『カンニング禁止っスよ!な第五限 歴史』
早く戦闘シーンを書きたいと思う今日この頃。
次の第6限で、やっとまともな戦闘シーンが始まるので、お楽しみに。
・・・時間通りに終わる授業って、最高ですよね。(溜息)
ついに、第5限、『歴史』の授業が本格的に始まった。
レスター教授が右手を向けると、炎が立ち上ったのとは別の台、すなわち円形の教室の中央に座する台から、三角錐を逆さまにした形に光が広がる。
光の粒は、巨大な球を空中に生み出し、その中に立体的な構造を映し出す。
どうやら、映し出されているのは、海を移動中の戦艦のようだ。
レスター教授が話し始める。
「それでは!まずは我らが校長の勇姿をお見せするっス!」
マイクもスピーカーも使っていないのに、広い教室中の全ての生徒が聞き取れるほどの声を出す。
(一体、どうやってるんだろ?
そういえば、入学式の時、パラドクス校長も同じようなことやってたな。
アレは教室どころか、あの白い建物中に響いていたけど。
やっぱり校長は桁違いなんだろうな。)
「あっ!
ちなみにこの『声の音量』をあげる技能は、『音量拡大』って言うっス!そのまんまっスね!
原理を簡単に説明すると、口から出た声、すなわち空気の疎密波の持つ運動エネルギーを、魔素を使って増幅させることで、声の音量をあげているっス!
どれだけ音量を上げられるか、は本人の技量次第っスね!
例えば、シャルルの奴は『コロシアム』サイズになると流石に音量が足りないんで、さっきの試合の時も道具を使ってたでしょ!?
ちなみに校長クラスになると、『コスモス全域』に声を届ける事もできるらしいっスけど、それやると『コスモスに甚大な被害』が及ぶ程の声量を生む事になるんで、基本的には道具を使ってるって感じっスね。
習得するのはそこそこめんどいっスけど、政治家志望とか、それこそ『生徒会長志望の生徒』には必須の能力っスね!」
レスター教授は、ウリエラとオーラ、ルナを流し見しながら言った。
(凄い。もう生徒会長になろうとしてる生徒を見極めたのか!?)
コスモスの『教授』の観察眼には恐れ入る。
「さてっ!この台に置いてある黄色い石は『記憶水晶』、あるいは『記録水晶』と呼ばれるものっス!
最初は『記録』水晶だったらしいっスけど、この水晶内の記録が『世界の記憶』に由来するという仮説が立って以来、『記憶』水晶という表記法も生まれたってわけっス。
まぁ、ぶっちゃけどっちでもいいっスね。テストとか出ても、両方正解になるっス。
ちなみに、『記憶水晶』は『石壁の迷宮世界』で採集される鉱石で、『迷宮世界』は一応『危険世界』の中に含まれるんで、結構高いっス。これ。」
(へぇ、あの石やっぱりそれなりの値段がするのか、確かに、過去の記録を立体的に映し出す、、、設計とかにも使えそうだね。あとは防犯とか議事録とか。)
「それじゃあ今年初めてのクイズっス!
う〜んと、そんじゃあ遅刻しかけたセント君!問題です!!コレはどれくらいの値段でしょうか!」
(えー、そういうの僕に聞く??僕、孤児だよ?シスター達いたから、実感薄いけど。
あんまり物の値段の相場とか知らないしなぁ。)
「うーん、50,000ギル位ですか?」
「残念ー!桁が違うっス!」
教室にドッ!と笑いが溢れる。
(うるさいな〜こちとら孤児だよ?
特にオーラ、やけに嬉しそうだねッ!全くッ!)
「やーすんませんすんません!答えは500万ギルっス!」
生徒達の中で、『一部の生徒を除いて』皆、驚いた表情をしている。
驚いていないのは、オーラ、ルナを筆頭とする貴族家出身の生徒。
驚いているのは僕ら一般市民。あと、ウリエラ。
とはいえ、驚いている理由は別だ。
ウリエラは、驚いていた。
『え?そんなに安いの?』と。
(革命起こしてやる。絶対革命起こしてやる〜!)
セントは、憲兵に見つかれば、死刑は免れない事を考える。
(無論、冗談だよ?・・・多分。)
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[ここで語り部から少しばかりの解説を。]
ザクロ王国において使用されている主な通貨は、『ギル』です。1ギルが日本円にして1円に該当すると考えていただければ、丁度良いかと思われます。
ザクロ王国の平均的な農家の収入が、およそ年に600万ギル、つまり年収600万円程です。日本よりだいぶ豊かですね。
国によって使われている通貨は当然異なります。
こちらの世界で言うところのEUの様な、『国家の垣根を越えた共同体』も、東方にはありますが、それでも同じ通貨は使用していません。
原因は色々と考察できますが、最も妥当な説明としては、『国家間の貿易がさほど盛んでは無いから』というのが挙げられます。
基本的に各々の国が、『各々の国内のみで完結する経済』を形成している為、例えば野菜といった品物をわざわざ国外に輸出するメリットが無いのです。(コールドチェーンも『青系能力』を使えば実現可能ですが、そこまでして野菜を運んでもお金にならんのです。)
基本的にこの世界の『国々の関わり合い』といえば『貿易』よりも先に『戦争』が具体例として挙げられる様な世界ですから、『命綱』とも言える『食糧』といったものは、各国が自給率100%を維持する為に多大な努力をしています。(一部の愚かな国を除いて)
頻繁に戦争が起こるこの世界においては、『この手の事例』が本当に沢山ありすぎて、どんなバカな君主でも『食糧を他国に頼るのはヤバい。』ということを歴史から学ぶほどです。
話を戻すと、この世界で『他国との貿易』を生業とする商人というのは、一応存在してはいます。
ザクロ王国では、一流の商人となる近道は『既に成功している師匠に弟子入りして、丁稚奉公からコツコツ学ぶこと』です。
そんな彼らですが、どんな無能の商人であっても、自身の弟子に『必ず最初に伝えること』が3つあります。
これらは『商人の3大法則』と呼ばれています。いわば、『商人版世界の絶対法則』とでもいうべきものです。(こんなこと言ったら、神様に怒られそう。)
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①『取引相手との信頼を損ねるな。』
商人の世界は狭い。人の噂は75日?そんなわけがないだろう?
