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ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第二章
14/39

第十四話:閻魔大王

 お兄さんはいつもの宅配の時の服装ではなく黒い着物を着ている。

 血のように赤い帯、黒い着物、握られた刀には滑りのある血がこびりつき月の灯りに鈍く光っている。

「さてと」

 着ている服が違うだけでお兄さんはいつも自分に向けるように爽やかな笑みで振り返る。「自分が来たからにはもう安心です」

「あ、あんたは一体何者なんだ?」

「うーん、そうですねぇ……なんといえば良いか」

 顎に手を置き考える素振りを見せると彼は言う。

「自分はミカゲさんの協力者であり上司でもあり、そして地獄の皆からすれば主ともいえる……“閻魔大王”と申します」

「え、閻魔大王?」

「はい」


 満面の笑みを飾ったまま今度は腕を切り落とした化け物の方へ視線を向ける。その瞳は憂いに満ちている。


「君も不憫だったけど人を襲うのはご法度だ」

 お兄さんは鬼の首にかけて刀を水平に引いた。

 ごとり。

 重さを含む音が地面に響く。

「ひっ」花梨が小さく悲鳴を漏らした。

 切り落とされた頭部や胴体はやがて時間の経過と共に塵となって消えていく。

 刀を鞘に納めると何事もなかったように閻魔はミカゲに話しかけた。

「もうミカゲさんてば無理しちゃって。とんだ投げやり作戦に出るからヒヤヒヤしましたよ」

「閻魔、なぜここに」

「可愛い新人死神のミカゲさんがピンチだったから仕事投げ出して来ちゃいました」

「来ちゃいましたじゃないだろ。余計なお世話だロリコン上司!」

「あいてっ。もう素直じゃないな。嬉しいクセに」

「勝手な解釈をするな!」

 むきーッと年相応の子供のようにお兄さん……閻魔大王につっかかるミカゲ。

「あ、そっか。助かったのか、これ」

 ほのぼのとしたやり取りにやっと自分たちが危機的状況から抜け出したことを実感した。


 塵となり崩れ去った鬼のいた場所を見る。そこにはもう何も残っていない。


「死んだのか」


 幽霊に使う言葉ではないが率直な疑問として浮かんだので口にする。

「魂のみを地獄へ送りました」

 閻魔大王が答えた。

「彼らは地縛霊として人間の命を脅かした。君たちも襲われたでしょう」

「でも男の子……他の幽霊たちも、生きてる頃に辛い目にあってて、未練があって今も苦しんでたんじゃないか」

「生前は罪の無い被害者だったとしても、悪霊となって人や生き物を襲う。これはもう立派な加害者です。彼らは地獄で裁かれる身になる」

「…………」

「冷たいと思われるかもしれない。でも裁くのに情は邪魔になるんですよ」


 閻魔の言い分はわかる。

 被害者だから何をしてもいいとか許されるとかそんなわけないのもわかる。

 だが、鬼になってしまった幼い魂たちが、人を襲った化け物として裁かれるなんていたたまれない。

 彼らが過ごした環境が、居場所が穏やかで優しいものだったら、彼らの運命も結末も変わっていた。

 その立場は誰にだって成りうることで、自分は運良くミカゲに救って貰い、花梨という友達が出来て踏み留まっているだけだ。


 ただ一つ言えるのは、いつだって悲劇の先には悪意の渦が存在すること。


数ある正義は大きな悪意も生む。まるで自分たちが大義ある行動をしてるかのように。

 滑稽でどうしようもなく呆れる話。

 でも、その馬鹿馬鹿しいフィールドの上で自分たちが戦わないといけないのも事実で。

「苦しかっただろうな」

「そう思ってくれる人間がいるのは救いだと思いますよ」


「ねえ、私超おいてけぼりなんだけど」


 閻魔と俺の間に花梨の顔が差し込んできた。

「何なのこのお兄さんとか化け物とか。私ぜんっぜん、わけ分かんないんだけど」

 事態が終息するにつれ花梨もいつもの調子に戻ってきた。

 花梨は勝ち気な態度で初対面の閻魔大王に突っかかる。

「肝試しであんな化け物出るって聞いてないわよ。お兄さん助けに来たけど、これもお兄さんの演出? 血めっちゃ出たけどマジックなの? ドッキリか何かなの!?」

「おい花梨落ち着くんだ」

