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 ――魔王城エレクテイオン――

 3つの神殿からなるこの城の一角で、人類の希望が最大の敵と戦っていた。

 本来神に捧げる神殿であった場所は、今では見る影もなく黒い魔力に犯されており、神像は崩れ、そこかしこに亀裂が入っている。


 破砕音が響き亀裂が増えると同時に、かつて神殿の一部だった塵が巻き上げられる。

 神が去ったとしか形容できない惨状の中、執事服を纏う男が柱の陰から姿を見せた。

 砂埃舞う遺跡に似つかわしくない格好だが、彼の服には塵一つ付いていない。

 彼が常時発動している魔法【環境影響防護/プロテクション・フィールドエフェクト】によるものだ。

 その証拠にこの暴風の中、彼の掻き上げられた黒髪はそよ風程度の揺れもない。

 この他にも無数の防護・索敵・反撃の魔法を常に展開している彼は、砂埃などに視界を奪われることなく状況を把握できる。


 周囲をざっと見渡し、今回の戦闘による魔王城の被害を確認してため息を吐く。

 神殿の破損の多くは、この城の主が勇者たちと闘った影響によるものだ。

 最初の内はその都度修復していたのだが、回数が2桁を超えたあたりから軽く瓦礫を退かすだけになった。


 景色が晴れるとそこには力尽き、蘇生アイテムの効果により人間領へと転送される勇者たちの身体と、高らかに笑う魔王の姿が。


「ざこざぁ~こ♡ クソザコ人類♡ 勇者よわよわすぎるんですけど~♡」


 その日もまた、勇者は魔王に敗北した。


  ※


 魔王城エレクテイオンに鎮座する黄金の魔王アンドロメナス様はお怒りだった。


「もーッ、つまんない! 何でいつまで経っても次の勇者は来ないの!? 前に来てからもう50年は経つわよ!!」

「恐れながらアンドロメナス様。前回は5日前でございます。もう少し忍耐力を持った方がよろしいかと」

「うっさいバカッ! 私より弱いくせに意見するな!!」


 勇者と闘った広い【参の神殿】とは別の、居住設備の整った【弐の神殿】。

 教会を思わせる高い天井に静謐な雰囲気漂う室内。音がよく反響するその場所にいるのはたった2人だ。

 魔王アンドロメナスとその執事マシュー。

 仕えて数百年経つマシューは、アンドロメナスにとって最も近しい存在になっている。


 本来祈るべき像が祀られている場所にアンドロメナスは玉座を置いていた。

 黒いドレスにシワが付くのも厭わず、思いっきり胡坐をかいている。

 金糸の様な長いラビットツインテールを折れないよう流したり、脱ぎ捨てられたブーツを玉座の端に揃えるのは執事であるマシューの役目だった。


「彼らは1年に1回しか来ません。次に来るのは360日後です」

「はぁ~、まったく最近の若いのはなってないわね! 毎回来る勇者もどんどん弱くなってるし。これじゃあ私の腕が鈍っちゃうんだけどぉ~ん?」

「おっしゃる通りでございます」


 ツーンと高く伸びた鼻が透けて見える様な高慢さ。

 しかしこれが許されるのが我らが魔王アンドロメナス様なのだ。

 我々魔族が最も重要視するのは”血統”だが、彼女は実力でも頂点に立つ。

 事実、マシューがアンドロメナスの執事になってから主人が苦戦らしい苦戦をしていた記憶がない。

 いつも高らかに相手を見下しながら、煽り散らかす様は淑女らしからぬところだが。


「マシュー、足」

「はっ!」


 アンドロメナスが足を上げると、マシューは素早くその下に身体を滑り込ませ四つん這いになった。

 トスン、と背中に小さい脚の感触が乗っかり、座り直す様子が伝わる。

 主人の足置きになる。

 これも立派な執事の務めである――はずだ。


ギィィィ――


 重い木扉の開く音ががらんどうの空間に響く。


 2人とも誰が来たかは索敵魔法で気付いているので確認する必要はない。

 マシューと同じアンドロメナスの元を訪れるのを許されている人物である。


 扉から入ってきた2人分の足音が御前まで近寄り、首を垂れる。


 片方は服を着ておらず、全身にベルトを巻くことで身体を隠している破廉恥な女性。

 片方は作業用のぶ厚いエプロンにアームカバーのみ(・・)を身に付けている、戯けた服装のダークエルフ。


 両者とも正気とは思えない格好だが、彼女達こそマシュー以外の幹部の2人、アブロースとヤヤだ。


「うむ、よく集まってくれたわ。幹部諸君」


 マシューを含めた魔王軍幹部3人が跪いて――内1人は足置きにされているが――集合したわけである。

 アンドロメナスはマシューの上で立ち上がり、質の良い生地を踏みしめた。


「今回集まってもらったのは他でもないわ。私が暇を持て余していることについてよ!!」

「――チィッ」

「ひんッ?! ごめんなしゃいッ」


