ー幕間ー『記録水晶』 『ファルトス湾奇襲事件』
『国家原則』
第5条 国際的な紛争及び戦争については、これの『宣戦布告』を『聖神教会』に通知し、
『聖神教会』より、相手国への通知が届けられてから、3日後より、開戦を認め、
この条件を満たさぬ如何なる国際的な紛争及び戦争は、これを禁ずるものとする。
(正式名称 『国家間紛争規定』)
(通称 『3日ルール』)
『コスモス』の地下資料室。
教職員と、限られた生徒のみが出入りできる暗く、静寂な空間の中、ランプを持った男が鼻歌を歌いながら歩いている。
「フンフーン♪暗くて嫌になっちゃうなーまったく!
資料の中には光による劣化を防がにゃあかんことはこっちもじゅーじゅーしょーちだけどさぁ〜?
さっすがに暗すぎねぇかなぁ?」
コツコツコツと男の足音が響く中、暗闇の中から、真っ黒なコートを着た男が浮かび上がってくる。
「うわっ!
・・・なんだ、校長かぁ、ビックリした!!驚かさないでくださいよ!」
校長と呼ばれた男、パラドクス=コスモスは怪訝そうな表情を浮かべながら、持っていた本を本棚に戻して、言った。
「おやおや、貴方が勝手に驚いただけでしょうに。
私は貴方を脅かすつもりなって、全くなかったというのに。」
「いやいやぁ!アンタ年中真っ黒なコート着てるから、自然と暗闇に紛れてるんですよ!
こっちは鼻歌歌ってんですから、聞こえてたなら怒るなり挨拶するなりしてくれりぁいいじゃ無いスか!
本に集中しすぎて『自己領域』の知覚遮断しちゃったんスか?」
「いえいえ、私は貴方の資料室に対する愚痴なんて、一言も耳にしてなど居ませんよ?」
「ちゃんと聞こえてるじゃ無いスか。
こっちはちゃんと警戒しながら歩いていたのに、道理で気付けないワケですよ!
アンタからは『生き物の出している音』が聞こえないッスから。」
パラドクスは心外そうに肩をすくめて言った。
「まるで私は化け物扱いじゃあありませんか?
ご存知の通り、私は『無意識に能力を発動』しています。
音が聞こえないという事は当然では?」
「それもそうッスね。それにしても、校長が資料室に来るなんて珍しく無いスか?
アンタここにある本の内容全部頭に入ってるでしょ?」
「私も時には本を開いて、過去の記憶に浸りたくなる事もあるのですよ。
ところで貴方は、何を探しているのですか?」
「イヤー、本人の前で言うのもなんなんですけど、
『ファルトス湾奇襲事件』の『記憶水晶』を探してるんですよー」
「おやおや?そんなもの何に使うんですか?」
「やだなぁ、校長。 授業に決まってるじゃ無いスか。
今頃クロノス教授に『飛ばされてる』1年生に見せたいんスよ。
次は『歴史』の授業ッスから!
