。


『コスモス』の街のお菓子屋と『コスモス』の職員室とで会話を繋ぐには『一般種』で事足りるものの、それを実行せず『電話回線』を張り巡らせる理由は、

店ごとに『一般種』を割り当て、その片割れを『職員室』などに預けるよりも、『電話』を用いることにより街全体と『職員室』などを直接結んだ方が低コストとなる為です。


基本的に『電話』は『固定されていること』がデメリットとなりますが、固定された店に割り当てるだけなら『固定』がデメリットとなることはありませんから。







この事実を踏まえて、レスター教授によってアレスがクロノスを通してテトラに助力を依頼する羽目になったことにより生じた一連の出来事をまとめてみましょうか。


この一連の流れで『希少種』を所持しているのはテトラとアレスだけです。



幻想世界(アカデミィア)』にいたアレスが『幻想世界(アカデミィア)』にいたクロノスに依頼。


幻想世界(アカデミィア)』にいたクロノスが『幻想世界(アカデミィア)』のクリスタリアにいるであろうテトラに『コスモスークリスタリア間』を繋ぐ電話を掛ける。


テトラの親衛隊の隊員にテトラはいま『クリスタリア』に居ないと言われる。


クロノスが『幻想世界(アカデミィア)』から『始まりの世界(ガイア)』に移動。


始まりの世界(ガイア)』にいるクロノスが『始まりの世界(ガイア)』の『巨城オリギネア』にて夕飯を食べようとしていたテトラに『ザクロ王国ー聖神都市(セイント・ウルヴス)間』を繋ぐ電話を掛ける。


テトラとクロノスが通話する。


セント・ケトラシア邂逅と同時にアイシア達がピンチに。


セント達が『始まりの世界(ガイア)』に帰還。


セントがマギカと会う。


マギカが宿取りがてら、テトラにセントの『聖神都市セイント・ウルヴス』滞在許可を求める。


驚いたテトラがロイヤルミルクティを溢す。


テトラが『始まりの世界(ガイア)』の『ザクロ王国ー聖神都市(セイント・ウルヴス)間』を繋ぐ電話を掛けてクロノスを呼び出す。


ザクロ王国の滞在職員が『幻想世界(アカデミィア)』に移動してクロノス教授を呼び出してもらうよう『電話』を職員室に掛ける。


『職員室』がクロノスを呼び出す。


クロノスが『ワシ、なんかやらかしたっけ?心当たりが多すぎるのぉ』と考えながら『職員室』に行き、『始まりの世界(ガイア)』に行くように告げられる。


クロノスが『始まりの世界(ガイア)』へ移動し、テトラと『ザクロ王国ー聖神都市(セイント・ウルヴス)間』を繋ぐ電話で直接セントの無事を聞く。


大はしゃぎで『始まりの世界(ガイア)』から『幻想世界(アカデミィア)』を経由して『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に移動し、『一般種』の『繋げる石(バートン)』を共有しているレスターに知らせようと考え、

常人の数倍の広さを誇る『自己領域(パーソナルスペース)』でレスターやアレスらしき生命反応を探しながら、道に迷わないように『進行方向右側の壁を星型のゲートを用いて抉り続けて』レスターとの『繋げる石(バートン)』に『魔素』を込め続けていたところ、レスターからの反応があった為、ようやく伝えることが出来て、来た道を帰ってパラドクスに頼まれていた仕事に戻る。




テトラとしては、クロノスは自身と親しい人物であるものの『聖神教会(セイント)』の一員ではないため、『希少種』を与えないのだとか。

そういう例外を認めない無機質なところは、実にテトラらしいですね。






ちなみに、この間、誘拐犯はアイシア達の面倒を見ながら待ち続けていたわけです。



やれトイレに行きたいだの、

紅茶が飲みたいだの、

紅茶を飲んだらまたトイレ行きたくなっただの、

地面は寝心地が悪いだの、

この毛布はカビ臭いだの、

拘束されたままだと暇すぎるから本を読めだの、

さっきチラッと見えたけど絵が下手すぎるだの、

あんな絵じゃ手紙を見つけてもここに辿り着けないだの、

今からでももっと分かりやすい絵を描き直して取り替えてくるべきだの、

お腹が空いたからお菓子買ってこいだの、

このドーナツ結構美味しくて気に入ったから学生寮から店までの地図を『分かるように(●●●●●●)』描けだの……。



そんなわけで誘拐犯はさるぐつわを2人の口に押し込んだのです。


そうして、暇を持て余した生物学の天才セレスが、直感で木箱を構成するセルロースを分解して『新たなる生命体系』を考案することになったというわけです。



センティアが来るのをワクワクしながら待っていたのに、当の本人は『聖神都市セイント・ウルヴス』に引き籠もっていると聞いた時のアルフレッド君の心情を思うと……


……リンゴジュースが美味しいです。





……ちなみに、アレスがテトラとの『希少種』を持っていた理由には、彼が『聖神教会(セイント)』の一員……言い換えれば『炭素人勢力』の一員として課せられている『役割』が関係しているのですが、それは後のお楽しみとしましょう。





今回の話では、強い『能力』を持ちながら『技能』でのみ戦闘する、という奇怪な人物が現れたわけですが、意外とこの手の『能力者』は多いのです。例えば、マスクをしている男が赤い光の粒子の集まりになったらソイツは多分アレスでしょう?

アレス自身も、奥義を残しておいたまま戦っていたのですが、もしもその奥義を近衛騎士団長の前で使っていたらと考えると、、、、、かなり危険でしたね。


さて、『幻想世界の科学者』はいよいよ私好みの悲劇の幕開けを迎えようとしています。


とはいえ、もうしばらくは砂糖を過剰に入れた紅茶のような輝かしく甘い日常も残っていることでしょう。

私自身はハリー●ッターの実写映画のうち、後半四部作の方が胸が躍るタイプなのです。

ハリ●ポッターのストーリーで例えるならば、秘密の部屋が開き始めたくらいの進捗度。

ここから先の世界の景色に胸を馳せながら、締切を8分過ぎての投稿となったことに謝罪の意を示し、ここで後書きを締め括らせて頂きます。


……まだあともう一話投稿するのかぁ。

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