「ていうかミカゲ! あんた化け物相手に危ないでしょうが!! あんたも死神って何? 死神って言われてたけどそういう設定? お兄さん含め中二病なのアンタら!?」

 溢れ出る疑問を洪水のように浴びせる花梨の怒濤の質問責めにミカゲはめんどくせえ……と嫌な顔をする。


「戸惑わせて申し訳ない御嬢さん」


 憤る花梨の手をとり閻魔大王は花の綻ぶような甘い笑みを花梨に捧げる。

「混乱させてしまったね。今から自分がちゃんと説明するから許してくれませんか」

 シャララーン。

 煌めく効果音が付きそうなイケメンの微笑みに花梨は乙女の如く顔を赤らめ、

「は、はぃ」急にしおらしくなった。

「ありがとう」

 ニッコリと鎮圧完了。

「お前、絶対自分のこと格好いいて自覚あるだろ」

 脇にいるミカゲが詐欺師を見るような目で自分の上司を見つめた。

「まさかまさか」

 花といえど彼岸花が咲き誇る場所に居るこの男からは胡散臭さも香っていた。



 閻魔大王は花梨を含め俺たちにこれまでの経緯を説明した。

 自分は地獄の最高責任者であり死神たちを導く上司であること。

 ミカゲはその死神の中の一人で、自殺防止運動を主に行う企画班に所属しており、今回自殺者削減の映画を制作するために現世うつしよに派遣されたこと。

「何それ初耳よ! あんたやっぱ人間じゃなかったんだ!?」

「やっぱってなんだやっぱって」

 話を聞いても花梨は思ったより簡単に受け入れていた。

「御嬢さんは初耳として、君は制作作品についてはミカゲさんから聞いてますよね?」

「ええ。無事その映画の主演に抜擢されました」

「あらら」

 自嘲気味に言ったのに、閻魔大王はコロコロと笑った。

「君不幸な主人公顔してるもんね」

「……」

 殴りたい、この笑顔。

 地獄の主だから殴らないけど。

「大丈夫ですミカゲさん絵が上手いから! きっと見目麗しい美少年に書いてくれますよ」

「え、キャストって、実写じゃないんですか?」

「え」

「え?」

 疑問を疑問で投げ返されお互い疑問符を頭上に散らす。

「絵ですよね」

 閻魔がミカゲの方を見ると彼女はこくり、と小さく首肯く。目がこっちを見ていない。

「言ってないの?」

「言うの忘れてた……」

「あんたって意外とドジっ子よね」

「むむ」

 やべ、と気不味そうな彼女を見て、閻魔はやれやれと補足するように説明する。

「実はこの子を企画班に所属させたのは絵の実力を買ってなんです。彼女の才能は映像作品に費やしたら爆発的なヒットを狙えると見込んで。この国好きでしょうアニメ。売れると思ったんですよ~」

「自殺防止の映画がヒットって……」

 花梨が引きぎみに呟く。

「それだけの人が関心持ってくれたら素晴らしいことでしょう?」

「そ、それも一利ある、かも?」

「さっきからどうした。ブレブレだぞ」

「うるさいわねっ」

 かくいう俺は最初にあった時の「今はそういう傾向の作品が売れる」と言っていたミカゲの言葉を思いだした。

 この二人商魂逞しいな……


「なんだ絵かよ。とりあえずマジもんの顔が世間に出ずに済む」

 ちょっと安堵。


「始めに言えよなんで忘れるんだよ。少しは返答が違ったかもしれないだろ」

「なんだ自分が美化された作画で主人公になるのはやぶさかではないと」

「その凄い嫌な言い方やめろ!」

「とりあえず少年。君が主役なのは変わりない。君には悲劇の主人公から薔薇色の人生を送る逆転劇ストーリーの主人公になってもらうから引き続き頑張ってください」

 にっこりと野郎の俺にも惜しみなく笑顔を届ける。

「……善所します」

 適当に返事をしておいた。


「さて、もう一つ仕事が残ってたね」


 閻魔は笑顔から真剣な顔つきになる。


「え、もう一つって?」

「まだ何かあるわけ?」

「はい。自分にはもうひとつ仕事が残っていてね」

 彼の鋭くなった目付きはある人物の方へ向けられた。

「貴方には一緒に地獄へ来てもらうよ」


「…………え?」


 彼の視線の先にいたのは滝里杏奈、滝里先生だった。

 話題の矛先が突然自分に向かい滝里先生はぎょっとした表情をした。あまりにも残酷な言葉に驚きを隠せていない表情だ。

 滝里先生が地獄行きだって?


