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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第四章 大器晩成のルーキー
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89.峠のバッドエンド

 私は妙な胸騒ぎで目を覚ました。

 気付いたらウラクのイライザ350の車内にいて、困惑しているうちに徐々に記憶が戻ってくる。


「お、起きたのか」


 ウラクは寝ていなかったらしい。


「私……寝てたの?」


「ああ。一応レイに返そうともしたが、流れでこっちに押し付けやがって」


「そっか、迷惑かけてごめんね。ありがと」


 と言って私はレイのZに帰ろうとするが、なぜか不安を感じて車から降りられずにいた。


「そういえばあいつ、今どこなんだ?」


「え?」


 ウラクの質問の意図が、よくわからない。


「どういうこと?」


「さっき、レイのZが頂上の方に走ってくエンジン音が聴こえたんだ」


「それ……本当?」


「レイから何も聞いてないのか? こんな真夜中にどこ行ってんだ……」


 さっきからずっと感じていた不安の正体に気付く。

 バクバク鳴っている心臓がうるさい。私は我慢できずに口を開いた。


「追いかけよう」


「……そうだな」


 てっきり反対されるか怪訝な目で見られると思っていたが、ウラクは提案を受け入れてイライザのエンジンをかけた――――音がしない。


「どうしたの?」


「なんでだ? かからねえ……バッテリーか?」


「えっ、昼間は問題なく走ってたよね? そんなことってある?」


「ないはずだぜ、よほどの事がなけりゃ」




 それからしばらく悪戦苦闘していたが、原因は分からないらしい。


「くっそ、お手上げだ」


 私はいても立ってもいられず、ウラクの車を飛び出した。


「レイ……!」


「待て、エルマ! 峠の頂上まで足で行く気か!?」


 ウラクの静止を無視し、満月に照らされた芝生を全力で走る。

 ここから頂上まで何キロあるかも分からないが、そんなことを考えるほどの余裕はなかった。


 走る。

 息が切れるが、ただただ必死で走る。


 しかし私の身体は予想以上に貧弱で、会場を出る前には足が痛み始めていた。




「ねぇ、どうしたの……?」


 呼び止められて振り返ると、どこかで見覚えのあるショートヘアの走り屋が立っていた。

 ――――思い出した。名前は知らないが、“青龍”の称号を持つ青いシェデムの乗り手。


「かなり急いでいるように見えるけど、よかったら……送ってあげようか?」


 ああ、まさに救いの手を差し伸べる女神のようだ。

 私は呼吸も整わないまま頷いた。


「じゃあ話は後で。ほら、乗って」


 言われるがまま助手席に乗り込んだ。

 肌触りの良い純正シートが優しく私の身体をホールドする。


「目的地は……?」


「峠の、頂上」


「……分かった」


 4ローターペリポートの攻撃的なエンジン音が響く。

 やはり“青龍”の名にふさわしいレスポンスだが、内装は意外にも快適だ。

 内張りやエアコン、ラジオまで残してある。


「別に言いたくなかったらいいけど、どうしてこんな時間に上まで?」


 彼女はかなり攻めた走りで峠を登りながらも、涼しい顔で尋ねてきた。


「レイが――――えっと、私の友達が、急にいなくなって……」


「レイ? ……あの子か」


「知ってるんですか!?」


 予想外だった。


「何か月か前に峠に来て……少し話した。知り合いからもよく名前を聞く」


 考えてみれば当然か。

 レイみたいな走り屋なら、会話にも上がるだろう。それほどまでの実力者だから。

 嬉しいはずなのに、どこか飲み込めない気分だ。


 レイが私から離れていってしまうような――――




 ふと目を上げると、ヘアピンが間近に迫っていた。

 下はもちろん崖。目の前のガードレールはボロボロだ。


「ひゃっ!?」


 思わず声を上げるが、彼女は何の気なしにヘアピンを曲がった。

 何が起きたのか分からない。


「……そんなに攻めてないんだけど」


「嘘!?」


 暗さと道幅の狭さも相まって、コーナリングの一つ一つがまるで幻覚のように見える。

 常に瞬間移動しながら曲がっているような、不思議な感覚。


「この程度で怖がってると、レイの助手席で気を失ったりしない……?」


 意表を突かれたのとレイの名前を出されたので、私は思わず必死になる。


「レイはもっと慎重に走るもん!」


「そう……じゃあ、あの子はきっと、君を乗せているときに本気で走ったことがないんだ」


 言い返そうとしたが、言葉が出なかった。

 たしかにそうかもしれない。公式レースはもちろん、走り屋とのバトルでも、私を隣に乗せて臨むことはない。


 私は、レイの本当の走りを知らない――――?




「……そろそろ着くよ」


 思っていたよりずっと早く頂上に着きそうだ。

 最後のコーナーを抜けても暗闇しか見えず、いつの間にか月が隠れていることに気付く。


 左のドアウィンドウから赤いフェアレディZが見えた。


「レイ!」


 急にいなくなったことは後で問い詰めればいい。

 ひとまず私は安心して、シェデムの助手席シートに深くもたれて深呼吸した。


 そのとき、運転席の彼女の表情が曇った。


「幽霊……」


 睨んでいる方向を探すと、Zの横にもう一台車が見えた。

 白いエネシス。エンブレムが赤いからタイプXだ。

 そして乗り手の幽霊――――“白虎”のエネシスで間違いない。


 姿は見えないが、レイと幽霊の話し声がうっすら聞こえる。


「よかった……」


 シートベルトを外してシェデムから降りようとするが、


「待って」


 運転席側からドアロックをかけられた。


「えっ?」


 私が訊くのとほぼ同時に――――




 パァン!!




 閃光と破裂音が空気を裂いた。




 それまで死角にいたレイの姿が視界に入る。


 彼は眠るように、地面に横たわっていた。






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