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このほしの言葉

作者: Failed_supernova






2037年 7月13日 --アフリカ某所--


いずれ『天下無限大の好奇心』と呼ばれる、現『天下総大の好奇心』と呼ばれた男、倉科カムイview--



「ん……んぅーーーーっ、ぱぁ」



大きく伸びをして、息を吐く。


雲の流れを追って、雲の形を動物に当て嵌めたり。

太陽は西に傾いている。夕焼け空に差し掛かっても晴れ渡ったいい天気だ。


この空と日本の空は繋がっているんだろうか。それにしては場違いなーーー


重油と硝煙の香り。砂塵と濃密な血の匂い。

荒廃したビルの間でクラスメイトと非日常に明け暮れて、もう数時間経った。


ドゴ。ゴォ。ドンッ!!!!!!!


強大な爆発音。ああ、またか。耳がつんざかれて壊れてしまいそうだ。壊れてしまってもすぐ治るように薬物でハイドーピングされてるから余計なお世話が余計に嬉しい悲劇の喜劇。


空を仰ぎ見て唄う。


『拝啓、父様母様。

突然だけど言わせて欲しい。

この壮大でちっぽけな星に生んでくれてありがとう』


ガス兵器が充満していく中で、視界がぼやけ霞んでいく。けれど大丈夫。偉大な先見者達も壁を乗り越えて名を馳せたんだから、ここで僕は死なない。死んだらその程度の存在だったって宇宙の雄大な歴史に刻まれて終わるだけ。それはそれで未知なる路に満ち満ちて面白い。好奇心が疼く。


十七歳でこんな大乱に馳せ参じる名誉感覚、きっとどの時代だって得られない!


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!こんなのは時間軸の狂乱!観測者の悪戯に他ならない!特異点に帰らなくては!……あっ」


ひょいと、炸裂弾に身を焦がされた空想科学好きのクラスメイトから一歩遠のいて、あの世への餞別を述べる。


「うーん、ある不確定な力によって過去が改変出来るというなら、今歩いているこの道は、きっと変えられたあとの現実だよね。だから過去改変は既に行われたのかもナムナム」


量子力学研究者であった彼の欠片が、べちゃりと左半身にかかる。時を超えてまた出会えるかな?


「おい!こいつも死んでるぞ!誰か!だれぅヱ……」


生命体の破裂を察知して、飛び散る血肉から退避する。

呼吸を整えて、イマジナリーに富んだ現実離れの世界を闊歩する。歌おう唄おう。愛も憎しみも正義も悪も太陽も月も勝利も敗北もゼロも無量大数もここではただひとつ『生』か『死』かに変わりゆくのだから。


『明日の先を夢見し夏の日に。酔いもせず惨劇を傍観し、合理に非ざる戦場から逃げ回る自分を許してください』


目の前で叫びながら、一人の学生が走り抜けていく。


「煙を吸い込むなーーっ!S国新型の毒ガスは空気より重い!腰を高く保てば純粋な大気のみを吸い込める!呼吸を乱さず足元を確認しながら走れ!ーーーえ」


体制を崩しーーー地面に手をついたと同時、ぴたと動かなくなった。ほんの1秒後ーーー風に吹かれて倒れ伏した。まるで既に死んでいたかのように糸の切れた人形のごとく崩れ落ちた。

ほんのひとつのミス。油断しても、注意を怠ってもいなかった。ただ周りを気にかけた事が命取りだった。刹那エリートが死へと真っ逆さまに落ちた。


「『あ乎、原初のピースが消えていく。咲き乱れて散りゆく桜の散華に似た儚さをいと惜しむ。ちっぽけな星の上でさらに小さく弱く無聊な僕を残して、クラスメイトの皆が次々に寸断されて死んでいく。アカシア色に染め上げられた砂塵の舞う大地が、愚かしく美しい』」


あ哉、あ阿。


紙一重で。あと数センチ先にいれば生き残って、世界を変えた皆が、予定調和という因果律に呑まれ命の灯火を消していく。


「逃げて!逃げーーー」

「」

超新星爆発にも似た命の爆発。かくあっても美しき哉。


「どこの視点から見ても不幸な終わり。これが君の望んだ帰り道かい?学園長様」


ここにいない僕らの『絶対指導者』に問いかける。

振り返ればそこにいるのは、鼓動を失った星の欠片達。

『天下総大』の称号を与えられし主人公達だったもの。


「まあ、それならそれで未知なる道。崖っぷちギリギリの駆け引きはよよいのよいだね」


地上に現れた太陽は無意味に影を落としていく。降臨するワルキューレも一騎当千で常在戦場を掲げる英雄も未来の戦場には現れない。


「げろ……」


「逃げろ逃げろ逃げろに逃げ逃げ」


友人Aが、しどろもどろになりながら叫んでいる。うろ覚えの生存欲求で火事場の大声量が壁を隔てたここまで響いてくる。

その声を打ち消すように爆音が輪舞曲の如きリズムを奏で鳴り響く。2030年型対ロボット用決戦兵器、特殊擬似核爆破資材…簡単に言うと、小型の超威力爆弾だ。


小規模でありながら恐ろしい爆発力を誇る火器の投入で、戦線は瞬く間に崩壊した。


NBCRの使用が禁止されている中で、堂々と穴をすり抜けて来る度胸には脱帽するよ。大規模爆撃をしない代わりに小規模災害のオンパレードとは狡賢い大人のサガってのが見え隠れしているね。


「ひぎィ」

「あごぁ、がかぁあ!!!」

「あづぃいいい、焼けてく!みず、みじゅうううおおううう…………ヶ……」


世界から忘れ去られたような僻地で、僕らは命の選択をさせられていた。


ここは、戦場だ。


「やだァ!殺さないでィェ……ォゥ…………」


蝶は舞わず、鳥は歌わない。大地は荒廃の一途を辿り、だからこそ戦場になっている。実験都市といってもいい。時間の流れは遅く、時計すら持たされていない僕らはいつ終わるともしれない過酷な歌劇を披露し続けなければならない。


乾いた銃声、轟く爆音。


アリの巣にホースで水を注いでいくように。圧倒的火力で惨たらしく奪われていく命を僕、倉科カムイはただ見つめていた。


とても綺麗だと思ったんだ。


「く、くらしなぁ!助けてくれぇ!」


「へ?」


生きたがりの本能は戦場にエントロピーを満たす。勝利確実だった戦況は既に生存者3割を切り敗走は確実。ああ彼は一緒に飯を食べ友情を育んだ仲だった。助けなきゃ。


「俺はまだ……こんなところで……」


異常に壮大な生存欲求が今この地点を磁場として渦巻いている。彼とは同じ班になった仲だ。こんな場所で潰えていい才能じゃない。研ぎあげればきっとダイヤモンドにさえ変わる原石なんだ。そんな彼に手を伸ばす。


「死ねな………はぐ………………」


ぶしゃ。

一瞬のうちに脳天に5.56ミリの穴が出来て、それだけで手は届かなくなった。『天下総大の地学者』斎藤ケンジは短い一生を終えた。


ああ、なんて儚くてーーーなんて脆い。生殺与奪の綱引きの醜さか。


みんな士官学校卒業レベルの訓練を受けていたし、鍛え上げられた引き締まった筋肉とほどよい肉付きの健康体で、兵隊としても十把一絡げに纏められないレベルの鍛錬を積んで来た事は疑いようがない、けれど。


これは命の洗濯なのかもしれない。この世に不要と定められた者からリタイアする地獄の悪夢なんじゃないかと今でも思う。


でもあの子も彼もあいつも彼女も大切な仲間だった。ーーーもう肉塊だから関係ないかなんて割り切れない。


『ーー』か『ーー』になるべき可能性を持った存在だったのだから。


でも終わってしまった時間は取り戻せない。仕方ない。次の可能性を探しに行こう。


僕の目的はただひとつ。


『天下総大の可能性』を発掘することに収束する。


この絶望的な終焉を引っくり返す力を持ったひと握りの神様達を探し続けて、ただ花でも棘でも蝶でも鉢でもどんな方法でも構わない。世界を変える能力を持つ人間ーー神様ーーならなんでもいい。趣向は問わないから星のような輝きを見せてくれよ。


『天下総大の好奇心』僕こと倉科カムイはワクワクを1000000倍にして地獄をさすらっていく。そうする事が皆への手向けになると信じてるから!!!


