表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたりぼっちの箱庭革命  作者: 秋月流弥
第二章
11/39

第十一話:肝試し

 七月中旬の夜の気温は未だ昼の蒸し暑さを残していて汗が服にしみを作っていく。

 夏の午後八時はそれほど真っ暗ではないにしろ辺りは薄暗く、生温い風にざわつく木々の不気味さは真夏の怪談を語る雰囲気にはぴったりの演出を醸し出している。


「本当に来てしまうとは……」


 俺はミカゲ、そして花梨の三人で隣町にして元俺の故郷『鷹松市』にある廃校になった荒津小学校跡地へ訪れた。


「あんたの鉄の表情筋が恐怖で歪むのが楽しみだわ」

「君こそ一帳羅のスカートに世界地図を描くような恥をかかないようにな」

「誰が漏らすか!」


 相変わらず学校に着いてからも小競合いが絶えない二人だが、今は制服ではなくそれぞれ私服を着ている。

 花梨はオフショルダーにギンガムチェックのタイトスカート。ミカゲは薄手の生地の黒パーカーの下に真っ白でふわふわなワンピース。

 ちなみにこのワンピース、先程自宅でミカゲ宛てに届いた宅配便の箱から出しているのを目撃した。宅配のお兄さんの爽やか且つ眩しい笑顔が脳裏でちらつく。


「しかし……」

 肝試しとは思えない洒落た格好をしている二人を見てため息。そして疑問。

 あれで走れるんだろうか。

 何で走るって? そりゃ幽霊に追いかけられた時に逃げるからだよ。

 幽霊の存在を信じているわけではないが念のためランニングシューズに高校のジャージと完全武装してきた。

 俺がバカみたいで恥ずかしいなんて思ってないから。

 二人よりビビってるとかありえないから!



「職員玄関にスリッパって残ってるかしら」

「廃校だぞ。靴のままでいいだろう」

 警備なんてものはなく、立ち入り禁止のロープを跨いであっさり潜入。

 昇降口から土足のまま校舎に入り、持参の懐中電灯の儚い灯りを頼りに前へ進む。


 入り口には大きなレリーフが壁に張り付き飾られたままだった。

 壁に嵌め込む形のレリーフは校舎を取り壊すまでそのままにしておくんだろう。

レリーフの中の子供たちは時間が止まったまま遊び続けている。


 同じ一階フロアの職員室、保健室も同じように、時が止まったようだった。

 持ち帰る程でもない物はそのまま置きっぱなしにされている。

 回線の繋がらない固定電話、一世代前のタレントが写っているポスターや『虫歯ゼロ! 歯磨き習慣』と書かれた手作り感満載の広報。


 全てが廃校になったその日から時を進めることを止めている。

 人さえ来れば、また動きだすような、一時停止のような空間。でも、ここに活気が戻ることはない。

 停止してしまった学校。外の風が生温く吹き揺れる木々が汚れた窓ガラスを叩く音だけが現在動いているものの全て。

 あと俺たち三人か。


 全員無言で廊下を歩くが俺が肝心なことに気付く。


「自殺した生徒はたくさんいるって言うけど、花梨、お前は自殺した生徒たちの各学年とクラスは知ってるのか」

「そんなの全員分かるわけないでしょ」

「知らねぇのかよ!」

「事情通な素振りを見せてた癖にその情報量か。よく威張れたものだな」

「そこまで責めなくたっていいじゃん……」


 二人で無責任な彼女をやんわり責めるも、花梨は、「ひとりだけ分かる子がいるの」


「ひとりだけ?」

「うん。最近あった、自殺した荒津中学校の生徒。ほら、元荒津小の生徒だったっていう。その子の担任も自殺してるって言ったでしょ。たしか……その子、荒津小では四年一組で」



 四年一組の生徒と担任の名前は、



「生徒の方は、御園影美っていう名前だったな」



「え……?」




『私ね、すごく弱いの』


『人がいじめられてたりとか、理不尽な扱いを受けていたりとか』


『そういうのが耐えられなくて』


 小学生の頃、五月の校庭で俺の隣に三角座りで自身を抱えていた小さくて儚くも、明るくてとても優しい女の子。


『結局耐えられなかった』


 あのときの会話が再生される。

 彼女が、この世にもういない?


「――――ッ!!」

 俺は絶叫するような叫び声をあげ、その場で視界が暗転した。





「……」

 目が覚めてすぐ視界に入ったのは黄ばんだ天井だった。

 この天井には見覚えがある。当時しみが人の顔のように見えて気が休まらなかったここは、

「目が覚めたかい」

 天井から声の聞こえた方へ視線を移す。心配そうにこちらを見るミカゲと花梨が俺を見つめていた。

「……保健室か」

「そうよ。皐月くんが急に倒れたりなんかするから私とミカゲの二人係で保健室へ運んだの」

 大変だったんだから!

