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ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第二章
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第十三話:懺悔

 滝里杏奈。四年一組の担任教師。俺が小学校に通わなくなったきっかけの事件を発生させた原因の一人。

 はっきりいうと、あまりこの人に対して良いイメージはない。

 担任教師だというのに、いじめ現場を見ても見てみぬふりをして放置した。いじめられていた影美だって、この教師がもっとしっかりしていれば自殺などという末路は辿らなかっただろう。

 もう二度と関わることはないと思っていた教師が突然現れ、危機的状況を救ってくれた。

 俺は元担任との思わぬ再会に心を戸惑わせた。


「大きくなったわね、蒼汰くん」

 滝里先生は元生徒との再会を懐かしむ心と、あの事件の別れから俺に対して申し訳ない気持ちが折り重なった複雑な表情をしていた。

 俺はあの日から荒津小学校が嫌になって、担任の滝里先生にすら一度も会わず転校してしまった。

 実質最後に先生の顔を見たのは影美のイス破壊事件に俺が呼び出されて以来だ。


 お互いに最悪の別れだったことから非常に気まづい。

ただでさえ出先で知り合いに会うことすら苦手な俺にこの鉢合わせは正直、助けてもらっておいて悪いが逃げ出してしまいたかった。

 それでも自分は現在高校生。挨拶くらいしっかりしなくてどうする。

 俺は元担任に向かって軽く会釈をする。

「お久しぶりです……滝里先生」

「もう高校生か。時が経つのは早いね」

 先生は俺の成長を見てほっとため息を吐き、少し悲しそうな顔をした。

「無事で良かった。これ以上私の教え子を失うかと思うと……」

「教え子って。もしかして、影美のこと、ですか」

「……」

 先生は力なく頷いた。

 先程ショックを受けたばかりなのに、再び影美が亡くなってしまってしまったことを確認してしまい目の前がくらくらする。


 俺が黙ったまま下を俯いていると、横に屈んで隠れている体勢で花梨が「あの」と手を小さく手を挙げた。

「ちょっと質問していいですか?」

 彼女の視線の先には滝里先生。

 お互いに初対面の筈だが、先生に助けられから図書室に身を隠すまで、花梨は彼女をじっと見つめていた。

「なにかしら」

「滝里杏奈、先生ですよね。元四年一組の担任の」

「そうだけど」

「こんな質問おかしいと思うんですけど……」

 花梨は言うか言わないか迷うように視線を俺からミカゲへとキョロキョロとさせ、最後にふぅっ、と決意したかのように滝里先生に向かって質問を投げ掛ける。


「滝里先生は二年前に亡くなられてますよね?」



「……え?」

「…………」

 俺から間抜けな声がこぼれる。

 花梨はなんて言った?

 目の前に座っている先生が死んでいると言っているのか。

「何言ってるんだ花梨。滝里先生が死んでるわけないだろ」

「皐月くんさっきの私の話聞いてた? 連続自殺の件で亡くなった四年一組の二人の話」


『最近あったっていう、自殺した荒津中学校の子。あの子を受け持った担任も自殺してるって言ったでしょ? たしか……』


 四年一組の担任だった先生の名前は滝里杏奈。

 花梨は言っていた。


「いや、でもおかしいだろ。滝里先生ここにいるじゃん。喋ってるじゃん。さっきだって追いかけてくる男の子の幽霊から俺の手を引っ張って助けてくれた。感触もあるし温度もある」

「死者に体温や実態が無いと決めたのは御伽噺の世界だけだ。死の境界は君ら人間が一目で判断出来るほど簡単なものではないよ」

 混乱している俺にミカゲは最初から解っていたように静かに説明した。

「滝里杏奈は亡くなっている」

「確かに、私は二年前に死んでしまった。それから私の時間は止まったままよ」

 滝里先生は花梨や俺、ミカゲに向けて自分がこの世の存在でないことを告白した。

 たしかに目の前にいる彼女はあの頃のから全く時間の経過を感じられない。

 まるで四年生の頃の記憶そのものが具現化されたようだった。



「私はずっと後悔しているの。あの時、影美さんを守ってあげられなかったこと」

 滝里先生は弱々しい声音で自らの過ちを語った。


「私は当時教師になったばかりの新米で立派な先生になるとはりきっていた。皆から好かれる明るくて気さくな、生徒に頼られ信頼される教師が目標だった。でも、荒津小に赴任してから私の目標は砂上の楼閣のように崩れ落ちた。荒津小の生徒は娯楽のようにいじめを行っている。四年一組は受け持ったなかで特にひどいクラスだった。ほぼ全員が一人を標的にしていじめを行う」