まだ3限が始まったばかりで、5限の開始までは3時間くらいありますけど、
準備は早めにしておこうと思ったんで。」
「ああなるほど。彼らは今頃異世界で研鑽中ですか。」
「さっきクロノス教授と話したんスけど、今年は『60倍』の生徒もいるみたいで。」
「『60倍』ですかそれは災難ですね。君の代では最大で何倍でしたか?」
「マックス『10倍』ですよ。てか、『10倍』で『飛ばされた』んスよ。オレ。」
「確かに君はクロノス教授と仲が良くなかったですからね。」
「まぁ、教職員になって初めて先生の苦労が分かりますよ、オレ、クソガキでしたからね。」
「今も変わらない気がしますがね。」
「サラッと毒吐きますね、、、
ああ!そうそう!『60倍』で飛ばされたのは、アレスとセンティアって生徒ですよ。
ホラ!校長が入学式で責めてたヤツらですよ!」
「別に責めたつもりは無いのですがね。当然の摂理を説明したまでです。
しかしアレスが『飛ばされ』ましたか。相変わらずあの2人は仲が悪いですね。」
そして、パラドクスは手を顎に当てて思索にふける様な仕草をしながら、質問を続ける。
「ところで、自分で言うのもなんですが、アレは教育上、あまり良いものではないでしょう。」
確かに自分で言うことではないな、と思いながらも、『この世界』のルールで返す。
「『無関心は罪』ッスよ!校長。」
「おや、これは一本取られたようですね。
まぁ、いいでしょう。 『A -13769-war-1547 』ですね。
ここから前へ30メートルと42センチ進み、右へ曲がり5メートルと23センチ進んだ棚の、下から3段目の左から5番目の引き出しの中に入っています。」
こともなさげにそう述べる男に対し、驚くと同時に、
『これが校長の平常運転だよなぁ』という思いが湧いてくるから不思議なものである。
「流石ッスね、、、普通センチメートル単位まで『自己領域』で計測出来ないッスよ。
誤差プラマイ5センチくらいは出るもんじゃ無いスか。」
男は不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げて言った。
「今測った訳ではありませんよ?
別に測ることもできますが。
この学校は私が設計したのですよ?
まして資料室の棚は移動できない様になっています。
なら、私が最初に建設した通り、
この位置から前方30メートルと42センチ、右方向5メートルと23センチ先の棚の、下から3段目の左から5番目に『記憶水晶』の入っている『A -13769-war-1547 』の引き出しがあるというのが道理でしょう。
それにこの資料室では、『元あった場所に戻す』事をルールとしている訳ですからね。」
『何を当たり前の事を?』と言わんばかりの表情に、流石に軽い恐怖と畏敬の念を覚える。
「普通の人は、2000年以上前に設計した部屋の図面なんて覚えてられませんし、まして、棚同士の位置関係をすぐ出せるほど完全な図面となれば、そりゃ無理でしょう。」
「私だって1秒掛かりましたよ?」
「じゅーぶんバケモノッスよ、、、」
彼といると、酷い劣等感に駆られるのはきっと自分だけでは無いはずだ。
『完璧』、『境界線』、『最強』、『賢者』、、、、
二つ名を挙げればキリがないが、どの二つ名も彼によく当てはまるのは確かだ。
「んじゃ、『前方30メートルと42センチ、右方向5メートルと23センチ先の棚の、下から3段目の左から5番目』ッスね?」
オレだって一応『コスモス』の『教授』だ。記憶力には自信がある。
「貴方も今年から『教授』ですからね。
頑張って下さいね。
『レスター教授』。」
「うっす、頑張ります。」
そういって、歴史科教授、レスター=ハイストラは目的の棚へと向かうのであった。
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「懐かしい本を読んだものです。
久しぶりに、あの場所へ行ってみましょうか。」
パラドクスはそう呟き、地下資料室を後にした。
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『歴史科教室』にて授業の準備をする。
円形状に広がり、先が多段に重なる姿は、コロシアムに似ている。
『授業というのは生徒と教師のぶつかり合いだ』というのは自論だが、やはり、この教室はオレに良い緊張感を与えてくれる。
教室の中央に置かれた台に『記憶水晶』を設置して、魔素を流し込めば、立体的に歴史を楽しめるというわけだ。
勿論、『記憶水晶』が現存しているものに限るが。
歴史というものは、人の名前や地名、戦争の名前を覚える事に意味があるのではない。
重要なのは、歴史的事実の与えた影響、起こった原因、意義や、歴史全体を通して果たした役割、そういったものだ。
『先人に学び、今に活かす』
それこそ歴史を学ぶ者が目指すべきものだ。
《愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ》
《過去に囚われ、今を見失っては本末転倒。
過去を顧みず、今も同じ過ちを繰り返すのは下の下の下の下。》
先代の言葉を胸に刻む。
オレの授業を通してしっかりと学んでくれるといいなぁ、
特に今年のカリキュラムは恐らく世界初の試みになる!
