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『天獄と地国』

皆さん、突然ですが『ミセルコロイド』という単語をご存知でしょうか?ご存知ない方に僭越ながら説明させて頂きますと、親水基(メッチャ水とくっつきやすくて油と反発するもの)と疏水基(メッチャ水と反発して油とくっつくもの)を併せ持つ分子が球状に集まってひとつの粒子のようになり、コロイド溶液(水溶液とは異なり沈殿が目に見えるようなもの)を成す、この際の球状の粒子を『ミセルコロイド』と呼びます。

セッケンなんかが良い例で、セッケンの油と水を吸着させる作用は、セッケン分子が疏水基と親水基を併せ持つことによるものです。

便利ですね。

薄暗い洞窟の中、ほのかに寒く湿気とカビ臭さを含んだ空気が肺を犯す。

そんな蟻の巣のような地の底を這う2つの生物。その片方は短く白い髪に薄い桜色の目をした少年セント。


彼は今、ケトラシアと名乗った目の前の子供に対し、どの様に反応すべきか悩んでいた。

その髪はリグドシア王子の獅子のような髪とは正反対に、見るからにサラサラとしていて、髪型は目が少し隠れるくらいのマッシュだった。

その髪の色は、ほのかに赤みを帯びながらも闇を固めたような黒色で、

その眼は生命の躍動を感じさせるような深い血のような色、、、黒柘榴色だった。


ケトラシア、それはなんとも聞き覚えのある名前だった。セントは昼休みの時の会話を思い返す。確かウリエラがそんな感じの名前を言っていた筈だ。『能力』を使って確かめたいところではあるが、ストライキ中なのだからどうしようも無い。

だが、ウリエラが例えその名を口にしていなかったとしても、名前と家名の間に『レジア』を付けて良いのはザクロ王族だけのはずだ。つまり目の前にいるのはザクロ王国の王族か、あるいは王族の名を騙る詐欺師か、そのいずれかだった。


「え?・・・もしかして、ウリエラの弟さん?」


セントは前者か後者かを見極める為に、敢えてウリエラの名前を出してケトラシアと名乗る少年の反応を確認する。


「え?ウリエラお姉様を知ってるの?」


(ふむ。見たところ嘘はついていないみたい。このくらいの歳の子でコレほどまでに上手に嘘をつけるとは思えないし、本当なのかな)


自分も12歳の子供であることを棚に上げて、セントは命の恩人でもある子供を信じてみることにした。


「やっぱりそっか!君のお姉さんとはついこの間友達になったばかりなんだよ!こんな偶然あるんだね!」


「ついこの間に友達になったばっかり!?そんな偶然あり得るの!?・・・ホントに?」


今度はこっちが疑われる番だった。

全くもって事実以外の何ものでも無いのであるが、確かに字面だけを追えば、まるで詐欺師のセリフであるかのようにも聞こえる。


「イヤイヤ!命の恩人に嘘ついてどうするのさ!」


「・・・確かに。

でも、お兄様には初対面の人の言う事は疑え、って言われてるからね〜」


「うーん、確かにそれはいいアドバイスだけど・・・。


・・・でも、僕を疑うなんて、不敬罪ですわッ!」


彼女を知る者にしか通じないジョーク・・・である筈だ。


「アハハ!ウリエラお姉様そっくり!確かに嘘じゃないみたいだね!」


このジョークが通じると言う事は、やはり彼女のことを知っているのだろう。セントは確信を固める。


「信じてもらえたようで何よりさ!

・・・それにしても、王子様がどうしてこんなところに?」


「マギカお兄様が調達して来てほしい素材があるから『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に行って取ってきてくれ、って!」


「へぇ、、、。確か、マギカ王子の能力は物理的な攻撃力を持たないんだっけ?」


確か校長がクロノス教授の私有世界でそう言っていた気がする。確かに、捕食者が闊歩(かっぽ)するこの世界をマギカ王子が探索するのは危険極まりない。

その点、先ほどドラゴンもどきを引き裂いたこの子供なら、身の安全は自分で守れるだろう。・・・倫理がそれを許すべきであるかはともかくとして。


「うん!だから僕がわざわざ探してるんだ!こういうのって、普通年上がやるものだと思うんだけどね〜」


(正論だね。強力な能力を持っているとはいえ、子供は子供。それなのにたった1人で『異世界』に送り出すとは、なかなか倫理観がぶっ飛んでいる気がするね。

やっぱり『天才』ってそういう感じなのかなぁ)


未だに生き残ったという実感が湧かない夢心地から、突如思考が現実に引き戻され、ある考えが頭に浮かぶ。


「・・・ん!?もしかして、君、ゲートの場所とか分かったりする!?」


(僕と違ってケトラシアは『帰還前提』の探検をしている!まぁ、僕自身、帰還不可能になるだなんて、ゲートに飛び込んだ時には思いもしなかったけど、そんな事はどうでもいい!もしかしたら元の世界に帰れるかもしれない!)


「・・・?当たり前じゃん。じゃなきゃそのうち迷って死んじゃうじゃん」


ぐうの音も出ない。


「ホント!?じゃあ、案内してもらっても構わない!?実は僕、さっきからずっと迷ってたんだ!」


「・・・いいけどさ?もしかしてセントってけっこう頭悪い感じ?」

 

目の前の子供は目を見開きながら、その顔に溢れんばかりの呆れを写し、問いかける。

 『お前、正気か!?』と。


「失礼な!?

・・・いや、王族相手に失礼とかないのかもしれないけどさ。

どういうわけか僕がゲートをくぐって、振り返ってみたらゲートが閉じてたんだよね〜。

多分、機械の故障とかじゃないのかな」


「え〜、いじめられてるんじゃない?」


「うーん、だとしたら悲しいけど、ゲートの向こうに居たのは先生と親友だけだからねぇ。

あれだけ『異世界』の危険性を僕に忠告してたアレスがゲートを閉じるとは思えないし、ってなると機械の故障か、レスター教授が閉じたか、そのどっちかかなぁ。


直前にちょっとしたイザコザがあったから、もしかしたら僕がこっちの世界に渡っているのに気付かないで閉じちゃったのかもね」


「へぇ!なんか面白そう!その『イザコザ』とやらを教えてよ!ゲートに帰る道すがら!」


「いいけど、多分あんまり楽しいものでもないと思うよ?」


こうして僕はケトラシア王子に案内されながら、再び歩き始めたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーー


「へぇ、、、そのおじさん可哀想だね〜」


「だよね〜。助ける能力があるわけでもないのに、僕も思わずゲートに飛び込んじゃったよ」


「それで今に至ると?」


「そういうこと」


「・・・死んだおじさんもだけど、セントも大概不幸だよね〜」


「ケトラシア王子に会えたのが不幸中の幸いだったよ」


「ケトラシアでいいよ!なんかムズムズするし」


「そう?それじゃあケトラシア、改めてよろしくね」


「うん!・・・えーと、次は、、、」


ケトラシアはそう言いながら右腰に付けていたから拳の大きさよりも少し大きいくらいの球体を取り外して、眺める。


その球体は、青っぽい金属で出来ていた。

表面にはダイアル式の金庫のように、数字の刻まれた横一列5桁の文字盤が縦に3つ備え付けられていた。

きっとカチカチといじることによって00000から99999まで表せるのだろう。


「それは?」


「迷わない為の道具だよ!マギカお兄様特製の・・・名前はなんだったっけ・・・


・・・・・・そうだ!『座標計』だったはず!」


「『座標計』?まさかとは思うけど、自分の今いる『座標』が分かるの?」


もしそうだとしたらコレはとんでもないシロモノだ。目盛りが99999に至らない限り、決して迷う事は無くなるだろう。

もしコレが本格的に販売されるようになったら、『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』を探索するときに、今セントが頭に被っている『耐爆鉄』のヘルメットと同等、あるいはそれ以上の重要度をもつようになるだろう。


「お兄様もそんな感じのことを言ってたと思う。確かxだかyだかzだか・・・。

お兄様の言う事は難しすぎるよ!」


「・・・凄いなぁ、もしもホントに座標が分かるなら革命的だよ!」


「お兄様が作ったものが『革命的』って言われるの、コレで何回目なんだろ?」


もはや驚きもしない。そんなリアクションだった。


「噂には聞いていたけど、やっぱりマギカ王子は凄いんだね」


「本人に直接言ってあげて!多分喜ぶよ!