「あ、世界紹介がまだだったね。気が利かなくてごめん。この時代はねーーー」



2037年。

発端が何処の国だったかは誰も知らない。

イギリス、アメリカ、中国が同時に宣戦布告をした。数年に渡って準備がなされていたかのように唐突に、大国の大義名分なしの大戦突入宣言の後、すぐに戦火の炎は日本にも飛び火した。


しかし法律によって守られている我が国は戦争などしない!他国との和平条約が剣よりも銃よりも硬く鋭いから!と頑なに参戦を拒んだ日本にも雨は降り注ぎ、たちまちニュースの一面は芸能人のすっぱ抜きから緊急防衛措置に早着替え。無政府主義者のハッカー達によってインターネットの声は潰れ書き換えられ最早アナログの情報が信じられる時代に逆戻りした。


ペンじゃ剣にはなり得ない。現実はことわざを真正面から否定したし、混乱の中途で内紛もごった返し。


自衛隊は自衛に使う。ならば同盟国の窮地に何もしないのか?そんな無法が許されるのか?


否。


緊急措置法として、現状を変えるために全国から『天下総大』の資質・才能を持つ中学〜大学生の子供達が僕らの在籍する「高燈学校」に集められた。戦術から政治・論述を学び、国を背負って立つ人材を育成する特殊な学校で、僕らは皆いずれ戦を左右する希望の星として戦地に投入される予定だった。


『天下総大』っていうのは日本全国から選りすぐられた突出した天才と認められた人間の事で、先述した通りゆくゆくは国のトップを担う可能性を持つ僕らに与えられし称号のこと。一概に才能の可能性と言っても様々で、剣を鋳造する『天下総大の鍛冶屋』や学びの専門書レベルの逸材である『天下総大の学者』、単純に筋力が人並外れている『天下総大の筋肉』などそのバリエーションは生徒の数だけ生まれている。年齢関係なしに適正に合わせて割り振られたA〜E、Sの6クラスのうち、A、E、Sは先発隊として、僕らクラスC、D、Bの生徒は後発隊として初・実践演習の見学と称した試験の為アフリカの僻地へ実戦装備を携えて配置された。国の政策に一定の評価を課すべく告げられた初の実験だった。


全員同意をして自ら『高燈学校』に志願し、寮に入り親の手から離れ全ての責任を自己に預けていた。故にクラスメイトの心はすぐに一体化した。視界はひとしく明るい未来を向いていた。


林間学校のムードで心を染めあげて、イケイケゴーゴーなテンポをかまして飛行機内では『天下総大の歌姫』らによる大合唱が行われた。世界を救う奇跡の学生として選ばれた事が僕らにとって何よりも堅牢な自信を与えていた。


一週間で適応しないのは当然だ。冬場に温暖な土地から連れてこられた動物達が全国の動物園で続々死んでいくのと同じ原理かもしれない。車線からマナーからハンドサインまで違う土地に慣れる前に襲撃は起きた。


先発隊による連絡は一切なく、全てが順調に進んでいると思い込んでいた先生達は訝しげに思った数人の問いかけにも万事快調の一点張りで、飛行機がミサイルによって撃墜されるまで何も準備ができなかった。


パラシュートで落ちる間にも数人が倒され、その時点でパニックになった戦線は敗色に染まっていた。


そんで今現在!終わり!


こーんなところかな!せっかくド派手なバトルが繰り広げられてるのに説明ばっかじゃ飽き果てちゃうよね!世界観の紹介は以上!さぁ戦争に戻ろうか!


「家に帰りたいよぉ……何処よ、何処なのぉ、私のキャンバスは、どこ?公園は、山は、鶯や蜩は…どこへ行ったの…!?」


ドカン。ディビジョンされた上半身がぶるるるんっと空を舞って地に落ちた。


「あ……筆だ…………なぁん、だ……やっぱり、ゆ、め……」


腸の切れ端を掴んで、絶命する『天下総大の画家』、結杏ニコ。戦闘向けの才能を持たない子がこんな所で死ぬなんて、本当に酷い。勿体無い。みんなきっと神様から特別な賜物を貰った主人公だったのに。許せない。酷い。


「楽しいなぁ」


本当に酷くて……本当に美しく楽しい世界がここにある。星が寿命を迎えて弾ける瞬間にも似た煌めきが制御不能にひしめき合っている。あっちにも、ほらこっちにも。花火が咲いて散った際の尾ひれにも見える。見た事あるからこっちの喩えの方が想像しやすいかな。輝いて、輝いて。終わらないパレードが続いていく様は滑稽でありながらもめでたい。


動物が群れで一匹狼を襲うように、収穫祭に拍手喝采を上げながら野菜を採取するように。一人また一人刈り取られていく。敵の兵士とロボットと巨人が世界観そっちのけで暴れ回る混沌は安いB級映画を彷彿とさせる。わーCGっぽさがまさにそれだ。


そんな中。


「楽しい……ですって!?聞こえましてよ倉科カムイッ!!!」


女王様がお怒りだ。口を滑らせちゃったかな。


「貴方と私達は盃を交わしあった仲ではなかったのですか!?家柄の違いなど瑣末なもの、私達2-Aをひとつに繋げてくれた貴方の言葉とは思えません!取り消しなさい!!!」


その剣幕たるや、恨みや怒りよりも僕への信頼が勝っていると言わんばかりの勢いだ。それだけ濃密な夜を僕ら皆で交わしたからこその善なる想いに感じ入らずにはいられない。やっぱり友情ってサイコーだね!


金色のたてがみを想起させる毛並みの整ったブランド髪に、翡翠のダイヤモンドを引き締めたような瞳。すらっと伸びた足に多くの学友の返り血を帯びた肢体。


「うん、ごめん。でも真っ白な地図には無限の可能性が眠っているんだよ。そこに垂らされるのがどんな色の絵の具なのか。画用紙に筆が乗っていく瞬間はいつだって輝かしいから止められないんだ。価値があるかないかじゃない、君達みたいな天賦の人達ならば特に刹那の選択で色が変わる。絵の具じゃなくても火が灯されても構わない。完成した絵はきっと噛み合って美しいんだから!!!」


消えない灯火など存在しない。線香花火の落ちる刹那の感動はその瞬間瞬間にしか味わえない趣きがあるってこと!