商人の噂は『広まるは3日、残るは一生』だ。
②『取り扱う品物は、『必需品では無くて』、『高価な代物』、もしくは『武器』。
この条件に当てはまるものから選ぶこと。』
必需品は無理だ。
どこの国も自国で作ってる。
安い品は無理だ。
輸送費と道中の護衛に払う代金を賄えて、利益が残る品で無くては。
『武器』は最高だ!!!
常に世界中で需要があって!
数年ごとに刷新され続けるから終わりがない!
唯一難点があるとすりゃあ、『売り先』の国のトップらとコネがねぇと利益にありつけねぇことだが、だからこそ一流の商人の証になる。
俺らにとっての『一番の花形』だ!
③『弟子の育成を怠るな』
目先のことばかり考えて、弟子を取らないのはやめとけ。
確かに、すぐに利益になることではないが、育てた弟子が豪商になった時に、コネが生きる。
商人の世界において、『他の商人との繋がり』は『利益』に直結する。
基本的に、1人の商人が取引出来るのは、本人の技量にもよるが、10人程度。それ以上は、キャパオーバーだ。お前らだって、『親友が100人いる』奴はいないだろ?
だが、弟子を3人育てれば、いざという時、その3人の取引先、約30人との『繋がり』を利用することができる。
さらに、その弟子達が、3人ずつ弟子を育てれば、約90人だ。
お前もちゃんと弟子をとって、俺が困っている時には、『繋がり』を使わせてくれよ?
楽しみにしてるぜ?
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以上、後にザクロ王国の海運王となった男の師匠が言った言葉です。うーん、マルチ商法的ですねぇ。
さて、つまり『何の記録も入っていない記憶水晶』は、およそ日本円で500万円する、という事です。
ついでに補足をすると、『記憶水晶』には、大きく分けて4種類ほどがあります。
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①『赤色』の記憶水晶
記録出来るのは、1時間、半径2メートルの球内。
記録のリセットが可能。複製は不可。
価格は50万ギル程。4種類の中では、1番ありふれたものです。
主に『テープレコーダー』や、『立体的な設計図』の様な使い方をする事が多いです。
②『黄色』の記憶水晶
記録できるのは、1時間、半径1キロメートルの球内。
記録のリセットは不可。同じ『黄色の記憶水晶』をくっつけて、魔素を流すことにより『複製』が可能です。
価格は500万ギル程。4種類の中では、2番目に希少です。
主に『歴史資料』として用います。
③『青色』の記憶水晶
記録できるのは、半径200メートルの球内。
記録のリセットが可能。複製は不可。
価格は400万ギル程。4種類の中では、3番目に希少です。
『赤色』の上位互換の様に思えますが、実際には『200メートル』もいらない、という意見も多く、使い勝手の悪さから、『記者』達には好まれていない様です。
主に『試合』の記録や、『監視カメラ』として用いられます。
④『白色』の記憶水晶
他の3つの水晶と比べて、あまりに異なる効果を持つ為、『記憶水晶』という呼び名を用いずに、別名で呼ぶ人もいます。
現存するものは『全て』『聖神教会』の管理下にある事になっています。
この水晶を所持する事は、『重大な犯罪行為』であり、
この水晶を持つ事が犯罪行為であると知りながら、所持していた場合、
『聖神教会』管轄の最高裁判所にて、裁判が行われた後に、有罪となれば『死刑』となる。
かつて、闇のオークションにて販売されかけた事があるが、
その時の落札価格は『300億ギル』である。
別名『白色の追憶水晶』。
効果は半径1メートルの空間の『任意の過去の姿』を見る事ができる能力である。
未解決の殺人事件といったものを解決する為に、文字通り『過去を見て』解決を図る時に使われる。
教皇テトラ=リリウムに使用許可を申請し、受理された後、
彼女、又は彼女が信任した監察官2名による監視下でのみ、使用可能である。
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うーん、もしもセント君が、条件付きとはいえ『過去を、しかも半径50メートルの筒状の空間内を見る事ができる』という事がバレたら、間違いなく攫われますね。
テトラか、奴隷商人か、はわかりませんが。
因みに、落とすと割れますし、割れたらもう使えないので、くれぐれも取り扱いには気をつけなければなりません。
『複製』を作っていない状態で割ってしまったら、『その記録』は永遠に失われる事になりますから。
あと、見た目ですが、どれも『一辺が2センチメートル程の立方体』でして、ラベルなどを貼っている間は、どういうわけか、映像を再生できなくなってしまうので、『取り違えてしまう』と言うことも多々あります。
(とはいえ、レスター君の場合、いかがわしい映像は赤色、本来流すはずだったものは黄色だったので、取り違うことはなかったでしょう。『本来なら』ね。)
使い方は『魔素』を流すだけ・・・といえば簡単そうに聞こえますが、実際には『一定の量を一定の速度で』流し続けなければならない為、なかなか難しいです。
ですから、『記憶水晶演奏装置』と呼ばれる機械を使う必要があります。
おっと!つい長話をしてしまいました!
詳しい事はあとがきで!
