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ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第二章
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第九話:日常とそれから

「いらっしゃいませー!」

 花の金曜日のゴールデンタイムに俺は労働戦士になっていた。

 己の日々の暮らしを守るため、この『HOBO一番屋カレー』に高校入学と同時に働かせてもらっている。

 最初はオーダーから皿洗い、ドリンクやサラダなどのサブメニューを作る役が多かったが、呑みこみの早さから店長からカレーやトッピングの具材であるカツやフライなどの調理も任されるようになった。

 スピード出世もうれしいが、何よりも嬉しいのは、まかないで店の料理を持ち帰れることだ。

 カレー屋なので毎日カレー持ち帰っても、と思うだろうが、驚くことに、まかないの中に期限切れ間近のサラダやカレーのトッピングも含まれている。

 そう。カツ、ハンバーグ、ポテトサラダにハム。

 カレーなしでも夕飯のメインディッシュを飾る一軍がタダで貰えるのだ。

 ぶっちゃけた話だが、これ目当てでバイト先をここにした。HOBO一番屋カレー万歳。


「ありがとうございましたー。 あ、店長、時間きたのでお先に失礼します」


 あいよ、また月曜も頼むぞー。店長がカレーの鍋をかき混ぜながら左手を振る。他の従業員たちもお疲れと互いに会釈した。

 控え室で着替え裏口から出る。

 人と関わるのは相変わらず苦手だが、ビジネスと割りきればいくらでも愛想よく笑える。昔の自分からしたら飛躍的な進歩だ。

「俺はきっと心の交流が苦手なんだな」なんてしみじみ。



 アパートの錆び付いた手すりには触れず、まかないを入れたエコバッグを両手に階段を上がる。自分の部屋の窓が明るく光っているのを確認。よし、いるな。

「待たせたな。まかないあるぞ」

「待ってた」

 部屋のドアノブを捻ると、ミカゲがあぐらをかいて雑誌を読んでいた。

 完全に我が家スタイルで上下お揃いの黒のスウェットでくつろぎムード。

「雑誌といい服といい、よく向こうさんは私用のものまで用意してくれるな」

「現世に興味があるみたいでな。ここに届けるのも観光感覚で楽しいらしい」

「地獄の連中は娯楽家が多いのか?」

「さあ。極楽の方が娯楽は少ないと聞くが。それよりもまかないだ。もう九時だぞ。私のお腹も限界だ」

 今日の夕飯は持ち帰ったまかないのポークカレーのルー二人前とトッピングの海老フライ一尾、ゆで卵一つ、野菜サラダだ。

 金曜日の接客は人が多くて大変だが、余り物も貰えるチャンスが大きい。

 俺はシフトを平日の全てを埋めているので、曜日の混雑状況もだんだん掴めてきた。ちなみに俺の入っていない土日の夜は戦場になるそうだ。先輩が言ってた。

「蒼汰サラダ欲しいだろ。その代わり海老フライとゆで卵は私な」

「お前、まさかトッピング二つ持っていくのか」

 この遠慮なし娘とは同居間もない頃は取り分のことで争った。

 取っ組み合いになり乱闘になったところでアパート住民からの苦情により、当時のハンバーグはミカゲの胃のなかへダイブ。

 今では夕飯のことで喧嘩することにカロリーを使うのは面倒になり、潔く好きな具材をミカゲに譲る毎日。

「食料も地獄の宅配さんに頼めばいいじゃん」

「んぐ、」

 早くも海老フライを尻尾ごとモリモリ咀嚼する死神の少女。

「我々あの世の住人は食べることが必要ないから食料なんてないのさ」

「え!? じゃあお前なんで食べてんの?」

「娯楽のため」

 ほら出た娯楽。

 この死神、絶対仕事より観光の方に力いれてやがる。




「「あ」」

 翌朝、学校に登校するため自宅のドアを開けると、家の前に大量のダンボールを置く配達員と鉢合わせた。

 若い青年で、白いキャップから覗く爽やかな顔で配達員のお兄さんはニコリと挨拶をする。


「どうも。白詰ミカゲさんから頼まれた品を届けに参りました!」

「ああ、どうも……」


 部屋の前の大量の荷物を見て、ミカゲがまた例の協力者に物資を頼んだのかと察する。

 ミカゲの奴が本当に仕事に関係ある品を頼んでいるかはノーコメントだが、お兄さん一人で運ばせるのはなんだか申し訳ない気がする。何故か俺が謝罪してしまう。


「すみません、この暑いなか」

「いえいえ、自分この仕事好きなので。苦じゃないです」

 お兄さんの白い歯が七月の陽光みを感じ、眩しさから手でひさしを作ってしまう。

「前向きですね」

「そうですか。宅配業者って楽しそうじゃないですか。一度やってみたかったんですよ」