「……貴方は、どこまでも、皆を信じてるから…………どんな姿にだって、意味を持たせようとする。でも、もう手遅れ……きっと時間が足りない……どうして、どうしてッ!!!」


姫の澱みない瞳が美しい。つい平伏したくなるね。嘆きも乾きも人を彩るピースならば、今の彼女は最高に輝いている。生暖かく血なまぐさい風の中で、怒りに身を任せて立ちすくむ姿さえ美しい。


「ジェシー、もういいよそんな奴。あたしらだけでもさっさと逃げようよ!見下げ果てた快楽主義者だし、帰ったら足でも舐めさせてやるよ」


「そうっすよ!おかしくなっちゃってんすからもう手遅れっす!糖分を失ってしまったんでしょ〜。飴ちゃんだけあげてさっさとトンズラするっす!」


学友の二人が僕からジェシー様を取り上げようと……


「いいえ!私は委員長として生き残っている全員を連れ帰る義務があるのです!一人だって腕がもげてたって、心の剣が折れていない限りは私の名にかけて見捨てないわ!!剣を持て!虚勢を張れ!!!我が旗印となり敵兵を切り崩す!」


透き通る声が赤茶けた空にこだまする。


「それだけが……私が彼らに捧げる鎮魂歌だから……!」


熱病や敵兵器の攻撃にあてられて負傷し、誰もが敗走を余儀なくされているこの状況下でさえ、彼女は折れていなかった。


「ジェシー様……」


『天下総大の女皇』平等院ジェシーの勇気が皆に力をくれる。混じり気のない純粋無垢の光ーーー誰かを助けたいと願う気持ちは闇夜を照らす希望の光だ。


「へへっ、どーだよ倉科。思わず頭を垂れたくなる純潔さ。敗走が楽しくなるでしょ?」


「まーだ約束がたーんと残ってるっすからね!料理におうち勉強会にカラオケにパフェバイキングに釣りにハイキングに寿司屋勉強会に区民地蔵盆!美味しいものが目白押しっす!今からよだれが止まらな」


だけど。


「こっち」

「えっ」


グイッ。


しゃがみながら手を引いた。体制を崩すジェシー様、先程まで彼女がいたところに、鎌鼬状のエネルギー波が横薙ぎに流れた。


ビュッーーー


立ち尽くしていた彼女の友人は、首を切り落とされて見るも無惨にピュ、ピューと


血を噴き出しながら倒れた。


「いやぁあああああああああ!!!!!千尋ぉ!真姫!!いやよぉおぉおぉぉおおおお!!!」


首か、身体か。どっちを抱き締めるか迷う暇もない。

簡易的にそばに居た片方の顔と、片方の身体を引き寄せてデタラメに繋げる。断面が綺麗だから歪にならず精巧にマネキンが作れそうだ。天下総大のの傀儡師なんていたら飛び上がって喜びそうだね。


「でも大丈夫だよね平等院サン。身体の一部が欠損したって、心の剣が折れていなければまだ希望は……

あ、首はもげちゃダメか。はははははーーー」


なんのことはない。計画に多少の損失はつきものだ。

二人の持ち時間が30秒足らずだっただけーーー


「千尋……?真姫…………?こんなとこで寝ちゃ……いけないのよ……?まだ…カラオケとやらに、行ってないじゃないですか……?」


「欠落する命の煌めき、約束されないパラダイス。デッド・オア・ダイ?いいやその先がある筈だ。ゲートはとうに開かれている。もっともっと見せておくれよ、人類に残された『可能性』ってやつをさ!!!」


それでこそ、ここへ来た甲斐が有るってものさ!


「はぁ……はあ…………ぅう……あぁ…………みんな……」


荒く息を弾ませ、キッと睨む素振りを見せながらも、僕の服の裾は離さない。高飛車な風を装っていても見た目相応の可愛らしさを垣間見せてくれた彼女にカムイポイント進呈しちゃうよ。そんなとこも『天下総大』だ。


「ダメ…ダメよ……ようやくここまで脱落せずにやって来たんだから……私は生きて……生きて帰るのよ……胸を張れ!曲がりくねるな平等院ジェシー!!!」


「そんな肩肘張らずにさぁ〜ほれほれ〜成長期の体が泣いておるぞ〜」


肩肘張ってしまった彼女の肩をモミモミ解す。予想出来なかった事態に取り乱れる心を乾坤一擲一喝の元に叩き伏せる手腕は高貴な存在だからこそ可能な、これも一種の才能かもしれない。


「君はーーーの『ーーさん候補』なんだから身体、特にーーは大事にして欲しいな」


手が振りほどかれる。


「っ……グズグズしないで。私は北側の応援につくから、貴方は南の区域を警戒してください!」


「はーい。死なないでよ女王サマ」


だっ!!!!!


同時に敵兵のリロード中に飛び出して、崩壊戦線からの離脱を図る。甲・乙・丙に分かたれたクラスCの部隊は甲を中心に北側が乙、南側が丙の担当になっていた。僕が応援に行くまで持ちこたえてくれるかな。


走る。ただただ愚直に走り続ける。

鼓動がはやる。息が苦しい。アドレナリンとエンドルフィンが同時に過剰分泌して、吊り橋本能を高めていく。

皆、目がギラギラしてて超大鬼畜国日本の為に戦う事なんて誰も考えちゃいない。それもこれもあっちこっちのどいつもこいつも皆考えることは同じなんだから面白い。


おっ。あそこで剣も銃も捨てて一目散に蜘蛛を散らしているのは…


「やっほー杏子。テストじゃ100m14秒台だったのになかなかどーして覚醒してるね。これも愛の力?いや生存本能かあっははははははは」


「うっさいわヘンテコ男。だってまだ何もやってないから……!年上の彼とデートして……彼に似合う女であるために意識しておしゃれして……生まれ変わった私で銀座の道を歩くんだ……!」


「絶対絶対変な目で見られないように、街ゆく人が、振り返るような、べっぴんさんに、なってやるんだからーーーえ」


言い終わる前に、天空から舞い降りる殺戮兵器を見るや彼女は絶句した。


あ、これは。


死んだ。終わりそう。避けられない。どうしよう。

もうここまで警戒レベルが上昇していたか。戦争法ギリギリ遵守の爆撃ミサイルがまもなく着弾する。ここら一体60メートルはひとたまりもない。


と、そこにーーー


僕らの前に立ち塞がる影がひとつ。


「第五階梯仙術、山霞!!!」


同時に絶命必至の状況か、僕も呟く。


「ーーーを始めよう」


どごん。


爆音が鼓膜をつんざく。


「つっ…………耳キーン…………あれま」


ぶしゃ、とくとくとく……つーーー……


超短距離弾道ミサイルの一撃が肉片を飛び散らした。愛するより愛されるのが好きだった無垢で可憐な少女、通称『天下総大の彼女』金子杏子も爆発四散。飛び散った血肉を目を瞑って浴びながら、空を仰いで命の全うを受け止める。


『天下総大の仙術』は肉片も残さず、か……なむさんなむさん。


二人の細胞が焼け死んでいく瞬間を目に焼き付ける。僕が死なない点に関してはまた後で説明しようか。今はとにかく


顔に飛び散った血をずぶずぶのハンカチでぬぐい、高熱にひび割れたコンクリートに足を取られる。


「いてっ」


女の子の生足だ。生足だけだ。

ああーーー頭がクラクラする。過去を参照してもこんな状況他にないよ。無念。


「戦場にも武士の情けってのはないのかい!ーーーーーあ、武士は滅んでたか」


でも、このセカイには一抹の希望もありはしないからこそ命の果ては美しい。


悪を倒すべき美少女戦士たる才能を持つ子も。国のため剣を振るい続けた猛き肉体を称えし戦士も。全国を代表する叡智のクイズ王も、卓上ゲームの竜王や覇者も関係ない。善人も悪人も過去は踏み躙られ無味乾燥して来たるべき未来に繋がれる。