楽しみだなぁ。
そんな事を考えながら、鼻歌交じりに『記憶水晶』に魔素を通す。
「授業前にちゃんと確認しとかなくちゃなぁ!
・・・ほんとにちゃんと確認しなきゃなぁ・・・」
彼は去年、授業中に間違って、高額でレンタルした『いかがわしい映像』の入った『記憶水晶』に魔素を通してしまい、生徒全員の前で、『音声付き』の『いかがわしい映像』が流れるという、地獄を経験したのだ。
「あんときは大変だったなぁ。
急遽、古代から続く男女の歴史に関する授業を行う、って言って誤魔化したんだったなぁ。」
彼はちゃんと歴史に学ぶのである。
自分が経験から学ぶのは中の下だけどね
男は心の中でそう呟いた。
男が台に『記憶水晶』を置くと、
魔素が『記憶水晶』に送られ、水晶の上の空間に立体的な映像が映り始める。
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軍艦の上に真剣な表情をして、軍服を纏った人々が列を成して並んでいる。
そんな中、勲章をこれでもか、と付けた軍人が号令をかける。
「総員!!!
心して聞け!!!」
軍人たちの間に緊張が走る。
「これより我々は!!
憎きザクロ王国の!!
『ファルトス湾』に奇襲を仕掛ける!!
ヤツらは『聖神教会』から『宣戦布告』の通知が来ていない事を理由に!!
我々が攻めてこないと、高を括っている!!!
ヤツらが油断している隙に!!
ヤツらの主要な軍港の一つである『ファルトス湾』に奇襲を仕掛け、侵略!!!
その後、『ファルトス湾』を拠点として、ヤツらを根絶やしにするのだっ!!!!!!」
恐ろしい剣幕でそう捲し立てると、男は腕を上げ、素早く下げると同時に号令を下した。
「総員!!砲撃せよ!!!」
七隻の軍艦から同時に砲丸が射出され、
一直線にファルトス湾に浮かぶザクロ王国の軍艦や、商船に向かいーーー
『それらが空中で止まった』
「どうだ!ヤツらの船はどうなった!!
オイッ!望遠鏡係!!お前だよお前!
ヤツらの船はどうなった!!」
「大佐!!!
『砲丸が空中で止まっています』!!
あ!そのまま落ちました!!」
「何を言っとるかバカモン!!
砲丸が空中で止まってたまるか!!
きっと飛距離が足りなかったに違いない!!
ヤツらが感づく前に!!もう一度打て!!!
急げ!!!」
大佐と呼ばれた男がツバを飛ばしながら叫ぶ。
軍人たちが次の火薬と砲丸を砲台に詰めようと動き回る中、、、
「少しお時間よろしいでしょうか。」
『極めて紳士的で』、それでいて『恐怖を与える』声が響き渡った。
砲丸や火薬を運んでいた軍人たちも、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。
少なくとも、このままでは死ぬ、そんな当たり前のことさえ、彼らは考えることができなかった。
目の前に高さ100メートルの津波が押し寄せてきていたとしたならば、海岸線にいる人々は、軍人達と同じ感情を共有することができただろう。
そんな『絶望』が軍人たちの間に伝染していった。
軍人たちの絶望を一切気にせず、黒いコートを着た男は続ける。
「貴方が指揮官ですか?」
大佐と呼ばれた男は、冷や汗を流しながら、周りを見渡し、勲章を1つ付けている軍人を指差して、言った。
「違うっ!!!違いますっ!!あ、あ、、あのの男がが、しし、指揮官です!!!!!
わ、わ、たし、はし、指揮官じやぁああり、りまま、せせ、せ、ん!!!!」
指を刺された軍人は、狼狽えながら言い返す。
「なっ!ち、ちがいます!!指揮官はあの男です!!
