第一話:少し遡って過去の話
突然だが、君たちは、学校生活で最も必要な“必修科目”をご存知だろうか。
それは、全人類が生きるうえで最も必要とするステータスかもしれない……だが、それを使って戦う第一の戦場は間違いなく学校だ。
どの科目よりも素早い予習が絶対で、体育の運動よりもダイナミックな行動が求められる“必修科目”を。
それこそが全世界共通の永遠のテーマであり、教育機関で一番教えたいことなのだろう。
“友達づくり”
恐ろしいことに、この地獄の必修科目は学校という名の教育機関、いや、学校という名の牢獄に閉じ込められた瞬間から審査が始まる。己は友がつくれるかと。
成績はもちろん、親友もしくは友人数。友人のステータス、所属する派閥のポジション……
その他諸々の品定めを受けに受け、クラス内を見渡せば一目瞭然の残酷な結果発表が五月中頃に浮き彫りになる。
人と関わることを積極的にしなかった輩は報いとして自動的にクラス内でつまはじきにされる。
教室内ヒエラルキー最悪の称号・“ぼっち”。
あんまりだろう。
そんな悪しき伝統に気付いていながらも俺、皐月蒼汰は見事クラスの浮きものになりましたとさ。なんてこった。
世の中の流れには逆らってはいけない。
こんなの幼稚園の時から知っていた。
幼稚園児の頃、今は亡き父親に市民プールで泳ぎ方を教わっていた時から、俺は教えられていた。
「流れに身を委ねろ! ジッタバッタあがくと沈んでしまうぞーッ!!」
もがけばもがくほど、沈んでいくこと。
「蒼汰! とりあえず浮いてみろ! 水中で止まってるくらいなら出来るだろ!」
動きを止めれば動かない自分だけ浮き彫りになること。
「お前はやれば出来るんだって! 蒼汰、本気で挑もうとしてねーんだよお前はよ!! 頑張るんだ蒼汰! 立ち上がれ蒼汰ーーッ!!」
「うるせーーッッ!」
暑苦しく叫ぶ父、反抗する息子をよそに、母はニコニコとおむすびを頬張っていた。あの時の時刻が午前十時だったのが何故か鮮明に覚えていた。
こんな正反対の両親だが夫婦仲は良好で、なんだかんだ俺も三人家族の生活が心地よかった。
その恵まれた環境が凶とでたのか、俺は小学校に入学してからも誰かと話したり遊んだりを自分から積極的にしなかった。
もともと大勢でイベントに参加するのも、ご近所さんとの交流も得意じゃなかったし、何より自分には自分のことを一番理解してくれる両親がいる。
だから、両親さえいれば、俺は他には何もいらなかった。
小学校四年生の六月上旬。
俺の両親はあっけなくこの世を去ってしまった。一人息子の俺だけを残して。
トラックに巻き込まれたんだ。
母が提案してくれた家族旅行の帰り道、俺と両親が乗る車にトラックが衝突した。
小学四年生の頃、俺は学校に行くのが苦痛になっていた。
クラスになじめない俺は、学校での遅刻早退が増え始め、四年生でほぼ登校拒否になった。
クラスメイトから学校に来てほしいと電話がかかってきたときは本当に嬉しかった。久々の学校に胸を弾ませながら登校したら、ずっと学校に来ない俺の椅子の処分についての内容で家に帰り俺は泣いた。そういえば、電話かけてきたクラスメイトと一度も喋ったことなかった。
「学校なんてお休みして家族旅行しちゃいましょうよ!」
泣きじゃくり膝に顔を埋める俺の頭を母が優しく撫でた。
「蒼ちゃんを大事にしてくれないクラスの子や先生のいる学校に行くくらいなら、ママとパパと蒼ちゃんみんなでお出かけしよう!」
「ねっ」母が父に己の案への相槌を求めると、驚くことにいつも厳しい父がうん、と同意した。
「息抜きにもなるし、負の感情のリセットにもなる。せっかくなら遠出でもするか!」
「二人とも行きたい場所はあるか?」聞きながら旅行雑誌をリビングの本棚から探す父の背中からは相変わらず熱気を感じる。
「楽しみだねー」と頬笑む母。
二人の温かさに、俺はまた泣いてしまった。
ぶつかった大型トラックの運転手が脇見運転をしていたのか、居眠り運転をしていたのか、当時の大事故がなぜ起きたのかは思い出せない。
事故の瞬間を目の当たりにした両親とトラックの運転手は亡くなってしまったため未だ真相もわからないまま。
救急車が何台もやってきたのかファンファンとサイレンが狂ったように大きな悲鳴をあげているように鳴っていて、耳が痛くて。耳をふさごうとした自分の両手の指は二本ずつありえない方向に曲がっていて。俺の意識は途切れた。
病院に運ばれた時のこと、大掛かりな手術を受けたこと、医師から聞かされる話はまるでお伽噺のようでどこか他人事のように思えた。
真っ白な病室の大部屋の知らない患者さんたちがリンゴの差し入れを食べさせてきた。お前さんはこれからの人生の方が長いんだから、しっかりしなきゃいかんよ。全然欲しくないアドバイスを貰った。
それより父さんと母さんに会わせてよ。俺まだ二人に会ってないんだよ。
意識の定まらないまま、懸命に心で訴えた。
でも、なんとなくわかってしまった。
……父と母は病院に入院していないということが。もう、二人は。
齢十歳の俺は、ただ涙と鼻水を垂れ流し、亡き両親を偲ぶ日々だった。
それと同時にことの運びとなった悪しき場所を思い出す。
荒津小学校。
あそこは、悪魔の教育機関だ。
本作は長編青春ファンタジーです。楽しんでもらえたら嬉しいです。