紛争の続く世界を救済するべく集められた僕ら『天下総大』の学生も戦場では無力だった。ごく一部を除いて。


戦場にいるのは人間と、人型ロボット。人型ロボットの利点は人間の駆動域で人間以上の動きが可能なトコだ。


「ーーーはっ」


霧が晴れると、血を流しながらも息を吸い、懸命に生きようとする子がいた。


ワンダフルだ。


「行かんぐーとぅー……行かんぐーとぅー、またやーないなっくぇー、言らしみらんぐーとぅー」


ぐしゃ。

鋼鉄の機兵が通りざまに踏みつけ、その跡には彼女と識別出来る要素が全て消えてしまった。

ひとつまたひとつと命の火が消えていく。


もしも平和な世界だったら、もしも生まれた国が違えば、もしも時代が20年前だったらーーー彼らの未来は華やかに咲き誇っていたに違いない。そんなドラマも無機質で乾燥した風に消えていく。


「……ぁあ……いたぃ、よ…」


それはそれとして。


物資供給座標に待ち伏せしていた敵兵の戦力はこちらとの対比で1:7って所か。800名程度だが洗練された軍国主義の動きは合理的な統率の元で、じわじわ確実にこちらの戦力を削いでくる。


さて。どうしようか。勝てば官軍負ければ賊軍と言うけれど勝っても負けてもこの有様じゃみんな手を取り合えはしなそうだな。


「助けて……生きて帰りたい……温かいご飯が食べたいよォ…………」


「あ、いたんだ、陽菜美ちゃん」


陶磁器のようになめらかな肌。夕暮れの日に当てられて艶めきを帯びた輝きを放っていて綺麗だ。『天下総大の深愛』の薬師陽菜美はきめ細やかな所作で震える左手を差し出し、救いの手を求めてくれた。


でもそれは僕に向けられたものじゃない。


「陽菜美!!!」


沖野朔ーーー薬師陽菜美が想いを寄せる人間。励ましも叱咤も二人の世界では甘酸っぱい思い出のワンシーン。『天下総大の飛行士』たる彼の目は混戦の中でも一人を見つけられる。


僕なんて目の端にすら入っていない。恋。人を盲目にさせ、自己の優先順位さえ一瞬で書き換えるワンダーな概念だ。武器を捨て、防具を放り投げて愛する人の元へ駆け寄る姿は不器用で無様で、『天下総大』なんでとても言えたものじゃないけれどーーーなんでだろう、胸が、軋む。


『好奇心』は今、この二人に心を射止められた。


「陽菜美、薬、いや、止血が先か?待て、まてまてまてまて考えろ…………倉科カムイ!何かいい手は無いか!」


「……………んー手遅れ!陽菜美ちゃんもう死ぬよ?」


「カムイィ!!!!!!」


優しいな。大切な人のために泣いて怒れる。僕の失くした感情をありありと見せつけてくれる。心から尊敬する同級生だ。


でも僕みたいな埃に構っている場合じゃない。


「最期の言葉を伝えるのが、先でしょうが」


「…………それは、そう」


薄れゆく意識を手放さないよう必死に生き永らえてる彼女の手を取り合う事が、沖野君の使命だと思うんだ。


「さ、く……くん?」


「陽菜美…………?聞こえるのか?陽菜美!!!」


「いや聞こえてないよ。鍛えてない鼓膜はとうに潰れてる。目もさっきの閃光弾で今の状況すら把握してない筈だよ……でもどうしてだろうね、君達はサイテーサイアクの状況下で不思議な力を発揮する。星の最後の爆発にも似た、至高最高の瞬間をくれる……?」


死にかけ。絶望。それでも壊れない絆。

なんて美しいんだろう。

心惹かれてやまない瞬間に自ら働きかけたい一心をぐっと堪える。これはーー二人の物語だ。横槍を入れていい世界じゃない。


「朔くん、これ……夢、だよね?こんな、光景…嘘に決まってるよね…?」


右腕が無く、左脇腹に損傷を負っていてもって数分といったところかな。ずる、ずると片手で明るい方へと見えないままで進み続ける。ーーーそうか。沖野朔は彼女にとっての太陽なんだ。


「まだ聞きたいこと……話したいこと……いっぱい」


「家に帰ったらチャッピーに餌あげて……背が伸びるように牛乳飲みながらのんびりして…………早く実を結べーって花に歌うたってあげて、朔くんのこと考えながら、胸をぞくぞくって……え、へへ」


「……………………………っ…………」


「文化祭、あの日、手芸部のみん、な…………の、中で……一番に、なれなくても……朔君だけがわたしの人形に、票を入れてくれたの……嬉しかった。朔君に出会えて……わたし、幸せだった」


うーん、どうして喋れるのかな。

喉から下の呼吸器官だってズタボロで、自分の声だって耳が聞こえないせいで抑揚も整っていないのに。


蟻さんを踏み潰しちゃった時にちょっとだけ手足が動くのと同じ原理?いやはや興味深いね。この瞬間を刻み付けて、彼女の分も生きていかなきゃ。


「今度、花火大会、行くことになったの……朔君、一緒に行って…………わたあめと、焼きそばと、りんご飴と、水風船と、きんぎょ…………お面も付けたいな……」


「お前、俺の財布を燃やす気かよ……わーったよ、今はゆっくり眠れ」


いつか手を取り合える新世界へ。

命の火を燃やし終えた後、残った抜け殻に制服を掛け、沖野朔は目を瞑った。


「カムイ。頼む」


「またね。君は最高の可能性だったよ」


ズシャッーーザシュ、ドサッ


ああ、くそ。


「薬師陽菜美もダメ、かー」


バックパックが重くなるばかりだ。


「あー…………」


同じ釜の飯を食らったクラスメイトも残り数名。

赤々しく壮大に撒き散らされた臓物からやんわりと昨日のカレー臭が漂うのが皮肉だった。


デスゲームなら。コロシアイなら。ルールに縛られた世界なら。この状況を打破しうるルートがあるのかもしれない。だけど一方的な殺戮ショーに戦場の方程式は成り立たない。同じ種族間戦争で数が劣って勝利した例が少ないのが典型だね。ノッブやヨッシーなら機転を効かせる所だけど生憎時代が違うんだ。戦術で打開出来る戦況は16世紀で終わっている。


「また爆死か、地雷埋まりすぎ。逃げれば死、止まっても死が待ってる。絶望的なシチュエーションだね」


うん。とりあえず今のところは無事だ。敵はいない。即ち無敵。自己暗示でもかけないと足が竦んでしまいそうになる。僕は皆と違って大それた力を持たないからな。


「陽、菜、美……」


「おかえり!」


いつの間にか合流したジェシー様の目の焦点は黒ずんでいて、ここに来るまで惨劇を目にしてきたことが伺える。


「ぁ…あ……陽菜美……沖野君…………」


「どう?夢と希望あふれる冒険がどう道を踏み外したのか死と絶望渦巻く地獄道に!これってホントのナマゴロシって言うのかな?それにしちゃ熱線の温度が高すぎるかアッハッハッハッハ。でも君なら大丈夫。ここまで生き残ってるんだし泣いて笑って走って転んで立ち上がって敵を倒せるよ。お国のためにお国のために」


