第三十三話:影と光
滝里殺害の犯人を見つけ出すため蒼汰くんは毎日懸命に事件解決に向けて動いていた。
花梨も協力してくれるも、なかなか捜査は進展せず途方に暮れる毎日だった。
私は彼に阿久津ユリナの名前を提示した。
犯人と決めつけるわけではないが、彼女が私にした行いは劣悪そのもの。
いじめの当事者として、阿久津がこの件に何かしら絡んでいるんじゃないかと疑ってしまう。
(私怨も入っているかもしれないが)
一番情報を持っている参考人にしては最適だと思った。
蒼汰くんは私から阿久津の名前を聞くと目から鱗という反応を示していた。本人曰く、視野が狭窄してたらしい。意見を出し合うのは大切だな。
阿久津宅へ向かう途中の歩道橋で思わぬ人物に遭遇した。
「やあ、皐月くんじゃないか」
その声に肌が粟立った。
なんで。
なんでこいつがこんな所に。
今までの記憶が甦る。
声も音も匂いも感触も感情もすべて。
(やめろ……思いだすな……っ!)
顔から血の気が引く感覚がする。死んでいるのに、これは気のせいか。それとも経験則から細胞が感じているのか。
蒼汰くんは山之内と穏やかに会話をしていた。
蒼汰くんは彼の中学での行いを知らない。影美をいじめた主犯格の片棒だということも。
彼にとって山之内は小学校時代の優等生なクラスメイトで止まったまま。
二人の会話に顔をうつむかせることしかできない自分だったが、明らかに一つだけ山之内の言動に違和感を感じた。
彼が来た方向。
学校の帰りだと言っていたが彼が来たのは学校と真逆の方向からだった。
市ノ瀬高校は影美が進路先として目指していた、いや、両親に目指すことを強要されていた高校だ。受験の下調べで足を運んだこともある。私が市ノ瀬高校の位置を間違えるはずがない。
「こちらが記憶に乏しいから、適当にでっち上げたんだろうな」
この町を去った蒼汰くんが市ノ瀬高校の位置まで細かく覚えている可能性は低い。それに彼と共にいる私が同じ竹ノ宮市から来たと聞いて安堵の息を漏らしたのを私は聞き逃さなかった。
私が影美と知るよしもなく安心しきった山之内はその場しのぎの嘘を吐いた。
(だが、どうして奴が嘘を吐く必要がある?)
私にとっては高校の位置がどうよりもどうして彼が嘘を吐いたのか気になった。
「……」
考え込む私に蒼汰くんが言った。
「お前、山之内のこと嫌いなんだろうな」
「!!」
その言葉を私はずっと待ってたかもしれない。
彼のその言葉を心の奥のどこかで望んでいる自分がいた。
だって蒼汰くんは中学のときの山之内を知らない。
山之内が中学でいじめを率先するようになることを。
影美をいじめ自殺に追い込んだことも。
(私が影美だと知られたくないのに、君にこれ以上傷ついてほしくないのに)
なのに。
これまでの私の辛さをわかってほしい。
知ってほしい。
気づいてほしい。
慰めてほしい。
そう願ってしまう自分がいた。
せっかく前を向き、花梨という友達を得てクラスにも溶け込んできた彼を、私が過去に引き戻すわけにはいかない。
(また蒼汰くんが傷ついてしまうのは嫌だ)
矛盾してる。
わかってほしいのに、知ってほしくないなんて。
だけど。私は君の言葉でまた救われたんだ。
阿久津ユリナは当時と全く変わらずあの阿久津ユリナのままだった。
昔のことを蒸し返す私たちを煩わしそうに邪険にする態度も高圧的な視線も 当時のいじめっ子そのもので、反省も後悔も後ろめたさも何一つ感じさせなかった。
彼女の態度に蒼汰くんは爆発するのかと思わせるほどの怒りの感情を露にした。
蒼汰くんがあんなに怒った姿を見るのは初めてで、冷静さを失った彼がそのまま阿久津の細い首を絞めてしまいそうで怖かった。
凍りつく空気を破ったのはユリナだった。
彼女は滝里について口外にするなと口止めされてたこと、口止めした人物が犯人であることを告白した。
彼女から告げられた犯人の名前。
その名前がついさっき歩道橋で対面したばかりの男の名前で。
山之内淳平。
「そもそもあいつが悪いのよ!! あの子が自殺なんてするから。あんな死に方するから! だからこんな面倒なことになったじゃん! 私を苛立たせていじめさせて、御園が悪いんじゃん! 御園こそが負の連鎖を作り続けてるんだッ!! 今だってあいつのせいで! あいつさえいなければ!!」
阿久津の暴言は鼓膜の奥にまで刻み込まれた。
頭を殴られた衝撃と近いものだった。
私は自分がとんでもない過ちを犯した。
私の自殺は自分に対してだけの罪ではない。誰かを巻き込み人生を狂わせるもっと重大なものだった。
私の死が、山之内の滝里殺害を誘発した。
間接的に滝里を殺したのは私。
『あいつのせいで! あいつさえいなければ!!』
私が、私がいたから……
意識が暗い方へ闇の底へ沈んでいく。
「あんたたちに出会えたおかげかもね! 私、今すっごく楽しいもん!」
夕日が照らす花壇の隙間でしゃがみこむ私に降ってきたのは無邪気な花梨の言葉だった。
花梨の言葉は救済だった。
彼女は私と出会って感謝してくれた。友人になってくれた。
花梨だって器用な人間じゃない。自分の在り方に葛藤する繊細で心優しい少女だ。
花梨の言葉に私は救われた。
許された気がした。
(花梨が影美の友達でいてくれればどんなに心強かったろう)
「タイミングだな」
夕暮れ時、笑い合う蒼汰くんと花梨の二人を見て私は自嘲気味に笑った。ため息の温度は少し温かい。
それはそうとしても、
「……なにメモリあっているんだ」
いい感じな空気を纏う二人に一滴くらい水をさすくらい、バチは当たるまい。
だってちょっと悔しいし。
読んでくださりありがとうございます!
過去編もう少しだけ続きます!