さて、僕らはこの縦三列の数字が全部00000になるように移動すれば良いんだけど・・・


コレばっかりは、『下の向き』が変わるまで待たないとね」


「歩いても殆ど変わらない1番下の列の数字が『ゲートとの高低差』って事だよね〜、上下方向に関しては洞窟の壁を登るわけにもいかないし、、、待つしかないね。

じゃあとりあえず、ゲートの真上なのか真下なのか分からないけど、先に上2列を00000にしちゃおうか」


「そうだね〜着いてもまだ時間が余っていたら色々雑談して待てば良いし」


ーーーーーーーーーーーーーーー


しばらく雑談しながら歩き続けると、思っていたよりも早く、上2列が両方とも00000に揃う位置に辿り着く。

無駄なく迷わずに進めばさほど長い距離ではなかった。帰り道がわかっていると言うのがどれほど幸運なことなのか、イヤというほど思い知らされた。

水平方向に十字路、さらに上下に2本の通路が集まっている交差点のような場所に座り込む。


「よし!着いた!後は『下の向き』が変わるまで待つだけだ!」


「じゃあ、雑談でもしようか。ケトラシア、何か聞きたい話とかある?」


「うーん、『コスモス』でのお姉様やお兄様達の話を聞きたいな!」


「リグドシア王子とウリエラには会ったことあるけど、もう1人の王子様には会った事ないな、その2人の話で良い?」


「ラストレシアお兄様とは会ったこと無いんだぁ・・・じゃあその2人の話をお願い!」


「いいよ〜。まずウリエラと会ったのは入学式の会場でね〜もうその時からオーラ達とバチバチに火花を散らして対抗心を太陽みたいに燃やしていたんだよねぇ。それからーーーーー」


語り合う2人の間で、時間はゆっくりと流れるのであった。


ーーーーーーーーーーー


「それで結局、最後にはリグドシア王子が勝ったんだけど、僕は先生に呼び出されちゃってね〜」


「そりゃあそうだよ!マイク奪い取って叫ぶって、結構ヤバい事なんじゃないの?」


「まぁ、結局そこまで怒られなかったんだよねぇ。僕としては、マイクを使った事で怒られると思ったんだけど、あくまで『勝手に』使ったのが問題だったらしい。優しい先生で良かったよ」


「うんうん!・・・でもリグドシアお兄様がそんな風に泣いたんだ〜」


「リグドシア王子に僕がこんなこと話したなんて告げ口しないでよ?僕打ち首になっちゃうよ」


「そんな小さいことを気にする人じゃないと思うけどなぁ。でも、そっか!リグドシアお兄様は羽を伸ばせてるみたいだね!」




   『カタカタカタ』



「お!始まったみたいだね!」「だね!」



    『ゴゴゴ』



   『ガタンッ!』


「おっ!上手い具合に横向きの通路になってくれたね!傾きも殆どない!よし!ケトラシア、向きが変わらない内に出来るだけ進もう!」


「多分セントが走るより、僕がセント抱えて走った方が速く移動できると思うけどどうする?」


「うーん、でもそれが1番効率的だよね、プライドを無視すれば。

・・・よしっ!じゃあお願いできる?」


「任せて!」


ケトラシアはセントの腹に手を回し、横向きに抱える。

ほのかに暗い青色に輝く『耐爆鉄』で出来たヘルメットを進行方向に向け、セントはさながら一本の杭のように抱え込まれ、


「よしっ!これくらいかな、行くよ!」


「地面しか見えないのは不安だけど、よろしく!」



   『ドッ!!!!!』


ケトラシアの足元に先ほどの蜘蛛の巣のような亀裂が広がったかと思うと、地面が凄まじい速さで後方に流れていく。

間違って顔を地面につけたら、顔が大根おろしになってしまうだろう。

ケトラシアは年相応なのだろうが身長が低く、セントの顔は地面とかなり近かった。



(ひぃ!コレ、ケトラシアがずっこけて転んだら僕即死じゃない!?いや、脳が壊れても心臓と魔臓が残れば、、、、、、いやいやッ!それさえ残りそうにないよッ!?)


全身がもみじおろしになる覚悟を決めようと目を瞑る。



    『ドンッ!!!』



突然ケトラシアが地面を蹴りブレーキをかけ、それにより全身の内臓が脳味噌側に、、、すなわち先程までの進行方向に押し寄せた気がした。


「ウッ!うげッ!」


「ッ!?ちょっと!?セント!ゲロ吐かないでよ!?」


「運んでもらっといて文句言うのもなんだけど、少しずつゆっくりと減速してもらわないと身体が耐えきれないよ・・・」


「あーー、そういえば、セントって脆かったね」


「君が逞し過ぎるんだよッ!僕の運動神経は平均的だ!」


「ホントぉ?盛ってない?」


黒柘榴の色の瞳がからかうように細められる。


「・・・いや、ホントに結構平均的なんじゃないかな・・・」


少し自信が持てなくなってきた。セントは比較対象になるであろう同級生を頭に浮かべようとする。


(アレス・・・は僕より強いね。アイシアは・・・、『実戦』の時にティムジットとモルトリィに追いていたから、2人より強いとして、あの双子はクロノス教授の『大河』で秘密基地の為の丸太を運んでいた時に僕か運んでいたやつより重そうなやつを運んでたから、両方僕以上。多分筋力も全く同じなんじゃないの?あの双子。

オーラは、、、言うまでもなく僕より強そうだったね。

ウリエラは、、、廊下でアイシアの事で巻き込まれた時にビンタされた感じ、アレスといい勝負しそう。

ソニアは、、、分からないな。でも、ウリエラの護衛も務めてるとしたら相当強いんだろうな。


セレスは、、、うん。多分僕の方が強いんじゃないかな。


・・・アレ?8人中7位?)


「・・・・・・ごめん、よくよく考えたら結構下の方だった・・・」


からかってきたケトラシアも、そんな反応は予想の範囲外だったようで、気まずそうに咳払いをして僕を励まそうとしてくれた。


「・・・ゴホン!ま、まぁ、元の世界に帰れるんだし元気出しなよ!」


「え?」


いまだにダメージの残る身体をフル活動させて俯いていた頭上げて前を向くと目の前にずっと望んでいたものが立っていた。


奇妙な液体の水溜りのような『それ』は

波打つ膜が輪の中に張られている『それ』は、



「・・・・・・ゲートっ!!!!!!」


「無事生還って感じ?とりあえず、このゲートが閉じる前にさっさと帰っちゃお!」


「・・・・・・やっと帰れる・・・もうダメかと思った!」


「思うの遅くない!?」


「・・・確かに。

・・・とりあえず、潜ろうか・・・」


「うん!話は『向こう』でしよう!」




  『フォン』『フォン』


ーーーーーーーーーーーーーーー


『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった』


・・・そういった文言で始まる小説を読んだことがあった。雪景色はその美しさから時に『銀世界』と呼ばれるらしい。光を受けて煌めく雪を『白』ではなく『銀』と表す、なんとも美しい響きの言葉だ。

なればこそ『ゲート』を潜り抜けたセントの目の前にあったのは『銀世界』と区別して『白世界』と呼ぶべき部屋だった。

継ぎ目の一つも存在しない、石のような素材の床と壁と天井は真っ白で、『ゲート』の置かれているその部屋の広さはは『コスモス』のそれと同じほど。


「やっと元の『ビィィィッ!!!!!』


歓喜の声が、けたたましい警報音に掻き消される。やっと元の世界に帰って来れて安心しかけた所に突然コレほどの大音量を掻き鳴らすとはなんとも心臓に悪い。


「ッ!?何この警報音ッ!!もしかして僕のことを『不法入界者』だとか勘違いしてるッ!?いやっ!確かに許可は貰ってないけどッ!」


セントの脳裏に『先ほどの悲劇』がよぎる。


(え?まさか『歴史は繰り返す』とかいって、僕も蹴飛ばされて『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』で死ぬとか、ありえないよね?・・・誤解されないようにしないと!)