 嫌悪感で胸がつかえ呼吸もままならなかったと滝里先生は言った。


「私はすぐいじめの筆頭である女子生徒に注意を呼び掛けた。女子生徒の名前は阿久津あくつユリナさん。彼女からは反省する反応が伺えなかった。それどころか鋭利な瞳でこちらを睨んだ。次の日からユリナさんは私の授業を遮るように他の生徒たちと喋るようになった。自分を注意した女教師への仕返しだろう。四年一組の生徒たちはクラスのリーダー格のユリナさんの命令でグルになって私の授業の阻害をするようになった。その中で影美さんだけが私の授業を黙って受けていた。理不尽ないじめを受けていた女子生徒を私は見捨てた。黒板で文字を書いて生徒たちに背を向けていると刺さるような悪意に冷や汗が止まらなかった。怖くて怖くて堪らなかった。いつの間にか私の中の天秤は教師としての誉れよりも恐怖に対して傾いていた。少しでも束になった生徒から攻撃を受けないように、綱渡りのように不安定な安定だけを求めた。たったひとりで立ち向かっている影美さんを犠牲にして……私は逃げたの」



「だから、自責の念から自殺を選んだんですか」


 自分でも驚くほどの冷たい声が図書室内に響く。

 自分よがりな滝里先生の懺悔に俺は怒りを通り越して呆れを覚える。

 教師とは、困っている生徒を助けて間違っている生徒を正す大人のことをいうと思っていた。

 今となってはそれはただの綺麗事。幼い頃の自分が大人に幻滅しないために呪いのように思い込んでいただけだったのかもしれない。

 何をどう言ったって、目の前の元担任が自分を守るために影美を見捨てたことに変わりはない。


「自殺を選んで影美が納得すると思ってるんですか」

 だからって、謝罪のつもりで自ら命を絶つなんて浅はかすぎる。

 死んでしまえば罪が消えるのか。

 亡くなってしまった人の命を自分の命で相殺出来るとでも思っているのか。

 それは償いではなく最大の逃げだ。

「あなたはいつまで生徒と向き合わないつもりなんだ!」


「違うの皐月くん! 私は自殺・・で死んだわけじゃないの!!」



「……え」

「どういうことですか?」

 それまで黙って聞いていた花梨がここで声を発した。

 花梨は先生の発言にクエスチョンマークを浮かべる。

「自殺じゃないって、じゃあどうして滝里先生は……」


 俺も花梨と同じく混乱していた。

 先生は影美を犠牲にした罪悪感から自殺を図ったのではないのか?

 ならどうして滝里先生は亡くなって幽霊になってるんだ?


