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第四話 中学時代の演劇生活

「それで、知られちゃったわけか。俺は女顔なんてもう気にしていない……どころか、大勢の観客の前で、平然と『女優』ができるほどの演劇馬鹿だってことを」


 当時、幾度となく女役を演じていたのは、容姿のトラウマを克服するためだった。

 中学に入学してすぐに親友となった一樹は、その心の傷を知ると、演劇を勧めてきたのだ。


『あらゆる役を演じて、あらゆる顔になってみろよ。自分の顔だって、仮面の一つにすぎないって開き直ってやれば、人生楽しくなるぞ?』


 どんな中学一年生だよと思うような、大人びた殺し文句だった。

 そうして一樹に手を引かれるがまま、中学の演劇部はもちろん、近所の子供劇団やアマチュア劇団など、二人であらゆる場所に声をかけて、あらゆる役柄の練習をした。


 もともと演劇に興味があったせいもあり、様々な役になりきることは、他人の人生を体験するようで楽しかった。数か月で小さな舞台に出させてもらえるほど演技が上達したが、この外見では、周囲から求められるのも当然、少女役が多くなる。

 シェイクスピアが活躍したイギリス・ルネサンス演劇では、男性がすべての役を演じていた歴史もあり、演劇界では女装も男装もあたりまえなのだ。


 最初はもちろん抵抗があったが、いざ女装をして快活な少女になりきってみると、自身のトラウマをくだらないと笑い飛ばすようで、このうえなく爽快だった。

 地味な町娘から成り上がる、気の強い美少女役。主役である父を引き立てる、いじらしい娘役。ヴァイオラのように、『男装してもなお可憐さが失われない少女』という難しい役。

 そんなあらゆる少女を演じて観客を魅了した後で、学ランを着てカーテンコールに出ると、きまってどよめかれるのが、また面白かった。


 そうして観客を騙し、喜ばせるのに、途方もない快感を覚えるようになった頃には、もう容姿のトラウマなど忘れていた。


「それで、なんでみんなも、俺が女装に抵抗がないのを知ってるんだ? 江口がふれまわったのか?」

「いや。江口はとくにふれまわってないな。問題はDVDを見た場所だ」

「あの筋肉お馬鹿は、どこで見たんだ?」

「学校の視聴覚室だ」

「どうせ、掃除の時間にだろ?」

「よくわかったな」


 深~い、ため息がこぼれた。視聴覚室の掃除は、わが一年二組の担当だ。

 演劇女優になったときの『美貌』の噂は、今や尾ひれと胸びれをつけてドレスまで着こんで、みんなの脳内で情熱的なフラメンコを踊っていることだろう。


「どうせ、童話モチーフで仮装する案を出したのも、俺を最初にプリンセスに推薦したのも、江口なんだろ?」

「あたりだ」


 うらみがましく、斜め後ろの席をにらんだ。不満が伝わるように眉根を寄せて、むうっと唇をとがらせる。

 だが江口は、その表情に撃沈されたのか、四角い顔をぽっと赤らめてもの凄い勢いで視線を外してしまう。

 おーい! 『ぽ』じゃねえよ。なに、目をそらしてんだー!


 ふらふらと、一樹の腕にもたれた。


「一樹ママ、頭が痛いの。癒やして」

「誰がママだ。とはいえ、くるみにとって悪い話ばかりでもないぞ」

「ん?」

「委員長もカフェの看板キャラを担当して、くるみのサポートに回るからな。つまりは、二枚看板ってことだ」

「んあ?」

「看板キャラどうし、話し合うことも多いだろ? 委員長と親しくなるチャンスじゃないかよ」

「んああっ! 一樹、なんで俺が美咲さんを好――」


「……睦月君?」

「はいいぃ――っっっ!」


 またもや美咲さんの注意を引いてしまい、もう特殊相対性理論を覆す速さで立ち上がった。


「発言は手をあげてからにしてね。それから、わざわざ立たなくてもいいから。――お姉さんとの約束だぞ?」


『だぞ?』のところで人差し指を立て、茶目っ気たっぷりの笑顔で美咲さんが小首を傾げる。

 あたたかく包みこまれるような『お姉さん超重力砲』が放たれ、心の重要防御区画バイタルパートが貫かれて、尊さで脳内の小人さんが総員待避しそうになる。


 男性恐怖症はどこへやら。美咲さんは、女子と接するときと同じく生き生きとしている。

 くすくすと女子たちの笑いが漏れるなか、赤面しつつ腰を落とした。


 一樹が哀れみの目を向けてくる。


「どうして、知ってるのかって?」

「そうだよ。そのことは、まだ誰にも話してないぞ」

「くるみは単純だからな。すぐにわかるさ」

「ああ、そうですか」

「くるみだって、このまま見てるだけで終わるつもりはないだろう?」

「あ、あたりまえだろ」

「だったら、そろそろ行動に移さないとな。委員長はあんなに美人で性格もいいんだから、油揚げをさらおうとしてるトンビなんて、百羽くらいはいるぞ」

「わかってるよ。不安になるようなこというなよ」

「くるみは、もう少し不安にならないといけないんだよ。口を開けて待ってるだけで、お菓子をもらえる子供時代はもう終わったんだ。欲しいものがあったなら、本気で努力しないと手に入らないぞ」


