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ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第一章
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第八話:楽しい(?)遠足《後編》

「……ねえ、あんた顔色悪いけど」


 バスを降りた頃。

 トイレを探す俺に渦中の人物だった花梨が俺たちの前を通り掛かった。


「ぁうぁぅ……」

「は? なに。聞こえない。もうちょい大きい声で」

「蒼汰は先程の小競合いで腹を下したそうなんだと」

「うわっ、バチが当たったんだ!」

「うるせー……それ死語だぞ」


 それよりもトイレだ。トイレを探せ。


(……おかしい)


 どこを見渡しても見えるのはビニールハウスだけでトイレが見えない。


「あ、もしかしてトイレ? 今壊れちゃってて、ここらには無いよ」

 親切な苺農家のおばあちゃんが察して教えてくれた答えは残酷すぎた。

「ここから二キロ先の休憩所にあったかしら……?」

「おばあちゃん、ありがとう。二キロ歩くより皆の苺狩り見てる方がいいや」

 苺狩りは二十分。下手に動くよりマシだ。



「さて、私はいってくるからな」

 ミカゲは俺を置き去りに苺のレーンに走っていく。


「うぅ薄情な奴め……」


 取り残された俺は気が紛れるものを探す。


 すると、女子の集団が騒いでいるのが視界に入った。


「はい、花梨ちゃんこれ赤いよ!」

「私のもあげる。はい、どうぞ」

「花梨、私のも」


「ありがと~。美味しそうだね」


 花梨たちのグループだった。

 あのグループは派手な奴らの集まりで苦手だ。キラキラが眩しくてたまにクラスで俺の席の近くでたむろされると居心地が悪い。

 故に花梨を含める、あのカースト上位集団にはよっぽどのことがなければ関わりたくないと思っている。


「場所変えるかな…………ん?」

 俺はある異変に気付く。


 花梨の受け皿に女子たちがどんどん苺を乗っけていき、彼女の皿からは苺が溢れそうだ。

 花梨も花梨で慌てて困っているし、その女子たちは新たな苺を摘みに花梨をひとりおいていく。ひとりきりの少女の哀愁漂う背中に気持ちが急いて思わず声をかける。


「苺溢れてるぞ。大丈夫か」

「あ……やだ~ほんとだぁ。皐月くんありがとう」


 一応女子たちが帰ってくる前提なので取り繕う花梨。

「もうエリカたちったら摘むのが楽しくて食べきれない分は私にくれるのよ~。摘むのって楽しいもんね」

「お前は摘まなくていいのか?」

「ご覧の通り、私は支給されるから。これ以上自分で摘むのも、ね」


 そう言う割りに苺のレーンを見る花梨の目は実る苺に釘付けで、収穫したくてしょうがないように見える。しかし、手元には女子たちが与えていった苺の山。

 摘むことに夢中の花梨の友達はまたここに戻ってくる。


「……この赤いの美味そうだな」

「え?」


 花梨の皿の苺を俺は赤いのだけ選って食べる。

 彼女は目を見開いて驚く。


「ちょっと、何してるのよ!」

「なにって味見だよ」

「味見の量じゃないでしょそれ! 私にも赤い良いのとっといてよ」

「良いやつは自分で採ってこいよ。俺動くの面倒だからこれ貰う」

「!」


 花梨は俺の意図に気付いたのか、ばつが悪そうな顔で俺を見る。


「な、なによ。キザなことしちゃって」

「いーからはよ行け」

「……あ、ありがと!」


 花梨が遠くのレーンに駆けていくのを見届けると、花梨のグループが帰ってきた。

 たしか、エリカといったか。彼女が俺に声をかける。


「あれぇ、花梨は?」

「お前ら苺あげすぎ。お手洗い」


 女子たちは心配そうな表情を浮かべる。


「マジで? やば、ウチら悪いことしちゃったじゃん」

「花梨ちゃん怒ってた?」

「摘むの楽しくてつい私ってば、花梨ちゃん大丈夫かな」


 全員反省の色を見せていた。


(なんだ。ちゃんと仲良いんじゃん)

 一瞬いじめの類かと危惧したが、俺の杞憂だったみたいだ。

「花梨には後でちゃんと謝るとしてこれどーする?」

 女子三人それぞれ山盛りの苺。沈黙の後、視線は俺にロックオン。

「無理無理! 俺さっきのも頂戴してるし!!」

「ああ? 知ってんだぞ皐月! あんた白詰ちゃんとバーベキューの肉たらふく食ってたの!」「あんだけ食べれるならこれもいけるってぇ」「花梨ちゃんのお肉の仇ってことで」


 そんな馬鹿な……。


(こうなったら)