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レスター教授は様々な反応をする生徒達を興味深そうに眺めて、続けて言う。
「因みに!壊しちゃったら弁償っスよ!!」
「「「「ヒェッ!」」」」生徒達の悲鳴が上がる。
(年収が消えちゃうんじゃないの??)セントは心の底から震える。
すると、突然、目に見えてわかるほど、レスター教授のテンションが下がる。
まるで、飼い主に叱られた犬の様に。
「・・・ええ。ホントに。高いんですよ・・・」
「「「「・・・あっ、、、、、、、」」」」
生徒達から、何かを察した哀れみの声が上がる。
レスター教授は、俯いたまま呟く。
「・・・僕に学んで下さいっス。
特に、男子諸君。
君らも、そういう『記憶水晶』をレンタルする事はあると思うっスけど、気をつけて下さいっス。
1000ギルで借りたものに100万ギル払わなきゃならんのは、ホントに心にダメージが来るっスから・・・。」
男子生徒は同情する。
女子生徒はそんな男子生徒達を冷たい目で見る。
セントは、ふと、疑問を思いつく。
「先生!」手を挙げて言う。
「・・・オレの授業は基本的に、質問は自由っス。どうぞっス。」
嫌な記憶を思い出したからなのか、レスター教授は頭を抱えて唸っている。
「『そういうの』って、どこで借りられるんですか?」
教室の空気が固まる。
オーラが、吹き出す。
女子生徒は、『それここで質問する!?』という顔が8割、『何の話?』という顔が2割。
アイシアと、ソニアは前者、セレスとウリエラは後者だった。
教室に沈黙が生まれて、やっとセントは、自分が自覚なく『地雷』を踏み抜いたことを自覚する。
男子生徒は、『よく言った!勇者よ!』という顔の生徒と、『お前何言ってんだ!?』という顔の生徒に分かれた。
「・・・勇者っスねぇ。」
レスター教授は前者だった。
後者じゃ無くてよかった。
・・・ホントによかった。
「そうっスねぇ〜、あんまり雑談しすぎるのも良くない気がするっスけど、まぁいいでしょ。
セント君、あと数日経ったらわかると思うっスけど、『コスモス』はマジで広いっス。」
「・・・ええ、身をもって学びました。」
セントは思わず呟く。
クラスメイト達が、うんうん、と頷く。
オーラは、腹を抱えて、爆笑し続けている。
(アイツ性格悪いな。絶対)
「・・・セント君、そんなもんじゃないっスよ?」
「え?」
「コスモスは、もはや、『学校』じゃなくて『都市』っス。
ですから、敷地内に『そういったもの』を扱う店から、高級ファッションブランドまで、様々な店があるっス。
ですから、基本的には、便利さに関して『首都』とそんなに変わらんくらいには、便利な都市っす。」
『コスモス』は『教育機関』というよりも、『都市』である、という説明は昔本で読んだ事があった。しかし、改めて言われると、驚くべきことだ。
「あー、ちなみに、皆さんに無茶苦茶いいこと教えるっス。
この中で『加速』技能を獲得してる子いるっスか?」
オーラとルナとウリエラが手を挙げる。
「すごいっスね、今年は3人っスか!
じゃあ皆さんに質問っス!
この中で『50メートル走、5秒以内の人』?」
手は上がらない。当然だ。
「あー、『そこまでじゃない』って所っスか。」
何気ない一言がオーラ達の神経を逆撫でした様だった。
オーラは苛立ちを隠そうともせずに質問する。
「先生、流石にそれは無理だろ!?」
「うーん、やっぱりそういう反応になるっスよね〜。
・・・皆さん、校則見ました?見た人〜?」
今度はオーラ達の以外にも手が上がる。
セント達は見てなかった。
「じゃあ、廊下は『走って良いものとする』っていう条文見ました?」
「勿論です!」
オーラが力強く言う。
「じゃあ、それどーゆー意味だと思ったっスか?オーラ君。」
「ん?どう言うことだ?」
「いや、そのルールが決められた理由っスよ!背景っスよ!」
オーラは言葉に詰まる。
「んー、じゃあセント君、どうっスか?」
(えー、コレ答えたらオーラに恨まれるんじゃないの?まぁ、『だから何だ?』って話だけどさ。
・『コスモス』が広い
・走るのが速いのが重要
この2つの話題を繋げるとすると、、、)
セントの頭の中に、ついさっき授業に間に合うように必死で走っていた自分の姿が浮かぶ。
「うーん、『走らないと間に合わないから?』ですかね?」
冗談めかして答える。
レスター教授は、驚いている様だった。
「よく分かったっスね!!!?」
「え?ホントにコレが正解なんですか!?」
(正解であってたまるもんか!)
「そうっスよ!
場合によっちゃ、
移動距離『2キロメートル』を、
休み時間『10分』で移動しなきゃなら無いっスよ!!
しかも、前の授業が延長されると、『5分』くらいで移動しなきゃならいんスよ!」
「先生、それならどうして時間割を変更し無いんですか?」
純粋に疑問だった。
10分で間に合わないなら、時間割を変えればいいじゃないか。
もしくは授業をする教室を近くの教室に変更するとか。
「オレも学生時代、校長に質問したっス。
返答は、『こうすれば、『加速』の技能を身につけるモチベーションが湧くでしょう?』との事っス。」
「先生、その『加速』っていう技能を身につけたら、50メートルを5秒で走れるようになるんですか?」僕は尋ねる。
「まぁ、見ててくださいっス。
・・・あー、女子の皆さんはスカート押さえといて下さいっス。
じゃ!。」
そういった次の瞬間、
『レスター教授は、既に出口の前に居た』
そして、その事に生徒達が気付くと同時に、
『教室内に突風が走る』
ヒュォォ、となびく風の残滓を身に受けながら、
数人の生徒は『ドアの前にいるレスター教授』に視点があっており、
残りの生徒の視点は、『先程までレスター教授がいた教壇』に向けられたままだった。
やがて、レスター教授が高速で移動した1秒後、ようやく他の生徒達もレスター教授がドアの前に立っていることに気付く。
おおよそ、人間があんなスピードで、急に加速するだなんて想像さえできなかった為、反応しきれなかったのだ。
「うーん、とっさに反応出来たのは、数人ってところっスかねぇ・・・。
まぁ、授業初日って事を考慮すりゃあ上出来っスけど・・・。」
レスター教授の声は、『少々ガッカリ』といった雰囲気を帯びていた。
「まーー、とりあえず解説すると、今のが『加速』っていう技能っスね。
まぁ、厳密にはその2段階上の『撃力加速』って技能っスけど。」
生徒達は羨望の眼差しをレスター教授に向ける。
『自分達もあの技能を使えるようになりたい!』
口では言わずとも、生徒達の目は、雄弁に語っていた。
「あー、期待してるとこ悪いっスけど、今は教えられないっス。」
「「「えーーー。」」」
生徒達の悲しみの声が教室から廊下に響く。
「一応、今授業っスからね!」
((一応って何だ、一応って。))
生徒達は心の中でブーイングをする。
「いいっスか?『コスモス』で話が横に逸れがちな人間は『シャルル』って呼ばれるっスよ。」
「「「あーーー、、、」」」
生徒達は心の底から納得する。
確かに、シャルル先生の話の逸れっぷりは見事だった。
しかも最後には元の大筋に戻るのだから、大したものだ。
「参考までに、君たちはシャルルの授業を受けたんスよね??」
「「「はい。」」」
「『何度』だったっスか?」
(質問の意味がよく分からないけど、おそらく『90°』だったはずだよ、、、ね?