 一体、何故。


「どういうことだ。どうして滝里先生が地獄へ行くんだ!」

「彼女は自殺者です。自殺は己に対する殺人。地獄に堕ちて当然の罪を抱えている」

 その目付きは先程の朗らかなものとは正反対の刃物のような鋭い眼差し。

 しかし俺はその言葉にひっかかりを感じた。

(だって、滝里先生は図書室にいる時言ってた。自分は自殺・・じゃないって)

 図書室でした滝里先生との会話。

 途中で鬼に見つかり会話はしり切れとんぼになったが、彼女の言った言葉ははっきり覚えている。


「先生は自分は自殺で亡くなったわけじゃない、そう言ってたよな」


 確かめるように聞く。

 滝里先生は俺の言葉に頷き、伝える筈だった続きの内容をこの場にいる全員に話す。


「私は自殺なんてしていない。“殺された”のよ」


 しん、とその場が静まり返った。


「こ、殺された?」

「ええ。死亡したあの日、私は亡くなった御園さんについての情報を集める為に、当時四年一組だった生徒たちの家を訪問しにまわっていたの」

「影美のことを……?」

「今さらと思うかもしれないけれど、彼女を自殺に導いてしまったことを私はずっと後悔していた。罪滅ぼしかもしれない。こんなことを今したところで影美さんは許してはくれない。それでも当時の彼女の苦しみや痛みを知りたかったし受け止めたかったの。だから私は……当時影美さんをいじめていた主犯の生徒、阿久津あくつユリナさんに話を聞くために家に向かったわ」


 阿久津ユリナ。


 先程の滝里先生の話でも出てきたクラスの中心的人物。

 派手な外見と奔放で仕切り屋な性格でクラスのリーダー格に君臨していた。

 率先していたのは善行ではなくいじめという悪行。

 阿久津を思いだすだけで当時の凄惨ないじめ現場が脳に再生され身震いする。


「ユリナさんから影美さんにしていた当時の出来事を知る、それと同時にもう一つ目的があったの」

「目的?」

「彼女の他にいじめに加担していた生徒たちに自分たちの過ちを受け止めさせること。いじめの中心人物だった彼女なら、いじめに参加していた生徒を全員知ってるはず。影美さんのご両親はね、未だに影美さんがいじめで自殺したことを信じていないの」

「自殺したことを受け止められないってことですか」


「いいえ」

 滝里先生は首を振る。


「彼女の両親は彼女が逃げるために死を選んだと思ってるの。影美さんのご両親はとても教育熱心で、自分たちの指導が厳しいあまりに彼女は現実から逃げた、情けない娘だ、そう言っていたわ」


「……ひどい。自分たちの娘に対して言う言葉じゃないわ」


 花梨の声には不快感が含まれていた。

 俺も同意だ。会ったこともない影美の両親に怒りを覚え腹の底が煮える感覚だ。

「言ってやりたかった。娘さんはひとりぼっちでいじめと戦っていたって。ご両親だけには彼女のことをわかってほしかった。そうしなければ影美さんが報われない」

「だからって今さらいじめっ子に反省してもらうってのもどうかと思いますけどね。死んだ人は帰ってこない。死なないように何とかしなきゃいけないのに放置して今さら罪滅ぼしとは。墓前で反省会でも開くつもりですか。とんだ茶番だ」