「・・・不法入界をした者は誰だッ!!」


真っ白な金属の鎧で全身を覆った衛兵が入り口に現れ、ゲートのそばで耳を塞ぐ僕らに向かって、警報音とは比にならないほどの大声で叫ぶ。


「ッ!僕ですッ!!」


僕は『先ほどのような誤解』が生じないように両手を上げて無抵抗の意思を示す。


「チッ!そこで待機していろッ!」


そう言って衛兵は入り口の側にあるであろう機械を動かしに入り口から数秒離れる。



   『ガコンッ!!』



重々しい音が鳴り響き、それを機に警報音が鳴り止む。


「・・・お前は遭難者かッ!?」


「ハイッ!遭難者ですッ!」


「身分を明かせッ!」


「僕の名前はセンティアです!ザクロ王国ジオード領の教会で育ちましたッ!コスモスから石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)に入った後、ゲートがなんらかの不具合で閉じてしまい、その後迷っていた時にケトラシア君と出会い、彼の案内でここまできた次第ですッ!!」


「事情は理解したッ!この手錠を嵌めろッ!」



  『ジャリジャリジャリッ!』


宝石のような青白いガラス状の物で出来た手錠が地面の上を滑りながら衛兵の足元からセントの足元に投げられる。


「えーと、こうかな?」



  『ガチャンッ!』



手錠は、手首のサイズに合わせて『輪』を狭める細工がされているようで、手がすり抜けないものの手首を圧迫する程では無いくらいのキツさで固定する。


「出来ましたッ!」


「もし私が確認をして、貴様の手から手錠が抜けるようなことが万が一にもあった場合、貴様は死ぬ事になるが本当にちゃんと手錠をしたかッ!?」


「そういわれると、、、もう少しキツくしておくか・・・」


セントは若干手首が圧迫されるくらいにキツく固定する。


「今度こそ大丈夫ですッ!」


「じゃあ、、、センティア、ゆっくりと一定の速度でこっちに来いッ!」


「あのー、すみません、セントって呼んでもらえませんかね?」


「・・・?何故だ?」


「いやー、センティアは僕を棄てた実の親が付けた名前っぽくて、血の繋がった親が付けた名前より義理の母に呼ばれていた方で呼ばれたいんですよ」


「・・・奇妙なことを言うもんだ。だが、良いだろうッ!セント!命令通り行動しろ!」


「はい!」


結局衛兵に連れられ、一時的な勾留所のようなところに閉じ込められる事になった。


「・・・まさか、この歳で牢屋に入る事になるとは思わなかったなぁ・・・。


・・・この部屋、窓がないんだね。


・・・そりゃそうか。アレスみたいな能力者だったら逃げ出せちゃうもんね。

まぁ、逃げ出そうなんて考えないけどさ。


・・・なんか、疲れたなぁ。よくよく考えてみたら、僕、、、全く寝てなくない!?


昨日、、、六限の後クロノス教授の世界で一晩休んだっきりじゃない?


それからお菓子屋行って、防具とか買って、『幹』と『枝』を通って風呂に入って、消灯時間まで起き続けて、

そっから石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)探検、おじさんと会っておじさん死んで、石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)遭難。

そこからケトラシアと会うまで何時間も歩き続けた訳だ。


・・・・・・人生濃いなぁ、僕。

我が事ながら、流石にトラブル多すぎない?

しかもこの大半を『サボり魔(科学者)』抜きで生き延びた訳でしょ!?

・・・僕頑張ったなぁ!」


窓のない真っ白な牢屋の地面に横たわる。

その床は先ほど寝転がった石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)の地面と同じようにヒンヤリとしていて、しかし『方向転換』が無い分安心して雑音を聴き逃せる。


「あぁ、重力の向きが変わらないって最高・・・・・・。この後、なんか手続きとかやることになるのかな?だとしたら色々やる前に寝ておかないと。


・・・おやすみ、ぼ『ガチャンッ!』


「オイッ!何を寝ているッ!釈放許可が降りたぞッ!出してやるから起き上がれッ!」


「ええぇぇぇぇぇぇz z z z z z z 」


「寝るなッ!!『ぇ』から『z』に変わるんじゃ無いッ!少し似てるけどッ!!」


「寝させてくださいよぉ!」


「宿でも取ればいいだろうッ!ここはお前のホテルじゃ無いんだッ!」


「・・・罪を犯そうかな・・・」


「バカなこと言ってないでとっとと出てけッ!次逮捕されたら数年の間は出られないと思っておけ!」


ーーーーーーーーーーーーー


『収容所区間』の入り口にあたる場所で両手の手錠を外され、『収容所』らしき区域から出される。

ケトラシアは待っていてくれたようで、僕を見つけるとトコトコと駆けて来た。


(あ、普段歩く時はあんな感じに走らないんだ。まぁ、そんなことされたら街の道路はメチャクチャになっちゃうだろうけど)


思わず先ほどの急加速と急ブレーキを思い出し、少し吐き気がした。


「アハハ!セント、酷い顔してるよ!」


「だってさぁ!?遭難してたからやっと寝れると思って横になったら叩き起こされたんだよ!ねぇ、ケトラシア、この辺に寝られそうな場所ない?」


「寝られそうな場所かぁ。セント、お金持ってる?」


「・・・・・・少しは・・・」


本当に少しだけである。親友にマカロン代や装備の費用の一部を出してもらったとはいえ、悲しいことにセントの財布には本を2冊買う程度のお金しか残っていなかった。


「・・・うーん、ザクロ王国と比べて『こっち』は物価が結構高いから、ホテルに泊まるのは無理そうだね」


そんな雰囲気を子供ながらに察したのか、ケトラシアは真剣そうに考え込む。


「・・・なんか少し心に傷を負ったよ・・・」


「アハハ、ごめんごめん。じゃあ、罪を犯してもう一回入れて貰えば?」


「・・・2人しておんなじこと考えるんだね。・・・次捕まったら数年間は出してもらえないって」


「対策済みかぁ。じゃあ僕らの屋敷に来る?」


「僕らの屋敷?なにそれ?」


「アレ?知らないの?マギカお兄様が『クリスタリア』に留学してるから、僕たち兄弟はこっち側に屋敷を借りてるんだ!」


「部屋じゃなくて屋敷借りてるあたり、王族っぽいね」


「アハハ!お兄様の研究工房も兼ねているから、多分想像しているほど広くないよ?」


「とりあえず雨風凌げれば、、、、、ついでに言えば一度入ったら数年間出られないなんて制約がなければ、、、どこでも良いよ!廊下にでも寝させてくれる?」


「客室が空いてるからそっちの方になるかな!」


「ホントに何から何までありがとう!このお返しは必ずいつか!」


「利子つけてよろしく!」


「・・・複利でとんでもないことになりそうだなぁ」


「冗談だよ!真に受けないで!アハハ!」


「じゃあ道案内お願いできる?」


「りょーかい!」


かくして、僕らはようやく真っ白な施設から出ることになるのだった。


ーーーーーーーーーーーーー


「・・・・・・」


建物の外に出るやいなや、まるで春一番を告げるような心地よい風が全身を撫で、太陽の煌々たる光が空からだけではなく地面の方からも照りつけてきた気がするほどの(まぶ)しさで思わず目が(くら)む。


2秒して目が慣れ、瞼をゆっくりと広げると、セントは思わず目の前に広がる景色に目と心を奪われた。


まるで巨大なウェディングケーキのように聳え立つなだらかな円錐型の都市。

ケーキを乗せる大皿のように都市を囲う巨大な湖。


さながらそれは、湖に浮かぶ巨大都市、とでも言うべきだろうか?

あまりに巨大だ。地図の上だとどれくらいの大きさを占めるのだろうか?巨大な都市というよりも、小さな国家といったほうがより似合う気がした。


蝋燭のように赤い屋根を輝かせている建物を除けば、そのほかの殆どの建物が白味を帯びた色ばかりであり、階段のようなその都市には、太陽の光を反射し輝く水路が規則正しく張り巡らされている。


ケーキの足元の湖も太陽の光を反射し、この世のものとは思えないほど光り輝く。



秩序(コスモス)』・・・思わずその単語が頭によぎるような『秩序的』な都市だった。


僕らはそのケーキの足元にて水色の大皿のように広がる湖の外周部にある建物に居た。


湖に浮かぶあの都市に辿り着くには、目の前の湖を渡って、水路に辿り着かなければならないだろう。


「アハハ!セント!良い表情だね!確かに綺麗だよね〜、あの街!」


「・・・凄いな。こんな・・・素晴らしい・・・」


(・・・なんて美しいんだ。

美しい、だがそれは彫刻のような美しさではなく、無駄を削ぎ落とした銃のような美しさ!だってあの都市はーーー)


「セントが考えてること予想できるよ〜。

『美しい、だがそれは彫刻のような美しさではなく、無駄を削ぎ落とした銃のような美しさ』でしょ?」


「ッ!?ケトラシアって人の心が読めるの!?」


「いや〜?考えること似てるね〜!」


「でも、その通りだよ。なんなんだ!あの化け物じみた都市は!