 確かに、待っているだけじゃなにも進展しない。美咲さんだって、いつまでもフリーでいるとは限らないんだ。

 ……いや、考えたくないが、今だって彼氏がいないとは限らない。


「『この世は舞台、人はみな役者』ってシェイクスピアの名言があるだろ。現実は自分が主役の舞台なんだから、脇役に迷惑をかけたり舞台を壊したりしない程度に、思うがまま演じればいいんだよ。中学の演劇大会で全国一を勝ち取ったほどの役者が、なにをやってんだか」


 一樹と一緒に全力で駆け抜けた演劇生活は、所属していた演劇部を巻きこんだ中学三年の夏、最高潮に達した。

 予選を勝ち抜いて全国大会にまで出場した全国中等部演劇大会で、数々の賞を総なめにして、男子としては異例の最優秀『女優』にまで選ばれたのだ。


 ちなみに、そのとき上演した『十二夜』で相手役のオーシーノ公爵を演じた一樹は、最優秀男優賞を与えられている。一樹は観客を惹きつける引力と、化け物じみた運動神経をあわせもつお陰で、恐ろしいほど舞台映えする役者なのだ。


 現代風にアレンジした十二夜では、中盤の決闘シーンで、本来出番のないオーシーノ公爵ふんする一樹が乱入して、ワイヤーアクションばりの殺陣を決めて、決闘相手のアンドルーはもちろん、助けに入ったアントニオや求婚相手であるオリヴィアまでなぜか蹴飛ばして、ヴァイオラをかっさらっていった場面は大喝采だった。


 さらにいえば、そのときの場面を撮った、上機嫌になった一樹にお姫様抱っこされた恥ずかしい写真は、『××年度ベストカップル』というお馬鹿な題名をつけられて、母校である神柳中学校の職員室廊下に、いまだに飾られていたりする。


「そうはいっても、やっぱり現実と芝居は違うだろ。一樹みたいに割り切れるかよ。それに美咲さんが男性恐怖症なのは、一樹なら感づいてるだろ?」

「関係ないだろ。俺の見る限りでは、委員長はくるみをまったく怖がってないぞ」

「一樹もそう思うか? やっぱり俺って、美咲さんに安心されてるよな」


 急に嬉しくなって顔を輝かせたが、一樹は生あたたかい半眼になっていた。


「そりゃあ、安心するだろうな。そんな可愛い顔なんだから」


 はううー。そうなのか? やっぱりそうなのか?

 ただ単に、男扱いされていないだけなのか?


 力無く一樹に聞いてみた。


「美咲さんって、もう彼氏いるのかなあ」


 答える者はいなかった。いつの間にか一樹が前に向き直っている。

 やさしくちょっかいを出す猫のように丸めた手が、ふいに机の横をこつこつと叩いてきた。


 ブレザーの制服に包まれた細い腰が、目の前にあった。

 肩からあふれた黒髪が夕日色の艶をきらきらと散らし、赤いショートネクタイの左右で、形のいい大きな膨らみがふるりと揺れる。腰をかがめてのぞきこんできた白い顔は、澄んだ瞳が興味津々と艶めいており、唇もほころんでいる。


 うわさの美咲様がそこにいた。


「む・つ・き・く・る・み・く・ん?」


 隠れんぼの鬼のような口調で、美咲さんが朗らかにいった。


「――はいいいいいいいいぃっっっ!!」


 案の定、反射的に立ち上がってしまった。


「さっきもいったとおり、発言は手をあげてからにしてね。なにか、お姉さんに質問は?」


 美咲さんは明らかに反応を楽しんでいた。草むらで震えるうさぎを、今まさにモフらんとしているお姉さんのようにうずうずとしている。


 だがクラス中が注目するなかで、楽しまれているうさぎにしてみれば、平静でいられるわけがない。しかも今は、美咲さんの顔との距離が三十センチほどしかないのだ。


 美咲さんの吐息が語りかけます。近い近すぎる。

 心のATフィールドが浸食され、目の前が真っ赤な『EMERGENCY(エマージェンシー)』の文字で埋め尽くされ、はちまきを巻いた謎の金髪お姉さんに太鼓のごとく心臓を叩かれて、脳味噌が某汎用人型決戦兵器のように暴走を始めてしまう。


 質問、しつもん、シツモン。

 真っ白になっていく頭の中で、美咲さんの『お姉さんに質問は?』という問いかけだけが、ぐるぐると回っていた。


 そのときは混乱していたのだと思う。

 とにかく、とんでもなく場違いな、赤面ものな質問を衝動的にしてしまったのだ。


「あの……。美咲さんに、彼氏はいますか?」


 いや、ある意味、適切な質問だったのかもしれない……。

 昔の文章を再利用するのはここまで。以降は効果的なシーンを拾う程度で、まったく違う文章と展開で話が進んでいきます。

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