でも一死報国の想いなんて何処にもない。危機察知能力に秀でた者が生き残る残機1の究極極限リアルタイムだ。


「許さない……陽菜美が貰った痛みの全部……ワタクシが倍にして返して差し上げますわ…」


「うん!一緒に頑張ろうね平等院さん!僕もこの惨状を作り出した学校や政府が許せないよ。断固として声をあげよう。僕らの命を軽視した罰を与えてあげよー」


「ーーー走りなさい。もうすぐロボットの目が届かない暗所があります」


「お供します」


ビルの中には、地下がある。暗く閉まった場所では動的センサーが働かず、一人でも多くの犠牲を足そうとする戦場特化のプロトコル上発見出来ない。生き残りがいるとしたら、この中が一番可能性が高いんだ。


地下に降りて、通路に息絶えた学友がいなかったのを見て、ジェシー様の確信と僕の確信に間違いがなかった事が判明した。


「やっぱり……!!!」


目を輝かせて力の限り走るジェシー様。


地下倉庫のドアから女の子らしい指が見えた。やはりあそこにみんな集まっている。


爆音で耳をやられたのかな。

音が一切しないけれど…


「え………………………………」


「わお」


想定されるシナリオはこうだ。


天下総大の統率者か、リーダーの先導でここに集まったはいいが、誰かが戦き叫んだか暴れたかーーー声で感知されて逃げに逃げ回った結果、


みんな集められて逃げ場をなくし、無惨に肉塊をばら蒔いて死んでいた。


虫の死骸を食べる蟻をひとつところに踏み潰したような地獄絵図。


数だ。


数が全てを壊した。数体なら問題なく、数十体でも上手く立ち回り薬物を投与すれば難なく逃れられたに違いない。


おそらく数百、それも機動力の効かないこの場所に集積したとあってはひとたまりもない。クオリアのない機械に光を捻じ伏せられたみんなの顔は、絶望に澱んでいた。


「……………………………………………………………………」


「ジェシー様。ここにもう光はないよ」


「もう機械兵はいないから、ちょっと出ててもらっていいかな?」


「…………はい」


夕暮れになった。

アメイジング・グレイスが誰かのラジオから流れる。

拾い上げて、ジェシー様の元まで戻って行った。


「おまたせ」


「…………誰か、生きてましたか?」


「ううん。個人を識別できる原型が留まった遺体はなかったよ」


「っ…………ふっ!!!!!!」


自分の頬を本気で平手打ち。いたそ〜…………


「日系フランス人として、そして和平の架け橋たる留学生として。皆の死を無駄には出来ませんわ」


「いよっ大統領!主人公感出てるよ!紙吹雪作ってたら良かったかなあちゃー忘れてた!楽しいなーーー」


「喧しいのよ!」


キッと憎悪の凝り固まった瞳が僕を射抜いた。


「人が死んでいるのですよ!?昨日まで黙ってと言っても黙らなかった優しくて頼りになる仲間達が血肉を撒き散らして潰した蚊のようにくたばっているの!!!一体全体何が楽しいのですか!!!」


「楽しいに決まってるじゃないか!ただ一人だけでも親愛なる仲間が生き残ってくれてることを喜ばないなんて不義だと思わないかい!?」


「それでもずっと笑顔でいれる狂気なんて持ち合わせてはいないわ!こんなにも命が軽くなる場所で、まだ戦えと言うのですか…………」


「命が軽い?」


「っ………………?」


「それは違うよ。命は重くかけがえのないものだ。スペアが存在しない心臓は一度動き出したら止まらないんだから、失われる瞬間くらい笑って見送ってあげないと報われないじゃないかあー、楽しい楽しい」


「…………………………………………」


「倉科…………貴方」


「楽しい、なぁ」


いつも、楽しかった。みんなとの時間を忘れはしない。どうして忘れられるだろう?


漆原美鈴、暁由美、鴻之台響己、代永千尋、斎藤ケンジ、風見カナメ、金子杏子、薬師陽菜美、皇朧、宝生烈輝、柊千里、ロゥリイ・アームランド、沖野朔、常磐ミナミ、周防奈緒、刃円、雨堤百合子、青葉全壱朗、ドリトミー・F・春菊、岡崎凪、市川真司、早乙女苺、早乙女心、小原遊梨、星乃龍樹、結城未来、空城之上物録、麻原真姫、以上27名。


みんな、もう居ない。


少しでも長くジェシー様の隣にいれることを楽しむ僕を誰が非難出来るだろうね?


「でも一人二人三人って死んでくにつれて、備蓄兵糧の食い扶持が減ったなって思うでしょ?最高じゃんか。生き残ってる可能性がある皆の未来が、守れるんだからーーーそれを喜ぶのを、止めるの?」


「っ…………あ、わぁああああああああっ!!!!」


突進。胸骨に添えられた頭から香る柑橘系の匂いも、既に薄らいでしまった。


彼女は肩のあたりでうずめた顔を少しずつ動かす。ちょっと恥ずかしくなって離れるよう身じろぎをすると、余計に擦り付けてくるようになった。



平等院ジェシーは泣かない。



二年に転入した当初ーー3ヶ月前から噂だった。誰の前でも泣き言を吐かず、曲がったことが大嫌い。弱いものを決して見捨てず、気の強いところにある種の信仰めいたものまで集まったくらいだ。


だからこの滲んでいく温かさは、彼女が外に漏らさないためのアブラトリガミだ。南の国で夏の日だ。瞳から汗だって流れてしかるべきだ。ジェシー様くらい強くったって生理現象は止められないだろうしね。


「…………ごめんなさい。逆上してしまって」


「……泣いたって、どうにもならないのよ。わかっています。わかってるけど……いつだってどうしたって世界は理不尽を強いる。ーーーいえ、押し付けるのは世界じゃない。終わるべきはーー人間の身勝手なこころなのかしら……!私からどれだけ奪えば……この戦争に生き残った所で何を貰えば帳尻があうのですかッ」


「そうカッカしないでくださいよー。どうですかこの現地で敵兵から奪った粉とか吸ってみませんこと?」


「……効能は?」


「……………………………………………………安らぐんじゃないかな?」


「先に舐めなさい愚か者!」


「ハッハー結構元気。がさつなプリンセス様だこと」


「ああああ、どうしてそんなもの知ってるのよ。純潔な日本人ってクスリとは無縁に育つのではなくて?」


「やだなぁ勘違いしないでよ。コカアルカイド系とか向精神型とか疼痛緩和剤とか知識として知ってるだけで服用はまだしも作ったことなんてないってばーホントだよウソじゃないよシンセサリーだよー」


乏しい語彙力でまくしたてる僕に、汚物の集積地を見るような目でじりじり引いていくジェシー様。


「貴方ってとことんマイペースなの、ね……あ」


「治まってる…………」


「君は僕の大切なバディなんだから頭に熱登っちゃいーけないんだーいけないんだー、一蓮托生なんだよ?」


「………トコトン読めない男ね……無礼は後ではたくから今はよし。じゃあどうして私なんて暴れ馬を選んだのか、聞かせてもらっていいかしら?」


「絶対にボクを後ろから撃たないから」


「……そんな理由で?」


「大切な鎖だよ、っと!」


簡素な回答だ。馬鹿みたいに実直な正義は嘘をつかない。命の価値が羽根のような軽さを持つ戦場で信じられるのは真実一路な青の瞳だったんだよ。


彼女と組んだのは、そんな単純な理由に過ぎなかった。


「…………私、元から兵士だったんです」


「幼少の頃にテロに遭って、捕まってからずっと銃を持たされて生きてきました。一日に数人死んで、また次の日は新しい子供が連れてこられる。ーー子供を見ると、照準が鈍るんだそうで、弾のリロード、ストッパーの外し方、反動の抑制……大人と遜色ない訓練を受けていれば、少しは生き残ったのでしょうに、本当に銃の使い方しか教えて貰えずに、私達は無我夢中で戦場を駆け回りました」


