第六話:楽しい(?)遠足《前編》
「バス内のクラスメイトのテンションがうざい。蒼汰どうしたらいい?」
「口に出してそういうこと言うな。あとお前流暢に喋れるようになったな」
遠足当日となった七月初旬の土曜日。
俺とミカゲは自宅から現地集合場所に設定してある竹ノ宮第一高校のバスの停留所まで登校する。
一緒に行ったら、クラスの連中に冷やかされ隣の席に座るのは必然的にミカゲとなった。楽でいいよね。勝手に思い込んで騒ぐ奴らが進行してくれるもん。
ただ勘違いしないでほしいのは、俺とミカゲは付き合っていない。
ビジネスパートナーと一昨日追加された“お友達”であるため恋には発展しようがないのであしからず。
何せ相手は死神。
仮に付き合うことになったら魂を喰われることになったら嫌だし。
それにしても隣の席になってもミカゲは何も喋らないし、イベント独特のテンションあってか、近くのクラス女子が遠慮ぎみに「た、食べる?」と差し出す棒菓子を「んがーッ」と噛みつき「ひえぇぇぇ」「とったー! 白詰ちゃんがとったどー!」と交流出来ているミカゲ。猛獣の餌やり風景に見えなくもないが溶け込んでいるのでは?
……と期待したがところで冒頭の彼女の台詞に戻る。
「園田さんに後でお菓子のお礼言えよー」
バスの後ろの方を指差す。
自分たちからやや後ろの通路側の席に座る可憐な女子生徒は、これまた華やかな友人たちと楽しそうに笑っている。
「さっきのお前のエサやり体験のお菓子、提供先園田さんからだからな」
「いつのまに女子に馴れ馴れしくなったんだ蒼汰……!」
ドン引きの隣の奴にもれなく説明。
「園田花梨。いるだろクラスに。転校生のお前に最初に話しかけてくれた善人の一人だぞ」
「イヤな女だ。園田、花梨……」
「なんでイヤなんだよ」
園田花梨。通称花梨ちゃん。
クラスでも目立つグループにいる人気者だが本人はいたって気取ることなく優しく、穏やかな性格の美人。
グループのメンバーが騒がしいギャル層の中で、控えめな彼女は異質な存在だが、それがかえってクラスの高嶺の花感を醸し出している。
「じとー……」
真逆の位置にいそうな二人だからか、ミカゲは遠くで頬笑む花梨をじとっと睨んでいた。苦手なタイプなんだろうな。
この遠足は、自分が現在暮らしている竹ノ宮市を離れ、やや離れた県外のとある牧場から苺狩り(季節外れのため格安)というコースで親睦を深めるのが目的だ。
お節介極まりないが、親睦はおいといてお昼のバーベキューに苺狩りは嬉しい。日頃バイト先の弁当で済ます俺とミカゲはこれを楽しみに今日は朝食を抜いた。
バイト代から遠足の費用が抜かれるのは痛いが、その分たらふく食うので良しとする。
「そういえば、お前の費用も【協力者】が用意してくれるのか?」
「ああ、何から何までありがたいかぎりだ」
「俺の費用とかも」
「却下」
交渉決裂。
と、いよいよ最初の目的地の牧場まで見えてきた。
『~ゆたか牧場へようこそ~』
牛たちが旨そうに牛乳を飲んでいる(共食い!)ユルい看板をバスが潜ると、緑いっぱいの初夏の風薫る牧場に到着した。
「これ半日でまわれるのか?」
ユルい看板を通り越し、バスは駐車場に停まる。
バスから降りた今日の遠足の主役の一年生全員が広大な土地を前に感想をもらす。
「すげえ」「でけえ」「マジやべえ」
語彙力なさすぎだろ進学校生徒。
ゆたか牧場は面積が広く、大きく三つのエリアに区分けされている。
牛やヤギが飼育されているエリア、モルモットやウサギなどに触れるふれあいエリア、そして牧場でとれた牛乳でクリームやアイスクリームを作れる体験エリアと三つ。
午後は季節外れの苺狩り大会でこことはおさらばなので、実質半日でゆたか牧場を攻略しなくてはならない。
別にスタンプラリーなどがあるわけではないので各々好きなエリアで親睦を深めるもよし。三つのエリアを爆走して三大エリアコンプリートするもよし。
何だっていいのだ。遠足だし。
「でも要点はしぼって順番は決めようぜ、ミカゲさんよ」
「あー歩きたくない」
七月の陽気に炙られる死神の少女は今日も今日とて長袖のカーディガン。しかし色は白。
一応遠足のためオシャレは張り切ってきたが、早くもローテンションに。
「ちなみにお昼は今いるバス停の隣の橙色の屋根の、見えるか? あそこでバーベキューだから」
「なんて残酷な……!」
「違うかも知れないし変な想像は止めろ」
マップを開き、律儀に持参の三色ボールペンで見たいものに二重丸の印をつける。
「白ヤギ黒ヤギも見たいがウサギやモルモットのモフモフも気になる。調理体験はいつもバイト先で料理やってるし、これはバツ、と……」
「じゃあお昼バーベキュー場集合で。各々見学ってことで。私は草原でスケッチやるから」
「単独行動!? 一緒にまわるんじゃないの!?」
「私は動物園でも公園でも遠足はスケッチと決めているから」
シャキーンッ!