まるで、世界が戦火に呑まれようとも、あの都市だけは決して攻められない、、、攻めさせない、攻め落ちない。そんな強い意志を感じる・・・。

ここからあの都市まで届くような砲台は無いし、軍艦で側に近寄ろうものなら階段状に重なる都市の各層に設置された砲台から一斉砲撃を受ける・・・。


万が一都市内部に侵入されたとしても軍艦が通るにはあの水路は狭すぎる・・・。

専用の小型戦艦を持って来たとしても、あの火のついたロウソクみたいな『水門』が水路を塞き止めれば他の地区へ移動できなくなるし、『水門』自体が『砲撃台』を兼ねているから、水路の上側から一方的に攻撃される・・・。『階層』を一段登るだけでも、恐らく『水門』の中にある階段を使わないと登るのは難しい・・・。それが何段も積み重なっている・・・。数少ない望みとしては、『門番』にゲートを開いてもらうことくらいかな・・・。


・・・・・・『完成されきった要塞都市』・・・そうとしか表現できない・・・」


「アハハ!『要塞都市』!やっぱりそう思うのかぁ!

お兄様の同級生達はみんなそんな物騒なこと考えてなかったよ〜!」


「・・・ハハハ、、、冗談でしょ?


あの都市を見て『要塞都市』以外の感想が・・・出るのかい?」


「うーん、僕にはただただ綺麗な都市にしか見えないけどなぁ」


意外だ。自分の感性は自分が思っている以上に常識離れしているのかもしれない。


「・・・そっか。ま、まぁいいや!それで僕らはどこに向かうの?」


「結構上の方だよ〜!」


「・・・遠いことだけは分かったよ・・・」


「寝てればすぐだよ!」


「・・・?」


「そこら辺に『ゴンドラ』に乗れる場所があるはず!乗って行き先を言って『階級章』を見せれば運んでくれるよ〜。そこそこお金掛かるけど!」


『階級章』?

あの都市の形を見る限り、登って良い階層がひとりひとり違うのだろうか?


「・・・ちなみにおいくらほど?」


「アハハ!覚えて無いや!どのみち会計の時に分かるよ!」


そこそこお金が掛かると言いながら、具体的な値段については覚えてさえいない。生まれてからお金に困ったことのない王族としての金銭感覚の杜撰さが目に見える。


「・・・僕も王族に生まれたかったなぁ」


「・・・ありゃりゃ?今度は真反対?」


「・・・?なんでも良いけど、とりあえずさっさと『ゴンドラ』乗り場に行こう!眠くて眠くて仕方がないよ!」


「それもそうだね!ちょっと待ってて、中の人にゴンドラ乗り場どこか教えてもらってくる!」


「・・・いってらっしゃい、、、ふぁぁ」


そうして、ケトラシアは先ほどまでセントが閉じ込められていた『収容所』に戻っていくのだった。セントはあくびしながら街の絶景を目に焼き付けようとする。


(どうせゴンドラに乗るんだからさっき聞けばよかったのに・・・もしかして、元々泳ぐつもりだったとか?あるいは水の上を走る予定だったとか?

僕がそれについていけないことにたった今み気づいたのかも。

足手纏いの僕がいるから、予定と違ってゴンドラに乗ることになったとか、、、まさかそんな訳ない、、、いや、普通にありそうだね。だとしたら申し訳ないなぁ)


「お待たせ!セント!それじゃあ行こっか!ここの坂を少し下ったところだって!

緑の屋根の『ゴンドラ屋』で『アントの知り合い』って言えば安くして貰えるらしいよ!」


ケトラシアは、『ゴンドラ』乗り場の情報のみならず、お得なクーポンコードまで土産に持って帰ってきた。

金に無頓着かと思っていたから意外だった。


「・・・ケトラシアって何気にコミュニケーション力高いよね」


自分では自分のことをコミュニケーション能力が高いと少し自惚れていたが、世の中には上には上がいるものだ。


(・・・世界は広いなぁ)


「そう?まぁ確かにお兄様に比べるとまともだとは思うけど」


(やっぱり天才というのはそういうところに難があるものなのかなぁ?)


「じゃ行こっか!あぁ、そうそうセント!

『水路』に汚物を垂れ流したら罰金50万ゴルだから気をつけてね!」


何をいうかと思えば。人を一体なんだと思っているのか。


「大人の月収じゃん・・・垂れ流す訳ないじゃん!」


「ゴンドラの上で垂れ流すと30万ゴルくらい取られるよ!」


「だから垂れ流さないって!!」


「ホントにぃ?結構『酔う』よ?」


「・・・・・・あ・・・」


よくよく考えれば、子供に運ばれたくらいで吐きかけた人間が『ゴンドラ』に揺られて吐かない訳がないのだ。


「・・・・・・ごめん、念のためちょっとトイレ借りてくる」


セントは大急ぎで『収容所』に入って行った。

そんなセントを眺めながらケトラシアは苦笑いをして、


「・・・・・・あらかじめ伝えておいて良かった〜。

やっぱり、みんな(もろ)すぎだよ〜。

『ゴンドラ』に乗っただけで『酔う』ってどういう『仕組み』なんだろ?・・・・・・」


ケトラシアは「はぁ」とため息をつき、少し嫌なことを思い出して服をパッパッ!と払ってから、臭い記憶に蓋をするのだった。


臭いものには蓋をするに限る。


ーーーーーーーーーーーーー


「うぅぅぅ!け、ケトラシア、後どれくらい?」


水上のゴンドラの床の上で揺られながらセントは空の雲を眺めて気を紛らわせる。


「・・・まだ第6階層だよ・・・」


「ゴールは?」


「・・・第2階層だよ・・・」


「つまりコレをあと3回?」


「うん3回」


「死んでしまう!僕は死んでしまうよ!」


「・・・・・・蜘蛛の巣で助け求めてた時より真剣だなぁ・・・」


「どんなに熱いお茶でも、喉元過ぎれば熱さを忘れるんだ!」


「いま喉元を過ぎかけてるのはお茶じゃなくて、ゲロでしょ?」


手痛いツッコミが返される。


「お茶と違って、吐いたらしばらく喉が痛むんだよなぁ。喉元過ぎても酸味は忘れられないよ」


物騒な会話にゴンドラの主人は眉を顰め、


「なぁ、アンタ、マジで吐かないでくれよ?というか、吐くなら向こうの桶に吐いてくれよな?」


ゴンドラの末尾の方を指差す。そこには桶がいくつも重ねられていた。きっと『吐く奴』対策なのだろう。


「・・・ごめん、ケトラシア、あの桶取ってきてくれない?」


「王族を使いっ走りに使うって結構度胸あるよね・・・。ホラ、もう持って来てるよ。はい!」


ケトラシアは『吐きかけている人』への対応には慣れている様子だった。


「うぅぅ、ありがとう・・・」


ーーーーーーーーーーーーーーー


セントが「死ぬぅ!」と叫ぶこと36回。

セントが吐きかけること5回。

ケトラシアがあくびをすること15回。


かくして、ようやく彼らは第8階層に辿り着いたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・・・・・」


「・・・セント?」


「・・・・・・・・」


「・・・返事がないただのしかばねのようだ・・・。すみません、お会計、このセントって人につけといてくだ「ん!?起きてるよ!生きてるよ!?屍じゃ無いよ!」


「・・・・・・生き返ったみたいで何より・・・」


「・・・アレ?ケトラシア、怒ってる?」


「・・・怒ってる訳じゃ無いけど、疲れた」


「なんかごめん」


セントはゴンドラから水路の側の道路に飛び降り、ケトラシアは船乗りの方へ歩きながら、欠伸をする。


「気にしなくて良いよ、僕も早く寝たくなって来た」


子供2人の客を訝しみつつ、船乗りはぶっきらぼうに言い放つ。


「アンタら、お会計はどうするの?」


「あぁ、僕が払うんで。いくらですか?」


「あぁ、『都市外からの上陸』が15万ゴル、『第8階層から第2階層への上昇』が70万ゴル、そこから『家の前までの移動』が5万ゴル、、、全部で90万ゴルだが、アントの知り合いらしいから割り引くとして、85万ゴルだ」