ジェシー様の独白に、心が震える想いがする。

こんなーーーーーーじゃないか。


「あえかな光さえも届かないような暗い場所で、夜は明かりすら貰えなかった。生き繋ぐための最小限の食糧だけを与えられて、それさえも弱い子達は奪われて……現況に比べたら屁でもないけれど」


「何十回目かの出撃で、私は外国の王族に救出された。でも皆を置いてけぼりにして、私だけ助かったの。ヘリコプターに乗って、手を伸ばしてる子達から目を逸らしてね。その罪悪感から逃げるように『女王』になるべく育ってきた。ただひたすらにひたすらに研鑽を積んでーーーいつかこの世から争い全てを、なくすために」


「もう一度お願いします。倉科カムイ」


「私と共に、世界を救ってください」


「……………………うんっ」


血まみれの手を、血まみれの手で拭う。


「ロボットと巨人が勝手に潰しあってくれたから、今僕らが通ってきた道は手薄なはずだね。戻るんでしょ?」


「ええ。他クラスと合流したら全滅なんて、そんなバッドエンドは許せないわ。私の国の物語の中には、救いを残さない物語もたくさんあるけれど……我が王家の家訓が残るおとぎ話は笑顔で終わるの。きっと、影が落ちたこの青空を変えてみせます」


まだ一人でも生き残っている可能性にかけて、前線のホットスポットに戻る事を決めたようだ。


「もう誰も生きてないかもよ?だのにどうしてまだ前を向けるのかな。絶望まっしぐらの直通特急ロード、君の望みは絶たれたどころか輝きを増して、いつもよりーーーそれこそ余所見なんてしてる暇がないくらい、僕が目を逸らせないレベルの煌めきを放っているじゃんか」


「世辞はよしなさい。はぐれてしまったあの子にも、また会えると信じているからじゃないかしら?」


「『天下総大の王子』か!あの勇傑はそうそう諦める子じゃないからね、世界の導き手がこんな辺鄙な土地で果てちゃいけないのはうん、確かだね!国へ帰らなきゃ。勝利の女神は諦めない奴に微笑むんだ!」


「ふふ、そうね……けれど星を目指すのは世界を統一してからよ」


ああ。

彼女には話してたっけかーーー『計画』を。


「えへへへへへへーー、でも皆をーーに染め上げるより、重要な役割を担う才能を持ったーーだけを残してーーさせちゃった方が早くない?幾千幾多の可能性を排した先にある唯一の可能性こそが、この星の牢獄から抜け出すたった一つの希望なんだよ!」


「耳にタコが出来るわ。非道。賛同しかねるわね…………でも、そんな貴方に未来を任せるのも、いいかって思えるのは、騙されやすい人となりかしら?」


「やだなぁいつだって目的は人類の存続だよ。3000年後も人間が生き残れるようにーーー」


ぴとっ。

唇に人差し指をあてられて、言葉が出てこない。


「冗談言わないの。『ほしのこ計画』は成就しないわよ。させない……ふふ、生き延びたら話し合いね」


「むむ、絶対君も賛同してくれるって信じてるよ。なんたって全人類が肯定するべき計画なんだから頂に座するべき君が協力しない訳ないんだ。パーフェクトQED」


この価値観どころか倫理観、肉体さえ吹き飛ばしかねない戦場に連れてこられたからには、どうにか僕の本懐へと辿り着かなくてはならない。


計画達成へのピースのひとつが、彼女なんだ。


「私だって伴侶の言葉を聞き流す死罪を被りはしないわ」


「えっ…………」


「生き延びたら、話し合いね」


話しながら歩いてると、崖下に生命反応がある日本兵を探して徘徊するロボが、10……40体は見えた。


臆することなく剣を地に突き刺して軍勢に吠える。


「客人は無礼を詫びもせず土足で我が同胞を踏み荒らす。ならば咲かせてみせようぞ無粋の血花!!!貴様らの相手をするのは猛き青星の導き手なり!これより命を奪いし闇の尖兵を撃滅し、勝利の旗を掲げよう!」


機械達の轟音にも負けない声を上げながら、世界の終わりにも思える戦場へ、勇敢の一歩を踏み出した。


「先へ、先へと進みましょう!!!」


口元に揺らめく炎が見える。退路は既に喪失した。あるのは未来への道筋のみ。


全国の剣聖を集めて編み出された『高燈学校』の剣術は銃弾よりも速く正確に敵の息の根を止める。フルチャージされた血の疾走が夕暮れの肌寒さを吹き飛ばしていく。


「前方の敵を蹴散らしてしまおうぞ!!!」


切り伏せ、防ぎ、常に死と隣り合わせの舞を踊り続ける。ドーピングによって戦闘能力と治癒力が大幅に向上しているおかげで多少のかすり傷は問題にならない。


訓練で手合わせした歴戦の兵士は強かったけれど、人造人間は無機質な分もっと手強かった。未来の戦争は50年前のそれとは打って変わって軍師の戦術にさほど戦局が左右しない。武器と機械が先進している方が勝利する至極簡単な戦争だ。煩雑な出輸入体制で戦争兵器はどこも攻守ともに拮抗していた。故に『天下総大』は紅一点ではあったんだ。


これは、投入されるタイミングさえあっていれば、全員が生きて帰れた筈の未来。


一瞬一瞬が必死。止まれば死。銃弾の音が子守唄に聞こえる。悶え苦しむ心をころし、生きるために剣を手に吸いつかせる。


互いの背中からは攻撃は飛んでこない。言葉のない確信で最高効率の戦闘を続ける。


声ではなく。悲鳴にも似た音だけが断絶的に響いていく。自分の音か、敵兵の音か。鞘に収める時間も惜しい今、オイルと冷却水のびっしりこびり付いた剣を互いの服で拭き取りながら永遠にも思える時間を斬り続ける。


はね上がった剣先を、意地と火事場の力で押し込む。


瞬間爆発で一体でも多くの機兵を打ち崩す。トップギアを持続させ一輪でも多くゼラニウムを咲かせる事こそが僕の役割ーーー


「あ」


死角から鉄串が、僕の腹を激突する。当たれば必滅。変えられない未来がすぐそこまで迫っている。動けない。その位置にはどうしても反応できないーーー


「あ、ッーーーーー」


直撃。


「いやァあああああああああ!!!!!!」


ああ、泣いちゃダメじゃないか。悲嘆しちゃせっかくの瞳が濁っちゃうよ。


まだおちおち死んで、いられるかってね!!!