5日も前の事なんて覚えてないよ〜。)
セントは心の中でシクシクと泣く。無論、嘘泣きだ。
「『90°』でしたわ。」アイシアが答える。
「おー、良かったっスね〜。年によっては『30°』の事もあるっスからねぇ〜。」
(つまり、話が12回逸れるという事かな?まぁ、確かにシャルル先生ならやりかねない気がするけどさ。)
「さてっ!話が逸れたっスね!授業に戻るっス!
・・・って、もう10分も経ってるっスか!!?急がないとっ!」
レスター教授は、懐中時計を見て青ざめ、あくせくと準備を進める。
「いいっスか?コレは『ファルトス湾奇襲事件』の記憶水晶っス!
背景を説明すると、対立したのは『ザクロ王国』とその隣国、『アラント帝国』っス。
まぁー『今はもう無い』んスけど、一応オレの故郷っス。」
レスター教授は、生まれ故郷が滅んだという事を、大した事でも無いように言う。
「『ザクロ王国』の軍港である『ファルトス湾』を手中に収めて、侵攻の起点として、『聖神教会』がこの件を認知する前に『ザクロ王国』全土を支配する、、、つうのが元の狙いだったらしいっスね。
まぁ、、、歴史学ぶまでも無く、そりゃあ無理でしょうよ、って話なんスけどね。
当時、アラント帝国では、世襲で帝位についたバカ皇帝が色々とやらかしてたんスなぁ。
いきなり税率を上げるわ、強制徴兵を実施するわで、、、ホントしんどかったらしいっスね。」
どこか他人事のように語るレスター教授の顔からは、呆れと嘲りが見て取れた。
「はいっ!ここテスト出すっスよ!
じゃあ、セント君!教科書の1ページ目に描かれている、ザクロ王国周辺の地図を見た上で、『何故アラント帝国はザクロ王国を攻めようとしたのか』を予想してくださいっス!」
(また僕かぁ・・・)
「制限時間は1分!他の生徒も考えてみて下さいっス!」
セントは教科書の1ページ目を見て、次にレスター教授の方を見る。
(レスター教授は、ずっとこっちを見ている・・・まるで、『次のページを見ないように監視している』みたいだ。多分、僕の思考力を試そうとしてるんだろうけど、甘いね。)
セントは心の中で悪魔の微笑みを浮かべると、
教科書の左側の1ページ目を見ながら、
右手で2ページ目を3センチメートルほど持ち上げて、
自分の左手を見つめながら、
レスター教授にバレないように、
独り言を呟くように、
自身の能力の名を告げる。
「 『科学者』 」
視界が真っ白に染まり、やがて『元の景色』が目に入る。
「ふー、上手くいくもんだね。
できるかどうかは賭けだったけど。」
自分以外の生徒や、レスター教授が固まっている世界で独り言を呟き、反響する。
(さて、予想通り、僕自身の身体を見つめている状態で『能力名』を呟けば、『僕自身』を対象とした『追憶』ができるってわけだ。
・・・正直、コレ、ホントにカンニングし放題だよね。
学年1位の座は確実かな。)
そんな事を考えながら、席から立ち上がる。
自分がさっきまで座っていた席には、
何食わぬ顔で教科書の左ページを見つめながら、未来の自分が見るであろう教科書の3ページを、コッソリと開いている『セント』が座り続けている。
(イヤー、過去の僕、ナイスッ!
ちゃんと見させてもらうね〜。)
机と、手すりと、前の席の背もたれ、の3つの役割を果たしている様な物に立てかけられた教科書を右から覗き込む。
光が思っていた以上に入り込んでいなかったため、かなり読みにくい 『筈だった』。
3ページ目はおろか、4ページ目も『殆ど真っ白』で、唯一、3ページ目と4ページ目の2ページにわたって、大きな文字で記されている言葉があった。
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『カンニング禁止っスよ!』
3 4
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
セントは止まっているレスター教授の方を見る。
先程から自分のことを見つめていたレスター教授の顔には、『ワクワクしながら何かを待つ無邪気な子供』のような、満面の笑みが浮かんでいた。
「ッ!性格悪すぎだろッッ!!!??」
何もかもが止まった世界に、セントの絶叫が響き渡った。
最早、レスター教授が、欲に負けて次のページを開いた学生を、揶揄うつもりであることは明白だった。
(イヤー、ホントに危なかった。
ってことは、ちゃんと自分で考えないとなぁ〜。うーん。)
改めて地図を見る。
アトラス大陸の南西部、大陸から少しばかり突き出た突起のような半島がある。
ザクロ王国が位置するザクロ半島だ。
ザクロ王国と周辺の国々との国境を眺めてみると、自ずと理由は予想できた。
(あ〜〜、旧アラント帝国から見てみれば、他の国を攻めようとした時に、ザクロ王国の方も警戒しないといけないのか。)
ザクロ王国が面している国は、2つ。
北側のイチジク共和国。
最も、イチジク共和国とザクロ王国の国境には、『聖神教会』総本山から流れる巨大河川の1つ、『アハト川』が流れている為、比較的に戦争回数は少ない。
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[本日2回目ですね。しゃしゃり出てきた語り部です。]
『川が流れているくらいで戦争が減る??』と、不思議がるのは当然ですよね。
何故、川が流れていると戦争が起こりにくいのか。