「はい、小切手。コレでOK?」


「・・・疑ってる訳じゃねぇが・・・分かってると思うけど、この小切手で現金が引き落としできなかったら・・・」



「・・・僕は眠いんだ。あまり怒らせないで欲しいなぁ。打首にしようか?」



その言葉には、リグドシア王子のような威厳がわずかに込められていた。


「・・・毎度あり・・・」


「・・・うん!運んでくれてありがとう!」


ケトラシアがゴンドラから飛び降りると、ゴンドラは水路を通ってセント達から離れていくのだった。


「85万かぁ。高過ぎない?」


「・・・?結構安い方だよ?」


「・・・世の中は広いなぁ。


・・・・・・それにしても、そんな世の中に比べてこの道路は狭いなぁ。


やっぱり陸上を大軍が移動しにくいように、必要最低限の広さしか無いんだろうなぁ」


セント達の降り立った道路は水路の両脇に横幅2メートル程しかなく、4人が横に広がって歩くのが限界といった横幅だった。


「馬車とか使わなくてもゴンドラで運べるからねぇ。無理して道を広げる意味も無いし」


「そっか。さて、君らの家はーーー」


そう言いながら、水路の方を眺めていたセントはゆっくりと振り返り、そのまま固まった。


「・・・・・・」


「どうしたの?門の鍵は開いてると思うよ?」


「・・・・・・え?コレ?」


「うん、それ」


「・・・君ら、実は6人兄弟だったりする?」


「リグドシアお兄様、ラストレシアお兄様、マギカお兄様、ウリエラお姉様、そして僕。


・・・だから5人兄弟かな?」


「・・・ごめん、質問の仕方を間違えた。この屋敷に住んでいるのは?」


「召使さんは毎朝来るけど、住んでいるのは僕ら2人だけだよ?」


「・・・・・・・・・・」


目の前に聳え立っていたのは、クロノス教授の『私有世界』の『大河』にてパラドクス校長が建てた屋敷と殆ど同じくらいの大きさだった。


つまり、要約すると、2人で住むにはあまりに広過ぎる建物だった。


「・・・想像してたよりも、ずっと大きいんだけど」


「そう?『王城』と比べたら結構小さいと思うけどなぁ」


「・・・世界も『王城』も、広いんだなぁ」


「屋敷は狭いけどね・・・まぁ、ゆっくりして行ってよ!」


「・・・そうさせてもらうよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


   『カランカランッ!』


ドアを開けるとドアに備え付けられていたベルが鳴り響く。


ーーーーーーその音が、広々とした大広間に反響し続ける。


目の前には巨大な階段があり、1.5階といったような場所に踊り場があり、そこから左右に階段が一本ずつ伸び、2階へ繋がっている。

入ってすぐの大広間は吹き抜けになっており、2階に付けられた高さ1メートルほどの木製の檻のような落下防止の為の柵のような物には、ひとつの例外も無く素晴らしい花の彫刻が彫られていた。

吹き抜けは3階まで続いているようで、天井にはアトラス大陸の世界地図が描かれており、3つのシャンデリアが吊るされていて、内側に置かれた白い石から光が放たれていてそれが周りのクリスタルに当てられ、小さな星をかき集めたかのように光り輝いている。


「ただいまぁ!」


そんな荘厳な雰囲気の屋敷には不釣り合いなくらいの朗らかで純粋な、ケトラシアの声が響き渡る。


ーーーーーー2人で住むには広すぎる家に朗々とした声が反響し続ける。


「お、お邪魔しまーす」


入り口で靴の泥を軽く払ってから両開きの扉をくぐり、声量を抑えて挨拶をする。


(なんだろう、この屋敷。すごく孤独な感じがする。ホコリひとつ見当たらない完璧な屋敷、それでもこの屋敷には何かが、、、人間味みたいな何かが欠落している。


・・・・・・何だろう、すごく嫌だ。この空間が、とてつもなく嫌いだ。どうしてだろう?



・・・なるほど。似てるんだ。僕の『能力』による『心象世界』に。


孤独な世界に自分の声が反響する、、、僕の嫌いなものランキングトップ3には入るだろうなぁ)


「・・・アレ?返事が無い?お兄様、また読書してるのかなぁ?セント、ついて来て!」


ケトラシアは軽くジャンプし、1階から吹き抜けを通って2階の手すりを飛び越え、2階に着地する。


「早く早く〜!」


そんな人間離れした動きが許されるのだろうか?羨ましく思いつつ、セントは階段のほうに向かって駆け出す。


「僕は階段登らないといけないからちょっと待ってて!」


「はいはーい!」


先程眠いといっていたケトラシアは今では嘘のように飛び回っている。

子供のように、、、いや、子供なのだから歳相応に、、、はしゃぐケトラシアを見て暖かい気持ちになりながら、セントは正面階段を登り始める。


入り口からまっすぐ進んだ所にある巨大な階段は、踊り場で右と左の二手に分かれていて、それぞれが2階に繋がっていた。


「・・・階段登るの、つらいなぁ」


よくよく考えなくても、セントはクタクタなのである。船酔いで精神的に、遭難で精神的かつ肉体的に、疲弊しきったあとなのだ。


疲れた体に鞭を打って階段を登りきり、ケトラシアの元に駆け寄る。


「・・・マギカ王子の居場所に心当たりあるの?」


「うん!返事が返ってこない時は大体書斎で本を読んでいるんだ!」


「へぇ。僕も将来は書斎のある家に住みたいなぁ」


「僕は本の良さがよくわからないんだけど、やっぱり本が好きな人には魅力的なんだろうね」


僕らは赤いフカフカの絨毯に覆われた廊下をゆっくりと歩く。

疲弊し切ったセントの足取りは重い。

きっと、ケトラシアはクタクタの僕に合わせてくれているのだ。


「王族なのに読書しないの?」


「うーん、僕は知能担当じゃないから!」


(確かにアレだけの『能力』を持っているなら、そっちに全振りした方が効率的なのだろう。・・・それでも)


「それでも、本は読んだほうがいいよ?人生が豊かになるから」


「へぇ!興味あるなぁ。今度セントが本というものについてどういうふうに考えているか教えてよ!」


「もちろん!『コスモス』に帰れるようになるまでそこそこ時間がかかりそうだし・・・・・・」


そうなのだ。今頃『コスモス』では僕が居なくなった事が大問題にーーー、いや『コスモス』に限ってそんなことはないか。

流石に初日に居なくなる生徒は居ないだろうと思いつつ、『実戦』で恐怖を覚えた生徒が授業参加を拒否する事例もあるのかもしれない。そう考えれば、生徒の1人や2人、居なくなるのも普通のことなのかもしれない。


(まぁ、なんだかんだスパルタだよね。あの学校)


とはいえ、早く『コスモス』に連絡しなければアレスが『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』で無駄な探索を続けることになってしまう。

彼が『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』で原生物に殺されるだなんて考えづらいが、それでも万が一ということもある。マギカ王子に挨拶をしたら、なんらかの手段で連絡をさせてもらえないか聞いた方が良いだろう。


廊下を進んで15秒ほど。

ドアが半開きになっていた。


「ありゃりゃ?マギカお兄様ったら僕には注意するくせにドアを閉めて無いじゃん!まったくもう!」



   『ギィィィ』


ケトラシアが半開きのドアを開ける。


「・・・・・・・・・・。」


部屋の奥には広い窓が開けられていて、黄昏時の黄金の空が窓の向こうに広がっている。


窓の側に置かれている台に、斜めに腰掛けている少年がいた。


左側の窓枠に寄りかかり、足を軽くブラブラとさせながら、重々しい本を眺めている。


夕凪の時刻。少年の読書を妨げる風は吹いていなかった。




その髪はリグドシア王子の獅子のような髪とは正反対に、見るからにサラサラとしていて、髪は目が少し隠れるくらいの長さ。

その髪の色は、ほのかに赤みを帯びながらも闇を固めたような黒色で、

その眼は乾き切った血のように深く暗く、妖艶に揺らぐ黒柘榴色だった。


要するに身長以外の体の要素はケトラシアと瓜二つだった。


その風貌の一致に僅かに何らかの違和感を覚えるが、仮にも屋敷に滞在させてもらおうというのだから、それを顔に出すのは失礼というものだろう。


「・・・ふむ。自然状態の混沌において、相互の安全保障を行う為に、臣民は君主に(おの)が権利を譲り渡し、契約を成すことで社会が形成された、、、と考えたわけか。なるほど、興味深い」


(???な、なんか凄い高尚な本を読んでいらっしゃる!?アレ?僕と同い年だよね?)


「おーい、お兄様ッ!」


ケトラシアの呼び声を聞いて、少年はこちらの方を向く。髪が僅かに空気によって(なび)く。


「・・・アレ?ケトラシア帰って・・・来てたのか。

・・・・・・・・そちらの方は?」


「初めまして!センティアって言います!是非ともセントと呼んでください!」


「ケトラシア、彼はどうしてこの屋敷に?」


眉ひとつ動かさずにそう尋ねた。


「説明するね!お兄様!