 俯いたままアブロースが舌打ちをすると、アンドロメナスが小さい悲鳴を上げる。

 彼女のわがままに振り回されるのにうんざりしているのだろう。こういう議題で招集が掛かるのは1度や2度ではない。

 幹部に就任して間もない頃はまだこんな態度を取っていなかった。むしろ彼女は1番真面目にアンドロメナスに付き合っていただろう。

 今でもボイコットせずにきちんと出席しているため、根は真面目なのだ。全身にベルトを巻き付けているところは共感できないが。


「……マシューの足置き、いいな」


 虚ろな目でこちらを見るヤヤは、主の思考を読むことに長けたマシューでさえ、何を考えているのか分からない子だ。


 新月のエルフ族。

 いわゆるダークエルフの少女、ヤヤ=トト。

 特徴的な褐色の肌を隠そうともせず、エプロン1枚纏っただけの気だるげな少女。

 作業用の厚手とはいえエプロンはエプロンである。後ろから見たらどうなっているんだ、ということはマシューは紳士なので聞かないでおく。

 外見は10を過ぎたくらいの少女だが、エルフの年齢は見た目では測れない。マシューがわかるのは少なくとも自分よりは年下だろうと言うことだけだ。


 魔道具や人口魔物の研究の第一人者として幹部に席を置いている。

 本来白かっただろうアームカバーの汚れが彼女の研究熱心なところを現わしていた。


 魔王に匹敵する実力を持つ者が、幹部をやっているのだ。

 正直、人類側には同情する。

 何でお前が魔王じゃないんだ、と言いたくなるような奴らがそこらにいるんだから。


 そして魔王アンドロメナス。

 純粋な血統と幹部たち以上の力を持つ歴代最強の魔王。

 ヤヤよりも幼い容姿だが、その実力は我々3人が束になってかかっても倒せないだろう。


「貴方がた、不敬ですよ。アンドロメナス様は我らが魔族の希望。私たちの今日があるのもひとえにアンドロメナス様のご尽力があるおかげ。それをお忘れですか」

「そーよそーよ! 私が居なかったらあっという間に街ごと瘴気に飲まれちゃってるんだからね、感謝しなさいよね!」


 四つん這いのままマシューがたしなめると、2人とも黙って睨んできた。

 上司のお立ち台にされている同僚になにを言われても響かないのは当然だろう。

 分が悪いと判断したマシューは話題を変える。


「アブロース。貴方の服を着れない呪いの解除はどうなっているのですか。進捗を聞きませんが?」

「……」

「ヤヤ。貴方の管理しているダンジョン【怪物庭園】からスフィンクスが脱走したと報告がありましたが、その後は?」

「……」


 まさかの無視、である。


「そんなことより私よ!! 私はもっと悔しがる顔を見ながら煽りたいの! 私より弱い存在を見て悦に浸るのが好きなのっ!」


 人として、魔族として最低な事を仰るアンドロメナス様。


「暇暇暇! やだやだやだっ!!」


 ゲシゲシと背中を蹴られながら、お願いだから少しそのお口を閉じておいて欲しいとマシューは思った。


「――けど弱すぎるのもつまんない。そういうわけで私考えたわ」


 どうせ碌な事ではないだろうな、とマシュー、アブロース、ヤヤは感ずく。

 だがアンドロメナス様のお口から出たのは、3人の予想よりもはるかにろくでもない事だった。


「アンタたち幹部3人。ちょっと勇者になって来なさい」

「「「……は?」」」


 何を言っているのか理解できないとはまさにこのことで、事実、言葉は理解できてもなぜ今自分たちに向けられているのか分からなかった。


「サプラーイズよ。今日のために術式も開発してきあげたんだから。感謝してよね!」


 そうは思ってもアンドロメナスという暴走機関車は止まらない。

 マシューの背中に乗っていた足の感触が消え、アンドロメナスの掌が輝きを増して向けられる。


「どうせアンタ達3人より私の方が強いんだから、いてもしょうがないでしょ? だったら少しくらい私に付き合いなさいよね!」

「あの、アンドロメナス様! せめてもう少し説明を――ッ!!」

「ほい超☆転☆生☆砲」


 マシューの言葉も届かず、アンドロメナスの手から放たれた光に幹部たち3人は飲まれた。

 景色が、音が、感覚が。

 耳鳴りのように遠のいていく――


 雷光のような眩い光が収まると、そこに彼らの姿はない。

 ただがらんどうの教会に、アンドロメナスの欠伸が響くだけである。


「ふぅ~久しぶりに本気を出したわ。マシュー、キンキンに冷えたトロピカルジュースちょーだい」


 玉座に肘をついて要求を口にするが、いつまで経っても差し出した手にグラスが置かれることはなかった。


「……………あれぇ?」


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