 背水の陣になった俺は最終兵器を呼ぶことにした。


 たぶんまだそこらのレーンで食っている死神の少女を。



 案の定、近くのレーンでミカゲは苺をもぐもぐと口一杯に含んで苺狩りを満喫していた。

その傍らにはスケッチブックも。

 綺麗に描かれた苺のデッサンは素晴らしい完成度だが、苺まみれの手で描いたため、モノクロのデッサンに赤い色が混じっている。


「おや、蒼汰じゃないか。どうした」


「おぉ、ミカゲ……ちょうどお前に用があって」


 用があると聞いた少女は、山盛りになった苺の受け皿を見てピンときたらしい。

 目をキラッとさせてこう言った。「競争だな」


「は?」

「私も自己ベストを記録したんだ」


 全く違う予想でビックリ。

「あ、いや、違……」


 唖然と大口をパクつかせる俺に、通りすがりの担任が興味深そうに俺たちの皿を見て言った。

「おお。皐月と白詰は競争しているのか!大食いバトルなんて若いな~」

 これを耳にした一部の生徒がざわつく。


「え、大食い?」

「女子対男子のデスマッチ」

「大食い決勝だって!?」


 ギャラリーが集まってくる。

 担任の余計な一言のせいで話は次から次へと伝播し、最後は俺とミカゲの大食いバトル決勝戦が開幕することになっていた。


「ヤバイ、棄権できる雰囲気じゃねぇ……」

「ん? 私は最初からそうだとばかり」

「違うわ! 食べ寄せないからお前に食べてもらおうと……」


 俺が勘違い少女に言いかけた時。


「スタートッ!!」


 デスマッチが開始されてしまった。





「……」


「……」



 苺狩りを終えてバスの中で。


 俺とミカゲは無言だった。


 周りは楽しそうに話したり騒いだりしているが、誰もが俺たちに話しかけなかった。皆空気を読んでくれている。今誰かに会話を振られ、話したりなどしたら俺たちの口からは言葉ではなく別のモノが出てくるだろう。


(なんでコイツまで気持ち悪くなってんだよ……)


 心の中で隣に座る顔面蒼白の少女を見つめる。


「腐ったものは平気だが、詰め込める量には限界があったみたいだ」

「俺の心の呟きが……!?」

「顔見れば分かるさ。君はなかなか表情に出やすい。君がポーカーやったら全敗だろうな……んぐ!」

「ひえっ」


 白詰ミカゲが餌付き始めた。

 隣の声を聞いていたら、俺の方までつられて輪唱のようにカエルの歌みたいな歌詞の事態になってしまった。

 バスは大混乱。

 帰り道までの残り一時間は死ぬかと思った。



 翌日の学校にて、俺とミカゲが教室に入ってくると「おはよう。大変だったねー遠足!」と花梨が話しかけてきた。


「な、なぜエンカウント?」

「人をモンスターみたいに言わないでくれる?」


 どうやら遠足の帰り、俺たちのあまりの惨状に声をかけられなかったそうで。

 花梨は苺狩りでのことを、わざわざ俺に礼を言いに来たという。

「あの時はありがとね。皐月くん、あの子たちの積んだ苺残さず食べてくれたんでしょ?」

「律儀だな。いいよいいよ。過ぎた事だし」


 あの日の帰り道は二度と思い出したくないし。


「ふふ。今思うと本当にバッカよねー!」

 あっははは! とマドンナらしかぬ大声で花梨は笑った。


 教室のクラスメイトたちは目を皿のようにして花梨を見つめる。

「おい本性バレちまうぞ」

「もういいの。こっちのが楽だし。皐月くん見たら私だけ取り繕ってんの馬鹿馬鹿しいなって!」

「おい、園田花梨。私へのお礼がまだだが」

「えーあんた何かしたっけ。皐月くんには恩があるけどミカゲにはないから」

「むむ」


「ふっふーん」


 バチバチバチ。

 火花散らす女生徒二人にクラスの連中は戸惑いの嵐だった。高嶺の花の激変に膝から崩れ落ちるファンもいた。

 だが俺にとっては豪快で少し性悪な花梨の方が接しやすい。


 きっと彼女の周りの奴らも良い子の仮面をかぶっていたマドンナ時代よりもいいと感じるはずだ。


「皐月くん、花梨って呼び捨てで呼んでいいよ」

「え、じゃあ、花梨」


「えーそこは照れて言うところでしょ? カタルシスないなぁ」


「カタルシス積むほど俺ら交流なかったし」


「イケず~」

「遠足の時も思ったけどお前時々古くない?」


 この遠足で一番親睦を深めたのは花梨だったのかもしれない。


 主旨とだいぶ違う親睦の深め方だが、これはこれで良いってことで。



「うん。良いものが描けた」


 教室の中で死神の少女は目の前の少年少女たちを見て微笑んだ。

 彼女が手にしたスケッチブックには、教室で楽しそうに笑う蒼汰と花梨が描かれていた。タイトルにはこう記入しておいた。


 『初めての友達』と。



第八話です。苺狩りにいつか行きたい。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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