答えは単純!『横幅が尋常じゃないから』です。
ザクロ王国側の海岸線ならぬ『川岸線』と、イチジク王国の『川岸線』との平均的な距離は、『50キロメートル』です。
『川の長さ』じゃありません。
『川の横幅』です。
我々の身近な例で言えば、『瀬戸内海』というのが1番しっくりくる感じですね。
この世界は、少し前にも述べたように、『能力』という便利な道具が発達してしまったせいで、科学技術というものがさほど進んでいません。
『金属』を用いた造船も行われていると言えば行われていますが、未だに『木製』の船を用いる貿易商人も数多く居ます。
というのも、『極彩色の森林世界』由来の『対腐食木材』を用いた方が、金属製の船よりも遥かに『軽量』で済み、この時点では『蒸気機関』は存在しないため、能力者が生み出す風の力を使ったり、帆を張って自然の風を利用したり、海流を利用したり、といったような動力源しかないため、『重力』がもたらす悪影響があまりに大きいからです。
船舶技術の未成熟さと、それに伴い途方もない額になる『海上戦』及び『川上戦』のコストにより、ただでさえ攻めにくいというのに、
なんとか『川上戦』に勝ったとしても、相手の『川岸線』に辿り着いても、今度は『上陸戦』が待っているという地獄です。
陸側から次々と砲弾と人材を補充できる『陸側』と、揺れる船の上で、今いる砲弾、人材のみで戦わなければならない『川側』。
どちらが有利かは言うまでもありません。
そんなわけで、『国境に巨大河川がある』と言うのは、『そちら側からは攻められる事はないが、こちらも攻めることはできない』と言うことを意味します。
まぁ、例外はありますけどね。
ちなみに、セント達が暮らしている地域では『王国』といえば、ザクロ王国の意味で通じます。同様に、『共和国』といえばイチジク王国の意味で通じます。
無論、アトラス大陸全体で見れば『王国』も『共和国』も沢山あるのでごっちゃになりますがね。
追加するなら、『連邦国』は『グラディエ連邦国』の事を指します。
滅んだ後のアラント帝国領は、『連邦国』に吸収されました。
以上、本日2回目の雑談でした。
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(そう考えると、ザクロ王国の立地って最高だよね〜。流石二千年王国、といったところかな?)
「さて、そろそろ『時の流れを戻す』かな。」
まるで神になったような冗談を言うが、ツッコんでくれる親友がいないことを改めて知る。
「あー、そっか。アレスも止まってるんだった。
・・・前はコレで心壊れかけたんだったなぁ。感慨深いね。
さぁ、『時の流れよ、戻れ』!」
僕の命令と共に、世界がガラガラと崩れてーーーー。
ーーーーーーーーーーーーー
気が付けば歴史科教室の席に戻っていた。
(落ち着け、僕。怪しまれるな。まずは考えているフリをして、1分経ったら答えを言おう。)
教科書に載った地図を見ながら、真剣に考えるフリをする。
顎に手を当て、神妙な面持ちで考え続けているセントを見て、
ウリエラは、
(ふふ。セントってば、すっごく真剣に考えているわ!)と思った。
ソニアは、そんな主人を見て
(どうしてウリエラ様はセントを凝視しているのでしょうか?)と真剣に考えた。
オーラは、
(あの野郎、オレ様よりも目立ちやがって!チクショウ!あんな真剣に考えやがって!ぜってえ負けねぇぞ!正解を当ててやる!!!)と心の中で炎を燃やし、
そんなオーラを見て、ルナは、
(どうせ、子供っぽい事を考えているのでしょうね。何歳になっても変わらないわねぇ。)と、姉のような目線で考えた。
セントは、哲学者のような面持ちで、真理へ至らんとする科学者の面持ちで、
(今日の夕飯は何にしようかな〜。)
と考えていた。
ちなみに、アイシアは、すぐ右隣のセントを見ながら、
(・・・多分、今セントは歴史の事を考えていない気がしますわ。なんとなく。)と、ほとんど真相に辿り着いていた。
セレスは、お昼寝をしていた。
ーーーーーーーーーー
「さてっ!1分経ったっス!
セント君!答えはっ!?」
セントは、(久々にビーフステーキにしよう)と思いながら、立ち上がって、
「南を海に、西をザクロ王国に、北と東を連邦国に囲まれたアラント帝国は、板挟みの状況にあり、
どちらかの国々との戦争時に、もう片方の国を警戒せずに済むように、ザクロ王国を攻めた。
ってところですかね。」と答えた。
(いや、でもハンバーグも捨てがたい。)
レスター教授は腕を組んで、ウーンと唸り、やがて答える。
(カレーも食べたいなぁ。迷うなぁ。)
「・・・50点っスね!!」
(!!??)
レスター教授の声が教室に響く。
「・・・50点満点ですか?」
セントは思わず尋ねる。
レスター教授は苦笑いしながら、
「100点満点っス。」と言った。
(えー?アレで50点??普通に満点だと思ったんだけどなぁ。)
「さて、では解説っス。
セント君の答えには、『何故ザクロ王国なのか』が抜けてるっス!
出来れば、『連邦国と比べて国土が狭く、より短時間で支配下におけるだろうから。』とか、『大陸の端だから、海側を抑えられれば、陸と海の両方から挟み撃ちが出来るから。』とか、その辺の考察も欲しかったっスね!」
「えぇ…」
セントは唇をとんがらせ、不満を表す。
「いやいや!セント君!オレの授業で50点取れるのはすごいっスよ!自信を持っていいっス!