「本当は、私は……」


 滝里先生が口を開いた時、


「み~~つけた」


 背後から声がした。全員が話に集中していたせいで反応に遅れた。

 後ろを振り向くと、にたぁと鬼が笑っていた。


「逃げろッ!!」俺たちは身を翻して鬼の追撃をかわす。

 鬼の手はグネグネと曲がり、俺たちが居たところを鞭のように叩き図書室の床をえぐった。

 ターゲットである俺たちを追いかけて腕を振るう追撃をやめない。板樋りの床、本棚、窓ガラスと次々と室内が破壊されていく。

「出るぞ! ここにいたら木端微塵にされる!!」

 俺たちはほぼ壊滅状態になった図書室から脱出し、次なる隠れ家になるところを目指し廊下を走る。

 しかし、一番身を隠せる最適な場所が図書室だったためこれ以上に身を隠す絶好の場所など思いつかない。

「どこか、どこかないのか……!」

 一階ならここから近いグラウンドか。それとも階段へ向かい隠れる場所があるかもしれない上へ行くか。

 野外は広いが相手の目を撹乱させるようなアイテムは少ない。ターゲットにされたら体力が底をつくまで追われ続けるだろう。

 かといって校舎内も図書室のように不意討ちされたらアウトだ。

 先程は運が良くかわすことが出来たが今度も同じように逃げられるとは限らない。

「クソッ。どうすればいい!?」

 頭を必死に回転させても後ろから追われる恐怖と焦りで脳が冷静さを失ってしまっている。

 幽霊である先生や死神のミカゲはまだ平気そうだが生身の人間の花梨は息切れして走るスピードが落ちている。

 このまま彼女のスピードに合わせていたら間違いなく鬼の手によってあの世行きだ。

「もう、私はいいからっ、おいてって……」

「バカ言うな。しっかりしろ」

 限界で走れなくなった花梨の背中と膝の裏に腕を回し彼女の体重を全て負担する。ミカゲが花梨を担ぐ俺を呆れたように見つめる。

「そんなことしていたらどちらもお釈迦になるぞ」

「うるせぇ、じゃあどうすりゃいいんだよ!」

「簡単だ」

 ミカゲは俺に担がれている少女を一瞥してこう言った。

「一番役に立たない奴を捨てて逃避方法を考える時間稼ぎにすればいい」

 ぞっとした。

 彼女の瞳が、言葉が驚くほど冷酷で無慈悲で。

 心の温度も優しさも欠片もない死神の発言にさぁっと自分の何かの温度も下がっていく。それと同時に例えようのない怒りのような感情が沸々と沸き上がる。

「花梨を囮にしろってか」

「誰もあいつとは言ってないだろ」

「ふざけるな!! 花梨だぞ!? 今まで一緒にいた仲間だろうが!」


 花梨はお前のことを友達だって思ってんだぞ!

 お前は友達だと思ってないかもしれないけれど、仮にもそう言ってくれた人間を見殺しにするなんてあんまりだ。

「お前は本当に死神だ! 血も涙もない」


「やっと私を人間じゃないとわかってくれたか」


 だからこうするのさ。

 ミカゲは自身の足の向きを俺たちが逃げる方向と真逆、つまり鬼の方へ変える。

「おい、何を」

「君の言う通り私は一度死んでいる死神だ。一番ダメージが少ないだろう」

 ミカゲは自嘲気味に笑い鬼の方へ駆けて行った。

 こちらへ向かってくる囮になったミカゲを見て鬼はニタリと笑う。

 異形となった鬼の手は獲物を掴み、それを頬張ろうと頬まで裂けた口を開く。


 ――ガブリ。


 肉の裂ける音がグラウンドに響いた。

 鮮烈な赤色が空中に舞う。鬼の口にはベッタリとその赤色の飛沫の元がついている。

「あ、あぁああ」

 鬼の手に捕らえられた死神の少女は鬼によって捕食されてしまった。


 そう思っていたのに。


「ど、どうして」


 ミカゲの声が聞こえた。


 降り続ける血飛沫はミカゲから出ているものではなかった。

「どうして」

 滝里先生の左肩は鬼の鋭利な歯によって食い千切られている。

「はやく、逃げなさ、い」

 ミカゲは見ていた。彼女が身を挺してミカゲを庇ってくれたのを。

 先生はミカゲが喰われるより先に鬼の口へ飛び込んだのだ。

 鬼は咀嚼を止めない。先生の体はどんどん鬼の口の中へ呑み込まれていく。

 ミカゲを捕らえていた腕も彼女の捕食に集中するためか一時的にミカゲは離され、地面に叩きつけられるように解放される。

 驚愕の事態に疑問を投げかけることしか出来ない。

「なんで、私なんて関係ないのに……」

「ダメージが少ないとか、自己犠牲とかやめてよ……もう見たくないの……あなたの代わりは何処にもいないのよ」

「!!」

「あなたが私の生徒じゃなくたって、私は子供たちを守る役目がある……だから、」

 最後ぐらい本当の教師でいさせて。

 鬼はグネグネと曲がったたくさんの腕で彼女の四肢をもぎ取ろうと力を入れる。

「やめろ!!」

 俺たちは顔面を蒼白にして叫ぶしかなかった。

 俺も花梨もミカゲも、誰もが絶望的な状況にうち塞がれていた。


 しかし、その絶望は一本の光の線によって打ち消された。


 夜の校舎には眩しい光の線が先生を掴む鬼の腕を切り離した。

 それが斬撃だと気づくのに少し理解が遅れた。

 俺たちの前には刀を持った一人の男が月光に照らされ立っていた。


「やれやれ、修行不足ですよミカゲさん」


「お前は!」


 ミカゲは驚いた表情をしていたが俺の方が正直もっと驚いた。

 窮地の俺たちを救ってくれたのは、いつもミカゲの物資を届けに来る宅配のお兄さんだった。


第十三話です。血を見るのが苦手です。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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