「『新式』血盟神道流無頼剣ーーー」


後ろに飛んで、威力を軽減しながら最大限吸収し、かつ体を鋼の硬度に高める秘術を使い、その上で意識を飛ばされかねない一撃が腹を抉った。


「鉄、鋼甲…………ッ」


数十メートルの浮遊を経て、瓦礫に強烈に叩きつけられる。


「がは、ッーーーおぇっ、っっっ…………!!!」


痛い。強烈に。肋は折れ、内蔵のいくつかは損傷した。これでは僕も持たない。立ち上がれない激痛に意識が朦朧とする。


専攻したのが血盟神道流でよかった……防御特化の逃げ腰と罵られてもこれじゃなかったらナマケモノのようにぐったりしていたに違いないや。


「倉科!!!!!!」


ああ、ジェシー様……無事で、良かった……


「薬を飲みなさい!早く!」


「はいよ……人遣いが荒い、お姫さんだことで!」


全力じゃ足りない。限界を超えて脳をアップグレードしろ。ジェシー様の輝きを曇らしてはならない。万死に値する。


「生還後は新鮮素材のガレットでも振る舞うわよ。ですから生きてーーー生きなさい。帰ったあとならなんでもいくらでも聞いてあげる。貴方の飛び抜ける実現不可能な夢の話でも、星の物語でも、千夜でも明ける時も更ける時もいかようにも!」


「はいよ…………じゃあもうちと、可能性の扉を開けちゃいますか……!」


向かい合う度に死をーーー生を感じる。予感。死線をチャンスに変えていく。


隣にいたのがジェシー様でよかった。流星の如き銃弾を音の遠近で判断し咄嗟に回避する。


全てが未体験。『好奇心』をフルスロットルで駆動させつつ『女皇』がタクトで場を支配する。可憐な音階指揮によってスペックに制御されたがらくたより圧倒的に高次元な戦闘を可能にする。


刹那を閉じ込め、行動不能にしたと仮定して次の敵へ。2vs200の絶望も彼女となら怖くない。


「貴方なら届きますわ!!」


「うん!!!」


ジェシー様の投げたサーベルを敵を見ながら掴み取り、身体を唸らせて斬撃をお見舞する。



「倉科!」


「『新式』血盟神道流無頼剣ーーー霞流し」


ミサイル型で回避不能の攻撃を最小限の衝撃で受け流し、敵へと誘導する。好機ーーー


どごぉぉぉぉぉぉん!!!


残存する戦力のうち大半をやった。


「&@$>§●○∀!▲▼*\☆ーー]/!$¥◆<~!??」


「Pa/☆/<●△+&>★●^:$&¥○□#=|―★!!?」


「+○¥$Σ>-”&#♪♡¥▽∀<<>#■☆……???」



許容外の事態が起こった時、機械兵にシステムエラーの蓄積ーーーすなわちラグが発生した。中枢コンピュータに統合されている故の唯一の疾患。人間がミサイルを受けて死なない道理は有り得ない。ディレクトリ内部で思考の海に混乱しているうちに、全員倒す!!!


「『新式』血盟神道流無頼剣ッ!」


ジェシー様に剣を返し、万全の状態で立ち上がる。


「『蠱式』魅惑・イン・ワンダーランド」


空気を感じる。最適解がわかる。与えられた数十秒、一秒足りとて無駄にしない。行こうジェシー様。僕を最果てまで連れてってくれ。


全神経を研ぎ澄ます。心を鎮め、群青の空のように澱みのない、降り積もった深雪の如き静謐さを解放する。


「【常夏之夜】」

「フォーク・テイル」


呼吸の続く限り刀を振り続け、最後は疲労が一気に襲い来る最終最後の秘伝技。常夏之夜。ジェシー様の技は僕へ降りかかる火の粉を払い除ける楽園のフィールドを形成する。もう怖いものなんてないね!さぁ!


「〜〜〜〜〜〜ァアアァアアアア!!!!!!!」


どこまでも歩みを止めず走り続ける。

森羅万象の一切合切を捨て去り、ただ前へ前へ進むだけ。身体の軋みを堪え、的確に急所だけを貫き切り落としていく。眩しい太陽を直視し目が焼けるように熱い。けれどこの場での静止は死を意味する。痛い。熱い。痛い熱い痛い熱い痛いジェシー様の為なら痛くも熱くもない!!!!


ここで成せないなら、何も出来ない僕なんて、鯉の餌にでも足らない穀潰しなんだ!!!


「シュウウウウウウウ……っ」


酸欠で脳細胞がどんどん死んでいくのを感じながら、出血で朦朧とする意識を取り戻す。鋭敏な感覚が、後ろのジェシー様が倒れたのを感じ取った。


ーーー振り返らない。顧みない。僕の姫様はこんなところで終わらない。そう信じて闇雲に刀を振り続ける。


ここからは一匹の討ち漏らしも許されない。


彼女が残してくれた旋律を踏みちぎらないように足踏みを揃え、見える勝利へのグローリーロードを着実に進んでいく。


「『常夏之夜伽語』ッ!!!!!!」


筋肉の動きを強制的に加速させ、悲鳴をあげる体を見捨てて特攻する。鳴り響く鼓動を無視し、弾丸より疾く、ダイヤモンドより硬く、矢文の如き実直さで乱舞する。


敵の数はあと僅か、15、10ーーー7、6、3!!!2ーーーー1!!!!!


ガキィッ!!!


「っーーーカタナが」

ついに刃こぼれから、刀身が砕け折れた。霞む視界。踏みとどまる足。終わる『常夏之夜伽語』ーーー


迫る機械義手。骨を易々と砕かんとする威容。


ーーーまだだ!!!


握った拳の皮膚が切れ、生ぬるい液体が催す痛みで現実感を取り戻す。


渾身の一撃が通らないなら。脆弱な部分を見つけ出す。

折れたカタナの半身を倒れ込む身体の慣性でかかと落としの容量で捉えた。首元の機械繊維が丸見えの場所へ打ち込むーー!!!


「Giiiiiga,aaaaayaaa,aaaaaaaa!!!」


まるで人間の叫び。穂先が埋まるにつれ、死の矯正は止んでいく。


「こんな惨劇はもう……終わりにしようか」


目の前が真っ暗になる寸前に、音が無くなった。


どっ、と疲労感が全身へ降りかかり、倒れ込む。……砂利の味は、無味無臭だって初めて知った。


「ーーーーーーーーー!!!!!……………………ーーーー」


最後に一際甲高い電子音を断末魔に、ロボットは沈黙した。


「終わった……の?」


新鮮で高熱の駆動を可能にしていたオイルの匂いが辺りに充満している。


「やった……!やったわよ倉科……!みんなの仇を……かた、きを…………っ」


堰を切ったように泣きじゃくるジェシー様。うだるような暑さの中でも枯れる声で涙を惜しまない。うん。ホントの彼女は弱くて脆い。崩壊した戦線、ばらばらに広がる死骸と壊れた人型ロボットの残骸の中で一輪だけ咲く花。僕の『計画』で少なくとも人間ではない何かに進化できるとしたらーーー神にも等しい存在になれるとしたら、彼女は相応しいと思える。


そうか。

終わった…………のか。


「………」


「倉科?」


「あ、ううん。惨憺たるオーケストラだったね。二度とこんなギリギリの演舞はしたくないや、はは」


「全く、あなたという男は…………」


一度、強く抱き締められる。


「倉科。『天下総大の女皇』たるワタクシが命じます。ーーー生きなさい」


イキナサイ。

その命令は、強く僕の胸を打つ。


「わたくしでは貴方の仮面を剥がせない。その一端に触れることしか出来ないけれど、まだまだ長い人生を歩き、レッドカーペットを靴で汚すの。側に仕える栄誉を許しましょう」


ーーああ。なんて輝きなんだろうか。僕みたいな小さく弱い星屑を拾い上げ、同じ舞台に立たせて踊らせてくれる。オーケストラの一員に、それも隣の伴奏者に仕立てあげてくれると言うのだ。幸せだろうな。