 養護教諭用の回転イスに勢いよく腰掛ける花梨の額には汗が垂れている。どうやらかなり心配してくれたらしい。

 花梨とは真逆に冷静な面持ちでベッドの脇に立ち腕を組んだミカゲは俺に問いかける。

「倒れる程ショックな出来事だったのか。その少女のことは」


「……小学生の頃の知り合いだったんだ」

「え……」

 花梨が思わず声をあげる。

「皐月くん荒津小出身だったの?」

「ああ」

「そんな、なんで言ってくれなかったの」

「言ってもお前は肝試しに来ただろう」

「そりゃそうかもだけど、先に教えてくれれば……あ、でも、知り合いが自殺してたなんて……」

 花梨の瞳は予想していなかった悲劇に衝撃を受け、驚きと悲しみに揺らいでいる。

 彼女の表情からは、取り返しのつかないことをしてしまったという後悔が滲み出ていた。


 沈黙の数分。


「蒼汰が知らずともその御園影美という生徒が死んだことに変わりないだろう。たまたま死んだ奴が蒼汰の知り合いだっただけだ」


 ミカゲがぴしゃりと冷たく言い放つ。

 死神のどこまでも無感情で冷酷な瞳で花梨を見つめた。


「花梨よ。蒼汰がショックを受けたのは縁在る知人を失ったことに対してだ。知らなければ良かったとか単純な問題ではない」

「だから、それをわざわざ知ることもないでしょ! 私が誘わなければこんなこと知ることなかったじゃん!」

「勝手に人を巻き込んでおいて勝手に後悔しないでくれよ」

 珍しく怒りを含んだミカゲの声に、花梨は驚きつつも負けじと涙目で睨み返す。


「やめてくれ、花梨もミカゲも」

 俺は言い合いをする両者の声を遮り、二人を宥めた。

「お前らが言い合っても俺が知ってしまったことは変わりないんだ。確かに影美、のことはショックで、ちょっと信じられないけど……とりあえず、運んでくれてありがとう」

 俺が礼を言うと、花梨とミカゲはばつが悪そうにお互いそっぽを向いた。


 本当は全然平気なんかじゃなかった。

 影美が死んでしまったなんて、信じたくない。

 悪魔のような荒津小学校で、善良でお人好しな彼女はあの学校では異質だった。

 同調意識が強い学校内で自分たちと違う者が混じっていたら攻撃対象になる。

おかしい集団が大多数ならいくら正しい心を持っていても影美が異質になる。異物は排除。集団心理だ。


 そんな不条理に屈してしまった彼女をひとり残して俺はあの学校を去った。

自分は影美を見捨てた。

 あの日、金次郎像で話した影美と友人になり、共に学校生活を過ごしていれば悲劇は起きなかったかもしれない。二人なら乗り越えられたかもしれなかったのに。


(今言って何になる……)


 そんなことは百も承知。

 それでも俺は後悔で押し潰されそうだった。


「影美という少女にそんなに思い入れがあったのか」

 体調も落ち着き、保健室から廊下に出たとき、ミカゲが俺に聞いた。


「濃い人間関係など築かなそうな君が、あんな風に取り乱すことに驚いた」

「別に……影美とは一回喋っただけだ。ただ、優しい奴で、この学校で唯一友達になりたいと思ったクラスメイトだった。今思えば影美が最初で最後の友達になるチャンスの人間だったのかもしれない」


「ふぅん。君の友達、ね」

 なんだその複雑そうな声のトーンは。

 話を横で聞いていた花梨が俺たちに提案する。

「四年一組に行こう。肝試しは終わりにして、影美ちゃんにお別れの挨拶をしよう」

「花梨……」

「私にはこのくらいしか考えられないけど。皐月くんが声かけてあげれば影美ちゃんだってきっと喜ぶよ」

 最初は肝試しに積極的だった花梨も趣旨を変えて俺と面識のない影美のことを優先してくれた。情にほだされやすい奴だ。彼女もお人好しの部類に入るのだろう。


「あのさぁ、皐月くん」

「なんだよ」

「……私はあんたのこと友達だと思ってるからね」

「え」

「だーかーらー。あんたには今、ちゃんと友人がいるってこと。二人・・も! だから弱気になんてなってんじゃないわよっこと!」

 バシっと力強く背中を叩かれる。

「いって! お前力強すぎだろ!」

「おほほ」

二人・・、か。数に入れてくれるのは光栄だが君の友達ではないからな」

「あら、私はあんたのことも友達だと思ってるわよ」

「!」

 お、意外な切り返し。

「友人その他大勢だけど。だって花梨ちゃん人気者だしぃ」

「むー」

 ミカゲは照れていた。

言葉をつまらせ顔を赤らめている姿に新鮮味を感じる。

 地獄での職場関係については知らないが、ミカゲも友達少なそうだし、青臭いやり取りに慣れてないのかも。

 照れを隠すように、

「さっさと四年一組の教室へ行くぞ」

 一人でズカズカと真っ暗な廊下を歩いて行ってしまった。


「「照れてるねー」」


 花梨と牧場以来のユニゾンし、笑った。俺たちは亡き旧友を偲ぶため、四年一組に続く二階の階段を目指した。



「そういえばあの子懐中電灯つけずに歩いているけど見えるのかしら」

 花梨が二階へ繋がる階段を上りながら疑問を持つ。

 先行くミカゲは真っ暗な階段を何段も飛ばしながら暗闇の障害などないように軽やかに上っている。死神だから常人よりも身体能力も体の器官も逸しているんだろうな、なんて正体を知っている俺なら納得するけれど、一般人には目を見張る光景だ。もう少し人間に寄せた動きをするよう後で注意しておくか。


「ミカゲってさ、人間らしくないよね」


 花梨が確信に触れる爆弾を投下した。

「らしく、ないとは」

「なんか人間に見えるよう人間らしさを演じる何かに見える」

「そ、そうか」

「実は肝試しを一緒にしたあの子が幽霊だった……なんてオチはホラーの定番よね」

 冗談冗談、なんて笑う園田花梨。お前は結構いいとこついてるぞ。

 ネタばらししたくなる気持ちを押さえる。先程の倒れた時から友達宣言までで俺はかなりこの少女を信頼しきってしまったらしい。

(俺も相当情に流されやすいな)

 いつかミカゲも自分の正体を明かせるくらい花梨に心を開ける時が来るといいな。

 こいつならお前の味方でいてくれるぞ。

 先行く少女に心でそう唱えた。



肝試しは苦手です。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