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異世界でレースしてみない?  作者: 猫柾
第一章 空凪澪を終わらせない
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8.前世:フェアレディZにごめんな

 視界が開けるよりも早く、聞きなれたエンジンの咆哮が耳を揺さぶった。

 またサーキットか。

 心の中でガッツポーズしながら目を開けるとやはりそこでは俺の赤いフェアレディZが走っていたが、どことなく嫌な予感がした。


「ここって……埼玉国際?」


「なにそれ?」


「このサーキットの名前」


「えーっと、うん。ここは埼玉国際サーキット」


 閻魔の言葉が、俺の心に強い打撃を与えた。

 ここは埼玉国際サーキット。




 あまり思い出したくはないが、俺が死んだのはサーキットでの事故が原因だ。




 そして、そのサーキットというのは他でもない埼玉国際サーキット。








 俺はこのサーキットを、人生で一度(・・・・・)しか走ったことがない。





 そういえば、さっきのデビューレースからここに移動するときに閻魔が言っていたな。


『次でラストだよ』


 人生のなかでも大事な場面だけ振り返る、追体験。

 そのラスト。




 最後に何が来るのかは、わかりきっていた。








 俺が死ぬ瞬間だ。







「じゃあ、今から俺は……死ぬってこと?」








 恐る恐る閻魔に聞いてみる。


「うん……残念ながら」


 答えは知っていた。





 まあ、死んでしまったものは仕方がない。

 後悔ならここに来る前散々したし。




 今はひとまず忘れて、一人の車馬鹿がその生涯を終える瞬間を見届けることにしよう。




 サーキットで走っているのは俺のフェアレディZのほかに、10台ほど。


 この日は無料走行会があるとサーキットの公式サイトで知って、俺はいてもたってもいられずに家を飛び出してきたのだ。


 朝から走りっぱなしの俺のZが、買ったときとは一味違うエンジン音を響かせながら俺の前のコーナーを走り去っていった。


 俺が乗る愛車も、もう買ってから3年か。18の誕生日で買って、死んだこの日が21になった春。

 最後のオーナーがこんな最低なやつで本当に申し訳ない。




 俺は頑張ってアルバイトの貯金で買った中古のフェアレディZを、レースの賞金を使って片っ端から改造(チューニング)していった。

 より速く、より強く、よりかっこよく。

 だが愛車とともに歩む俺の心には、絶対に譲れないこだわりがひとつあった。


 それは、初心を忘れないこと。


 エンジンをいじりまくって有り余るパワーを手にしたとしても、常人には到底扱いきれない。

 仮に扱えたとしても車の強度が耐え切れずに悲鳴をあげるのは明らかだ。

 そんなの、車を大切にしているとはいえない。


 俺は誰のためにこのZを速くするんだ?

 俺はなぜこのZにここまで手をかけるんだ?


 何度も自問自答した。


 そして出た結論は、「Zのため」だった。


 俺のために車が走るのではない。

 車のために俺が車を速くするんだ。


 これが、俺が求めた最適解だった。


 無茶なチューニングは絶対にしない。

 車が耐えられないパーツは絶対につけない。

 俺に扱いきれないような車にしない。


 そう誓って、俺はフェアレディZを3年間でこのレベルにまで仕上げた。


 なのに。


 それなのに、俺は。




 なぜZの声が聞こえなかったのだろう?




 なぜもっと早くZの異変に気付けなかったのだろう?




 俺のせいでZが辿るはめになった結末は、エンジンブローだった。


 エンジンブロー。


 車のエンジンが何らかの原因によって著しいダメージを負うこと。




 いや、原因は紛れもなく俺のせいだった。




 俺の愛車が、視界の端から加速してくる。

 その先は長い直線。このサーキットで一番スピードが乗る場所。


 ダメだ。スピードを落とせ。アクセルから今すぐ足を離すんだ。


 今の俺の祈りが、車内の俺に通じるはずがなかった。


 最後のコーナーをきっちり回り終えた俺が、長い直線に向かって驚くほどのスピードで加速していく。

 その半分を少し過ぎたところで、悲劇は起こった。


 ガン!!


 俺の車から響く金属音がここにいる俺にまで聞こえてきた。

 やはりというべきか、俺の車はどこにもぶつかっていない。

 外装に破損は全くない。


 ただ一つ異変があるとすれば、エンジンが火を噴いていることだった。


 エンジンブロー。


 俺の愛車が、俺より一足早く死んでしまった。


 当然、コントロールを失った車内の俺は後輪が左に巻き込んでいくのに対処も何もできず、壁に激突する以外の道は残されていなかった。


 ガシャン!


 遠い昔の雪の日に聞いたものと同じような、しかしそれより断然音が大きい衝突音が聞こえると同時に、俺の視界が黒く霞み始めた。






 ああ、俺はこうして終わりを迎えたんだ。






 もはや原型をとどめないほどの金属塊と化していて、それでもなお赤く輝いている車体を、エンジンから濛々と噴き上がる炎が焼いていた。








 変わり果てた俺の愛車に向かって、俺は涙を流しながら言う。








「俺のせいで……ごめんな」



















 視界が真っ黒に閉じた。






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