手のひらの生命線をギュッと握り締め願った。


「いつかその名を呼ぶときは、貴方の真実へと指をかけ、こころの鍵を開けた時です」


これからのジェシー様との人生が、『ほしのこ計画』完遂の確実なステップアップになる。これで歯車は回り始めるだろう。つまらなく愚鈍で、飽きるほどに幸福な毎日がいつか狂ってしまった僕自身をも救う。


短いようで長い抱擁を終えて、無邪気に笑顔を取り繕うジェシー様が麗しい。


これまでの惨劇を塗り潰すように幸福を重ねていこう。そんな希望的始まりのプレリュードを感じさせた。


「さぁて、帰ったら皆の弔いをして、皆様とやりたかった事全てに付き合ってもらいますからね?それくらい望んでも許されるでしょう」


「……眩しいなぁ。君は星みたいだ。……帰ろう。日本へ」


「ええ。帰りましょう」


ジェシー様は僕の手を引いて歩き出す。


この最果てのバッドエンドを超えて、痛みを背負って、背中を預けられる唯一の女性と、その未来へ。将来は苦しくて生きづらくて、でも世界を変える仕事はやりがいたっぷりで、国を率いる影としての役割は多忙を極めるに違いない。くくっ、でも大丈夫。ほんの少しの幸せだけでいい。それさえあればきっと二人はーーー生きていける。


「カムイ、ありがとう」


一緒に、生きていける。




アフターへのエンディングが聴こえる。













神が振るうタクトに揺られ 生きる僕らは


未来のヒビを縫い直す


継ぎ接ぎの飽くなき 願い 抱きながら


手を重ね 重なる時を 生きる僕らは


遠くの空へ繰り返す


在り来りの道無き しるべ 灯しながら 進む心は


激しく鼓動する 不明瞭で温かな雑音を


君に 伝えたいーーー

























ピキ






















パリ…………………………


ピシッ、


バリィィィイイイィイン!!!!






















物語は、ここで終わらない。

この星の言葉は、終わりを許さない型破りなんだ。


























この最果てのバッドエンドを超えて、痛みを背負って、背中を預けられる唯一の女性と、その未来へ。将来は苦しくて生きづらくて、でも世界を変える仕事はやりがいたっぷりで、国を率いる影としての役割は多忙を極めるに違いない。くくっ、でも大丈夫。ほんの少しの幸せだけでいい。それさえあればきっと二人はーーー生きていける。




「カムイ、ありがとうーーーぇっ」






ズドン。








びちゃ。


ブゥウウウウウウウウウウウーーーー……………………!!!


電光一閃。目にも止まらぬ速さでの爆発に無意識的に目を閉じる。ホワイトアウトの中、彼女の笑顔だけが残像として網膜に染み付いていた。


「…………………………………………へ?」


平等院ジェシーの高貴な魂は、そこで肉体から解放された。


桜色の頬は焼け焦がれ、四肢は弾け飛び、あったはずの温もりはバラバラになって消えていた。


それは運だ。偶然舞い降りた強運だ。

たまたま埋まっていた地雷をたまたま先行していたジェシー様が踏み抜いただけ。殺傷用に数段爆発力の上がった地雷に触れた時、宇宙全史から彼女の存在を滅却せんと生命を奪うニトロの爆発は、悲しいかな星からの恵みの筈なのに無慈悲に物語を書き換えた。


「あぁ」


声は聞こえない。

姿は見えない。

とっくに温もりは消え去った。

これ以降彼女の新しい笑顔が見られる事は無い。


平等院ジェシーの人生は終わった。


「あぁーーー僕の女王様。優美で上品で、一皮剥けば愛らしく不完全で、たどたどしさに抱き締めたくなるジェシー様」


ああ。ああ。あああ、うあ、あああ。


モッタイナイ。


飾らない一面が見えて、ようやくその光へと手を伸ばしたところだったのに。


でも。でもでもそれでも。


「うつくしい……………………」


張り付いた笑みが、ハッピーエンドへの希望が、行き場を失って消えてくれない。命の終わりは最高の輝きであることは疑いようもないんだ。


どうか死後はーーー手を取り合える新世界へ。こんな夜空に星も輝かなくなった眩暈のするほど明るい見かけだけの未来世界じゃなくて、もっと泥臭くて甘酸っぱい青と緑の大地で会おう。君にはきっとそんな場所が似合っている。À la prochaine---


大丈夫。安心して逝くんだよ。だって『天下総大の王子』は、あのはぐれた瞬間にとうに死んでいたんだから。彼もそっちで待っている。寂しくはないだろう。


身体の軛から外れた二人が、いつかどこかの世界で出会えますように。


そして遂に。


願えども願えども終わらぬ血塗られた舞台の中で、遂に僕はクラスメイトを全員失った。


にも関わらず。晴れやかな笑顔はやむところなし。

こんな絶望の世界は失われてしまえと叫ぶ心がある。こんなにも素晴らしい世界は終わらないでおくれと願う心がある。


だって、この地獄から抜け出せる奴は、「可能性」だよね?可能性があれば、楽園の創造だって不可能じゃない。他のみんなは死ぬ瞬間の爆発が最高に輝いているからそれでいいんだ。じゃないと報われなさすぎるじゃないか。未来を席巻し世界を救うはずの彼ら彼女らが無意味に無意義に死んだなんて僕は信じない。だから光放て。肉片すらなくなってもこの星に還ることで『天下総大』の意味を持っておくれ。


ああ、誰か、誰か。助けておくれよ。目をかけた全員が一人残らず死んでしまった。


こんなんじゃ、『ほしのこ計画』は始まらない。



ま、いっか。


新しい可能性を探そう。クヨクヨしてても仕方ない。




この時代は、おそらく正史から分岐した未来だ。数ある歴史の分岐点の中で歯車が少し違えば平穏な時代が、今回の派遣も取り止めになった未来が来ていた筈だ。少しの選択肢が多くの可能性を摘んで行くたった一度の派遣に、僕は悔恨を隠せない。



2037年。明治大正昭和平誕---零明十九年。7月13日。


この日に全ては始まった。


ボロボロの身体を引きずり崖を超え、ポイントチャーリーをこっそり俯瞰する。


「他のクラスは……どうなってるかなー」


「ぁあ」


「ぎぃぁあッいやあああああー!!!」


「忘れないぢょえっ」


「ワタシが生き残る可能性、天文学的確率…」


「逝かないで…………いかないで…………また名前を呼んでよ!くだらない事、ふざけた事言ってよ!貴方が死ぬなんて私信じないからね!絶対絶対信じなーーー」


ボン。ドゴン。ドドドドド、シュパッーーー


使命も過去も未来も焼け焦がれ、消えゆく命の枝を見ている。この体験が僕の『計画』にどう影響するのか、未知数の彼方へ続く奈落さえも愛おしい。


未知なる道を導きし君達『天下総大』に希う。


運命と呼ばれる時の魔法に裁かれし時、どうにかして宿命を覆してくれ。


「あれれ、どこも同じようなもんか。残りのクラスは奮闘してくれるよう願っておこう」


その先に待つ奇跡のために。そう、全てはーーー


『天文学的確率なんて、天文を超越すればいいだけのことさ』


全ては閾値を超えた無謀なる終焉計画へ繋がる。


『無限大の可能性を孕む』


『ほしのこ計画のために』









このほしの言葉 完


挿絵(By みてみん)


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