表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
エピローグ
38/39

第三十八話:少し進んで未来の話

「皐月くん何してるの早く早く!」

「花梨お前、自分が手ぶらだからって……おわっ機材が落ちる!」


 俺と花梨は竹ノ宮市内にある中学校を訪れていた。

 自分が制作した映画を公開してほしいと学校側に依頼されたためだった。

「映画館みたいな施設までとは言わないが、まさか制作側がスクリーンまで持参とは」

「校内の小さいテレビで各教室に流すより広いとこで大勢に見てもらった方が良いじゃない。体育館まであと少しよ。ファイト!」

「おー……」

拳を弱々しく空に突き上げた。



 中学校に視聴覚室というものはなく、各教室の各テレビで放映するくらいなら体育館に全校生徒集めれば良いという学校側の主張で俺は持ち運び可能な壁に貼るタイプのスクリーンを巻物状にして担いでいた。

「楽しみだね。皐月くんのデビュー作」

「デビュー作って。まだ小さなコンクールで受賞しただけだぞ」

「もう細かいこと気にしなーい」



 あれから二年。

 俺は竹ノ宮第一高校を卒業すると、同じ市内にある四年制の公立大学に進学した。

 その公立大学には映像について勉強する学科があり、大学の中でも講義の質が高いらしい。

 ミカゲのやり残したことを完成させるため、俺は大学で映像の勉強をしたかった。

 それが今俺が生きててやりたいことだった。


 なぜか大学には花梨の姿もあって。


 大いに驚いたのは記憶に新しい。

 花梨は映画制作について右も左も知らない俺を憂いて自分も進路を選んだのだという。

いいのかそれで!?

入学を既に済ました彼女に言うのは愚問かもしれないが一応彼女に聞いてみると、

「だって皐月くん危なっかしいんだもん。それに、隣に茶々いれる存在がいるの楽しいし!」

 嬉しそうに本人が言うので良しとする。


 在学中に俺は一本の短編映画を作った。

 手伝ってくれる花梨と共に平日の放課後から休日や祝日まで様々な土地を訪れた。

 俺はカメラ片手に各地の綺麗なもの、美しいと思ったものをレンズに収める。


 小川のせせらぎ、

 生垣で揺れる庭木の葉、

 夜空に咲く花火、

 冬に光のモールを纏う街路樹、

 塀の上で眠る猫、

 蝉の鳴き声、

 田園を歩く鷺、

 湖を滑るカルガモの親子、

 牧場で下手くそなスケッチをする俺と花梨。


 ミカゲと同じものは作れないけれど(そもそも絵描けないし)、俺なりの命や生きることについての解釈を作品に綴ってみた。

 俺たちの情熱と葛藤と努力をこの一編の映画に注ぎ込んで。


 制作した短編映画は県内で行われる映像コンクールで大賞をとった。

 キャンパス内でもちょっとした話題になり、こうして現在地域の中学校に無料で公開するボランティア活動もしている。



「それでは、上映を開始します」


 司会らしき女子生徒がマイクの電源を切ると辺りは暗くなり映画が始まる。


 わあ……

 非日常な空間に期待の声があがるが内心俺の心は不安と緊張でいっぱいだ。

 体育館の後ろでそわそわ腕を抱える俺を見て隣に立つ花梨は呆れ顔を浮かべ、

「なに固まってんのよ。何回も観た映画でしょうが」


「こんな大勢に目の前で自分の作品観られてるんだぞ!? 胃に穴空くわ……!」


「でもさ、見てみ」

 小さい声で花梨が俺の脇をつつく。


 そこには目を輝かせ瞳を潤ませる生徒たちがいた。夢中で画面を見つめている。

 一部退屈そうに欠伸をする生徒もいたが、大半の生徒が画面に映し出される映像に魅入っていた。


「なんか、嬉しいな」

「私も嬉しい」

「おう」

 くすぐったくも温かい感情が胸を灯した。



「……あ」


 しかし俺は館内の隅で小さな悪意を発見してしまった。


 一番後ろの列の左側の方。

 一人の男子生徒が隣に座る男子生徒に足を踏まれていた。

 どうやら故意らしく、踏まれた足をどけても追いかけその上を踏みつけている。

「おい」

 踏んでる奴を注意しようと思ったが、花梨がそれを制す。

「なんだよ見過ごせってか」

「違う。見て、あの子の表情」

 言われて踏まれた方の男子生徒の顔を見る。

 その瞳は真剣に映画を見つめ輝いていた。

「……水をさすのも野暮だな」

 きっとこの子も狭い箱庭の中で戦っている。

 箱庭の攻防は今もどこかで続いている。




「あの、どうしたらこんなに素晴らしい映画が作れますか」

「君は……」


 映画の公開を終え片付け作業をしていると先程足を踏まれていた男子生徒が俺に声をかけてきた。

 体育館内は片付けをしている俺たちだけ。花梨は飲み物を買いにコンビニまで行っていた。


「僕、クラスでいじめられてて、学校にも休んでばっかでそんなに来れなくて、でも、今日は映画が見られるから登校したんです……」


 この日のために勇気を出して登校してくれたのか。

「そっか。ありがとう。嬉しいよ」

「僕も、お兄さんみたいに感動する映画を創りたいです。でも、学校も行けないような、僕みたいな弱い人間には、無理なのかなって……」


「大丈夫。君ならできるよ」


 俺は力強く言う。

 これだけは強く言える。


「辛いことを真っ向から受け止めるだけが強さじゃない。君の居場所はこれからいくらでもつくれる。君にはどんな可能性も選べる未来があるから大丈夫だよ」


弾んだ足取りで体育館を去っていく男子生徒と入れ替わるように、ニヤニヤした顔の花梨がジュースを抱え帰ってきた。


「なんだよ」

「格好いいじゃん皐月くーん」

「……うるせ」


 どうだミカゲ。


 俺の創った映画はどうやら大成功らしいぞ。

 大衆を覆す反響? 知るか。


 ひとりの人間救えただけでもこの映画制作は大団円だろうが。



 その後俺が人生で創った映画はあの一作のみだった。

 なんていうか、あの映画で全てを出し尽くした。

 ファンレターもそこそこ貰い、数社の映画スタジオからオファーも受けたりした俺だが、映画に携わるのは大学時代で終わらせた。


 届けられたファンレターはあの日両親と行った旅行のお土産の缶の中に大切に保存してある。


 大学を卒業し一般企業に就職した俺は、数年後、花梨と生涯を共にすることを決めた。

 夫婦円満に仲良く、時に喧嘩しながら、子供には恵まれなかったが穏やかで幸福な人生を送った。


 七十歳になった俺は床に伏すことが多くなった。

 閻魔の言っていた滝里先生への代償がここで現れたんだろう。

 日に日に衰えていく身体。


 春の暖かい日だった。


 布団から起き上がれなくなった時、自分がもう長くないことを悟り俺は布団の隣に座る花梨に謝った。

 たったひとり妻を残していくのは申し訳ない。

 力なく謝る俺に彼女は涙をこぼすことなく強気に笑ってみせた。


「あいつによろしくね」


 穏やかで平凡で安らぎと幸福に満ちた俺の一生は幕を閉じたのだ。



ラストスパートです!

彼らの物語の行く末をお見届けください。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