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ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第四章
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第二十七話:さよなら

阿久津さんの告白に衝撃を受けた。

「え……」

「御園もご存知の通り、山之内くんは私の気持ちにも気づかずにあんたに告白した。そしてあんたは山之内くんをフった」

「そんな」

 阿久津さんが山之内くんを好きだったなんて。そんなこと知らなかった。

「許せなかった。私の方が前から彼のことを好きだったのに、ぽっと出のあんたに彼は一瞬でも心を奪われて、それを踏みつけもされて……だからあんたに地獄を見せなければ気が済まなかった」

「それで私を……」

 それじゃあ、阿久津さんは山之内くんをとられた恨みで私をいじめたっていうこと?


 でも待って。

 それが本当なら、イケニエ制度は?

 だって、週に一度いじめのターゲットを変えるっていうイケニエ制度はどうなるの?

 疑問が頭の中でとぐろを巻く。気持ち悪い。早く取り去ってしまいたい。

 でも、これが分かってしまうと私はおかしくなってしまう気がする。

 私の気持ちなど関係なく、阿久津さんは微笑みを浮かべて真実を言う。


「イケニエ制度なんて嘘。最初からあんたしかいじめる気しかなかったわ」


 ガラガラと足元が崩れ落ちる感覚を覚える。

 まるで深い闇に落ちていくような、そんな感覚。


「御園は真面目だからさぁ。『他のイケニエを出すくらいなら私がずっとイケニエになる』ってずっとイケニエに立候補してくれたの傑作だったわ。だって守る人なんて実際存在してないんだもん」


 あっはっは! お腹を抱えて笑う阿久津さん。

 蹴られたお腹が痛い。

 ジワジワとそこから得体の知れない闇みたいなものが侵食していく。


 イケニエ制度なんてなかった。


 ずっと私が守ってきた誰かなんて存在しなかった。


 ずっとひとりで存在しない何かを守り続け、事実を知っている周囲から笑われていた。


 ずっと、ひとりぼっちで踊らされてたんだ。


『まだ自分が攻撃されて他人のいじめを見ずに済む方がマシって、イケニエなんて引き受けちゃって……』

 蒼汰くんとの思い出が灰色に変わっていく。

 その瞬間、私の心は真っ白になった。

「これで真実もはっきりしたことだし、これからはちゃんと御園さん目的でいじめてあげるから」

 山之内くんがこの場には似合わない爽やかな笑みを見せる。

 その笑顔には邪悪さが孕んでいるんだろうけれど、私にはもう彼の声も微笑みも何も感じなかった。


「明日からもっと酷い地獄を見せてやるから!」

 阿久津さんの罵声も何も感じない。

 私はふらふらと立ち上がり、ぐしゃぐしゃになったスケッチブックを抱えて教室を出て行った。


 蹴られたお腹の痛みももう感じない。





 とある七月の半ば、私は鷹松市の街中を歩いていた。

 上を見上げると、絵の具をひっくり返したような鮮やかな青い空に、もくもくと積み重なる真っ白な積乱雲が夏のコントラストを描いている。

 都心からやや離れた鷹松市はそれでも立派な都会の一部であり、高層ビルがひしめいている。


 その片隅に、ぽつんと忘れ去られたかのように廃ビルが建っていた。


 かなり昔に使っていた企業が倒産して以来、無人になりそのまま放置され、今ではいつ崩れるかわからないほどボロボロになっており、あちらこちらに『危険! 立入禁止』と看板が置かれている。


 看板の警告を無視して、埃臭いフロアに入り、起動しないエレベーターを通り越し、奥に設置された非常階段をカンカンと上る。

 二階、三階、四階。

 階段、踊り場、階段と同じように繰り返す作業を何も考えず無心で続けていると、やがて屋上である八階に辿り着いた。

 最上階まで一気に階段を上った私の息はあがっていて、動悸も早くなっていた。

 日頃の運動量が足りてないな、なんてどうでもいいことを考えてしまう。


 でも、考えるのも苦しいのも今日で終わりだ。


 フェンスを乗り越え、足場の狭いビルの淵へ立つ。

 一歩先にあるのは宙だけだ。

 ビュオオオォォ、と強い風が下から吹き上げて私の頬を叩く。

 下はコンクリート。間違いなく即死だな。


(もう、つかれた)


 終わりにしよう。


 苦しみも、悲しみも。

 怒りも、憎しみも。

 ひとりぼっちも。


「終わっちゃえば、全部から解放される」


 遺書は残していない。

 自分を“残す”ことはしたくなかったから。


(死体だけは勘弁して)


 最後に一言だけ謝罪を述べると、

 私は。



 宙へ身を投げた。





第二十八話です。ここまで読んでくださりありがとうございます!

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