第十五話:代償
「代償?」
「ええ。幽霊の滝里杏奈がこの世に留まるための代償を」
「交換条件ってことか」
交換条件という言葉に閻魔は紅色の瞳を吊り上げた。
「交換条件なんて生易しいものではない。交換するものは君たちにとって“かけがえのないもの”ですから」
「勿体ぶらないで教えてくれよ。なんだ、命でも交換するってか」
「そう命です」
「は……」
「君たち誰か一人の寿命です。幽霊の彼女をこの世に滞在させる日数分だけ君らのうち一人の寿命を捧げてもらう。と、なると。ミカゲさんは死神だから除いて、少年か御嬢さんが払うことになるけれど」
「それなら俺が払うよ」
「皐月くん!?」
俺があっさり承諾すると、花梨が驚愕して俺の肩を掴む。
「何言ってるの! 『デート代俺が払うよ』みたいなノリの話じゃないのよ! あのイケメン爽やかな顔して恐ろしい条件押し付けてんのよ! もはや裏社会並みの脅しよ!」
「威勢がいいね~。君みたいな女の子好きだよ」
「黙らっしゃい! あんたは顔しかタイプじゃないわ!!」
命のやり取りをしてるはずなのに、いまいちシリアスさを感じさせない軽いノリで話をする花梨たちにため息が溢れる。
俺のため息を聞き、隣にいるミカゲが真剣な声音で俺に尋ねる。
「花梨の言う通りだ。命なんて簡単に受け渡せる代物ではないぞ。五月での屋上の時といい、君は君の命を大切にするべきだ」
その顔は少し不安そうだった。
だが俺に迷いはなかった。
「べつに。自分の命を粗末にしようなんて思ってないさ」
俺は一度命を棄てた。
放棄した命は死神によって拾われ、今日まで鼓動を繋げている。
不思議なことに、生きることを諦めた日から今日までが一番生きている気がした。
屋上から飛び降りたあの日から俺は変わった。
ミカゲが現れて、花梨という友達もできて、日常も非日常も交互に味わって、嫌でも肝が座ってしまった。
「犯人を見つけるまでの滞在料なら、パパっと犯人見つけりゃいいだけの話だろ。三人もいるんだ。文殊の知恵も降臨するだろ」
楽観的かもしれないが事実それしか方法がない。
とっとと犯人を見つけなければ俺の寿命がゴリゴリ削られる。
なら探すしかない。速やかに。
「ってことで俺が寿命払うわ」
「君は面白い子だね。この子が気に入るのもよくわかるよ」
ミカゲの頭に肘を乗せ下にある顔を見下ろし閻魔は笑う。
「こういうとこがお気に入りなんでしょ」
「……余計なことを言うな」
「はいはーい」
「?」
閻魔の方を見ると、閻魔はおどけたように笑ってその場を茶化した。
「私はここへ残るわ」
学校の門を出る際、滝里先生が言った。
「未だに心ない噂を面白がって侵入する学生たちがいるので」
「う」
花梨がばつが悪そうな顔をして唸る。そういやこいつも噂に当てられてだったな。来ている俺も同罪だが。
「自殺した生徒の悪霊も出ないし危険性もないと思いますが念のため。私に出来ることといえばそれくらいしかないから」
「ありがとう先生」
俺が言うと先生は首を横に振る。
「お礼を言うのは私の方よ。蒼汰くんまで重大な責任を背負わせてしまってごめんね」
深く頭を下げるその肩は小さく震えていた。
「これからがある貴方の寿命を奪うことになるのは本当に心苦しい、いざとなったら私を地獄へ……」
「大丈夫だよ先生。犯人は俺が絶対見つける」
「俺“たち”でしょ?」
「……そうだな」
俺は「いいこと」をしようとして先生を助けたかったわけじゃない。
自殺した御園影美。
阿久津ユリナに事情を聞きに行った先生。
その先生を殺した犯人。
そして犯人は未だ分からないまま捕まっていない。
なんとなくだが感じる。
この一連の出来事は繋がっている。
そんな気がした。
先生を殺した犯人を見つければ事件の全貌が少しでも見えてくるかもしれない。影美の身に起きた真実も分かるかもしれない。そう思ったら俺は自らの寿命を差し出すことに抵抗は感じなかった。
絶対に犯人を探し出す。
探し出してこの絡まった出来事たちの真相を暴いてみせる。
それが、今の俺に出来る亡き影美への弔いだ。
「……」
「なんだよ」
ふと視線を感じたので後ろを振り返ると、ミカゲがこちらをじっと見ていた。
その視線は憂いを帯びていて何か言いたげだった。
ミカゲはそれから目をそらして唇を尖らせる。
「別に」
「別にって割には何か言いたげじゃん」
「蒼汰。君は自分のことを過大評価しすぎじゃないか」
「あ?」
「自分にかかればどんな事件でも解決出来る。そう思い違いをしていないかい」
何を言うかと思ったら喧嘩を売ってきたぞこの死神。
「俺のすることに不満でもあるのかよ」
「不満などという感情論の話はしていない。君の自分に対する評価を改めた方がいいという提案だ」
訳のわからないことを。こいつは何を言いたいんだ。
いや、それよりも。
彼女の台詞を聞いて俺はある言葉しか浮かばなかった。
「お前こそ、無茶してんじゃねえかよ」
悪霊に追われた時、ミカゲは俺や花梨、滝里先生を守る為に自ら囮に徹した。
自分が既に死んでいる死神だからという理由で。
「俺にとっては死んでる死んでないの理由の前に、お前が犠牲になるのは嫌だから止めてほしい」
「……」
「俺にとってはお前も今を構成している一部だからな。勝手にいなくなると困る」
「……その台詞。全く同じで君に返したいんだが」
「どういう意味だよ」
「……」
「……あ、もしかして心配してくれてた?」
バシーンッ! とミカゲに思いきり背中を叩かれた。
「いってー!」
「さっさと帰るぞ。余命僅かの薄幸少年」
「まだいっぱいあるわ!」
ていうか今のダメージで寿命が一年くらい減った気がする。
せかせかと学校の校庭から出口を目指して歩いていくミカゲを見て花梨やお兄さんがニヤついていた。
「照れてる照れてる」
「青春ですねぇ」
「……なんだよ二人して笑って気持ち悪い」
「こういうものはいつ見ても胸が高鳴るわね」
「先生まで!?」
妙な温かい視線を三人から受け俺はなんともむず痒く居心地が悪くなった。
生暖かい眼差しを向けられる環境を作り上げた張本人はさっさと歩き豆粒くらいの大きさになるまで遠く先に行っている。
「お前が先に着いても鍵開いてねーぞ!」
俺は急いで不機嫌に先を歩く死神の元へ走って行った。
肝試し編完結です。次回新展開です。どうぞよろしくお願いします。




