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第一話 皆川美咲嬢

 秋の夕日は眠気を誘う。

 放課後の生徒HR(ホームルーム)。しかも、柔らかな催眠光線の直撃をくらう窓際の席とあっては、脳味噌もとろけるというものだ。

 さらには、追い討ちをかけるように、心地よい声が響いてくる。


「――それでは。第六十二回、私立郷翔(きょうしょう)高校学園祭における、わが一年二組の出し物は、オーソドックスですが『ベーカリーカフェ』に決定しました。……みんな、いいかな?」


 教卓に両手をついて教室を見渡したのは、クラス委員である皆川みなかわ美咲みさきさんだ。

 長い睫毛を乗せた澄んだ両目が真剣そうに丸まり、白い小顔がキュッと引き締まって、その整った造形が三割増しに可愛らしくなる。

 胸元の長さに切りそろえた黒髪が肩から流れ落ち、差しこむ夕日が髪の一本一本にまで反射して、SSRキャラに進化したヒロインのように、美咲さんの姿が虹色にきらめく。


 その美貌に、ほわほわとなって頬杖をついたまま、お馬鹿な子犬のように何度もうなずいた。


「もちろん、姉御に賛成ー!」


 女子から楽しげな声があがると、美咲さんが桜色の唇を満足げにほころばせて黒板に向かった。

『おいしいパンとコーヒーの店』と書かれた案に、チョークで大きな花丸がつけられる。


「ええっと……。あと他に決めることは、なかったかな?」


 空いた左手を顎にあてて小首をかしげ、思案することを楽しむように、ゆったりと教壇を歩き回る。そんな美咲さんの一挙一動に、クラス中の好意的な視線が集中しているのがわかる。


 う~、可愛すぎる。


 わが一年二組が誇るクラス委員の皆川美咲嬢は、男女を問わず人気がある。

 容姿端麗、スポーツ万能、成績優秀という、鬼に金棒と軽機関銃(バルメM78)をもたせて、ついでに四十六センチ三連装砲塔も背負わせてみたくらい、圧倒的火力な怖いものなしのおかただ。

 おまけに、性格もノリもよくて、困っている人を見ると持ち前の『お姉さんちから』を発揮して、親身になって世話を焼いてくれるのだから、女子から『姉御』と呼ばれて慕われるのも、わかるってものだ。


 今日から衣替えになった郷翔高校の冬服は、男女とも紺色のブレザーだ。

 上質な生地を立体裁断しているため身体のラインが出やすく、美咲さんの恵まれたプロポーションも、郷翔高校男子生徒二百五十人全員が『(いいね)』を押してしまうだろうほど、見事に『えて』いる。

 一年生を表す赤いショートネクタイが、ちょこんとついたブレザーの胸元も、男子の理想を詰めこんだように形よく膨らんでおり、膝上丈で揺らめく薄いベージュのスカートから、すらりと伸びる美脚も、たとえ顔面を踏まれたとしてもご褒美になってしまいそうに魅力的だ。


 もっとも、美咲さんのあたたかな人柄を知れば、そんなよこしまな思いなどたやすく浄化されて、癒やしのお姉さんオーラを浴びせられて、『人類弟化計画』を発動されてしまうのだが。


 そんな完全無欠の姉御様だったが、弱点はある。


「委員長ー。提案があるんですけどー」


 斜め後ろの席から、のほほんとした声と太い右腕をあげて立ち上がったのは、江口えぐち亮平りょうへいだ。


 この江口は、筋肉のみで孤独な戦いを続ける芸人のようにマッチョマンな巨漢だが、九十九%は冗談で生きていると公言している、おちゃらけ男だった。

 もしも江口が、懐から粉チーズの容器を取り出し、隣の席に座る斉藤さいとうみつる君のパスタっぽい頭に、


「――ヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァッッ!!」


 と奇声をあげながらチーズをぶちまけたとしても、奇行に慣れたクラスの面々ならば、もはや誰も驚かないだろう。

 ……それに、糸目をいつもニコニコとさせている、『(ほとけ)の斉藤君』ならば、学食の特上日替わりランチ千二百円くらいで許してくれるはずだ。


 とにもかくにも、いきなり江口の野獣の咆哮を浴びせられて、美咲さんは、積み木を崩してしまった子供のように、おろおろとしだした。


「……な、なにかな? 江口君」


 お姉さんモードを崩さず、にこやかに微笑んでみせるが、内心の動揺がわかってしまう。


 いや、他の人にはわからないだろうが、四月からずっとプチストーカーもどきをしていれば、そんな些細な表情の揺らぎも読み取れてしまう。

 つまり美咲さんは、密かに男性が苦手らしいのだ。


 そんなことに野獣江口が気づくはずもなく、いつも通りのん気な声を響かせている。

 まったく、少しは気づけよ。ただでさえ江口は、世紀末覇者でヒャッハーしてそうなくらい巨漢なんだから、普通の女子だって怖がるってば。

 心の中で、ぶつぶつと文句をいいながら、また夢心地へと落ちていく。


 江口の後に、美咲さんの声が重なる。挙手によるなんらかの投票が行われたようで、その結果に、わっと歓声があがる。


 とんとん拍子に話が進んでいるようだが、睡魔に襲われ真っ最中の身では、話の内容は耳を素通りするだけだった。

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