さて、皆さん、ページを一枚めくってみて下さいっス!」
ページをめくった生徒達の口から、驚きと苦笑いの声が漏れる。
「今年は引っ掛からなかったみたいで、ちょっと残念っスね。去年は欲に負けて、ものの見事に引っ掛かってくれた生徒がいたんスけど、セント君は真面目っスね!」
セントはページをめくって驚く『フリをする』。
(流石に二回目だから驚かないね。とはいえ驚かないと怪しまれるし。驚いたフリをしようか。)
「・・・あれー?もしかして、セント君、『知ってたっスか』?」
レスター教授は訝しむような目で見てくる。
セントは刹那の思考を走らせる。
(マズイッ!僕の能力がバレるのは、今後の学校生活で不利益しか生まない!自分の過去を覗き見られるとか、僕だったら耐えられない!!落ち着け、この場合の最適解は、、、)
ここまで0.6秒。
「イヤ〜、実はザクロ王国の歴史については、教会にあった本を一通り読んでたんで、ファルトス湾奇襲事件の事『は』事前に知ってました!」
間違いなく、レスター教授が『知ってただろう』と疑ったのは、『カンニング禁止』と次のページに書かれている事だろう。
(けど、コレで僕は、『ファルトス湾奇襲事件』の事を疑われていた、と勘違いしていたとことになるわけで、必然、『カンニング禁止』の表記については『疑われたことさえ気付いてさえいなかった』状況になるわけだ。
・・・今になって思えば、先輩から聞いていた、って事にしとけば良かった気がする。
・・・イヤッ違うッ!?コレだめだ!!
『もしも去年、別の教科書が使われていて、コレが今年初めての試みだった』場合、嘘が確実にバレる!!!
危なかった!やっぱり『仮想の人物を仕立て上げる』のは、リスクが高い!!)
セントは、まるで詐欺師のように、自分の言動をチェックし、次の機会に生かす為にポイントをまとめる。
「ええぇ!!なら、言ってくれれば他の生徒を当てたのになぁ・・・」
レスター教授は子供のように唇をとんがらせ、抗議する。
疑いは晴れたようだった。
「さて、それじゃいい加減、『記憶水晶』を再生するっス。
一応、一時間あるんスけど、あと30分くらいしかないんで、細かいところはカットして見て貰うことにしようかなぁ。
んじゃ!レッツ!ショータイム!!」
(ちょっとシャルル先生と似てるな。
シャルル先生と仲良いのかな。)
パラドクス校長の活躍を生徒に見せられる事を喜んで、ワクワクしているなどレスター教授をみながら、
セントは頬杖をつき、空中に映し出された『歴史』を眺めることにした。
ーーーーーーーーーーーー
25分後、教室は静まりかえっていた。
セントやアイシアは勿論、ウリエラも、オーラでさえ、言葉を失っていた。
パラドクス校長、いつの間にか、身近に感じていたあの人が、こんな破壊をもたらしうる能力を持っているとは。
彼の前に生み出された『境界線』は、彼の持つ能力の強力さを、他の何よりも明確に示していた。
セントや、他の生徒達は、『自分たちが将来、これほど強力な能力を使えるようになるビジョン』というものが、一切見えなかった。
これを災害と言わずして、なんと言おうか。
圧倒的な兵力を、軍事力を、人類の積み重ねを、
1人の気まぐれで滅ぼしうる能力。
こんな能力を持った『天使』が『実世』には9人、あるいは9羽もいるというのか。
セントは、他の天使が『自分勝手』な人物だったら、、、。
『気分が害されたから』というだけで世界を滅ぼさんとする人物だったら、、、。
そう考えると、心の底から、抑えようのない恐怖心が這い上ってくるのを感じた。
天使の中で、最も性格の悪い事で有名な、『第9位』と、つい50分ほど前に会ったことなど、知る由もなかった。
ーーーーーーーーー
その後、レスター教授がこの戦争の背景を詳しく説明したところで、意外にも歴史が嫌いそうなオーラが質問をする。
「なぁ、レスター教授、どうしてアラントの連中らは銃なんか使ってるんだ?あんなもん、能力者の前では意味を成さないだろ?」
レスター教授は嬉しそうに答える。
「おおっ!いい質問っスね!この質問が出るかどうかで、その代の優秀さがわかるってもんよ!
解説すると、これには2つの要因が大きく関係しているっス。
ひとつ目は、『パラドクス校長と『聖神教会』による制裁』で、
ふたつ目は、『『始まりの世界』の魔素濃度』。
まず、ひとつ目については、文字通り、パラドクス校長と『聖神教会』が、国際法を守らないことが多いアラント帝国に対し、『智慧の実』の配給を止めていた事によって、当時のアラント帝国には、若い能力者自体が殆ど存在していなかったってことっす」
ここでセントも質問をする。
「先生、遮ってしまい申し訳ございません。ですが、質問があります。『智慧の実』ってなんですか?」
「うん?君らさっき喰ったでしょ?あの青い木の実っスよ?
あれを喰うことで、オレらは能力を使えるようになるわけで、それが無かったから、当時のアラントにゃあ、若い能力者が居なかったっつうことっスね。
ちなみに、『智慧の実』の生成方法は『国家機密』を超えた『教会機密』っスから、校長含めた『天使』の皆さんくらいしか育て方を知らないって言う、ちーとばっかし秘密の多い謎の木の実なんスよねぇ。
ですから、校長達が『あげない』って決めたら、その国は能力者を獲得できないわけで、、、そうなると普通は国際法を守って、また木の実を貰えるよう頼むのがスジってもんなんスけど、まぁ、あのバカ皇帝は、『世界に侵攻を続ければいつかは天使達が譲歩して木の実を献上しにくる』なんて、ホンキで信じてたらしいっスからねぇ。そりゃあ滅びますよ。
おっと!シャルルって呼ばれちゃいますね!
さて、そんなわけで、アラント帝国は、『国際法を守って、能力者を獲得する方向』ではなく、『国際法を破って、能力者以外の軍事兵器を製造する方向』に舵を切ったっつうことっスね。
オーラ君の言う通り、『銃』なんてもんで、能力者に勝てるわけないっていうのは、事実なんスけど、、、少し訂正が必要なんスよねぇ。
じゃあオーラ君に質問っス!
『能力者が銃に負ける場合があるっス。どんな場合っスか?』
制限時間は30秒!」
オーラは、こめかみに右手を当てて、考え、答える。
「 『魔素が存在しない、あるいは、能力を発動出来るほど、魔素濃度が濃くない時』、だろ?」
「ええっ!その通りっ!