命令は全てあの男が出しました!!!私たちは指示に従っただけであります!!」
「き、貴様ぁ!上官を売るのか!!!!!」
「貴方自分で上官って言っているじゃあありませんか。」
黒いコートを着た男は、やれやれ、と言った様子で溜息をつく。
「あ、、、、、、、、、、、、、、、。」
自らの失言に気付いた男は、
目の前に、緩やかに死が近づいて来るのを肌に感じながら、
対して良くもない頭を最大限活用して、弁明を試みる。
「いや!違います!私も皇帝陛下の命令で侵攻をしたまでで、あ、あります!!
家族が人質としてとられているため、逆らうことができなかったのでありまふ!!」
舌を噛みながら男はそう捲し立てる。
「それは可哀想ですね。」
黒衣の男は紳士的に、『しかし優しさなど微塵も感じさせない』声で返す。
「そ、そうでしょう!!」
「まあ、だからなんでしょう?という話にはなりますが。」
「あ、、」
軍服を着た男は、自らの死が最早避けられないと確信して、、
「う、うわぁぁぁあああ!!!」
腰につけていた、ピストルを一心不乱に放つ。
意外にも、それらはしっかりと黒衣の男目掛けて真っ直ぐ飛んでいき、
『空中で止まって、やがて落ちた。』
「あ、あああ、ああああああ!」
男は狂乱状態にある様だった。
そんな男を興味無さそう傍目で見ながら、黒衣の男は周りの軍人に尋ねる。
「ところで、この船には『記憶水晶』はありませんか?」
「な、何故それを!?」
「こういった『戦争犯罪』を行う際、国民に作戦の成功を伝え、士気を上げようとするのは、
『正気を失った国家が良くやる事』 ですから。
歴史に学びましょうよ。いい加減。」
つまらなそうに黒衣の男は述べた。
「さあ、早く出してください。時間が勿体無いでしょう?」
「お、お待ちください!た、ただいま!! お、おい!早くとってこい!そ、操縦室だ!!」
数十秒後、軍人が複雑な模様の入った水晶を持ってきた。
「こ、こちらになります。」
「いつから記録されているんですか?」
「は、はいっ!!大佐が号令を下した後からであります!」
「ということは、記録できるのはあと、32分と40、39、38、、秒ですね。」
軍服たちはギョッとする。
「な、なぜ!なぜそんなに正確な値が!?」
黒衣の男は、どこまでも当たり前の事のように述べる。
「おやおや、おかしな事を言いますね。
あなた方の大佐とやらが、最初に号令を上げたのは今からちょうど27分前でしょう?
港からここまでは2キロもありませんから。
『耳を澄ませるまでもなく、聞こえるでしょう?』
であれば、『記録水晶』に保存できるのは丁度一時間ですから、あとは引き算をするだけです。」
軍人たちは絶句していた。
「そ、そんな馬鹿な、、、」
男はそんな軍人に見向きもしないで、欠伸をすると、
「さて、それでは始めますか」
と言った。
それはまさに、その場に居た軍人全員に対する死刑宣告と同じであった。
そんな中、ある軍人が泣きじゃくりながら、懇願した。
「お、お願いじます、私には、、私の帰りを待っでいるむずめと、づまが、居まずっっ!
どうが!どうがっ!命だけはたずけてくだざいっっ!!
虫のいい話だっでのはわがっでまず!!
お願いじまず!!!」
黒衣の男は、驚いた様子軍人を見て言った。
「命を落とす覚悟もなしに軍人になったのですか?これまたどうして?」
そのどこまでも黒い目には『新しいオモチャ』を見つけた子供の様な『好奇心』が浮かんでいる様だった。
「ぞ、ぞれば!!
がぞくを、人質にどられていて!!」
男は泣きながら続ける。
周りの軍人も泣き始めた。
黒衣の男は、納得した様子で、
「成る程、成る程、成る程。興味深いですね。」
『ショーケース内の動物を初めて見た子供』の様に『好奇心』を表情に浮かべながら言った。
「でずから!お願いでずっっ!!