セントが『コスモス』の方から『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』に入ったあと、向こう側の人がゲートを閉じちゃったみたいで、遭難してたところをたまたま僕と会って一緒にこっちに戻って来て牢屋に閉じ込められたあと保釈されて、宿賃もないし『コスモス』に帰るまで時間がかかりそうだからこの家に泊めることにしたんだ!」


「・・・・・・随分と勝手な真似をしてくれるね?それなら、向こうへ帰る算段がつくまでの間、適当に犯罪を犯して牢屋で世話して貰えば良いじゃないか?」


「アハハ!お兄様とセントと僕。みんな発想同じだね〜!残念だけど牢屋の役人に『次来たら数年間は出られないと思え』とか言われたらしいから無理だって!

それに、セントは赤の他人じゃないよ?」


「・・・・・・・」


「なんてったって、セントはウリエラお姉様やリグドシアお兄様のお友達だよ?」


「・・・・・・・・・・」


マギカ王子は虚空を見つめる。


「・・・あのー、もしかして僕、邪魔ですかね・・・」


「・・・いえいえ、センティア、、、いや、セントさん、の方が良いんだっけか・・・まどろっこしいな。申し訳ないがセンティアと呼ばせて頂けないかな?」


どうしても気になる、といった様子だった。いずれにせよ、今の僕は無理を言う立場には無い。


「・・・まぁ、一応そっちが本名ですから」


「ではセンティアさん。見苦しいところを見せてしまいましたね。ハハハ。


別に部屋は余っているんです。この屋敷は2人暮らしには少し広すぎる」


「えぇー?そう?」


「ケトラシア、家は走り回る為の場所じゃないんだ。普通に過ごす分には充分すぎる広さだよ。


・・・おっと!話が逸れてしまいましたね!

センティアさん、貴方を泊めることはやぶさかではありません、私の感情的には。


しかし、残念ながら私がこの屋敷で行っている研究に興味を持たれている国々が数えきれないほど存在しているのです。


無論、スパイが侵入したとしても問題が無いように全ての研究内容とデータは僕の頭の中だけに留めていますけどね」


そう言ってマギカ王子は人差し指で自身の頭をトントンッと軽く叩く。


「なるほど・・・」


「なるほどってどういうこと!?セントはスパイだったの?」


「いやいや!僕はスパイなんかじゃ無いよ!ケトラシア!

マギカ王子のおっしゃりたいことは、

(セント)の身が危険に晒されることになる』ってことでしょう?


貴方が全ての研究内容とデータを脳内にのみ保管していると口では言っていても、もしかしたら本や設計図などを黒板に書いたり紙に書いたりしているかもしれない、、、少なくとも世界中の人々はその可能性を否定しきれません。ケトラシア君以外、誰もこの屋敷で貴方の過ごしていらっしゃらないそうですから。


であれば、もしもそこに謎の孤児が突然住み込み始めたら・・・・・・」


「頭の回転がまともな方で助かります。

きっとセンティアさんのことを『他国が送り込んだスパイ』と思うに違いありません」



「そうなったら悲劇です。


世界中の国々の指導者達が僕を拷問することになるかも知れませんからね。

『マギカ王子の研究内容を吐け!』と。

無論、僕はマギカ王子の研究内容なんて見たことありませんし、吐きたくても吐けない。無い袖は振れないのですから」



「理解して頂けたようで何より。

無論、ウリエラの友人をぞんざいに扱うつもりはありません。

安心してください、数ヶ月分の住居は手配しておきます」


「ではケトラシア君を通して連絡してください」


「ええ。・・・・・・ああ、そうそう、」


「『トボトボと』でしょう?」


「・・・・・・なるほど・・・確かに『コレ』はモテませんね」


(うわー。テトラさんみたいなこと言わないで貰いたいなぁ〜)


セントはそのお節介的皮肉を言いそうな人物を頭に思い浮かべる。




・・・世の中は狭いものである。


「まぁ、説明する手間も省けました。ではよろしく」


「ええ。任せてください。僕はこの階層を屋敷を出て左側の方に向かって散歩しているので後ほど」


セントはスタスタと歩いて、来た道を戻って行く。


「え?え?どういうこと?」


「・・・?ケトラシア、何か分からないことでも?」


「いや、何もかも!何?『トボトボと』って!」


「だからセンティアさんがこの家を出る時に『トボトボと』、まるで交渉に失敗して追い返されたみたいな感じで出て行くことで、彼が何も情報を得られていないことを表現できるだろう?」


「だからってお茶ぐらい淹れてあげても良いじゃん!」


「・・・はぁ。ケトラシア、何故彼がすぐさまこの部屋から出て行ったか考えてみなよ」


「えー、考えるのはお兄様の仕事じゃん」


「・・・はぁ、じゃあ正解を言うよ。

お茶でも淹れてのんびりしていたら、誤解が深まるだろう?

彼が今すぐにこの家を出れば、

『交渉に来たが会ってすぐ拒絶された』くらいの時間になる。実際そうだしね。

コレで情報を得ている可能性は限りなくゼロに近くなる。


・・・っていうことをわざわざ説明していたら『情報を得ている可能性がある』くらいの時間が掛かっちゃうから、説明が省けてよかったんだけど・・・そんなに難しい話かな?」


    『プシューー』


「・・・お兄様、おやつ・・・おやつ頂戴・・・」


「・・・あーあ。脳みそがパンクしちゃったかな?まぁ良いや。彼がそれほど遠くへ行っていないうちに宿を予約することにしよう」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・へぇ。気付いて無かったけど、ここからの景色は素晴らしいなぁ」



見たところケトラシア達の屋敷は第2階層の最外縁部にあるようで、屋敷を出てすぐの水路に架けられた橋を渡った向こう側の道はさっきまでいた道とは異なり、こちら側には道に面する家がない為、おそらくは景色を楽しむためだけの道なのだろう。


頭をうなだれてトボトボと歩き、第2階層の端にある柵に寄りかかりながら、足元に階段上に広がる都市と、夕焼けの空と海を見て黄昏れる。


(はぁ。夕焼けが綺麗だなぁ。)


セントはマギカ王子に伝えていた通り、左を向き、自分の左側に夕焼け景色が来るようにして道に沿って歩き始めた。


道は真っ直ぐに思えるが、はるか先を見るとカーブしている。どうやら実際は巨大な弧を描いているらしい。


自分の左側の黄金色の世界を軽く眺めながら、セントはトボトボと歩く。

まるで交渉に失敗して、面会と同時に追い返された商人のように。


「・・・成果無し、ってどう報告したら怒られないんだろう・・・『コスモス』に帰る方法が見つかるまでの宿は予約してくれるみたいだけど・・・はぁ・・・」


道行く人々やゴンドラに乗っている人々は気にしないほどの、、、しかし『何らかの目的』でセントの独り言に聞き耳を立てている人物には聞こえるくらいの、ほどよい大きさの声で呟く。


心なしか、自分を貫く視線の数が減ったように感じた。


(・・・・・・やっぱり誰かに監視されてるのかなぁ。・・・景色は綺麗だけど、流石にそろそろ飽きて来たなぁ。

やる事もないし、暇だなぁ。

・・・そういえば、マギカ王子を初めて見た時に何か違和感があったんだよなぁ・・・何だっけ・・・。


・・・若干ウリエラと似ていたよね〜、でもそれ以上にケトラシアに瓜二つだったなぁ・・・・・・アレ?ケトラシアに似ている?・・・コレっておかしく無い?)


先程まで燻っていた違和感が頭の中で具現化し始める。


(確かオーラの記憶を『追憶』した時、オーラの側で話していた役人が話していた、、、ウリエラやケトラシアのお母さんは、2人を出産した時に・・・亡くなったって・・・


・・・なら、どうしてケトラシアとマギカ王子がそっくりなんだ?

あの2人は兄弟が似ているなんていうレベルじゃなくて、髪型と身長以外はそっくりだった。まるで本当の『双子』みたいに・・・。

・・・・・・どうしてケトラシアはマギカ王子に似ているんだろう?