「はあ」

 興味本位で職業を選ぶとはこのお兄さん意外と軽いな。

 とはいえ、真面目に仕事をしてくれているので立派に違いない。部屋の中で俺のベッドを侵略して爆睡している死神の少女にも見習ってほしい。

「でも多すぎですよね。注文する量抑えるように言っときます」

「え!? 困ります。自分、ミカゲさん専用の宅配要員かつサポートなので」

 え、それってもしかしてミカゲが言っていた例の無償で頼んだ物を提供してくれるという……


「もしかして、あなたが協力者さんですか?」

「はい」

 太陽の眩しさも霞むほどのスマイルで青年が頷く。

 こんな快活な人も地獄要員なのか。地獄で働いてるイメージしないや。

 ていうか、

「地獄でも仕事があるだろうに、サポート業までしていて忙しくないですか?」

「忙しいのには慣れてるので。それに、忙しいって幸せなことじゃないですか」

 このお兄さん、有能である。


「ミカゲさんにも宜しくお伝えください。またのご利用を~」

 安いバラエティー番組のような編集マジックジャンプをするお兄さんはなんと本当に消えてしまった。

「おお」

 あの世へ瞬間移動とは便利な技だな。


「いかん、のんびりしてしまった!」

 登校前だったことを忘れていた。

 今日は日直だから早めに登校しなければいけない。

「ミカゲー荷物来てるぞ! 運んどけよ! あと俺学校先に行くからー!」

「んーあーい」

「絶対聞いてないな……ったく」

 せめてもの温情で一番重い物だけ玄関内まで運んどいてやると、俺は走って学校へ向かった。



 俺の忠告も虚しく、ミカゲは遅刻し教師から説教をくらったが、教師のお小言を右から左へと受け流し、反省の色を見せることなく着席。そのままいつも通り授業を受けた。


 昼休み。

 ざわざわと喧騒に包まれる冷房のない教室内で熱気にイライラしながら俺とミカゲが机を向かい合わせて昼食のお弁当(渾身の出来映え)を食べる。

「やけにクラスの連中が騒がしいな」

「喋るな。教室内に滞っている二酸化炭素が増えるだろ」

「んな微々たるもんで息苦しくなってたまるかよ」

「ただでさえ暑さで酸素が薄く感じるしイライラするんだ。反抗するな煩わしい」

「俺を害虫扱いするのやめて」

 死神すらこの世の夏は地獄の業火よりこたえるらしい。

 むしゃむしゃと俺が作った醤油味の卵焼きを食べる。卵焼きは甘い派の彼女だが、塩分補給のため彼女からの砂糖増し増し卵焼きのリクエストはお断りした。夏のお弁当はどうしてもしょっぱい味が多い献立にしがちだ。


 そんな暑さと騒がしさで苛立ち百パーセントの俺たち二人に元マドンナである園田花梨が話しかけてきた。


「二人で机並べてお弁当とはアツいわねーあんたたち」

「黙っててくれ」

「あ、花梨。クラスの奴らの口をチャックしてこい。二酸化炭素増加を防げ」

「あ、あんたら、私に対して随分な言い草ね」

 花梨といえば、あの遠足以来、キツい本性を晒してからも、見目の麗しさとはっきり物を言う態度でクラスの好感度は維持したままだ。それどころか、姉御というタグが追加され新規ファンも手に入れた。


 元々俺は猫かぶりモードの彼女と関わりがなかったから、花梨に対するイメージはほぼ最初から変わっていない。

 キツいけど豪快で分かりやすく古いセンスを持ち合わせた面白い女子生徒だ。


「皐月くん、私見て失礼なこと思ったでしょ」

「いや」

「それより何か用か。人口密度が上がるから無闇に近づくな園田花梨」

 邪見にするミカゲを前に花梨は「あーそんなこと言っちゃっていいのかなぁ?」

 平気な顔でウザ絡みを続行。

「せっかくいろんな意味でアツアツなあんたたちがヒンヤリするような話題を提供してあげようと思ったのに」

「ヒンヤリ?」

 花梨が意地悪そうに微笑む。

「クラスの噂話とか、浮いてる二人には無縁だからやっさしい花梨ちゃんが教えてあげようと思ったのになぁ」

「噂? クラスの連中が騒がしいのはこれか」

 確かに耳を澄ましてみれば、噂、というワードがあちこちで聞こえる。

「そ。噂」

 食いついたところで花梨はオドロオドロしげな怪談モードの顔になって俺とミカゲに顔を近づけた。

「最近廃校になった小学校に出るんですって」


 その名も『荒津小学校』に。


 いきなり出てきた懐かしい名前に驚き、俺は箸を落とした。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

新章開幕です。ここから物語は加速していきます。


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