「話の輿を折るな閻魔」

「あいたっ」


「ええ……今さらです。本当に。それでも、私は行動しなくてはと思った」

 鋭い横槍が飛んでくるも、滝里先生は凛とした態度で返した。

「……で、御園影美を自殺に追い込んだ主犯の阿久津ユリナの家に訪問したと」

 ミカゲがそれた話題を軌道修正する。


「そう。彼女の家へ向かう途中、私は何者かに殺された」


 滝里先生は当時のことを話した。

 その時すでに阿久津の家の近くまで来ていたという。

 阿久津の住むマンション前には大きな道路があり、歩道橋を渡らなくてはならない。

 歩道橋の階段を上り、マンション側へ下りる階段の一段目に足を伸ばしたその時ーー。


 階段のてっぺんから、滝里先生は後ろから突き落とされたという。夕暮れ時の出来事だった。


 滝里先生はこの時、自分の背中を何者かが後ろから突き飛ばした感触があったという。

 押された体はそのまま宙に投げ飛ばされ、地面までゴロゴロと転がるように転落していった。


「そのまま私は呆気なく死んでしまったわ」

「じゃあ、先生は何者かに殺されたってことか」

 先生が頷く。

「それって殺人事件じゃない!? 誰かに殺されたってことでしょ。なにそれ怖い!」

 花梨が叫ぶ。

「自殺でないのなら地獄に行く必要ないのでは」

 ミカゲが隣に佇む上司に目配せする。目線を合わせるのにかなり上の方を見るミカゲは子供のようだ。並んでいると親子にも見えた。一方親と揶揄された方の閻魔上司の反応は芳しくない。


「証拠もないのに殺人で自殺じゃないって言われても困るんですよこちらとして。もしかしたら地獄行きを免れるための自作自演かもしれない」


「今の話聞いてただろ。どう考えたって殺人だろ。自殺じゃないって分かって地獄行きが撤回されるところだろーが!」


 冷酷な閻魔大王の言葉が最後まで言い終わるか終わらないかぐらいで俺は奴の胸ぐらを掴んでいた。


「そんな熱くならないでくださいな」

 俺とは真逆に爽やかに頬笑む彼は胸ぐらを掴まれているのに余裕ようだ。 

 きっと力では彼に敵わない。それどころか瞬殺だろう。さっきの戦いを見た後だ。下手したら自分が肉片になる未来だってある。それでも俺はこの男の態度が気に食わなかった。


「誤解しないでほしい。自分は彼女を疑いたいわけではないです」

「疑ってるだろ。さっきの台詞からして」


 先程から滝里先生に対してやけに棘のある発言をする。彼女みたいなタイプが嫌いなのか。

「いやいや他殺の証拠。これがなければ地獄行きは撤回出来ない。そう言ってるんですよ!」

「証拠」

「そう証拠。滝里杏奈を殺害した犯人が実在するかって証明。それが見つからない限り彼女は自殺と処理され地獄行きになります」

「なんでだよ!? そんなのあんまりだろ!」

「あんまりと言われても。証拠がなければ嘘である可能性もあるわけだし」

「蒼汰。こいつに感情論で何を言っても無駄だぞ。文字道理鬼上司だから」

 ミカゲが俺を諌めるように肩に手を置く。

「そうそう。ミカゲさんの言う通り」

「反論するならこいつに証拠を突きつければいい」

「えー」

 ミカゲは閻魔に向かって舌を出す。

「お前の言うことを誰もが素直に聞くと思うなよ。少なくともここにいる奴らは、な」


 ミカゲは俺と花梨を見つめる。

「ミカゲ……」

「だろ?」

「そうよ!」

 花梨は息巻き閻魔のお兄さんにビシッと指を突きつける。

「イケメンは好きだけどこればかりは私も納得いかないわ! はっきりいって私は部外者でアウェーな存在だけど、友達が納得いってないなら私もいかない!」

「うげ。その皆の苦しみは皆で分かち合おう理論苦手……」

「あんたは同意しなさいよ!」

 空気を読まずおえーと口元に手を押さえるミカゲに花梨がなんでやねん! とツッコミを入れる。


「要は先生を地獄行きにさせないためには犯人って証拠を出せばいいんだろ」


「犯人が見つかれば自殺でない証明ができるからね」

「分かった。なら俺たちが滝里先生を殺した犯人を見つける。それまで先生を地獄へ連れていかないでくれ」

 俺は頼む、と頭を下げた。

 その姿を見て閻魔は困ったように眉をハの字に下げていたが最後は「……仕方ないな」と承諾した。


「ただし待つにつれて、一つだけ代償を払って貰うよ」



第十四話です。ここまで読んでくださりありがとうございます。

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