後でケトラシアに聞いてみよう・・・いや、不謹慎かな、やめておいた方が良いかも。・・・でも気になるなぁ、ちょっと聞いてみて問題無さそうだったら話してもらおうかな)


「・・・おーい!セント!!」


右後ろーーーつまりケトラシアの屋敷の方からケトラシアの声がした。


「あ!ケトラシア!話まとまった?」


ケトラシアはそこそこの横幅のある水路を軽々と飛び越えてこちら側に飛んでくる。

手には小さな茶色いチョコレートを持っている。

マカロン以上の高級品だ。なにせ、栽培環境を人工的に整えなければ育たないカカオの木の実と手が出せないほどでは無いにしろ嗜好品としてかなり高価な砂糖を使うと言うのだから高くなるのも当然と言えるだろう。


(砂糖作れるようになったのって、結構大きいよね。おやつとして持ってきたチョコはもう食べちゃったけど、遭難している最中の食糧がチョコだけってのも辛いよね〜)



ケトラシアはチョコレートを銀色の包み紙から取り出してバリボリと食べる。


「おー、随分と軽々と飛び越えて来たね〜、もしかしてもう宿とってくれたの?」


「・・・ゴクン。うーんとね?取ろうとしたんだけど、その前に質問したいんだって!」


「質問?どういう質問?」


「『クリスタリア』に通うかどうか、だって!」


「ん!?・・・あーなるほどね〜」


そんな僕の反応を見て、ケトラシアはつまらなそうに唇をとんがらせる。


「・・・・・・・・・マギカお兄様にしろセントにしろ会話が5段飛ばしぐらいで行われるから頭が痛くなってくるよ〜。チョコ分けてあげるから、解説して〜!」


「別に良いけど、、、」


ありがたくチョコを少し分けてもらう。そのチョコは、少し前にセントが食べたチョコとは、根本的に違うものだった。チョコ特有の苦味と甘さが口でせめぎ合い、形容し難い快楽をもたらす。きっと最上級の品質のものなのだろう。


「う〜んッ!最高!」


  『クシャ』


チョコレートの入っていた銀色の物の折り曲がり具合に違和感を覚える。


「アレ?もしかしてコレって・・・」


「ん?普通に『銀』だよ?」


「なんで貴金属を!?」


「別に銀ってそんな高く無いでしょ?お兄様曰く、光をよく反射するんだって。


一番良く反射するのは『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』にある他の金属らしいけど名前は覚えてないや!」


「まさかとは思うけど、使い捨て?」


「ん?捨てないでどうするの?」


「・・・・・・ねぇ。マギカ王子以外の人もそんな感じ?」


「それが普通じゃ無い?」


「・・・・・・ (コレは金になるぞ〜!)・・・ (イヤ、銀だけどさ)


「どうしたの?セント、なんか怖いよ?」


「イヤイヤ!なんでも無いよ!


・・・で、何から話せばいいのかな?

最初から全部話そうか!


マギカ王子の口ぶりからして、僕が明日『コスモス』に戻る、、、っていうのは難しい、っていうのがわかるよね?」


「なんで〜?」


「・・・」


「あ!今僕のことバカにした〜!?」


「いやいや!不敬罪で打ち首になっちゃうよ!ただ、教会で暮らしている義理の妹を思い出してね〜。よく質問されたなぁ、って思ってさ!

じゃあエレナと同じ方式で行こうか!わからない事があったらその時点で質問してね!多分その方が早い気がするから」


「うん!」


(僕がある程度話し終えるたびに質問されちゃうと時間が掛かって仕方がないし、どれくらいのわかってもらえてるのかも分からないからね。

・・・エレナに勉強を教えていた時を思い出すなぁ)


「そもそも僕にとって最も理想的なのは、明日にでも『コスモス』に戻れること、である事は分かる?」


「うん!すぐに帰りたいって事だよね!授業にも置いていかれちゃうだろうし!」


「う!考えないようにしていたのに・・・」


(まぁ、『サボり魔(サイエンティスト)』の心象世界を使えば勉強時間なんて無限に稼げると思うから大丈夫だとは思うけど)



『ーーいい加減、ボクも怒るよ?』


(はいはい。偉大なる『科学者(サイエンティスト)』様、さっさと復活しやがれください)


『ーーアレスと一緒に敬語を習ってくると良いよ』


(フンッ!皮肉だけは一流だねッ!)


『ーーそっくりそのまま君に返すよ』


「・・・ト?セント?どうしたの?突然黙り込んで?」



「ん!?アレ?ごめん、ちょっとボーッとしてた!

えーと、そうそう!僕が学習で遅れをとりたくない、って所まで行ったんだったね!

そこに気付けたのは素晴らしいよ!

そう!学生である僕は授業を受けていない時間が伸びちゃうと、ものすごい不利益になるんだ!

だからこそ『クリスタリア』に通うか?っていう質問になる!」


「というと?」


「『どれくらいこちらに滞在する?』っていう質問じゃ無い時点で、『滞在時間を僕が決められる状況に無い』事がわかるよね?」


「うんうん。それで?」



「マギカ王子の質問が『滞在時間』を尋ねるものじゃ無かった時点で、『しばらく帰る算段が無い』ことがわかるわけで、となれば時期が決まっているのかわからないけど、帰れる時期になるまで僕はこの都市に滞在することになる。

『授業を受けないとまずい』のに、

『この都市を離れる事が難しい』、、、

コレが今の僕の状態ってわけだ」


「へー、詰んでるね〜」


「グハッ!サラッと酷いこと言うなぁ!

まぁ、『石壁の迷宮世界(ストーン・ダンジョン)』で遭難して死にかけるよりはマシだよ〜」


「確かに!アハハ!」


「そこでマギカ王子の質問!

・・・『クリスタリア』に通うか?

『クリスタリア』に留学されてるマギカ王子がこの都市で暮らしているって事は、この都市に『クリスタリア』があるんでしょ?

だから質問の意図は、

『しばらく『コスモス』の方には帰れないみたいだけど、それまでの間『クリスタリア』に通う?それによって選ぶ物件が変わるんだけど?』ってところかな!

僕が孤児である事は自己紹介の時に説明したし、僕がお金をそんなに持っていない事も理解してくれていると思うから、学費は貸してくれると思うんだ。あるいは『コスモス』みたいに学費タダかもしれないし!」


「つまり、『敢えてその質問をすることによって生じる意味がある』ってこと?」


「抽象的には、そう言うこと!


例えば、なんかの道具を貸していた友達と出会った時に、『何か欲しい物、無い?』って聞かれたら、『借りてた物壊しちゃった』って意味に取れるでしょ?


多分、マギカ王子は無駄な会話をしたがらないタイプだと思うんだ。

だからこそ、わざわざ『しばらく『コスモス』には帰れないみたいだけど、学習に遅れが生じるのは避けたいよね?『クリスタリア』に通いたいならそれに合った物件を借りるけどどうする?』だなんて長い質問は嫌がる。


必要最小限の言葉で伝わって当然だと思っちゃうんだよね。おこがましいけど、僕も昔そんな感じだったから気持ちはよく分かるよ」


「うんうん!いっつも言葉足らずで困っちゃうよ!自分の言いたいことを伝えきれて無いせいで相手が理解できないっていうのを理解していないんだよ!」


「ハハハ・・・。まぁ、仕方ないものだと思うよ?」


「なるほどね!でも、確か『クリスタリア』って、学費タダじゃなかったような、、、それどころか、めちゃくちゃ学費高かった気がする・・・・」


「うっ!」


「でも、実家が貧しかったら援助される制度とかあった気がする!」


「ホント!?いや、貧しいとか言ったら教会のみんなに失礼な気がするけど・・・」


「僕らが『ちょっと裕福』なカテゴリーに入る感じだけど?」


「訂正、僕の実家は貧しいや」


「じゃあセントは『クリスタリア』にしばらく通うって感じでいいの?」


「そう伝えておいてくれると嬉しいな!」


セントとケトラシアが隣り合って、夕焼け色の街を散歩し始めるのと、




■■■■■■■■■■■■■■■■のは同時だった。


《幻想世界の雑学》


皆さん!久しぶりです!語り部は人生のそこそこ大イベントである受験を乗り越えました!


え?小説書く暇があったら勉強しろ?

・・・来世紀こそは!


さて、彼らの微笑ましいすれ違いコントを見ながら午後の紅茶を飲みつつ、今回は『色彩と性格の相関』について語りたいと思います!