『始まりの世界』の魔素濃度は、地域にもよるけど、ファルトス湾辺りは、『幻想世界』の3分の1程度っスね。
つまり、『始まりの世界』においては、弱い能力者は銃でも死にうる、っつうことっス。」
セントは、何か、心に突っ掛かりを覚えて、思考を巡らせ、『ある恐ろしい事実』に気がつく。
「あ、、あの、レスター教授、、、。」
セントは少し震えながら質問する。
「『始まりの世界』のファルトス湾近辺の魔素濃度は、『幻想世界』の3分の1程度なんですよね???」
セントの質問の意図を察したのか、レスター教授は自慢げに笑顔で頷き、セントは完全に固まる。
同級生達は、2人のやり取りを聞いて、ポカンとし、やがて、オーラが気づき、ガタッ、と机の揺れる音がした。
やがて、ルナとウリエラが、ハッ!と息を呑んだ。
「能力の威力って、『その場の魔素濃度に依存』するんですよね???」
セントはカタカタ震えながら尋ねる。
レスター教授は、笑みを深めて、うんうん、と頷く。
アイシアも、恐ろしい事実に気が付き、ウリエラ達と同じように、ハッ!と息を呑む。
セレスはまだお昼寝をしている。
残りの同級生達は、まだわからないようだった。
セントは、恐怖に声を震わせながら、最後の質問をする。
「じゃ、じゃあ、、、、、
『パラドクス校長は、全力の3分の1で、この威力を出せたって事ですか??』 」
同級生達は、セントの言葉で、やっと理解し、抑えようのない恐怖に襲われた。
レスター教授は、満面の笑みで答える。
「 違うっスね。 」
「「「「「へ??」」」」」
(アレ?違うの?)
「皆さんは、『天使』の方々の事をあまり聞いていないのかもしれないっスけど、『天使』の方々は、『翼に魔素を貯蓄しておくことができる』らしいっス。
あと、自分の『自己領域』内にある魔素を、完全に吸収することも出来るらしいっス。
そういうわけで、あれは『全力の3分の1』なんかじゃないっス。」
「、、、さ、流石にパラドクス校長でも、そりゃあないですよね!!ですよね!!ハハハ。」
セントは、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
正直、アレで全力の3分の1だなんて言われたら、自分の無力さが、悲しくなる。
「ええ!『全力の3分の1』じゃないっス。」
レスター教授は、安心した生徒達をみながら、満面の笑みで、繰り返し言い、そして、自分の恩人の伝説を嬉しそうに語り出す。
「ちなみに、皆さんに教えたいことが、2つあるっス!!
ひとつ目は、千年前、『革命家』として忌み嫌われている反乱者『ムジカ=リヴェリア』が、パラドクス校長が『異世界天征』をしている間に、『第3世界』にて、『世界革命』を引き起こした時代に紡がれた『天使帰還詩』。
ふたつ目は、『ファルトス湾奇襲事件』後に、パラドクス校長が残した名言。
この2つは、是非とも覚えて帰ってくださいっス。」
そういうと、レスター教授は、目を閉じて語り始めた。
「 『天使帰還詩』 35章
革命家、異世界の者達と手を組みて、世界に対し叛逆し、あらゆる悲劇を振り撒いた。
大陸ギカント南の海の、空が突然ヒビ割れ壊れ、無数の『門』が現れたる。
来たるは『鉱石人』、嘆くは『炭素人』。
初め我等は1000万、この世に来たる敵等は3万。
我らは3年戦いて、やがて退き、国が3つ滅ぶ。
奴等は陸へのし上がり、城を築いて国とする。
我らは2年戦いて、やがて退き、国が9つ滅ぶ。
奴らは城を占領し、いつしか我等は劣勢に。
空飛ぶ船が、爆弾を振り撒き、数多の兵が、銃弾を振り撒いた。
いつしか我等は数が減り、人はいつしか10万人、敵はこの世に300万。
我等『天使』に助けを求めようにも、『幻想世界』の門番、皆、門を開く能わず、伝える術無し。
1年が経ち、我ら1万、敵等5000万。
我等、各々の城にて死を待つばかり。
我等正に滅ばんとす。
敵等10万、我が城を包囲し、我等の城を滅ぼさんとす。
我ら天に向かいて、最期を憂い、皆涙して歌を紡ぐ。
ああ正に四面楚歌。
その時、天に一筋の光ありて、黒衣の天使、轟音と共に地に堕ちる。
敵等10万、我ら3000、そこに加わる『天使』1羽。
形勢逆転なり。
ここで、35章は終わりっス。
要は、『第3世界』に移住していた人々のもとに、突然『鉱石人』どもが『叛逆者ムジカ』と共に現れて、侵略を開始。
『幻想世界』の校長達に助けを求めようにも、どういうわけかゲートが開かない。
残る人口はいつしか10000人になり、世界各地に散り散りになって、城に立て籠っていた。
諦めかけた時に空から校長が華麗に登場して、形勢逆転ってことっスね。
オレがこの詩で1番気に入っているのがこの部分なんスよねぇ。
だって、凄く分かりやすくないっスか?
10万の敵だろうが、『パラドクス校長1人』が居る方が勝つ、ってことっスから。
あの人の最強さが上手く表現されてると思わないっスか?」
(なんだそりゃ。天使ってのはどこまでバケモノなんだ??僕らはそんなものに成れるのか?そりゃあ、歴史上9人しかいない訳だ。
こんなのが100人もいたら、、、そのうちの一人でも、人間に敵対的な天使がいたら、、、、ひぇっ!)
本当に恐ろしい。
「さて、次に『ファルトス湾奇襲事件』後に、パラドクス校長が残した名言っスね。
これは、『パラドクス構文』が使われている名言っスね。
ちなみに、『パラドクス構文』ってのは、パラドクス校長のファンの間でパラドクス校長の口癖付けられている渾名なんスけど、それはどうでもいいとして、ようは、君らが入学式で聞いたのと似たようなもんっスね。
そのまま暗唱するっスね。
『パラドクス校長、魔素濃度の低い世界で、よくもまぁ、あんなバケモノじみた攻撃を撃てますね!?