どうかっっ!どうかっっっ!!いのぢだげばっ!だずげでぐだざいっっっ!!!」
軍人は土下座して言った。
他の軍人も、、大佐と呼ばれた男以外は皆、、土下座した。
その光景は圧巻であった。
「「「「お願いしますっっっ!!!」」」」
軍人達の、声を揃えての懇願に対し、黒衣の男は改めて驚いた様子で、淡々と述べた。
「いや、別に命を奪ろうだなんて、誰も言っていないじゃないですか。」
「「「「へ?」」」」
軍人達はポカンとした様子だった。
言われた内容が耳に入ってくるが、内容が理解できていない、そんな様子だった。
「ぼ、ぼくらの事をこ、殺さないんですか?」
「降伏した軍人を殺して何の意味が?」
黒衣の男は心底不思議そうに、首を傾げて、そう答えた。
そして、続けて、
「いやはや、なるほど。家族を人質にして、国外への戦争に駆り立てる。
こういったやり方をした国は、今までありませんでしたね。
きっと、そんな圧政を引いたら、革命が起こるからでしょうね。
では、何故その様な圧政にも関わらず、革命が起こらないのでしょうか。
それはもちろん家族を人質に取られているからでしょう。
これ、循環し続けますね。きっと。
いけませんね。この様な圧政を許してしまっては、世界の秩序が乱されるというものです。
『第9位』君と相談しなければなりませんね。」
と自問自答をした。
『まだ生きられる』とわかった軍人たちは、しかし、大喜びする気分にはなれず、
黒衣の男の寛大さに感謝することと、自分達が奪うことになっていたかもしれない、ファルトス湾の人々の命と、家で帰りを待っている自分の家族の事を思いながら、泣くことしかできなかった。
『感情の抑えが効かない』
そんな様子だった。
そんな中、さっきまで狂乱状態にあった男が、ふと我に帰り、
『敵兵の前で膝をついて泣きじゃくっている弱い部下』
を見て、激怒した。
「き、貴様らぁっ!!
敵兵の前で跪き!!
泣くとは!!
それでも貴様らはアラント帝国民かっ!!!」
泣きじゃくる軍人はそんな『元上官』の事など気にする『余裕は無く』、ひたすらに罪悪感と後悔で泣きじゃくっていた。
自分の声に反応しない部下に、怒りを募らせながら、顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
黒衣の男は、
「それではみなさん、『記憶水晶』の残り時間も少ない事ですから、どれか一隻に集まって下さい。
軍人達は言われた通りに、七隻のうち、中央にあった、最も大きい一隻に集まるため、船の間を飛び越えていく。
最後に勲章をこれでもか、とつけた、『大佐』が飛び移ろうとしてーーー
「え?貴方はダメですよ?」
これまた心底不思議そうな声が後ろから聞こえ、
『まるで重力が横方向にかかり出した』かのように、
男は元の船の方向に、加速しながら飛んでいき、船上の建物の壁にぶつかった。
「アガッ!あ、あじが!あ!あじがっ!!!」
男は、まるで、10メートルの高さから落ちたかの様な勢いで壁に、
それも、砲撃に耐えうる様、丈夫に造られた壁に、
衝突し、足の骨を折った様だった。
「なんでっ!なぁんでっっ!! 命をだずげるっで言っただろうがっ!」
「戦争に駆り出されただけの若者はともかく、それだけ勲章を付けた人間、
ましてや『怒鳴る事しか能のないゴミ』が上官として君臨するという事は、
きっと、体制側の人間の縁故雇用でしょう?」
「ぞれのなにがわるいっ!!恵まれた家にゔまれるっでごどは、それだけ頑張っだっでいうごどだろっ!?」
「おやおや?どこに頑張る要素があったのでしょうか?」
「だがらっ!恵まーー」
男は発言の途中で喉を押さえ出す。
『まるで酸素が無くなったように』
「いや、別にもう一度聞きたい訳ではなくてですね、
『投降した一般兵は生かすが、体制側の人間は必ず処刑する。』
この前例を作る事により、一般兵は投降し易くなり、独裁者や将校は『国家原則』を破らなくなるでしょう?