実は、というか察しの良い聞き手の皆様は気付かれていたかもしれませんが、あの世界の住人達の性格は各人の『色彩』によって大体決まっています。

これはリーフレイ教授の仮説によれば各人の『免疫』システムが関係しているのだとか。まぁ、眉唾ですね。


赤系は基本おおらかで情熱的。

青系は冷静で合理的。

緑系は色々な意味で狂気的。

黄色系は激情に駆られがちで直情的。

紫系は浮世離れしていて神秘的(ミステリアス)


黒系は破壊衝動を抱えていて暴力的。


白系は好奇心に突き動かされる学者的。


そんなわけでその人の『色彩』を知ればその人の性格のおおよその形がわかるということです(無論例外も居ますが・・・)


例えば緑系。緑系は概して『狂っている』傾向がありますが、それが人を害することに直結するかは疑問です。彼らは常人とは別の物差しを持っているだけであり、常人からは理解されない各々の道理(ルール)(のっと)り生きているだけなのです。


人として大切な感情がひとつふたつ、あるいは根こそぎ抜け落ちている、といった感じでしょうか?我々の世界で『サイコパス』『ソシオパス』と呼ばれる人々はきっと緑系でしょう。


例えばセレスは少し常人とはズレた感性を持っています。これは『序列第5位天使』のアダマシィアと似ていますね。いずれも常識の通用しない父親の娘という点で似ていますね。


あのリーフレイは言うまでも無いでしょう。


そして何を隠そう、藤色の眼と髪をしている『女列第9位天使』すなわちあの(●●)テトラも『緑系』です。


『色彩』に白の要素かかなり高く緑の要素を含む彼女は、『好奇心に突き動かされる狂人』という、

最『高』な性格をしています。


同じ緑系でも限りなく黒に近い『色彩』を持つアダマシィアは『破壊衝動を抱えていて暴力的な狂人』という、それはそれは字面だけでは最悪の性格をしていますが、実際彼女は怒らせない限り優しい聖母様のような性格をしています。『旧森林世界(フォレスト)』すなわち『現極彩色の森林世界(カラード・フォレスト)』に生息する殆どの生物は彼女によって生み出されたモノの子孫です。故に彼女は偉大なる万物の母としての役割を持っています。海みたいですね。



今回の倫理観崩壊ブラザーズは正しく『色彩』通りの性格をしていますね。


マギカは社会生活を営む上で自制心を持っていますが、幼いケトラシアはまだ自身の破壊衝動を抑えきれていません。


元々柘榴色は植物の名を冠する(ほんの僅かに緑系を含む)赤系の色彩であり、それが黒みを帯びているなんて中々とんでもない性格ですね。



セントの方はというと、まんま白系の特徴に当てはまります。まぁ、当然ですね。

というのも、彼の『無色透明』という『色彩』は『白の透過色(クリアカラー)』という位置付けにある色であり、『その色の性質の純度が高すぎる』ことを示す『透過色(クリアカラー)』である以上、白系としての性質を高い純度で保有しています。





《『無色透明』が『白系』の『透過色(クリアカラー)』である理由。


アレスの『深紅の宝玉(レッドベリル)』は深紅のガラスのような透明な色彩ですが、これは『深紅色以外の色を吸収し、深紅色のみを透過する』色彩です。


同様にセントの『無色透明』は『白以外の光を吸収し(つまり可視光では該当する光が無い)、白色のみを反射する(すなわち可視光全てを透過する』色彩であるというわけです。》



白と黒の間に存在する無彩色の人々は、黒の要素が多い程几帳面で真面目な性格、白の要素が多い程自分勝手で不真面目な性格になりがちです。


ちなみに、この真面目か不真面目かの性質は『無彩色』の人々にのみ適用される為、色彩が白に近いテトラやアイシア、セレス達は別に不真面目というわけではありません。


無彩色の色彩に属し、いずれも『門番』でああるという点は一致しているものの、

『ライトグレー』のクロノスはご存知の通り不真面目を心に刻み込んでおり、

『ダークグレー』のシャルルはなんやかんやで真面目なのです。


そして、パラドクス校長は『几帳面で真面目』を極めている、ということになります。


『几帳面で真面目で破壊衝動を抱えていて暴力的』されど紳士的に振る舞おうと(あらが)う。その名の通り彼が抱える『自己矛盾』とその苦しみは『能力』に限った話では無いのです。







ちなみにファルトス湾奇襲事件時の彼は……うん。テトラに毒を盛られたと言えばいいのでしょうか?



彼にとっては黒歴史以外の何物でもなく、それでも歴史資料として抹消する訳にもいかず、歴史の授業の度に自身の過去の蛮行を誇らしげなレスターに懇切丁寧に解説されるのは・・・・・・同情します。


ちなみにそれ以降、彼はテトラに薬を盛られないよう『自己領域(パーソナルスペース)』内の『元素探知』という技能をフル活用するようになりました。


ちなみにテトラはテトラで、パラドクスの破壊衝動が自分に向けられることを恐れる・・・いえ、感情を殆ど持たない彼女に、この表現は適切ではありませんね。

『嫌がる』と『面倒くさく思う』を足して2で割った『感覚』に基づいて、彼や他の天使に薬を盛らないようになりました。


『ネジ、緩んでませんよね?』という彼女のおっっっそろしいセリフは、

『随分と能天気に楽しんでいるようですけど、未来に差し迫っている『脅威』に対する緊張を間違っても緩めないで下さいね?』という釘刺しの意味と、

『まだ夜でも無いのにワインなんか飲んでるけど、間違ってもアルコールの分解は完了させて下さいね?酔っ払ったりしないで下さいね?』という嫌味の意味を込めた『世界の最高権力者』としてのセリフとなっております。『序列』すなわち『天使になった順番』に関わらず、政治的・統治的知性においては彼女よりも秀でているものはいないのですから。(まぁそれで統治されている個人が幸せになるかは別の話ですがね。)



ちなみに、一部のキャラクターが国を発展させるという目的を持って統治を行った場合に予想される国の繁栄度合いは、下記のようになります。


■■>テトラ>>>>>>マギカ≒セント>リグドシア>ライオス(正気)>ラストレシア>>パラドクス>ウリエラ>>>>>>ケトラシア



こう見るとセントは中々高い順位に居ますね。

彼の『指導者』あるいは『扇動者』としての優秀さはもう少しで明らかになりますのでお待ち下さい。


え?1位が黒字で塗りつぶされてる?・・・ホラ、既に登場してるあの方ですよ!残念なことにその最高の指導者は既に他界してしまっていますけど。そもそもパラドクスは本来、人を束ねるタイプの性格では無いのですが、最初に天使に『成った』者としての責任を果たそうと彼なりに尽力しています。

涙ぐましいですね。

ですがやはり政治のことはテトラに任せておいた方が上手くいくのです。才能に努力では勝てないのです。世知辛いですね。


とはいえ、パラドクスに有り、テトラに絶望的に無いものが、親切心と感情と倫理と道徳と戦闘力以外にもあるのです。


それが『人望』です。


悲しきかな、テトラはパラドクスを含む『序列第2位天使』以外の全ての天使からよく思われていない為、彼女単体の指令を聞いてくれるとは限らないのです。それがどれだけ『正しかろうが』関係ありません。


彼女の案が『正しい』とパラドクスが認めることによって初めて、他の天使達は賛同するのです。パラドクスとしては『天使議会』を形骸的なものに変えたくは無い為、各人に自分で考えるように求めています。盲目的な人望は時として思考を奪う毒となってしまうのです。


そういう点では、セントの人間としての宣言は彼にとって好ましいものだったと言えるでしょう。


とはいえ、彼女の過去の罪(彼女は罪とさえ思っていないのがより一層悍ましい)を鑑みれば、相変わらず顔色ひとつ変えずにテトラと友人であり続けている『序列第2位天使』こと、ディケニア=コスモスの方がよっぽど異端というべきでしょう。


無彩色の色彩を持ち、白系の極みであるディケニアとセント。この2人が常識的な人物である筈も無く・・・。


前者は人類が滅びかけていても紅茶を飲みながら読書でもしているでしょうし、後者は積極的にルールの穴を探し、自身の能力を知って真っ先にカンニングに活用することを思いつくようなクズ野郎ですが、その方が人間味があって愛されるのかもしれませんね。


・・・おっと、こんな事を言っていると

『主人公』が怒ってしまいますね。


おやおや!ついつい長話になってしまいました!これじゃあ私もシャルルと呼ばれてしまいますね!


当時の作者の色彩は、

『かなり白寄りでほんの僅かに緑がかった水色』でした。星で言うとリゲルみたいな色でしたね。思っていたよりも綺麗な色で驚きました。もっと暗く澱んだ色だと思っていたのですが・・・。


・・・さて!

聞き手の皆様の『色彩』は何色でしょうか?

この作品を楽しんで頂ける可能性の高い緑系だと嬉しいですね!


皆さんが周りの狂人に心の中で『やーい!緑系!』とクラーク兄弟のように煽る時、その狂人もまた皆さんのことを『やーい!緑系!』と煽っているのです。気兼ねなく煽ってやりましょう!

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