魔素濃度が3分の1ってことは、あれで全力の3分の1ってことでしょう!?』
『貴方の発言には間違いが2つもあります。
まず第一に、私にとって魔素濃度は関係ありません。そういう能力ですから。
そして第二に、『あの程度で3分の1な訳が無いでしょう。論理的に考えて。』
生憎私は一定以上の力を出す事が出来ないのですよ。世界が滅んでしまうので。
そして、私の能力の性質上、『幻想世界』などの一部の世界において、『世界が滅んでも構わない』という前提で考えるのであれば、『全力』や『限界』という概念は存在しません。』
まぁ、何が言いたいかっていうと、あんなのは校長からしたら全力の『3分の1』どころか、『100分の1』でさえ無いって事っス。
勿論、あの人曰く、一定以上の力を使うと死ぬ可能性が上がる、との事で、実際には限度ってモンがあるんでしょうけどね。」
セント達は呆気に取られて、何も言うことができなかった。
「さて!皆さん!今回の授業をまとめます!
いつものくだけた口調ではなく、教師らしい真剣そうな口調で、レスター教授は語る。
「初回授業では、『戦争犯罪に対する抑止力としての天使の役割』、『何故法を犯して奇襲を行うに至ったのかという歴史的経緯』、『パラドクス校長の最強さ』
この三つを覚えて帰って下さい!!
それじゃあ、
『起立!!』
『気をつけ!!』
『礼!!!』
レスター教授が挨拶をし、全生徒が礼をするのと、
5限終了の鐘が鳴るのは、
同時だった。
《幻想世界の用語解説》のコーナーです!
今回ご紹介する用語は、4つ!
『記憶水晶演奏装置』と、『アハト川』、『第3世界』、『技能』です!
『記憶水晶演奏装置』
記憶水晶を再生するための機械で、『魔素』に触れることができる数少ない物質の一つである、『魔金』を用いている、かなり高価な機械。
『魔素』をチャージすると、『少しづつ、一定の量の『魔素』を一定の速度で、流し続けてくれる』機械である。
巻いたネジが一定の速度で回るのが、一定の『魔素』が流れ続けるのに似ている、という点と、
音楽が、オーケストラを雇える貴族達のみが、享受できた娯楽だった時代に終止符を打った点が、
『記憶水晶の映像再生』が『高等技術』に分類されていた時代に終止符を打ったという点に類似している、ということから、
既に広まっていた『音楽自動演奏装置』になぞらえて、『記憶水晶演奏装置』と呼ばれるようになった。
因みに、言い出しっぺは、コスモスの学生らしい。
『アハト川』
アトラス大陸有数の大河川であり、横幅が平均50キロメートルと、殆ど海といっても過言ではない広さの川です。
一応、塩分を殆ど含んでいないことから、川に分類されていますが、昔は『湾』だと考えられてました。
その巨大さは、天使による、空中からの視察によって初めて、それが川であることが分かった、という逸話からおおよそ推察できるでしょう。
名前の由来ですが、『聖神教会』の総本山に聳え立つ巨城アトラスの、最上階にある『教皇室』に備え付けられた『玉座』ならぬ、『教皇座』から見て、8時の方向に見えたことから、『始まりの世界』のとある国の数字で、8を意味する『アハト』から名付けられた。
世界の中心はテトラなのです。
『第3世界』
『始まりの世界』、『幻想世界』の次に、人間の支配下に置かれた『安全な世界』。
元々存在した原生物を駆逐し、人々の移住が行われましたが、千年前に突然ゲートが開かなくなり、その隙に『デモニア』が侵攻を開始。
普段から他の世界の住人とコンタクトを取ることがなかった(ぶっちゃけ、人々は開拓と既得権益獲得に必死で、一家全員で引っ越しなんて事もあったんで、連絡が途絶えても不審に思う人がいなかった)ので、侵攻の事実発覚が遅れ、ギリギリでパラドクス=コスモスの到着により『デモニア』を退けることができた。
それ以降は、『序列第3位天使』の統治下に置かれ、彼の部下である『龍種』に守ってもらう事になった。
ちなみに、人々が暮らすとすれば、基本的には『幻想世界』か『始まりの世界』であり、無学な人々の中には、こういった『植民世界』の存在を知らない人々もいる。
さらに補足すると、この物語の生物は大きく分けて4つ存在します。
『炭素生物』又は『炭素生命体』
セント達、『炭素人』や、『龍種』、馬などを含む生物種。体が炭素でできている。
『鉱石生物』又は『鉱石生命体』
『鉱石人』や、『モル君2号』(セレス涙目のアレです。)
『金属生物』又は『金属生命体』
現在はまだ、登場していません。
『虚世生物』又は『エネルギー生命体』
『智慧の実』や、『■■』などが属する。
主に、この4つの生物種は、互いに『世界の覇権』を狙って戦っています。
保有している『植民世界』の数で言えば、『炭素生物』は押され気味ですね。
ちなみに、他の生物種が『世界の王』になっている世界を支配するために、その『世界の王』を天使が殺しに行く行為を、『異世界天征』と呼びます。(トラックは不要です。必要なのは『門番』です。)
一度どこかの『世界の王』になってしまうと、死ぬまで『他の世界』では王にならないため、現在強力な兵力として『天使』が9人しかいない『炭素人』は、必然的に9個しか世界を保有できていない。
(言い換えると、『世界の王』として駐在できる強力な人材が、9人しかいない。)
詳しくは、そのうち語ります。
『技能』
『能力』の対比として用いられることもあるが、厳密には『青い木の実』を食した動物にのみ与えられる『能力』の形態の一種。
各々の能力者が、各々の色彩に応じた得意分野を持つ一方、『正反対の色彩』以外の能力は、努力次第で『そこそこ』のレベルには到達することができます。
その『そこそこ』に当たるものです。
 