右手に持つは尖った2Bの鉛筆。左手にはスケッチブック。
彼女の大きなショルダーバッグにはあれが入っていたのか。バッグからストックの自由帳が何冊か見えた。じゃなくて。
「描くのも良いが、触れたりご飯やったりするのも楽しいぞ。やみつきになるぞ」
「じゃあ私にデッサンで勝ったら君の行きたい場所につきあうよ」
「そんな嫌々しなくても! あと俺かなり不利だし」
「はいスタート」
勝手に描き始めるフリーダム死神。
「まったく」
描くものを探すが、ここは入り口近くのため動物はほぼいない。
仕方ないので朝顔咲き乱れる小屋の近くの鶏を二羽描く。
「動くもののデッサンて、動体視力ないと難しいだろ」
「負けた時の言い訳とは惨めだな」
むか。
何故だ、何故、ここまで貶されて俺はこいつに振り回さなければならない……!
「もーいい俺一人でまわるわ!」と言いたくもなるが、逆に自分が勝って悔しがる彼女を引き連れてまわらないと負けた気がすると勝負心に火がついてしまった。
「こうなったら、この勝負、勝つ!!」
「私はもう三枚目だが、君、間に合うのか?」
勝負の絵は一枚にしてもらった。
「うあぁあ負けたーーッ!!」
俺が惨敗の結果で終わったスケッチ大会。
圧勝のミカゲはむふふーんとご機嫌ご機嫌。
「生前から絵で私の右に出るものはいないからな」
「こりゃ何度戦っても負け戦だ。もういい、ひとりで行くよ」
「バーベキューは一緒に食べるから」
「別に昼もひとりで食うし!」
完全に俺は不貞腐れてミカゲに担架をきってその場を離れてしまった。
大人気ないと思うが、俺はバスに乗っている時からミカゲと一緒にまわることを期待していた。
「やっと、ひとりじゃない遠足が楽しめると思ったのに」
今までの小・中学校でも遠足はあったが、いつもひとりだった。
事故の後に転校した小学校でも友達はいなかったし、一緒に先生たちとまわるのも恥ずかしいかったから、ひとりでやることは遠足場所の草むしりばかり。
微妙な関係だが、ミカゲがいる今回の遠足はひとりではないことが心強かったのに。
また自分はひとりヤギにむしった草を与えて時間を潰している。
「あれ、皐月くんひとり?」
自分の隣からにゅっと白い手が伸びてヤギを撫でる。ヤギさんもうっとり。
まろやかな白い手の持ち主は俺の名を呼んだ。
「園田さん?」
「せいかーい」
柔らかに巻いた栗色の長い髪の毛、宝石のように大きく輝く瞳を三日月のように細め、包容力のある笑顔を振る舞い、愛らしい仕草でピースサインをするのは、我がクラスのマドンナ、園田花梨だった。
「「どうして一人なの?」」
声が揃う。ユニゾンした。
ぷ、と花梨が笑う。
「ハモったねー。良いことあるよ皐月くん」
「いや、それより何で園田さんは一人でいるの」
クラスのマドンナと会話なんて初めてだから上手く言葉が出ない。
だが、それ以上に人気者の花梨が俺と同じ体勢でヤギに餌やりしているのが不思議でならない。
「私ねぇ皆といつも一緒だと疲れちゃうから、抜け出してきちゃった」
ペロっと悪戯っ子のように舌をだす花梨はさすがの美少女。破壊力抜群だ。
「皐月くんはミカゲちゃんと一緒じゃないの?」
「アイツとはちょっとケンカになって、いや、まあ俺が大人げなかったんだけど」
「私全然聞くし。話してよ」
口許に両手を当てて俺の話を「うんうん」と聞いてくれる花梨は、
「そんなのミカゲちゃんに問題あるよ。皐月くんは悪くないよ!」
自分のことのように怒ってくれた。
「そうかな」
「そうだよ。一緒に周れると思ってた皐月くんをひとりにするなんて、そんなのひどいよ」
「園田さん……」
真剣に話を聞いて感情的に自分に寄り添ってくれたのは母親以来だ。
懐かしくて思わず涙ぐんでしまう。
よしよしと頭を撫でてくれる天使の微笑みを浮かべる花梨は俺に提案してきた。
「ねえ、これからふたりで牧場まわっちゃおう? きっと楽しいよ!」
『蒼ちゃん』
あの時の旅行に誘ってくれた母と花梨の言葉が記憶と重なり、俺は思わず呟いた。
「母さん……」
「は?」
一瞬、花梨の動きが止まる。
俺は真っ青になり、弁明する。
「あ、違うから! 園田さんが母さんと似ていてつい……」
「私が、花梨が? オカン気質って言いたいの? おばさんって言いたいわけぇぇえ?」
地雷だった。
元・天使の微笑みを持ち合わせたマドンナの顔は瞬く間に悪鬼のそれに。
豹変した花梨は俺を虫けらのような目で見下ろした後、ペッと唾を吐きひとりスタスタ何処かへ歩いていってしまった。
「なんだったんだ今のは……」
あまりの急展開に心が追いつかず、ぽかんとひとりしゃがみこんだまま。
「メエエェー……」
「おお、お前もビビったよな」
先程まで二人で草を与えていたヤギも震えている。とりあえずよしよしして安心させる。
とりあえず、今の出来事を一言でまとめると、
「マドンナおっかねええぇ……」
第六話です。新キャラ登場しました。
ここまで読んでくださりありがとうございます。