まぁ、逆に気が狂って『自分の国の兵士を銃で脅して進軍させる』なんていう非効率的な事をやり始める国も出てくる気がしますが、そんな冷静さを失った将校は部下に殺されておしまいでしょう。
『 『国家原則』に違反した上官に逆らって、上官を殺したものは、『聖神教会』によって保護される 』
こんな前例を作れば、皆積極的に裏切って、『違反者』を殺してくださるかも知れませんね。
しかし、家族を人質に取られては裏切る事は不可能。
いやはやいやはや、なかなか上手い方法は見つかりませんね。
『この際独裁国家は全て滅ぼすのも良いかもしれません』
おや?しかしそれだとザクロ王国は、、、
いや、一応、『元老院』、『貴族院』、『大衆院』の3つが『立法』を司っていて、
『法の下の平等』は『国王』も例外ではありませんから、独裁ではないですよね。
よかったよかった。
おっと、長話が過ぎましたね。
まあ、早い話、『責任とって死んでください』。」
黒衣の男は、『子供にお使いを頼む』ように、言った。
「・・・ッ!!ッゲヒューヒューヒッ、ヒュー・・・」
『まるで酸素が戻ったように』大佐は過呼吸をする。
そんな大佐を無視して、黒衣の男は呟く。
「おや、彼らは無事港に着いた様ですね。」
男は、2キロメートルほど先の港に、先程の一隻の軍艦が到着するのを『裸眼』で確認すると、
甲板にて、演説を開始した。
「さて、皆さん。
はじめましての人ははじめまして。
朝の人にはこんにちは。
夜の人にはこんばんわ。
パラドクス=コスモスです。
これより、『国家原則』を破った者に対する刑を執行します。
『歴史に焼き付けて』下さいね。」
そういうと、パラドクスの背中に黒いモヤのようなもので出来た『翼』が広がる。
「待っっ!」
甲板に残された大佐には目もくれず、飛び立つ。
銃口から放たれた銃弾の様に、素早いスピードで飛行し、
あっという間に、残った六隻の軍艦から、500メートルほど離れた空中で止まる。
より厳密には、
『パラドクスの持っている『記憶水晶』の記録範囲である、半径1キロの円の中に、六隻の軍艦入る様な位置』
で止まる。
「それでは、『抑止の天使』の名の下に、
『境界線』を発令します。」
パラドクスの声が響き渡った。
その後、彼の右腕に白く光る輪がいくつも現れたかと思うと、
『キィィィィン』という、『何かが加速する音』が聞こえ始め、徐々に音が大きくなっていく。
そして、
「 『境界線』 」
海は静かだった。
雲も浮かんでいた。
『パラドクスの背中では。』
彼の前には、
『蒸発した軍艦』と、
『蒸発した海水』と、
『1秒前より50メートル程下がった海水面』と、
『大量の蒸気によって雲が吹き飛ばされた青空』 が広がっていた。
その名の通り、『境界線』が出来ていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
映像の再生が終わり、教室に静寂だけが残る。
「いやーやっぱ校長パネェっスなぁ。
あの場を利用して、『国家原則』の拘束力を高めるなんて!
しかも、ちゃんと記録に残るよう、敵船から、『記録水晶』を手に入れておくなんて!!
そして何より、『丁度1時間でまとめる』なんて!!!!!」
『教授』レスターが『ファルトス湾奇襲事件』の『記録水晶』を台から拾いあげるのと、
パラドクスが丘の上で眠りから覚めるのは、同時だった。
 




